耳かきという行為がある。
耳の奥底にあるクソを、取る事を指している。これを溜めておくと難聴になる場合があるが、取りすぎるのもダメらしい。
「せんせー、すごく溜まっているでござるよ」
シロは俺の耳を覗いて、そう囁いた。
発端は俺が耳かきを自分でしていたのを、シロが見て『拙者がやるでござる』と申し出たせいだ。
俺んちには実は耳かきがない。あった筈なのだが、腐海に沈みどこかへと姿を消してしまった。その為に美神さんの事務所にあるのを見付けて、勝手に使っていたのだ。
単なる耳かきでも、これが美神さんが使っていたものだと思うと、神々しく感じてしまう。それにそれを耳の奥底に入れると考えると、何故かエロチックにも思える。
しかし、今ではそういった考えは吹っ飛んでしまった。
今の俺はシロに耳かきをして貰っている。つまり、膝枕をして貰っている訳だ。
最初はシロの膝枕ぐらい大した事はないと思っていた。思っていたからこそ、『ああ、頼むわ』と気軽に言ってしまったのだ。
シロがソファに座り、何も考えずに俺は彼女の膝に頭を乗せた。
もしここで少し頭を働かせたら、危機的状況に陥らなかっただろう。
生足の部分でなく、ジーンズの方にしていたら、こんなにも緊張してなかった筈だ。
何せ、俺の頬にフトモモがもろに当たっているのだ。シロの生足がこんなにも肌触りがいいとは思ってもみなかった。さすがにサンポ等で鍛えている為に、ムチムチで張りが抜群にあるのだ。思わずスリスリして、撫でてみたくなる魅惑のフトモモであった。
まずい。このままでは俺の理性が決壊してしまいそうだ。ぬう、まさかシロに対して、この様な感情が芽生えるとは。
俺は困ったと唸ると、シロが声をかけて来た。
「どうしたのでござるか? 痛かったでござろうか」
「いや、そんな事はない。気持ちいいぞ。シロは耳かきの天才だな」
「そんなに褒めれると嬉しいでござる」
嬉しそうに、明るい声を出して、シロは喜んだ。確かにシロは耳かきがうまいと思う。
とは言っても、オフクロ以外にして貰った事などないので、他に比べ様もないが。
すっと耳かきが差し込まれ、軽く撫でられた後に、一気に引かれる。この一連の動作は、クセになりそうだ。
世間一般で、女の子の膝枕+耳かきは最強だと言われているが、身を持ってそれを体験してしまった。しかも、あまり女性として見ていなかったシロに対してだ。
この破壊力は大き過ぎる。また、シロに耳かきを頼んでしまいそうだ。
それに彼女だったら、喜々として引き受けてくれるだろう。ああ、美神さん辺りに頼んで、殴られた方がましだったかもしれない。
そうすればこんなにも悩まなくてもよかったのに。
「こっちは終わったでござる。もう片方もするので、引っくり返って下され」
俺はシロの言う通りに180°体を回転させた。
すると、眼前にヘソが見えた。噴き出しそうになるのを必死に堪えたので、俺はまた唸ってしまった。
「痛くしたでござるか?」
「い、いや、平気だ。続けてくれ」
どもりながらも返す。
これまたやばい。目の前にはヘソに引き締まった腰があるのだ。目と鼻の先にあるとは、正にこの事。
シロの腰は充分に引き締まり、うっすらと腹筋が6つに分かれていた。見事なそれに俺は見惚れてしまう。
まさか、俺にこんな属性まであるとは。
今までチチシリフトモモだったが、これからはチチシリコシフトモモと叫びそうだ。
語呂が非常に悪いのだけが難点だな。それとどっかで聞いた事だが、女性の腰がくびれているのは、妊娠していない事をアピールする為らしい。
「♪〜〜♪〜♪」
シロは調子に乗ってきたのか、鼻唄を歌い出した。
ぐほあっ!? 耳に、耳に息がーっ!!
シロ、お前は分かっていてやっているのか!? それとも全ての行動は天然なのか!?
天然だとしたら、恐ろしい子だ。俺はそんな子を弟子にしているというのか。
しかも、段々と俺の顔の周りに熱気が溜まってきていた。
空気の通りが悪いせいだろう。その為に、シロの匂いがダイレクトに俺の鼻腔を刺激した。
美神さんの香水や、おキヌちゃんの石鹸とは違った……野生の匂いがする。汗などの分泌物が、いい具合に交じり合い、何ともいえない匂いを発していた。
普通ならば、不快になるだろうそれが俺の煩悩を揺さぶる。
ぐっ、やばい。やばすぎる。このままでリミッターがブチ切れてしまう。
シロに、弟子に手を出す訳には……。
「終わったでござるよ」
この一言で、俺は我に返る。危ない、危ない。もう少しで俺は人の道を踏み外すところだった。
「ありがとな。助かったよ」
と、俺は起き上がり、耳かき以外の事でも礼を言った。
「では、拙者も」
シロがそう言うと、寝転んで、俺の膝に頭を乗せて来た。
って、これは……。
「俺もやれって事か」
「くぅ〜ん、いいでござろう?」
寝転んだまま、シロは俺を見上げる。はあ、こういったねだる様な瞳には弱いんだよなあ。
全く子供なのか、大人なのか分からん奴だ。でも、俺に甘えてくれるのは悪い気がしない。考えてみたら、シロが甘えてくる相手は俺だけだしな。俺も結構独占欲が強い気がした。
「はいはい。ジッとしてろよ」
覗き込むと、割と堪っている。あまりマメにはしないみたいだ。全く女の子だっていうのに、ズボラだな。
俺は渡された耳かきを持ち、シロの耳に優しく差し込んだ。
「あ……ふ……」
シロは妙に色っぽい声を出す。
「あ、大丈夫か?」
「だ、大丈夫でござる。もっとして下され」
だが、俺が耳かきを動かす度に、シロは艶っぽい声を上げる。もしかして、ここが弱点か?
ふむ、だったらさっきの仕返しをしないとな。八つ当たり気味だというのは、自分でも分かっているが、やり返さないと気が済まない。
「ほ〜れ、ほれ」
「あん……んん」
俺はじれったく耳かきを扱う。小刻みに縦運動を繰り返したり、円を描く様に回してみたりもした。もちろん出血しない様に、触れるか触れないかというソフトタッチでしていた。
もうすでに耳クソを穿り出すというより、シロで遊んでいた。
これは面白い。シロの反応が実に初心で可愛らしいのだ。
頬を紅潮させ、耳まで真っ赤になり、息も荒い。こうなったら誰かが来るまで、たっぷりと可愛がってやろう。
『いただきます』
夕飯の時間となり、俺はお呼ばれされた。
今日のご飯も美味しそうだ。おキヌちゃんのメシは絶品だ。
今日のメニューは洋風でテーブルの上には、オムレツにチキンスープ、ポテトサラダにリゾットと何とも豪華な食事だ。
目一杯食べて、栄養を補給せんとな。俺はスプーンを持って、がっついた。
「先生」
急に話し掛けられ、俺は隣に居るシロを見た。彼女はスプーンを口にくわえていた。
はしたない奴だと思うが、食べ散らかしている俺も人の事は言えんな。
「どうした?」
「あれはとてもよかったでござる。また、頼んでもいいでござるか?」
あれ? ああ、耳かきの事か。
「いいけど、最初はシロがやってくれよ。お前のって気持ちいいしな」
「本当でござるか!?」
「シロがあれだけのテクニックを持っているとは思ってもみなかったぞ。クセになりそうだ」
「やったー」
ブンブンと尻尾を振って、シロは喜びを露にする。可愛い奴め。けど、こんどはジーンズの部分に頭を乗せる様にしよう。
また混乱しそうだしな。
「……美神さん。箸じゃなくって、スプーンが止まっていますよ。どうかしたんすか?」
「あ、いや、何でもないわよ!!」
美神さんは顔を赤くしてハハハと笑うが、何でもない様には見えないが気のせいか?
「おキヌどのもぼーっとして、どうしたのでござるか? 顔が赤いでござるが、まさか風邪でもこじらせたのでござるか?」
「え、えっと、違います。私は至って健康ですよ」
おキヌちゃんも頬を赤くして、美神さんみたいに笑った。どうしたんだろう?
働きすぎなのか? 除霊だけでなく、家事もこなしているしなあ。偶には休ませた方がいいのかもしれない。
2人の微妙な行動に、俺とシロは顔を見合わせた。
「……似た者師弟ね」
タマモはボソリと、呆れた様にうめいた。
どういう意味だ?
俺とシロは似ているところがある様な気がするが、今この時点で何か関係があるのだろうか。
また俺はシロと顔を見合わせ、首を傾げた。
あとがき
オチの方はいつも美神さんに殴られてばかりですから、少しだけ変えてみましたがどうでしょうか?
ちょっと弱いかなあ。