「考え直すことはできませんか?」
「ムリね。私がやると決めた以上やめるような性格じゃないことは知っているでしょ?・・・・けど、ありがとう。」
彼女は・・・タマモさんは、そう言うと石の中に消えていった。
儚い、本当に儚い笑みを浮かべながら・・・。
その石は、かつて彼女が眠っていた石、そして生まれた石。
彼女は、今度こそ幸せを掴むことができるのだろうか。
「とうとう僕一人になってしまったな。恨みますよ、タマモさん。」
僕は彼女の幸せと、彼女の周りにいるはずであろう人たちの幸せを祈りながら、ゆっくりと背をむける。
そこにはきっと僕もいるはずだから・・・・。
かつての仲間の一人から突然の連絡が入ったのは一月ほど前のことだった。
僕とタマモさんは久々の再会を果たした。
思えば横島さんたちと過ごした日々から数百年が過ぎ、かつての仲間とはいえ、なかなか連絡もとらないようになっていた。
当時の仲間は今や僕とタマモさんだけ。
あの当時のメンバーで最も長生きしたドクター・カオスも半世紀も前に召されている。
カオスほどの智があったら真の不老不死となることもできたはずなのに、彼はそれを行わなかった。
カオスと別れた日、タマモさんと会うのはその日以来だった。
「で、どうなの?相変わらず布教活動を続けてるわけ?」
「布教っていう言い方はやめてくださいよ。僕はただ人と人外の架け橋になるよう行動しているだけです。」
「架け橋ってゆう言い方がピートらしいわね。気障なところはいつまでたっても変わらないんだから。」
思わず苦笑してしまう。確かに横島さんや雪之丞、タイガーにもよく言われたな。
確かに変わってないのかもしれない。けど、変わっていないことを嬉しく思ってしまう自分。
また苦笑してしまう。
僕は高校を出て、横島さんや、雪之丞、タイガーと一緒に事務所を立ち上げた。
ICPOに入ることはもちろん僕の夢ではあったが、あの頃の僕にとって、親友たちと一緒に事務所を立ち上げること、一丸となって困難に立ち向かうこと、それはとても魅力的に見えた。
正直に言えば、自分の永い時を考えて、少しぐらいの寄り道をしてもいいかな、という気持ちもあったのかもしれない。
事務所は本当に大変だった。
それぞれの師匠は有名だったとはいえ、あくまでその名声は先生たちのもの。
公式にはなんの実績も持たない僕らは、あくまでもゼロからのスタートだった。
苦しいこと、悲しいこと、辛いこと、本当に大変だった。
けど楽しかった。
横島さんはいつまでたっても横島さんで、
雪之丞もいつまでたっても雪之丞で、
タイガーも相変わらずタイガーだった。
それは世界有数の事務所と呼ばれるようになっても変わることはなかった。
そしてそれは、最後に残った横島さんを送る時も変わらなかった。
相変わらず横島さんは横島さんで。
僕も・・・いつもの僕でいれただろか。
そして僕は、事務所を後進に任し、ICPOへ入ることとなった。
「ねえ、私たちの記憶ってどこにあるのかな?」
「えっ、どういう意味ですか?」
昔のことを思い出して少々ぼんやりしていたらしい。
タマモさんの言葉に頭がついていかない。
「だから、私たちの覚えている記憶というものがどこにあるのかな、ってこと。」
「それはもちろん頭の中なんじゃないですか。」
「けど私たちは人とは違うわ。人の姿はとっているけど、あくまで違うものよ。例えば、ピートは霧になったときにここが自分の頭ってはっきり言える?」
「たしかに霧になったからといって記憶がなくなるわけではないですけど。けど僕らはそういうものじゃないですか。」
「そう。私たちはそういうもの。結局ベタな結論しかでてこないわ。私たちの記憶は魂に刻まれてる、ってね。」
「魂に・・・ですか。」
「そう。だから私たちは忘れることができないのよ。」
忘れることができない・・・・か。
僕とタマモさんが共有し、僕らを苦しめるもの。
僕はICPOに入ってから、我武者羅に働いた。
心に空いた大きな穴を我武者羅に働くことで、埋めようとしていたのかもしれない。
しかし、それが埋まることはなかった。
みんなの、あの時を共に過ごした人たちの印象が強すぎたのかもしれない。
彼らと出会うまで、僕は本当の意味で人と深く付き合ったことはなかった。
人は僕を置いていってしまうから。
けれども、彼らは僕の心に強く残り過ぎた。
僕が今まで築いてきた在り方を変えてしまうほどに。
薄れることのない記憶から僕はまた求めてしまう。
仲間を。親友を。
宝物を手にいれ、そして失う。
僕の心に開いた穴は埋まることはなく、時と共に広がるばかり。
僕は疲れたのかもしれない。
僕の記憶に在るみんなとの思い出。
どれほどの時がたってもそれは薄れることはなく・・・。
希望と絶望は僕を捕らえて離さない。
僕はICPOを辞めた。
表向きの理由は、組織の硬直を避けることと、人と人外の共存を個人レベルで浸透させたいということ。
けど自分ではよく分かっていた。
これは逃げだ。
どんなに綺麗なお題目をつけようと、僕は逃げているだけだ、と。
人と深く付き合えばつきあうほど、別れが怖くなる。
僕は「別れ」から逃げているにすぎないのだ。
ICPOを辞めてからは、世界各地を回った。
人と人外の間に生まれる問題を解決したり、両者が理解しあえるように尽力を注いできた。
あくまでも人との関わり方は一期一会。
出会いと別れの繰り返し。
だが痛みは小さい方がいい。
そんな僕に残った最後の宝物が、タマモさん。
「でね。私決めたわ。あの時話したこと覚えてる?」
「もちろん覚えていますよ。そうですか。・・・・・・すごく残念ですけど、僕には止めることはできません。」
「結局私たちは人に近づきすぎたのかもしれないわね。生き方も心の有り様も。」
そう。僕らは人に近づき過ぎた。そして、人にとって永遠はあまりに重過ぎる。
カオスを見送った日。彼女のもつ永遠を知った僕には彼女を止めることはできない。
彼女は妖狐。かつて金毛白面九尾と呼ばれたもの。
そして、彼女は正しく金毛白面九尾の生まれかわり。
前世の記憶を持ち、前世と同じような力を持つ。
どれだけ生きても忘れることはできず、
死を迎えてもまた生まれかわる。
かつてアシュタロスが囚われていた「魂の牢獄」。
彼女もまたそこに囚われたものだった。
僕のようにいつか終わりがくるわけでもなく、
決して終わりのくることのない永遠。
アシュタロスが宇宙をレイプしたように、
彼女もまた同じことを考えていることを教えてくれた。
遠い昔に、横島さんが見せてくれた記憶で見た、
「宇宙のタマゴ」に変化するということを。
「宇宙全体を変えるわけじゃないから、アシュタロスのように宇宙意志が働くことはないと思うの。」
彼女は笑いながらそう言っていた。
「まぁうまくいくかどうかも分かんないし、私自身がどうなるかも分かんないわ。けど、うまくいったら・・・・お別れになるでしょうね。」
「意味はないかもしれない。けど、どうしてもあの時をもう一度過ごしてみたいの。ヨコシマがいて、あのバカ犬がいて、美神がいて、おキヌちゃんがいて、みんながいる。」
「もちろん私もピートもいるわ。けど、その世界では私たち人間なのよ」
「みんなと同じように歳をとって、同じように死んでいく。」
彼女があまりに嬉しそうに言うから。
あまりにも嬉しそうに言うから。
僕は彼女を止めることはできなかった。
最後の食事から一月ほどたったある日。
タマモさんから連絡がきた。
「明日やるわ。こんなことお願いできる立場じゃないかもしれないけど、見送りに来てくれない?」
「いいですよ。」
電話でよかった。彼女が僕の流した涙を見ることはなかったから。
夜も更け、木々から差し込む月の光が辺りを幻想的に照らす。
いろいろ考えてきたはずだったのに。
「考え直すことはできませんか?」
こんな言葉しか出てこなかった。
答えはわかっているのに。
「ムリね。私がやると決めた以上やめるような性格じゃないことは知っているでしょ?・・・・けど、ありがとう。」
そして、彼女は微笑み、石の中に消えていった。
その微笑みはとても美しく・・・
忘れることのできない自分の身を初めて感謝した。
どれほどの時が流れたかは分からない。
気づけば周りを照らす月光は姿を消し、
その役割を朝日に譲り渡していた。
「とうとう僕一人になってしまったな。恨みますよ、タマモさん。」
僕は苦笑をしながら背を向け・・・
声が聞こえた。
『またね、ピート。そっちの世界が終わったら、私の世界に遊びに来てね。約束よ。』
「・・・約束・・・か。」
僕はゆっくりと足を踏み出した。
僕の心の中に空いた穴は埋まることはない。
けど、穴の奥底には「約束」という名の宝物がある。
<あとがき>
はじめまして。ダヌと申します。最近SSを読み始めて、どうしても自分でも書いてみたくて、書いてしまいました。。。
ほんとに力不足な文章で申し訳ないですが、よろしかったらご指導よろしくお願いします。