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「月に吼える ―第二部・第拾弐話―(GS)」

maisen (2005-11-05 00:40/2005-11-08 20:00)
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「何?! 何で俺が二人がかりで拘束されてんのっ?!」

「はいはい動かないで下さいねー」

「・・・危ないから」

 試験場から出て妙神山の広い庭で。とりあえず修行も終わり、やたらと殺気を振り撒いている雪之丞と、高笑いしながら遊んでいた勘九郎を宥めすかしてティータイム。
 とは言え紅茶ではなく、目の前の庭と同様和風に緑茶と羊羹であるが。

「危ない?! 今危ないって言ったっ?!」

「そーいう可能性も否定できないですかねー」

「・・・一回くらい冒険してみよー」

「俺は可愛い嫁さんと平和に暮らしたいんじゃー!!」

 お茶を啜って一息ついて。
 のほほん、としていた一同である。

 突然猿神が立ち上がり、ジークフリートと天竜姫に忠夫を捕まえるように指示。
 嫌な予感をびしびしと感じて忠夫が腰を浮かすも、隣に座っていた天竜姫が全身で即、確保。

 全力で振りほどけば大丈夫だったのかもしれないが、忠夫にそんな事ができるはずも無く。ましてや、ささやかながら捕まった腕に柔らかい物が押し当てられていれば・・・逃げる事を躊躇っても、まぁ、しょうがないといえばしょうがない。

「・・・平和に暮らす為の第一歩。ふぁいと」

「というか人生諦めが肝心ですよねー」

「俺の目を見て言えジィィィィィクっ!!」

 がっちりしっかり楽しげに。どこか子悪魔のような笑みを浮かべているのは気のせいか。捕まえた忠夫が、動くたびにほんのり赤くなって何故か動きを止めるのが、とっても楽しそうである。
 反対側で関節極めているジークフリートは、あっちの空を眺めて遠い目であるが。

「ちょ〜〜〜っと、痛いかもしれんが我慢せいよ。何、別に天竜に格好の悪い所を見せてしまった八つ当たりではないぞ?」

「嘘だぁぁっ! さっきまで滅茶苦茶へこんでたやないっすかー!」

「・・・死ぬなよ?」

「イーヤーー!!」

 猿神は、辺りに涙を撒き散らしながら悶える忠夫の心臓の位置にその手を置く。眼鏡の向こうに覗く目は、嫌に暗い雰囲気だ。

「楽しそーね」

「やっぱり体動かした後は甘いもんだよなー」

 もぐもぐと栗羊羹を食べる雪之丞達は、我関せずと喧騒の外。何気に、忠夫の分は二人のお腹に消えていた。


「それにしても、襲ってきた奴の姿しか見れなかったのは痛いわね」

「無茶言わないで下さいよ。あんなに人が一杯居る場所でやりあった時の被害なんて考えたくも無いですし」

「超加速で一気に、と言うのは無理なのか?」

 妙神山に向かって空を飛ぶ3人組。GSに神族、魔族のいたって普通じゃない彼女達ご一行は、今だその道程の半ばにいた。
 あまり無茶な加速を行なうと、ワルキューレと小竜姫はともかく人間の美神にかかる負担が大きい為、一応「それなり」の速度である。

「無理・・・じゃないかもしれませんが、失敗した時のリスクを考えると」

「小竜姫はエネルギー切れ、もし逃げられようものならこっちの切り札が一枚露呈しちゃうのか・・・」

「それもそうか。なら、先ずはどんな状況でも戦えるだけの戦力が必要、か」

 顎に手をあて考えるワルキューレと、未だにだるそうな表情を隠せない小竜姫。
 そんな二人を眺めながら、美神は助手の事を考える。妙神山に、最も危険で最も効果的な修行を受けに行かされた、頼りになるのかならないのか、でも此処一番ではいつも頑張っている半人狼の青年を。

「・・・あんまり、無理してなきゃ良いけど」

「へぇ、美神さんもそんな顔するんですねー」

「意外といえば意外・・・でもないか?」

 頬に当たる風が勢いを増す。後で後悔するかもしれないが、両隣から頓珍漢な事を言ってきた二人を引き離す為に努力を惜しみたくない美神である。

「い、急ぐわよっ!」

「やれやれ・・・男の所に急ぐ女を邪魔したくは無いのだが」

「誰が横島君の所に急いでるってのよっ! 妙神山に急ぐのっ!!」

「語るに落ちてますねー。それはともかく―――お客さんです」

 そう呟いた小竜姫と、それに合わせるようにワルキューレが速度を落とす。
 訝しげに二人を振り向いた美神の目に写ったのは、後方から迫る真っ黒な霞。

「ベルゼバブ、か。どうやらクローン技術で己の分身を作り出すというのは真実らしいな。情報局もその中身が正確なのは良いのだが、もう少し速く伝えられん物か」

「厄介なのは同じなんですがね。美神さん、空中戦に不慣れな貴方は妙神山へ。此処は私とワルキューレがいれば十分です」

 両手に拳銃を構えるワルキューレ。神剣を鞘から引き抜く小竜姫。
 止まった美神に、視線だけで先行を促す。

「・・・そういうのは趣味じゃないんだけどね」

「何を言ってるんですか。おそらくそっちにはもう一人、デミアンが行く筈ですから、そちらをお任せするという事ですよ?」

「ま、数は多いが所詮コピー。武神と戦乙女のタッグには及ばんさ」

 完全に迎撃体制をとった二人の表情は見えないが、きっと二人とも見惚れるような表情だろう。
 出しかけた神通棍と破魔札を引っ込め、渋々美神は先を向く。

「死ぬんじゃないわよ」

「必要の無い約束はしない性質でな。あまりそう言う事を言うと運が落ちる」

「きっと横島さんも貴方に会いたがってますよ」

 言葉も半ばに飛び去っていった美神に、聞こえる筈も無い答えを返す。風を切って妙神山を目指す美神が、振り向く事など、きっと無い。
 二人は、それでも振り向かない。
 此処が、引くべき所ではないと分かっているから。

 ワルキューレと小竜姫が、互いを見もせずにその武器を微かに触れさせあう。
 軽い音が、手に持った武器を通して互いに響く。儀式のようなそれは、ある意味で、誓いのようなもの。

 死ぬな、と伝え、頑張れ、と伝える。

 互いが互いに、心に音を響かせる。

「―――妙神山管理人、竜神、小竜姫。この武神の名に賭けて!」

「魔界第二軍特殊部隊大尉、ワルキューレ。戦乙女の誇りに賭けて―――」

 雲霞の如く。
そう言う他に無い。視界には、不気味な蝿の姿の魔族が写っている。
 例え相手の力量を鑑みても、苦しい事に間違いは無い。
 だが、それが如何したと言わんばかりに二人は吼える。

『邪魔だぁぁっ!!』

「「此処は、通さんっ!!」」

 二人は、ベルゼバブの群に飛び込んだ。


「い、いだだだだ」

「我慢せい。神界の神器、そうそう容易く馴染む物でもないからな」

「・・・ふぅ、収まった」

「はやっ?! お主どーいう精神構造しとるんじゃっ?!」

 胸を押えて蹲っていた忠夫と、その傍でキセルを吹かしていた猿神様。あっさりと復活して立ち上がった忠夫に流石に呆れた様子である。

「や、慣れっしょ」

「違うっ! 絶対に違うぞいっ!!」

「・・・お爺ちゃん、煩い」

 キセルでびしっと忠夫を指した猿神の後頭部に、天竜姫のチョップが襲い掛かる。ぺし、とやたら情けない音を立てて当たった手を振り振り、天竜姫は忠夫に目をやった。

「・・・後は実戦でやると良い。さっきワルキューレと小竜姫から連絡が在った」

「姉上からの報告によれば、現在妙神山の南10kmで交戦中との事。美神令子が此方に先行しているそうですが・・・」

「美神さんがっ?! ・・・って、小竜姫さん達、大丈夫なんか?」

「まず、問題無いでしょう。姉上だけなら援護が要るかも知れませんが、何しろ組んでいる相手が名うての武神、小竜姫殿ですから。それより、美神令子の受け入れ態勢と―――」

 其処まで言って、ジークフリートは目線を入り口の方に向ける。暫しの間も無く、妙神山の門が爆発音と共に吹き飛んだ。
 すかさず戦闘態勢を取る雪之丞と勘九郎。ジークフリートは呆然とした表情で顎を落とし、猿神も同様にあきれ返った顔で顎を落としている。
 何気に天竜姫は何処から取り出したのやら、バズーカ砲を担ごうとして持ち上げられないでいた。

 ・・・少々長すぎたようである。

「くぉらぁぁぁっっ!! 横島ぁぁっ!!」

「ひぃっ! なんか知らんが怒ってるっ?!」

 門を蹴破った勢いのまま、竜神の装具の力ですっ飛んでくる美神。空中で一端姿勢を変え、そのままくるりと半回転。

 直後、忠夫の顔面に美神のかかとが突き刺さった。

 悲鳴も上げずに吹っ飛ぶ忠夫。その更に先に、土煙を上げながら着地する美神。

 吹っ飛びながら瞬時に体勢を立て直し、着地と同時に忠夫が逃げ出す。

 その後頭部に、美神が天竜姫からすれ違いながら掠め取ったバズーカが着弾した。

「・・・あー、すっとした」

「こんだけやって言う事がそれですかいっ!!」

「んー、相変わらず不死身で安心したわ」

「他に無事を確認するやり方は無いんかーーー!!!」

 爆炎の向こうから、使用済みのバズーカを重々しい音と共に投げ捨てた美神に、煙を上げながら突っ込んでくる忠夫。
 それを軽く笑いながら、安心したように笑いながら美神は顔の前で手を振って、胸を張りながら声高く。

「あるけど私の気分よっ!!」

「無茶苦茶やぁぁっ!!」

 らしいといえばらしくもあり。らしくないといえばらしくなくもあり。
 ともかく、美神と忠夫、気持ち的に、久し振りの再会であった。


「さ、て。横島君、多分追っ手が来るから足止め頼んだわよー」

「うえっ?! マジッすか?!」

「まじ。私はあんたの受けた修行を受けさせてもらうから、そっちは任せたわ」

 軽く、あくまでも軽く言い放つ美神。
 その軽さが、忠夫に一瞬の戸惑いをもたらした。

「で、其処の誘拐犯のお嬢ちゃん。言いたい事は在るけど、修行受けさせてもらえるんでしょうね?」

「・・・多分、そう言いだすと思ってた。あと、犬飼君には事後承諾は得たから問題無し」

「ちょ、ちょっと待ったっ! 美神さん本気ですかっ?! 俺が言うのもなんですけど、本気で危ないですって!!」

 トントン拍子で進む話に、ようやく、と言った感じで忠夫が割り込む。必死で押し止め様と、両手をふりながら二人の間に割り込んだ。

「何でっすかっ?!」

「・・・決まってるじゃない。私の知らないところで妙な動きされて、しかも事務所まで荒らされて。私が黙ってる訳無いでしょ?」

 不敵な笑み。ギンギンに漲った霊力。美神は、確かに何かに苛立ちも感じている。
―――が、それだけでは、無い。

「私は、美神令子よ。後輩に抜け駆けで追い越されちゃ、私のプライドが黙ってないわ」

「そ、そんなつもりは無いっすよぅ」

 その迫力に、腰を引き引き後ずさる忠夫。弱気な風情がなんともはや。きっと尻尾が見えていたら股の間に巻き込んでいるに違いない。

「自分の身は自分で守る。それが出来なきゃGSなんてやってらんないの。・・・それに、今はあんたと人工幽霊しかいないんだから、ね」

―――それに、目の前で情けない顔をしている半人狼の青年に、まだまだ並ばせてやる訳には行かないから。前を歩く者の、それが後ろへ続く者に対する義務だから。

―――そして、自分の居場所は自分で護るものだから。

 声には出さず、顔にも見せず。

 美神は何処までも美神らしくありたいと。

「分かったらとっとと迎撃に行かんかぁぁぁっ!!」

「キャイーン!!」

 何時か、が来るまでは。こうやって、尻を蹴って追い立てるのも、私の仕事。もうしばらくは―――譲ってやれない楽しみだ。


「・・・ふん? ベルゼバブめ、小竜姫達に捕まった、か」

 一人、凄まじい速さで妙神山に向かうデミアン。その感覚に、少し離れた場所で争う何者かの気配が引っかかる。
 方や巨大な2つの気配。方や小さいながらも多数の気配。
 先発したというか、勝手に先行したベルゼバブの事を考えに入れれば、間違い無くその気配は護衛の彼女達とぶつかり合っている蝿の物だろう。

「足止めには丁度良い。それに、此処まで派手にやってくれれば幾ら奴等でもごまかしは効かんな。・・・くっくっくっ、面白くなってきたじゃないか」

 もう、視界には妙な首無しの石像の立った、厳しい門が見える。間違い無く、あれが妙神山であろう。

 おそらくは門番のつもりなのであろう。首無しの石像達が、慌てながら構えを取る。彼らは門の前にて並び立ち、己の体を持ってでも押し止めるつもりのようである。

「雑魚が。とっとと叩き壊して美神令子の命、貰い受けるか」

 速度を殺さず、門番の直上からパワーダイヴ。勢いを増しながら、両腕を槍の形に変形させていく。
 速度は十分。篭めた魔力も十二分。慌てて防御の体制を取った門番の、腕の隙間を縫ってその心臓部に―――

「おらぁぁぁっ!!!」

―――突き刺さる直前に、門番達の影で僅かに開いた門の隙間から飛び出した、奇妙な鎧を纏った小柄な男の霊力砲を、諸にカウンターで喰らって吹っ飛んだ。

「おっしゃぁっ!!」

「問答無用だのう、右の」

「結果オーライというのだ、左の」

「おう、あんた等も囮役ご苦労だったな!」

 鬼門達の巨体の影から、僅かに開いた門の隙間。突っ込んできたデミアンに向けて、全身全霊の霊力砲。
 いたって単純。だが、今回は上手く行ったようではある。

「ふ、俺だって何時も何時も何とかの一つ覚えとは違うんだよ。頭使う事くらい簡単だぜっ!」

「馬鹿ねー。上から魔力砲の乱射喰らってたらどうするつもりだったのよ?」

「・・・そんときゃ新しい魔装術の力で耐えるっ! んで打ち返す!」

「そうなってたらワシら消滅してたな、右の」

「諸行無常だな、左の」

 多分違う。
 空を仰いで幸運に感謝する鬼門達は置いといて。

 魔族が、それも刺客として使われるほどには戦闘力の高い魔族が、カウンターとは言え一発で落ちるわけも無く。

「・・・ちっ! 雑魚が増えたか!」

「ふん。やっぱりこっちの方に来て正解だったな!」

「バトル馬鹿の嗅覚も、恐ろしい物があるわね」

 美神とすれ違いに出て行ったのは、どうやら直感のみで敵の接近を感知した為らしい。勘九郎との生活の中で磨かれた能力も、戦場と敵を見つけるのに一役買ってはいるようだ。

 最も、感謝する事は無かろうが。

「んじゃ、私は参加しないから頑張ってねー」

「おおっ! こいつは俺の獲物だっ!!」

 ひらひらと興味無さ気に手を振る勘九郎を振り向きもせず、雪之丞が突っかける。
 魔装術に無駄が無くなった為であろうか、身体強化に使われる霊力の配分が増え、何気に速度も上がっている。

「存分に試してらっしゃいな」

「あんたは行かんのか?」

「・・・貴方も大概唐突よね。私は子供に興味は無いの。それに、雪之丞も新しい魔装術を試したくてウズウズしてるわ」

 何時の間にか。確実に達人とまで言われる境地に居る筈の勘九郎に気付かれもせずに、忠夫が隣に立っていた。
 ゆっくりと腕を上に伸ばし、次にしゃがんで足も伸ばす。最後に仰け反って背筋を伸ばし、準備体操も完了である。

「―――よしっ! 忠夫、行きまーす!!」

 音高らかに頬を打ち、忠夫は一声上げて、目の前に広がる戦場に突っ込んでいった。
 両手には何も無い。いつもなら既に展開している霊波刀も無ければ、唐巣神父の石も無い。
それでも、ちょっと気合を入れた頬を痛そうにしながらも、進める足に迷いは無い。

「美神さんは、嫁さん候補は、俺が―――」

 走りながら、右手を振り上げた。気合一閃、振り下ろす。

「―――守るっ!! あの人の背中は、他の誰にも譲らねえっ!!」

 何も無かった右手には、「金剛如意」と書かれた棒がある。斉天大聖、猿神、ハヌマン。その代名詞ともされる、神鉄で鋳られた神界の武装。


―――如意金鈷棒が、威風堂々、其処に在る。


「はあっ?! 老師が如意棒を貸したぁっ?!!」

「ええ。本人曰く「止むを得ず」らしいですが。不味い・・・ですよね?」

「不味い、どころの騒ぎじゃないですよっ!! アレはれっきとした神器なんですよ! そ・れ・をぉぉぉっ! 弟子とは言え、人界の存在に貸し出しちゃったら・・・あうう、胃が痛い〜〜」

「小竜姫っ! さっさと来い! 手が足らんっ!!」

「ううう、また不祥事がぁぁぁぁ・・・」

「気にしないで下さい。今更一つや二つ増えたって、誰も気にしませんから」

「なんのふぉろーにもなってなぁぁぁいっ!!」

 激しく空中戦が繰り広げられている妙神山上空に、一人の竜神族の悲鳴が響き渡ったりした。


「あらあら、武器に振り回されてるじゃない」

「・・・あれは、お爺ちゃんのパートナー。そう簡単には使えない」

 門の上で、強固な結界越しに戦場を覗く二対の目。安全な所で観戦している勘九郎と天竜姫の目には、如意棒の重さに梃子摺っている忠夫が写っている。

「ふぬりゃぁぁっ!!」

「うおっ?! 危ねぇじゃねぇか横島っ!!」

「しょーがねーだろっ! 目茶目茶重いんだよ、これっ!!」

 空気を纏って振りぬかれた如意棒の先を、嘲りの笑みを浮かべたデミアンが浮かんで避ける。
 勢いのままに如意棒は地面に突き刺さり、硬い岩を打ち砕いて亀裂を生んだ。雪之丞の鼻先を掠めながら。

「どうした? 今度はこちらから行くぞ?」

「やばっ?!」

「ちっ!!」

 デミアンの顔が、二つに裂ける。その割れ目から飛び出したのは醜悪な肉塊で出来た化け物。
 左右に飛んで避けた二人の間の地面を砕く。

「ちっくしょー! ちょろちょろ動き回るし当たりゃしねぇじゃねーかっ!」

「俺の拳も全く効いた気がしねーな。おい、どーするよ?」

「どーするったって・・・戦略的撤退、は、駄目だな」

 如意棒を構えた忠夫の後ろには、妙神山の門がある。その上には、その奥には。

 彼女達が、居るのだ。

「ふん。そろそろ本気で行かせて貰う」

 デミアンが、嘲笑を浮かべたままで膨らみ出した。いや、その勢いはそんな生易しい物ではない。
 地面を潰し、視界を埋めるそれは、奔流。

 爆発的に膨れ上がった肉塊の上で、高らかに笑う一体の魔族。

「はーっはっはっはっ! 所詮はひ弱な人間どもという事さ! ほらほら、しっかり守らないと後ろの門ごと吹っ飛ぶぞっ!」

 肉塊から、何本もの不出来な粘土細工じみた竜の首が盛り上がる。その口内にはひとつの例外も無く、巨大な魔力が蓄えられている。

「やべぇ! 纏めて吹っ飛ばす気か!」

 雪之丞が飛び出した。魔装術に巡る霊力が、ほぼ限界近くまで高められている。その拳は、今だ高笑いを続けるデミアンの顔に向かって振り上げられている。

 忠夫は、後ろを振り向いて声を上げようとした。
逃げろ、と言うつもりだった。

―――言わなかった。

 妙神山の門の上で、天竜姫が信頼に満ちた笑みを浮かべながら、王の如く、凛と立っていた。

 喉元までせり上がった叫びを、思いっきり飲み下して前を向く。右手に持った如意棒を、両手に持ち替え、砕けよ、とばかりに握り締める。

「あの爺は、確か―――」

 体を翻し、一回転。途中で遠心力で滑る如意棒の勢いに逆らわず、中心部分を持っていた手を端まで滑らせ其処を掴む。
 ギリギリまで体を捻り、手の中から飛び出そうとする如意棒を握り締め、己のイメージを送り込む。

「―――こう言う事、やってたよなぁっ!!」

 出来ないかもしれない、とは思わなかった。手の中の武器が、応えてくれないとも、全く思わなかった。何故なら、天竜姫達を守る為だから。

 如意。意の如く。

 如意棒の表面に刻まれた、たった四文字の言葉。


―――そして、忠夫の意の如く。応えた如意棒は瞬時に己の長さを変え、紛い物の竜を薙ぎ払う。


「馬鹿なっ?! 何だそれはぁっ?!」

「孫みてーな女の子に頭が上がらない爺馬鹿の、文字通り相棒だよっ!!」

 混乱の怒号を上げたデミアンの顔を、雪之丞の拳が貫いた。

「・・・なんだっ?!」

 貫かれた顔が、粘土のごとく歪んで雪之丞の腕を取り巻いた。それはそのまま雪之丞の拳を取り巻き、拘束する。
 慌てて引き抜こうとする雪之丞の正面に、再び盛り上がる化け物の首。顎を開いたその中に、膨れ上がる魔力の渦。

「まずは貴様だぁぁぁっ!」

「こ、のっ! なめんなぁぁっ!!」

 気合の声と共に、魔装術が魔力の奔流を跳ね返す。それは強かに肉塊の中心を穿ちつつ、背後の巨岩に当たって爆炎を撒き散らした。

「貴様もかぁぁぁっ!! たかが人間風情が、どうしてこうも梃子摺らせるっ!!」

「手前が、その程度だってだけだろうがっ!」

 デミアンの声を一蹴し、雪之丞が拘束を引きちぎって忠夫の隣に着地する。

「切りがねぇっ! ど真ん中に穴が開いたってのに、効いた様子もねぇぞっ?!」

「なら、どっかに弱点があるんだろうよっ!」

 肉塊から、槍のように伸びた触手が襲い掛かる。それを受け流し、あるいは弾きながら忠夫が声を張り上げた。

「いやー、お前一人で来てくれて助かったぜっ! どうやら仲間も居ないみたいだしな!」

「貴様ら如き、他の馬鹿どもの手を借りずとも殺してくれるっ!」

 勢いを増す槍の嵐。雨霰と降り注ぐそれらを、二人は必死で避けていく。

「おいっ! 挑発してどうすんだよっ!」

「弱点があるなら、あいつの中か他の所か! でもって、ああいう他の奴らを馬鹿にする奴は、絶対に安全な所に隠すか自分で持ってる! だから・・・!」

 忠夫は、再び伸ばした如意棒で槍を打ち払って停止する。大きく息を吸い込んで、声の限りに叫び倒す。


「―――あああっ!!! 弱点見っけたぁぁぁぁっ!!!」

「何っ?!」

「何処だっ?!」


 その叫びに、思わず動きを止めるデミアン。同じく動きを止めて忠夫を振り返る雪之丞。
デミアンと雪之丞の視線の先には、例の如く、悪戯の成功した悪ガキの顔で、ゆっくり手を上げる忠夫が居る。

「あー・・・たった今。其処だろ?」

 ニヤニヤ笑う忠夫の指の先には、人間の子供の姿を取ったデミアンが、ポケットにあたる部分を押えている。

「・・・あ゛」

「ほほーう」

「な? ビンゴだろ?」

 にやり、と二人が悪い笑顔をデミアンに向けた。

「ちょ、待った! お前らそれは汚いだろっ?!」

「わははははっ! 引っかかる方がアホなんじゃー!」

「それそれそれっ!!」 

 ここぞとばかりに攻め立てる、とっても厭らしい笑顔の忠夫と雪之丞。デミアンも抗議しながら弱点を動かそうとするが、それは僅かに遅かった。

「「いただきっ!!」」

「のわあっ?!」

 伸びた如意棒と、防ぎきれなかった霊波砲がその位置に突き刺さる。デミアンのポケットから飛び出す小さな何か。
 慌てて宙を舞うそれに手を伸ばしたデミアンを、直上から落ちてきた人影が光り輝く神通棍でしばき倒す。

「んがっ?! み、美神令子っ?!」

「良くやったわね、あんた達っ!!」

「ふ、ふざけるなっ! 此方はお前を殺しさえすれば目的は果たせるんだぞっ!!」

 衝突の衝撃で吹き飛んだ己の弱点を視線だけで探しつつ、目の前を飛び退る美神に触手を伸ばす。

「あら? 良いのかしら。私を殺しても、あんたの弱点は他の二人が壊すわよ?」

「なっ?!」

 動きを止めた触手の隙間を縫って、再度美神が跳躍する。今度は、前に。

「やーっぱり。打算で動くタイプね、あんた」

「くっ!!」

 一閃。輝く神通棍は、デミアンの体を引き裂き、地面まで貫通する勢いで叩きつけられる。その輝きは、今までのものと比べるのも馬鹿らしく。

「美神さーん! あぶないっすよー!」

「おっけー。じゃーね。バイバーイ♪」

 ドクターカオス謹製の神通棍であればこそ、今の美神の霊力を受け止めきれたのであろう。最早、神通棍と言うよりも少々ランクの低い神剣、高ランクの霊刀に近い。
 衝撃で動きの取れないデミアンを余所に、振り切った姿勢の美神を横合いから雪之丞が掻っ攫う。
 雪之丞の肩に右手で掴まり、残った左手で別れの挨拶と共に手を振る美神。

 それを、今だ立ち直りきらない遅々とした動きでデミアンが追撃し様とし。

 己に掛かった、巨大な影を見て振り向いた。

「・・・な、なんじゃそりゃぁぁっ!!」

 デミアンの視界を埋め尽くす、巨大な巨大な如意棒の姿。

「お前っ! 幾らなんでもそりゃやりすぎだろうがっ!!」

「全くよねー。時給250円と骨付き肉にしては、良い仕事してるわー」

「・・・ふ、不条理だぁぁぁぁぁっ!!」


 それが、デミアンの最期の言葉だった。

その日、妙神山に、でっかい何かが倒れた音が鳴り響いた。


―――アトガキッポイナニカ―――
はいすいませんmaisenでございます^^
というわけで月に吼える、第二部第弐話、此処にお送りさせていただきます。

ううう、時間が欲しい・・・。

レス返しー。

のりまさ様>初めまして^^ 天竜姫、何故か良い反応があるようで、大変嬉しく思っております、ハイw 

法師陰陽師様>はてさて、一体何者でしょーかね?w 色々と謎をばら撒きつつ、果たして何処まで活用できるか・・・と言うのは活用の仕方が決まっているから問題無いんですがw 天竜、「今、そこにある危機!!」編以降で何時出てくるのでしょーかね?

ヴァイゼ様>影法師?は一体何者か。・・・現時点では、勿論色々考えている訳ですが。因みに食べてたのは文珠の原型・・・というか、(PI――――)ですねー。(マテ ヒロイン街道驀進し様とも、ゴールは未だに見せません。ええ、誤字ではありませんともw タイミングって大事ですよねー。 敵は・・・そのままかどうかはお楽しみw
 うわー、そう言えばそんな感じでしたねー。後半えらく読み難かったので、結構飛ばしてましたな、そう言えばw

ト小様>嘘ですかいw しかも挨拶ですかいw 天竜姫がこれ以上強くなってどーするんですか・・・いや、面白いかも(マテ 思いつかれてたらへこみますな、マジでw

狐日光様>初めまして。おお、そう言っていただけるととても嬉しいですな^^ あー、そのままでも倒す方法も考えてはいましたが、アレです。如意棒を構えた忠夫が頭にふ、と浮かんだ物ですから。 残念ながら?パワーダウンのままと言うのも面白かったんですが、オプションつけました(爆 そこらあたりはまだまだ秘密と言う事でw 天竜、好意的な感想が頂けてるので幸いです^^ 夢の内容は・・・ええ。大体そんな感じでしょう(マテ 頑張っていきますねー^^

柳野雫様>墓穴掘ってこそ、だと思う私はずれているのでしょーか(マテ 美神さん達はあのままで、仲良さげに行って欲しいものですなー。仲悪いの書いてると、気がめいりますからw あー、ギリギリです。と言うか、山篭り中はずっとギリギリでした(爆

k82様>正確には、人狼としての力は全て、ですな。これ以上は今はまだ秘密です。ええ、勿論そのあたりも折込済みですよー。 人狼モードは、何よりも必要な条件がありますから。アレです。満月w ただそれだけなんですがねw 一体何を食べちゃうんでしょーかね?(爆 修正しましたorz ええ。胃が痛んでおりますが、今回(マテ

シヴァやん様>はっはっは。そーいう感じを与えられていれば、私としても嬉しく思えますなw ええと、寸止めというか尺止め?(何 うわお、天竜姫の新しい一面が見えましたなw

D,様>えー、腹黒く、というか策士っぽくなっていっている最中ですからw

緋皇様>様子見のまま、と言う事でしょうか。後はこれを何時バラすかが楽しみでw 寝起きは誰もが危険ですから。相手が居ても居なくても、周囲の状況は動いてます、と言う事でw

八尺瓊の鴉様>さて、一体なんでしょうかねw おお、倍に気付いてもらえるとはw 良い味、出せていれば幸いです^^ 最後のは・・・秘密、と言う事でw

なまけもの様>どたばた、ほのぼの。今回雰囲気をあえて分けてみようかな、と思いましてw パワーダウン。全体的に見れば、どうなんでしょうねー。少なくとも色々と問題はあるんですがねーw


ジェミナス様>出力ダウン、と言うか、発生する霊力自体がアップしましてー。それに比例して(パーン( ゜д゜)・∵. 

黒覆面(赤)様>喰われましたな。文珠っぽいのw おお、それを憶えていて頂けるとはw まぁ、詳しい事はまだまだ秘密、なんですがw あー、それはそれで意表ついてますなw

桜月様>修行が無駄になるのかならないのか。それはこの先のお話でw 最大の障害?あのお人をお忘れで?w

しゅーりょー。

はてさて次回はエピローグ。最後まで色々な事を残しつつ。何時かばらせるその日まで、頑張って行きたいと思いますので、見捨てないでいただければ幸いです^^ノシ

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