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「極楽な生活!その2 〜入学、のちすぐ霊能科。時々アルバイト〜 (GS再構成)」

とおり (2006-05-14 03:23/2006-06-04 01:55)

日も高く、ぽかぽかした日差しが最近はむしろ暑いくらいだ。
開け放した窓からはそよそよと気持ちの良い風が通りぬけて、教室はがやがやと騒がしい。
今はちょうど昼飯の時間で、廊下も購買に急ぐ奴らがどたばた走ってるし、それを注意する先生の声も聞こえてくる。
やきそばパンが競争率高いってのは分かるけど、せっかくの良い日差しなんだからもうちょっと落ち着けないだろうか。
そんな事を思うのも、俺に余裕があるせいかわからないけど。

「はい、忠夫さん。
 今日のお弁当はうんいなー入れてみました。
 後鶏のから揚げと、じゃがいものさらだと…」

どーぞ、とばかりにおキヌちゃんがふよふよと飛びながら弁当箱を持ってくる。
実は俺、毎日おキヌちゃんお手製の弁当を作ってもらってる。
まあ、もうすっかり慣れちゃったけど、気恥ずかしさはどっかしらに残ってるなぁ、やっぱり。
最初は散々に冷やかされたあげくに、クラスの野郎どもに食われたりしたし。
なにが男の友情なめんなよーだ、あいつら。

「いつもいいですノー、横島さん。
 ワッシなんかパンの耳ばっかりですケン」

ため息を付きながら、タイガーがどさりとビニール袋を机に置いた。
タイガー寅吉。
怪しい名前のこいつは、アメリカからだかどこだか知らんが、とにかく留学してきた。
大柄で太く背が190cmくらいもあるくせに、やけに気が弱くてついでに女性恐怖症。
それを直すためにも六道学園に入ってきたらしいんだけど、選択が間違ってるような気がせんでもない。
でもなぜか、俺に負けずに貧乏だ。
手元を見るとがさがさと、中にはちょっと湿ったパンの耳が詰まってる。
全部平らげるのはさすがだけど、こんな大きな図体しててこればっかりでよく持つよな、こいつ。

「隣の奴にたんぱく質分けてもらえよ、俺のはやらんけど」

「…僕のお弁当食べますか?」

おずおずと弁当を差し出すのはこの学園のアイドル、ピエトロ・ド・ブラドー。
ピートって呼んでる。
タイガーと同じく留学組で、こちらは金髪碧眼、スタイル良し。
ファッション雑誌からぬけでてきた様なこいつに、新学期が始まってから女どもは騒ぎっぱなし。
たまに関係ないところから『あのケツはわたしんだー』とか聞こえてくるくらい、学園中にその存在は知れ渡ってる。
ここ、お嬢様学校じゃなかったんだろうか。
まあ、そのせいかこの美形は毎日の様に同級生先輩問わず、女生徒から差し入れがある。
なるべく全部を食べるようにはしてるみたいだけど、さすがに腹に入る量には限界があるから、タイガーにいつもおすそ分けみたいな事をしてる。

「そうしとけよ、タイガー。こいつは薔薇の花すっときゃいいんだし」

「酷いですね。
 花の生気を取り込む、くらいは言ってくださいよ」

呆れたようにピートが文句を言う。

「うっせー、もてる奴には人権なんかねぇ」

「横島さんにはおキヌちゃんがいるじゃないんですカイノー」

タイガーが恨めしそうに横槍を入れてきた。
余計な事言うなっての。

「え?
 あ、はい、ここにいますけどー?」

ちょうど風と一緒におキヌちゃんが窓から入ってきて、どうしましたなんて聞いてくる。
タイガーがなんでもないですケンって答えて、おキヌちゃんはよくわかってないんだろうけど、いつもみたいにそうですかって愛想良く笑ってる。
ピートにお弁当の代わりにと花壇から取ってきた薔薇を渡しつつ、おキヌちゃんは俺の方を振り返って言った。

「忠夫さん、今日のお弁当はどうですか?」

真剣な目つきで、俺の手元と顔を口語に覗き込む。
今日も朝から色々やってたし、気になるんだろうな。
親指と人差し指で丸のわっかを作りながら、おキヌちゃんみたいに笑って言った。

「美味しいよ、塩加減も焼き加減もばっちり」

「そうですか!
 良かったです〜」

はぁ、と胸に手を当てて安心しているおキヌちゃんに、ピートも笑いかける。

「幽霊で味見とか出来ないのに、よく2ヶ月やそこらで覚えましたよね」

「そうですナー、最初は生焼けとか味が濃すぎたりしてましたのにノー」

そうなんだ。
おキヌちゃんがお弁当作ってくれる、って最初聞いた時は嬉しかったんだけど、1人暮らしに気付いた時と同じく、落とし穴があった。
おキヌちゃんは300年前の娘で、しかも幽霊。
食べるものも違ってれば、味見も出来やしなかった。
最初にお弁当作ってくれた日は、周りからひゅーひゅーなんてさんざんっぱら冷やかされたあげく、皆の視線を集めながら食べることになったんだけど。
いつの間に買ったのか、可愛らしいピンクの包みに入ったそれは『おにぎり』が3個、しかもたくあんがついてるだけ。
ノリも張ってないそれに、あれとおキヌちゃんを見るともうそれはニコニコしてて。
別におにぎり嫌いじゃないし、まあ腹空いたら別のも食べればいいやと一口にほおばったら…えらい事になってた。
塩と砂糖、間違えてたんだよな。

「美味しいですか?
 白米でご飯食べれるなんて、今の時代ってすごいですねー」

嬉しそうに言うおキヌちゃんに言えるはずも無くって頑張って食ってたけど、おはぎでもないのにしっとりした甘いおにぎりと、やけにしょっぱいたくあんが合わなかった。
そしたら、アホが横取りして食ったりするもんだからそれがおキヌちゃんにばれちゃって。
彼女、しょぼんとしてたもんなぁ…。

「ま、おキヌちゃんに料理の才能があったってことでないの?
 こないだのハンバーグなんかも、美味しかったし。」

俺も俺で、ここ最近のおキヌちゃんの料理には本当に助かってるから、彼女の進歩には手放しで喜んでたりする。
食費にしたって予算が無いから、どうしても自分で作らざるをえないんだけど、おキヌちゃんはそのあたりうまい具合に安く上げてくれるし、商店街のおっちゃんとかもおキヌちゃん見るとすぐに、よっていきなよ、なんて言う。
でもまあ、最初みたいに千切り大根とかめざしの丸干しとか菜っ葉の味噌汁とかばっかりなのは勘弁してほしいけどね。

「でもこうやって、一緒にお昼食べてるのも最初からは考えられないって言うか…。
 おキヌちゃん、あの時は大騒ぎでしたもんねー」

ピートが薔薇の生気を吸いながら言う。
その顔には感慨深げな、なんとも言えない苦笑いが浮かんでる。
同じようにタイガーもパンの耳をかじりながら笑ってる。

「あの時はノー。
 ワッシも緊張しとりましたケン」

残りのパン耳を一口にして、タイガーがおキヌちゃんに言った。

「あの時はすみませんでしたー」

あははー、と手を後にまわしておキヌちゃんがとぼけた笑いをしている。
そりゃまあ、こうするしかないわなぁ。

「なんたって、【鬼がいますー!】だったもんなあ」

「もう、忠夫さんまでっ!
 嫌な人ですね」

「でも、あの慌て様はないと思うよ」

からかうと、おキヌちゃんはいきなりバンダナをほどく。

「むー、そんな忠夫さんはこうですっ」

うわ、頭絞めないで、痛いってば。

「ごめんおキヌちゃん、ギブギブ」

「ぎぶぎぶ、なんて言葉は知りません!
 どうせあたしは元禄娘ですよっ」

きりきりとますます締め上げるおキヌちゃんに、ピートとタイガーは笑ってるけど。
案外痛いんだよこれ。

「俺が悪かったから、ね」

お願い、と言うとようやく離してくれた。
べーだ、と舌を出すおキヌちゃんに俺も苦笑い。

「でもそうだよなー。
 今なんでこうしてるんだろ、とか思うもんなあ」

そう。
入学初日におキヌちゃんがここにいなければ、きっと全然別の学校生活を送ってたと思う。
そりゃ理事長の気まぐれもあったんだろうけど、俺が霊能科にいて、しかも美形のバンパイアハーフと馬鹿でかいテレパシストなんかと一緒に飯を食ってるなんて、想像も出来ない。


入学初日。
俺はアパートを出ると、おキヌちゃんと一緒に六道学園に向かった。
別におキヌちゃんと一緒がいいって訳じゃなくて、なんでだかおキヌちゃんが俺の肩に乗っかってると外に出れたんだよね、理屈はわからないけど。
4〜5mくらい離れても大丈夫みたいだけど、やっぱ極端には離れられない。
まあそれがわかってから、部屋にくくられてるおキヌちゃんの気晴らしの為にも、外に行く時はなんとなく一緒に行くことになってた。
ただ一回散歩してたら、向かいから歩いてきた人が俺たちを見た瞬間全速力で逃げてった事があった。
やっぱり普通の人(いや俺も普通の人だけど)には、いくら巫女さんとは言え幽霊が昼間から出歩いてる、なんてのは恐怖とまでは言わないまでもやっぱ怖いだろうから、その後は表に出るときは姿を消してもらってる。

「学校はそんなに離れてないんだ。
 歩いて20分くらいかな」

この辺りは六道学園が街の中心なせいか文化施設が多く風向明媚で、それで俺は街路樹が多くて枝葉がかぶさってくる様な通りを歩きながら、おキヌちゃんに街の様子を説明していた。
俺も覚えたてだったけどね。
はたから見ればただ独り言ぶつくさ言ってる怪しい奴にしか見えないだろうけど、それでもおキヌちゃんが直接見えるよりはまだいいかな、と思ってた。

「あ、ここが桜並木通りだよ。
 やっぱ人が多く出てるな」

さすがに花見出来るスペースはないけど、散歩がてらか見物か、人がたくさん立ち止まって桜を見上げていた。
俺もゆるやかな風に花弁が舞ってるのについ見惚れて、ぼーとしたのが悪かったんだろうけど。

「綺麗だよね、おキヌちゃん…ん、あれ?
 おキヌちゃん?」

肩越しに声をかけても返事が無い。
同じ様に見とれてるのかな、って思ったのは間違いだった。
気がつけば、おキヌちゃんの声が上から聞こえてきた。
そう、上から。

「忠夫さーん!
 桜がこんなにたくさん、すっごいですー!
 あたし、こんな綺麗な桜を見たの、初めてですー」

割と背の高い桜の上をすいすいと、気持ち良さそうに飛んでるおキヌちゃんの嬉しそうな声。
俺は、なんだおキヌちゃん桜あんまり見たこと無かったのか、とか考えつつ違和感を感じる。
あれ、俺今おキヌちゃん見えてるしって、えっ!?
慌てて周りを見渡せば、皆おキヌちゃん見て固まってる。
あっちゃー…。

「あははっ。
 初めて見る桜ですけど、本当に綺麗!」

その時強い風が吹いて花が一層多く散って、おキヌちゃんはその中で止まった。
いくらかの花びらを手に受け止めて、桜の花吹雪の中でそれを見つめる白衣と朱袴をまとったおキヌちゃんは、負けず綺麗で。
俺はなにか、姿を隠してくれ、って言ってたのがおキヌちゃんにとても申し訳ない気持ちになった。

「おキヌちゃーん、そろそろ間に合わなくなるから、降りてきてー」

手をかざしながら、ほらと呼ぶ。
おキヌちゃんも楽しそうに笑いながら俺の肩に乗った。

「はい、じゃあ行きましょうか。
 忠夫さん!」

俺はもう姿を隠して、なんて言わなかったし、おキヌちゃんも言わなかった。
おキヌちゃんは、きっと素で忘れてたんだろうけどね。
周りのざわめきも落ち着いて、それぞれに桜を楽しんでいるみたいで、並木道はまだ先が長かった。


「これががっこう、ですかあ。
 寺子屋より随分おっきいですねー」

肩に乗ったおキヌちゃんが、校舎を見上げて言った。
お寺の庭先とか講堂でやる寺子屋とは確かに違うだろうけど、もしかしておキヌちゃん、そろばんの手習いくらいはやってたのかな。

「…後、あの変な仏様みたいのはなんですか?」

変な仏様。
あ、あの真正面に立ってる銅像か。
間抜けなのは否定しないけど。

「あの人はここの理事長…えっと、一番偉い人の像だよ」

「へぇぇ〜、偉い人なんですかー。
 なんか廻りに不思議な生き物連れてるのも、偉いからなんですかー?」

不思議な生き物。
確かに変な形した生き物が一緒にいた。
ウサギみたいな、犬みたいな、鳥みたいな、後よくわからん形のもたくさんいるな。

「うーん、よく知らないけど、まあ偉いからなんでね」

「偉いからですかぁー」

おキヌちゃんはしきりに、感心したみたいに周りをうろちょろとしてしてた。
俺はそんな彼女を見ながら、後から次々入ってくる生徒、つまり同級生とか先輩だけど、がやがや騒がしくしてるのも、もう気にしない事にしてた。
どうせいずればれるんだし、それなら早いほうがいいや、って思ってたし。

「あら〜、忠夫ちゃん〜もう来てたの〜?」

のんびりと間延びした明るい声に、俺は振り返った。

「あ、おはようございます。
 六道理事長」

六道さん、ここの理事長。
薄い藍色の和服が似合っていて、もう二十歳になる娘さんがいるとは思えないほど若々しく、だけどしっとりして、穏やかな婦人ってこういう人の事を言うんだろう。
偉い割には肩肘ばった所が無くて人当たりがとてもいい。
霊能科を有する六道学園の理事長らしく、霊能にも長けてるらしいけど、そのあたりまではわからない。
もしかして、銅像の生き物使ったりして除霊するのかな。

「も〜理事長なんて呼ばないでって言ったでしょ〜。
 おばさん、忠夫ちゃんの保護者なんだから〜」

あっけらかんと言う理事長。
そうなんだよな、なんでだかこの人が俺の現保護者。
親父達と昔仕事で付き合いがあって、それからずっと縁が続いてたみたいなんだけど、全くなんで引き受けてくれたのやら。
お袋も親父も、外面は良さそうだけど。

「それ学校で言っちゃまずいですよ」

「あら、どうして〜。
 忠夫ちゃん実力で合格したんだし、別にどうってことないわよ〜。
 本当に受かるなんて、おばさん思ってなかったし〜」

何気に酷い事言うな。
あれ、入学式もうすぐ始まるだろうに、なんで理事長がここにいるんだろう。

「あ、そうそう。
 駄目じゃない忠夫ちゃん、使い魔を出しっぱなしにしちゃ〜」

「え、使い魔ってなんすか?」

聞きなれない言葉に俺はきょとんとしてたけど、理事長が言葉を続けた。

「あの子よ〜。
 駄目じゃない、放ってたらあの子もあの子で消耗しちゃうのよ〜。
 職員室に言いに来てくれた子がいたからいいけど〜」

どうやら職員室でお茶飲んでたときに、ちょうど誰かがおキヌちゃんの事で言いに行ったみたいで、興味の湧いた理事長が出張ってきたらしかった。

「え、ああ…。
 いえ、おキヌちゃんは、その使い魔とかじゃないんです。
 一応幽霊ですけど、俺に取り憑いてるだけの話で」

「取り憑いてるだけ〜?
 それにしてはあなたもあの子も、元気一杯ね〜」

俺と理事長の視線の先には、元来の愛想良さが出たのか、登校してくる生徒さんたちに挨拶しまくってるおキヌちゃんがいる。
なんか霊能科があるせいか、驚いてはいるみたいだけど生徒さんたちはわりと声を返してる。

「あー、おキヌちゃんは確かに元気一杯ですねえ…」

いやおキヌちゃん、俺は普通科に入学なんだけど、そんな手当たり次第に挨拶したらややこしい事になりゃしませんかね。

「ふ〜ん…。
 ねえ、忠夫ちゃん」

「なんですか?」

なにかいたずらを思いついたみたいな、きらきらした目線を送ってくる理事長。
どうしたのかな。

「忠夫ちゃん、霊能科だったわよね〜」

「え?
 いや、俺は普通科ですよ」

おキヌちゃんみたいなのを連れてれば、そりゃ勘違いもするだろう。

「ううん〜、忠夫ちゃんは霊能科よ〜。
 名簿にも〜載ってるし〜」

「はー、そうですか、名簿に載ってる…。

 …っえぇぇぇえぇっ!?」

はい、ちょっと待ってください。
気は確かですか、俺はなんの霊能もないんですけど。
って、なんでそんなに楽しそうなんですか。

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ、理事長!
 俺は普通の普通科で、普通に普通な学園生活をですね…」

「あら〜、そうだったかしら〜?
 じゃ、もしかしたら手違いかもしれないわね〜」

「いえ、手違いで済まされても困るんですけど」

いきなり霊能科に入れとか言われても。
手違いとか、それ絶対嘘だろ。

「あらあら〜、残念だわ〜」

困った調子で首を傾ける理事長に、俺は思わず叫んだ。

「あらあら禁止!」

「うふふ〜、そうそれじゃ仕方ないわね〜」

「うふふも禁止ー!」

それからしばらく一通り漫才をかました後に、理事長がやけにしゃんとして言った。

「でも忠夫ちゃん〜。
 普通科と霊能科の差って〜、実践訓練と霊能知識くらいしかないのよ〜。
 時間は〜それなりにとるけどね〜。
 3年生とかになると〜、もっと科目も増えるけど〜。
 幽霊に憑かれたりしてるんなら、基本的な知識は学んでおいた方がいいと思うわ〜」

「いえ、ですからね。
 俺に霊能なんてありませんってば」

大体それじゃちゃんと試験をクリアした連中と、落ちた連中に顔向けできないでしょうと俺はほとほと疲れた声で言うと、理事長は更に言葉を続けた。

「あのね〜、あの子おキヌちゃんっていったかしら〜。
 今の忠夫ちゃんには分からないかも知れないけど〜、あの子結構強い霊なのよ〜。
 そんな子に取り憑かれて平然としてる忠夫ちゃんも〜、多分素質はあると思うわよ〜」

まあ、そりゃ俺にも余裕で見えてるくらいだから、それなりには強いんだろう。
元禄から幽霊やってる、って言ってたし。

「それに取り憑かれた以上は〜除霊してもらった方が本当はいいんだけど〜。
 あの子〜、見る限り悪い子じゃなさそうだし〜。
 そうなると、やっぱりあの子の為にもあなたの為にも、基本的な事は知っておいて欲しいのよね〜」

「・・・・・」

なにか楽しんでるのかと思ったけど、やっぱり保護者を買って出てくれただけあって、考える視点が違うのかな。
霊能科、ねえ。

「でも、手違いって言ったって大丈夫なんですか、そんな事」

「あら〜大丈夫よ〜。
 今年は男子生徒さんを迎える初めての年だから〜。
 人数には余裕を持たせたのよね〜」

改めてうふふ、と笑う理事長の楽しそうな顔がちょっと怖い。
俺はやっぱりまだ不安で、行きたくないなぁとぽそっと言ってはみた、けど。

「忠夫ちゃん〜?
 おばさん、あんまり聞き分けの無い子は嫌いよ〜」

理事長の顔が少しひくついたかと思うと、俺にもわかる、けどよくわからない圧力が叩きつけられた。

「え?え?え?」

空が一瞬見えたかと思うと、すぐに体が地面に叩きつけられる。
吹っ飛ばされたらしいけど、何が起こったか理解出来なくて、やっと立ち上がると理事長の周りにさっきの銅像の生き物が集まってた。
どこから出てきたんだ、こいつら!?

「そんなに〜ナルニアに行きたいなら〜シンダラちゃんで送っていってあげるわよ〜?」

さっき見た、鳥っぽい奴がいた。
銅像とはまるで違って実物は大きく見えて、ばたばたと羽ばたいて威嚇する。

「わっ、わかりました!
 不肖横島忠夫、霊能科に入学いたします!」

ビッと敬礼して逃げ去ろうとすると、理事長が笑顔で一言。

「違うわよ〜。
 最初っから、霊能科志望だったのよね〜。
 ね〜忠夫ちゃ〜ん」

い、今の事全部無かった事にする気か、このおばはんっ。
ナルニアには行きたく無いし、でも確かに理事長の言う事に一理あるような気もするし。
後の生き物たちはなんかうごめいてるしー。
ああちくしょう、背に腹は変えられん。

「はっ、横島忠夫は最初っから霊能科でありました!」

「じゃ、クラス分けは張ってあるから〜。
 入学式には、遅れないようにね〜」

のほほんと帰っていく後姿に、俺はこんだけ門前で、しかも衆知の中でやりとりしてるの隠せるわけないだろ、とか思いつつさめざめと泣いていた。
通る人通る人、皆係わり合いになるまいと目を逸らしてるし。
あのおばはん、絶対穏やかな婦人なんかじゃねー。
銅像を見ると、青い髪のアホ毛が飛び出てた。
…っておキヌちゃん、銅像の後ろに隠れてたのかよ。

「おキヌちゃん、いるの分かってるから…。
 出ておいで」

「え…あははははは」

この子もよく笑ってごまかすけど、たまに要領いいよな。
くそう。


「あ、ありましたよ忠夫さん。
 1−1、ここですね」

1階を歩いていると、おキヌちゃんがすっと辺りを見渡して、看板を見つけてきてくれた。
霊能科はクラスの数多いから、男子生徒がいるクラスがここだけってのは意外だった。
男は霊能者って少ないのかな。

「ありがとう、おキヌちゃん」

俺はため息を付きながら、校舎の端、ピンクの廊下の先にある教室の入り口を見た。
窓からドアにあたる光がまぶしいけど、あのドアを入ればもう俺は逃げられないんだろうな。
監獄に入る虜囚みたいで、なんか嫌だ。
大体さっきのクラス告知にしたって、俺の名前普通科のところに赤マジックで線引いて、多分同じマジックで霊能科のところに書き直しただけ。
端っこの方に、他に比べてやけにちっこい、でも赤い字で「横島忠夫」なんて書いてあった。
手続きが違ったんじゃないのかよ、理事長。

「はぁ…。
 入学初日にいきなり学科変更、俺やっていけるのかな」

止まらないため息に、おキヌちゃんが慰めてくれる。

「大丈夫ですよ!
 あたしが憑いてますから!」

目の前でぷかぷか浮いてるおキヌちゃんの、元気な声。
嬉しいけどなんの根拠も無いんだよね、この場合。
それに、直接の原因はおキヌちゃんだったりするよ…なあ。

「ま、とにかく決めたんだし。
 入らないとナルニア行きだし、どうしようもないな」

「そうですよ!
 前向きに行かなくちゃ!」

前向きな幽霊ってのも珍しい話だと思うけど、進まないと始まらないのも確か。

「そうだね。
 じゃ、教室に入りますか」

ちょこんと肩にのって、もう姿を隠しもしないおキヌちゃんと一緒に俺は教室のドアを開けた。
がらりと開いた教室の中から、俺たちに視線が集中する。
そりゃ目立つわな、なんと思ってるといきなり目の前が真っ暗になった。
おキヌちゃんが抱きついてきてたんだけど、間をおかずに悲鳴があがる。

「た、た、忠夫さん!?
 鬼が、鬼がいますぅぅぅうぅぅー!?
 ま、豆!柊の葉!鰯の頭ぁ〜!」

「え、ちょっとそんなに頭をぐらぐらしたらぶつかるっ」

おキヌちゃん、あったかいな、やーらかいなっ。
当たってるのはこれもしかして胸、とかそうじゃない。
どうやらパニックになってるみたいなおキヌちゃんが散々に頭にしがみついて振り回すもんだから、俺もよく立ってられなくなってしまって転んで、そしたら、また別の方向から男の叫び声が聞こえた。

「のぉぉぉぉぉっ!?
 お、オナゴぉぉぉおおぉぉぉぉおお!?
 ま、周りはオナゴだらけぇぇェぇぇぇえぇェっ」

相変わらず悲鳴を上げるおキヌちゃんの声と、男の声と、なんだかよくわからないけどどったんばったんと机の倒れる音が教室に響く。
クラスメートだろう奴らの声も混じって、もうクラス中大騒ぎだ。

「おキヌちゃん、とりあえず落ち着こうよ、ね?」

なんとか顔からおキヌちゃんを離してみれば、教室で大男が暴れまわってる。
なにやってんだ、あいつ。

「う…」

足元から聞こえたうめき声の方を見ると、金髪の男が床に転がっていた。
背中とか頭についた大きい足跡は、あの大男の物だろう。

「おい、大丈夫か?」

声をかけるとそいつは、やっとこどうにか起き上がってきた。

「…そ、そちらも大丈夫ですか?
 とにかく、端の方に」

案外根性あるな、こいつ。
改めて見ると柔らかそうな金髪、しかも蒼い目をしたやたらにほっそりした美少年。
ハンサムは俺の敵じゃ。
反射的に思うと、おキヌちゃんがまた悲鳴を上げた。

「きゃー、やだっ。
 鬼が、鬼がー」

背中に廻って顔を沈み込ませて、がっしり俺の胴を両手で挟んで、震えるおキヌちゃん。
ああ、背中にあたる感触が気持ちいいっ…。
って違う違う。

「大丈夫だよ、おキヌちゃん。
 なにも怖いことないから」

胸の前にある、彼女の両手を上から包み込む。

「ね、大丈夫だから」

ゆっくりと、大きくはない、でもしっかり聞こえる声で伝える。
力を込めて握って少し、ようやくおキヌちゃんが背中から顔を離した。

「ほら、この人目の色が違うけど、鬼とかじゃないから…」

まだ側にいてくれてた金髪を見て、俺は言った。
金髪も金髪で、声を返す。

「そうですよ、僕は鬼じゃありません。
 ピエトロ・ド・ブラドー、イタリアからの留学生です」

だから、そんなに怖がらないでください、と低めの柔らかい声で言う。
おキヌちゃんも目に涙をためながらこいつを見て、うなずいてる。

「さ、後は彼を落ち着かせないといけないんですが」

教室の中で暴れまわってる大男を見て、どうしましょうねえ、と困り顔の金髪が言う。
あ、ピエトロか。

「…大丈夫なんじゃね?」

大男はグラウンド側のドアから外へと走り去って行く。
どっかに行った後には、床に転がったたくさんの机と、もうもうとした埃。
上の蛍光灯も揺れてるし、黒板消しなんかも飛び交ってたみたいだから、チョークの粉もひどい。
窓が割れて無いのが幸いだけど、こりゃ、1回掃除しなきゃ駄目だな。
巻き込まれまいと逃げてたクラスの連中も、どうするのか俺たちを遠巻きに見つめてる。
そんな中で床に座ったまま、俺は随分と間抜けな自己紹介をした。

「あー、その、初めまして。
 俺、横島忠夫。
 後こっちは、幽霊のおキヌちゃん。

 …よろしく」


俺たち3人は、6間目の除霊訓練で体育館に向かっていた。
申し訳程度に屋根のついた連絡通路をゆっくりと歩いても、満腹で眠い時は動くのがだるい。

「あの後すぐに入学式で、おキヌちゃんもう平謝りしてたな」

「教室が酷い事になってましたからねー。
 僕はタイガーに踏みつけにされましたし」

「すみませんですジャー」

式の後、俺とおキヌちゃんは改めて皆に謝って、二人して掃除を始めた。
皆に迷惑かけたってあんまりにもおキヌちゃんがしょぼんとしちゃって、それでも申し訳ないって一生懸命掃除するおキヌちゃんを見て、最初怒ってた皆が手伝ってくれた。
結局の所、あの騒ぎを通じて俺たちのクラスは仲良くなった。
今じゃおキヌちゃんもすっかりクラスに馴染んでるし、最近は授業まで一緒に受けてる。
おキヌちゃんは先生達にやたら受けがいいし、先生達が言うには、我々はこんな生徒を夢見て教師になったんだ、そうな。
ピートやタイガーとも今はつるんでていて、一番中がいいのもこの二人で、霊能について全く素人の俺にあれこれと世話を焼いてくれる。

「ホントにあの時は驚いたんですよ。
 いきなり鬼、って言われたのにも面食らいましたけどね」

「ごめんなさ〜い」

恥ずかしそうに返したのは、俺の後ろに憑いているおキヌちゃん。
頭に手を置いてるから、どこにいるのかすぐわかる。


「でもね、驚いたのは、それだけじゃなかったんですよ」

「ん?」

ピートが思い返しながら嬉しそうに話す。

「横島さん、肩におキヌちゃんを乗せて入ってきたでしょう?
 びっくりしましたよ。
 僕らの島では人間から逃れて隠れて生きてきた時間が長かったせいか、人間と幽霊、人と人外が仲良くしてるなんて思いもつかなかったですから」

ねえ、とおキヌちゃんに目を向けて話すピートに、おキヌちゃんはえへへーなんて笑っている。
俺も学校の皆も、商店街のおっちゃん達とかも慣れちゃったけど、確かにそう言われればそうだと思う。
ツケで物買える幽霊なんて、多分日本全国探してもいないだろう。

「おキヌちゃんの人柄もあると思いますけんどノー」

「ははっ、違いない。
 ぼけぼけしてるしなー」

俺たちがまた笑うと、頬を膨らませて怒ってる。
おキヌちゃんの仕草が可愛くて、つい言っちゃうのをわかって無いよな。


「体育館つきましたケン」

タイガーが振り返りながら、一足先に入っていく。
六道学園の体育館はやたらに高くて大きい。
地面からすこし沈み込んだ1階部分はバスケットコート6面は取れる広さに、周囲には引き出し式の観衆席。
2階にも十分な席があって、その下部分は用具倉庫になっている。
学校の施設と言うよりは、市民体育館と言った方が適切かもしれない。

「かったるい実習の始まりかあ」

俺は他の皆と違ってずぶの素人なので、霊能に関してはエリートクラスが集まる六道学園の授業についていけるはずもなくて、いつもすみっこで霊力の集中とか、流れの整理とかやらされている。

「横島さん、筋がいいじゃないですか。
 おキヌちゃんの料理もそうですけど、2ヶ月くらいである程度流れをコントロールできる様になるなんて、誰も思ってなかったですよ」

「確かに、なー。
 俺もびっくりした」

出入り口の側で座って話していると、皆もちらほら集まってきたらしく、割り当ての場所に人だかりが出来ている。

「百目先生の教え方も分かりやすかったし。
 最初いきなり背中に手を当てて、体の中の霊力ぐるぐる回されたのにはホント驚いた」

「でも掴めた、って横島さん言ってましたノー」

ピートとタイガーが放課後にまで色々やってくれたし、あの人の指導も良かったんだよな。
熱い塊っていうのかな、それが体の中で解けて血と一緒にぐるぐる廻る感覚は、体験してみないと理解できないだろうな、と思う。
それから百目先生もなんでか俺に構ってくれる事が多くなった。
筋がいい、と先生は言ってたけど。

「なになに〜?
 私の事を言ってるのね〜?」

「うわっ、どこから出てきてんすか百目先生。
 式神じゃないんですから」

この人は霊能科の百目先生。
毎度毎度、物陰から脅かす様に出てくるうら若い女性。
いつも来ている赤いジャージはあんまり似合っていない。
左右の両端で上向きにしぼった髪型が特徴で、美人ではあるんだけど、それ以上に茶目っ気が過ぎてよくトラブルを起こしてる。
指導力についてはクラスの皆からも定評があるんだけど、それでチャラになっちゃてるかも知れない。
年齢は、一度聞いたら永遠の18才とか言ってやがった。
正直殴りたい。

「ほらほら〜、もう授業始まるから皆も集まるのね〜」

それぞれにしゃべっていた皆を集めて、先生は授業を開始する。

「じゃ、今日は結界の中での純粋な霊力勝負をやってみるのね〜」

先生の後ろには土俵みたいにまるっこい結界場があって、どうやらその中では物理的な(要するになぐったりけったり)攻撃は相手に効かず、自分の霊力による打撃のみ相手に届くらしい。

「この実習の目的は、霊力をどうやって効率的に動かすか、少しずつでも相手の動きに対処しながらいかに動くか、それを考えていく事なのね〜」

先発のメンバーを指名しながら、てきぱきとさばく百目先生のやり方はやっぱり見てて気持ちがいい。
これであのいたずらがなけりゃなあ。

「あ、横島君はいつも通り『GSの星プロテクター君』をつけて、霊力に負荷を与える訓練しててね〜」

「ういっす」

霊力の基本的な力を鍛えるという、全身ばねのプロテクター。
霊力に応じて伸び縮みするとか言うけど、全くそんな気はしない。
巨人軍目指してんじゃないんだけどなあ…。
おキヌちゃんも悪ノリして、ひゆうまーなんて物陰から涙を流していたりするし。
誰が教えたんだ一体。

「あ、そうだ〜。
 おキヌちゃ〜ん、ちょっと来て〜」

「はい、なんですかあ」

俺が一生懸命スクワットしてると、おキヌちゃんが百目先生から声がかかる。
なんでだろうか百目先生は、折に触れおキヌちゃんを呼ぶ。
あ、戻ってきた。

「先生、どうしたの?」

「学校の中で飛び回るのに不都合無いか、ですって。
 問題ないです、って言いました」

「一応おキヌちゃん、俺に取り憑いてるからね。
 あんまり離れるのも良くないんでね?
 気を使ってくれてるのさ」

実は入学して少しすると、おキヌちゃんが校内で自由に動けるよう六道理事長がなんかよくわかんない呪式の結界を張ってくれた。
別に外敵を防ぐとかいう強力なものじゃなくて、本来取り憑いた対象からもらうエネルギーをあたりの霊力から貰えるようにする奴らしくて、それでおキヌちゃんも学校の中に居る限りは俺の側にいなきゃ悪い、って事は無くなった。
最初聞いたときは元気○か、とか思ったけど俺とおキヌちゃん両方の消耗を防ぐ為、らしい。
おキヌちゃんの行動範囲が広がったおかげで、最近はよく女子の輪の中に入ったりしてる。
変に耳年増になってきた感じがするけど。

「ねえ、忠夫さん」

「なに?」

おキヌちゃんが、結界場の周りで各々型の練習をしている皆を眺めて言う。

「学校って、毎日がお祭りみたいで楽しい所ですね」

「お祭りねえ。
 俺なんかは勉強ばっかりで嫌になるけど」

今日も英語の時間に指されて答えられなくて、おキヌちゃんに教えてもらって笑われたっけ。

「勉強だって楽しいじゃないですか。
 それに、必ずどこかから笑い声が聞こえて、皆にぎやかで嬉しそうにしてて」

絶対お祭りみたいです、って羨ましそうに呟くおキヌちゃんの言葉。
俺もなんだかそう思えてきて、調子を合わせて言った。

「そうかもね。
 なら、楽しまなきゃな」

「そうですよ。
 なんだって楽しまなきゃ」

おキヌちゃんも出来ることなら一緒に、と俺はつい考える。
授業を受けてたりはしても、馬鹿だよな、そんな事出来るはずもないのに。
おキヌちゃんは、幽霊なんだから。

「うわーっ!?」

「のぉぉおおぉぉお!」

土俵の方から声が、いや悲鳴がする。
この声はピートとタイガーだ。
見ると百目先生が式神ケント紙を投げ込んだんだろう、結界の中がどたばた騒がしい。

「おほほほほー。
 実戦には常に不測の事態が付き物なのね〜」

先生、そんな事するから裏で『サ○ーパパ』なんてあだ名付けられるんっすよ。

「私たち、端っこでよかったですねえ」

「…全く」

おキヌちゃんと二人してしみじみと混乱する連中を眺める。

「あ、タイガーがピート踏んづけた」

「…よく踏まれますねえ、ピートさん」

ノルマ分スクワット終わるまで、退屈せずにはすみそうだ。
上の張りに挟まってるバレーボールの数を数えるのも、最近飽きたし。

「百目先生、何をやってるんですか!」

俺たちとちょうど反対側、逆行になってる出入り口から入って来た人がいる。
この声は、唐巣神父だ。

「あれ、神父さん今日はこないはずじゃあ!?」

百目先生がどうしようとあたふたしてる。
慌てるくらいなら最初からやるなよ。

「理事長から別件で相談を受けましてね。
 その足でこちらに寄ったのですよ、横島君に伝える事もありましたし」

唐巣神父、年は40才くらいで学園の教師では無い。
昔理事長の弟子だったらしく、よく講師として授業に招かれる現役GSだ。
実績もあり能力も高くまた人格的にも優れた人で、なんでこんな人があの理事長の弟子なのか理解に苦しむ。
心労が多いせいか、頭はちょっと寂しげだけど。
この学校で一番良心的な人じゃないかと思う。

神父は手早く式神を片付けると、百目先生に注意をしてる。
こんな時まで困ります、とか敬語を使っているのがあの人らしい。

「ですから、あまりこういう事はしないで下さいね」

「はぁい…」

目を伏せてしゅんとする百目先生に、皆がそうだそうだと頷いている。
クラスで被害にあわなかった奴、いないもんなあ。
神父が促すようにぽんぽんと手をたたくと、また各自訓練に戻っていった。
あまり関係の無い俺がスクワットを続けていると、神父がこちらに歩いてきた。

「やあ、横島君。
 その後どうだい?」

この人も俺の入学の経緯を知ってか、なにかにつけ指導してくれる。
基本的な歩き方から教えてくれたと言えばいいのか、とにかく霊能に関する知識が全くゼロだった俺が、まがりなりにも進歩しているのは、こういった人達の後押しがあるからだ。

「そうですね、最初よりは大分まともになってきた様な」

「すごいんですよ、忠夫さん。
 今やってるぷろてくただって、重さが8まいともあるんです」

おキヌちゃんがにこにこして言う。
一般人の霊力が2〜3マイトくらいらしいから、それほど喜ぶ数字じゃないんだけどなー。

「訓練を始めてたった2ヶ月そこらでそこまでいけば上等だよ。
 体と一緒で成長期に入れば伸びもするだろう。
 美神君もああ言うがね、気にいってる様だ」

「美神さんが、ですかー?
 とてもそうとは思えないですけど」

俺は放課後のバイトの事を思う。
全く、なんで俺はあの人の所でバイトしてるんだろう。

「ま、その話は後で。
 私はまだ用事が残っているから、終わったら乗せていってあげるよ」

「あ、ありがとうございます」

いい加減に疲れてきて汗もかいてるし、ぎしぎしとプロテクターと体が重い。

「あとちょっとですよ、忠夫さん。
 がんばって」

「そうだね、ノルマまであと10ちょっと…」

今日のバイトは、またきついんかな。
全く時給も安いし、美神さんのあの乳とか太ももが無いとやってけんなあ」

「忠夫さん、言葉に出てます」

冷たい顔でおキヌちゃんが睨む。
ああ、そんな下らない物を見るような目で見ないで。

「ふんだっ」

ぷいと横を向いたおキヌちゃんに、美神さんの顔が重なる。
たまにこういう同じ顔するよなあ。

「これで終わり、っと」

ようやくノルマをクリアした俺は床に体を放りだす。
ちょっとほこりっぽいけど、ワックスのかかった木床のひんやりした冷たさが気持ちいい。

「今日はどんな仕事なのかな」

俺は美神事務所での事を思いつつ、疲れた体を休めていた。
学校全体にチャイムが鳴り響き、すぐに騒がしくなり始めた。
俺たちにとっては1日の中で、2回目の始まりの時間だった。


「どうだい、バイトには慣れてきたかな?」

「そうですね、ぼちぼち」

唐巣神父愛用のコブラに乗せてもらい美神さんの事務所に向かう途中、俺はいつもの様に色々と霊能について質問をしていた。
こちらからしなくても神父は霊能の話題を持ちかけてくるので、今では自分から話をする様になっていた。

「やってる事は荷物持ちですけど、使う道具の種類とかタイミングなんかは見てて勉強になりますし…」

「そうだね、自分から見つけようという意志があれば、どこからでも学べるものだよ」

「忠夫さん、よく道具の手入れやお札の整理とかしてますもんね」

俺の横で風に髪をなびかせたおキヌちゃんが、得意げに言う。
おキヌちゃん、気がつくと肩に乗ってるな。

「ただ」

神父が、どうしたといった顔をする。

「美神さんのあのやり方には未だに慣れませんけどね」

「あれは学ばなくてもいいからね、横島君。
 自分から紹介しておいてなんだが」

困った顔で言葉を濁す神父。
美神さんには昔から振り回されてるんだろうな。

「美神君は霊力も能力も一流、ビジネスとしての除霊については右に出るものはそういない。
 学ぶ事も多いのだがね…」

「現世利益最優先、って言ってはばかりませんからねー」

美神さんは優秀の上に超がつくほどのGSで、仕事もきっちりこなす。
その分取る料金も目が飛び出るほど高いのだけど、なにしろわがままだ。
安い料金の仕事はしない、雨の日は仕事をしない、めんどくさそうな依頼は受けない。
たまに現場でへまをしても、それが表に出ることは決して無いのもちょっと怖い。

「私の教会で研修してた時にも色々あってねえ…」

遠い目をする神父からは、研修時代の苦労がしのばれて切ない。
それでこんなに頭が寂しくなったんですか、とはちょっと言えないけれど。

「でも美神さん、優しい所もいっぱいありますよ。
 私にもお給料下さってますし」

「でも日給30円だもんなあ」

「全く美神君は…」

頭を抱える神父に、俺も心から同意する。
お給料くれるって美神さんが言った時に二つ返事しちゃったんだよな、おキヌちゃん。
お金貰えるだけ嬉しいって、安く使われてることに気付いてないおキヌちゃんに、なんと言ったらいいやらわからない。
家事が得意なおキヌちゃんが美神さんの事務所に来てから、整理整頓や道具の手配、食事の世話とか絶対給料以上(30円ならどんな仕事をしてもそれ以上にはなるだろうけど)の働きをしてる。

「あ、そろそろじゃないすか?」

大通りを抜けて、見慣れたわき道に入れば美神事務所はもうすぐだ。
美神さんあれで時間にうるさいから、今日は遅刻しなくて良かった。

「ここで降ろしてください。
 今日はありがとうございました」

「じゃあ、頑張って。
 美神君にもよろしく」

神父は手を振ると、教会に向かって車を走らせる。
低いエンジン音が、なぜだか似合っていた。


「ちわーっす」

「こんにちはー」

「あら、横島君におキヌちゃん、今日は早いじゃない」

事務所の扉を開けると、美神さんが神通棍の手入れをしていた。
いつも大事そうに、事務机に座って磨き上げてる。

この人が俺の雇い主、美神令子さん。
敏腕GS(ゴーストスイーパー)で、現在20才。
六道学園の卒業生。
容姿端麗、才色兼備ってのはこの人の為にある言葉かも知れないと思う。
一回それを言ったら、さも当たり前というように笑った後で

「だけど、そこに美人薄命、ってのはつかないのよね。
 私は現世利益最優先で、人類が滅亡しても生き残るから」

と不敵に笑っていたのを思い出す。
性格がこの通り不遜で勝気で意地っ張りってのは言えないけど、パワーに圧倒される事しきり。
六道在学中にGS免許を取得した事でも有名で、実践指導で来校する際には女子が群がってる。
群がるのもやっぱりそれなりに理由があって、あんまり年が離れてない美神さんが日本のトップクラスのGS、おまけに美人でぼんきゅっぼんと出る所出てたりすれば、憧れの対象になりやすい。
女の魅力は魔力なのよ、なんて言っていつも挑発的な格好してるから、ついつい俺も義務として手を出さざるを得ない。
うん、義務義務。

「ええ、今日は神父さんに送ってもらったんで」

「美神さんによろしく、って言ってましたよ」

俺たちがそう言うと、美神さんの手がぴたりと止まる。

「なにあんたら、先生に送ってきてもらったの?
 お大尽ねー」

「いやそれは美神さ」

「なんか言った?」

さっと神通棍が首筋に突きつけられる。
狙いは正確に頚動脈だ。

「…なんでもありません」

両手を挙げて答えると、美神さんはふんと鼻をならす。

「まったくあんたは口ばっかり達者で、もうちょっと役に立とうとか思わないの」

「忠夫さん、役にたってるじゃないですかー」

おキヌちゃんが助け舟を出してくれるが、美神さんの弁は止まらない。

「多少役に立ってても、あんだけセクハラすれば帳消しよ。
 こっちがお金貰いたいくらいだわ」

「ちょっとくれー乳や尻やふともも触ったくらいいいじゃないっすか」

「良くない!」

今度こそ神通棍で弾かれて壁に当たる。
おキヌちゃんが飛んできて傷を見れくれるけど、こういう時美神さんの言う事は決まってる。

「おキヌちゃんも、甲斐甲斐しくそいつの世話することなんかないのよ。
 横島君にはもったいないわ」

「え…、いえ、あたし忠夫さんに取り憑いてますし」

頬を桜色に上気させたおキヌちゃんに、美神さんはすました顔で続ける。

「なにか脅迫でもされてるの、本当に。
 大体、横島君と四六時中一緒で、家でセクハラされてるんじゃない?」

「しませんよ、大体おキヌちゃんにセクハラしたら俺完全に悪者じゃないですか」

「私ならいいのかっ!!」

美神さんは後が壁なのに思い切り殴りつける。
衝撃がすべて頭に伝わって、さすがに痛い。

「美神さん、まじ勘弁してほしいんすけど」

「だったら今すぐセクハラ止めなさい!
 アンタが先生の紹介とか六道の生徒じゃなければ、放り出してる所だわ」

美神さんでもさすがに師匠である神父の頼みや同窓の人間を無碍には出来ないらしい。
そればっかりじゃ無い様な気もするけれど。

「全く、なんだってまたおキヌちゃんみたいな子があんたに…。
 こっちの魅力だってさ…」

「え?
 なにか言いました?」

「なんでもないわよ!」

さっきの衝撃で耳が遠い俺が聞き返すと、美神さんはぶつぶつと言いながら、またどさりと椅子に座り込む。

「美神さん、あんまり忠夫さんの事いじめないで下さいね。
 …それで、その、あたし、脅迫もされてませんし」

もじもじと手を絡めるおキヌちゃん。
美神さんは俺に視線を移すと、ため息を付きながら言った。

「ま、いいわ。
 横島君、今度やったら東京湾に沈めるからね」

「へーい」

「もう、忠夫さんがそんなだから美神さん怒るんですよ」

めっ、と軽くデコピンするおキヌちゃんと俺に、美神さんは呆れ顔だ。

「全くあんたら、仲いいわねえ…」

「えへへへー」

「いや、褒めてないから、おキヌちゃん」


「おキヌちゃん、今日の仕事はなんだっけ」

「えっと、金成工業さんの結界保守ですねー」

「あー、もうそんな時期かあ」

やれやれ、と美神さんが立ち上がる。
事務机の後の書棚から、何冊かの本を取り出し広げる。

「あそこの結界は確か…」

複雑な呪式が記載されたそれは、俺には今の所さっぱりわからない。
アラビア文字なのかラテン文字か、とにかく日本語で無い事は確かだ。

「なんですかぁ?
 このラクガキみたいなの」

「よくわかりますね、美神さん」

俺たちが感心して言うと、美神さんは得意げに笑う。

「ま、あんたも精進することね。
 なにかの間違いでも六道の霊能科に入ったんだから、それなりの知識を持たないとついていけないわよ」

「しかし、こんな文字読めるようになるとは思えませんけど」

何度読み返しても、どこまでが文字なのかすら判別がつかない。

「大丈夫よ、文字なんて規則性を持ってるんだから、それが分かれば後はその規則に沿って読めばいいだけ。
 どんな文字にしろ、人が書いて人が使ったものよ。
 昔の人間に使えたのなら、今のあたし達にも仕えるはずだわ、そうでしょ?」

「そういうもんですかね」

「そういうもんよ」

こういう時、俺は美神さんはやっぱり凄い人だ、と思う。
どんなに権威だろうが、どんなに難しい事であろうが、人に出来て自分に出来ない事は無いと前に進むのを止めない。
普通は壁の高さにしり込みして逃げたりするものだけど、この人は少しも動じない。
ただ、その壁の乗り越え方が壁そのものを打ち倒したり、穴を開けたり、壁の横から廻っていったりするからずっこけるんだけど。

「頑張ってくださいね、忠夫さん」

「ほれ、おキヌちゃんにケツ叩かれちゃやらないわけにはいかないでしょ」

ニタリと嫌味っぽく言う美神さんの顔は生き生きしていて、俺はこういう顔も魅力的だな、なんて思う。

「さ、準備していくわよ。
 保守だけだから、そんなに時間はかからないでしょう」

「はい」

「じゃ、あたしお弁当用意しますね」

「軽いものでいいわよ。
 そうね、おにぎりつめて頂戴」

ふわふわとキッチンに向かうおキヌちゃんの言葉に、出発前の緊張が解ける。
いつもの事だけど、いい具合に肩の力が抜けているのかもしれない。
美神さんにしても、おキヌちゃんに悪い顔はしない。
これが、いつもの美神事務所のペースになっていた。


「さって、じゃ始めましょうか」

精密機器を生産する工場の一角、霊障を防ぐ為に設けられた大規模結界の中心部に美神さんは立つ。
術者の為の間が取られていて、そこに立ち霊力を手に込めると夕焼けの中に結界が浮かび上がる。
辺り一面にほうと光がともる結界、俺たち二人は思わず目を奪われる。

「綺麗ですねー」

「確かに」

翳る夕日に照らされる美神さんが行う術式は幻想的で、霊力の伸びる先にあるのだろう綻びは次々に修復されていく。

「まるで神楽舞みたいですー」

心から感心したように、おキヌちゃんが言う。
その目は美神さんを捉えて離さない。

「神楽舞、って?」

「はい。
 神社で神様に奉納する為に巫女が踊る音曲です。
 あたしも昔は…」

おキヌちゃんの言葉が止まる。
急に黙り込んだおキヌちゃんを見ると、その目は相変わらず美神さんを見ているようで、でもどこか遠くを見ている。

「あたし…昔は…。
 あれ、あれれ…?」

おキヌちゃんの頬を静かに伝ったのは、確かに涙だった。
沈む夕日がその中に閉じ込められたんじゃないか、そう思うくらいにきりと光ると、音も無く地面に落ちた。

「おキヌちゃん…」

俺は彼女の手を握ると、美神さんの仕事を見つめたまま、ずっと離さなかった。
彼女の手から伝わるわずかな震えは、いつまでもおさまらなかった。


「ふう、これで終了、っと」

両手を重ねゆっくりと結界を閉じていく美神さんが、振り返った時だった。
震えていたおキヌちゃの手にわずかに力がこもったと思うと、すぐにだらんと俺の手からすり落ちる。
間も無く、おキヌちゃんがどさりと地面に横たわった。

「えっ?
 おキヌちゃん、おキヌちゃん!?」

抱きかかえた彼女の顔にはいつもの笑顔は無い。
ただ彼女の体が透けてぼやけ、軽くなっていく。

「どうしたの、横島君!」

美神さんもすぐに駆け寄る。
おキヌちゃんの体を見るとすぐにお札を取り出し、なにかを書き加えると額に貼り付けた。

「原因はわからないけど、彼女霊体が不安定になってる…?」

「そんな。
 俺に取り憑いてる限り、そんな事はないはずじゃあっ」

大きな声を上げた俺に、美神さんが言う。

「深呼吸」

「はっ?」

「いいから、深呼吸なさい。
 ゆっくりと、何回か」

俺は美神さんの語気に気押され、深呼吸をする。

「そう。
 いいこと、GSの仕事ってのにはね、不測の事態ってのはつき物なの。
 パニックになる前に、まず自分を抑える術を身につけなさい。
 そうしないと、解決できるものも解決できなくなって、大事な物を失う事だってある」

「…」

そうだ、今はなにより冷静さが大事。
おキヌちゃんの事に集中するんだ。

「よし、ひとまず安定したみたいね」

「えっ、あ、透けなくなってきてる」

彼女の体に色が戻り、手にかかる重さも戻ってきていた。
そんな事はないのだろうけど、頬に紅がさしてきている気さえした。

「とりあえず、事務所に戻って様子を見るわ。
 横島君、おキヌちゃん担いで」

「はいっ」

俺はおキヌちゃんを抱きかかえると、美神さんと一緒に車に向かって走り出した。
ちょうど夜が昼を追い出して、暗闇が空を覆い尽くそうとしていた時間。
その境界にある明星が、妖しく紫に輝いていた。


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こんにちは、とおりです。
季刊とか言ってのはどうした、と石が飛んできそうですが御勘弁。
なぜか筆がのって出来てしまったので「せっかくだから、俺はこの赤い(ry」ではなく、せっかくなので投稿いたしました。
今回、色々人が出てきまして、おキヌにも色々ありました。
この先どうなるか、1話で申し上げたように、ゆるーくお待ちいただけると嬉しいです。
では、またまた。
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