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▽レス始

「極楽な生活!その1 〜引越し初日〜 (GS再構成)」

とおり (2006-05-05 16:25/2006-05-31 00:56)

池袋から西部線でちょっとだけ離れた、でもこじんまりとした六道学園駅を降りる。
どこにでもある駅前の風景、でもそれがやけに新鮮に見えて、俺はちょっとだけ佇む。
行きかう人たちは足早に駅に吸い込まれ、また吐き出されていって、ホームには定期的に電車が滑り込んでくる。
決して大きくはないけれど繁盛していそうな商店街があって、黄色い看板のドラッグストアや昔ながらの一杯400円の喫茶店、誰が買っていくのか分からない洋品店や古めかしい金物屋、夕暮れには繁盛するのだろうお惣菜屋やコロッケが美味しそうな肉屋、安いよ安いと威勢良く売り込む魚屋。
自然食を歌い文句にした八百屋、ケーキ屋やこじゃれた美容院なんかもある。
狭い路地を挟んで声が溢れるこの通りから、少し視線を移せば、サンシャインの周りの高層ビル群が陽気のせいか揺らめいて見えて、そのアンバランスさにおかしくなって、少し笑う。


「…ここがこれから俺が暮らす街、なんだよな」


俺は横島忠夫、15才。
一応男。
この春からいよいよ晴れて高校生、霊能科で有名な六道学園に通う事になった。
かと言って、俺に霊能があるって訳じゃない。
昨今の少子化とやらの影響で、霊能科とか普通科とか含めて女子高だった六道学園が共学に移行する事になって、俺はその第1期生。
共学になったとは言え、元がお嬢様学校でレベルはそれなりに高い。
決して勉強が出来る訳じゃないけど、色々無茶な両親にそれぞれ出刃包丁とサバイバルナイフ押し付けれられて『日本に残りたければ受かれ。さもないと一緒にナルニア行き』と言われれば、多分誰でも頑張るだろう…とは思う。

そう、実は俺は両親と一緒に日本を離れて、遠くナルニアという世界地図にも載ってるのかわからないようなアフリカかどこかへ行く事になっていた。
大手商社に努めてる親父がどうやら左遷されたらしいんだけど、両親は気にした風も無く、淡々と引越しの準備を進めていた。
俺にだって、新学期はナルニアよー、なんて夕食の時味噌汁出すついでに言うもんだから、最初はさっぱり分からなかったし。
だけどそれは嫌だと散々にごねたので、両親が縁のあるらしい六道学園の理事長、六道さんの経営する学校に通わなければならないはめになった…という訳。
縁故で合格とか甘い事を言う両親であるわけでもなく、実力でクリアしなけりゃならない事になって…。
で、両親は受からないと思っていたらしいけれど、なんの間違いか低くも無い倍率を突破、合格してしまって今に至る。

ただ、ここで重大な事が一つ発覚した。
俺自身も半ば合格は諦めていたし、それですっかり見落としていた訳なんだけど、俺は『一人暮らし』ってものをする事になったんだ。
考えるまでもなく両親はナルニアに行く訳で、それが当たり前だった。
だけど気付いた時、実際のところ、嬉しさよりも不安の方が勝っていたかも知れない。
なんのかんの言いつつ生活の一切を両親に頼りきりだったし、自分で生活をこなしていく、って事に現実感も無かった。
両親も両親で自分で決めたからには、部屋探しや引越しの手配、暮らしの立て方、それも自分で考えろなんて言うし。
まあ、決めたら一緒に手続きやってやるからとは言ってくれたけど、それは当たり前なんだよな、俺が入居手続きとか出来る訳もないんだから。
でもこれは、今になって見れば放任とかじゃなくって、両親の考えだったのだろうと思う。
自分の足で部屋を探し、生活に必要なもろもろの見等をつけ、引越しの期日や荷造りをしていく途中で、少しづつだけど自信がついていくのが分かったから。
普段から小うるさい親父やお袋に、この時ばかりは感謝した…が。
が、だ。
その後が最悪だった。
俺が甘かったと言えばそうなのだが、あの狸夫婦、仕送りは月3万円とか言いやがった。


「親のすねかじって一人暮らし、もないでしょう。
 学費と生活費くらいは出してやるから、後は自分でなんとかしなさい」


お茶をすすりながらにっこりと笑うお袋に、俺は抗議しようとした。
なんせ、いくら学生向けの築年数の古いぼろアパート、それもなぜか格安だったとは言え、部屋代と光熱費で全て飛んでしまう金額だったのだから。
話にならんと親父を見ると、実に楽しそうに笑っている。
この馬鹿夫婦、遊んでるな。
なおも抗議しようとすると、一閃出刃包丁が飛んできて耳元を軽く撫でる。
感じた風圧に体が凍りつくと、お袋が湯飲みから口を離して、俺を見据えて言った。


「大体、この話だってあんたがわめくから仕方無しに許可したんでしょうが。
 合格したのは褒めてあげるけど、自分で言った事には自分で責任取りなさい」


反論を許さない穏やかではあるけれど厳しい口調に、俺はただおどおどと言い返すしかなかった。


「そ、そりゃそうだけどさ…。
 どうすんだよ、食費とか色々」

「学生の一人暮らしなんて、食費2万もあれば上等。
 そのくらいバイトで稼げるでしょ。
 友達と遊びたいとか、オーディオ欲しいとかしたければ、頑張ればいいだけ」


はいお終い、とばかりにせんべいをかじり出すお袋。
親父は親父で、調子のいい事を言う。


「ま、そういう事だ忠夫。
 いい機会だと思って、苦労してみるんだな」


こちらも同じ様にせんべいに手を伸ばすと、ばりぼりとお茶で流し込んでいる。
せっかくこちとら小うるさい両親から離れて羽根を伸ばせると思っていたのに、いきなり喰らったカウンターパンチに意気消沈してしまう。
ここで泣きつきでもすれば良かったのだろうが、両親と自分の引越しも間近に迫っていた所、なにかかっこ悪い気がしてそれも出来なかった。


「はぁ…。
 あの時やっぱ素直に頭下げときゃ良かった。
 …下げた所でなんとかなったとも思えんが」


部屋に向かう道すがら、夕食にと買った袋入りのチキンラーメンとお茶の軽さに、つい愚痴をこぼす。
育ち盛りの息子に、いいもん食わせてやろうとか思わんのか。
薄情な両親、特にお袋にぶちぶち文句をいいながらも、部屋に着いたらどうしようかと考える。
荷物は昨日既に引越し屋に運び込んでもらっているから、後は最低限の道具を箱から出して、着替えやら日用品やら炊事道具やらを取り出だして、と。
所詮学生の一人暮らし、しかも男だから荷物は少ないのが救いだけれど、それでも半日くらいはかかるかもしれない。


「あーもう、うだうだ考えても仕方ない。
 一人しかいないんだし、やる事やってちゃっちゃか済まさないといつまでも片付かないだろ」


俺は歩く速度を速めてやる気を起こしつつ、格安で見つけた新居に向かっていった。
地図を見ながら路地を歩いていると、ところどころに小さい稲荷や公園がある。
歩いてる人たちのいでたちもどっかおしゃれで、今まで住んでたところとはやっぱり趣がいちいち違ってる。


「そうだよな、これから一人暮らしが始まるんだよなー。
 一人で暮らす、ってのも色々大変かもしれんけど…。
 楽しい事だってあるだろうし」


道が開けると、並木道が広がっていた。
高い街路樹の葉は目に染みるような鮮やかな緑で、影の落ちた景色は一瞬ドラマの風景かなにかかと思ってしまう。


「ふぇぇ…。
 こういう所を彼女と一緒に歩いたら楽しいだろうなー」


思わず言った間抜けな台詞に、俺ははたと気付く。


「ん?
 いやちょっと待てよ。
 今日から俺は一人暮らし、通う学校は元女子高」


自分で一つ一つ確認しながら、当たり前の事に今更思いいたる。


「そうだったー!!
 彼女作れば、ばら色の学園生活!
 んでもって、一人暮らしなら部屋でいちゃいちゃし放題じゃねーか!!
 …あははははっ、高校生活って、一人暮らしって素晴らしい!!
 世界はなんて明るいんだろうっ!?」

「…で、君は道端でなにを騒いでいた?
 学校はどこかね?」


勤勉な警官に取り囲まれ、職務質問される俺。
引っ越してきたばかりの学生になんて扱いだよ。
まー、治安良さそうだな、このあたり。
なんかまわりでおばちゃん達にひそひそ噂されたり、手をつないで通り過ぎる親子にあのくらいの年頃の子は仕方ない事なのよとか言われてるのはきっと気のせいだ。
くそう。


散々質問攻めにあった上でようやく解放された俺は、いささか疲れた足取りでなんとか部屋にたどり着いた。
がちゃり。
今時RPGゲームくらいでしか見かけないんじゃないかと思う、先に凸形の出っ張りがついた細い金色の鍵を差し込んで、ドアを開ける。
下の塗装が剥げた軽いドアを手前に引っ張ると、部屋の中は薄暗い。


「せっかく日当たりもいいんだし、雨戸を開けて…と」


立て付けが悪いのか引っ張るのに力がいったけど、順に収納してしまうと、部屋にはさんさんとした光が入り、表を返したばかりの畳の青さが一層目に付いた。


「さぁってと…。
 このダンボールをやっつけてしまうかね」


いくつかあったダンボールから目印をつけた箱を見つけると、カッターやはさみをまず出して、それから炊事場やタンス、押入れにそれぞれ荷物を整理しながら入れていった。
少し動くと熱くなってきて、俺は上着を畳に放り出して、作業を続けていった。


「ふう…。
 こんなもんかな?」


もう日もとっぷりと暮れて、日中の暑さの余韻が徐々に薄くなってきた頃。
俺はようやく荷物の整理を終えた。
ダンボールもたたみ終わったし、荷物は大体入れるところに入れちゃったし。
眠るスペースを確保するのがやっとかな、とか思ってた割にはうまくいったかもしれない。


「んじゃあ、いい具合に腹も空いたし、ラーメン作りますか」


収納したばかりのやかんを取り出すと水を多めに入れ、平たいガス台に置いて湯を沸かす。
かちちちと元火が点いたかと思えば、ぼっと蒼い炎が点いて、少しするとしゅうしゅうと音を立てて湯気を噴出してきた。


「これをラーメンどんぶりに入れまして…っと」


袋から開けたチキンラーメンの上からお湯をかけまわす。
卵ポットがさかさまになってるけど、まあ使わないから気にしない。
ふたも面倒くさいからほっといたけど、香りが広がってこれ余計に腹が減るな。
今度からは気をつけよう。


「んじゃ、いただきまーす」


4本足の丸いちゃぶだいにどんぶりを乗せて、お茶と一緒に簡単な夕食にする。
ず、ずっとすするチキンラーメンは美味い。
わびしいけど、これが一人暮らし初日の夕食だと思うと、なにかこう記念みたいな感じで、感慨深いっつーか。
チキンラーメン一つで記念ってのも、おかしな話だけど。


「美味しそうですねー」

「うん?そりゃ美味しいよ…って、え?」


声のした方に振り向く。
玄関の方向、部屋の引き戸のあたりを見回しても誰もいない。

おかしい。

聞こえたのは確かに女性の声だったけど、お袋の声でも無いし、そもそもこの部屋に俺以外いるはずもない。


「…そら耳かな?」


気を取り直してラーメンを食べようと向きなおして、俺が見た非常識な光景。
ぷかぷかと浮いた髪の長い巫女さんが、ラーメンを覗き込んでいる。


「おそばですか、これ?
 でも、それにしてはやけに黄色いですよねー。
 あんまり古いおそば食べたら、おなか壊しますよ」


いけませんよ、とにこやかに笑顔を振りまく巫女さんに、俺は止まったまま。


「え、え、え」


口をぱくぱく、あんぐりと声も出せない俺に、巫女さんも巫女さんで不思議そうな顔をしていた。


「あれ、どうしました?
 もし、もーし?」


つんつんと俺の顔をつつく巫女さんに、我にかえる。
え、俺の顔をつついた?
いや間違いない、感触もあった。
浮いてる、にしては足もある。
足袋とぞうり履いてるし。
でも今見えてる人魂も、きっと見間違えじゃない。


「はい、つつきましたよー。
 なにかぼーとしてたので」


どうかしました、ときょとんとした巫女さん。
すぐ近くにあった巫女さんの顔を、俺も恐る恐る、つんつんと触ってみた。
頬がすっとへこんで、確かに柔らかな感触があった。


「きゃ、なにするんですか」


やだ、と少し離れる巫女さんは恥ずかしげで、ちょっとふくれっ面をしてる。
…意外と可愛いかもしれない。
いや、かなり可愛い。


「まて、落ち着け俺。
 ここは一人暮らしを始めた俺の部屋で、夕飯を食っていた。
 で、巫女さんが現れて、俺の頬をつついて、俺もつつき返して…。
 その巫女さんは宙に浮いて、人魂がついてる、と。

 …なーんだ、なにも不自然なところはないじゃないか。
 わははははははは」


突然笑い出した俺につられて、巫女さんも笑い出す。


「くすっ。
 あはははははは」


片づけが終わったばかりの一人暮らしの新居に、なぜか二人の笑い声が響いていた。
やっぱり食事は一人より二人の方が美味しいね、ってそうじゃない。


「うん、俺は今日疲れてる!
 こういう日は早く寝るに限るな!!」


チキンラーメンを手早くかき込んで、さっさとどんぶりをシンクに放り込む。
手早くちゃぶだいを片付けると、押入れから布団を引き出して敷き、シャツも脱いで、速攻で横になる。


「これは夢だ!
 夢に違いないのだ、明日になれば穏やかな日常が始まるに違いない!」


頭まで布団をひきかぶり、羊が一匹、羊が二匹と数得ていると耳下で声がする。


「あのー」

「羊が3匹、4匹…。
 聞こえん、俺はなにも聞こえんぞ!」


必死で気をそらしていると、なおも聞こえてくる声。


「あのー、こんなに明るいと寝づらいと思うんですけど…」


あ、いけね。
そうだった、電気消し忘れたな、俺。


「んじゃ、電気を消そうかな、と」


思わず布団を左手で避けて、勢いをつけて上半身が起き上がった瞬間。
目の前にあったのは、巫女さんの顔で、つまり、止めるまもなくお顔とお顔がごっつんこした訳で。
いや、お顔だけだったらいいんだけど。


「ん…」


聞こえてきたささやきに、ふと我に返る。
肩に感じる、さらさらとした髪の房。
あんまりにも近すぎてピントのあってない目に映ったのは、長めのまつげと少したれた目元。
そして、なんというかこの口にあたるやーらかい感触は…。


「巫女さんの…くちびる?」


ゆっくりと体を離し、倒れないよう右手で支える。
さっきよりは遠い、でもお互いの目がはっきり見える距離で、ずっと動かないまま。
わけもわからずじっとしていると、こぼれたのは巫女さんの涙。


「ふ…ふぇ…ふぇぇぇぇぇ。
 も、もうお嫁にいけなーい!」


俺の膝の上あたりで浮きながら、いきなり泣き出す巫女さんに、俺は戸惑うばかりで何も出来ない。


「ちょ、ちょっとまって巫女さん…!?」

「ふぇぇぇぇぇええーん!!」


大声で泣く彼女をなだめるのに、小一時間もかかってしまい、もちろん彼女の泣き声はアパートはもちろんあたりに響きわたり。
俺は引越し初日に御近所中からめでたく『不審者』決定だろうなと、涙を流す彼女を見ながら思っていた。
俺だって泣きたいよ、本当に。


「あの…なんて言えばいいかわかんないけど…。
 ごめんなさい」


なんとかなだめて巫女さんが落ち着いた後に、俺はべたっと額を畳につけて謝っていた。
土下座以外の何物でもないんだけど、イグサの匂いっていいなーとか思いつつ、様子を伺う。
何も反応がなかったから、少しだけ顔を上げて上目遣いに彼女を見れば、真っ赤な顔でそっぽを向いている。
うわあ、これ相当怒ってるなあ…。
俺はどうしたものかと考えあぐねていると、彼女から話かけてきた。


「…キヌです」

「えっ?
 キヌって?」


絹って、あの上等な服に使われてる糸ってか、布だったよな。


「名前です!
 あたしの名前。
 みんな、おキヌって呼んでました」

「あ、巫女さんの名前か!
 キヌ、おキヌさん…」


頬のあたりを目一杯膨らませて、ちょっとたれた目を懸命に吊り上げて怒っている様が、いかにも可愛らしくて、俺はつい、いたずらに呼んでみた。


「おキヌちゃん、でいいんじゃない?」

「なっ…!」


ぼん、と音が聞こえた様な気がした。
首筋まで真っ赤になった彼女が、両手で顔を隠す様に俯いてしまう。
やばい、また泣かした?


「…さい」


ぼそぼそと聞き取れないくらいに小声で呟く彼女に、俺は聞き返した。
するとおキヌちゃんは、また怒ったように言う。


「あなたの好きな様に呼んで下さい、って言ったんです」


もう完全に背中を向けて恥じ入る彼女の姿に、俺はなにか申し訳ない気持ちになって。
そう言えば、俺まだ名前を伝えてないよな。


「俺は、横島忠夫。
 …よろしく、おキヌちゃん」


おキヌちゃんの背中に向かって、出来る限り落ち着いた声で伝える。
事情があるとは言え、たとえ相手が幽霊…だろうけど、まあとにかく初キッスを奪ってしまったのは恐らく間違いが無いわけで。
祟られたりとか取り憑かれたりとか思うよりも、おキヌちゃんの気持ちを治してあげたかった。


「横島、さん?
 …そう、横島さんって言うんですか」


目じりを手でこすって、鼻をすすりながら、彼女が言う。
ゆっくりとおキヌちゃんが振りかえると、浮かんでいたのは笑顔。


「下の名前が忠夫さん、かあ…。
 よし、決めた!
 あたしも、名前で呼んじゃいます!」


手をちょっと握って、ひらの方を口元に持ってきて、口の動きを見えないようにして、彼女は何度か呟く。
なぜか、よしと今度は両手を握って確かめるように何度も手を動かし、気合を入れている。
俺はいつ終わるのか、くるくる表情の変わるおキヌちゃんを飽きずに見ながら待っていたが、どうやら踏ん切りがついたみたいだった。


「よっ、じゃなかった。
 た、忠夫さん!」


おキヌちゃんが畳に下りてきて、ふわりと正座する。
やけに力の入った視線と声に、こちらもどうしたのかと少し緊張したのだけれど、彼女の行動はこれまた俺の予想を上回るものだった。


「ふつつかものですが、これからよろしくお願いします」


両手をとんと置きそろえ、三つ指をついて、深々と頭を下げるおキヌちゃんに、俺もついつい頭を下げて、よろしくお願いしますと言ってしまう。
で、下げてしまってから、今もしかしてものすごく重要な挨拶を交わしたんでね、とか思う。
おキヌちゃんを見ると、いやいやとさっきの何倍も真っ赤になってトリップ中だし。
え、待て、待てよ俺。
今おキヌちゃん、何言った?


「これからよろしくお願いします?
 ふつつかものですがって、どういう事?」


一体何をお願いしたのか分からないんだけど。


「はい!
 あたし、一生憑いていきますから!!」


真っ赤な顔で嬉しそうに、ほがらかに、でもはっきりと言うおキヌちゃん。


「あ、一生ねー。
 なるほど、これから一生…。
 えっ!?
 一生ぉぉぉぉぉぉお!?」

「…その、あの、せ、せ…。
 接吻、しちゃったからには、もう、ち、契っちゃったのと同じ…ですから」


両手の人指し指を絡めてくるくるとしているおキヌちゃんに、俺はこんな可愛い子が一生かーとか思いつつ。
じじ、と蛍光灯のなる音がして、シンクの方からはぴちゃんと水の落ちる音が聞こえてきた。
自分達が出す音以外にこの部屋には聞こえる音があるんだなあ、とか意識の遠くで思っていた。


「…えと、おキヌちゃん。色々聞きたい事があるんだけど」


遠のいた意識をなんとか引き戻して、俺はおキヌちゃんに問いかけた。
首をふりふり、旦那様とかまだ早いし…などと突っ走っていた彼女は俺の視線に気付いたように、こちらを見る。


「な、なんですか、忠夫さん」


居住まいを正して、彼女が俺に相対する。
だけど彼女が真剣そうな顔をしても、どうしてもにこやかな笑顔が抜けきらないのか、俺もなんとなく力が抜けて笑顔になってしまって、なんですかとおキヌちゃんがもう一度聞いてくるまで、俺は結局何も聞けなかった。


「あ、いや。
 まあ、一生とかどうとかは置いておいて…。
 答えづらい事だったら、いいんだけど、その、なんでこの部屋にいたのかなー、って」


そうだ、そもそもなんでこの部屋におキヌちゃんはいるのか。
幽霊なんだろうけど、それにしたって触れる幽霊なんてめったにいるもんじゃないだろうし。


「あ、えーとですね。
 わかんないんです」

「…はい?」


指を唇に当てて考えるおキヌちゃんに、俺はさっきの感触を思い出してつい恥ずかしくなる。
いや健全な15才男子としては、当たり前の反応なんだけどさ。


「あたし、ちょっと前までは山にいたはずなんですよね。
 それで、夜眠って少しして気付いたらここにいて。
 山に戻ろうとしても、このお部屋から出られないし、来た方に連れて行ってもらおうとしても、皆あたしを見て逃げ出す方ばかりで」


どうしてなんでしょうねえと困った顔のおキヌちゃんに、俺はなるほどなと膝を打った。
どうりでこの部屋が豊島区なんていう都心で駅近く、日当たり抜群のくせに破格の安値で、しかもすぐにでも契約できるなんて言ってやたら熱心に勧めてきたんだな、あの不動産屋。
刺青入った方とか、そういう怪しいものが多少あるんかなとか思ってたけど、まー普通の人ならそりゃ逃げ出すわなあ。
俺だって、いきなりキスとかしなければ今頃部屋を飛び出してるこったろうし。


「そっか。
 おキヌちゃんはいつくらいから、山にいたの?」


で、もう一つ疑問があるんだよな。
さっきのおキヌちゃんの三つ指といい、今の言葉といい。


「元禄の時ですけど?
 あたし、人柱になったんです。
 噴火続きの山を収めるためだったんですけど、普通そういう霊は神様になるんです。
 でも才能無くって、いつまでも山にいて…」


噴火は収まったからいいんですけど、と申し訳なさそうにしゃべるおキヌちゃんに、俺はまた頷いた。
おキヌちゃんがなんでこうも古風なのか、それに俺みたいな一般人にも見えるどころか触れたりするのか。
元禄の頃って言えば、確かこないだの試験にも出てたけどもう300年くらいは前だったよな。
それからずっと幽霊してるんなら、九十九神じゃないけど、やっぱそれなりの『格』みたいなのも付いちゃってるんだろうしなあ。
妖怪なんかも年月を経て変化するとかしないとか、本で読んだ事があるし。


「なるほど、で、どうしようかと思ってたら俺が入居してきた、と」

「はい。
 これもなにかのご縁だと思いますし、よろしくお願いしますね、忠夫さん」


ね、と首をこくんとするおキヌちゃんに、なんだかもーなんでもいいやとか思ってしまって。
本当に一生取り憑く気なのかもしれないけど、初めての一人暮らしのその初日、なにやら妙な同居人が出来て騒がしい。
幽霊と学校行ったり街歩いてたりしたら、そりゃもう目立ちまくりだろうけど。


「これからどうなるんかな、俺の暮らし…」


俺は途方にくれて窓辺を見た。
差し掛かる月明かりは暖かく綺麗で、夜空を照らしていた。


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どうも、とおりです。
今回の作品は、たかすさんのイラストを元に執筆した作品です。
目指すものはラブコメディなんですが、ぼけぼけしたおキヌと振り回される横島の掛け合いを楽しんでいただけたらな、と思います。
一応連作短編で3〜4話くらいを予定しているのですが、DAWNもありますのでもしかしたら季刊とかになってしまうかも。
ゆるーく続けていくつもりなので、のんびりとお待ちくださいませ。
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