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▽レス始

「ただ、それだけ(GS)」

のりまさ (2005-11-26 18:57/2005-11-26 20:02)

「美神さん! 給料上げてください!」


 ある昼下がり、横島忠夫は自分の上司である美神令子に突然こんなことを言った。ちょうどおキヌちゃんやシロタマは出かけており、賃金値上げ要求をするにはちょうどよかった。


「却下!」


 だがとっても素早くその案は却下される。いつもならここですぐ引き下がる横島であったが、今日はそういうわけにはいかない。彼にも事情があった。


「美神さん、そんなこと言わずに……せめて最低賃金ぐらいは」


「何言ってんの。あんたは私の丁稚なのよ! 時給500円に上げてあげただけでも感謝しなさいよ!」


「美神さん! 俺はGSの勉強だって始めました。知識も美神さんには遠く及ばないけど、それでも確実に吸収しています。最近はセクハラだってしてないし、除霊だって大きなミスはしてません。美神さんから見ればそりゃまだまだ甘いとは思いますけど、簡単な除霊なら一人でだって出来るようになりました」


 確かに最近の横島は頑張っている。高校卒業を間近に控えて進路をGS一本に絞ろうと決めてから大嫌いな勉強も少しずつだが始めたし、セクハラも少なくとも美人の依頼人を見ただけで飛びつくようなこともなくなった。そして実際、横島のGSとしての実力はかなり上がってきていた。戦闘という一点のみにおいては少し前から美神を上回っていたものの、知識があまりにもないためGSとしての能力は三流だったが、最近ではその欠点も徐々にだが補われてきている。

 もちろんまだまだGSとしては実力不足にもほどがあるが、少なくとも助手としてならかなりの実力が彼に備わり始めていた。


「…………」


「俺はもうただの荷物持ちでも丁稚でもないです。お願いです、給料を上げてください!」


 横島が急にこんなことを言い出すのにはわけがあった。今はまだ賃金が低くてもわずかとはいえ両親の仕送りがあるおかげでなんとかやりくりできたが、高校を卒業すればそれもなくなる。大学へ進学するならば仕送りも続いていたかもしれないが、GSとなると決めた以上卒業すれば社会人であるため、両親は仕送りを当然止めるだろう。これでは生活ができない。
 横島は美神に確かにそう説明した。


「だから、もう今のままの給料じゃ駄目なんです。お願いです、給料を……」


「却下って言ってるでしょ! あんたは私の丁稚なんだから、あんたが私に尽くすのは当たり前なの!」


「美神さん!」


 さすがにこれにはかちんときた横島が美神の手を掴むと、美神はその手を振り払い、


「うっさいわね! 丁稚のくせに、これ以上なんか言うなら、もうあんたなんかクビよ、クビ!」


 そして早足で事務所を出て行ってしまい、後には呆然とした横島た立っていた。


 どうしてだ? あの人はあんなにも人の話が分からない人じゃないはずだ。


 いくら傲慢に振舞っていても、最後の最後には優しいところを見せるのが美神令子という人物だった。少なくとも自分はそう思っていた。だから今回の賃金要求もきちんと事情を話し法外な金額を要求しなければきっと分かってくれると、そう思っていた。

 なのに現実は美神は賃金上げを容認するどころか却下し、その上クビだと言い渡された。なぜこうなったのか分からないが、だがこのままでは確実に美神との縁は切れる。それを想像して横島は震えた。


 俺はただ認めてもらいたかっただけなのに。


 美神令子は間違いなく世界最高クラスのGSだ。豊富な知識と古今東西のあらゆるオカルトアイテムを使いこなす戦闘技術、そしてピンチにおいても逆転方法を考え付く頭脳。そんな美神に横島は憧れていた。“女”としての部分以外でも。

 そして美神はお金に価値を見出す女性だ。別に自分の価値が金だけで全て決まると思ってないが、美神に低賃金で雇われているということは少なくとも美神にはそういう価値と判断されているということだ。
確かに昔の自分にはその程度の価値しかなかったと思う。霊能力のなかった自分には荷物持ちしかできることはなかったし、悪霊や妖怪を前にして美神を置いて逃げたり、時には自分の欲望のために美神を差し出しそうとしたことすらもあった。

 だが今の自分は違う。霊能力を身につけた。戦う力を手に入れた。知識だって十分ではないにしろ、最低限のものは身になりつつある。危険な時に逃げ腰なのは相変わらずだが、事務所のみんながピンチの時には決して逃げたりなどしない。

 自分は成長したと思った。そしてその成長をGSとしては理想である美神令子に証明して、認めて欲しかった。


 ただ、それだけ。


「はあはあ、どこにいるんだよ……」


 その辺を一通り走り回ってから、横島は自分の能力がどんなものか思い出した。文珠を手の平に作り出すと『探』『索』と念じて、発動させる。


「……こっちか?」


 文珠が示す方向へ横島は駆け出した。五分も走ると、視線の先に見慣れた亜麻色の髪を揺れていることに気付いた。


「美神さん!」


 横島はその肩を掴むと美神を振り向かせた。


 びくっとして振り向いた彼女は――泣いていた。


 美神は流れ出る涙を拭きもせず、街中を歩いていた。何人かが不思議そうに彼女を見るが、美神はまったく気にしなかった。


 悲しかった。ただただ悲しかった。

 素直になれない自分が。

 自分から彼を突き放そうとしてしまった自分が。

 彼がいつしか賃金上げを要求してくるのは分かっていた。そもそも今の賃金自体が以上なのだから。

 彼がいつかそうするのが分かっていながら、だけど美神はそれを恐れ顔を背けていた。

 認めたくはなかった。彼が成長しているのを。


「美神さん!」


 思考に夢中になっていた美神の肩に、横島の手が置かれた。そしてそのまま彼の方を振り向かせられる。美神は急なことに驚いて涙を拭くことも出来なかった。


「美神……さん?」


 横島は美神が泣いていることに軽く動揺した。傲慢を絵に描いたような彼女が、まるで少女のように泣くことが想像できなかったから。美神も突然のことにどうすればよいのか分からず、ただ呆然と横島を見つめていた。

 そして少し経つと美神は状況を理解し、顔を赤く染めて口を開いた。


「なによ! あんたはクビだって言ったでしょ! 今更何の用よ!」


「美神さん、聞いてください! 俺は……」


「うるさいうるさい! あんたが悪いのよ! 丁稚の癖に、生意気言って!」


「美神さ……」


 美神は横島の襟首を掴むと、横島を睨んだ。涙目のまま。その瞳に横島は自分が吸い込まれるような感覚を覚える。


「何にもできない丁稚のくせに、丁稚だったくせに、私を見返すために教えてもない霊能を勝手に覚えちゃって! 私を助けるために勝手に強くなっちゃって!」


 横島が霊能力を覚え始めたのは彼がGS資格試験を受験した時だった。当時どうせすぐ落ちるだろうと思われていた彼は周囲の予想を裏切り勝ち進んだ。だがメドーサの部下と思われる雪乃丞との試合ではさすがに運だけでは勝てないと思い、棄権を進めた。雪乃丞の実力は本物だったし、メドーサの部下の目星はほとんと付いていたため今更彼が戦う理由も少なかった。

 だが彼は逃げずに、怖がりながらも立ち向かい、雪乃丞と互角に戦った。


 ピートの敵を取るため、そしてただ、美神を見返したいという、それだけで。


 次に彼は香港で栄光の手を覚えた。勘九朗の罠で不覚にも捕まった美神を助けるために、大してあるわけでもない勇気を振り絞ることで。

 そして彼はゾンビの群れを薙ぎ払い、美神を助けた。


 ただ、美神を助けたいという思い、それだけで。


「私の側で立ちたいなんてそんな理由であんな辛い、死ぬかもしれない修行をして!」


 魔族から狙われていた美神を助けるため、ワルキューレは彼女の元へ派遣された。ワルキューレは美神の側にいた横島を役立たずと認識し、彼を美神の元から遠ざけた。実際当時の彼の実力は魔族相手では足手まとい以外の何者でもなかった。だが横島が雪乃丞とともに妙神山で修行することを決意する。そして今まで誰一人受けたこともない修行をして文珠という能力を得た。


 そして美神を狙う魔族を倒すキーとなった。


 ただ美神の側に立ちたい、助手ではなく戦友になりたいという、ただそれだけで。


「そしてあんなに強くなって! 私よりも強くなっちゃって!」


 そして彼はいつしか美神を力だけなら超えた。力だけなら彼は最強のGSとなっていた。


「だけどそれは……、私のためじゃなくて……」


 だがそれは、美神のためでなく一匹の蛍のためだった。


 彼は初めて美神のため以外で強くなろうと決意したのだ。


「そして最後には、魔神なんか倒しちゃって……」


 認めたくなかった。


 横島が自分以外の誰かのため強くなろうと思ったことを。


 嫉妬だった。


 横島にそのような決意を自分以外にさせたものがいるということへの。


 だから今、横島がどんどん成長していくことも認めたくなかった。なのに横島は賃金を上げろと要求してきた。金が己の価値観である自分にとって、それは横島の成長を認めるということ。だから横島の賃金を上げることは容認できなかった。


 ただ、それだけ。


「ねえ、美神さん」


 とりあえず口を開いてはみたものの。横島はこの泣いている美神に何を言えばいいのか分からなかった。だけど何か言わなければならない。


 更に無言の時間が経った後、横島は考えを纏めて言った。結局自分の本心を言うしかない。
 
 美神の肩がびくりと震えた。


「俺はさ、馬鹿だからどうすれば美神さんに認めてもらえるか分からなかったんす。だからただ賃金を上げて貰えれば認めてもらったことになるかなって。だから賃金を上げて欲しかったんです」


美神は何も言わない。ただ俯くのみ。


「そして言って欲しかったんす。『あなたは美神令子の隣に立てる男だって』」


 顔を、上げた。


「ずっと美神さんの『隣』に立ちたかった。『側』ではなく『隣』に」


 『側』は多くの人がいる場所。美神の『側』には多くの人がいる。横島はもちろんおキヌちゃんに、シロタマ、西条や母である美神美智恵、GS資格試験からの友人である冥子やエミ、師匠である唐巣神父。彼女の、人の『側』には多くの人がいるものだ。

 だけど、人の『隣』には一人しかいない。そこに横島は立ちたかった。『側』でなく『隣』に、大勢の一人ではなくただ一人に。


自身の尊敬する偉大なるGS、美神令子の『隣』に。


「だから、さ。クビになんてしないで……欲しいかなあ……って」


 泣いている美神の前だから格好付けてみたが、その割には途中で尻すぼみになる横島。今まで考えていたことを思い切って言ってみたが、よく考えればかなり大それたことを言っている。もしかしたら生意気なことを言ったと思われてぶたれるかも――内心そんなことを考えていた。


「横島くん」


「は、はいっ!?」


 美神がゆっくりと口を開く。だがそこに先ほどまでのような険しさはない。


「時給、上げてあげるわ」


「へっ、本当っすか!?」


 ぶたれる上にやっぱりクビのままかも、っと思っていた横島は美神の言葉を意外に思った。よく見れば美神の顔はさっきまでのような泣き顔でなく、いつもの大胆不敵な顔をしている。


「ただし、この私の『隣』に立つっていう覚悟があるんだから、もっと勉強しなさいよ! そしてせめて世界NO・2のGSと言われるぐらいには強くなりなさい! いいわね?」


「げっ!? NO・2っすか? さ、さすがにそれは無理かも……」


 簡単なことだった。


「泣き言言わないの!」


 自分は横島に『隣』にいて欲しい。


「うう……。それでどれぐらい上げてくれるんすか、時給?」


 そして横島は自分の『隣』に立ちたい。


「そうねえ、じゃあ時給600円は?」


 なんだ悩むことなどないではないか。彼は今、自分の『隣』に立つために強くなろうとしている。自分に認めて欲しくて強くなろうとしている。その嬉しさに比べたら、嫉妬など簡単に消え去ってしまう!


「上がったの100円だけじゃないすか! せめてコンビニの時給ぐらいには……」


 別に愛の告白をしたわけではない。されたわけでもない。だけど、この時、二人は確実に繋がっていた。


「ま、その辺は後で考えましょ。さ、帰るわよ」


 美神はそっと、自然に横島の手を引いた。もっとも美神がそう思っただけで横島はとても不自然に見えたわけだけど。


「み、美神さんが俺に優しくしてくれた上に、手まで……これは愛の告白と受けとっていいんですね! 美神さー、ヘブ!」


 美神令子は思い、そして願う。自分たちが今後どうなるかは分からない。恋愛関係になるかもしれないし師弟のままで終わるかもしれない。もしかしたら今日みたいにすれ違うこともあるかもしれない。


「街中で抱きつくんじゃないー!」


 だけど今は、千年前に魔神によって失ったこの大きくも温かい手を、


「やっぱあんた当分時給250円ね」


 この手を離さない。離したくない。


「前より下がってる!? つーか最初期じゃないすか!」


 ただ、それだけ。


 お、終わるわよ、もう!


あとがき
 なんとなく全編シリアスに挑戦。なんか書いている途中で支離滅裂になったような気もしますし、よく見たらえらく短い上に展開がえらく急ですな。まあ生暖かい目で見てやってください。
 なんか最近私が作者というだけでオチで何かあると分かる人がいらっしゃるようです。それはそれで嬉しいんですがなんか口惜しいので、今回は特に捻りもなんもありません。唯一捻ったといえば前半アンチ美神っぽくしたところでしょうか?

 あと前回の「強者」ですが、テストやレポートがなんか連続であったりでレス返しがなかなかできなくて申し訳ございません。今からしてまいりますので。

 ではこの辺で。


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