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▽レス始

「月に吼える ―第二部・第拾九話―(GS)」

maisen (2005-12-03 01:14/2005-12-05 00:58)
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「なんだなんだなんだぁぁっ?!」

「きゃぁぁぁっ?!」

 閑散とした商店街を走り抜ける青年が居る。近くの高校の制服を纏った少女を抱えながら、とんでもない速度で誰もいない商店街を駆け抜けていく。青年の着ている服はあちこちが焼け、あるいは切り裂かれたように破れていた。
 しかし、その手に抱かれた少女の服には僅かに煤が残るのみ。

「なんでこんな事になってんじゃぁぁっ?!」

「きゃーっ! きゃーっ! きゃー!」

 悲鳴を上げながら必死にしがみ付いている少女を抱えながら、半泣きの青年は日も暮れた町中を疾走していた。

『イタゾ・・・!』

『アレハ、オレノモノダ・・・!』

「邪魔じゃぁっ!!」

「んきゃっ?!」

 青年の進路を防ぐように、数体の悪霊が出現する。あるいは地面をすり抜け、あるいは電柱の影から滲み出すように。
 青年は、それを目にした瞬間に、抱えていた少女を前方斜め上に放り投げた。そちらに一瞬気を取られた悪霊達が青年に意識を戻す前に、低い体勢で滑り込むように悪霊達の中心へと潜り込む。
 勢いを殺さずに半回転しつつ、右手を振って如意棒を手にとる。そのまま遠心力を利用し、ぶん回す。

「おっりゃぁぁっ!!」

『ガァッ?!』

「おち、おち、落ちるー!」

 進行方向の障害物ごと薙ぎ払い、吹っ飛ぶ駐車違反の軽トラックと叩き折られた電信柱の下をすり抜ける。
 背後に抜けた悪霊達が体勢を整える前に、前方でわたわたと手を振って落下中の少女を確保。再び飛ぶように走り出す。

「こここ怖かったんですよっ?! さっきから何回目ですかー!」

「あああ勘弁?! だってあれ重いんだって!」

「私は重くないですっ!」

「ぢが・・・ぐる゛じい・・・」

 真っ赤になって首を締めてくる少女に必死で言い訳しながら、そろそろ真っ赤になり始めた視界を意識しながら、半人狼の青年は無人の町を走り続けている。
 誰も居ない、夕闇に包まれ始めた黄昏を。


「・・・うー」

「あー、だから誤解だってば、おキヌちゃん」

「・・・えっち」

「誤解やー!」

 程なく、彼らはある建物へと辿り着いていた。其処は、この町で唯一の高校である建物であった。あれから幾度かの悪霊達との接触を回避し、あるいは先程のように蹴散らしながら、忠夫は一番高い建物へと到達していた。
 屋上まで一気に壁を駆け上がるという離れ技をかまし、漸く落ち着いて腕の中の少女を見下ろしてみれば。

 何故か、林檎のように頬を染めた少女が恨めしそうに睨んでいたり。

 理由を聞けば只一言。

「胸を触りましたよね?」

「だから誤解やぁぁっ?! 濡れ衣やー! そんなどさくさ紛れの事なんて・・・くっ、全然記憶に無い・・・! 何て勿体無い・・・ハッ?!」

「・・・えっち」

「のわぁぁっ?!」

 ジト目で少女に見られ、恥ずかしさと猛烈な自己嫌悪に苛まれたりしつつ。忠夫は屋上の冷たい床の上をごろごろと転がっていた。
 もう少しじっくりと観察していれば気が付いたかもしれないが。おキヌと呼ばれた少女の目に宿った懐かしさと、あんまり嫌がってない様子に。後、ちょっとした悪戯っぽい噛み殺した笑い声とか。

「・・・なんなんでしょ、さっきの」

「んー、悪霊には間違いないと思うけど」

 震える肩の動きが止まり、不安げに声がかけられた。床の冷たさがジージャンの背中から染み込んで来る事に寒々しさを覚えつつ、忠夫はあくまでも軽く答えを返す。

「私を、狙ってるんでしょうか?」

「・・・さあ? どーだろ」

 忠夫は、自分の声に自信が持てなかった。幸いにも暗さに紛れて互いの表情を伺う事は出来ないが、声色だけは誤魔化せない。おキヌに不安を与えない為にも、どうか誤魔化せていてくれと。

「・・・嘘、ですよね。今の」

「・・・え?」

「何となく、分かっちゃいました」

 がば、と跳ね起きおキヌの顔を直視する。彼女の表情は、決して諦めの色に染まっては居なかった。軽く微笑みさえ浮かべながら、おキヌは忠夫をそっと見つめる。慌てて跳ね起きてしまった事に、失敗したという考えを浮かべながらも。彼女の瞳から眼を離すことは出来なかった。

「誰もいない町、あんなに沢山の幽霊さん達、ジェットコースターみたいな速さで走る男の人。・・・一体、何が起きてるんですか?」

「・・・ごめん」

「教えて、くれないんですね」

「・・・ごめん」

「良いですよー」

 視線を合わせたまま、視線に思いを篭めながら、謝罪の言葉は虚しく響く。少女は、しかし笑みを絶やさない。二度目の謝罪に返事を返しつつ立ち上がる。緩やかな夜風に、長い黒髪が踊った。

「多分、大丈夫ですよねー?」

「何で・・・?」

「何となく、です」

 誰も居ない町に、光が灯る。その光に照らされた、こちらを見る顔にあるのは、どこまでもまっすぐな信頼。

「――だって、横島さんですから」

「・・・!」

「・・・あれ? 私、何で」

 驚いた。心底驚かされた。目の前の少女は、おキヌは、未だ幽霊であった時の記憶を取り戻していない。記憶をなくした、田舎町の高校に通う一人の少女である筈だ。しかし、彼女の言葉は確かに、忠夫の記憶に在るものだった。
 己の言葉に首を捻る少女を、抱きしめたい気持ちさえ覚えつつ。
 忠夫は、言葉を返した。

「――おうっ! 任せてみなさいっ! うははははっ!!」

「ふふふ・・・」


――硝子が、割れた。そんな音がした。


――始めは、小さな小さな亀裂であった。それを塞ごうとする力と、雪崩れ込む悪霊達のせめぎ合い。

一人の少女を守る為に形作られた硝子の瓶は、その回りに肉食魚の如く集る悪意に、徐々に押されていた。
硝子には、防ぐ力はあっても、倒す力は無かった。滅ぼす力が、浄化する力が無かった。
悪意は増え続けた。妄執に惹かれ、命に惹かれ、やり直す機会を目指して。
小さな流れは、何時しか奔流となって硝子の瓶を取り囲む。悪意が悪意を呼び、集まった悪意が更に巨大な灯台となる。それは、決定的な欠陥。守る事だけに特化したが故の、守れないという事実への導火線。

外と中とを隔てる――境界線――壁は、いつしか、歪み、撓み、磨耗していった。

そして、何時の間にか亀裂が走っていた。それは、誰にも気付かれる事の無い、僅かな綻び。

悪意は、狂喜した。

妄執を引き摺り、悪霊の群が動き出す。
塊は侵入できなかったが、小さな個は容易くその隙間をすり抜ける。
個の群は、何時しか一本の流れとなる。流れ始めた悪意を止めるには、瓶は、磨耗しすぎていた。
抉じ開け、引き裂き、穿つ。
何時しか、瓶は――結界は、限界を超えていた。


――ピキン

「・・・何だ?」

「綺麗な音・・・」

――パキッ

「・・・っ! 何だ今の感じっ!!」

「・・・え」

――カシャ・・・ァァン

「横島さん、あそこっ!!」

「――空が」

『・・・オオオオオオオオオオオオッ!!』

「割れた・・・!」

 空に、亀裂が走っていた。距離にして数kmはあるだろう。しかし、その亀裂は巨大であった。月光を反射する何かを振りまきながら、狂気の篭った声を上げた悪霊達が、まるで鬨の声を上げるかのように高らかに哄笑しつつ、結界の内部に侵入し始めた。

「こりゃ、やっべぇかも」

「一体、何が・・・?」

 二人の目の前には、夜空を侵食し始めた悪霊の群が居た。罅割れた空から、濁流のように流れ込み始めた彼らは、地面に触れる直前で四方八方に散り始める。
 時折、巨大な塊も落下していた。それは、あたりを舞う小さな者を吸収しつつ、更に巨大になっていく。その上から、もう一つ、巨大な塊が落下した。二つは争うようにもがきながらも、何時しか一つの塊へと変貌を遂げる。
 それは、辺りにある建物を踏み潰しながら、忠夫達から見て左の方に進んでいった。

「・・・グロっ!」

「・・・すぷらったー、ですねー」

 二人が漏らした感想は、そんな物であったが。

「逃げません?」

「異議無し」

 流れ落ちる濁流は、粘り気を増して泥濘の様にさえ見え始めていた。落下した場所を中心に、町を悪意に染めていく。誰も居ない筈なのに、町に灯っていた明かりが消えていく。それは、上空から見れば綺麗な円を描いていた。

 二人はそれを見る事無く、高校の屋上から飛び降りる。勿論、おキヌは忠夫の背中に乗っている。衝撃どころか音さえも立てずに着地した忠夫は、駆け出そうとして急ブレーキをかけた。押し付けられた柔らかさに、月に向かって遠吠えしたくなるのを必死で堪えつつおキヌを見る。

・・・ジト目で見られたが、真剣な表情で誤魔化した。

「おキヌちゃん」

「・・・ナンデスカ?」

 誤魔化せなかったようだ。


 他に車の走っていない道路を、只一台エンジン音を響かせながら駆け抜ける車がある。何故か屋根が剥ぎ取られたように無く、それを運転しているのはおキヌである。

「きゃーっ! カーブカーブぅっ!!」

「おりゃおりゃおりゃぁぁっ!!」

 それを追撃する黒い影達。それに向かって車から放たれる、閃光のような速度の何か。

「ぶつかるぅぅぅっ?!」

「んどわぁぁっ?!」

 緩やかな筈のカーブを、何故か車はドリフトしながら白煙を上げて曲がっていった。車の上に立ち、例によって例の如く唐巣神父特製の聖水をまぶした石ころを投げていた忠夫が、振り落とされそうになって慌ててシートにしがみ付いた。

「おキヌちゃん、真っ直ぐ、真っ直ぐだってば!」

「無免許の高校生に無茶言わないで下さいっ!!」

 ハンドルを握り締め、前傾姿勢で半泣きのおキヌが抗議する。しかし、視線は前から逸らせない。車は走っていないが、所々に放置された自転車とか車とかがあるため全く気の抜けない状況に陥っているのだから。

「ごめん、俺GS免許ぐらいしか持ってないからっ!」

「そーいう問題じゃないですぅぅぅっ!!」

 どこか的の外れた答えを返す忠夫に、涙混じりの絶叫で突っ込むおキヌ。思わず視線も前から逸れた。

「おキヌちゃん、前っ!」

「え、きゃぁぁああっ?!」

 慌てて視線を戻したおキヌの目に写ったのは、半分だけ店先の駐車場から道路にはみ出して停められているバイクであった。
 ぎゅ、と目を瞑ったおキヌの体が、ふわりと持ち上げられて宙を舞った。
 足元から響く、豪快な金属音と何かが砕けたような音。
 目を開けば、再び忠夫に抱えられて腕の中。何故か安心してしまったおキヌに、忠夫は真剣な表情で声をかけた。

「おキヌちゃん」

「は、はいっ?!」

 忠夫は、おキヌの後ろを指差した。其処にあるのは、何処にでもある小型の大衆車。

「もう一回。次はがんばろうっ!」

「も、もーいやですぅぅぅっ!!」

 残念ながら、聞き届けられなかった。


――同時刻、氷室神社地下洞穴。

「お連れしたっすよー!」

「おお、美神殿! お早いお付きで・・・!」

 新米の山の神が、不機嫌さを隠そうともしていない様子の美神を連れて来ていた。難しい顔で光で編まれた地図を眺め、時折なにかを口ずさんでは指を動かしていた道士は、明るい表情と共に迎え入れる。

「・・・で、ドライブ中の人をいきなり呼びつけといて、何の用よ?」

「え? 美神さんさっきまで車を停めて双眼鏡のぞ――」

 空気が裂けた。道士の目には、そう見えた。次の瞬間には、地面にずたぼろになって転がる一応神様なお方の姿。道士は、背中を走る嫌な予感を集団で感じていたりする。

「こ・・・こちらへ。詳しい説明をいたしますので、どうか」

「・・・別にいーけど」

 二人とも、地面に転がる山の神には一顧だにくれていない。道士としては危険に自分から近づきたくなどは無いし、美神としても口は災いの元と言う言葉を知らない奴には手加減するつもりは無い。最も、その影響を一番受ける奴の耐久、回復能力が高すぎて、そいつを基準にされた山の神は暫く復活しそうに無いが。

「これは?」

「この地の見取り図と、現在張られている結界の状態です」

 美神は眉根を寄せる。地図の中心に示されているのはどうやら現在地、氷室神社のようである。それを中心として、半球をかぶせたような形の光が地図の殆どを覆い、その回りに僅かな赤い光が点滅している。
 どうやら、何かを目的とした結界のようである。――と言うよりも、この場に居る面子からするとおキヌに関連した者である事は間違いないことは分かる。
 しかし、今美神の目の前にある半球には、巨大な亀裂が入っていた。時折、其処に向かって吸い込まれていく幾つかの赤い点が見える。

「破れてる・・・おキヌちゃんとあの馬鹿がいきなり消えた事と関係あるの?」

「・・・見てたんですか?」

「「・・・・・・・・・」」

 不自然な、異様に不自然な沈黙がわだかまる。たっぷり1分はフリーズした美神は、冷静な表情で言葉を続けた。

「あた、あた、あたしがそんな事するわけ無いでしょうが」

「いや、だって今――」

 動揺していた。表情は余裕の態を取り繕っているが、この上なく動揺していた。迂闊にも突っ込んだ台詞を吐いた道士に、殺気の篭りまくった視線がぶつけられる。

「さて、この結界ですが」

「・・・ず、ずるいっす」

「世間を渡るには、これくらいの処世術が必要なのですよ。人生経験の差ですな」

 すかさず話題を戻した道士の背中に、漸く言葉を搾り出した山の神の声がかけられた。そちらを一瞥さえせずに、道士は冷静に答える。しかし、その肩が僅かに強張っている事を本人だけが知っていたりする。

「・・・現在は、隔離・偽装結界として動いています。隔離されているのは、数を数える事すら馬鹿らしいほどの悪霊と」

 道士は、目を瞑り祈るように。

「おキヌ。そして、横島忠夫と言う名の青年です」

「――どう言うことかしら? 事と次第によれば、いくら貴方でも容赦しないわよ」

 美神は、己の霊力を高め始める。それは、己の親しき者を危険に曝した故の怒りか。それとも、裏切られたと言う疑いからの反動か。
 腰に下げた神通棍に手を伸ばす美神の背後から、山の神の必死な声が聞こえた。

「ま、待って下さいっ! 誤解っすよ! ほら、道士さんもちゃんと説明しないと・・・!」

「いや、これは間違い無く私の失策です。責は、私にある」

 美神と道士の間に割り込んだ山の神は、美神の殺気に当てられながらも冷や汗だらだらで説得する。しかし道士は目を瞑ったまま肯定とも取れる事を言うし、美神はとうとう取り出した神通棍に霊力を流し込み始めた。

「良いから・・・! さっさと説明しなさい! 詳しく! 正確に! さもないと本気で吹っ飛ばすわよっ?!」

「・・・ええ、勿論」

 ぎりぎりと歯を食いしばる音さえ聞こえそうな形相の美神。道士は、そんな彼女の目をしっかと見つめると、再び地図へと手を振る。其処には、赤い光の点で浸食されつつある半球内部の図と、その内部で侵食されていない部分との境界線を動き回る二つの蒼い点があった。

「これは、そちらの山の神殿の手助けによって創られた「もう一つの世界」。・・・「迷い家」と言う物をご存知ですかな?」

「・・・山の中で迷った人が、偶然と幸運によって見つけ出す家、でしょ。その家の中にあるものを一つだけ持ち帰れて、それは持ち主に富や幸運を授ける。でも、その家は二度と見つからない、いえ、見つける事ができない」

 道士は、その美神の言葉に頷きを返す。大筋で合っていると言う事を前置きし、道士が語ったその仕組み。

 迷い家は、この世の空間とは別の場所にあり、其処に迷い込んだ者がその家に辿り着く。
 その、別の空間を創りだす術を、山の神と共同で改良し、もしもの時には使用するつもりで作り上げた。

 目的は、勿論おキヌの保護の為。

 おキヌの魂と、その肉体の繋がりは、薄い。原因は未だ持って不明である。しかし、現実問題として、その繋がりの薄さが一つの現象を引き起こしつつあった。
 おキヌの肉体を狙って、悪霊達が蠢き始めていたのだ。

「始めは、些細な事でした。おキヌの後を、意識も自我も失いつつある悪霊が、何体か追っていたと言う事。それ自体は、大した事ではありません。幸いにも、この町は充分に霊的保護を行なえる環境にありましたから」

 氷室神社に連なる者としての名、氷室キヌ。それだけでも僅かとは言え護りの力を持つ。そして、本人の持つ霊的資質。なにより、この神社に祭られている神の護りを受けているという事。

「切欠は、姫がこの地を離れた事。護りの力も、加護の力も減少し、そこを漬け込まれました」

 悪霊が、集団でおキヌに襲いかかろうとしていたのだと。幸いにも神社の結界にて守りきる事が可能なレベルであり、また深夜と言う事もありおキヌには気付かれずに済んでいた。
 それが、幾度となく繰り返され、その度に襲いくる悪霊の数が増え、困った道士は知り合い出会った山の神に相談し、おキヌの為に、と協力を依頼したのだ。

「結界自体は上手く行ったんす。地脈の力を応用して、ここだけじゃなく他の山の神にも協力をお願いして、それまでに無い強力な結界ができたんすけど・・・」

「・・・強力すぎたのね。霊的な物を、全部通さない程に」

 それは、地脈の力さえも塞ぎかねない物となった。地脈の力を利用した結界が、地脈の力を塞き止める。本末転倒も良い所である。しかし、おキヌに危険は迫っている。その為、地脈の力を受け止める事が可能なレベルまで落とさなければならなかった。

 そして、「迷い家」を参考にした結界の再構築。時間は少なく、余裕も無い。しかし、何とか目途が立ち、試験的に動かす前に。

「結界が、破られました」

「予想よりも遥かに早く、大量に悪霊が集まったんす」

 このままでは、おキヌが危ない。二人は、止むを得ず、その結界を発動させた。
 隔離・偽装。この世とは別の世界を限定的にとは言え創りだし、そしてその場に現実世界そっくりの環境を作り上げる。悪霊達は、己がそれに囚われた事にさえ気がつかない筈であった。二人は、時間を稼ぎ出せた事に安堵の息をついていた。


 ・・・発動と同時に、おキヌと忠夫が捕らえられるという事態が発生するという、イレギュラーが起こるまでは。


「・・・まぁ、300年前とは人の数が違いすぎるし、生まれる悪霊の数も桁違いになってる事が予想出来なかったのはわかるわ。それに、山の神といっても成り立て。そーいった方面の知識、まだまだでしょ?」

「・・・すまない。私の失策です」

「恥ずかしながらっす」

 美神は、呆れた様に二人を眺める。大の男が揃って落ち込んでいる様は中々にうっとおしいものが有るが、それは置いといて。今は、もっと重要な事が、ある。

「中に入れるの?」

「ええ。入り口は確保して――まさかっ?!」

「無茶っすよ! 今、あの中にどれだけの悪霊が――」

「うるっさいっ!!」

 美神の怒号が、洞窟の中に響き渡る。その瞳は、不安と焦燥に揺れている。

「いい? 今、あの二人が、私の事務所の所員達が危ない目にあってるの! ・・・横島君だけならそんなに心配はしないけど、おキヌちゃんも居るのよ?! さっさと入り口を開けなさいっ!!」

 それは、あまりにも美神らしくない。超一流と謳われるGS美神令子。彼女は、須らく勝算を見出してから勝負に挑む。それは、すなわち戦略的に体勢を整えてから挑むと言う事。
 それを疎かにするものに、勝利の女神が微笑みつづける事は無い。それを、良く知っている女性である。
 しかし、同時に、なによりも美神らしくも、ある。

 焦りも露に道士に詰め寄る美神。しかし、道士は首を振る。

「まだだ。まだその時ではない」

「その時って何時よ?! 今! あの二人が! 横島君が! おキヌちゃんが! 危険な目にあってるんでしょうがっ!!」

 道士の胸倉を掴み上げ、美神は必死に迫る。

 美神の後ろから、どこか聞きなれた響きの声が聞こえたのは、その直後であった。


「――すまぬ、遅れたわ」

「・・・どうやら、その時のようですな。運は、此方に向いているようだ」

「・・・え? 貴方――」


「次、次は俺の番だっておキヌちゃん!」

「いーえ。だって横島さんもう3台も壊しちゃってるじゃないですか」

「おキヌちゃんだってそれ5台目だろ?」

 その頃のお二人さんは、自動車の運転席のドアノブを二人で握って楽しげに言い合っていた。題目、「どちらが今度は運転するか」。
 相変わらず辺りは太陽の光も無く、二人の背後には怪しい影がうろうろとしているのが見える。しかし、運転の楽しさを知り始めた二人にとってはあんまり関係なかったりする。

「「じゃーんけーん」」

 暫く沈黙と共に楽しげに睨み合っていた二人は、おもむろに拳を持ち上げ掛け声を上げる。

「「ぽんっ!」」

「きゃー! 私の勝ちですねー!」

「あう」

 忠夫、チョキ。おキヌ、グー。実に嬉しそうな表情で運転席に飛び乗ったおキヌの前を、肩を落とした忠夫が車の前を回って助手席に乗り込む。既に石が種切れなため、既に事故った時の脱出装置くらいしかやる事が無い。

「いっきますよー!」

「おーう」

「えいっ!!」

 二人の当初の目的は何処へやら。何時の間にか真夜中のドライブへと変わっていたり。
 いっきに底まで踏み切られたアクセルに答え、真っ赤な屋根の無いオープンカーは、蹴飛ばされたように夜の道を加速していった。


――結界の内部に悪霊が満ち渡るまで、後12時間。


―――アトガキッポイナニカ―――
はいすいませんmaisenでございます^^
というわけで月に吼える、第二部第拾九話、此処にお送りさせていただきます。

ネタはある。気力もある。・・・時間が無いー!

レス返しー。

拓坊様>こーいう雰囲気も好きなんですがどうでしょーか。霊団騒ぎ、被害は小さくなりましたが、代わりに危険度大幅アップと言う事で(爆

ヴァイゼ様>そりゃもう足と体力には自信ありな彼ですから。 楽しんでいただければ幸いです^^ 突発過ぎてと言うよりも、あのような状況は流石に予測できなかったんでは、と思います。道士消滅してましたしねー。 ええ、3度目ですwしかしまぁ、人間慣れるモンですからw 

k82様>そりゃもう加護バリバリでっせw 自分の考えで自分を縛った典型的な例です(マテ 逃げる事に必死で気が付かなかったと言う事で一つ。それに、通常時では他の人狼に比べると鈍い方ですからねー。 相変わらず不幸ですw ・・・怖いなぁ、シロタマ(爆

内海一弘様>あっちが出ればこっちが挽回。そんなんばっかりでございますw 姫様が居ればそもそも襲われてませんからねーw

ト小様>ええと、どっちを信じればよいのやらw 縁結びと言うか、家内安全と子宝?(爆 きっとそれは無理でしょう。ええw それがお約束と言う物ですからしてw 某数学者・・・誰だったかなー。うーん?

柳野雫様>ええ、そのうち弾丸くらいは避けられるかもしれませんなーw ちょくちょく行ってます。その度に美神にシバかれてます。 ・・・人生苦有れば苦もあるさ(爆 忠夫君・・・活躍できるといいなぁw 

偽バルタン様>緊張でいっぱいいっぱい。そんな時でもおキヌちゃんは可愛いと思います(爆 ・・・怖いですなー、えらく怖いですなーw

法師陰陽師様>ニヤニヤしていただければ幸いです^^ 心配・・・とは言え、あれです。自分で言うのもなんですが、これは「月に吼える」ですからしてw 地味に凄いです。地味に。地味です(マテ

桜月様>きっとその神々しさは他の人には威圧感とかオーラとかで感じられた事でしょう。ええ、多分(爆 初々しさと言う物を考えてみました。遠い記憶でした。orz ヒャクメの耐性・・・さあ?どーなんでしょうねーw

シヴァやん様>この時点、この状況でしかできませんw とは言えブラインドデートでも可能ですが。これがやりたかった為に消えたと言うw コンクリでもあれですよ?5Mですよ?凄いですよ?(爆

緋皇様>ええ、甘々と言うものを狙ってみました。できるだけストレートに。美神さんとはある意味対照的、ある意味同じ穴の狢w あの辺にはあれです、ばれなきゃいいんですよ?(マテ 成る程、仰け反ってかわすんですなw

黒覆面(赤)様>ええ。有り余るエネルギーを無駄に、若しくは間違った方向に全力投球。そーいうもんです(爆 はっはっは。美神さんも来てましたー! 何故かって? そりゃ勿論おキヌちゃんの事と助手の行動パターンが(パーン( ゜д゜)・∵. ) 

masa様>落ち着いてくださいw微妙に壊れてまっせw とは言えそこまで言って頂けると嬉しくてもう何がなにやら^^ 

トミG〜様>それ言ってたら川を渡ってた可能性もありますなw 結果としてそうなっていると言う事実はいかんとも否定し難くまた彼もそれはそれは必死な訳でありまして(マテ 少なくとも職員室にはありそうですな、似顔絵w 異彩・・・放ちまくりですがお子様方には大人気なので問題無しw ・・・小さい町にそんな予算なんて(パーン( ゜д゜)・∵. ) まず、外人まっちょめんを思い浮かべてください。次に適当に笑顔でポーズしてもらってください。それです(爆


しゅーりょー。

はてさてとは言え未だ起承転結「承」の部分。転では何が起こるやら。次のお話も楽しんでいただけるように頑張りますので――面白いと思っていただければ、それが一番嬉しいです^^ノシ

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