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▽レス始

「女たちは考える(GS)」

のりまさ (2005-11-18 00:12/2005-11-18 08:10)

 美神令子は考える。
彼、横島忠夫が真面目にGSの勉強を始めたのはいつからだろうかと。いや実際に始めた時は知っている。つい一ヶ月ほど前に彼が私にオカルト本を貸して欲しいと申し出た時からだろう。だが真面目に勉強しようと考え出したのはいつからだろうか?
 思えば彼はGSであるという意識は低かった。元々GSになったのすら成り行きの駄目元であったのだから仕方ないといえば仕方なかったのかもしれないが、その後も特に知識の吸収を積極的に図ろうとは思わなかった。自分が教えようとしなかったせいというのもないわけではないが、この手の知識は自分から進んで得ようと思わなければ血肉と成りえない。自分が仮に強制して勉強させてもそれは彼の耳を簡単に通り抜け溜まるのは知識ではなくストレスだけであろう。
だがこの世界では知識は力となり、力は生きるために必須のものだ。美神自身、自分が霊力量や体力、単純な霊的戦闘で彼に劣っているのはよく理解しているが、GSとして見れば彼は自分の足元にも及ばないとも分かっている。彼には戦場で生き延びる勘や経験はあっても、知識が圧倒的に足りなかった。
結局彼は、強い人間になろうと意識は(多少なりとも)あったかもしれないが強いGSになろうという意識はなかったのだろう。それでも彼が自分のただの助手であったならそれでも良かったかもしれない。彼の足りない知識を自分が補い、自分が戦闘で及ばない敵に彼が立ち向かう、そのように支えあえばいい。そのための仲間なのだから。

 だがあの時、かの魔神によって世界の因果が乱されてかけていたあの時、彼はただの助手ではなかった。

 脇役ではなく、彼は主人公だった。

 全てを選択できる立場でありながら、だが彼は無知だった。

 そして蛍は光と共に消え、彼は慟哭した。

 知識があれば、彼には蛍が無理して笑った時に気付いてやれたかもしれない。いや、もしかしたらなんとか助けることができたのかもしれない。そもそも神魔族がある程度以上の霊気構造があれば復活できるということを知っていたのなら、蜂の攻撃の前に彼は自らの体をさらけ出さなかったかもしれない。攻撃を受けたのが蛍なら、残った霊気構造でその後復活できる可能性は多分にあったからだ。もっともそこで何も考えずにその身で彼女を庇わなければ彼だとは言えないのだが。

 あの事件の後彼が一番嘆いたのは己のあまりの不甲斐無さと、知識の無さだった。潜在的にはその時からだろう、彼が知識を求め始めたのは。

「美神さん、ちょっといくつか本を貸してくれませんかねー?」


 一ヶ月前、彼は気軽に聞いた。彼が自分の知識の無さを自覚しているのは知っていたから、私は自分にしては気前よく応じた。彼が自ら進んで知識を得たいというのならばそれは彼の師匠としては喜ばしいことだし、断る理由などない。借り賃を取ろうなどという考えはなかった、と思う。
 彼が初めに読み始めたのはとある論文で、かなり有名な教授の書いたものだった。彼は一週間でそれを読み上げると、今度はなんと自分の考えを論文調にまとめ始めた。オカルトというものはある程度認識がされたとはいえ、まだまだ分からないことは多々ある。だから素人のちょっとした思い付きでもそれが新たなる発見にも繋がることは少なくない。特にGSというのはオカルトにもっとも深い関わりのある職業だ。故に現場の声というものは貴重で、GS協会ではGSによるそれらの発表を強く奨励している。それはGSの卵である者たちの声も例外ではない。
 彼はそこでGS協会に自分の考え、研究を発表しようというらしい。彼にしては珍しく積極的で、その熱意には驚くべきものがあった。だから彼が「論文を書き上げたいのでバイトを休ませてください」と言った時は少し戸惑ったものの、条件付きでOKしてあげた。条件は彼が論文を書く時は事務所で書くこと。事務所の方が様々なオカルト本があるため勝手が良いだろうし、そうなれば彼を除霊に連れて行かなくても拘束している時間分の給料を払うことができる。自分にしては甘いと思われるかもしれないが、そういった研究、発表をするのもGSの立派な仕事の一つだ。
なにより、彼が事務所のみんなといる時間が減らない。少しの間だけとはいえ彼がいなくなればおキヌちゃんはもとより、シロも元気が無くなるだろうし、タマモもなんだかんだと言って寂しがるだろう。それでは事務所の士気が下がる。別に彼がいなくなることで私が心細いからだというわけでは決して無い。

 今日も彼は事務所の屋根裏部屋に篭って、論文を書いている。シロタマが学校から帰ってくるまで(仕事が無い時は世話するのが面倒なので最近学校に入れた)はそこで勉強し、帰ってきたら自分たちが除霊に言っている間オフィスで留守番しながらまた勉強し始める。彼が具体的に何について研究しているのかは知らないが、彼があそこまで真剣になっているのだから、彼にとってよほどの事柄を主題に挙げているのだろう。気にはなるが、まあ終わるまで待ってやろう。そして書き終われば自分が師匠の名の下に彼の論文を最初に見てやる。その時まで楽しみはとっておくべきだ。


「確か六道のおばさまのところにも古い文献があったわね」


私は偶には師匠らしいことをしてやるかと、友人の母親に電話をするために立ち上がった。


 氷室キヌは考える。
 あの少年が除霊に参加しなくてなってどれぐらい経つのだろうと。笛を吹く自分を守ってくれていた彼の背中が目の前にないことに、これほど不安を覚えるとは思わなかった。彼が抜けたことで確かに戦力はダウンしたが、だからと言っていきなり除霊に大きく影響するほどではない。彼は事務所の全員に文珠を支給してくれているし、自分の上司は彼がいないならいないで今のメンバーの力を最大限に引き出す新たな除霊方法を作り出すからだ。そして自分はその上司を彼と同じぐらい信頼しているため、そのことについて心配はしていない。
 ただ、不安なだけ。彼が自分の側にいないことに不安で、そして彼が他のことに夢中になっていることに嫉妬している、ただそれだけ。ああ、なんと醜い心だろう。彼は新たな力を得ようとし、そして前に進もうとしているのに。なのに自分はあれから一つも前に進めてはいない。
 かの蛍が彼の前から消えてから、自分は彼に近づけなかった。あくまで今まで築いてきた「仲の良い同僚」という立場から、前に進むのも後ろに進むこともできなかった。周りから見れば恋人を失ったばかりの彼に遠慮している健気な少女に映るかもしれないが、実際はそんな綺麗なものではなく、ただ彼に近づくことで彼に拒否されることを恐れているだけ。恋人を失ったところへ漬け込むような女だと思われて今いる場所さえ失いたくない、ただそれだけ。なんと弱い心だろうか。

 彼を想うようになったのはいつからだろうかとも考えたことがある。幸い、あの事件以後神魔族絡みの大きな事件はなかったし、事務所の建て直しやらなんやらであまり仕事もなく、考える時間だけはいっぱいあったから。

その気持ちを自覚し始めたのは身も知らぬ人魚(最初は人魚とは知らなかったが)が彼の隣に座っていた時。なぜか嫌な気分になった。

 もしかしたらと思ったのはとある女の子の身体に偶々乗り移った自分を、一目で自分だと分かってくれた時。心が温かさと嬉しさで満たされた。

 確信したのは死津喪比女が復活して、彼らのために自分が“本当に死ぬ”と覚悟した時。死ぬ以上に、二度と彼に会えなくなるのが怖かった。

 そしてなぜ彼を想うようになったのかも考えてもみる。

容姿は彼が思っているほど悪いとは思わないが、決して美青年ではない。もっとも“やる“と決意した時の彼は自分にはこれ以上ないほど格好良く見えるのだが。

 優しさも魅力の一つではあると思うが、普段あまり見せる人ではない。もっと紳士的な人ならいくらでもいるだろう。実際、天竜童子や幼児にされた上司に優しくしていたのもあくまでその後にある目的のための打算だったのだから。だが、彼は見せかけではない、本当に出せなければならない時に出せる優しさを持つから、魅力的なのだとも思う。

 勇気など彼には普通の人の半分もなかったと思う。彼はとても臆病で、時には上司を置いて逃げ出したりしたことすらあった。でも彼は“逃げてはならない時”には勇気を振り絞り、恋人を助けるために勝ち目のなど全くない圧倒的すぎる敵にも立ち向かった。

 GS試験に合格した時の彼は、きっと世界で最弱のGSだっただろう。なにせ霊力を自分の意志で出すことすら出来なかったのだから。しかし彼は誰かの為に戦う時、いつも己の力以上のものを出してきた。

 なんだ、自分はなぜ彼が好きか理解しているではないか。

カッコわるくて格好良く、冷たいけれど優しくて、果てしなく臆病ながらもくじけぬ勇気を持ち、誰よりも弱かったのに誰かのために強くなった。

自分は、そんな全てをひっくるめた横島忠夫が好きなのだと。

なら自分が今しなければならないことは分かる。彼が今、誰かの為に新しい力を求めるなら、自分はその応援をすればよい。自分の立場や彼がどう思うかなど関係ない。自分の想うがままに彼を支えてやればいい。前に進むのは、それからでも遅くはないだろう。幸い自分には彼にささやかながら支援できる技能がある。
そして彼の研究が終わった後は一番初めにその結果を見せてもらおう。


「横島さん、肉じゃがが食べたいって言ってたっけ」


 私は冷蔵庫に何があって何がないか確認すると、買出しをするため近くのスーパーへ出かけた。


 犬塚シロは考える。
 自分の師匠が何を思い、何のためにあれほどまでに研究に熱中しているのだろうかと。
 最初に出会った時は、あくまで敵討ちのために霊波刀を習いたかったから弟子入りしたに過ぎない。強い人間だとは思わなかった。実際超回復で戦いに向くような身体になった後は霊波刀の使い方以外は全て自分の方が上だと思った。彼は弱かった。
 だが彼は強かった。人狼である自分がアルテミスを降臨させてやっと戦いになるかどうかという相手に対し、ほとんど押しかけで弟子になった自分が危ないというだけ理由だけで生身で立ち向かったのだから。彼は弱かったかもしれないが、その根元は強かった。

 その時初めて、父以外で尊敬に値する人物がいるということを知った。

 ただ彼はあまり向上心がある人間だとは思わなかった。特に知識から強さを求めるタイプではないと思っていた。
 その彼が今なぜ鬼気迫る勢いであれほどオカルトの研究をしているのだろうか。自分がいない間に彼に何かあったというのだろうか。そのことを自分の師匠の上司や同僚の優しい少女に聞いても口を濁らせてあまり答えてはくれなかった。ただ二人は決まって顔を暗くさせて俯くだけだった。

 彼に何があったかは分からない。二人は答えてくれない以上は彼に聞くしかないのだろうが彼女たちが顔を曇らせる以上は安易にその話題に触れてはいけないのだろうとも思う。だから師匠が自分から話してくれる日を待つ決めた。無理やり聞いてやりたい気持ちももちろん多分にあったが。

 先日、久しぶりに彼に外へ誘われた。研究の実験の相手をして欲しかったらしい。もちろん自分はすぐに承諾した。ただ女狐が一緒だったのが気に食わなかったが。
 実験はただ自分と彼で戦うだけ。ルールは文珠なしで近接戦闘のみだということ。はっきり言って自分にばかり優位なルールだと思った。そしてそのルールなら自分が間違いなく勝つとも。女狐は彼の側に付いたが実際にはなんらかの幻術を彼にかけただけで、それ以外は特に戦闘には参加しなかった。
 そして戦いが始まり、一進一退の攻防。人狼である自分の方が霊力、体力共に勝っているはずだが、なんと彼はほとんど自分と互角に戦った。それだけでも驚きなのに、彼が女狐に合図して彼に幻術がかかると、途端に彼の霊力一気に上がり人狼である自分のそれを明らかに上回っていた。そして自分はその霊力を受けた巨大な霊波刀で吹っ飛ばされてしまった。これが彼の研究の成果だろうか。だとしたら一瞬であれほどの霊力を出すなど、なんと凄いことか。さすがは自分の師匠であると思った。

 だがそれ以外は、最近は彼を机に向かう後姿しか見ていない気がする。一緒に散歩に行きたいという思いもあったが、亜麻色の髪の上司に止められた。それが寂しくないといえば嘘になるが、あの勉強など嫌いそうな彼があそこまで熱心に机に向かっているのだから、あの研究をしようと始めた理由には余程のことがあったのだろう。

ならば自分のすることは師匠を困らせることではない。亜麻色の上司のようなオカルトに対する知識はないし、優しい同僚のように細かい気配りもできないが、自分にだって何か彼のためにできることは一つぐらいあるだろう。


「そういえば里に、飲むだけで眠気が吹っ飛ぶよい丸薬があったでござる」


 拙者は軽く荷物を纏めると、日帰りで帰ってくるために全力で走り出した。


 金毛白面九尾の狐、タマモは考える。
 横島忠夫は変な男だと。
 初め出会った時、自分は彼のターゲットであったというのにほとんどの躊躇なく自分を助けた。その時はまだ人間を信用できていなかったためにその後で結構酷いことをしてしまったが。普段おちゃらけてはいるが、根本は優しい人間なのだろうと思う。なぜ助けたのかと聞くと、彼は「なんとなく」と言った。馬鹿な、なんとなくで敵を助ける奴がいるかと言うと、「もっと凄い敵も助けたからなあ、俺」と自嘲気味に笑った。
 昔はセクハラばかりしていたらしいが、自分の知る限りでは嫌がる女性にそれを行ったところを見たことがない。確かに言動はスケベだが、セクハラ自体は今はかなりなりを潜めているらしい。
 ならば自分の知らないところで、自分がまだ居ない時に何か彼を変える出来事があったのだろうか。彼の一番弟子を自認する同僚の馬鹿犬に聞いてみたが、彼女もよくは分からないらしい。役に立たない。
 彼は今頃自分たちの部屋でせっせと論文を書いているはずだ。あまり彼と論文というものが結びつくイメージは湧かないが、あれほど真剣な顔をしている彼を見るのは初めてだから、彼にとってその研究はとても大事なことなのだろう。年頃の少女たちの部屋でそんなことするなとも思うが、まあ今のところ大したものもないので気前よく貸してやる。
 だが彼が最近研究に没頭するあまり、きつねうどんを奢ってもらえる回数が大いに減ってしまった。これはいけない。けちな自分の保護者はあまりお小遣いをくれないのだから、彼の奢りがなくなると全体のお揚げ分が減ってしまう。
 だから自分は彼がさっさとその研究を終わらせてくれることを願っている。別に彼が構ってくれないからといって寂しいわけではない。多分。

 それに彼の行っている研究にも興味がある。もしかしたら自分が来る前に何があったのか、そしてそこで何を感じ何を思い、何を考えたのかそこから少しは分かるかもしれない。

 これは単なる興味。

 だから自分は彼が実験に手伝ってくれと言われた時は終わった後にきつねうどんを奢ってもらうことを条件に手伝ってやった。とはいえやることは馬鹿犬と戦っている彼に合図と共に幻術をかけるだけ。その幻術も「対象のイメージするものをより明確に映させる」という相手の同意があればごく簡単なもの。
 とはいえ驚いた。たったそれだけで彼の霊力は人外で霊力だけなら高い馬鹿犬のそれを凌駕し、一蹴してしまったのだから。あの霊力は下手すれば下位の神魔族同等レベルはあったかもしれない。何をイメージしたのかは知らないが、ただイメージが明確化されるだけであれほどの霊力を出すなど、一体どんなイメージをしたのだろう。聞いてみたかったが、その時の彼はなんとなく聞きづらい雰囲気だったので聞けなかった。
 
一体あの実験はなんだったのだろうか。

 あの実験はもしかしたら自分が来る前に彼が変わってしまったことに関係があるのではないだろうか。

 それに興味があるから、自分は今彼に優しくしてやる。そこに他の思惟など無い……と思う。


「ほら、夢でぐらいゆっくりしなさいよ」


 私は机に突っ伏したまま寝てしまった彼に良い夢が見れるように軽く幻術をかけると、狐の姿に戻って彼の頭の上で一緒に寝そべった。


「ふーい、やっと終わったー!」


 その日、横島が大きな溜め息と共に声をあげた。一ヶ月掛かった研究がやっと終わりを迎えたのだ。普段あまり使わない頭をフルに使ったせいか、やけに身体がフラフラした。まだ夕方だが今日はもう帰ろうかと思った時、声に気付いた事務所のみんながやってきた。


「終わったんですか、横島さん?」


「見せて欲しいでござる! あれだけ凄い力を出す研究に拙者も興味があるでござる!」


「そうよね、私たちもあれだけ協力したんだから論文をGS協会に出す前に見せてくれたっていいでしょ?」


「待ちなさい、みんな。まずは師匠である私が変なところでポカしていないかチェックしなきゃ」


 結局のところ、みんな彼の研究が気になっていたのだった。まあ研究、勉強、論文など普段の彼とはかけ離れた単語だからそう思うのは無理のないことかもしれないが。


「い、いや、駄目っすよ! 恥ずかしいし、何よりまだ書きたいことだけ書いただけだから上手く纏まっていませんし! それに眠い時に書いたから普段よりさらに字が汚いから、明日にもう一度ちゃんと書き直そうと思ってたんすよ!」


 だが横島は必死に隠して決して見せようとはしない。だが隠されれば余計に見たいと思うのが人間だ。まあ二人(二匹?)ほど人間でないのが混じっているが。全員がなんとかして彼の論文を奪おうとしているうちに彼は文珠を作り出し、


「じゃ、じゃあまた明日!」


 と言ってどこかへ、恐らくは家だろうが転移して帰ってしまった。気落ちした四人だったが、すぐに近くに原稿用紙が一枚落ちていることに気付いた。美神がもしかしたらと思い拾って見てみると、案の定その汚い字は彼の書いたものだった。焦っていたせいで論文を一枚落としていたことに気付かなかったのだろう。


「美神さん! 早く読んでみましょうよ!」


「そうでござる! 拙者も読みたいでござる!」


「美神さん、独り占めはいけないわよ?」


「分かってるわよ。今読み上げてあげるから落ち着きなさい。えーと、あらこれは途中の部分ね。なになに……」


『のように、森川教授の多くの実験から人が危機に迫った時に出る、いわゆる火事場の馬鹿力というものは霊力がその源ではないかと考えられる。危機が訪れた時に普通の人が普段到底持てないようなものを軽く持ち上げたりできるのは、使えないはずの霊力を肉体の強化に回しているのではないかと。先にも述べた通り霊力とは生きるための力だ。霊力がなくなればどんなに肉体が健康でもそれはただの化学物質の塊に過ぎない。霊力が生きるための力なら当然、自分の生命が危機に陥り、生存本能が強まりその危機を跳ね除けようと思えば例え霊能力のない一般人でも多くの霊力を引き出すことができるのではないだろうか?』


「ふーん、なるほど。着眼点は悪くないけど……案外普通ね」


 確かに横島がこの論文に書いている生存本能と霊力の関係は、研究する人自体はあまり多くないが珍しいというほどではない。


「でも美神さん、まだ続きがありますよ。どうせならこのページだけでも最後まで読みましょうよ」


「そうね。あいつがあんだけ必死になって書いたんだから、何かあるかもね」


 またみんなの視線が自分に集まるのを感じ、美神はごほんと咳を入れてからまた読み始めた。


『そして私は同時にこうも考えた。危機による生存本能が霊力を引き出すというのならば、もう一つの生存本能でも霊力を引き出すことが出来るのではないだろうかと。それは何かと言うと


煩悩だ。人間に限らず生物は皆次世代に自分の遺伝子を残そうと考える、つまり煩悩は極限の生存本能だ。実際私は今まで煩悩で霊力を上げる男と言われていたが私が特別なのではなく、生存本能と霊力の関係を考えればこれは人間、いや生物全てに言えることではないだろうか。それが私が霊能力に目覚めるまでまったく考えられてこなかったのは、今まで戦いの最中に性的な想像をする者などいなかったからであろう。私自身でだが実験もしてみた。弟子との戦いの最中に同僚にイメージを明確化させる幻術をかけて貰うというものだ。そして私は今まで出会った全ての美女美少女美幼女美熟女全ての裸身を想像した。案の上これまでにない力が私に湧き上がり、普段の霊力で自分を凌駕する弟子を一撃で吹っ飛ばした。もちろんこれだけでは私だけの特異体質と言うこともできるから、近い内に友人たちにも実験を手伝ってもらう予定だ。手伝ってくれそうな三人の友人の内、幸い二人は彼女持ちなため効果はかなり期待できる。
本当はそれらの結果を待ってから発表するのが筋であるとも思うが、私はまず煩悩と霊力が密接な関係であることを認識してもらいたかった。なぜか。それは私が今回の発表とともに一つの提案をしたいからである。それは緊急時のGSのセクハラの承認である。煩悩が霊力を引き出せるのならば、セクハラするだけで常に火事場の馬鹿力並みの力を使うことができる。つまり! セクハラをするだけでなんと一気にレベルアップできてしまうのだ! まさにいいことずくめ! 先に行った実験を行うまで煩悩を溜めるために私はセクハラを控えていたが、仮にセクハラを再開しても今のままだったら私は上司に毎回しばかれてしまう。これはまずい。いくら私の再生能力が高くても限界はあるし、痛いものは痛い。このままでは私は中々霊力を上げることができないだろう。いや、私だけでなく世界の多くの男性GSが力を出し切れずにいるのだ。これを放っておいてはいけない! いきなりは全面肯定は無理かもしれないので、まずは緊急時のみという提案をする。ヒャッハー! これが承認されれば』


 ここで次のページに続くために切れているが、後半、もはや論文でもなんでもない文章だ。寝不足と勉強のしすぎで頭がハイになっていたのだろうか。


「…………………」


「…………………」


「…………………」


「…………………」


 その日、とあるボロアパートの近くで人のものとは思えない叫び声が上がり、とある少年が病院へと担ぎ込まれた。少年の体には様々な打撲と霊団によるものと思われる霊症、霊的なものによると思われる切り傷と、数々の火傷があった。常人なら間違いなく百回は死んでいるようなダメージであったが、少年は医学の予想の斜め上を超えてなんとか死ななかった。
 ただ少年の持っていた紙の束は、いつの間にかごっそりなくなっていたという。


 終わる。


あとがき
 講義中にふと考えて、なんとなく書いた作品です。本当の題名は「女たちの空回り」。「ただおくん」シリーズとは何も関係ありませんが、偶には「ただおくん」以外も書きたかったので。「ただおくん」は明日辺りに更新しようと思います。
 あと今回生存本能とか煩悩とか、自分は医学的なことや精神的なことは全く知りませんので、突っ込みどころがいっぱいあると思いますが、ご勘弁してください。

 ではこの辺で。


△記事頭

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