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▽レス始

「あなたの鎖は優しくて(GS)」

拓坊 (2005-12-06 00:26/2005-12-06 21:29)


それはずっと昔のこと…

数ある経験の中に埋もれた、ある一つの物語…

私を形作るパズルの一ピース…

隅っこのほうに置き忘れられた思い出されない記憶の欠片…

私が心の奥にしまいこんだ、あったかくてつめたくなる思い出の本の一ページ。


それが何の前触れもなく目の前に現れて、私はゆっくりとその表紙を開いた。


「何? あなた捨てられたの?」


私は、目の前にいる小さい生き物に話しかけた。ボロボロのダンボールの中に入ったみすぼらしい汚れた黒い子犬。プルプルと震えているわけでもなく、縋るような目をしているわけでもない。ただ、元気に尻尾を振ってきらきらとした目で自分の元気さをアピールしている。


「あなたも一人なんだ…」


可哀想…とは思わない。だって、そんなことを思えるほど今の私に余裕は無かったから。
私は子犬から視線を逸らして、そのまま立ち去ろうとした。


「くぅ〜ん」


暫く歩いていると、突然後ろから小さな鳴き声が聞こえた。くるっと後ろを振り向くと、さっきの子犬がこちらを見上げて尻尾を振っていた。
何なのよコイツは…


「着いてくるんじゃないわよ!」


一喝して、私は再び歩き始めた。けど後ろからはてふてふと軽い足音が付いて来ている。後ろを振り向くと、やっぱり子犬が着いてきていた。
うざい…今は一人にして欲しいのに付いてこないでよ…
私は道の角を曲がったところで、一気に駆け出した。制服のスカートが翻るのも気にせずに足を動かして走る。

走って…走って……走り抜けた…

ちょっと息が上がってきて、ちょうど近くに公園があったから其処で休むことにした。
ベンチに座って一度息を付いた後、私は顔を抑えて下に俯いた。


「何してるんだろ、私…」


ママが亡くなった…何の前触れもなくそう言われた。何故死んだのかは分からない、しかもママの遺体もない。けど確かにママは死んだのだと父親に言われた。
それから毎日、私は何の目的もなく…こうやって町中を歩きまわっている。やることだって一杯あるのに…しなくちゃいけないことも分かっているのに……何もする気にはならなくて、こうやって浮浪者のように見知った迷宮を彷徨っていた。


「くぅん…」


と、急に私の目の前で鳴き声がした。顔から手を退けて、そちらを見たら案の定あの子犬がいた。舌を出して息を整えている子犬はじっと私のほうを見ている。
まさか此処まで着いてくるなんて思わなかったわ。どうやらこの子犬はどうあっても私についてくる気のようだ。

子犬に構ってやれるほど今の私に余裕なんて無い。けど、この子犬は意地でも私に付いてくるだろう。私の直感は当たる。それなら無駄なことをする必要もないだろう…ずっとって訳でもないんだしね……


「もういいわよ、あんた強情な奴ね」


思い立ったら即行動よ。
私はベンチから立ち上がり、子犬の前で膝を曲げて芝生の上に座った。子犬はくいっと首を捻った後、私の膝の上に乗った。制服が汚れるのが気になったが、別に学校には行ってないしどうでもいい。子犬はたしっと私の胸に両手を置き、私の顔と目線を合わせる。そしていきなりぺろぺろと私の顔を舐めてきた。


「…調子に乗らない!」


「きゃんっ!?」


誰が私の胸に手を置いて顔を舐めていいなんていった。さすがに其処まで許した覚えは無い。私は子犬の鼻先をピンッと指ではねた。
子犬は高い声で鳴いて、顔を舐めるのをやめて胸から前足をどける。けど膝の上からは逃げ出さずそこで伏せをしてすまなそうにこちらを見上げている。
けど尻尾をぱたぱたと振っていて、ぜんぜん反省しているようには見えない。何がしたいのよこの子犬は…


「何で私なんかに懐くのかしらねこの駄犬は…」


さっき会ったばっかりで、しかもちょっと目を合わして一言二言語りかけた程度だ。
きっとアホなのね。そうに決まってるわ。まあ、私に目をかけたって所だけは褒めてあげてもいいかもね…


「そうね、まあその誠意をかって特別に飼ってあげてもいいわよ」


ただの代価行為だとは分かっているけど、私は今其れが必要だと思った。


「…わんっ!」


私の膝の上でお座りをしている子犬がちょっと首を傾げた後、返事をするように吠えた。尻尾を振るスピードもさっきより二割り増しになっている。
ふふっ、これから貴方は私に忠誠を誓うのよ。裏切ったりしたら承知しないからね?


「いい? 今日からあんたは私のペットよ」


「わんっ!」


私の言葉に、子犬は元気良く大きな声で吠えた。


あなたの鎖は優しくて


『美神オーナー。どうかなさったですか?』


事務所のデスクで腕を組んで目をつぶっている私に、人工幽霊壱号が話しかけてきた。
時計を見ると、最後に見たときより長針が半回転ほどしている。その間私はこのポーズをとっていたのなら、人工幽霊壱号が不思議に思うのも無理はない。
私は組んでいる腕を解き、必要はないんだけど天井を見上げてにこりと微笑む。


「いえ、何でもないわ」


『そうですか。失礼致しました』


何でもない…それは嘘。私は今ある事柄について延々と考え込んでいるところだった。しかもここ数日の間その答えを見つけようと暇さえあればずっと考えていた。
その考え込んでいる原因とは、ズバリ横島君のことだった。でも、彼が何故あそこまで変態なのかとか無節操なのかとかではない。そんなもの『それが横島君だから』の一言で解決だ。今悩んでいることはそんなことではない。

事の発端は、先日シロとタマモとこんなやりとりがあったからだ。


「美神殿。何故先生をあそこまで冷遇しているのでござるか?」


デスクで事務処理をこなしている私にシロがそう尋ねてきた。私はその言葉に首を傾げる。


「何のことかしら?」


「気付いてないの? 美神…あんた何時もヨコシマのことサンドバックにしてるじゃない」


そこにソファーで寝転がっていたタマモが読んでいる雑誌を閉じて私のほうに向く。


「何言ってるのよ。それは横島君がセクハラしてくるからでしょ?」


横島君は毎日会うたびに、必ずといっていいほど飛び掛ってくる。それに対して迎撃およびお仕置きは当然の権利のはずよね。
他もドジ踏んだり調子に乗ったりするから戒めとしての行動よ。


「そうね。けどちょっと過剰すぎないかしら? 普通流血するほど殴りはしないでしょ?」


「アレぐらいやらないと分からないんだから、しょうがないでしょ?」


実際アレだけやっても分からないのだから、始末に置けないところがあるわよね。


「しかし、拙者はお金のことについてはよく分からないでござるが、先生の時給が255円というのは幾らなんでも厳しいと思うでござる」


「そうよね。この前ヨコシマの家に言ったら。冷蔵庫空っぽだし、あるのは買い置きのカップラーメンと缶詰だけだったものね」


「何言ってるのよ、時給が255円でいいと言ってるのは横島君よ?」


私の言葉に、シロとタマモが大きくため息を付いた。
何よあなた達。その憐れむものを見るような目は。


「美神殿…拙者あまり頭はよくはありませんが、このままではいけないと思うでござるよ?」


シロはそう言ってリビングから出て行った。何よその忠告みたいな言葉は…私の何処が悪いって言うのよ。


「そうね。私もシロと同意見だわ。美神…あなた頭はいいんだし、一度客観的にヨコシマへの待遇を見直してみたら」


そう言ってタマモはソファーに戻って、獣形体になって昼寝を始めた。
客観的に…横島君を?


私はそこで考えてみることにした。私の私情をいれずに横島君を評価してみる。


横島忠夫…GS助手として活躍する現在高校生の男子。
GSとしての知識は今ひとつだが、その類いまれなる才能で短い期間で世界に通用する実力を身につけた類いまれなる存在。
霊波の盾サイキックソーサーに加えて、通常では習得困難な霊波刀『栄光の手』を使いこなす。そして、現在の人間界において唯一確認されている万能オカルトアイテム『文殊』を作り出せる稀有な存在だ。
ここまで希少な存在は他には世界に一人としていないだろう。

それなのに彼の時給は255円…一般の生活水準を大きく下回る生活をする苦学生…
それは横島君はセクハラはするわ厄介ごとを起こすわで色々と迷惑をかけるが、それを差し引いてもかなりの次世代のGS界を担う有望株だ。


私はその矛盾に気付いてすぅっと頭が冷えた気がした。
私は其処まで冷たい、いや非道な人間だったのか? 確かに人に強く当たるというのは認めている。これでも一流のGSなのだ。自己分析ぐらいはできなくてはやっていけない。

おキヌちゃんだって初めは日給三十円だったが、それは幽霊だったからであって人間に戻った今の時給は横島君の数倍、数十倍だ。シロやタマモだって肉と油揚げで給料を支払っているが、その費用は横島君の給料以上なのは確実だ。

今まで考えもしなかった…それが当たり前のように思っていて、何の疑問も浮かばなかった。そのことに、私は今更になって気付いた…


そして、もう一つの疑問が浮かび上がってくる…


「横島君は……何故私から離れていかないの?」


それは至極当然な流れ…昔の頃ならいざ知らず、今の横島君なら何処へ行っても此処以上の待遇で迎えてくれるはずなのに…


それから、私は思考の坩堝に嵌ってしまった…


「それで、何かあったの?」


『はい、横島さんがいらっしゃいました』


考えるのを止めて、思考を切り替えてから尋ねた私に、人工幽霊壱号が報告してきた。
そういえばそろそろ横島君が出勤してくる時間だったわね。別に報告する必要も無いんだけど、奇襲されて無駄に労力を使うのも面倒なので何も言わないでいる。
そんなことを考えている間に、私のいる部屋の扉が開いた。


「こんちわ〜っす」


人工幽霊壱号が言ったとおりに、横島君が何時ものようにへらへらと締まりの無い顔で入ってくる。


横島忠夫…僅か一年でGS界のトップレベルに匹敵する実力を手に入れ、世界全てを巻き込んだあのアシュタロス戦役においての英雄。けどその事実を知るのは実際に参戦したGS仲間達と、ごく一部の権力者たちだけ。


もともと目立ったりお祭り騒ぎが好きな横島君なら、喜んでその英雄の名を賜っただろう。けど、彼は其れを望まなかった。英雄になれば、少なからず自分のことを調べられる。別に普段の生活などは調べられても…まあ、ある意味涙を誘っちゃうだろうけど、彼はそんなことは気にしないだろう。

それでもそれを断った理由…それはずばりルシオラのことだ。敵でありながら互いに恋に落ち、結ばれた時間も束の間、ルシオラは横島君を助けてその命を散らした。その後魂レベルでの崩壊によって、彼女の復活は絶望的になった。唯一残った可能性は、彼の子供としての転生だけ…
この話は全世界でもトップレベルでの情報規制が掛けられている。だが、なんたって世界の英雄になるのだ。何処からその情報が漏れるかは分からない。
そうなれば彼と彼女の思い出が全世界に晒されることになる。横島君は其れを良しとしなかったのだ。
だから彼は自分を影として、私の事務所に勤めるただのGS助手として戦役に参加したということになったのだ。


先ほどの考えが溢れそうになった私は咄嗟に、とっくに終わっている報告書に目を通して誤魔化した。


「美神さん。今日の仕事は何ですか? 除霊っすか? 事務処理っすか? いや、それよりも美神さんのお相手をーー!!」


横島君が何時ものように私に飛び掛ってくる。床を蹴った瞬間、横島君のズボンが脱げ、空中で上着が一瞬で宙に舞う。本当にどうやったらそんな短時間で服が脱げるのよ!
とにかく、私も何時ものように懇親の右ストレートを横島君の顔面に叩き込んだ。


「げぶぅっ!?」


そのまま反対側の壁に叩きつけられた横島君は、暫くそのまま壁に張り付いた後ずるずると重力に引かれて床に落ちる。
私は机の引き出しの中にある神通棍(御仕置用)をとりだして横島君の元に向かう。そしてまだうつ伏せで倒れている横島君の背中に神通棍を押し当てて霊力を流す。


「痛だっ! 痛いっ、めっちゃ痛いです美神さん!!」


「痛いのが嫌なら毎度毎度同じことを繰り返すな! 学習能力が無いのかあんたは!」


「ああっ、ごめんなさい! すみません! 許してください美神さーん!」


泣きながら懇願する横島君の背中で、パチパチと放電し始めている神通棍をぐりぐりと突きつける。
本当はこれが駄目なのだということには気付いている。それなのに…何故か止めることができない。私はそんなに自分を制御できない子供だっていうの?
それでも口が、手が勝手に動いてしまう。


「そう言いながらあんたは毎日飛び掛ってきているんでしょうが!!」


「ああー! 堪忍やー! 俺の東京ドームより広い心の中に凝縮された煩悩がどうしても溢れ出してしまうんですー!!」


「心は無駄に大きいくせにそんなくだらないものばかり溜め込んでんじゃないわよ!!」


神通棍の出力をさらに上げる。多分そのへんの悪霊なら一発で祓えるくらいの力がこもっている。それでも痛がっているだけなんて…横島君って無駄に頑丈よね。その所為で過激にしてしまうというのもあるけど…それだけでは説明がつけられない。


「まあまあ、美神さん。其れぐらいにしてあげてください」


そう言いながらキッチンからおキヌちゃんが紅茶の乗ったトレーを持ってやってきた。私はしょうがないわねと言って神通棍をしまう。これも何時ものことだった。ホント、私たちってよくも飽きずにこんなこと繰り返しているわね。
いえ、何故か止めることができない…が正しいのかも……


「あれ? そういやシロとタマモはどこ行ったんだ?」


横島君が部屋の中を見渡しながらそう言う。いつもなら此処で横島君にシロが飛びついたり、タマモが呆れながらそれでもからかったりするからね。


「シロちゃんは横島さんを待ちきれずにお散歩に、タマモちゃんは近くのお蕎麦屋さんにキツネうどんを食べに行きましたよ」


おキヌちゃんがテーブルにお菓子とカップを並べて紅茶を注ぎながら答えた。まったく、私にも報告せずに勝手に出て行くんだから……まあ、依頼が無いのにあの二人がここにいても煩いだけだし丁度いいけどね。


「今日は夜から仕事があるから一眠りしておくわ。横島君もしっかり休んでなさいよ」


「うぃ、それ以前に休まないと直ぐにでも死んでしまいそうです」


頭からだくだくと血を流している横島君が地面に這い蹲ったまま答えた。今回は自業自得なんだし暫くそうしてなさい。
私は神通棍を引き出しにしまって、おキヌちゃんの入れてくれた紅茶を一口飲んでから仮眠室へと向かった。
その時横島君の出血はすでに止まっていた。本当に理不尽なまでの再生力よね。

仮眠室には何十にもロックをかけてあって、横島君は許可もなく入ってくることはできない。例え文殊でもここには入れないわ。この前覗きをしようとしてきた横島君から没収した文殊でトラップを張ってあるからね。


「さて人工幽霊壱号、時間になったら起こしてね…」


『分かりました。お休みなさいませ美神オーナー』


ベッドに入った私は、直ぐに夢の中へと落ちた…


家に子犬を連れ帰ってから、私は直ぐに子犬を洗うことにした。汚れたまま家の中を歩き回られたら困るからね。
Tシャツと半ズボンに着替えてから、子犬をお風呂場に連れて来た。


「ええいっ! 暴れるんじゃない!」


「きゃいん! きゃいんっ!」


お風呂場に来て、シャワーをかけた途端に子犬は力の限り暴れだした。扉は閉めてあるから濡れたまま外に逃げ出すということは無いけど、洗面器や石鹸を蹴っ飛ばして、シャンプーとかの容器をなぎ倒して大暴れする。こんな小さな体の何処にそんな元気があるのよこいつは!
数分間の格闘の末、私はやっとこ犬の首根っこを掴んだ。


「ふっふっふ、よくも手こずらしてくれたわね…」


私の顔を見て子犬は前足後ろ足を縮めて、あと尻尾を丸めてプルプルと震えている。
何よ、私そんな怖い顔してる? 失礼な奴ね…こうなったら……


「そーれっ!」


「きゃいーーん!?」


私は子犬は溜めてあった湯船の中に放り込んだ。子犬はじたばたとお湯の中で暴れまわっている。そしてそのままぶくぶくとお湯の中に沈んでいった。
けどこのお湯、子犬でも普通に立てばお腹ぐらいまでしかないんだけど。しかも犬の癖に溺れるなんて…


「あんた馬鹿ねぇ。本当に犬なの?」


お湯の中から引き上げてじと目で子犬を見る。ぐったりしている子犬だが、急にぱちっと目を見開くと、そのままぶるぶると体を震わせて水気を飛ばしてきた。


「きゃあっ!?」


抱き上げていた私は当然のこと避けきれずに全身にその飛沫を浴びる。しかも、その時よろめいてしまって、運悪く足元にあった石鹸を踏みつけてしまった。
そのまま滑りそうになったけど、私はお風呂の縁を掴んで何とか堪える。
危なかったわ。もう少しで湯船にドボンと落ちるところだ…


「わんっ!」


と、その隙に私の手から逃れた子犬が私の背中に飛び乗り、そして勢いをつけて私の背中を蹴る。ギリギリのバランスを保っていた私は、そのまま湯船に飛び込んだ。


「わきゃあっ!?」


縁を掴んでいたので頭から落ちることは無かったけど、体の方はそのままお湯の中に落ちた。


「うわっ、びしょ濡れじゃない…」


洋服どころか下着までぐしょぐしょ、Tシャツも透けちゃってるし…


「わんっ!」


子犬が裏返った洗面器の上で満足そうな顔で吠えている。
あんた、狙ってこれやったの? ふふっ、いい度胸してるじゃない…


「こんのエロ馬鹿犬がーー!!」


「きゃいーーんっ!?」


蛇口を全開にしたシャワーで集中攻撃を浴びせた。子犬は洗面器に上から滑り落ちてころころと壁際まで流されていった。


「全く、無駄に時間かけちゃったじゃない…」


子犬をバスタオルでぐしゃぐしゃと乱暴に拭いてからリビングで放してやる。子犬はふらふらとよろけながら、置いてあったクッションの上でぐて〜っと突っ伏している。


「こらっ、其れは私のお気に入りなんだから駄目よ。あんたはこれ」


私はクッションを素早く引き抜いた。子犬はころんころんとカーペットの上を転がっていく。私は其処にそろそろ捨てようと思っていたぼろっちい座布団を叩きつけた。

子犬はもぞもぞと座布団の下から這い出し、座布団を前足でちょんちょんと突付いたり、くんくんと匂いをかいでいる。別に下手な罠なんて仕掛けてないからそんな警戒なんてしなくてもいいのに。
子犬は危険は無いと分かったのか座布団の上でごろごろと転がっている。犬に表情があるのかは分からないけど、にやけている様に見えるのは気のせいかしら?


「…そういえば、あんたの名前を決めないといけないわね」


ちょっとの間の付き合いだけど、流石にずっとあんたとか馬鹿犬とか呼ぶわけには行かないしね。
そうね…お馬鹿そうだし、私が飼ってあげるんだから少しはお利口になってもらわないといけないわね。それでいて私に忠実な下僕に…其れが犬の宿命よね。


「よし、あんたの名前は『忠義』の『忠』でタダよ」


何だか言葉の響きもとっても良いし。私ながら良いネーミングセンスだわ。
私は座布団の上でくて〜っとしているタダを両手で持ち上げて高い高いするように掲げた。


「わんっ!」


タダも気に入ったのか大きく吠えて尻尾を振った。


其れと同時に、いきなり粗相をした。


「この馬鹿犬! 馬鹿犬!!」


「きゃいんきゃいーーん!!」


まずは自分がどういう身分にいるのか教えないとね…私はタダの襟首を掴んでにっこりと笑った。タダはその途端に体を縮めて震えだした。
人の笑顔を見て震えるなんて…ホント失礼な奴ねアンタ……お仕置き二倍よ。


「きゃいーーーん!?」


タダの鳴き声が私の家の中で響いた。


『美神オーナー、起きてください。時間ですよ』


「うっ…もうそんな時間?」


人工幽霊壱号の声に目を覚ました私は、一度伸びをしてベッドから降りる。

何だか…久しぶりに夢を見た気がするわ。ホント懐かしい…冷たい中にある温かい思い出。
けどその夢の内容を全然に覚えていなかったいた。何だかとってもいい夢だったと思うんだけど…やっぱり夢は夢ってことかしらね。


『美神オーナー?』


人工幽霊壱号が考えに耽っている私を不審に思って言葉をかけてきた。
私は直ぐに考えを切り替えてパシッと顔を叩く。


「何でもないわ。横島君たちの準備はできてる?」


『ええ、おキヌさんとシロさんタマモさんも既に準備を終えています』


「そう、それじゃあ今日も稼ぐわよー!」


私は上着を羽織って早速現場へと出発した。


今回の除霊の依頼は、廃ビルに巣くう雑霊と其れを集めている悪霊を祓うこと。
けど厄介なことにその対象のビルは二棟あった。しかも片方を除霊してもう片方を除霊しようとすると、その間に除霊したほうのビルにまた雑霊が集まってしまうらしい。ビル一つを丸々結界で包むにはかなりの技量とお金がいる。
その所為でたくさんのGS達は依頼に失敗して、または依頼を拒否されて、たらい回しにされた挙句に私のところに話が転がり込んできたわけよ。


幸い私のところは五人もの実力も申し分ないメンバーが揃っている。
横島君は栄光の手による接近戦からサイキックソーサーの防御、遠距離攻撃に加えて文殊という万能アイテムを持っている。
おキヌちゃんはネクロマンサーの笛を使える世界で数少ない存在だ。今回のような仕事では一番有効な手を持っている。
シロは横島君と同じ霊波刀を使って戦う接近戦のスペシャリストだ。人狼である彼女のそのずば抜けた運動能力は私でさえ捉えきれないわ。
タマモはシロとは反対で狐火と幻術を操る援護系のスペシャリスト。妖狐、そのなかでも最高位の金毛白面九尾の狐の生まれ変わりだ。まだ幼いがその力は凄まじいものがある
そして私は様々なオカルトアイテムを使いこなす一流GSよ。自慢じゃないけど私にかかれば神様だって手玉に取れるわ。

このメンバーならこの依頼だって簡単に終わらせられるわ。
それにこっちには横島君の文殊がある。これをうまく使えばビル丸ごとに結界を張るのも簡単だ。
片方が終わったら結界を張って、もう一方に加勢に行くこともできる。


「それじゃあ、チームを二つに分けるわね。右のビルはおキヌちゃん・シロ・タマモね。私と横島君が左のビルを除霊するわ」


今回の仕事は雑霊と悪霊達の低級霊団だけのようだし、チームを二つに分けることにしたんだけど…
私がそう宣言した瞬間、動き出す人影が二つ。其れは勿論横島君とシロだった。


「美神さん! 二人きりなんてこれはもう告白とべふぉっ!?


私は皆まで言わさずに横島君を地面に沈めた。頭から血を流してぴくぴくと痙攣しているが、ものの数分…いえ、数秒で回復するでしょうけど。

さて、後はもう一人のシロのほうだけど…


「美神殿! 何故横島先生が美神殿と一緒なのですか! 拙者も一緒に行きたいでござる!」


まあ、何時ものことよね。この子もなんでまたそこまで横島君の懐いているのかしらねぇ…
と、そこでシロの横にいたタマモが深くため息をつく。これも何時ものことだ。


「シロ、あんた馬鹿ねぇ。アンタまで美神のところに行ったら誰がおキヌちゃんを守るのよ」


「うっ、そんなー! 横島先生からも何とか頼んでくだされーー!」


「無理言うなや! 俺がそんなこと言ったらこの状況でも遠慮なく止めを刺されてしまうわ!!」


横島君が一瞬で起き上がってシロを叱り付ける。出血のほうは既に止まっていて何故か流した血も一滴も残っていない。ホントおかしいわよね。

けどそれよりも…さっきの言葉は聞き捨てならないわね。


「横島君? あなたは私のことをなんだと思っているのかしら?」


「そりゃあお金が大好きで意地悪で人のことを丁稚呼ばわりする女王さ…ま……」


あら? 横島君なんで最後の言葉だけ尻すぼみになっているのかしら? 顔だって真っ白になってるわよ? ふふっ、そんなに震えちゃってまるで子犬みたいね…
私の持っている神通棍(仕事用)が私の霊力に耐え切れずに鞭状に変化する。


「み、美神さん…これ以上やると横島さんもお仕事できなくなっちゃいますよ?」


おキヌちゃんが恐る恐る手を上げて私に進言してくる。確かに、今フルでやったらリカバーも追いつきそうにないわね。それならしょうがないわね。
けどそれは建前…私の心の中にある葛藤がそれを躊躇わせた。


「横島君、次は無いわよ?」


「さ、サー! 了解であります!!」


直立不動で敬礼している横島君の頭を軽く小突いて、私達はそれぞれのビルの除霊へと向かった。


「おりゃおりゃおりゃーー!!」


ビルに入って直ぐ、雑霊たちが私たちに襲い掛かってきた。私は神通棍で、横島君は栄光の手でそれぞれ薙ぎ払っていく。


「ぬははははー! それくらいでこの横島忠夫を止められると…っとおわっ! あぶねぇ!!」


調子に乗りすぎた横島君の顔の横を一匹の雑霊が通り過ぎた。


「横島君! 調子に乗ってないでちゃんとやりなさい! じゃないと死ぬわよ!」


「す、すみません美神さん!」


横島君は私の一喝ですぐさま無闇に突っ込むのをやめ、冷静に対処していく。本当に、実力はあるんだからちゃんとやればできるのに、調子に乗るから危険な眼にあうのよ。
と、いきなり私は足元から雑霊の気配を感じた。私はすぐさま神通棍を突きたてよとしたんだけど…


(まずい! ここで突き立てたら足場が崩れる!)


足元はあちこちひびが入っていて人が乗る分には大丈夫だが神通棍なんて突き立てたら崩壊してしまう。私はすぐさま破魔札を取り出したのだが、雑霊は既に私めがけて迫っていた。


目の前で眩い光が弾ける……


「タダ、お手!」


「わんっ!」


手を差し出した私に、タダは左手を乗せてきた。


「違うでしょ! お手は右手!!」


「きゃいーん!?」


早速芸を覚えさせようとして、数週間。タダは未だにお手とお変わりの区別ができなかった。
まさか此処まで馬鹿だとは思わなかった。ぐったりとうな垂れていると、タダはてこてこと歩いて、テーブルの上によじ登る。そしてテレビのリモコンを前足でぽてっと押した。すると見事テレビの電源がつく。番組はただのニュース。タダは其れが気に入らないのか、もう一度リモコンに前足を置く。するとテレビの画面が変わり、料理番組が流れ始めた。タダは其れに出てくる肉厚のステーキを見て涎をたらしている。
なんていうか、変なところで利口よね。リモコンだって操作方法は教えていない。多分私が使っているところを見て理解したんだと思う。これも一種の才能なのかしら?


「って、こら。練習サボるんじゃない」


「きゃんっ!」


私はだらしなく涎をたらすタダの頭を引っぱたいた。


タダは本当に不思議な犬だ。まだ子犬の癖にかなりの大食漢。何処に入ってるんだろうと思えるくらいに餌を食べる。しかもその食べっぷりが豪快で其処まで飢えているのかとちょっと冷や汗を流したりもしたくらいだ。

それからタダは私が何時ものように街中をあてもなく散歩に出かけたとき、いつの間にか私の後に付いて来ている。家においてきたはずなのに私を探し当てて追ってくるのだ。
しかも家に帰ってみると、戸締りは完璧。トイレの窓だってちゃんと閉じている。一体どうやってでてきたのかは全くの謎。

そして一番凄いのが人語を解していることだ。完全ではないが、其れに気付いたときに試しに新聞を覚えさせてみたら、次からは新聞といえば取ってきてくれるようになった。若干牙で穴が開いたり、涎が付いていたりしたけど、叱ったら其れも改善した。


「ほらっ、タダ。伏せ!」


「わんっ!」


一吠えして前足だけで立ち上がるタダ。人間で言うと逆立ちだ。其れは凄い。確かに凄いんだけど…


「違うって言ってるでしょうが!」


「きゃいん!!」


いい加減基本くらいは覚えて欲しい。


何処に行くにしてもずっと一緒。来るなといっても付いてくる。それだけは怒鳴っても叱っても変わらなかった。
けど、其れがだんだんと当たり前になって…タダは、いつの間にか私の家族になっていた。


「………さん! ……美神さん! 大丈夫ですか!?」


ボーっとする意識の中で、私の耳に何か懐かしさを思い出させるような声が聞こえてきた。私がゆっくり目を開くと…


「こうなったら人工呼吸を…」


目を閉じて唇を尖らせた横島君の顔がアップで映っていた。瞬時に右手が唸りをあげた。ぐしゃっと何かが潰れた触感と音がした。
また、やってしまった…


「脈も息もある相手に人工呼吸はいらないわよ!!」


咄嗟に叫んでしまう…本当に言いたいことはそんな言葉じゃないのに……
顔面を殴られた横島君は鼻を押さえながら床を転がりまわっている。


「い、いきなり殴るこたーないじゃないですか美神さん! 鼻がへこんだらどうするんですか!」


「元はあんたが悪いんでしょうが! それにアンタにそれ以上へこむ鼻なんてないでしょう!」


「ひ、ひどい…言い切るなんて…

…けど……そんなあなたを愛してますー!」


一瞬衝撃を受けたような顔で崩れ落ちた横島君だったけど、すぐさま立ち上がって私に飛び掛ってきた。流石に今回は服は脱げないらしい。まあ、私には関係のないことだけど。
私は神通棍を取り出して横島君をシバキ倒した。


「ああ! 堪忍やー! 若さゆえの過ちだったんですーー!!」


アンタの場合は確信犯でしょうが! まったく、いつでもふざけてるんだから…
まあ今回は許してあげるわ。どうやらさっき助けてくれたのは横島君みたいだし。
あの眩い光は、サイキックソーサーが雑霊にぶつかったときの発光だった。あの一瞬で其処まで動けるなんて、しかもこうやって話していられるということはこの階の除霊は終わっているみたいね。
やっぱり横島君も…成長しているのかしらね……ちょっとだけだけどね。


「よし、あとは最上階の霊団だけね。さっさと終わらせるわよ横島君!」


「了解っす!」


私と横島君は最上階へと続く階段を昇った。


「なっ! こんなの聞いてないわよ!」


最上階に着いた途端に、私たちは報告の十倍はいる悪霊や雑霊たちに取り囲まれていた。
報告書のほうは信頼の置ける相手から受け取ったのできっと嘘はない。となれば、この短期間で霊が増えたことになる…


(そうか、おキヌちゃん達のほうの除霊が終わったのね。それで残っていた霊たちがここに集中しちゃったんだわ)


内心で舌打ちしつつ、私は迫ってくる霊たちを神通棍で切り裂いていく。多少の増加は予想していたけど、これは想定外ね。流石にやばいわ…


「横島君! 文殊でどうにかできる?」


「流石にこの量だと…『浄』を使ってもあっという間に邪気にやられて数十秒しか持ちそうにありません!!」


文殊のことは横島君が一番良く知っている。横島君が言うならその通りと考えていいわね。
仕事前に確認した横島君の文殊のストックは五つ。二つはおキヌちゃんたちに、一つは私を助けた後『浄』を使ったらしいから後二つね。これは、おいそれと使うわけにはいかないわね…


「横島君! とにかく数を減らすのよ! おキヌちゃんたちもこっちに向かってるだろうから持ちこたえるのよ!」


「りょ、おわっと! 了解っす!」


栄光の手とサイキックソーサーで霊たちを捌きながら横島君は返事をする。これからは持久戦だ。どれだけ消耗せずに戦えるかが鍵を握る。おキヌちゃんが来れば雑霊たちは直ぐに成仏させられる。それにシロやタマモが加われば悪霊たちも物の数ではない。


私と横島君は霊たちを祓い続けた。しかし、霊たちは減るどころかどんどん増加の一途を辿っている。私も横島君もかなりの疲労が溜まっていく。疲労が溜まれば動きと判断が鈍るのは当然のことだった。


「しまっ!?」


雑霊をかわそうと後ろ壁際に飛んだ瞬間、その壁をすり抜けてきた悪霊の攻撃が背中に直撃した。
咄嗟に霊力を背中に集中して防御したけど、完全に威力を殺すことができずに私は吹き飛ばされた。
肺から空気が抜け、一瞬視界が真っ白になる。そのあと地面を転がった私は神通棍を地面に付いて何とか膝立ちをして回りを見据える。


「美神さん! 大丈夫ですか!?」


雑霊たちを掻き分けて横島君が私の元にやってきた。横島君は私の前に立ってそのまま霊達を牽制する。


「ドジったわ…ちょっと不味いかもね」


何時になく弱気な私…いつもならここで意地でも生き残ってやるという気になるのに…何故か今日は体が動かなかった。
霊たちが一斉に私達に襲い掛かってくる。これは流石に横島君でも防ぎきれないだろう…


終わっちゃったか…私の人生も短いものね。私より若い横島君には悪いことしちゃったかもね。


そう諦めたとき、私の周りを白い光が包み込んだ。近づいてくる霊たちが悲鳴を上げながら距離をとる。
私の目の前に二つの文殊が浮かんでいる。其処に刻まれた文字は『聖』『域』だった。
其処から溢れ出す聖なる光に、霊たちは近づいては苦しげな声を上げて離れていく。けど、私にはそんな光景を何時までも見ている余裕はなかった。

だって私の目の前に立つ横島君が、赤い血に染まっていたから……

横島君は文殊から放たれる聖なる力の範囲外に出ていた。だから、そのまま霊たちの攻撃をまともに浴びている。


「横島君! 何やってるのあなたは!」


私は咄嗟に叫んだ。横島君は栄光の手を振るいながらこちらに向かってにっこりと微笑みかけてきた。何時ものような、明るい笑顔。けどそこには何時もの軽さは無い。いつか見た…何かを決心したときの顔だった。


「その聖域…一人用なんですよね。じゃないと強度が下がって直ぐ破られちゃうんですよ」


だから、横島君は私にそれを使った。私を守るために…自分の身を捨ててまで私を庇おうとする…
霊たちが一人になった標的に的を絞って襲い掛かる。横島君は雄たけびを上げながらその中に突っ込んでいった。

それはまるで…あの時のように……


私の頭の中で、今まで閉じられていた記憶が情報の奔流となって荒れ狂った。
今まで封印していた、気付こうとしなかった思い出が蘇った…


「うん、なかなか似合うじゃない」


私は首輪の代わりに部屋にあった大き目のハンカチをタダの首に巻きつけた。ハンカチの赤がタダの黒い毛並みと相まって結構見れるようになった。タダのほうは何度かハンカチの匂いを嗅いで一吠えする。どうやら気に入ったみたいだ。

タダにあってから半年、私はタダのおかげで退屈という言葉がない生活を送っていた。タダは良く食べるくせにあんまり大きくならない親がもともと小さかったのだろう。体は小さいがその代わりに元気だけは溢れかえっていた。何時でも何処でも尻尾を振って上機嫌で走り回る。大人しくなるのは私に怒られているときぐらいだった。

これからもずっと一緒、そう思っていた…


けど、世の中は残酷で…ママと同じように、タダは何の前触れもなく私の前から姿を消すことになった。


私とタダは、何時ものように散歩に出かけていた。けど、何時もは喜んで付いてくるタダが今日だけは嫌がって、私の靴下を引っ張って止めようとしてきた。私は不思議に思いながらも嫌がるタダを引きずって散歩に出かけた。今日も同じ時間に、同じ道を歩いていく。
タダが私の腕の中でじたばたと暴れる。
何時もはにへらと擬音が付きそうな顔で大人しくしてるのに…何なのよいったい。


そして、私はタダとの運命の別れる道に差し掛かった……


突然タダが私の手に噛み付いた。私はその痛みに咄嗟に抱きしめていた手を緩める。
そして、タダはいつか見せたように私の胸元を蹴っ飛ばして大きく跳んだ。
私は噛まれたことでバランスを崩していたのでそのまま後ろに尻餅を付くように倒れこんだ。

何をするのよ! 主人に噛み付くなんて諺でしたではすまないわよ!!
そう思った瞬間、突然空から大きな影が降り注いだ。


辺りに轟音が響き、音は衝撃となって私の耳を貫く。地面のアスファルトが砕け、立ち込める煙が私の視界を無くす。
何が起きたのかまったく分からなかった。地面に座り込んだまま、私は呆然とその煙の先を見つめる。


タダは…何処に行ったの?


私の反対側に跳んだタダが…どうなったのかは私の目の前に広がる光景を見れば直ぐに分かった。
私の目の前には何本もの鉄骨が地面に突き刺さり、または地面を割って転がっている。


そして、その向こうにゆっくりと広がる小さな赤い水溜りが…私の目を釘付けにした。


タダは…体の下半分を鉄骨に押し潰されていた。殆ど即死だっただろう。目を閉じたタダは、もう目を開くことはない。


動物には第六感という者が備わっている。その中でもタダはそれがずば抜けて高かったのだろう…
けど私はタダの忠告を聞かずにそしてこの事態を招いた。けど、それでもタダは私を助けてくれた。自分の身を犠牲にしてまで…


「誰も…命捨ててまで忠義を誓えなんていってないわよ……」


私は、また家族を失った……


全部思い出した…やっと気付いた。私が何故横島君を卑下に扱ってしまうのか…
横島君とタダが…そっくりだったから……


始めてあったとき、横島君はいきなり私に抱きついてきた。何時もの私なら、抱き疲れる前に迎撃できるのに、彼だけは一瞬と惑ってできなかった。

黒い髪、赤いバンダナ…そして人懐っこいニコニコとした笑顔……記憶の底にあるタダの面影がフラッシュバックした。

一瞬息が止まるかと思った。タダの生まれ変わりだと思ったくらいに…横島君はその纏う雰囲気がそっくりだった。
そして思い出されるあの悲劇…私は胸に湧き上がる感情を押さえ込んでそれを制止した。

兎に角横島君を殴って引き剥がしたら、横島君は私の色香に誘われただのそんなことを言って、私のところでバイトがしたいと言ってきた。私は勿論のこと断った。私に見合う美形じゃないと…そんな初めに考えてあった考えを言い訳にした。本当は、その顔を見ているのが辛かったから…私は名前も住所も聞かずに彼の前から立ち去ろうとした。

けど、横島君は諦めの悪さまでタダと一緒だった。私の直感も、どうやっても逃れられないと告げていた。
それなら、相手から消えてくれればいい…そう思った。どうすれば辞めてくれるだろうか?
私は、直ぐに出て行くように無茶な時給で持ちかけた。それなのに横島君は涙を流しながらガッツポーズで喜んでいた。

そして私はその時タダとの記憶に無意識に鍵をかけた。横島君を見るたびにタダを思い出すから…気を抜いたらどうにかなってしまいそうだったから思い出せないようにした。

それは横島君が辞めていなくなるまで…そう思っていたのに、横島君は辞めなかった。どんなに辛い仕事でも、どんなに危険な目に合っても、お金も雀の涙程度にしか貰っていないのに、文句を言いながらも決して離れていかなかった。

それが、封印しているタダの面影とまた重なる。そのときは思い出せなかったはずなのに、無意識が横島君とタダを重ねて見ていた。
そして矛盾する思いが私の中で出来上がる。


――離れていって欲しいのに、ずっと一緒にいて欲しい…


だから私は、横島君を丁稚の如く扱いながら…離れそうになったときその手を掴む。
何時しかそれが当たり前になり…私は、その矛盾に従ってしまった。
そして私は、見えない鎖で横島君を縛り付けていた…


「横島君!」


横島君が霊団の渦に飲まれていく。あの時と同じ、タダがいなくなってしまったときと同じ光景…


だめ、行かないで…私を一人にしないで…


心の慟哭が響く、霊団の悲鳴が横島君がいるであろう場所から響く。いくつもの怒号が、悲鳴が、怨嗟の声が響き渡る。
その中で、その亡者たちの声に遮られずに、逆に飲み込まんとばかりに響く雄々しき雄叫びが私に届く。


何で横島君は…

何でタダは…

辛く当たって、わがままに振り回して…それでも後に付いてきて…


―――私なんかを守ろうとするのよ…


その瞬間、一つの音が私の耳に届いた。優しくて、温かい音の旋律…どうやら間に合ったらしい。


「美神さん! 横島さん! 大丈夫ですか!?」


おキヌちゃんのネクロマンサーの笛の音が響き渡る。霊団たちは笛の音を受けて次々と天へと召されていく。
だが、流石に多すぎるその数に何匹かの霊がおキヌちゃんに迫る。しかしおキヌちゃんは全く動じずに笛を吹き続ける。


「させないでござるよ!」


「燃え尽きなさい!」


おキヌちゃんの後ろから、影をも残さない速さで飛び出したシロが霊波刀で霊達を切り刻む。シロの届かない範囲の輩はタマモの狐火で消滅していった。
あんなに沢山いた霊達は、見る見る内にその姿を消していく。


「これで終わりじゃーー!!」


横島君が、最後の一匹を切り裂いた。


おキヌちゃんたちは結界の御札を貼るためにこの階の四隅へと走っていった。そして横島君はまだ少しだけ持続している文殊の聖域の中にいる私の元に歩み寄ってきた。


「大丈夫ですか、美神さん?」


微笑みながら、けどちょっと心配そうに私に尋ねてくる。
何故…そんな笑顔を私に向けるられるの? 私は…


「……なの?」


「えっ、何か言いましたか美神さん?」


言葉にしようとして、喉に引っかかってしまってしっかりと話せない。
横島君はキョトンとした顔で首を捻る。その顔が、その雰囲気がタダと重なる…


「何で…何で横島君は私と一緒にいてくれるのよ!」


力の限りに叫んでしまった。問うはずだったのに、つい声を荒げてしまう。
横島君のほうも私の言葉と、語調の明らかな違いに戸惑っておろおろとしている。

すぅっと、聖域の文殊の効果が消えて私を包む光の幕が消え去っていった。


…私の瞳から涙が零れ落ちる。


「み、美神さん…!!」


その頬を伝って零れる雫に、横島君が驚きの声を上げる。
まるで信じられないものを見たという顔だ。ホント失礼な奴よね…

突然視界がくらっと揺れる。そういえば、霊力も体力も殆ど空っぽだったのよね…
だめ、まだ…話すことがあるのに……
視界がどんどんと狭まっていく。それと同時に、体がゆっくりと倒れていくのが分かった。


視界が完全に閉ざされる前に、慌てた横島君の顔が見えた気がした……


目が覚めると、私は最近見たようなベッドの中にいた。


「ここは…事務所の仮眠室?」


私はゆっくりと体を起こしてみる。ちょっと体がぎしぎしと悲鳴を上げるが、我慢できないほどではない。
あの後、横島君の前で気を失ってから私どうしたのかしら? ここにいるってことは皆大丈夫なんだろうけど…

と、そこで仮眠室の扉が開いた。其処にいたのは、救急箱を片手に持った横島君だった。
私は一瞬、横島君の顔を見つめて瞬時に顔が意味もなく火照るのを感じた。


「美神さん大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫に決まってるでしょ! 私を誰だと思ってるのよ!」


つい強気で返事してしまった。けどベッドから降りようとして、ピキリと背中の筋肉が引きつるのを感じた。


い、痛い…動けない……そういや背中怪我してたのよね…


横島君はそんな私にくすくすと笑いながら歩み寄ってくる。横島君の癖に生意気な…もし動けたら一発小突いてやるのに。
横島君は私をベッドに寝かせて、一つの文殊を取り出した。


「へっへっへっ、さっき出来たばかりの上物ですぜ、美神さん」


「あんたは何処のバイヤーよ…」


「ありゃ? お気に召しませんでしたか…こりゃ失礼」


横島君はそう言いながら文殊に『治』の文字を込めて私に手渡してきた。
私がそれを受け取った瞬間、文殊から癒しの光がたちこめ私の傷を無くしていく。
文殊が光を発している間、私と横島君はずっと黙ったままだった。


光が消え、静寂が場を支配し始めたとき横島君がゆっくりと口を開いた。


「美神さん、何で俺が一緒にいるのかって訊きましたよね?」


うっ、それは…なんて言ったらいいのか。誤魔化すべき? けどもうすでに質問されてるし、それにこの状況で誤魔化すにはちょっと難しい…誤魔化す内容も思いつかないし。
けど…面と向かってその話をするには…

私の思考が混乱している間に、横島君はさらに続ける。


「俺もちょっと考えたんですよね…なんでずっと此処にいるのかって」


私も腹を括って、ただ黙って横島君の話しを聞くことにする。


「良く考えれば俺の待遇って底の底の超どん底ですよね。給料低いし、ことあるごとにしばかれるし…まあこれは自業自得も多いですけどね」


たははは、と頭をかいて笑う横島君。
横島君が一言話すたびに、私の心臓はドクンドクンと大きく脈打つ。


何をそんなに恐れているの? 何をそんなに怖がっているの?


認めない…認めたくない……


「けど…何でか此処を離れる気にはならないんですよね」


「何でよ…私は横島君を鎖で繋いで引っ張ってるような人間なのよ?」


自分で言っていて情けなくなる。横島君を勝手に家族だったタダと重ねて、あの思い出を思いだしたくないから虐げて、そして大切な思い出にまで鍵をかけて…私ってホントに救いようがないわ…

認めたくないんだけど…認めるしかない…


「それでもですよ。だって俺を縛る美神さんの鎖は…」


そう言って横島君は霊力を操って細い一本の糸を作り出す。その色は心が温かくなるような赤い色。
そしてそれをさらに紡ぎ合わせて、作り出したのは赤い小さな鎖だった。
横島君は私の左手の小指にその赤い霊鎖を巻きつけた。その反対側は、横島君の右手の小指に結ばれている。


「あなたの鎖は優しすぎますから…」


ここまでされたら認めるしかないじゃないの。私は、横島君のことを…
私は赤い霊鎖を手繰り寄せるように横島君に近づき、ゆっくりと口を……


『美神オーナー!』


突然、人工幽霊壱号が話しかけてきた。私は咄嗟のことで、目の前にいた横島君の顔を掴んでベッドに叩き込んでしまった。
その瞬間、横島君は気を失ってしまったのか赤い霊鎖が消えてしまった。ちょっと残念な気分になってしまった。


「な、なな何かしら?」


自分でも分かるぐらいに明らかに動揺しているのが分かる。けどそんなことを気にする余裕は私にはなかった。
それよりなんでこんなタイミングで話しかけてくるのよ人工幽霊壱号! 


「もうちょ…じゃなくて…ああもう! 兎に角いったい何なのよ!」


『部屋の外で膨大な霊力が………あぁっ!?


ブツリと人工幽霊壱号の声が途切れた。
それと同時に吹き飛ぶ仮眠室の扉。開くじゃなくて吹き飛ぶ、いっそ爆砕といったほうが正しいかもしれない。
そして其処に立っているのは…


「ふふっ、美神さん…目を覚ましたんですね。心配してたんですよ?」


おキヌちゃん、その言葉には嘘はなさそうだけど…そう言いつつもその手に持ったシメサバ丸は何かしら? ちょっと傾けるとギラギラと光ってるし、随分と磨きが掛かっているわね。


「美神殿、先生は渡さないでござるよ! 先生には拙者の鎖を握ってもらうでござる!!」


シロ、あんた何時の間に両手から霊波刀出せるようになったの? 出力もあのフェンリル戦で女神が憑依していたとき並みに見えるんだけど?


「美神、ステーキの焼き方は何がお好みかしら?」


タマモ、あんたはストレートすぎよ。因みに私はミディアム派よ。けど、そのゼットンの火球並みの熱量で焼いたら炭どころか塵も残らず消滅するわよ。


「あなた達…何が言いたいわけ?」


「「「横島(さん)(先生)は渡さないです(でござる)(わ)」」」


全員揃って宣戦布告って訳? いい度胸してるじゃない。受けて立つわよ。


「ふふんっ、私と横島君の鎖…そう簡単には切れないわよ?」


私は美神令子なのよ? 美神家に敗北の二文字はないのよ!


横島君は…タダと本当にそっくりだ。

バカでアホでマヌケでスケベで…

けど何時も明るくて優しくて何処までもお人よし…

タダは私を庇って逝ってしまったけど…私の心に温かい心を残してくれた。

タダは何時までも私の家族…


そして横島君は…


赤い鎖で繋がり合うそんな関係にしてみせるわ!


女たちの戦いが繰り広げた後に、横島君は目を覚ました…


「お、俺が気を失っている間に何が起きたんや…」


目が覚めると、体中汗と汚れだらけで倒れ付している四人の美女美少女達が死屍累々と言った感じだった。
体のそこら中に小さな切り傷やらやけどの跡、着ている服のほうもところどころ破れていて目のやり場に困った横島君は…


「こ、これは美味しい様な不味いような…」


この状況でも無駄に煩悩回路を回す横島君。君は性少年の鏡だよ。良い子の皆は決してまねをしてはいけない。というよりまねしたくないし出来ないといったほうが正しいかもしれない。
ごくりとつばを飲み込む横島君は、もっと良く見ようと倒れふす四人にそ〜っと近づこうとして…


『横島さん…』


「うわっひゃーーー!! すんません! 悪気はなかったんや〜〜!!」


いきなり声のした天井に向かって土下座をしだした。何処まで行っても横島君は横島君だった。


『寝込みを襲うのは…犯罪ですよ?』


「ああ〜ん、そんな蔑むような目で俺を見んといてーー!?」


人工幽霊壱号には目はない。だが横島君だけに見えるその瞳が、自分をゴミのように見下げているような気がしてその場でごろごろと地面を転がって悶えていた。

だから、横島は人工幽霊壱号の呟きに気付かなかった。


『私はまず体を手に入れないといけませんからね…それまで宣戦布告はお預けです』


そんなことを呟く人工幽霊壱号…という事はあのタイミングで美神に話しかけたのも、実は閉じておこうと思えば結界でも張って閉じていられた仮眠室の扉も、全ては彼…いや彼女の思惑通り……

人工幽霊壱号…恐ろしい子!


良くも悪くも一癖二癖ある存在に好かれる横島君は…優しい鎖で雁字搦めにされるのはそう遠くない未来かもしれない。



あとがき


どうも、冬なのに頭の中はとろとろに蕩けている拓坊です。

またしても柄でもないお題に挑戦した自分。今回は…
『ちょっくら美神さんを素直で可愛く書いてみるか〜』
はい、見事に詰まりました。難しいぞ美神さん! ああ、けど自分で言った言葉は有言実行しなくては…で、出来た作品がこちらです。
もうこの話なんて前作の『横島中学生日記』以上に読み易すぎですね。最初の冒頭で分かっちゃった方も多いと思われます。
はい、実力不足です。ごめんなさい。

もし質問・疑問・『これは違うだろが!』という意見のほうがあればどうぞご遠慮なく…

そして、突然ですが短編のお題募集です。『仕方ねぇな、こういう○○を書いて見やがれ!』というお優しいお方、どうぞお願い致します。ただ、自分は主人公大好きっ子なので殆ど横島君が絡みますがその辺はご容赦を…


それではこの辺で失礼致します…


△記事頭

▲記事頭

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