敵と相対するとき、すべき事は二つしかないと思う。
一つは、己の優位性を増強する事。
もう一つは、相手の優位性を潰す事。
そんな訳で、料理の練習を始めてみた。
メニューはとりあえずカレーライス。基本だと、横島が言っていた。
意外だが、横島は料理が出来る。飯盒でご飯を炊いたり魚を捌いたりとかも出来るとか。
美神に密林や山中に置き去りにされた時に学んだらしい。どうせセクハラでもしたのだろう。
とりあえず、レシピ通りに調理を始める。こう見えても器用な方だ、包丁くらい使える。知識は無いが。
横島曰く、最初はレシピに従うことが肝心なんだそうだ。素人はすぐに余計なことをして失敗する。
レシピ通りに作るのは決して悪いことではない。そもそも、手間と質を両立させるためにプロが試行錯誤し、その末に生まれたのがレシピなのだ。
そこに素人の浅知恵が入り込む余地などあるはずが無い。
成る程、納得である。
ここでギャグキャラやドジっ娘ならば焦がしたり爆発させたりしてしまう所だが、幸い自分はどちらでもなかったらしくあっさり完成。
・・・・・うん、美味しい。初めてにしては上出来だと思う。これは今日の夕食にしよう。
暇になってしまった。
横島は今日は夜まで帰らない。先日提出出来なかった課題のせいで補習を受ける羽目になったらしい。
だから、今日はもうしばらくは一人だ。
それにしても、こんな事であの女に勝てるのだろうか?
先日食べた彼女の料理は、本当に美味しかった。悔しいが自分があそこまでの腕に達するにはかなりの時間が必要だろう。
とりあえず今のところは、『料理が出来る』という事実を作ることが出来た、という事だけで満足しておこう。
あくまでこれは料理を理由にこの部屋へとやってくる彼女へのけん制なのだ、うん。
手持ち無沙汰になり、大して散らかっていないが部屋の掃除を始める。決して家捜しをしている訳ではありません。
おや? 先日はあった場所に大人向けの絵本が無い。自分に見つかり、流石に隠し場所を変えたようだ。
だが。横島の考えている事などお見通しだ。
別の場所であっさり発見。本当に隠す気があるのだろうか?
・・・そう言えば、前回は表紙の女性に気を取られて中身までは見なかった。
見てみようか?でも、わざわざ隠してあるものを見るのも悪趣味では?
(いいじゃないかい、へるもんじゃなし。元に戻しときゃバレやしないよ)
ミニスカの悪魔がささやく。
(そ、そういうのはいけないと思います!不純です!)
角の生えた天使がささやく。
(ちょっと見るだけさ。大体、こんなにあっさり見つかるとこに置いとく方が悪いのさ)
(ダメです!人が隠しているものは見なかった事にしてあげるべきです、それが優しさです!)
(なんだい、いい子ぶっちゃって。あんたも実は興味あるんじゃないのかい?)
(そんなこと・・・た、確かに興味が無いわけじゃないですけど・・・)
(なら見ておしまいよ、知識を深めることはオンナとしても大事だよ?)
(そ、そうですね・・・・じゃあ、ちょっとだけなら・・・・)
凄かった。自分が今までしたことなんて子供のお遊びだ。
大体、あんな場所であんな事をするのは明らかに間違っているのではないだろうか?本来の用途を逸脱している。
だが、自分が持っている知識は週刊誌やおキヌちゃん所有のレディースコミックで得たものがほとんどだ。
女性向けのものばかり。偏りがあることは否めない。
ならば、男性向けの書籍からの知識収集も必要だろう、間違いない。
しかし、自分にこんな事が出来るだろうか?
・・・・・・・・・無理だ。絶対に無理だ。物理的に明らかに不可能だ。でも、横島はこういう事をして欲しいのだろうか?
せめて後3年ほど待って欲しいのだが・・・・。
まぁ、自分に出来ないことを考えても仕方が無い。今見たものの事はとりあえず忘れよう、うん。
今回は本は元通りに。
・・・・なんか目に付く場所に置いておくとおかしな事を考えてしまいそうなので。
ん?本棚の裏で何か光ったような。・・・・届かない。玄関から持ってきた靴ベラでもう一回。
出てきたのは、見慣れた瑠璃色のビー玉。文殊だ。既に文字がこめてある。
「・・・・・『焼』?」
おそらく戦闘用。物騒な、こんな所に置いておくな。まだあるのでは無いだろうか?
案の定、もう一個タンスの裏から発見。
『肉』
「・・・・・・・・・」
そういえば、以前「焼肉が腹いっぱい食べたい」などと言っていたような。
しかし、これで焼肉が作れるのだろうか?使った瞬間自分が丸焼き、なんて可能性も否定できない。
おそらく、横島もそれに気づいたのだろう。だが、諦めることも出来ずにこうして取ってある。
・・・・・今度自分からも美神に昇給を頼んでみようか?それとなく。横島があまりにも哀れだった。
それにしても、横島は現状に不満は無いのだろうか?
彼の受け取っている給料は明らかに彼の能力に釣り合っていない。別の口を捜すなり独立するなりすれば、今の軽く数百倍に及ぶ給料を得ることも可能だろう。
美神の母親などは再三にわたって彼の待遇改善を娘に命じているらしい。これは親切心ではなく、恐らく娘の婿に迎えようとでも画策しているのだろう。おのれ小癪な。
しかし、強力な霊能を持ち、美神の言動に耐えられる横島は非常に稀有な人材であると言わざるを得ない。
何より、彼は霊能者『横島』としては初代に当たる。先祖に霊能者がいたかどうかは定かではないが、少なくとも両親は霊能者ではない。
これは美神家に限らず、多くの霊能家にとって重要なことである。自分たちの一族が吸収されること無く、強力な霊能者の血を取り込むことが出来るからだ。
実際、事務所のほうに縁談の申し込みのようなものもちょくちょく来ているらしい。おキヌちゃんが鼻歌を歌いながらお見合い写真をシュレッダーで裁断しているのを見たことがある。
・・・・・敵に回すと恐ろしいが、味方だと心強いヒトだ。
実に不服だが、世間一般では現在、横島は美神一族の所有物という事になっているらしい。美神家を通さねば横島に接触してはならないという暗黙の了解があるのだ。
だが、それでも横島本人に直接コンタクトを取ろうとする人間は後を絶たない。
そういう人間には、自分が丁重にお帰り頂いている。自分の能力をみだりに使うべきではないことは理解しているが、この場合は仕方が無いのだ。
それに、有能な霊能者を生み出したいなら自分以上の相手などいるものか。過去、自分の同属が産んだ霊能者は、強力な魑魅魍魎が跋扈した当時においても最強クラスの陰陽師であった。
現在においてもその名は広く知られている。だから安心して自分に任せるといい。
と。自分のどう考えても未成熟な身体を見下ろす。
「・・・・・・・・・」
いや、やっぱり子供を生むにはちょっと早いような。こちらも出来れば後3年ほど待って欲しいです、はい。
気を取り直して家捜しを続行。・・・・・痛。何かを踏んづけた。拾う。
「・・・・・鍵、かな?」
家の鍵とは明らかに違う特殊な形状・・・・・・思い出した。これは自転車の鍵だ。
横島の所有物の中で間違いなく最高額を誇るものが、美神からあくまで業務上の備品(と本人は言っているが、渡した日が彼の誕生日だった事を自分は知っている)として支給されたロードレーサーである。
流石にバカ犬との散歩の度に自転車を破壊してくる彼を不憫に思ったらしく、かといって散歩を禁止すればストレスから遠吠えを始めたりして迷惑極まりない為、仕方なく(と本人は言っているが、彼に自転車の鍵を渡す時の彼女の顔が真っ赤だった事を自分は見逃さなかった)支給された。
どうせなら飛び切り頑丈なものを、という事で美神による凄まじいまでのカスタムが施されている。カーボンなんとか、という恐ろしく頑丈な素材をふんだんに使用しているらしく、バカ犬との度重なる散歩にも未だに故障らしい故障を起こした事が無いと言う化け物である。
その値段はそこらの乗用車など話にならない額だとか何とか。
だが、自分は彼が以前ゴミ捨て場から拾ってきたママチャリの方が好きだ。ロードレーサーでは、荷台に乗り、横島の背中に抱きつきながら走る事が出来ないから。
・・・・・さて、そろそろ横島が帰ってくるだろう。ならば、あの台詞を言わなければ。ずっと前から言ってみたかったあの台詞。
聞きなれた足音が部屋に近づいてくる。
何となく緊張する。深呼吸を一つ。
部屋の前で足音が止まる。
よし、準備万端。いつでも来い。
ドアが開く。
「―――――おかえりなさいヨコシマ。ご飯できてるよ?」
後書き
何も無い日の彼女の話 その2でした。
今回はちょっと短いので、代わりといってはなんですが今まで書いた文章のちょっとした解説を書いてみました。
作者の主観が多分に入っていますが、ご容赦を。
暇つぶしがてらご覧下さい。
『何も無い日の彼女の話』より
“目を閉じて十字を切り”
彼女には別に信仰心はありません。
どうやら件の人物が良く使う様を見て『美神が暴れだそうとしている時に被害者の無事を祈る』
仕草だと思い込んでいるようです。
“おびただしい量の血痕の為に一週間に一度は事務室の絨毯が総取替え”
殆どの場合は普通の業者に新しい絨毯を発注し古いものは捨ててしまうのですが、
余りに惨状が酷い場合は別の業者(凄惨な殺害現場等の清掃等を請け負う専門の業者)に部屋の清掃を依頼することもあるようです。
これは以前一般の清掃業者に依頼した際苦情が来た為です。
“まるで通い妻である”
まるでというか、そのものです。男の夢ですね。
“外見とは裏腹に徹底的に鍛え上げられた肉体”
彼は特に筋力トレーニング等を行っているわけではありませんが、除霊現場で大荷物を担いで立ち回る彼の体は実戦向けの筋肉のみに非常によく絞られています。
“胸部の刺し傷のような痕”
その痕は彼の内面にも及びます。彼女により癒えつつありますが、その痕が完全に消える日は来るのでしょうか。
“「それならネーちゃんでいっぱいの日本武道館でジョニー・B・グッドをーッ!」”
彼の夢の一つ。チャック・ベリーを彼が知っていることは驚きですが、その歌詞の内容は
『田舎暮らしのギターのとびきり上手い少年と、少年のミュージシャンとしての大成を祈る母親』というもの。
『ネーちゃんでいっぱいの日本武道館』で歌うにはあまり適していないと思います。
『お姫様抱っこと彼女の話』より
“アームが根元から真っ二つにされ、滑らかな断面が覗いている”
霊力を通して物理的な干渉を行う事、ましてや斬る事など並のGSでは到底不可能なのですが、彼は大した事だとは思っていないようです。
少しは自信を持てってば。
“美神が複雑そうな顔をしている。安堵が二割、全く動けなかった自分への自責が二割、何となく気に入らないが六割”
いくつになってもお姫様抱っこは女の子の憧れなのです。
お姫様抱っこをされれば例え2○才でも女の子なのです。
羨ましかったようです。かわいらしいですね。
“以前会った横島の母親は”
彼女、以前横島の母親と会っています。流石は母親、即座に関係を感づかれたのですが、紆余曲折の末どうやら認めてもらえたようです。
“父親の方は横島と同じくバカでスケベだった。少し鬱陶しかった”
母親とは別の意味でお眼鏡に適ってしまったようです。気をつけましょう。
“シリコンか。シリコンなのか”
横島君と違って口にはしない辺り、彼女は利口です。
言いがかりだと思われますが、本物であるという証拠もまたありません。
“まるで人類の限界に挑戦するかのような形状の下着”
何の為に購入したのかは不明。その形状も不明。偶然目にしてしまった彼女は生来の勘の良さからかその事を誰にも口にしませんでした。
懸命な判断です。
“玄関を閉めたところで有無を言わさず押し倒した”
獣は素直だ・・・。その通りです。
両隣は空き家です。苦労人の少女は母親とともにもう少し広い近所のアパートへと引っ越しました。
おかげで二人は若さにモノを言わせて好き放題している様です。
“嫌よ嫌よも好きのうち”
勝手な言い分です。でもある意味事実です。女性が使う事は稀。
“『あんな事』や『こんな事』までしてしまった”
ご自由に想像して下さい。多くは語りません。うらやましいですね!
“美神じゃあるまいし”
彼女は決して美神が嫌いなわけではありません。でもああなりたいとは思わないようです。
『夕焼け公園と彼女の話』より
“馴染みの来訪者”
少々バカですが、義理人情に厚い好漢です。食い意地が張っているのが玉に瑕。
横島に全幅の信頼を置き、横島もまた彼を強く信頼しています。
“ここで少々のろけが入ったらしく横島が少し暴れた”
彼女と言うものがあるくせに、自分のことは完璧に棚上げです。それが横島忠夫。
“彼がたった一人己の好敵手として認めているのが横島忠夫である”
いつの間にかライバルにされてしまった横島。ですが、満更でもないようです。
如何なる形だとしても人に認められる事を彼はとても喜ばしく思っています。
“翌日の朝、犬の散歩をしていた老人に発見されるまで”
発見時、気が動転した老人は警察と救急両方に連絡しました。割と大事になったようです。
実際、生きているかもしれない死体を目にしたら人はどうすればいいのでしょう?
“「二連直列励起、『加』『速』ッ!」”
読んで字のごとく、加速します。『超』『加』『速』が出来ない訳では無いのですが、制御に多大な霊力を割かねばならない為、未熟ゆえ使用中は霊波刀の出力が落ちてしまい使い物になりません。
攻撃力・防御力で自分を上回る相手に速度によるかく乱戦を選択したようです。
“「魔装剛拳甲鎧ッ!!!」”
“「耐えられるかッ!? 俺の!! 天下無敵の!!! 拳にぃぃぃぃッ!!!」”
すごく硬くてすごく強いです。やりすぎました。少しも反省していません。この時の彼の容貌については皆さんのご想像にお任せします。
それで大体あってます。
“「七連直列励起ッ!!!」”
“「『我』『剣』『不』『断』『物』『皆』『無』ッ!!!!」”
脅威の七連携。これが現在の彼の限界です。文殊による概念強化で「切断力」が極限まで高められた霊波刀。
熟れたトマトも焼きたてパンも、型崩れすることなく真っ二つ。その切れ味はかの怪盗一味が一人の振るう「斬鉄剣」にすら勝るとも劣りません。
ついでに言えばコンニャクや中級神魔も斬れます。
“公衆電話で呼んだタクシー”
定年後、個人タクシーを始めた杉山さん(64)が駆る。以前は長距離トラックの運転手を勤めていた彼の運転テクニックは天下一品。
また、彼の深い人生観に基づいた語りは今日も多くの社会に疲れたサラリーマン達を癒しています。
ボロボロの「人間らしきモノ」×2を引きずった少女に対しても全く動じない心胆を持つ。
「大変だなァ・・・嬢ちゃんも」そう言ってそれ以上何も聞かない彼に彼女は古き良き日本男児の在り方を見ました。
“タクシー代はアホ(目つき悪い)のサイフから拝借した”
この後、目を覚ました彼はボロボロの癖に実に清々しい笑顔で帰っていきました。その笑顔は大変彼女のカンに障ったようです。
“これが現実である事を理解させるのに10分”
「ガバーッ」と迫って「イヤーッ」って言われて。
あれだけ繰り返せば疑心暗鬼にもなろうというものです。
“自分を好きになる女性がいるはずなど無い”
正確には、以前ただ一人だけ彼の事を好きだと明言した女性がいました。ただ一人だけ。彼にとってそれは始めての経験でした。
だからこそ無くした時の痛みも大きいのです。
・・・・・あれ?もう一人いたような?
“・・・黒い。とんでもなく黒い。自分が彼女らに横島との関係を伝えていない、否、伝えられない事を逆手に取った、かなりえげつないやり方だ”
おキヌちゃんはとてもいい娘だと思います。・・・本当ですよ?
“イシヤキイモ”
石焼き芋。美味しい。バターがあればなお良し。彼女は後に横島に教わったバター付きも大変気に入ったようです。
『何も無い日の彼女の話 その2』
“先日提出出来なかった課題のせいで補習を受ける羽目になった”
正確には課題を提出しなかった事を補習で勘弁してもらえる事になった、と言った方が正しいです。
言うまでも無く前話で尋ねてきたアホのせいです。少なくとも横島はそう思っています。
“ミニスカの悪魔”と“角の生えた天使”
いろいろと互角の二人ですが、舌戦では天使に勝ち目は無いようです。
“おキヌちゃん所有のレディースコミック”
レディースコミックと侮る無かれ。最近のこういった本、女性向けとはいえその内容はかなり凄いです。
それらを読んでいる彼女を驚愕せしめる横島君のコレクション。その内容は押して知るべし。
“おキヌちゃんが鼻歌を歌いながらお見合い写真をシュレッダーで”
いえ、本当に彼女は気立ての良い優しい女性だと思いますよ?ただちょっと黒いだけで。
ちなみに歌っていた鼻歌は『Feels like “HEAVEN”』。きっと来る~♪
“支給されたロードレーサー”
前述した通り、美神による凄まじいまでのカスタマイズが施されています。
運転者たる横島の身体能力も合わさり、ロープで引かれることなくシロとの併走が可能になりました。
これにより職質を受ける事も無くなり、横島君はとても喜んでいます。
その最高時速は70km/hにも達します。
長文失礼しました。ではまた次回。