ひのめ 四歳
「おにぃしゃまー!!!」
「お、ひのめちゃんか、何時も元気だなぁ」
事務所に飛び込んできたひのめを、横島は楽しそうな顔で笑いながら抱き上げる。
嬉しそうな、幸せそうな顔でしがみつくひのめに笑いかけながら言うと、不満そうにひのめは頬をぷーっと膨らませてぽかぽかと横島の頭を叩き始める。
「ひのめいつもげんきじゃないんだから」
「そうなの?」
「うん、おにぃしゃまと会えないとね、さみしーの」
「ん~、そうなんか、ごめんな」
最悪でも一日置きに会ってるんだがなぁ、等と内心思いながらもそんな事はおくびにも出さずにぎゅうっとひのめを抱き締めると不満そうだった顔も即座に綻びひのめも嬉しそうに横島の胸に顔を埋めてぎゅうっと抱き締める。
「何だか、ホントの兄妹みたいですよね、あの二人って」
「そうよね、たぶん私より懐かれてるんじゃないかしら?」
「んなこたぁないッスよ、ねぇ、ひのめちゃん?」
「ふぇ、ひのめはおにぃしゃまがいちばんだよ?」
苦笑混じりの美神とおキヌのやりとりを耳に挟んだ横島は苦笑を浮かべながらひのめに聞くと、ひのめはタイムラグ無しに、何を今更と言った調子でさっさとそう答える。
何と無く、美神達は一瞬顔を引きつらせるが、子供の言葉と流してしまう事にしたのか表情をすぐに苦笑に変える。
「……らぶらぶでござるな」
「四歳児に嫉妬してんじゃないわよ」
「なっ、ばっ、だ、誰が嫉妬なぞ!?」
「はいはい、そんな慌てないでも良いじゃないの、まったく」
「っ、誰も慌ててなど……」
「ああっ、もう、しつこいわね、アンタは嫉妬もしてないし慌ててない、それで良いんでしょ、まったく」
シロとタマモはそんなやりとりをし、シロの我慢が限界を向かえたのだろう、殺気混じりにタマモの肩を一つ叩き、親指で表を指差し歩き出すと、タマモも不敵な笑みを浮かべ後に続く。
横島達は仕方が無いと言う苦笑を浮かべながらも、そのままにしている。
シロとタマモの喧嘩はコミュニケーションの一つと理解しているので、欠片ほども心配はしていないのだ。
「そう言えばひのめちゃん、お母さんはどうしたんだ?」
「ママはね、お仕事だからおにぃしゃまのところで遊んでおいでって」
「……ママ、私の事務所なのに、何で横島の所って事になるのよ」
ふと気付き、横島がひのめに聞くと嬉しそうに質問に答えるのだが、それを聞いて美神はコメカミを引きつらせる。
何と無く、気にいらないらしい。
「だからね、おにいしゃま、遊んで!!」
「あ~、ゴメンな、ひのめちゃん、今日は俺除霊の仕事入ってて、おキヌちゃんに相手してもらってくれないかな?」
「えぇ、やだぁ!!」
「参ったなぁ、えっと、次の休みは……あかん、予定があるか。次の休みは……」
本気で悩み始めた横島を見て美神達が助け船を出そうとした時、泣きそうに歪んだ顔のまま、ひのめが口を開く。
「……いいよ、おにぃしゃまがこまるの、ひのめやだから」
「そっか、ありがとな、ひのめちゃん」
「………ん」
泣きそうな顔で、必死に泣きたいのをこらえるひのめをぎゅうっと抱き締め、ぽふぽふと優しく頭を撫でてあげる。
優しい仕草に、横島に惹かれて居る大人二人は何処と無く羨ましそうな顔をし、すぐに自分の表情に気付いてぱっと、表情を改める。
二人のタイミングは余りにもぴったりで、目立って居るのだが、丁度ひのめの相手をしいていた横島は気付いて居ない。
何とタイミングの悪い男なのか。
「少しだけ時間があるから、泣かんといて、な?」
「………ん」
横島はちょっと涙目でふくれているひのめをあやして時間を潰す。
何と無く、二人の間に入って行けずに二人ばかり拗ねて、もう二人は寒さに震えながら事務所に戻ってくる。
最近はよく見られる光景。
新たに加わりつつある日常。
ひのめ 八歳
六道女学院小等部、二年A組教室。
父兄参観日。
何と言うか、父兄が凄い事になっていた。
日本を代表するGSの美神令子除霊事務所の面々が勢揃いしているのだから、普通に考えれば有り得ない光景だ。
悪徳商法じみた高額の報酬を求めると言う悪い噂もあるが、それ以上に人を惹き付けるカリスマ性のようなモノを持っている上、高額な報酬を求めるに足る実力も持ち合わせて居るのだ。
魔神を撃退し、時代が時代であればそれこそ勇者と称えられるような功績を上げたのだ。
事務所員にしても一流のネクロマンサーに妖狐、人狼、さらには人界唯一の文珠使いと勢揃いしているのだ、非日常に生きるGS関係者や未来のGSの卵達とは言え、常ならん緊張を覚えもするだろう。
それが教師であれ、同じ事。
一人だけ、他の人間とは違う理由で緊張している娘は居るが、例外中の例外だ。
その娘と言うのは美神ひのめ。
美神令子の妹であり、オカルトGメンの日本支部を取り仕切る美神美知恵の娘。
常日頃から美神除霊事務所を遊び場として暮らしている娘なのだから、例え世界トップクラスのGSだとしても、関係は無い。
ただ、家族が来てくれているから緊張する、それだけだ。
「あ、み、皆さん、宿題、宿題の作文は書いて来ましたか?」
新任らしき教師もGS、正確には六道女学院の卒業生なのだろう、緊張に震えて居る。
どこぞの元煩悩少年、現煩悩青年はその初々しい仕草にちょっと鼻の下を伸ばしかけて、左右から無言の圧力を放たれて表情を引き締め、その余波で周囲の生徒やその教師がさらに増した緊張感に震え出したりしている。
何ともはた迷惑な話だが、美神除霊事務所の面々は誰も気にしていない、と言うか気付いて居ない。
この面々にとっては、周りの様子云々よりもひのめの方が大切なのだから、それも当然なのだが。
美神達の心境を一言で表すなら、兄とか姉とかではなく、完璧にお父さんお母さんの心境だ。
「じゃ、じゃあ、その、美、美神さん、作文、作文を読んでくれますか?」
「はいっ!!」
ちょっと声を裏返らせながらも返事をして、ひのめが立ち上がる。
宿題をしてきたのかの確認とか、必要事項を力一杯省いて居ると言うか忘れて居るのだが、それすらも忘れてひのめを当てる。
「だ、大好きな、お兄様、二年A組出席番号32番、美神ひのめ」
「っ」
唐突な言葉に横島は吹き出しかけるが何とかこらえると、残りの事務所の面々は大人げ無くも微妙に敵愾心の篭った目をひのめに向けていたりする。
「わ、私には、大好きなお兄様が、居ます。
お兄様は、その、ちょっとえっちですけど、とても、かっこよくて、凄く、優しくて、私が泣いていたりしたら、何処に居ても私を見つけて、慰めてくれます」
読み上げていて、横島に頭を撫でてもらったり、抱き上げてもらったりした事を思い出したのか、少し顔を紅く染めながらも落ち着きを取り戻して来たのか、ゆっくりと作文を読み始める。
「除霊の技術を教えてくれる時は厳しいけど、私を大切にしてくれてるってわかるからそれが嬉しくて、だから、私は必死に勉強をしています。
迷惑をかけないように、お姉さま達みたいにお兄様の隣に立てるように、私は、強くなります。
だから、私が大きくなるまで、もう少しだけ、待っていてください。
絶対に、追いつきます」
ストレートな告白に、横島はどう反応すべきかわからなくなり固まってしまい、美神達はライバルと判断したのか拳を握り締め、他の生徒や父兄の面々は突然の事に固まってしまう。
美神ひのめ、八歳。
同級生の父兄や同級生の前で姉達に宣戦布告をする。
ひのめ 十二歳
「……だ、大丈夫、ママはこうすれば大丈夫だって、言ってたんだから、すぅ、っけほっ、こほっ!!」
一つ、深呼吸。
しようとして、失敗して咳き込む。
場所は、美神除霊事務所の一室。
普段は誰も使っていない客間。
そこで、ひのめは一人クリスマスパーティーが続いて居る居間から抜け出して来て人を待って居る。
服装は美知恵に教わった、クリスマスと言う日に男を落とすには最良と言っていたモノ。
紅いミニスカートに紅いタートルネックのノースリーブシャツ、シャツの上に肩のところにフリルのついた白いエプロン、白のニーソックス、てっぺんにボンボンが付いたパピリオの帽子と同じ様な紅い帽子、首にはクリスマスリースリースを模した鈴のついたブローチ。
クリスマスと言う時期と考え合わせると、サンタクロースのコスプレと言って差し支えは無いだろう。
小学六年生とは思えぬほどに成長した身体のラインを、特に胸を強調するデザインだったりするのを気にしなければ。
「はぁぁぁ、ん、大丈夫、きっと、大丈夫、お兄様も、喜んでくれる、はず……」
自分に言い聞かせながら、不安げに表情を曇らせたり、何を想像したのか真っ赤になって身を捩り枕を抱き締めてベッドの上でコロコロと転がってみたりと忙しい。
「あうぅ、恥ずかしいよぉ、でもでも、今回を逃したら間に合わなくなっちゃうし、どうしようどうしようどうしよう」
独り言を呟きながら、ぽふぽふと枕を叩いてみたり、じたばたと下着が見え隠れするのも気にせずに足を上下させてみたりとまったく落ち着きが無い。
期待と不安、それと同等かそれ以上の羞恥に身悶えながら、それでも逃げ出さずにひのめはベッドの上で想い人を待って居る。
じたばたと暴れて居ると、不意に扉をノックする音にひのめは即座に姿勢を正す。
美知恵から教わった通り、悩殺ポーズ、と言うモノを思い出し、それらしい座り方をし、呼吸を整える。
「ひのめちゃーん、入って良いかい?」
「っ、ちょ、ちょっと待ってください!!」
「え、ああ、うん」
ドアノブのガチャ、と言う音に慌てて静止して、呼吸を整える。
深呼吸を数度。
手櫛ではあってもちょっと乱れた髪を整える。
「お、お兄様、ど、どうぞ」
「うん」
短い返答と共に扉が開き、ひのめの想い人が、横島が部屋の中に入り、そして固まる。
「え、ひのめ、ちゃ、ん?」
「あの、お、おにい、さま」
「な、なに?」
固まった横島を、ひのめは教わった通りに上目遣いで見上げ、恥ずかしさを押し隠して小さく微笑みを浮かべて見せる。
「今日はクリスマス、ですよね?」
「あ、ああ、うん、そう、だけど、ひのめ、ちゃん?」
「私、まだお兄様にプレゼント、渡していませんよね?」
酷く緊張した表情の横島に対し、ひのめも横島に気付かれないように小さく唾を飲み込み、乾ききって痛みすら覚えつつある喉を潤す。
「お兄様、お兄様へのプレゼントは、私です」
「な、にを」
そっと横島に抱き着こうとするかのように両手を差し出しながら、そっと横島に身を差し出すように両手を広げながら、笑顔で告げる。
「私は、お兄様を愛しています」
数年前の、子供の想いではなく、大人の、一人の女のとしての想いを。
全てを、捧げながら。
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あとがき
一日遅れなのですが、クリスマスSSなのです
TOPに飾られているたかすさんのひのめサンタさんを見せて頂いた際に想像を膨らませて書き上げたお話です
少しでも可愛いと思って貰えれば、少しでもほのぼのとして貰えればと幸いです
長編の方、長らく書けずに居る状態ではありますが、投げ出すつもりはございませんのでもう少々お待ちください
長編のレス返しに関しては、長編にて変えさせていただきますので、これにて失礼