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▽レス始

「夢(GS)」

犬雀 (2006-05-08 22:52)

『夢』


気がつけば見知らぬ道に立っていた。
誰かと散歩をしていたような気もするが、それが誰だったかさえ思い出せない。
もしかしたら散歩していたというのも錯覚だったのかも知れない。

兎に角、俺は蒲公英に囲まれた見知らぬ一本道の途中で立ちつくしていた。
道はまっすぐ前へと伸びている。
その先はどこに続くのか見当もつかない。
どうやら俺は見知らぬ土地へと迷い込んだらしい。

それでも一本道を来たからには振り向いて戻れば元の場所へつくだろう。
だったら焦ることもない。
どうせ何か用事があったわけでもなし、このまま散歩の続きをするのも良いだろう。
くたびれたGパンのポケットに手を入れ、似合わない口笛を吹きながら俺は先へと進み始めた。

ほどなくして目の前に隧道の入り口が見えてくる。
ここから見る限り、隧道はかなり深いのか出口の明かりは見えない。
折角、春の日差しを楽しんでいたのにかび臭い隧道に入るのは興ざめだ。
引き返そうと振り向いたとき、俺の目の前に飛び出してきたのは一匹の子ギツネだった。

目が合っても逃げようとせず、こちらを黙って見つめている子ギツネは小さいながらも凛と勇ましく太い尾を振りたて挑発するようにこちらを見ている。

なんだか可笑しさがこみ上げてきて俺は子ギツネに手を差し出した。
油揚げでも持っていれば迷わず手渡しただろうが、生憎なことに俺は手ぶらだった。

それに腹を立てたわけではあるまいが、子ギツネはツンと取り澄ました態度を取ると隧道へと入っていく。
日が差さない隧道の暗闇の中で子ギツネの尾だけが青白く光り、俺は誘蛾灯に誘われる羽虫のように子ギツネの後に続きながら隧道へと足を踏み入れた。

目の前の子ギツネの尾だけを頼りにひたすら歩く。
闇は深いが恐怖は無かった。
それでもただひたすら歩くうちに、遅ればせながら俺はこれが夢なのだろうと思い至った。

なるほど夢であるならば五歩も歩かないうちに入ったはずの入り口が闇に飲まれて消えても不思議ではない。
童話の少女のようにキツネに誘われて不思議な夢の世界で遊ぶのも良いだろう。
いや、あれはウサギだったか?まあどっちにしても大差はないだろう。
なにしろここは俺の夢の中だ。
細かいことを言っても仕方ない。

そんなたわいも無いことを考えて立ち止まっていた俺に苛立ったのか、目の前の青白い光は急かすようにフワフワと揺れる。
俺は肩をすくめるとまた歩き出した。

かなり歩いたのか、それとも十歩程度だったのかそれすら定かではないまま進んでいくと唐突に闇が裂け隧道の出口が現れる。
案内してくれた子ギツネの姿はすでに無く、ただ白く輝く出口があるばかり。
砂漠でオアシスに出会った旅人のように俺は高揚した気持ちを抱いて隧道を出た。

外は柔らかな日差しが降り注いでおり、道の両側は見事な桜の古木が並んで今が盛りと咲き誇っていた。
時折、優しく吹き抜ける風が枝を揺らすたびに視界一面が桃色に染まる。
ピンク色の絨毯を敷き詰めたように輝くその一本道を俺はまた歩き始めた。

両脇に咲く桜の種類が八重桜から枝垂桜へと変わる。
そのせいなのか桃色の絨毯は薄れ始め、表に出てきた白い道に先ほどの子ギツネがまた現れる。
童女がつける髪留めのように頭に桜の花びらを乗せた彼女はとても可憐に見えた。

「似合うじゃないか。」

俺の言葉に子ギツネは目を見開いたがすぐにフンとばかりにそっぽを向く。
その仕草が子供っぽくて苦笑混じりに微笑んだ時、遠くからシャンシャンと鈴の音が聞こえてきた。

澄んだ鈴の音に次第に混ざり始めるのは笛や鉦の音。
それが俺たちへ向かってだんだんと近づいてくる。
いつしか子ギツネは道端へと移り頭を垂れていた。
何かは知らぬが俺も顔を伏せて子ギツネの横へと立つ。

ふわりとした風が緩やかに桜の枝を揺らすとともに道の向こうから白い行列が現れた。
先頭に立つのは紋付袴を着て先に飾り紐のついた棒を掲げる二人の男。
そしてやはり紋付を着て様々なものを持った男女が続く。
それは白い徳利だったり、三宝に載せられた野菜や鯛だったり、はたまた榊であったりした。
その後ろには笛や鉦、鈴を持った人々が続く。
つまりこれは何かの祭礼の行列であるらしい。
不思議なことに行列の誰もが白い狐の面をつけている。

あまりジロジロと見つめるのも悪い気がして俺はまた顔を伏せる。
行列は鈴や鉦の音を鳴り響かせながら、それでいて粛々と通り過ぎていく。
そして一際、大きな鈴の音が聞こえたと思った途端、俺の目の前に白い馬の足が見えた。
ピタリと鈴や鉦の音が止み、行列も止まる。
顔を上げた俺の目の前に白い馬に載せられた輿に座る白無垢の少女がいる。
角隠しに隠れて顔は見えないが桜色の唇に既視感があった。
手が微かに震える。

「幸せですか?」

どうしてそんなことを聞いたのかわからない。
まるで自分の口が誰かに操られたかのようにそんな言葉を紡いだ。
だけど俺の口を使った誰かに嫌悪感は沸かなかった。
なぜならそれは俺が一番聞きたかったことだから。

白無垢の花嫁は何も言わず、ただその首だけが小さく縦に動く。

唐突に風が吹き、桜の花びらが当たり一面を桃色のカーテンで覆い隠し、それが晴れた時、花嫁行列は忽然と消えていた。

それどころかあれほどあった桜も消え、周りはすべて一面のススキ原へと変わっている。
変わらないものは真ん中を通る白い一本道だけ。
そこにポツネンと取り残されていてる俺と子ギツネを秋の気配をのせて金色に輝くススキ原をわたる風が優しく撫でる。

「一緒に行くか?」

俺の言葉に子ギツネは驚いたように目を見開いたが、すぐにまたツンとそっぽを向き大きなお世話だとでも言いたげに先に立って歩き始めた。
嬉げに揺れる尻尾に誘われながら俺はまた子ギツネの後を歩く。

しばらく歩くと今度はまた別な行列が前からやってきた。
先ほどと同じように皆、紋付を着ているしキツネの面をつけているが今度のそれは葬列だった。

死者に敬意をはらうかのように子ギツネが道の脇に避け、俺もそれに習う。
僅かに伏せた目の端にキツネ面の男の人が持つ遺影が映る。

黒い枠の中で笑っている顔は俺の親父の顔だった。
いや、違う。
親父があと40年年たったらこんな顔になるだろうと思える老人が写真の中で笑っている。

その笑顔を見た途端、ああ、なるほどこれは自分の葬式か。と俺は苦笑した。
たしか自分の葬式の夢は縁起が悪いんじゃないかとは思ったが、まあ細かいことを気にしても仕方が無い。
目覚めたときに覚えていると限ったものでもないのだし。

ふと見れば遺影の後ろを歩く女性の胸には白木の箱がある。
おそらくその中に小さくなった俺が納まっているのだろうと考えると場もわきまえずに噴出しそうになる。
慌てて顔を引き締めていると白木の箱を胸に抱いた女性がつと俺の前で立ち止まった。
ショートボブのその女性だけがキツネの面をつけていない。
喪服の黒と肌の白のコントラストの中で一際映える赤い唇がかすかに震えているのを見たとき、俺はなんの躊躇いも無く彼女に話しかけていた。

「幸せでしたか?」

彼女は黙ったまま、それでもはっきりと頷いてくれた。


葬列を見送って見上げた空には夕焼けが雲を焦がしていた。
だんだんと茜色に染まっていく空を見上げ俺はこちらを心配そうに見上げている子ギツネに手を差し出す。

恐る恐る差し出される子ギツネの前足と俺の手が触れ合った瞬間、周囲は闇へと包まれ、俺は体から何かが抜けていくような感覚を感じながら緩々と迫ってくる覚醒の兆しに身を任せた。


目を開けると恋を謳歌するヒバリたちの声が聞こえてくる。
春の光がポカポカと暖かい。
それにもまして柔らかな温もりを後頭部に感じて俺は少しだけ驚いた。

「俺、寝てたか?」

「寝てたわね。」

上から俺を覗き込みながら膝枕の主はぶっきらぼうに言う。
雲一つ無い空を背景にした彼女の表情は逆光になって良く見えなかったが怒っているのではないようだ。

「夢…みていた…」

「そう…」

不意に彼女の白い手が俺の目を優しく覆い隠す。
その手の温もりに秋の日差しの柔らかさを感じて俺はまた目を閉じる。

「いい夢…だった?」

少し怯えたような声に俺は目を隠している彼女の手に自分の手を重ねた。

「ああ…いい夢だったよ。」

「そう…良かったわね…」

彼女の手を撫でながら俺は一言だけ言葉を紡ぐ。

「サンキュな。」

それに対してただ手をピクッと小さく震わせただけで彼女は何も答えなかった。
静かに俺の目を押さえる彼女の手に力が篭る。
そして俺の顔に一つ、二つと雨の雫が落ちてくる。

「……雨か?」

「…そうね…」

「晴れていたと思うけど?」

「……キツネの嫁入りでしょ…」

ああ、なるほど。
キツネが降らす雨のことをキツネの嫁入りと言うのなら、これは間違いなくキツネの嫁入りだろう。

俺は開いた手を伸ばすと、頬に落ちる雨の感触がなくなるまで少女の髪を撫で続けた。


おしまい


後書き

ども。犬雀です。
えーと。まあ、なんと言いますか。
ちょいと色んなところでタマモを虐めすぎたので罪滅ぼし。
甘い話を書くつもりがあんまし甘くなかったりして。
もっと修行せねばと思う今日この頃、北海道はそろそろ山菜の季節であります。

ではでは

1>HAL様
確かに数が変ですねぇ。

2>ncro様
マタンゴは犬も好きな映画であります。

3>偽バルタン様
記憶があった方が面白いですよね(笑)

4>ヒロヒロ様
ついでにマッ〇ル・リベンジャーも使わせたい気がします(笑)

5>スレイヤー様
確かに美神がとり憑かれていれば祓うのは難しいかもですねぇ(笑)


6>K82様
男性用ですよねぇ…どう考えても(笑)

7>なまけもの様
うーん。あざらしは意外と身近にいるんですが…実際の泣き声は
表現しづらいです(笑)
さてとり憑かれたのはどっちでしょう(笑)

8>滑稽様
あああ…つい自然に間違えました<ムツ
犬の在の近くだったんですよ。あの王国。

9>シシン様
タマ(モ)ちゃんですね。確かに(笑)

10>わーくん様
多分、バと壊(別な意味)が必要になると思います(笑)

11>諫早長十郎様
そうです。ほうれん草はサラダほうれん草を自家栽培するのです!(笑)

12>純米酒様
笑っていただけて何よりであります。
本当になにしているんでしょうねぇ(笑)

13>柳野雫様
さてさてどっちが飲んだのか…はたまた飲んで無いのか。
想像すると楽しいかもですね(笑)

14>Yu−san様
動物はいいですねー。犬もペット増やそうかしら。
といいつつコクワガタの越冬に成功しました(笑)

15>十六夜様
なんでしょねー(笑)
笑っていただけて嬉しいです。

16>kamui08様
さて記憶はどうなんでしょ?(笑)

17>黒覆面(赤)様
動物の子供は珍しいものによって行きますから(笑)

18>aki様
確かに黒いですね。
まあ飲んでいなければ乙女の暴走ということで(笑)

19>米田鷹雄様
ほんわかと言っていただけると甘い話が苦手な犬はとても喜ぶのでした(笑)

20>ヴァイゼ様
意外といるか知れませんぞ。
我が家に限定していっても牛馬は確実。
ザリガニからイワナの霊までいそうな予感であります(笑)

21>血の亡者様
書く時はメソとゴマちゃんを頭に描いてました(笑)


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