夕暮れの公園で、真新しいベンチに座って先ほど屋台で買ったイシヤキイモなる食べ物をパクつく。
たったこれだけの調理法でこれほどの美味を引き出せるとは、全く持って素晴らしい食材だと思う。ほふほふ。
今度横島にも教えてやろう、きっと喜ぶに違いない。
それにしても。
そろそろ日が暮れるとはいえ、休日だと言うのに辺りに人気は全くない。
普段は親子連れやカップルで賑わう公園なのだが、全くの無人。吹く風すらどこか寒々しい。
そしてその理由を自分は知っている。周囲に「危険!立ち入り禁止」のテープが張られた殆ど原形をとどめていない遊具たちを眺めながら先日の出来事を思い起こす。
事の起こりは馴染みの来訪者から始まる。
昼下がりの午後、明日提出の課題を前に頭を抱える横島の膝枕で心地よい日差しにうとうととまどろんでいるところに、突然その来訪者は現れた。
その来訪者は我が物顔で部屋に上がりこみ、瞬く間にカップうどんを三つほど平らげると自分の最近の動向などを嬉しそうに語り始める。
最初は備蓄食料を食い荒らされた事にぼやいていた横島も、やはり久しぶりに友人と再会出来たことは嬉しかったらしく、話に応じる。
ちなみにこの時点で横島の頭の中に明日提出の課題のことは欠片も無い。間違いない。
話は最近の仕事から交際している女性(ここで少々のろけが入ったらしく横島が少し暴れた)、そして今の自分達の力についてにまで及ぶ。
この来訪者、GSとしての能力に関してはかなり劣る・・・と言うか使い勝手が悪いのだが、こと戦闘に関しては絶対の自信を持っている。
本人の志向を余すところ無く体現する能力の持ち主であった。そして、彼がたった一人己の好敵手として認めているのが横島忠夫である。
事実、戦闘力に関していえばこの二人は一流のGS達の中にあってさらに頭二つほど突出していると言ってもいい。
そして、それは言い換えれば、互いしか全力を出せる相手がいないという事でもある。
いつものように組み手に誘う来訪者と、それに応じる横島。
意外に思えるが、横島もこの来訪者との組み手を心待ちにしている節がある。
以前は組み手を「かったるい」などと言って拒んでいた横島だが、最近は渋々ながら応じている。
本人に如何様な意識改革があったのかは謎だが、事実この組み手の度に横島の能力は向上しているのだから文句は無い。
それがオトコというものらしい。馬鹿だ。
自分の術で人払いをすませた近所の公園で、霊気を使わず、体術のみの組み手を始める二人。
古びたベンチに座り、横島から預かった二個の文殊を手の上で転がしながらそれを眺める。
自分たちが怪我をしたりした時にこれを使ってくれ、という事らしい。
以前ダブルノックダウンしてしまい、翌日の朝、犬の散歩をしていた老人に発見されるまでノビていた事があったそうだ。
単なる組み手でそんな事になるのだろうか、と疑問に思ったが、横島に頼られるのは純粋に嬉しい。
横島は心から信用・信頼している相手にしか文殊は絶対に預けない。
――――今思えば、この時に止めておくべきだった。まさしく後の祭りだが。
「おい、今の蹴りちょっと霊力が篭って無かったか?」
「そっちこそ今一瞬だけど霊波盾使わなかったか?」
「霊波刀は無しじゃなかったのか?」
「なら霊波砲はアリなのか?」
「おい、ヘタレ。ちょっと後ろ手に持ってるビー玉見てぇなモン見せてみろ、怒らねえから」
「正直に言え、今魔装術使おうとしてただろ。このマザコン野朗」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
そして。
「二連直列励起、『加』『速』ッ!」
「来い、横島ァ!」
そんでもって。
「真っ向から切り裂く!!」
「まん前からブッ飛ばすッ!!」
「七連直列励起ッ!!!」
「魔装剛拳甲鎧ッ!!!」
「『我』『剣』『不』『断』『物』『皆』『無』ッ!!!!」
「耐えられるかッ!? 俺の!! 天下無敵の!!! 拳にぃぃぃぃッ!!!!」
クレーターの真ん中から発掘したアホ×2を公衆電話で呼んだタクシーに放り込む。オトコって本当に馬鹿だ。
公園は見るも無残な有様。多くの子供達の遊び相手を務めたであろう歴戦の遊具たちはそのことごとくが地に伏している。
前衛芸術と化したジャングルジム。直滑降の練習が出来そうな滑り台。地面に垂直に突き刺さったシーソー。
自分が先ほど座っていたベンチも原型を留めていない。
ごめんなさい。私がこのアホ×2にちゃんと責任取らせますから。本当にごめんなさい。あとこっちの目つき悪いアホの彼女にもチクってやろう。
それにしても、まさかここまでやるとは思わなかった。いろいろな意味で。
あと5秒退避が遅れていたら自分もアホ×2と同じ運命を辿る所だった。
お気に入りのスカートも少し焦げてしまったし。今度横島に新しい服を買うのに付き合ってもらおう。
ちなみに、タクシー代はアホ(目つき悪い)のサイフから拝借した。
あれから三日。クレーターは既に埋められ、ベンチも自分が座っている新しいものが設置されたが遊具の類の撤去・補修は殆ど終わっていない。
寂しい公園。別にこんな場所に好き好んでいるわけでは、ない。
『今日、横島さんのところにお夕飯作りに行くの。だから、今日は店屋物でお願いね?』
嬉しそうな彼女の言葉を思い出す。
判っている。自分と横島の関係は誰にも話していない。ならば、彼に思いを寄せる女性がこういった行動に出ることも、全く不思議では、ない。
それに、彼女の外泊は美神が決して許さないだろう。
第一、自分は横島を信用している。アイツはバカでスケベだが、不用意な事をして人を傷つけるようなことは絶対にしない。
・・・ついでに言えば、多分彼女では無理だ。自分が横島に想いを伝えた時の事を思い出す。
まず、これが現実である事を理解させるのに10分、美人局の類ではなく周囲に美神もいないからシバかれる心配がない事を理解させるのに10分、自分が本気、かつ正気であることを理解してもらうのに10分を要した。
もう一度やれと言われても絶対に無理だ。思い出すだけで赤面してしまうような台詞をいくつ口にしたか分からない。
例えば美神などであったら、第一段階で殴ってしまうだろう。そのぐらい大変だった。
彼女達は横島は筋金入りの鈍感だと思っているようだが、自分は違うと思う。
・・・・横島は『自分を好きになる女性がいるはずなど無い』と、心のどこかで思っている。
だから誰かの好意を感じても、気のせいだと思ってしまう。何かの間違いだと思ってしまう。
ようするに自分に全く自信が無いのだ。劣等感の塊だと言ってもいい。
それは横島の幼馴染だという実に端正な顔立ちの青年のせいかもしれないし、自分と比べてあまりに優秀な両親のせいかもしれないし、世界で唯一と言ってもいい霊能に目覚めた後も丁稚扱いをやめなかった雇い主のせいかもしれない。
「この世に自分ほど信じられないものがあるか」とは本人の弁である。言いえて妙だが。
だから、分かっている。彼の心がほかの女性のところにいってしまう事など無いと、分かっているのに。
何故こんなにも、不安になるのだろう―――――?
別に一緒に横島の家で夕飯を食べても良かった。彼女はきっと嫌な顔一つせず歓迎してくれるだろう。でも。
凄まじい勢いで心づくしの食事にがっつく横島と、それを嬉しそうに眺める彼女。そこに、自分の居場所などあるはずもない。
気立てがよく、貞淑で料理の上手な女性。多分世の中の男性が自分の伴侶にと望むのは彼女のような女性なのだろう。
自分などとは、全く違う。
誰もいない夕暮れの公園。もうすぐ日が暮れる。先ほどまで気にもしなかったというのに、耐え難い寂寥感に胸が苦しくなる。
これまで、常に自分は独りだった。周りにどれだけの人がいようが、本当の意味ではいつも独りだった。
だから、孤独には慣れている。そのはずなのに。
「――――――――――ッ」
違う。サビシイ。こんなのは私じゃない。サムイ。私はもっと強かったはずだ。ヒトリハイヤダ。
「・・・・・・ヨコシマぁ」
「呼んだか?」
!
「え・・・なんで」
「なんでも何も、夕飯になっても帰らんから探しに来たんだろーが。今日は確かウチに泊まってく日だったろ?」
「でも、おキヌちゃ」
「夕飯なら、お前の分もちゃんと作ってもらった。って、お前買い食いしてやがったな?夕飯前だってのに・・・」
目ざとく自分の持っている紙袋を見つける横島。
「あ、その、これは」
「とにかく、俺はもう腹ペコだ。さっさと帰ってメシにするぞ。ほれ」
言って手を差し出す横島。その手はとても暖かそうで。
そっと手を取る。先ほどまで心の中に空いていた寒々しい隙間に、暖かな何かがすとんと落ちたような。そんな気が、した。
夕暮れの道を横島と手を繋いで歩く。・・・少し前にもこんな事があったような。確かあの時は家に帰って、そのまま玄関で―――
「―――――――」
思い出した。いや、思い出すな。忘れろ。
「? どうかしたか?」
なんでもない。まったくなんでもないです。きにしないでください。
「?」
こちらの様子を見て不思議そうな顔をする横島。赤面しているのは夕日のおかげでバレなかったようだ。
「そう言えば・・・・私の分も作ってくれるように、おキヌちゃんに頼んだの?」
だとしたら。それは何というか女としてとても不名誉な事のような。
「いんや。何でだか知らんが、お前が来ることも知ってたっぽい。材料も最初から三人分あったしな」
・・・・・ちょっと待て。確かに彼女は「今日の夕飯は店屋物で」と自分に言わなかったか?そして、その上で自分が横島の家に来るであろう事まで見越して、わざわざ三人分を用意した。
背中に冷たい物が走る。
バレている。少なくとも自分と横島が世間で恋人と呼ばれる関係である所までは確実に。そしてその上での宣戦布告。
・・・黒い。とんでもなく黒い。自分が彼女らに横島との関係を伝えていない、否、伝えられない事を逆手に取った、かなりえげつないやり方だ。
貞淑? 冗談。ある意味では美神以上の策士だ。考えれば当然かもしれない。何しろ彼女は300年以上の時間を過ごしているのだ、女としてのキャリアの桁が違う。
上等だ。元よりこちらがはるかにリードしているのだ、負けるつもりなど無い。
この手の暖かさを一度知ってしまったら、離すことなど出来るはずも無い。
横島とこうして歩くのは自分だけの特権だ、誰にも譲れない。
「ところでヨコシマ、さっきイシヤキイモっていう―――――
後書き
今回は少ししんみり。
ご都合主義上等。悲しんでいる女の子を独りにしてはいけません。