第3話
都内某所。昼間なのにもかかわらず、カーテンを引かれ、暗くされたたその部屋に、3人の男女がいた。
1人は美神令子。もう1人は和服を着た中年の女性。唯一の男性が、眼鏡を掛けた中年の男性である。
「・・・間違いないよ、美神くん。彼は『九頭竜』の遣い手だ。」
眼鏡を掛けた男が、断言した。
「すごい〜、すごいわ〜。まさか本当に『九頭竜』の闘士だなんて〜。」
和服姿の女性が、興奮したように呟いた。
彼らが囲むテーブルの上には水晶玉が乗っており、そこから横島の姿が空中に投影されている。
例のオフィスビルでの単独除霊時の戦闘を、記録したものだ。
横島は、向かってきた幽霊を左の掌底で迎え撃ち、幽霊が怯んだところを神速の正拳で消滅させた。その間、僅か1,2秒。
並みのGSでは歯が立たない、高レベルの悪霊であるにも関わらず、だ。
「・・・・・・・先生がそう言うなら、ホンモノなんでしょうね。」
「とは言っても、普通は九頭竜なんてマイナー武道、存在すら知らないのよ〜?そんな名前をわざわざ名乗る方がおかしいわ〜。」
「・・・・・・・・」
眼鏡の男性は、内心ちょっとショックを受けていた。
「まあ、横島くんがホンモノであろうと偽物であろうと、『神威の拳』を使いこなしているうえ、あの実力でしたから、どうでもよかったんですけどね・・・・・ん?」
突然、横島が『カメラ目線』になった。彼はそのまま暫く、『カメラ』を睨み続ける。
1分ほど経っただろうか、横島は警戒の姿勢を崩さないまま、辺りを見回して霊が完全に消滅したことを確認すると、エレベーターに向かった。
「・・・・・おどろいたわね〜。私の作った式神の気配に気付くなんて〜・・・ちゃんと隠形は施しておいたのに〜。」
和服の女性はのほほんと笑っているように見えるが、内心冷や汗をかいていた。
自分の隠形を見破った人間など、又は見破れる人間など、一体この世界に何人いるか。
数多の修羅場をくぐり抜け、経験を積んできた彼女は、今日、久方ぶりに思い知らされた。
まだまだ、世界は広い。
銀行襲撃事件終結から数日後。
突然だが、横島は人工衛星にしがみついていた。
MHKの通信衛星に、グレムリンと呼ばれる悪魔が居座ってしまい、電波状態がすこぶる悪くなってしまった。
その除霊のため、横島が幽体離脱させられ、おキヌとともに衛星軌道まで昇って来たのだ。
『きれい・・・・地球って青いんですね。』
衛星に腰掛けながら、うっとりと呟くおキヌ。
『わはははは!こりゃまた絶景かなーっとぉ!!!!』
横島も既に吹っ切れていた。ここまで来たら、もうヤケクソだ。
『シャアアアアッ!』
襲いかかるグレムリンも、
『喧しいっ!!』
と、霊体の密度を極限まで上げて掌底を顎に食らわせ、怯んだところに手刀を翼めがけて一閃。
グレムリンの片翼が、あっさりと切断された。
『ギ、ギャアアアアアアアッ!?』
余りのことに半狂乱に陥ったグレムリンに、横島は掌底を叩き込む。掌から、白金の波紋がグレムリンの身体に広がった。
『聖龍掌!!』
ガガォン!!と、鋼と鋼がぶつかり合ったような音が霊波に乗って宇宙に轟いた。
横島の放った『神気』が、グレムリンの身体を貫通した音だった。
『・・・・・・・・・』
白目を剥いたグレムリンを、なけなしの力で蹴り飛ばす横島。グレムリンは地球の引力に捉えられ、やがて大気との摩擦で発火し、燃え尽きていく。
『・・・・・し、死にそうだ・・・・・』
一方の横島も虫の息だった。まさか、霊体状態で神気を行使するのが、こんなにも辛いことだとは思わなかったのだ。
調べてみると、人工衛星のソーラーパネルに、グレムリンの卵があるのを発見した。
おそらく、ここで卵を暖めていたのだろう。
地上に持ち帰ってすぐ、卵は孵化した。産まれたのは・・・・・
「み?」
親と同じグレムリンとは思えないほどの、人形のように可愛い幼生だった。
・・・・・・結局、グレムリンは横島が飼うことになってしまった。名前は、『レム』。性別はよく解らなかった。
レムのご飯はそこら辺に捨ててある機械類のがらくたで賄っており、横島としては金がかからなくて助かるのだが・・・・・・・
「みーっ♪」
「だああっ!!俺の頭を囓るんじゃねぇっ!!」
「じゃれついてるだけですよ、横島さん。」
「親の敵だと理解してるんじゃないの?」
・・・・・最後のだけは真剣に勘弁してほしいと、横島は思った。
第3話
今回の除霊は海の物が2件。『沖合に出る幽霊潜水艦』と、『夜な夜なホテルを徘徊する謎の怪物』である。
取り敢えず、美神が前者を、横島が後者を担当することになった。
理由は『潜水艦の方は強力なお札があるのでさっさと片づけられる、後は横島任せで自分は遊ぶ』と言うことらしい。ひどい。
まずは横島サイドから。
「さて・・・・俺は適当にナンパでもしますか。」
最近アルバイト詰めで遊びもご無沙汰だったので、思いっきり鬱憤を晴らすつもりの横島。
星の海は、だめ押しだった。
「やあ、そこの君たち。俺と一緒に泳がないかい?」
それなりの美少女二人組に、あくまで控えめに声を掛ける横島。が、
突然、女の子達の真ん中辺りの水が盛り上がり、2メートルを軽く超える筋肉ムキムキの巨漢が現れた。
「ボクのがあるふれんどたちに、何か用かイ?」
見た目たいしたことなさそうな横島に、余裕の恫喝をかける筋肉。しかし
「いやー、その水着似合ってるね!凄く可愛いよ・・・いや、お世辞じゃなくて。」
意にも介さず横島はナンパを続ける。筋肉は不機嫌そうな表情になると、横島の肩を掴んで無理矢理自分の方を向かせ、顔をのぞき込んで脅しをかけた。
「・・・・ちょっと、キミぃ・・・少し頭が足りないのかナ?かのじょたちはボクのがあるふれんどで、このボクのキンニクに押し潰されたくなければああああああっぎぎギギギギギギギィっ!!!??」
しかし、この場合もっとも不機嫌なのは、他ならぬ横島だった。能面のような表情で筋肉の顔面を鷲掴みにすると、そのまま頭を潰さない程度に力を入れる。
「ヒ、ギイイィィ!!」
必死に横島の腕を掴んで自分から引きはがそうとする筋肉。だが、横島の腕は微動だにしない。
「・・・・・・こちとら重さ100キロ以上の錘担ぎながら1000メートルの崖をフリークライミングしたり、太平洋を海パン一丁で横断したりで鍛え上げた筋肉だ。お前みたいなボディビルとプロテイン漬けの、スカスカの贅肉とはワケが違うんだよ。」
・・・・この前、星の海を泳がされたことで、余程ストレスが溜まっていたらしい。
気が付くと、筋肉が口の端から白い泡を吹き出し始めていたので、慌てて手を離した。
「・・・・やっちまった・・・・・・」
海に仰向けに倒れた筋肉を浜に引き上げ、気道を確保してやる。死んでしまうと色々不味いからだ。
周りを見る。今のを見てだいぶ人が離れていったらしい。遠巻きに横島を見つめている。
時折、横島は普段抑え付けている激情を、こういった形で他人に叩き付けてしまうことがある。
直さなければいけない、悪癖だ。
ばつの悪い顔をしながら、横島はおキヌのところへ戻ろうとして
「・・・・ん?」
彼女が涙を流しながら飛んでいくのを、見た。
時間を戻して、おキヌちゃんサイド。
『横島さん、どこ行っちゃったんだろ・・・・・・』
つまらなそうに唇を尖らせ、パラソルの下で待機するおキヌ。さっき横島に、離れた岩場で見つけてきた『ふなむし』なる生き物を見せたら、『ここにいなさい』ときつく言われてしまったのだ。何故だろうか?
『それにしても・・・・・・海って、なんてきれい・・・・・』
実はおキヌ、海を見たのは初めてだった。この間、宇宙空間から見たときとはまた違った美しさがある。
ふと、おキヌの視界の端にあるものが移った。
たくさんの水着美女に囲まれた若い男が、ジュースの缶を砂浜に投げ捨てる光景だった。
『あの〜。』
「あ?なんだよってわああああっ!!?」
先ほどの若い男は、いきなり巫女さん姿の浮遊霊?みたいなのが背後に現れたために驚いて飛び上がった。周りの女の子達も逃げ出している。
『ごみはちゃんとごみ箱に捨てなきゃだめなんですよ?』
至極正しいことを言い、空き缶を男に渡そうとするおキヌ。しかし
「ぼ、ボクは悪いことしてないぞっ!?この腐れ幽霊!!」
『く、腐れ幽霊・・・・・!?』
あまりの暴言に硬直するおキヌ。
「だ、大体、この浜はボクの親父のホテルのもの・・・・・つまり、ボクのモノも同然なんだ!!お前みたいな幽霊に勝手なこと言われる筋合いはない!!」
『・・・・海はみんなのモノです!あなただけの都合で、このきれいな地球を汚すなんて、最低です!!』
おキヌも熱くなって言い返す。余程頭に来ているのだろう。
「五月蠅いなぁ・・・・・・大体、なんでお前ここにいるんだよ!!」
『それは、お仕事で』
「違う!!」
男は調子づいたのか、おキヌに言ってはいけないことを言った。
「お前・・・・・・もう死んでるんだろ!?なんで成仏しないんだよ!」
『・・・・・・・・え?』
戸惑いを見せるおキヌ。そんな心ない台詞を自分に向かって言う人間は、いままで会ったことがなかったからだ。
むしろ、美神や横島、商店街の人たちの用に、おキヌに普通の人間と変わらず接してくれる人間こそが、希有なのである。そう言う意味で彼女は、運が良かったと言えるだろう。
まあ、彼女の人柄も大きく影響していたのであろうが・・・・・・
「そーよ、このバカ幽霊!!」
「アンタは、この世にいちゃいけないのよ!」
「存在するだけで罪だっつーの!」
「とっとと消えて無くなっちゃえ!」
周りの女どもも、ここぞとばかりに囃し立てる。
『あ、あ、あ・・・・・・・・・・・!』
成仏できないんです、と、言い返そうとしても、出来ない。
かわりに目尻からこみ上げてくるものがあった。
・・・・・・・涙だった。
気が付くと、おキヌは自分がフナムシを捕った岩場にいた。
彼らの言ったことはある意味で正しかった。それにそれは、自分が心の奥底で、ずっと気にしていたことだった。
『私は、この世にいちゃいけない・・・・・・・・・・・』
自分は単なる『幽霊』。キヌという『人間』の残滓にすぎない。
『私は、いるだけで罪になる・・・・・・・』
『死者』である自分は、『生者』に害しかもたらせない。
『私は・・・・・・・・・・・・・・』
消えてしまいたい。
「おキヌちゃんっ!!!!」
横島が彼女を見つけたとき、おキヌは既に光の粒子を放ち始めていた。幽霊が昇天する兆候だ。
『よ、こしま、さん・・・・・?』
おキヌは目の焦点が合っていなかった。後数十秒遅れていたら、取り返しが突かなかっただろう。
「何勝手に成仏しかけてるんだよ!!まだ今月の給料美神さんに払って貰ってないだろ!?」
『でも、わた、し・・・・・幽霊、だか、ら・・・・・・・・・』
「居てもいいんだ、おキヌちゃん!!だから、今『生きる』んだよ!!」
横島は、おキヌを抱きしめた。
『・・・・・・・・・え?』
粒子が、収まった。
「おキヌちゃん、俺と同い年で死んじゃって、300年もずっと独りで過ごして・・・・・・それだけで成仏しちゃったら、寂しすぎるだろ・・・・・!」
『・・・・・・・・・!』
横島は、おキヌが離れて行かないように、強く、優しく、抱きしめる。
「だから生きてる内に楽しめなかった事を、今、精一杯楽しんで欲しい・・・・・!」
『・・・・・・・・・・うえっ・・・・・うわああああああああん!!よこしまさぁんっ・・・・・・!!』
おキヌは、横島の腕の中で泣いた。しかし、それは悲しみの涙ではなく、嬉しさの涙だった。
ココロが光で満たされていく。強く、暖かい、白金の輝きで。