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▽レス始

「机の気持ち(GS)」

テイル (2006-03-14 02:46/2006-03-14 02:48)

 わたしの名は愛子。学校机の変化。一般に九十九神と呼ばれる妖怪の一種で、本体は机とはいえ人の姿をとることも出来る。
 その容姿は端麗といっていいと思う。背中まで伸ばした黒髪は艶やかで、さらさらした髪がかかる顔は眉目秀麗とまではいかないけれど、整っていると思う。十人中八人位は可愛いといってくれるかもしれない。
 性格についても基本的には真っ直ぐだし、心も広いと思う。たまに少し暴走するけれど、それもある意味愛嬌だ。
 勉強だってできる。そもそも勉強していた時間自体が在学中のどの生徒よりも長いし、科目によっては教師以上の知識がある。伊達に何十年も学校机やってない。
 才色兼備……その言葉がわたしには当てはまるのだろう。それは偽物なのだけど、周囲の人間はきっとそうは思わない。本当のわたしが醜悪で、救いがたい存在だということを知っているのは、ただ、わたし自身だけなのだから。
 わたしは今、学校生活を満喫している。望んで望んで、妖怪化するほどに望んで、そして手に入れた世界だ。級友達と笑い、学び、心を通わせる学校生活。心躍らせる青春の日々。毎日が楽しくて、嬉しくて、そして……恐かった。
 今が楽しければ楽しいほど、それを失った時に思いをはせてしまう。それはわたしにとって、もっとも怖ろしい想像……。けれど、いつか現実に訪れる確実な未来……。
 わたしの心を安らかにしてくれる人達は、いずれわたしを置いていなくなってしまう。しかしそれは仕方がないことだ。ずっと一緒にいて欲しいなんて、そんなことまで望むことはできないのだから。
 もちろん、それでも寂しいことに変わりはないのだけど。
 ……わたしは自分の犯した罪を忘れたわけではない。自分の望みの為、人を攫い、無理矢理学校生活を送らせたことを忘れるつもりはない。いずれ裁きは受けると思う。自分が手を染めた愚かな行為の代償を、この身をもって贖うことになるだろう。
 自分が愚かな妖怪であるということを、わたしは片時も忘れたことはない。だからわたしが本当に望む幸せが手に入らないことは、この世界に誕生したときからわかっている。その事に対する諦観の念は、遙か昔よりこの胸にしこりのように根付いているのだから。
 ……仕方がないのだ。それが妖怪と人との運命なのだから。自分がどれほど望んでも、本物は手に入らない。悲しいけれど、それが現実だ。
 だから今は夢を見たい。小さく狭い箱庭の中、ただ夢を見たい。それがどれほど欺瞞に満ちあふれたものであろうとも、いつか終わりが来るまで……わたしは、このぬるま湯につかっていたい。
 望んで望んで、それでも手に入らない。それなら、せめて夢でいいから、幸せな世界でまどろみたい。そうでないと、なぜ自分が生まれてきたのか、それすらもわからなくなってしまうから。
 だからごめんなさい。いつか訪れるそのときまで、わたしと一緒にいてください……。


 原稿用紙数枚に及ぶその作文に目を通し終え、横島は引きつった笑みを浮かべた。学校の生徒用玄関に立つ横島の目が、ゆるゆると正面に向かう。そこには向かい合う様にして、この作文を書いた作者が満面の笑みを浮かべて感想を待っていた。
「愛子……何の嫌がらせだよ、これ」
 げんなりとした表情で横島が問う。いつものように机に腰掛けていた愛子は、笑みを引っ込めると上目遣いの視線を島に向け、
「んー……行かないでっていう、気持ち?」
 少しだけ甘えた声を出して、そして直後、くすくすと笑い出した。少しだけ前かがみになった愛子の黒髪が揺れ、口に手を当てて笑うその姿は愛らしい。
「あはは、いや、ごめんね。ちょっと困らせたかったの。でも、私の期待を裏切ってくれた報復ってことで、許してね」
 愛子は片目を瞑ると、横島に向かって手を合わせた。
「もう一年一緒にクラスメートできると思ってたから、少し寂しいかな。でも、おめでたいことだもんね。おめでとう横島くん。まさか一回で卒業するなんて、夢にも思っていなかったけど」
 面白そうにのたまう愛子に、横島は苦笑する。
 今日は横島の通う高校の卒業式だ。学年の中でもっとも卒業が危険視されていた横島も、今はこうして見送られる側になっている。そこに至るまでに涙ぐましい努力の数々があるのだが、別にどうでもいいので触れないでおく。
 ちなみに横島の学生服だが、意外にもボタンがいくつかない。何人かの女生徒が欲しがった結果だ。その内の一人は今目の前にいる。
 その彼女は第二ボタンの代わりに作文を渡し、目を通した横島の顔を引きつらせていたのだが。
「でもよかったね。ピートくんもタイガーくんも卒業だし、これで横島くんだけ卒業できなかったら格好悪いもんねえ」
「ぐ、まあな」
「ま、これで除霊委員会は全員無事卒業ってことで解散ね。あ、私は違うけど」
 霊能力者である横島、ピート、タイガー。そして机妖怪である愛子。この四人で発足された委員会が除霊委員会だった。当時の担任の教師に命じられた為であったのだが、四人の交流を深める一助になっていたのは間違いない。
 本日で横島、ピート、タイガーは卒業する。学校妖怪である愛子を残して……。
「三年間。楽しかったね」
「……ああ、そうだな」
「横島くんたちのおかげなんだよ?」
「なにが?」
 首を傾げる横島にくすりと笑い、愛子は手を伸ばした。両手で横島の手を握り、じっとその目を見る。
「わたしが、こうして楽しく過ごせたのは……。妖怪である私が、除霊もされず、迫害もされず、差別や区別さえされず……。ごく普通の女生徒として扱われて、青春を謳歌することが出来たのは……。それは全部、横島くんたちのおかげよ。特に横島くんはムードメーカーだったから、とても感謝しているの。だから……ありがとう」
 いきなりのことにどぎまぎとする横島。こういった雰囲気には慣れていない。その様子を見て、愛子が取り繕うように言った。
「ま、もうちょっと続けばよかったかなーとは思ってるけどね」
 ちろりと可愛い舌を出してえへへと笑う愛子。『誰かさんが留年してたらなー』という言外の言葉に横島は苦笑する。
「別にさ、俺がいなくても変わらないよ」
 横島の手が、そっと愛子の頭に乗った。突然のことで驚いた愛子に、やわらかな手の温もりが、じんわりと流れていく。
「これまで愛子が妖怪だなんてことを気にする奴はいなかったろ? きっとこれからもいないよ。だから……もうこんな作文は書くなよ?」
 作文を持ち上げて見せた。その作文と横島の顔に交互に視線を向けながら、愛子は笑った。
「本気にしたの? 心配かけさせちゃった?」
「当たり前だろ」
 軽く睨むようにしながら、横島は作文を鞄にしまった。
「持って帰るの?」
「ボタンと交換だろ?」
「でもでも、邪魔なだけじゃない?」
「いいんだよ。交換は交換」
 ぽんと鞄を叩いた時だった。
「横島ぁ。行こうぜー」
 横島の後方、遠く正門から級友が叫んだ。卒業記念ということで、この後何人かで遊びに行くことが決まっている。
 級友のそばには何人かの男女がいる。一緒に遊びに行くメンバーだ。
「っと。それじゃあ、俺行くわ」
「うん。……ねえ横島くん」
「ん?」
「あのさ……。たまには、遊びに来てくれる?」
 上目遣いで窺うような視線を向ける愛子に、横島は微笑む。
「当たり前だろ。愛子がいるから、遊びに来るさ」
 その答えに満足したように、愛子は本当に嬉しそうな笑みを浮かべた。


 正門に向かって歩く横島の後ろ姿を、愛子はガラス越しに見ていた。そこには昨日までの横島と同じように、愛子の元クラスメイト達がいる。横島に手を振る者、隣にいる友人と会話を楽しむ者、お互い抱き合って涙を流す女子など、その光景はとても美しく輝く青春の一幕。ガラス越しに映る外では、似たような光景がそこかしこで見られた。
 新しい世界に足を踏み出し、輝かしい未来を夢見ている若者達。にぎやかでどこか浮かれた雰囲気すら漂うその中で、横島の背中が段々と小さくなっていく。段々と愛子の世界から遠ざかっていく。
「幸せな三年間だった。裏切られ続けた三年間だった」
 愛子は手の平に視線を落とした。そこには横島からもらった第二ボタンが鈍く輝いている。
「これと引き替えに渡したわたしの作文……あれが、ずっと昔に亜空間で書いたものだと知ったら、横島くん、あなたはどんな顔をするんだろう」
 横島の顔を引きつらせたあの作文。あれはいずれ自分に訪れる、確定的な未来を書いたもののはずだった。
 自分は絶望と後悔の念に苛まれながら死ぬのだろう。絶対にそうなるのだろう。そしてそれは仕方がない。……そう、ずっとずっと思っていたのだ。
 かつて愛子は、様々な時代から幾人もの学生を拉致し、洗脳し、偽りの学生生活を営んでいたことがある。己の欲求に従い、踏み越えてはならない一線を踏み越え、あとは破滅を待つばかりだった。GSが除霊に来た時など、ついにその時が来たと密かに覚悟を決めたものだ。
 途中まで、愛子の予想通りだった。GSは洗脳を跳ね返し、自分が妖怪であることを見抜いた。徹底抗戦するつもりはなかったから、そこで勝負は決まりだ。拉致していた学生をそれぞれ元の世界に帰したあとは、滅ぼされるのを待つだけだろう。偽りの学生生活は終わりを告げ、罪を償う時が来たのだ。
 ところが、ここから予想外のことが起きた。
 元の世界に返した学生達が、全てが愛子の仕業だと知ってからも優しかったのだ。そして、自分を除霊しに来たはずのGSも優しかったし、愛子の本体が在る学校の教師も優しかった。
「全てが終わった。……そう思った時から、全てが始まった。本物の学校生活を送り、たくさんの青春を味わい、除霊されることなく、忌み嫌われることなく、幸せな思いをたくさんもらった」
 信じられなかった。夢かとも思った。望んで望んで、そして諦めていたものが手に入ったのだ。そして、それが逆に愛子を恐怖させた。この幸せが手のひらからこぼれ落ちてしまうのではないか。自分は所詮妖怪だし、一時的ならばともかく、長期間過ごせばどうしても人間以外の部分が顕著に見えてくるから。だから、恐かった。
「でもそうはならなかった。先生も、みんなも、とても優しかった。その一因となっていたのは、横島くん、あなたなのよ?」
 あけすけで、単純で、ちょっとスケベだけど、優し過ぎる青年。人だろうがそうでなかろうが、まるで分け隔てないその言動に、どれだけ救われたか。それは愛子だけでなく、人外であるピートや異能者のタイガーも同じだろう。
「わたしはこの学校に生まれて良かった。あなたに会えて良かった。あなたと共に歩けたなら、もっと良かったかもしれない……」
 横島が正門に辿り着いた。待っていた友人に揉みくちゃにされているのをみて、愛子の目に寂しげな光が浮かんだ。
「本当に、行っちゃうんだなぁ」
 窓ガラスにそっと手の平をそえた。愛子が見守る中、みんなに囲まれながら横島が歩き出す。視界から消えるまではと見つめる愛子に、横島が振り返った。
 一瞬だけ、愛子に視線を向ける。しかしすぐに友人に連れられて視界から消えた。
 横島が振り向いたのは本当に一瞬だった。距離もあったし、ガラス越しということもあっただろう。だからきっと、横島は気づかなかったはずだ。
 愛子の頬に流れる一滴の涙になど、きっと、気づかなかった……。
(じゃあね、横島くん)
 愛子は今まで口に出せず、そしてこれからも口に出さない言葉を、胸の内でそっと呟いた。
(……大好きだったよ、わたしの初恋の人)
 目を閉じた。溢れた涙がさらに自分の頬を濡らすのを感じながら、愛子は横島の第二ボタンにそっと唇を寄せた。


 太陽が完全に沈むと、夜の闇が世界を包む。それは毎日変わらず訪れる、あまり好きではない寂しい時間。
 夜の学校はとても静かで、暗くて、そして不気味だった。よく怪談の舞台ともなるが、それもこの雰囲気ではしかたあるまい。実際に妖怪や霊も存在している。
 しかし自分が夜の学校を好きじゃないというのはどうなのだろうか。そう愛子は思う。自分は妖怪なのだ。それも学校妖怪と類される妖怪だ。元々夜は妖怪や霊にとって過ごしやすい時間のはずで、ならば学校妖怪にとって、夜の学校は居心地のいい住処のはずなのだ。
 しかし愛子は夜の学校が好きではなかった。誰もいないこの教室も、ただ一人机に座っているだけの時間も好きではなかった。
 そして――。
「今夜は、かつてないほど好きじゃない。ううん、今夜の学校は、嫌いよ……」
 夜は好きではなかった。だからいつも夜が明けるのが楽しみだった。新しい一日が始まるのが楽しみだった。明けない夜はこないと言う言葉を実感できるのが好きだった。ひとりぼっちで寂しくとも、翌朝にはみんながやってくる。だから我慢できた。
 でも、明日はそうはならない。待っていても誰も来ない。流れゆく時間の中に生きる者達と、時間からはずれた自分……。
 自分は所詮妖怪。一人でいると、その事を強く自覚してしまう。そしてその事をこれほど寂しく、悲しく思うのは久しぶりだった。
 一人は、寂しいのだ……。
 月光が差し込む教室の中、愛子は一人静かに月を見ていた。その目から涙がすっと流れる。月の光はその悲しい涙を柔らかな光で輝かせていた。
 その様子は美しかった。心を魅了するほど、綺麗だった。思わずそこにいた者が見惚れてしまうほど、綺麗だった。
 そしてその光景に目を奪われたそいつは、かたりと教室のドアが僅かな音をたてた。愛子が振り向く。涙目のままに見たその先に、いつの間にか横島が立っていた。
「あ……」
 愛子のぽかんとした視線に、わたわたと横島は慌てた。教室のドアに触れた自分の手と、愛子を交互に見る。
「い、いや、すまん。別に覗いていたとか、盗み見ていたとかそんなのは全然なく……」
「なんで……?」
「あ、いや。泣いてんのはわかってたけど、何となく見とれちまったというか。あ、じゃなくて、えーと」
 ばつの悪さを感じているのか、必死でいいわけじみた言葉をもぐもぐと呟く横島に、愛子は歩み寄った。正面に立つと、じっと横島の顔を見上げる。
 涙を湛えたその目は、まるで吸い込まれてしまいそうなほど綺麗だった。どこまでも透き通り、きらきらと輝く様はまるで黒瑪瑙のようですらあった。その美しさに横島の視線は釘付けになる。
 愛子の手がそっと伸びた。優しくなでるように、愛子の手が横島の頬に添えられる。
「温かい……」
 ぽつりと呟いた。同時に愛子の両目から溢れ出た涙に、横島は慌てた。
 何かしなくてはならない。そんな衝動に駆られた横島は、愛子の背にその両手を回した。
 愛子の華奢な身体が、横島の胸の中にすっぽりと収まる。そっと壊れ物を扱うように回した腕から、愛子の小刻みな震えが感じ取れた。
「どう、して?」
 愛子が横島の胸で呟いた。その言葉の意味を理解するのに、横島はたっぷり五秒かかった。
「何でここにいるのかって? 俺がここにいちゃ、変か……?」
「ここ、学校だよ? 今日横島くんが卒業して、縁の切れた場所だよ? 時間だって……夜だよ?」
 その愛子の声は、今まで聞いたことのない弱々しい声だった。いつも聞いていた明るい声じゃなく、いつも笑顔と共にあった楽しそうな声でもない。今にも壊れてしまいそうな儚さと、弱さがそこにはあった。
 横島は思わず背に回した腕に力を入れると、力いっぱい抱きしめた。同時に愛子の耳に唇を寄せ、そっと呟くように言う。
「ここは、学校だよな。愛子のいる、きっと俺とは一生縁の切れない学校だよな。そして時間は夜だ。愛子がひとりぼっちの夜だ。寂しくて、壊れちゃいそうで、一人で泣いちゃうような、そんな夜だよな」
 自分の言葉にぴくりぴくりと反応する愛子を感じながら続ける。
「昼間、一度振り返ったろ。ガラス越しだったからはっきりとは見えなかったけど、なんか気になったんだ。とても気になったんだ。思わず愛子の様子を見に来ちまうくらい、気になったんだよ」
「横島、くん」
「来て正解だった。今日は朝までいるぞ。たまにはそう言うのも悪くないだろ? だから……そんなに、泣くなよ」
 ぎゅっと抱きしめられて、愛子は横島の胸に熱い息を吐いた。愛子の目からは、涙が止めどなく流れていた。しかしその涙の意味は、横島が来る前とはその意味を変え……思いは心の内から、溢れ出る。
「横島くん……」
 底抜けに優しいのが横島忠夫という人間の美徳の一つだ。だからこの行動も自分のことを特別に思っているからとか、そんな理由ではないのだろう。それでも、この横島の行動は愛子の心から枷をはずすには十分だった。
 昼間。横島の後ろ姿を見て、心の内で呟いた。大好きだったよ……。そう、呟いた。
 嘘だ。それは大嘘だ。口に出さず、胸の内だけで呟いて自分をごまかした。それがどれほど身勝手でおこがましい行為か、知っていたからだ。
 ……でも、自分だって女の子だ。妖怪といえども、女の子なのだ。だからもう、我慢できない。もう、我慢しない。迷惑なんて考えない。ただ心のままに従う。
「横島くん……」
 愛子の両手が横島の背に回った。溢れ出る思いに応えるかのように、力一杯抱きつく。
 横島が大好きだった。……いや、違う。好きだっ“た”のではない。
「これまでずっと……そしてこれからもずっと、大好きだよ、横島くん……」
 恐れていたのは妖怪である自分。祝福などされないと決め付けていた自分。呪縛をしていたのは、ただ自分……。
 
 胸の内に秘められ続けたその思いは、今、口に出された……。


あとがき
 だいぶお久しぶりでございます。
 テイルです。
 書いたことのないのをテーマに書こう。……と言うわけで愛子でした。

 あと今まで自分が書いたことのないのは、小鳩?
 ワルキューレ? 冥子とか……?

 おいおい、ちまちまと書いていこうかと考えておりまする。
 ではまた。


 


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