「好きにして、横島クン」
「横島さん、素敵です……」
「先生……拙者を、女にして下され」
「このあたしを惚れさせた、責任を取りなさいよ」
真っ赤な顔に満面の笑みを浮かべ、事務所の女性達が裸で抱きついてくる。
同じく裸で彼女らを受け止めた俺は、ちょっと歯を煌めかせつつ、斜め四十五度でニヒルな笑みの決めポーズをひとつ。
「ふっ。おぜうさん方、俺を捕まえたと思っちゃいけないぜ。俺は一陣の風。誰にも縛られないのさ……」
自分でもあまり意味が分からんが、その台詞にさらに顔を赤らめるみんな。しかも、そこに後ろからしなだれかかってくる女性が一人。
「もう、見境なしなんだから。でも、そんなところも好きよ……」
おや、ルシオラだ。胸が心持ち増してるが、全然問題ない。むしろもっと増量推奨。
「俺の愛は無限大さ。さあ、遠慮せずにみんな飛び込んでおいで!」
きゃー! 横島さまー! と黄色い声が全方向からあがり、しがみついている女性らとは別の女性の群れが俺に迫ってくる。
小竜姫様にワルキューレにエミさんに冥子ちゃんにヒャクメにベスパに愛子に小鳩ちゃんに魔鈴さんにグーラーに美衣さんに弓さんにアンちゃんに魔理ちゃんに卑弥呼さまに白麗さんに早苗ちゃんにカグヤ姫に朧に神奈に弁天様にキャラット皇女にマリア姫に夜叉鬼に暮井センセにナミコさんに須狩さんに久能市ちゃんに、名も知らぬ数多の女性や少女達!
見渡す限り肌色の天国。美女に溺れる、とはこのことだろうか。やや違う気もするが。
ひゃっはっはっはっは。カワイ子ちゃんやきれーなおねーさんはいくらでも来なさい。来るものは拒まんよキミィ! でもお子チャマは五年ほど経ってからな。
……ってな。
分かってるよ、これが夢だっつーことくらい。
なんせ、自分で寝る前に文珠“夢”を仕込んだからな。世界中の女を好き放題って夢が見られるように、たっぷり念(煩悩)を込めて。
今日は元旦の夜。人工的に作ったとはいえ、これだって初夢。これで今年一年、女に恵まれた生活が出来る……ような気がするってもんだ。
しかし、この夢にも不満がある。
俺自身に女性経験が無いもんだから、抱きついたり触ったりした感触はリアルなんだが、肝心の行為に及ぶことが出来ない。だって具体的な部分が分からないし!
また、裸を直接見たわけでも触ったわけでもない女性については、少々ディティールが甘いのも問題だ。
まあ、これはこれで楽しめばいいかと思い直し、俺は今感じる幸せを満喫していたのだが。
ん? 抱きついてくるこの子は……
「横島さまぁ」
「横島さま(はぁと)」
「横島さま……」
ありゃ? なんか顔が良く見えん。誰だ、この子達?
……え? なんだ、髪の色やスタイルもみんなぼやけて……
「よこしまさま」
「ヨこしマさま」
「ヨコシマさま」
こ、声もおんなじように聞こえてきた。というか、全員の声がなんか抑揚がなくなっていく!?
見渡せば、いつの間にか俺は、輪郭がぼやけて様子の分からない女の子達に囲まれていた。
どっかで見たような気もするが、全然特徴が見当たらない。ただ、裸で、笑顔らしき表情であることだけが分かる。
戸惑う俺に構わずに、相変わらず彼女らは俺に呼びかける……って、表情を変えずに喋ってる!?
「ヨコシマサマ……」
「ヨコシマサマ……」
「ヨコシマサマ……」
な、なんなんだよ!? さっきまでの女の子らはどこに行ったんだ!?
まるで霧の中でマネキンに迫られてるような気分だぞ!?
ふとマリアを思い出したが、それよりもっと無機質な感じだ。意思というものが感じられない。
怖い! 何をされるとも分からんが、分からないからこそ怖い!
「な、何なんだお前ら!?」
俺が怒鳴ると、途端に彼女達の動きが一斉に止まった。だが、その表情も雰囲気も変わらないまんまだ。
どこからともなく声が聞こえてくる。周りの誰かが喋ってるのかもしれんが、口が動いてないから判らん。
「私たちは、あなたが望むままに……」
「お、俺が望む?」
「そうです、ヨコシマサマ」
「いや、望んだ覚え無いぞ! 誰がこんな変な怖い奴らなんか望むか!」
「私たちは、あなたに従順に……」
「私たちは、あなたを妄信し……」
「私たちは、あなただけ見つめる……」
!?
「そんな女性を、あなたは望んでいたのでしょう?」
そ、それって……いや、望んでたけど、なんか違わないか? 第一、何で全員同じ様な姿なんだよ?
「私たちはあなたに従順で、本心から逆らうことなく、あなたの言葉を疑うこともなく、あなたを至高と奉じます」
「あなたの望みは何よりも優先し、あなたに逆らう何者も価値を持たず、あなたの願うままに世界を作り変えます」
「容姿や態度、その命や意思まで何もかもあなたの思い通り。そんな存在に、個性などありえないでしょう?」
そ、そんなことは……
俺が“何でも言うこと聞いてくれる裸のねーちゃん”とかいったのは、もうちょっとこう、ただ甘えさせてくれるような相手のつもりで……
でもそれって、突き詰めればこういうもんなのか……?
「お好きな容姿をお選びください。金髪でもブルネットでも、和風美人も洋風美人も、スレンダーもグラマーも幼女でさえも」
「お好きな性格をお選びください。お姉さん風でも、妹風でも、上官風でも。素直? いたずら好き? 天然? 甘えん坊?」
「お好きな態度をお選びください。べた惚れですか? 反抗期ですか? やや事務的? 拗ねて無視? それとも完全依存?」
言葉に合わせて、周りの女の子の姿や顔がころころ変わる。たちの悪いスロットを見てるみたいだ。
その変化の中には、時折知った顔に似た組み合わせがあったりする。それが次の瞬間には別の顔に切り替わったりして、酷く気味が悪い。
「じょ、冗談じゃねー! 自分の好きに出来るっつっても、やりすぎじゃー!」
俺の声にぴたりと女性らの変化は止まった。元のとおりの、ぼやけたマネキンに戻ってしまう。
そして俺をじっと見つめてくる。その表情は窺えないのに、意思の見えない視線だけはひしひしと感じる。
う、へ、変なプレッシャーが……。
「ちくしょー。俺の夢のはずだろー!? どこで間違ったんだよー!」
こういう不気味なのは大嫌いだ。襲ってくるならまだしも、じりじり攻められるのは苦手でしょうがない。
こいつら、俺が殴ってもふっ飛ばしても、何も言わないどころか喜びそうだ。それってなんかおかしいだろ!?
半分以上泣きかけて、情けなく腰を抜かしながら俺は助けを呼んだ。
「美神さんたちはどこ行ったんだ、助けてくれー!」
その俺の声に応えて、マネキンの一人が一歩前に出る。
「お呼びですか?」
「呼んでねーよ! お前らじゃなくて、美神さんを……」
しかしそいつは、俺の文句を聞いて微笑んだ。
「――あなたが私を、こんな風にしたいと望んだのでしょう?」
その言葉と同時に、その顔が、髪が、スタイルが、表情が、俺の知る「美神さん」の姿になっていく――。
「ねえ、『好きにして、横島クン』?」
…
……
………
「……というわけだったんすよ」
床に寝そべりながら横島さんは話し終えた。
美神さんは紅茶をすすりながら、呆れて彼を見やる。
とうに怪我は治って、そろそろ血だまりも消え去ろうとしている。時計を見ると、話し始めて大体5分。
「つまりなに? それが現実に起こって、私をマネキンみたいに変えちゃったんじゃないか、って思ったってこと?」
「いや、ははは。なにせ、ひどくリアルな夢でしたから、不安になって」
「リアルなのは文珠のせいでしょーが。初夢がそのまま現実になる訳じゃあるまいし、そこまで焦らないでも」
美神さんにつられて苦笑する。
横島さんは今朝、事務所に来るなり美神さんに抱きついて、いつものとおりしばき倒されると、何故か嬉し涙を流したのだから。
てっきり美神さんが横島さんを“えむ”に目覚めさせてしまったかと思って、冷や汗かいちゃった。
「そうなんすけどね。でも、心配だったんすよ」
「……そ、そう。まあ、その忠実さに免じて、文珠の無駄な使用については不問にしましょ」
あ、ちょっと照れてる。そっぽを向くのはその証拠だ。
ちょっと羨ましい。美神さんに何かあったかもしれないと思って、これだけ慌ててくれるなんて。
私の場合も同じ位慌ててくれるだろうけど……やっぱり、本人に言われたいもの。
「あちゃ、それで棒引きっすか? うーん、やっぱ美神さんだけ一日くらい正夢になってくれたほうが良かったかも」
横島さんはぶつぶつとそういいつつ起き上がり、どかっとソファーに腰掛けなおした。
そのタイミングで私は紅茶を置く。カロリーを摂るためとかで、いつも横島さんの分は砂糖多め。でもよく虫歯とかなりませんね?
「本当になったら困りますよ。それに、例えば私だって、大人しいって言われるけど、横島さんの思い通りにはなりませんよ?」
ソファーの向かいに座りつつ、横島さんに笑いかける。
ちょっと思わせぶりな台詞だったけど、本当の意味を気付いてくれたかな。
「そーそー。甘やかしてると増長するわよ、この馬鹿は。きつくて音を上げる寸前くらいで丁度いいのよ」
「ひ、ひでぇ。夢の話をしただけじゃないですか。あんまりやー!」
「ふふ……。でも、安心しました。何でも横島さんの思い通りになる女の子の方が好みだ、なんて言われなくて」
かまをかけてみると、横島さんがなにやら居心地悪そう。罪悪感はあるみたいだけど、まだちょっとは望んでる様子。
やっぱり、そういう望みは持たないで欲しい。でも、言ったって無駄なんだろうな。
実際に何でも言うこと聞いてくれる女の子がいたら、どうするんだろう。……考えるまでもないか。
「ま、まーね。今のみんなをそのまま俺に惚れさせるのが理想なんだから、わはは……」
「なら惚れさせるための努力しなさいよ、まったく」
「ええ? 俺は頑張ってますよ!? 毎日、時と場所を問わず女性にアプローチを!」
「何でそこを問わないのよ!? ってか、アプローチってあんたのありゃーセクハラだと何度言えば!」
また一発神通棍で突っ込まれ、横島さんは鈍い音を立ててテーブルに叩き付けられる。
うわ、痛そう。だけど、この程度じゃ鼻血も出ないはず。丈夫ですねぇ。
「その夢は警告かもね。あんたがもうちょっと女性の気持ちを考えないと、ひどい目にあうぞっていう」
「ひょ、ひょんなもんでふかねえ? ……いやでも、俺の溢れんばかりの愛情は抑え切れないんすよ!?」
抑えきれないのが愛情だけなら、ねえ。それで時と場合を考えてくれれば、私たちも思い切った行動に出られるんですけど。
「えーと、でも夢のとおりだと、ひどい目にあうのは私たちもじゃないですか? マネキンみたいにされちゃって」
「……あ、そーか。じゃあ、単純に逆夢かしらね」
「というと……俺は今年も女に縁がなくて、誰ひとり思い通りにならんちゅうことですか!」
あんまりやー!と絶叫する横島さんを、私と美神さんは呆れながら眺めていた。
あはは……。まあ、それは、横島さんが変わらない限り、多分……。
「……あ、そうだ。初夢といえば」
その後お茶を飲みなおしている時に、ふと思い出したことがある。
「私、今年はあの、一富士、二鷹、三なすびを見たんですよ」
「「へぇー」」
昔の典型的な吉夢なんですけど、横島さんが知ってるのが少し意外。
まあでも、あの夢はちょっと普通じゃなかったし、話題には丁度いい。
「富士が噴火して、鷹が逃げちゃって、なすびなんか、教会の裏手のあれが踊ってたんですけど……」
……はい? といった感じで、二人が私の顔を見つめる。
うふふ、期待通りの反応。してやったりといった気分。これって、横島さんの言う「芸人魂」ってやつなんですかね?
「そんな夢でも吉夢なんでしょうか?」
「……俺に聞かれても。どうなんすかね、美神さん?」
「え……えーと……? たぶん、いいんじゃない? 勢いがあってさ」
なるほどー。そういう取り方もできるかもしれない。解釈次第ってことですか。
うんうんと頷くと、美神さんがなにやら済まなそう。誤魔化しちゃったとか思ってるんですね?
大丈夫。あれは本当に吉夢だと思います。
だって、そんな状況から助けてくれたのが、横島さんだったんですから。
私を横抱きにして安全な場所に連れて逃げて、「もう大丈夫だよ」って言ってくれたときの顔、かっこよかったなあ……
そのままキスシーンに入ったところで目が覚めちゃったけど。ああ、目覚ましをあと五分遅らせておけばよかった。
その部分は二人にも秘密。正夢になるといいな。……噴火は困るけど。
「でも、なんでナスが吉なんですかね?」
「ええっと、それぞれ“無事”、“高い”、“事を成す”に通じるからとか……」
「高い富士山、鷹の名前、初物のナスが高かったから、って説もあるわ。その場合、四扇、五煙草、六座頭って風に、当時の高いものが続くみたい」
富士山と鷹狩りとナスっていう、徳川家康の好みから取られたって話も聞いたことあります。
「おキヌちゃんのほうのは分かるんですが、美神さんの方はなにやら金まみれっぽい説ですね」
「誰が金まみれよ!」
「い、いやその説がですってば! 別に美神さんが金まみれなのは今に始まったことじゃ……」
ああ、一言も二言も多いっ!
慌てて私が止めたから良かったけど、その口の軽さどうにかなりませんか?
「まーまー。で、美神さんはどうでした? 初夢」
「……え? 私?」
話を逸らすために別の話題をつなげてみる。
前は宝船の夢を一緒に見たけど、今年は美神さんは出てこなかった。
じゃあ美神さんはどんな夢を……って、
「……なんで赤くなるんです?」
「えっ!? あれっ!?」
慌てて頬に手をやる美神さん。……って、なんか心当たりがあるんですね?
私の勘だとそれって、横島さん絡みだと思うんですけど。どうなんです?
「ま、まさか、美神さんも美少年の逆ハーレムを!?」
「んな訳あるかっ!」
横島さんが、俺も入れてくれー!などと飛びついて迎撃される。
何で発想が自分基準なんですか、横島さん……。
「じゃあ、どんな夢だったんですか?」
「いてて……。真っ当な夢だったなら話して下さいよ」
「あー、えっとね? ま、私らしくないんだけど……」
少しの間躊躇ったけど、結局美神さんは話してくれた。
――そこは小さい頃、私がママと暮らしていた家。
――食卓を囲むのは、ママと、ひのめと、私と、あと……親父も。
――話してることは分かんないんだけど、みんなで談笑してて、私と親父も普通に笑ってて。
――平凡な家族の風景って感じで、ずっとこれが続いたらいいなって思えた。
「ま、私やママの仕事とか、親父の事情とか考えたら、まず実現しないんだけどね」
……ごめんなさい美神さん。そう言えば、お父さんとは年末年始も会えなかったんでしたね。
隊長さんは年末はこっちだったけど、昨日お父さんのところへ行っちゃったし。
「ええ話や……」
「そうですね……。大丈夫、望めばきっと叶いますよ」
「え、あ、うん、ありがと」
私は、実の両親はもういないけど。でも、氷室のお父さん達は、本当の家族として接してくれる。
年末に戻ったときは温かく迎えてくれた。お姉ちゃんとも一緒に寝たし。
どっちが寂しいかっていったら、美神さんの方なのかな。
美神さんは、こういう話、普段は絶対しない人だから――
「美神さんが金銭じゃなくて団欒を望む、なんて素敵な夢、実現するといいっすね」
「うん……って、おいこら!? その感想の部分まで全て夢だったと言いたいのか貴様ー!?」
「のわあ!? ちょ、ま、その神通鞭、本気で殺しにきてますかーっ!?」
「きゃーっ! よ、横島さんっ!?」
……横島さん……どうしてもオチをつけないと気が済まないんですね?
本当の芸人魂って、とても私には極められそうにありません。いや、極めろなんて言われてないですけど。
でも、突っ込みができないと、横島さんに相応しくなれない気が。……気のせいですか?
「ところで、シロたちはどうしたんすか?」
どたばたと騒ぎがひと段落してから、横島クンが今更聞いてきた。
「まだ寝てます。昨日一日中、お隣のオカルトGメンから仕事頼まれてたんですよ」
「仕事? また難事件の解決か?」
まあ普通そう思うでしょうけど。
「違うわよ。撮影」
「撮影?」
「今年は戌年でしょ? 犬神として、オカルト犯罪の撲滅キャンペーンのイメージガールになったのよ」
へえーっ、と驚きの声をあげる横島クン。
「とすると、タマモと二人で?」
「ううん、タマモは撮影の協力だけ。あの子をあんまり人の目にさらすと、変なのも湧くし」
「Gメンの方も、狐じゃ犬属と判りづらいって理由もあって、シロちゃんだけ呼びに来たんですけどね」
故郷へ錦を飾れるとばかりに鼻息も荒くしているシロを見て、興味を引かれたタマモが、幻術で特殊効果を手伝ってやると言いつつ撮影現場に着いていったのだ。
大きな騒ぎは起こさなかったようだけど、やっぱり何度か喧嘩しちゃったとか。
「あれ? でも、わざわざ元旦に撮るもんですか?」
「あんた覚えてない? 前、歳神様が干支をつれて来たでしょ」
「あの子と一緒に撮影したんですよ」
あの犬と一緒に喧嘩もしたみたいだけど……。まあ、無事撮影が終わったらしいし良しとしましょ。
時の流れの話は置いといて、シロたちには今年幸運があるでしょうね。
ま、あの後私に降りかかった災難やら只働きやら考えると、あまりご利益が感じられないのよね、あのおじいさん。
「ご利益あるんすかね、あのじいちゃん」
「横島さんたら」
あはは、おんなじこと考えてる。
「とにかく、なかなか揃っていい絵が撮れなかったとかで、一日中かかったみたいよ」
「キャンペーン用って、どんな絵を撮ったんすか?」
「さあ……。でも多分今月中にも、テレビとかで流れるはずですよ」
「キャンペーンの内容自体は、ただの取り締まり強化のはずだけどね」
「厄珍とか一度逮捕されないっすかねぇ。あの親父懲りないから」
「よ、横島さん、悪いですよ……」
ま、逮捕されても保釈金払ってすぐ出てくるでしょうね。あいつはあれで各方面にコネも多いし。
「さて。そんじゃ帰ります」
朝から夕方まで入り浸って、おせちの残りや雑煮をかっ食らった横島クンが腰を上げた。
おキヌちゃんもその辺を見越して料理作ってたから、別に困りはしないんだけどね。
「何をするでもなく飯だけたっぷり。横島、あんたまるで、穀潰しね」
「ぐはっ! ……てーか、おめーには言われたくねーぞ」
夕方近くから起きてきたタマモに言われ、胸を押さえつつ反論する横島クン。なんだ、自覚はあったのか。
「あたしは保護されてる立場だもの」
「保護というのはあくまで社会的なものでござろう? 家の仕事とは別でござるよ」
「おお、良くぞ言ったわが弟子よ。いいかタマモ! 常々思っていたが、お前はだらけすぎている!」
「……今日一日に限って言えば、疲れて寝てたタマモよりあんたの方がだらけてたわよ」
「美神さん……。年始はお仕事ないんだから、別にいいじゃないですか」
そうなんだけどね。暇そうな横島クン見ると、なんかもったいないのよ。
「ま、いいわ。帰るんでしょ? 気をつけてね、怪我しないように」
「おお? 珍しく優しい言葉、これはもう――」
「先生! 拙者が家まで送らせていただくでござる!」
「――愛のこくは、おわあぁぁぁぁぁ……!」
まあ気をつけるにも限度があるでしょうけど。今日一日動いてないシロは、元気有り余ってるからね。
「そいじゃ、私も部屋に戻ってるから」
「はーい」
部屋に戻ると、電気をつけずにベッドに潜り込んだ。……ああもう。ばれなかったでしょうね。
ああやってのんびりしてると、昨日の本当の夢のことが思い出されて仕方がなかったじゃない。
おキヌちゃんに聞かれたときはやばかった。あのあと横島クンがボケてくれなかったら、余計なこと口走ってたかも。
テーブルを囲む家族の団欒。
ママ。
ひのめ。
私。
親父。
それと……横島クン。
なんで一緒にあいつが出てきたのよ?
しかも、私も含めてみんな、普通に談笑してたし!
それに、席が私の隣で。
私がちょっと横を見ると、すぐに視界に入る位置に居て。
私が彼を見ると、すぐに気付いて微笑み返してくれて。まるで、私とあいつが、……。
『美神さんが金銭じゃなくて団欒を望む、なんて素敵な夢、実現するといいっすね』
ちょっとムカッときたけど、確かに私、お金よりもあの団欒が欲しいと思った。
でも、その団欒って、横島クンを含めてのもの?
だとしたら、私……?
…
……
………
…………
「……うだあぁっ!」
うう、なんだか柔らかいもんが胸に詰まってる感じで、体が痒い!
どうせ私にゃそんなふわふわしたもんは似合わないのよ!
そうよ! 私は孤高の女! 恋とか愛とかその辺の甘ったるいものなんか、こっちから願い下げよ!
「って、恋とか愛とかって、別にあいつのことなんか何にもーっ!?」
違う、誤解だったらーっ!?
どたばたどたばた……
「……美神さーん? なんかあったんですかー?」
「ばたばたうるさいわよー」
「トレーニングなら一階でやるべきでござるよー」
……あううううううぅぅぅぅぅぅ……
こ、今年の私、どういう運勢なのかしら……?
おわり