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▽レス始

「月に吼える ―第二部・第参拾八話―(GS)」

maisen (2006-03-30 02:38/2006-03-30 02:43)
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「――急げっ! 周辺の魔力が安定していない内に回収するんだっ!」

「神無様! 内部には誰も居ませんっ!」

「何っ?! く、一歩遅かったのかっ」

 辺りを徐々に凪いで行く魔力の嵐が吹き荒れる中、月の砂漠に斜めに傾いて着陸した美神達の乗ってきた宇宙船の周りに、奇妙な仮面をつけた女性達とそれを指揮する刀を持った女性の姿があった。
 そのハッチを抉じ開けた仮面の女性の1人が、指揮官と思しき女性に大声で報告し、それを苦虫を噛み潰したような表情で受けた女性は暫しの黙考の後宇宙船の確保を指示する。
 統率の取れた動きで宇宙船のあちらこちらにロープを巻きつけ始めた部下を見ながら、指揮官は周辺に意識を配っていた。

 その視界に、小さな光点が写る。

 身構えるよりも先に、その光点は一気に大きくなって上空を通り過ぎた後、すぐさま反転して何かを構える。
 遠目には分からなかったが、接近すれば良く分かった。
 それは、鉄パイプを何本も束ねたような銃身を持った兵器と、それを抱えて無表情にこちらを見下ろす女だった。

 誰何の声を放つよりも早く、その銃身が回転を始める。

「ふ、伏せろーっ!!」

 叫ぶだけ叫んでいち早く地面に伏せた指揮官を掠めるように、銃撃音というよりも既に爆音に近いそれが頭上を通って後方で巨大な砂塵を巻き上げた。
 斜線上の全てを打ち砕きながら、その猛威は指示に従って伏せた部下たちを満遍なく掠めるようにして穴を穿ち、しかし余波でさえも傷一つつける事無く大地を抉る。
 不毛な大地を十二分に鉛弾で耕した後、余熱を吐き出しながら回転を終えたガトリング砲を再び軽々と構えたその脅威は、凛とした声で宣言した。

『フリーズ! 動けば・撃ちます!』

「う、撃ってから言うなぁぁっ!!」

 指揮官のちょっと涙を浮かべた抗議に、はた、と動きを止めたその物騒な女性は小首を傾げ、僅かに困ったような表情を作ると。

 おもむろに訂正した。

『動かなくても・撃ちます!』

「「「「「「無茶苦茶言うなぁぁぁっ!!」」」」」」

 とり合えず、そのとてつもなく軽そうな引き金が引かれる前に、その場にいた女性たちが全員武器を捨てて両手を上げながら、涙ながらに抗議をしたのは当然の行為であっただろう。
 しかしその抗議に対し、その女性は完璧なスルーを見せながら続けて叫ぶ。

『直ちに・この場から・退去して下さい。その船の所有権は・こちらに・あります!』

 その宣言に対し、仮面を付けた女性達の間でざわざわと小さなざわめきが起こる。
 暫しの後、彼女達の視線が一点に集まり、それを受けた指揮官は物凄く嫌そうな顔をしながらも一歩前に進み出た。

「・・・つ、つかぬ事を伺うが、もしや地球から救援に来られた方か?」

『・・・・・・・・・ぇ?』

「我らは月の女王、迦具夜様に仕える月神族の者。何やら誤解があるようですが・・・」

 変化は、一目瞭然であった。
 ガチリ、と動きを止めたガトリング砲の所有者――マリアは、暫しの硬直の後、おもむろに視線を逸らして冷や汗たらり。
 変な所で器用なアンドロイドである。
 いや、これも生体ベースの上にメタソウルを使った霊力の使用までも可能にしたドクター・カオスの細工であろうが、それにしても凝り過ぎの感がありありである。
 ともあれ、こそこそと手を一振り物騒な兵器を何処へとも無く収納したマリアは、すたっと指揮官の目の前に着地して不自然なほどに無表情で右手を差し出し、一言。

『・・・拳を・交わして・友情を・育みました。――良い話・ですね?』

「・・・こ、これが救援かぁぁぁっ?!」

『さあ・握手を』

「交わしてないっ! 銃弾だし、一方的だし、そもそもこっちを知らなかっただろうがっ?!」

『・・・・・・・・・・・・・・・知ってました・当然』

「『ぇ?』って言ったじゃないかっ! 大体今の間はなんだぁぁっ?!」

 そこまで無表情を保ちながら右手を突き出しつづけていたマリアは、そろそろ時間が掛かり過ぎだと思ったらしく、こほんと空咳一つ。
 そして、空いた左手を一振り。

『さあ・握手を』

「・・・はい」

 右手に相互理解の握手を。
 相手もそれを受け入れてくれたというのに、何でとても蒼褪めているのだろうか。
 理解に苦しむが、これも月神族というものなのだろう。
 郷に入れば郷に従え。
 問題無し。

『では・船体の・保護を・お願いします』

 一言だけ残して再び脚部のロケットに着火したマリアは、部下達に慰められている指揮官を見下ろしながら飛び去っていった。
 左手に、意味も無く――と、本人だけは思っている――回転させてしまったガトリング砲を抱えながら。

 そして、左手には武器を、と言った所だろうか。

 何処の宗教戦争だ。


 竜神の装具を身に付け、受信機を睨み付けながら美神が空を駆ける。
 視線の先にはちょこまかと激しく動きつづける光点が一つ。
 先程まで激しく動き回っており、そしていきなり止まったかと思えば再びちょこまかと動き出す。
 かと思えばつい先程から光点がいきなり消え、そして別の地点に出現すると言う行動を繰り返し始めている。

「あンの馬鹿! こんな所で超加速なんて乱用したら、ガス欠で身動き取れなくなるわよ!」

 更に速度を増しつつ、光点の予想移動地点へと駆ける美神。
 うろちょろうろちょろと不規則に動いてはいるが、何せその美神の事務所の所員、忠夫の行動だ。
 大体の予測くらいは、簡単に付く。
 まぁ、それは、美神にとっての常識であるが。

「そろそろ見える筈――居たっ!」

 上空を飛んでいるが故に、美神はその姿を容易く発見する事が出来た。
 どこかふらふらと、それでもかなりの速度で大地を駆ける忠夫と、それを追いかけるようにして蠢いている無数の緑を。
 それが忠夫を囲むように動き、球体を形作りながら目標を取り囲む。
 次の瞬間、圧縮されたようにそれが潰れ、そして轟音と土煙が舞い上がった。

「・・・うわぁ」

「あーっ! 美神さん美神さん美神さはぁぁぁんっ!!」

「ちょ、馬鹿、こっち来るなぁぁぁっ!!」

 潰されたと思った忠夫は、何時の間にかその包囲網の外をこそこそと逃げ出している。
 超加速を使ったようだが、とりあえず今だガス欠には陥っていないようだ。
 腹部を押さえながら全速力で駆け出した忠夫は、斜め前方に美神を発見してそちらに必死で方向修正。
 どばどばと涙を流しながらこちらに向かって来る忠夫に、美神は慌てて拒否の叫びを上げるが心細さとピンチで一杯一杯の忠夫は問答無用で走ってくる。

 そして、その後を追いかけて。

『待てぇぇぇっ!!』

「蝿、蝿がぁぁっ?!」

「ベルゼバブの群なんか引っ張ってくるんじゃないわよーっ!!」

 緑色に染まったベルゼバブの群が、空間を羽根が叩く音で埋め尽くしながら、収まった土煙の向こうから大群で出現した。
 数を数えるのすら面倒くさくなるような、と言うか、目視する事すら脳が拒否する光景である。
 津波のような勢いで迫る群に、美神が慌てて背を向けたのも当然と言えば当然だが、背を向けられたのはベルゼバブだけではない。
 その津波の前方を必死で駆ける忠夫もまた、置いてかれた形になる。
 当然、忠夫も必死である訳ので、置いて行かれては堪らないとばかりに。

「みっかみさぁぁぁん!!」

「きゃあっ?! こ、こらっ! しがみ付くんじゃないのっ!!」

「だって、だって、死ぬかと思ったんすよぉぉおっ?!」

 跳躍一閃、次の瞬間には美神の腰をがっちりキャッチ。
 真っ赤になって忠夫を振りほどこうとする美神だが、忠夫も振り落とされては堪らないので肘とか膝とか拳とかが届かない位置まで、美神の身体をホールドしながら移動する。

「こ、このセクハラ狼がぁぁぁっ!!」

「やーらかいっ! 暖かいっ! おお、俺は今生きてるぞぉぉぉっ!!」

 例えここで助かっても後で死にそうな行為である。

 だがしかし、現在進行形で抱きつかれている美神が黙って居る訳も無い。
 背中に回ろうとした不届き者の襟首を掴み、そのまま閃光のような膝蹴り一閃。
 顎をカチ上げられて上体を反らした忠夫の足首を引っ掴み、そのまま上に引っ張って上下を逆さまにすると、おもむろにその胴体に細い腕を回してがっちりホールド。
 地面に向かって大加速。

「死ねこの馬鹿っ!」

 完璧なパワーボムであった。

 地上3階程の高さから叩き落された忠夫が地面を砕き、凄まじい勢いで砂塵が舞い踊る。
 一瞬目の前の展開に呆気に取られて動きを止めていた蝿達が、その煙幕に向かって雪崩れ込み。

 次の瞬間に炸裂した、数個分もの精霊石の光が、彼らを問答無用で薙ぎ払った。


「ちぃっ! この依頼が終わったら黙って借りとくつもりだったのにっ!」

「そ、それを世間一般では窃盗と言うっす・・・」

 小脇に抱えたボロボロの忠夫、何故か微妙に首が傾いている彼に拳を一つ振り下ろした美神は、戦果を確認する程間も置かずに再び超加速に入る。
 煙幕代わりの砂煙の中に、ついでとばかりに置いてきた虎の子の精霊石達は上手く効果を発揮してくれたようで、視界の端に移る制止した緑色の大群達は完全にこちらを見失っているようだ。
 それだけを確認した美神は、そのまま前方だけを見て宙を駆ける。
 行き先は、先程宇宙船が不時着した辺り、おそらくマリアがこちらに向かって来るであろう方向である。

 暫し、超加速のまま疾走を続けた美神は、後方から緑色の影が消えたことを確認してすぐさま地面に着地。
 先程殴ったお陰で首が元通りになっている忠夫を放り出すと、超加速を解除してマリアに通信を開始した。

「マリア、聞こえる? こっちは無事に横島君を回収できたわ。そっちは?」

 無事、と言っても現在は美神の横の地面に、前衛芸術まがいのオブジェとなって突き刺さって居る訳であるが。
 ぴくぴくと奇妙な痙攣を始めたそれに一瞥を送り、まぁいいかとあっさり思い直して通信機からの返答を待つ美神であった。

『――クリア・良く聞こえます・ミス・美神』

 ややあって響いた声は、何処かしら安堵の色を感じさせる物。

『現在地より・ミス・美神の位置までの・到着予想時刻は』

「待って。敵が居るの、こっちに来ないほうが良いわ。あんたのロケットは目立つから」

 確かに、竜神の装具の力で宙を駆ける事の出来る美神達に対し、マリアはあくまでロケットを使用した飛行である。
 故に、どうしてもその噴出炎が目立ってしまい、遠距離からでも容易く捕捉されてしまう可能性が高い。
 とは言え、出力等の関係上、重量物の運搬には有効なのであるが。
 それも、美神がマリアに宇宙船の確保を指示した要因なのである。

『ノー・プロブレム。敵性存在・確定ならば・直ちに合流する事を・提案します』

 それもまた、選択としては間違っていないのであろう。
 純粋に戦力を増強する事が、有利に働かない事は少ないのだから。
 だが、今回は状況が悪すぎる。
 相手の数が問題なのだから。

 今度ベルゼバブの群に捕捉された場合、脱出は難しいだろう――先程の忠夫や美神のように超加速でも使わない限りは。
 しかし、現在の状態から言って、エネルギーの使用は極力避けるべき物。

 故に、美神は通信機に向かって否定の言葉を掛け様とし、しかしそれを遮って直ぐ側から掛けられたマリアの声にかなり驚いた。

『それに・既に到着・しています』

「ま、マリアっ?!」

 振り向いた美神の視界に、しかしマリアは存在しない。
 だが、声は確かに聞こえるし、そう、言うなれば――気配に近いものがある。

『――光学迷彩・霊波迷彩・対探査装置・解除。ステルスモード・停止。通常モードに・移行』

「・・・あのトンデモ科学者、無茶苦茶するわねー」

 再び響いたマリアの声の発信源から、その姿がいきなり出現した。
 マリアの娘達の中でも、偵察・情報収集に特化した存在であるシータの機能、ステルスシステムを使用していたらしい。
 実の所、ガトリング砲を振り回したのもアルファの機能だったりする訳だが。

 マリアが心配になったカオスが、アルファ達に比べて拡張性に富むマリアに、今回色々と持たせてみたのだ。
 勿論、彼には彼でデータ収集等の目的がある訳だが、どうしても単なる心配性の父親が、遠足に出かける娘にごちゃごちゃと武装させてしまった感が否めない。

『ドクター・カオス・ですから』

 さらり、と美神の毒づきに対応したマリアの姿は、何処となく胸を張っているように見えたらしい。

 えっへん、である。

 ちなみに忠夫は、何時の間にか痙攣が止まってグッタリしていたり。


 とまれかくあれ無事?合流を果たした美神達は、未だ首を捻ったりお腹を押さえたりと落ち着きの無い忠夫に美神が竜神の装具の額当てを貸したり、それを見ていたマリアがカオスに強請って絶対に壊れない発信機付きバンダナを作って貰ってプレゼントし様とか思っていたりと色々あった物の、マリアの先導で月神族たちの居る船の所へ。

「嫁に来ないかーっ!」

「いきなり恥を晒すんじゃないっ!」

「救援はっ?! 地球からのまともな救援はまだなのかぁぁっ?!」

『呼ばれ・ましたか?』

「いやーっ! こんな救援はいやぁぁっ?!」

 ・・・更に色々あった物の。
 最早主にマリアと忠夫と美神の拳が光って唸ったせいとは言え、疑いやら恐れやら呆れやらでちくちくと突き刺さる視線を向けてくる月神族に引き連れられ。

 到着したのは、巨大なクレーターの端にある小さな谷の隙間であった。


「ようこそ、遠来よりの方々。私は月の女王、迦具夜と申します・・・」

 ごきん、と鈍い音が響いた。

「どーも。で、いきなりだけど詳しい話を聞かせていただけるかしら?」

 開いた手をぷらぷらと振りながら、美神が目の前の女性に語りかける。
 足元まで届く長い髪、爪先まで覆い隠すゆったりとしたスカート。
 それでいて、豊かな体のラインをはっきりと浮き立たせた服は、確かに目の毒であろう。
 女王、迦具夜姫は、美神の足元で頭頂部を押さえて蹲る忠夫を戸惑ったように見た後、その深く、だが優しさと気品の調和の取れた瞳で美神を不思議そうに見返した。

「その男性の方は、人狼族の者でしょうか?」

「・・・ええ、一応ね」

「一応じゃないっすぅぅぅっ!! 何でいきなり殴るんすかぁぁっ?!」

 二本の腕の力だけで上体を反らした忠夫は、自己紹介する暇すら与えず己を殴り倒した雇い主に抗議する。
 そもそも、今回はまだ求婚のきの字も出していないのに、何故殴られなければならないのか。
 非難を篭めた視線で見るも、返って来るのは冷たい視線。
 己の日頃の行いを省みろ、と言う意思の篭められた、それはそれは否定の出来ない視線であった。
 月に来てからだけでも2回はやってるし。
 その後方ではマリアが珍しくも非常に不満そうな表情を浮かべているが、尻尾を丸めて耳を伏せた忠夫には見えていなかったり。

「で、月の女王様が何でこんな貧相な所に居るのかしら?」

 辺りを見回した美神の言葉も当然だろう。
 周囲にあるのは粗末な幾つかの椅子と、部屋の一面で砂嵐を映し出すモニター群、そして岩がそのまま表出している壁。
 まるで何処ぞのテロリストの秘密基地、と言った感じである。

「・・・それに付いては、まことに我ら月警官の手落ちとしか。不甲斐ない・・・!」

 搾り出すような声で、苦渋に満ちた発言をしたのは美神達をここまで案内してきた月警官の長、刀を持った月神族であった。
 神無、と迦具夜の呟きに答えるように頭を下げたその女性は、僅かに目の端に悔しさゆえの涙を浮かべつつ事の次第を語っていく。


「・・・月の大地に、あの蝿の魔族が現れたその時、我らは警告の後攻撃を仕掛け――その小ささと、俊敏さに苦戦しながらも一度は追い払う事に成功しました」

 今思えば、それは追い払ったと言うよりも頃合を見て相手が引いていったようなものだった、と言う。
 それでも部隊の半数以上が傷付き、自力で動けない者も多数出る始末。
 何とか月神族の城――人間達の存在する物質界と霊界の境目、亜空間に存在するそこに帰還した後。

 1時間ほどで、城の内部に異変が起こった。

 神無の言葉を継ぐように、目を伏せた迦具夜が言葉を紡ぐ。

「・・・気が付いた時には手遅れでした。城の内部にあの魔族が溢れ返り、私達は脱出するだけで精一杯――私達の城は、あの魔族に乗っ取られてしまいました」

 おそらく、撤退の際に開いた穴から侵入されたのだろう。
 亜空間の内部にも満たされた月の魔力は、ベルゼバブにとっては格好の餌。
 あっという間に増殖に増殖を重ねた数の暴力に、反撃の拠点となるであろう月神族の城は乗っ取られ、地球との連絡も救援を求めた後は魔族からの探査を避けるため中断。
 僅かに地表をモニターしながら地球からの援軍を息を潜めて待っていることぐらいしか出来なかったのだと。

「ふ・・・ん。先ず拠点から潰すとは、ね。なかなかやってくれるじゃない」

「ですが、私達にもまだ出来る事はあります。正直な話、正面切ってあの魔族と戦っても勝てる気はしません。が、貴方達のサポートくらいならば――朧、居ますか?」

「は、ここに」

 迦具夜の招きに答えて、粗末なドアを開いて出て来たのは何処か平安時代の陰陽師にも似た服を着た女性であった。
 神無が清流のような雰囲気とするならば、こちらは優しげな湖、と言った所だろうか。
 静々と美神達の前まで歩み出たその女性は、美神達に微笑みかけながらその額の竜神の装具を外していく。

「エネルギーの補充をいたします。暫しお待ちを・・・」

「あ、ありがと」

 忠夫と美神から装具を受け取ったその女性は、何故か忠夫にウインク一つ残して再びドアを潜って行った。

「ま、マリアさん? 何故睨まれるのでしょーか?」

『・・・・・・・・』

「そして、もう一つ」

 そう言った光景を見事にスルーして見せた迦具夜姫は、目線で神無に合図を送ると1枚の地図を持ってこさせる。
 広げられた周辺のものと思しき地図に書き込まれているのは、現在地と書かれた赤い点と、もう一つ。

「私達が脱出に使った、緊急用の脱出路です。此処からなら、城に潜入できるかと・・・」

「・・・っつってもねぇ」

 難しい表情の美神が、腕を組んで唸る。
 依頼内容は月から魔族を追い出す事。
 と言う事は、自然と城に巣食う蝿魔族を何とかしなければいけない訳だが。

「あの数っすもんねぇ。潜入できても、袋叩きに遭うのが関の山のような気がするんすけど」

 ベルゼバブの、反則とも言える物量である。
 一対一ならばそう苦労はせずとも何とかできるであろう。
 美神とマリア、忠夫が居るのだから。

 しかし、はっきり言って先程忠夫を追いかけてきたのがその全てだとは思えない。
 しかも、追いかけてきたベルゼバブの数だけでもとんでもない量なのだ。
 城を攻めるとなると、それこそあっという間にこちらが削り殺されるであろう。

「・・・成る程、ね。何とかなるかな?」

「うぇっ?!」

 だが、暫し口を噤んで思考に浸っていた美神の口から出たのは「何とかなる」の一言であった。
 身を仰け反らした忠夫の目の前で、美神はまるで悪役のような笑みを作ると、神無に向かって確認を取る。
 そして、それが無事である事を確認した美神は、今度はマリアに向かって指示を出した。

 曰く――

「マリアー。あれ、時限爆弾みたいに出来る?」

『イエス・ミス・美神。所要時間・30分』

「み、美神さん・・・いやーな予感がするんっすけど、アレってなんすか?」

 冷や汗をだらだらと流した忠夫が、どっかと椅子に座って休憩を始めた美神に恐る恐る質問する。

「核ミサイル」

「・・・はっ?」

「いやー、宇宙船に積んどいて良かったわ。備えあれば憂い無しって奴よねー」

 至極あっさりとのたまわった美神の言葉に、忠夫の顔から一気に血の気が引いていく。
 核ミサイルを本気で使用するつもりなのが怖いのもある。
 何処から手に入れたかは知らないが、それをおそらく金の力で手に入れた美神が空恐ろしいのもある。
 だが、最も忠夫の顔から血の気を引かせた原因は。

「じ、時限爆弾っすか?」

「そ。頑張ってね、横島くん」

「やっぱりかぁぁっ?!」

 時限爆弾と言う事は、誰かが設置しなければならないと言う事で、とどのつまりこう言った場合、ほぼ間違いなくその役割が回ってくるのが自分だと理解していたからである。
 マリアが行っても良いのかも知れないが、いかにステルスが使えても、巨大な兵器を使用できても、彼女には速度が足りない。
 超加速と言う、まさに神魔の領域の速度に達する事が出来ないから。
 それに、もしマリアが「行く」と言っても、多分忠夫は自分が行くと言っただろうし、それは美神でも同じである。
 そんな思考は、美神にはお見通し。
 だったら、最初から雇い主が言い出してやれば、話は簡単に進むだろう。

「文句ある?」

「・・・無いです」

 肩と頭を落とした忠夫に、その視線から見えない事を確認した美神は、その旋毛を優しさと信頼の篭められた微笑で眺めるのだった。

「ちょ、ちょっとトイレに行ってきまっす」

「こちらです」

 ふらふらと蒼褪めた表情のまま、ずりずりと足を引き摺って神無の後をついて部屋を出て行く忠夫。
 それと入れ違いで入ってきた朧は、美神にエネルギーの補充が終わった竜神の装具を手渡し、首を傾げながら尋ねてきた。

「あの、男性の方、とても顔色が悪かったんですけど・・・」

「柄にも無く緊張してるんでしょ。放って置いて良いわよ。やる時はやってくれるから」

 本人が居ない故に言える言葉ではあるが、本人の目の前で言ってやれば――いや、言わないが故の美神であろう。


 簡素な板で仕切られたトイレの中で、液体がばちゃばちゃと音を立てて流れ落ちる。
 赤いそれは、忠夫の口元から零れた血液。
 渦を巻いて流れていくそれを見ながら、忠夫は激しく蠢く己の腹部に手を当てて、その手をゆっくりと口元に当てる。

 ごぼり。

 更に大きな血塊が、忠夫の口から零れ落ちた。

「げほっ! げほっ! ・・・つ、月じゃなかったら死んでたかも知れんなぁ・・・」

 腹部の盛り上がりが、徐々に喉元にまで動いて来る。
 痛みに顔を顰めながら、それでも忠夫は悲鳴を上げない。
 ただ、目を瞑って堪えている。

「が、頑張れ俺っ! 多分もうちょっとっ! でも、もう少し手加減してほし――」

 一際、大きな音が響いた。


 その、ちょっと前。
 狼頭の侍は、手に持った、びちびちと跳ねる活きの良いビッグ・イーターを見つめて思案していた。
 随分と長い間考えていたが、漸く納得が行ったのか、おもむろにそれを口元に持っていき、あんぐりと顎を開ける。

 ビッグ・イーターは本気で慌てて嫌がり、更にびちびちと暴れ出す。

 その尖った牙が侍の目の前で噛み合わされ、その衝撃と音に思わず離した手から、とんでもない勢いでそれは逃げ出していった。

 後に残るは、背後にまな板やら包丁やら鍋やらを従えた、非常に残念そうな侍のみ。

 ――悩んでいたのは調理法だったようである。


―――アトガキッポイナニカ―――
はいすいませんmaisenでございます^^
というわけで月に吼える、第二部第参拾八話、此処にお送りさせていただきます。

 活造りも良いですが、私は塩焼きが好きですね(爆

レス返しー。

罪輝龍様>初めまして^^ 魂の篭った叫び、ありがとうございましたw

k82様>アシュタロス「が」飛んでくる、とナチュラルに勘違いした私はなんなんでしょね?(爆 文珠があれば、ですねー。 は、それは言うまでも無いのではなくそう言う無意識のつながりがごっほごっほっ! ええと、OKですよ(謎 喰われ掛けてたりw きっと強くても意味が無い方向の不幸が来ると思いましたまる

ジェミナス様>は、ありがとうございます^^ 神の力使っても求婚です。超加速しても求婚です。時の流れに干渉してもやってる事は求婚なのです。素敵かどーかはおいといても馬鹿ですなーw 修羅場というか若干一名に恐ろしい事が起きる・・・何時もの事ですな(待て

kamui08様>妙な方向に漢でございます。使えるものを全部つかってもやってる事に千賀が無いと言うのがなんともはやw

柳野雫様>「ま、死にはしないでしょ」の一言で片付けられてたりします。 何時か、それでも必ずカオスがその最後の壁を取り除いてくれるでしょう。 は、べたべたくっ付くのでとても嫌ですね(待て 素敵に、馬鹿。そんな忠夫君で行きます。 後が怖いんですけれども、だからと言って引ける場所でもないのですよー。 蝿の末路は・・・さて、どーでしょうねw

ハングドまん様>初めまして^^ ええ、賢しくセコくこすっからく。そーいう辺りに忠夫の真骨頂はあるんだと思います。 ・・・惜しいですなぁ。本当に惜しいです(遠い目

シヴァやん様>どうもです^^ ふっふふのふー。そう簡単に一番は取らせて上げないのですよー(待て 果たしてたったのはどんなフラグなんでしょーね?

ガガガ様>そう言っていただければ幸いです^^ 狼なのに猪突猛進、いざとなればそれなりに頭を使えるんですけどねー。 経験不足はいかんともし難いということでw 

なまけもの様>マリアが彼女なりに悩みを持ちながらも、それでも彼女は彼女らしく。何時かのその時まで、彼女はきっと諦めたりはしませんよー。 ・・・ふっふふのふー。さぁて、それは如何でしょうかねw 正式に参加したら、経験の差でぶっ千切りそうですがー。そう言う事です(謎

イザーク様>は、天竜も一応シロタマと同じくらいの外見年齢には成長しておりますが・・・え?胸?それを聞いちゃ駄目で(パーン( ゜д゜)・∵. ) 

ゆる様>ええ、セコくて情けないのも忠夫なら、ここぞ、と言う場面でしっかりやってくれるのもまた忠夫なのだと思います。特に美女関連(台無し 

Wellday様>は、期待に応えられるように頑張ります^^ メドさんは・・・苦労してますから、良い場面で出てきて欲しいですねー。

ヴァイゼ様>は、美神さんでございますので^^ これで全部分かったとか言われたら私は心底驚きますがw いいえ、アレは只の親馬鹿爺馬鹿、そして里での忠夫の行動ゆえです。 は、無駄な方向に全力疾走ですからしてw 迷って、でもどうにもならなくて。切羽詰っておずおずと伸ばした手を、全力で引っ張ってくれる。格好良さ、感じていただければ幸いです。

黒覆面(赤)様>はっはっはー。まぁ、あんまり色々とつけすぎでもアレなのです、うっかりそれを忘れちゃいそうで怖いのですが(爆 とりあえず、食べられそうになりました(待て

しゅーりょー。

はてさていよいよ反撃開始。
ではでは、読んで頂いている限り、これからも頑張ってまいりますので――楽しんでいただければ、それ以上の喜びはありません^^ノシ

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