月と子猫と夏の夜。
私がそれを見掛けたのは偶然だった。
空にぽっかり浮かんだ満月があんまり綺麗だったから、こっそり部屋を抜け出した夜のこと。
とは言っても、行く当てなんて一箇所ぐらいしか思いつかなくて、そこに行くのは何だか癪だったから、偶然見つけた公園に入ろうとした時だった。
公園の入り口で、ふといくつもの小さい気配を感じた。
気になって、そこからじっと目を凝らしてみれば公園の中で猫達が集会してた。
ただ静かに、猫達が集まって綺麗な月を見上げていた。
そういえば、季節は初夏に近付いて。
そろそろここ一帯の猫達にとっての繁殖期がやってくるはずだ。
だから、今が真夜中なんて関係ないんだろう。
きっとこいつらは一晩中ずっとここでこうしてる。
繁殖期真っ只中に来なくて良かった。
まだ身体が出来上がっていない私には、それはちょっと刺激的すぎるから。
なんて、そんなことを思いながら私はそこからこっそり離れることにした。
邪魔する気なんてさらさらないし、猫の集会なんかに興味も無かったから。
方向転換しようとして、でも、ちょっと珍しいものを見つけて足が止まった。
私はそれを確かめるように目を細める。
真っ白い毛皮の子猫。
まだまだ幼い小さな子猫。
集会所から少し離れた場所で、ぽつんと一匹座ってた。
何でその子猫だけが猫達から離れてるか、なんて、すぐ分かった。
その子だけ、身体が透けてたから。霊力も全然なくて普通なら気付かないような、そんな子。
別に動物霊なんてそう珍しいものじゃない。
でも、何故だか私はそれが気になった。そこに理由なんてない。
動物は全般的に人間なんかより、よっぽど霊感が鋭い。
それはそこで月を見上げている猫達にしたって同じこと。
きっと、あの子は自分が近付くとどうなるか分かっているのだろう。
だから、あんなところで一匹だけ離れて座ってる。
でも、寂しくて。
でも、心細くて。
でも、温もりが欲しくて。
それは、私だって知ってること。
昔は仲間なんて、いなかったから。
ずっと一人ぼっちだった。
欲しいものは何だって手に入ったけど、私が本当に欲しかったものは――
――何考えてるんだろ、私。
ぷるりぷるりと頭を振った。
浮かんでしまった余計なことを頭の中から追い出すように。
よし、決めた。
私はその子にそっと近付く。
気配を消すのは狩猟動物にとってお手の物。ましてや、子猫なんかに覚られるほど鈍くは無い。
そろりそろりと近付いて。
真っ白なその子を、両手でそっと捕まえた。
びっくりさせてしまったのか。
その子は私の手の中で、じたばたじたばた暴れてくれて小さい爪で引っ掛かれた。
あんまり痛くはなかったけれど、じわりと滲んだ血液が集まって、ぽたりと一滴地面に落ちた。
――ああ。
バカなことやってるな、私。
そう思ったけれど、そう思ったんだけれど。
ほんの少し……。
うん。
ほんの少しだけ、自分を褒めてやりたくて、何故だかちょっぴり笑みがこぼれた。
どうやら、私はあのバカ達に毒されすぎちゃったみたいだ。
そんなことを考えてたら、子猫は私の手の中で何時の間にか大人しくなっていた。
多分、ずっと暴れていられる力すらないんだろう。
その子は私を見上げて、「みぃ」と一つ、微かに鳴いた。
だから、その子を見つめ返して、私も一つ、「みぃ」と鳴いてみた。
そして、それから、腕の中。
その子をぎゅっと抱きしめて、私はそこから駆け出した。
到着したのは、一つのアパート。
老朽化して、ぼろぼろになったその建物を見上げた。
別にこの子を連れて部屋に帰っても良かった。
あそこの人達だって、この子ぐらいなら許してくれると思う。
でも、ここにいるあのバカが一番いいと思ったから。
あのバカなら、きっとこの子が欲しいものを、欲しかったものをあげられるから。
そう。
あいつが、私にそうしてくれたように――
カツンカツンと音を立てて、一歩一歩階段を登る。
あいつはなんて言うだろう。
予想してたら、何だかくすくす笑いがこぼれて、何だかそれがとっても楽しかった。
扉の前。
両手が子猫で塞がってるから、それを脚で何回かコンコンと蹴っ飛ばす。
行儀なんて知らないもん。
私みたいな絶世の美女確定の美少女なら、何をしたって許されるに決まってるんだし。
そんなことをしていれば。
薄い扉の向こうで、がさごそと何かが動く気配がした。
そんな気配を感じながら、私は腕の中の子猫をそっと撫でる。
この子はもう随分と大人しい。
少しびくびくしてるけど、それは仕方ないことなのかな。
さあ。
もうすぐ彼は出てくるだろう。
私はちょっぴりワクワクしてる。
何て言おうか。
――プレゼント?
――貴方の子よ?
――責任取って?
勘違いしてくれたら、とっても魅力的かもしれないけれど。
でも、ま、ここは、シンプルに――
「ね? この子、しばらくここに置いといてくれない?」
私は出てきた彼に、そう告げた。
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後書き
仕事帰りに猫の集会を見てふと思って作った作品です。
おれんぢ星人の悪夢か、スランプに陥ってしまったので、今回は少しあっさり軽めなものですが、ご了承下さい。どんなに書いても、シリアスが上手く書けないんだ_no
尚、誰かは秘密ですよ?
以下、オレンヂの挽歌のレス返しです。
>シシン様
有難うございます。爆笑していただけて良かったです。
>サイサリス(乳が好き)様
ひんぬーこそが世界を救うのです(笑
>偽バルタン様
その言葉はきっと、将来的にシロタマの耳に届くでしょう。大きくなるとは限りませんが(笑
>米田鷹雄様
今回はリズム重視でやらせていただきました。もう色々と大変ですが、笑って済ませていただければ幸いです(笑