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「過去の無い未来(GS)」

八之一 (2005-10-29 05:04/2005-10-31 12:06)

―始めに―
今回、時間移動を取り上げておりますが、当方、骨の髄から文系の人間です。
おそらく噴飯物の間違い等があると思いますので、
そういった事に不快を感じられる方は回避をお願いいたします。
間違いのご指摘等はありがたく承りますのでよろしくお願いいたします。
また、一部キャラクターを貶めているととられるかもしれない表現を含みます。
当方にはそう言った意図はありませんが、
不快に感じる方もおられる事と思います。
そういった事を許容しにくい方にも回避をお願いいたします。
問題があるようでしたら削除いたしますのでご一報ください。


『過去の無い未来』


「本人がいーなら…いーんじゃない?」

「!」

部屋の中に溢れる計16個の文珠の光。
その中で今まさに時間を移動しようとしていた
横島タダスケを名乗る人物――10年後から来た横島忠夫――は、
最後にそんな美神の科白を聞いて振りかえろうとした。
しかし既に発動し始めていた文珠の力は、
横島が振りかえるよりも早く彼を時間の流れの中に放り出した。
光の奔流のトンネルというカタチで視覚化された時間の流れを下っていく横島。
目の前に浮かぶ14個の文珠の光が彼を下流へ下流へと導いていく。
その心の中は愛する妻とかつて上司だった1人の女性への想いで満たされていた。

「美神さん…俺たちの事認めてくれたんだな」

正直なところ、認めてはくれないだろう、と思っていた。
実際ばれた時は横島の殺害を本気(?)で考えていたようだったし。

「あの頃の俺は霊能力に目覚めてはいても、知識も覚悟もなかったからなぁ」

時間を遡り、かつての自分を目の当たりにした横島は
そのあまりのヘタレっぷりに我が事ながら呆れてしまっていた。
稀少な能力を持っているとはいえ、
それを土壇場以外に有効に使う事も出来ず、
美神の指示におんぶに抱っこの戦闘。
誰かに使われて戦う事と、
自ら戦いを構築する事の違いすらよくわかっていなかった。
良く美神はさっさと放り出さなかったものだと感心してしまう。
あの頃の美神が自分に出来の悪い弟に対するような愛情を
持っていてくれていた、という認識はあった。
だが、男として、一緒に生きていく人間として見てもらえるとは
彼自身にも思えなかったのだ。

10年後から来た横島が文珠の14文字同時使用などという
途轍もないレベルの力を持つに到ったのは、
美神の横に立ちたい、彼女を守りたい、と本気で思い、
GSとしての修行に打ち込み、研鑚を重ね続けた結果だった。
ただの荷物持ちのアルバイトだった頃や、
文珠という特殊技能を身につけるまでは、
能力さえあれば、と思っていた。
無論横島が霊能力に目覚めなければ、
その後の多くの事件を乗り切っていくことができなかったかも知れない。
しかし、本当に必要だったのはそんな事ではなかったのだ。

「頭悪いからなー、俺」

そんな簡単な事が解ったのは、そう、あの蜘蛛の変化との戦いに―――


時間を渡りながらそこまで考えた時。

「…ッ?!」

突然身体中に強烈な違和感を感じる。
何かに侵蝕されるような、身体の細胞が塗り替えられていくような
激しい痛みと眩暈。
視界が激しく揺れて、時間のトンネルの中で思わず制御を失いそうになる。

(な、なんだってんだ…?!)

必死で体勢を維持し、目的の場所へ向かって飛び続ける。
目が霞み、呼吸が乱れる。
動悸が信じられないほど早くなり、意識が飛びそうになる。
血清のアンプルの硬い感触を服の上から押さえて、
これだけは、と念じて制御をしていくが、
ものすごい勢いで霊力や体力が消耗していく。

(だ、駄目か…?)

時間の流れの中でとうとう横島が力尽きようとしたとき、
彼を導いていた14個の文珠が光のトンネルの壁に穴を開けたのが見えた。
おそらくはアレが目的の時間であろう、
そう考えて横島は最後の力を振り絞ってそこに飛び込む。

(令子…!!)

暗転する意識の中、彼が思い浮かべたのは美神の笑顔だった


「…さ……こし…よ……ん!」

誰かの声が聞こえる。
閉じた目蓋を通して光を感じる。

「う…」

「よこ…さん!お…てください、こんなと…ろで寝てないで!」

ハッと目が醒める。
暖かい日差しの中、硬いベンチに横たわっていたようだ。
身体の節々が痛む。結構長い事眠っていたらしい。
目の前には白衣の女性が立っている。
その顔には見覚えがあった。
白井総合病院の看護士だ。

「あ、ああ…看護士さん…おはようございます」

「おはようじゃないですよ、病院の屋上なんかで何してるんですか」

言われてここが白井総合病院の屋上に備え付けられた
ベンチの上である事に気が付いた。
まわりに干されたシーツが所狭しとはためいている。

「あれ…なんで俺…ってそうだ!ウチの令子ッ!令子どうしました?!」

こんなところで居眠りしている暇などなかったのだ、
こうしている間にも妻は死に向かっているかもしれないというのに、と
自分の目的を思い出した横島は切羽詰った形相で看護士に詰め寄る。
だが、彼女はキョトンとして聞き返した。

「令子…って美神令子さんですか?美神さんがどうかしたんですか?」

その答えに面食らってしまった横島。

――この病院は入院患者の把握すら出来ないのか?

怒りと焦りでつい口調が荒くなる。

「どうかって、その、こちらに入院してるじゃないですか!」

「え?今…ですか?いや…、そんなことはありませんが」

しかし看護士の答えは変わらない。
埒があかない、と考えた横島は美神の病室に向かって駆け出した。
屋上から屋内に入り、階段を激しい音をたてて降りていく。

「ちょっと、横島さん!病院内では静…」

踊り場から看護士が注意するのを聞き流し、病院の廊下を走っていく。
すぐに妻が入院していた個室に辿りついた。
ノックもせずにドアを開け、中ベッドを覆っていたカーテンをひらく。

キチンと整えられたベッド。
端に片付けられたパイプ椅子。
何も置かれていないテーブル。
キッチリまとめられたカーテン。
チリ一つ落ちていない床。
白一色に統一されたその個室には
誰かが世話になっているような様子は欠片も無かった。
途端に横島の頭に最悪の状況が思い浮かぶ。

「ちょっと、横島さん、何を興奮して」

先ほどの看護士が追いついてきて横島をたしなめようとするが、
殺気だった表情で振り返った横島を見て言葉を飲み込む。

「か、看護士さん!ウチの妻は…令子はどうしたんですか?!まさかもう…!」

取り乱して看護士の肩を掴んで詰問する横島。
突然のことと、その激しい腕の力に看護士は目を白黒させながらも

「ちょ、ちょっと、落ち着いてください!
 美神令子さんでしたら、ウチには今、いらしてませんよ?」

「そ、そんな馬鹿な?!だってその、病気で、妖毒の中毒症で…!」

あまりの食い違いにしどろもどろになる横島。
ようやく具体的な話を始めるが、
看護士は心当たりがないようだ。

「え、ええと、美神さんが…ですか?妖毒…ってなんです?中毒症?
 そんな話は聞いていませんが」

「は?…どういう…」

そこまで言って横島は10年前の美神が別れ際に言っていた事を思い出した。

『あんたの奥さんと私はもう連続していないかもしれない』

向こうの美神はそう言っていたが、逆もありうる。
向こうと連続していたために、こちらの美神も発症しなかったのではないか。
だから入院していた事実そのものがなかったことになったのでは、と
そう思いついて、思わず横島は小躍りし出す。

「は、ははっ、はははははっ!やった、上手くいったのか!成功したんだ!
 はっ、はははははっ!」

いきなり笑い出した横島を訝しげに見る看護士。
横島は彼女に向き直り、深深と頭を下げると、

「すいません!お騒がせしました!!」

そう言い置いて後も見ずに病室から飛び出していった。

「な、なんなの…?」

後には呆然と突っ立った看護士が残された。


「この時間なら…事務所だな」

足取りも軽く美神除霊事務所に向かう横島。
10年前から立ち去る際、美神は『忘』の文珠を使っていた。
おそらく横島が助けた事も忘れているだろうが、
それでもいい、と考えて、とにかく美神の元気な顔を見るべく
人工幽霊一号の管理する事務所へ走っていく。
喜色満面で笑いながら昼下がりの街中を走っていく20代後半の男性を
人々が奇異な物を見る目で見送っていた。


事務所につくと玄関の鍵が閉まっている。

「おおい、人工幽霊一号!令子、いるか?!玄関開けてくれ!」

事務所の鍵は人工幽霊一号任せで持っていなかった横島はそう呼びかけた。

『…横島さん?お久しぶりです。
 令子、と言うのは…その、美神オーナーのことですか?
 でしたら除霊作業のため外出しておりますが』

弱冠訝しげな語調で人工幽霊一号が言うが、横島は気付かない。
仕事ならホワイトボードを見れば場所がわかるだろう。
そう考えて、そうだよ、いいから玄関開けてくれ、と人工幽霊一号を急かす。

『し、しかし…』

妙に渋る人工幽霊一号にさすがに不審を感じた横島が
彼を見上げて何か言おうとした時。

「あれー、横島さん?お久しぶりですねー。どうしたんですかー?」

窓がガラリ、と開けられてひょっこりおキヌが顔を出した。

「え…?あ、あれ?おキヌちゃん?いつこっちに来たの?」

いきなり現れた旧知の友人の姿に面食らう横島。
彼女は数年前に大学で神主の資格を取って
実家の神社に帰ったはずだったのだが。

「なんのことです?あ、いま開けますから待っててくださいね」

そう言って窓から顔を引っ込めた。
少しするとドアの向こうからドアの鍵が開かれる音がする。
出てきたおキヌは首にタオルを巻き、ジャージを重ね着して
どてらを羽織っているという一目で風邪をひいています、という格好をしていた。
そのおキヌの格好を見て心配すると同時に、
何か視界に入るものに違和感を感じる。
しかしそれが何か確認する前におキヌが話しかけてきた。

「す、すびばぜん、ちょっと風邪引いてまして…仕事もお留守番なんですよ。
 横島さんの方はお仕事どうしたんです?そちらの事務所は」

――仕事?留守番?わざわざ実家から呼んだってコトか?

おキヌをわざわざ実家の神社から呼んだのなら、それなりの理由があったはずだ。
それを連れていけなかったとなると苦戦を強いられているのでは、と思い、
横島の顔色が変わる。

「れ、令子は大丈夫なのかい、おキヌちゃん!
 その、君をわざわざ呼んだってことは、相手はそれなりの大物だろ?!」

慌てて訊ねる横島の様子におキヌは首を傾げる。

「?…いえ、その美神さんが言うにはそれほどの事も無いって事ですから。
 それよりなんです?その…令子って。
 美神さんに聞かれたら怒られちゃいますよ?」

子供をしかる保育士のような表情で言うおキヌ。
だが横島はその言葉に混乱する一方だった。

「え、え?そんな、大した事の無い仕事でわざわざ呼んだってのか?なんで?」

「…どうしたんですか?横島さん。さっきからなんだか変ですよ?
 仕事なら一緒に行くのが当然じゃないですか。社員なんですから」

さすがにおキヌも訝しげな表情になる。話がかみ合っていない。

「しゃ、社員?い、何時から?俺、そんな話…」

慌てる横島。まさか妻が自分の知らない間に
おキヌを実家から呼び戻して契約したのだろうか、と考える。
おキヌと一緒に働けるのは能力的にも友人としても嬉しい事だったが、
わざわざ好んで波風たてんでも、と思うし、
それに自分にも一言相談くらいあっても良さそうなものだ。
だが、

「へ?何時からって…高校卒業した時からですよ?忘れたんですか?」

「え?」

おキヌの高校卒業は横島の1年あとで、
その頃には本格的に付き合い出していた美神と横島を見て大学進学を選択、
在学中にGS資格を取得したものの、卒業後は実家の神社に帰ってしまったから、
正社員にはならなかったはず…と、そこまで考えたところで
ふと先ほどから感じていた違和感に顔を上げた。
玄関を見まわす。
おかしい。
美神は基本的にものぐさだ。
こんなに綺麗になった玄関を横島は見た覚えが――

(おキヌちゃんがいた頃は…?!)

あった。
ハッとしておキヌを押しのけて事務所に入る。

「よ、横島さん?!」

『横島さん、どうしたのですか?!』

その唐突な行動におキヌも人工幽霊一号も驚いてしまうが、
横島の耳には入らなかった。
勝手知ったる事務所の中を駆けていく。

―――違う、令子はスリッパをあんなにキッチリ片付けない。

玄関の靴の類は少し神経質なくらいキッチリと並べられていた。

―――違う、令子はあんなにしっかり新聞を整理しない。

読み終えた新聞などがしっかりと分類されて紐でまとめてある。

―――違う、令子はここで料理なんかしない。

入った台所はいかにも丁寧に使われている生活感が感じられる。

―――違う、令子は客から見えないところまで片付けたりしない。

押入れというよりゴミ溜めのようになっていた納戸がキッチリ整理されている。


―――違う、違う、違うちがうちがうチガウッチガウッ!


混乱した横島は事務所の中を駆けずり回っていく。
そしておキヌの帰郷後は客間として使っていた、
元彼女の私室の部屋の前に立つと、ドアを勢いをつけて押しあけた。

「なっ?!」

そこは落ち着いた感じの女性の私室になっていた。


「よ、横島さん!どうしちゃったんですか?!そ、その私の部屋が何か…」

ようやく追い付いたおキヌがやや顔を上気させて聞いてくる。
さすがにいきなり私室を覗かれては腹も立つのだろう。
しかしそのおキヌの目の前で横島が虚ろな瞳で笑い出した。

「はは、あはははは…ははは…どう…なってる…?」

その様子にギョッとするおキヌ。
人工幽霊一号も狼狽した声をあげる。

『よ、横島さん、どうなさったのですか?』

しかし横島は二人の言葉に応えず、

「はは…ごめん、なんだか俺…どうかしてるみたいだ…
 ちょっと頭冷やしてくるよ」

そう言ってフラフラと事務所を出ていった。
その様子を心配したおキヌは彼の後を追おうとしたが、
駆け出そうとしたのが良くなかったのだろう、
強い眩暈を感じてその場に座り込んでしまった。
立ち直った時には既に横島の姿は近くになく、
人工幽霊一号に言って美神たちに連絡を取ってもらうのが精一杯だった。

「横島さん…どうしちゃったんです?」

玄関によりかかりながらおキヌが呟いた。


街の中をフラフラと歩いて行く横島。
もしかすると帰ってくる時間を間違えたのだろうか、
そう思って近くの商店で飲料を買うついでに訊ねてみたが間違ってはいなかった。
確かに今は2007年で横島が過去に時間移動した日だった。
第一間違っていたならもう一人の横島が居るはずである。
混乱して上手く考える事ができない。
近くにあった公園のベンチに座り、先ほど購入した冷たい飲料を飲み干す。
乾ききった喉が潤されていった。
少し落ち着いたような気がして頭を抱えて考える。

(どうなってる?何故おキヌちゃんが実家に帰らなかったことになってるんだ?)

あの部屋の様子はかつて彼女が住んでいた時とほとんど変わっていなかった。

(令子って言ったら怒られる?夫婦が名前で呼び合って何で怒られるんだ?)

それではまるでかつての丁稚時代ではないか。

(それに…なんと言ってた?こっちの事務所?)

当然の事だが美神除霊事務所に支店などは存在しない。

(俺が独立して事務所を開業してるってことか?そんな、馬鹿な)

とにかく確認してみよう、と考えてコンビニに据え付けられている公衆電話に向かう。
そこに備え付けられた電話帳開くとページをめくっていく。

「除霊業…除霊業…ここか。
 …ええと、 ICPO、小笠原GS…唐巣…GS協会…伊達除霊…魔法料理…
 美神……横島…横島除霊事務所…?」

予想はしていたが、いざ目の当たりにしてしまうとショックが大きかった。
これが本当なら横島が事務所を構えていると言う事になる。
ということは当然美神除霊事務所は辞めている事になるではないか。
何かの偶然かもしれないと縋るような思いで10円玉を公衆電話に放り込む。
先に受話器を取る事を忘れていたためにカランと音を立てて戻ってくる10円玉。
慌てて受話器を取ってから、もう一度投入した。
かかれている番号を押していく。
数秒の間の後、呼び出し音が聞こえだした。
すると5秒と待たずに受話器が取られる。

「はい、お電話ありがとうございます。横島除霊事務所です」

受話器から軽やかな女性の声が響いてきた。

「…」

「あの、もしもし?如何なさいましたか?
 当方、お客様のプライバシーに関しましては絶対の…」

横島が自失して黙っていると、電話に出た女性は、
そういう電話に対するマニュアル的応対を始める。
こちらが電話をかけたは良いが、
いざとなって尻込みしている、とでも思ったのだろう。

「あ、もしもし…横島です。横島忠夫」

探るようにそういう横島。
同じ苗字の別人の事務所ではないか、とも考えたのだが。

「あ、何よ、横島くん。すぐに答えなさいよね。嫌がらせかと思ったじゃない」

途端に気安い口調になる女性の声。
横島にはその声と口調に心当たりがあった。

「…愛子?お前、愛子か?」

電話から聞こえてきたのは元同級生の机妖怪、愛子の声だった。

「何よ、いきなり。どうしたのよ、朝から顔を見せないし、電話には出ないし。
 無断欠勤なんて青春じゃないわよ?」

「あ、ああ、ご、ごめん。ちょっと急な用事で…その、そこ、俺の事務所か?」

「は?何よ、当たり前でしょ。事務所の電話なんだから」

「あ、そ、そうだよな。何言ってんだ、俺。その…そっちの住所わかるか?」

「…本当にどうかしちゃったの?自分の事務所の住所くらい覚えてるでしょ?」

「い、いや、ちょっと出先で記入しないといけない書類があって…」

いぶかしむ愛子にしどろもどろの嘘をつく横島。
まったく覚えが無いんです、などと言った日には
こちらが病院に叩き込まれてしまうかもしれないと思ったからだった。
しかたないわね、と言いながら愛子は事務所の住所を告げる。
横島はそのまったく見覚えの無い住所をメモ帳に控えて愛子に礼を言い、
電話を切った。
再びメモに目を落とす。

――こんな住所に見覚えは…

ない、と思おうとしたところでギョッとした。
頭の中に2駅先の駅前の裏通りにある雑居ビルが思い浮かぶ。
住所にも見覚えがある気がする。
ただし、それは現実感を伴わない情報としてだけだったが。
台本に書かれたプロフィールを読んでいる役者のような、
そんな感覚が横島を襲う。

――どうなってんだ?

とりあえず自分のものであるらしい事務所に行ってみよう、
何かわかるかもしれない、そう考えて横島は駅を目指して歩き出した。


2駅先の駅前の裏通りには頭に浮かんだ通りの雑居ビルがあった。
薄汚れた建物の3階に横島除霊事務所の看板がかかっている。
裏手の非常階段を登っていき、3階のドアをノックした。
中からはーい、という声が聞こえ、ドアが開かれる。

「いらっしゃいませー、って横島くんじゃないの。
 何やってんのよ、いつもはノックなんかしないでズカズカ入ってくるくせに」

そこにいたのはピシッとしたスーツ姿で、伊達眼鏡をかけて髪をまとめた、
いかにも仕事の出来そうな雰囲気になった愛子だった。
きっとそういった格好がOLの青春なのだろう。

「そうだったか?悪い悪い」

そう言って中に入る横島。中をきょろきょろ見まわす。
相変わらず実感の無い記憶通りの風景。
安っぽいスチールの事務机にスチールの棚、
安物のソファに薄っぺらい灰皿の乗ったテーブル。
それでも室内全体が安っぽく見えないのは
愛子がキッチリ整理と掃除をしてくれているからだ、と
頭の中にそんな書かれた文章を読むように情報が流れていく。
自分の机でパソコンに向かっている愛子に声をかける。

「あ、愛子、その、今日は、何か仕事あるのか?」

正直今の横島はスッカラカンだ。
過去の横島に文珠をもらってやっと帰ってきたくらいなのである。
これから仕事となるとかなりきつい。
しかし、それは杞憂に終わった。

「ん?いまのところ入ってないわよ。私はこれから事務仕事」

はやく領収書出しなさいよ、と言いつつ愛子は画面に視線を戻す。
愛子が仕事に没頭し出したので横島は自分の机の中を物色し出した。
机の上を見る。
部屋の中で唯一雑然としているそこには、
未整理の書類が山と積まれ、筆記用具の類が散乱し、競馬新聞が放り出され、
煙草の吸殻が詰め込まれた缶コーヒーの空き缶が転がっている。

(俺…煙草吸わないんだけどなー)

しかし気が付いてしまうと何やら口が寂しい気もする。
机の上に転がっていたタバコの箱に手を伸ばしてしげしげと見つめていると、

「ちょっと、横島くん。煙草吸うなら外に出てっていつも言ってるでしょ?」

愛子が見咎めて言ってきた。
本体が木製の机である愛子にすれば近くで火気など言語道断であり、
同時にヤニがつく事を考えれば室内の喫煙など、
とても見過ごすわけにはいかないのだろう。
あ、悪い、と言って空き缶を持って、入って来た非常階段の踊り場に出る。
箱から一本取り出してくわえ、
一緒に置いてあった100円ライターで火をつけた。
スウッと吸い込む。
なんの抵抗も無く煙が肺にしみ込んでいく。
ニコチンが身体に溶けていくような気がする。
間違い無くこの身体は中毒だ。

(ショックやな〜、俺、煙草なんて吸ったこと無かったのに)

かつては貧困から、
ここ数年は仕事上、心肺機能に負担をかけたくないと言う目的から、
横島は煙草という嗜好品を1度も手に取ったことが無かったのだ。
手すりに寄りかかり、何も考えられずに1本吸い終わる。
考え事をするのに丁度良いから吸うのだなどと父親が言っていたが、
まるっきり嘘じゃねえか、と思わず心中で毒づく。
空き缶の中に吸殻を押し込み、事務所に戻る。
煙草を普通に吸えてしまったことに自分が自分でないような感覚を覚えて、
呆然として部屋に入ると、愛子が何かに気付いたように横島の方を向く。
そして、

「…横島くん、漏れてるわよ?」

眉を顰めて愛子がそう小声で囁いた。

「え、ええ?な、何が?」

慌てて手に持った空き缶や、股間を確認する横島。
その様子に、愛子が声を荒げる。

「馬鹿っ!その…、魔力漏れてるって言ってるの!」

「?!」

ギョッとする横島。

「ど、どこから?襲撃か?!」

魔力とは魔界に存在する霊力のパターンであり、魔族を構成する要素だ。
人界で魔力があるという事は魔族がいる、という事である。
友好的な魔族だって少なくは無いが、前触れも無しに現れるのは大抵敵だった。
少なくとも味方と即断するわけにはいかない。
そう考えた横島は慌てて周囲を見まわし、気配を探る。
しかし、

「何言ってるの?横島くんから漏れているって言ってるのよ!
 気を抜くとホンの少しだけど出て来ちゃうんでしょう?」

「?!」

「面倒事になることがあるんだからあんまり気を抜かないでよ?
 頭の硬い霊能者に付けねらわれるなんて御免でしょ?」

呆然と愛子の言葉を聞いていた横島だったが、
ハッと顔を上げるとロッカーに駆け寄る。
中から見鬼君を取り出してスイッチを入れると、

ぴこ ぴこ ぴこ

見鬼君は横島の方をゆっくり指差した。
思わず見鬼君を取り落とす横島。
その尋常で無い様子に慌てた愛子が後ろに寄って来る。

「ど、どうしたのよ、横島くん。本当におかしいわよ?何かあったの?」

「…なんで…俺から魔力が出てる?」

虚ろな目で問いかける横島。

「な、なんでって…その…横島くん?本気で言ってるの?」

愛子は心底困った顔で、言いにくそうに切り出した。

「だってその…ええと…あなたの中には…
 その、ルシオラさんの霊体があるんでしょう?」

「ルシ…オラ?」

ルシオラ。
アシュタロスの作り出した蛍の化身。
最後までアシュタロスのために戦い、
そしてアシュタロスに殉じていった彼の娘。
その最後までブレる事のなかった信念は尊敬に値する魔族の女性だった。
しかし、なんでその名前がここで出てくる?


クラリ。


眩暈がする。
膝から力が抜ける。
立っていられない。
膝をつく。
呼吸が乱れる。
割れるように頭が痛む。
唐突に頭の中に音のない早送りの映像が流れ出した。

何者かに襲われる霊能者達。
美神の前に現れる3人の魔族の姉妹。
彼女等に捕らえられる自分。
スパイとして働く自分。
ルシオラとのふれあいと約束。
アシュタロスと戦う決意。
南極での対決と勝利。
ほんの僅かな時間を共に過ごすルシオラと自分。
再度の襲撃、奪われる魂の結晶。
強襲をかけるルシオラと自分。
立ちはだかるべスパの攻撃に倒れる自分。
霊気を自分に与えて力尽きるルシオラ。
アシュタロスとの再戦。
コスモプロセッサの崩壊と究極の魔体との決戦。
そして決着。
ルシオラの自分の子としての転生の可能性。


―――なんだこれは?


事務所の床に這いつくばりながら、頭に流れる映像に混乱する。

「横島くん!横島くん?!どうしちゃったのよ!」

愛子の必死な声がやけに遠くから聞こえた。


――違う。


捕まってスパイとして働くようになったのは自分も一緒だった。
初顔合わせの際の3姉妹はそれほど隔絶した力を持っていた。
しかし、自分はルシオラと接触をそれほど持たなかった。
アジトから逃がしてくれたのは空母での戦闘で助けたべスパだったし、
アシュタロスの真意を知って彼を裏切ったのも彼女だった。
成功したらしたでアシュ様はきっと傷つく――そう言って彼女は
親とも姉とも決別したのだ。
自分と美神は魂の結晶を狙うアシュタロスの攻撃や策謀を潜り抜けた。
そしてかなり強引に封鎖されていたチャンネルを回復した神、魔族。
彼らと共に究極の魔体に乗り移ったアシュタロスを
多大な犠牲を払って倒したのだ。
ルシオラはその究極の魔体の発動のために散っていった。

横島の記憶にあるルシオラはそういう存在だった。

同情はした。
何とかしてやりたいとも思った。
しかし自分にはもっと大切なものがあったのだ。
たった一人、守りたかった女性が。
そのためには彼等を打倒しなければならなかった。
両方何とかできるような甘い状況ではなかったのだ。
自分は美神を守る事を選択した。
自分がいなかったために深手を負った美神を見たあの日から、
蜘蛛の変化と相打ちになって入院した美神を見たときから、
何があっても一緒にいて彼女を守ると決めたのだ。


「!」


違う。
頭の中に流れた自分の映像はそこが違う。
映像の中の彼はそこまで決意していない。
だから美神のためでなくルシオラのために戦いだしている。


――俺が介入したからか?!


そう気が付いて愕然とする。

本来、横島は蜘蛛の変化と顔を合わせることが無かった。
美神に叱責された当時の横島は本気で転職を考えており、
あの除霊作業に立ち会わなかったからだ。
翌日になって始めて美神が蜘蛛の変化と相打ちになって大怪我をし、
入院した事を知ったのだ。 
荷物持ちがいない状態で手数を制限された美神が不覚を取ったのである。
その事をおキヌから聞き、横島は自分を責めた。
それからなのだ。
本気でGSになろうと努力をし始め、美神を守る事を考え始めたのは。
その結果として文珠の14文字の同時制御などという
人間業とは言い難い域にまで到達したのだ。

しかしこちらの横島は、時間移動によってやってきた横島の手助けで、
蜘蛛の変化の除霊に居合わせないという事もなく、
また美神が大怪我も入院もしなかったために、
自分が経験した、美神を失うかもしれない、というあの焦燥を経験しなかった。
だから彼はその後、本気でGSとしてやっていく決意をしなかったのだ。

――なんてこった!

その結果が今、自分の頭に流れているアシュタロスとの戦いの経過なのだろう。
美神のために、という明確な目的を持たずにあの戦いに臨んだ自分は、
下っ端として使い捨てられるルシオラたちと自分を重ねて見てしまい、
ついにはあの戦いの目的をそちらに見出してしまったのだ。
そのため、美神は心に隙を生じさせてアシュタロスに魂の結晶を奪われた。
そして、そのアドバンテージをとり返すために無理をした結果、ルシオラは死んでしまった。

――あ、ああ。

自分の経験した事ではないはずの経験が横島の胸を締め付ける。
柔らかなジャケットの胸のあたりを滅茶苦茶に掻き毟った。

結局、この時に生まれた心の隙間が埋められずに
こちらの横島は美神たちから離れてしまったのだ。
横島の独立を支援、いや、ほとんど強制したのは美神の母、美智恵だった。
既に横島と美神たちの間に生まれた間隙は修復し得ないと判断した彼女は
ぬるま湯のような状況を維持する事を許さなかった。

『あなたは令子やおキヌちゃんの一生を棒に振らせるつもりなのかしら』

美神除霊事務所に横島が留まり続ける限り、
横島も美神たちも一歩も前に進めないのだ、
そう美智恵に言われて横島自身も納得してしまった。
結局、罪悪感で彼らは身動きが取れなくなっていたのだ。
横島は事務所を出る事を承諾した。

――自業自得ってヤツか?

それからは坂を転がり落ちるようなものだった。
酒や煙草に手を出し、稼いだ傍から博打で浪費、仕事に対する熱意も無く、
貧乏にも馴れていたので苦にも思わず。
ただダラダラと自堕落に生きているだけだった。
かつての仲間の足も次第に遠のいていった。

そんな状況で愛子を雇ったのは行き掛かり上としか言いようがなかった。
横島が高校を卒業して数年、あの学校の教師達の顔ぶれも変わり、
おおらかに彼女の存在を許容できるような雰囲気がなくなってしまったのだ。
行き場を無くしかけた彼女は横島のところに転がり込んできた。
同級生だったタイガーやピートなど、引き取り手は他にもいたのだが、
当人の希望で横島のところを選んだらしい。
すさんだ横島を見かねていたのだろう。
ルシオラや美神たちの事も誰かから聞いてきたらしく、承知していた。
その頃の横島は転がり込んできた愛子を追い出す気力も持っていなかったため、
そのまま事務員として居ついてしまったらしい。
愛子のおかげでどうにか生活は持ちなおしたものの、
相変わらず心に張りを取り戻す事が出来ずに日々を自堕落に送っている…
それが今のこちらの横島だった。

――はは、そりゃあ事務所に入れたがらんわけだわな。

今なら人工幽霊一号やおキヌの態度もわかる。
散々不義理を重ねた挙句にいきなりやって来て中に入れろなどと、
さぞ面食らった事だろう。
良く叩き出されなかったものだ、と苦笑する。

ふっと気付く。
先ほどまではなんの実感も伴わなかったこちらの横島の情報が
体験した事のように感じられ始めている。

――これは…俺という存在が書きかえられて、
 こちらの俺と同化しだしているって事なんだろうなー。

なんとなくそう思う。
横島は時間移動で歴史に干渉した。
その結果起こった違いから、10年の間に様々な事が変わってしまったのだ。
他の人間達は流れる時間にあわせて変更させられていったから、
違和感を感じる事も無く既に現在の形に変化してしまっているのだろう。
横島の場合は時間移動によって10年分の変化が一気に押し寄せている。
今、『時間の修正力』によって記憶や身体が一度に改変されているのだ。
時間移動の際に感じたあの不快感は
横島の身体がただの人間から
魔族の霊体を含んだものに変わっていく過程だったのだろう。
そして現在、元の横島と変化したこちらの横島が統合されつつあり、
最終的には元の横島は完全に失われ、
こちらの世界にあわせた横島になってしまうはずだ。
馬鹿な話である。

なかなか絶望的な状況だが、それでもある程度現状を把握する事ができたことで、
ようやく頭も身体も落ち着きだした。
呼吸を整え、顔を上げると愛子が心配そうにこちらを見つめている。
ヨロヨロとたちあがり、ソファに腰掛ける。

「ごめん、なんだか体調が悪いみたいだ。ちょっと寝かせてくれるかな」

「う、うん。でも、それなら家に帰っ方がいいんじゃない?」

そう言われても知らないんだよな、と考えようとして、
その前に自分の暮らしている事務所の近くのボロアパートが頭に浮かぶ。
もう違和感も感じなかった。
きっと少し歩いたところにそのアパートがあり、
自分のズボンのポケットにはそこの鍵が入っているのだろう。

横になろうとして上着を脱ぐ。
胸の内ポケットには血清のアンプルも、
結婚した時の写真も入っていない事に気が付いた。
クラリ、と眩暈がする。
美神と結婚したというのは本当にあった事だったのだろうか。
もうそれを証明できるものなど存在しなくなってしまった。
余人と共有できない記憶など妄想と言われても仕方が無いのではなかろうか。
そう考えると発作的に笑いたくなった。
妻の命を守るために妻をなくすなんて随分おかしな巡りあわせだ。

「…いや、いいや。途中で倒れても困るし」

そう言ってソファに横になると目を閉じる。
愛子がパタパタと小走りで部屋から出て行き、仮眠室から毛布を持ってきた。
ソファに横たわった横島の身体に静かにかけてくれる。

「ありがとな」

そう言って横島は眠りについた。
意識の途絶える瞬間に頭に浮かんだのは、
結婚式で幸せそうに微笑む美神の顔だった。
それが意識とともに薄れていくのが酷く寂しかった。


人の気配を感じて不意に目を覚ます。
日が傾いて窓に夕日が差し込んでいる。
ジンジンと痛む目をこすりながら体を起こす。
見なれた部屋に女性が一人立っていた。

「愛子?」

人の気配がこちらを向いた。

「…大丈夫なの?横島クン」

「れ、…美神さん」

逆光で目鼻を確かめる事は出来なかったがその声を聞き間違えるはずもない。
かつての上司で、前世の恋人で、自分の妻だったはずの女性で、
そして、今はなんのつながりもない他人。
随分久しぶりの呼び方をすると、その呼称は妙に横島の口に馴染んだ。

「おキヌちゃんが心配してたわよ?なんだか様子が変だったって。
 あんまり切羽詰った声だったんで様子を見にきたら
 体調悪くて寝込んでるっていうんだもの、さすがに驚いたわ」

美神は本当に心配している、親しい友人として。
それがわかるから横島は思わず目と話を逸らした。

「…愛子は?」

「薬と食べ物を買いに行ったわよ。何にもないのね、ここ」

確かに冷蔵庫には缶ビールくらいしか入っていないが、
わざわざ中を見たのだろうか。
そんな事を考えていると美神は台所に向かい、
水をコップに注いで持ってくると横島に手渡した。
渡された水をおとなしく一口啜る。
ひりついていた喉が癒されていく。
カルキ臭ささえ何やら心地よかった。


太陽が他の建物に隠れたのだろう、部屋の中が薄暗くなる。
横島は立ちあがるとドアの傍まで行き、部屋の明かりをつけた。
振り返る。
心配そうな美神の顔が眼に入った。
もうそうやって美神に迷惑をかけている状態が、
今の横島には良く馴染んだもののように感じられている。
既に美神の夫だった横島の意識はほとんどなくなっているのだろう。
それを寂しく思う心さえ無くなりかけているようだ。
随分酷くて滑稽な話ではないか。

「…すいません。迷惑かけてしまいましたね」

そう横島が言うと、

「う、いや、ま、ちょっと帰りがけに寄っただけだし…」

赤い顔をして何やらゴニョゴニョと言っている美神。
相変わらず嘘の下手な人だ、と苦笑する。

「もう、大丈夫ですよ。ありがとうございました。
 おキヌちゃんにも心配かけてごめんって伝えてくれますか?」

「そう」

横島が穏やかにそう言うのを聞いて、美神はほっとした表情で笑う。

「――ッ?!」

その笑顔を見て横島は固まってしまった。
鼻の奥がツンとして、涙腺が緩みそうになる。
それはいつも見てきた美神の笑顔だった。
2人で仕事をしている時や、くつろいでいるという時だけに見せるような笑顔。

――ああ、この笑顔だ。

唐突に腑に落ちる。
自分はこの笑顔を守りたかったのだ。
この信頼に応えたかったのだ。
妻だったから守りたかったのではない。
美神令子という人だから守りたかったのだ。

――いいじゃないか、それで。

夫婦という繋がりは失われたが美神だけは守れたのだ。
たった一つだけだったが確かに自分は守ることが出来たのだ。
それで充分だ、そう思えた。
横島もゆっくりと笑顔になっていった。

その横島の表情に安心したのだろう、美神が席を立ち、

「ん、じゃあもう帰るね。あんまり無理するんじゃないわよ?
 愛子ちゃんを路頭に迷わせるような事があったら許さないからね」

そう言って事務所から出て行く。

「ハイ。気をつけます」

その後について横島も部屋を出る。
エレベーターを呼び、ビルの外に出る。
ビルの前に相変わらずの高級外車が止まっていた。

「ありがとうございました」

車に乗り込む美神にそう声をかける。
美神はそれに頷いてエンジンをかけた。

「それじゃ、またね」

「はい」

アクセルを踏み込む美神。
狭い路地裏を物凄いスピードで走り去っていく。

――さよなら、令子。

その走り去っていく後姿に胸中でそう語りかける。

――これからよろしく、ルシオラ。

身体の中の違和感にも胸中でそう語りかける。

横島が見送っていた美神の車はすぐに路地を曲がって見えなくなってしまった。


そのまま横島がボンヤリとそこに突っ立っていると、後から声をかけられた。

「あれ、横島くん。もう大丈夫なの?」

背中に木製の机を背負い、両手にビニール袋を持った愛子が立っていた。
中には消化の良さそうな食べ物と医療品がはち切れんばかりに詰まっている。
掌はビニール袋が食い込んで真っ白になっている。

「…心配かけちまったな、愛子。ありがとう」

それを見た横島はそう言ってビニール袋を手にとった。

「え、ううん、そんな…」

そんな横島の様子に愛子は面食らってしまう。
こんなに柔らかな横島の表情は久しぶりだったのだ。

「中に入ろうか」

そう言ってビルのエントランスに入っていく横島。
エレベーターのボタンを押して箱が降りてくるのを待つ。
愛子はその横に立って横島の方をうかがっている。

「愛子」

「え、な、何?」

唐突な呼びかけに裏返った声で応える愛子。
その様子を見た横島は、

「頑張ろうな、これから」

そう言って微笑んだ。
透き通るような笑顔だった。



―後書き―

どうも。三度めの投稿をさせていただきます。八之一でございます。
前回も多くの方にお読みいただいた上に、
暖かい言葉をかけていただき、ありがとうございました。
どうにか三つ目の話を書く事が出来ましたので、
厚かましくはありますが投稿させていただきたく思います。
今回は少し趣向を変えまして、シリアスに挑戦してみたのですが。
正直やめておけば良かったと今では反省しております。
果たして人様に読んでいただけるようなものになっているのか、
心もとなく感じておりますもので。
ご不快に思われた方がおられましたら申し訳ございません。
ご指摘、ご批判いただければありがたく承りたいと思っております。

こんな不出来なものに最後までお付き合いいただいた方がいらっしゃいましたら
感謝させていただきます。
ありがとうございました。

それでは。


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