はじめまして、青と申します。
今回初めてSSを投稿させていただきます。そのため不備も多々出てくるでしょうが、その際はご指導等、よろしくお願いいたします。
〜黒い悪魔!〜
季節は夏。今年の夏は異常に暑い。特に今日はこの上ないほど暑い。
――――あぁ、暑い暑い言ってたらもっと暑くなってきた。
夏休みに一緒に遊びに行くような女性のいない横島は、一人自宅でパンツ一枚で寝転がり、思考していた。
「こんだけ暑いと何もやる気にならんなー………。あー、暑い。動きたくないなぁ………。でも今月生活費ギリギリだしなぁ………うーむ」
とりあえず事務所に行こう―――と、考えがまとまったとき、数匹のハエが顔にまとわりついた。残飯を小まめに片付けないせいで、横島の自宅は半分ハエの養殖場のような状態だった。
この猛暑のせいか、例年にも増して虫が多い。
「こら一度大掃除でもしなくちゃだめだな。あーもう鬱陶しい、あっちいけっての」
手でハエを追い払いつついつものTシャツとGパンに着替える。
虫から逃げるように外へ出ると、強烈な日光が肌を刺した。完璧な無風状態で、まるで鉄板の上で焼かれているようである。
本当に、朝から憂鬱だ。ここはやはり美神さんに癒してもらわねば!などと馬鹿を言いながら、横島は一路美神令子除霊事務所へと歩き出したのだった。
数十分後、汗でTシャツをびしょびしょにしながら横島は事務所にたどり着いた。
「こんちはー」
「こんにちは、横島さん」
真っ先に出迎えてくれたのは、珍しく軽装なおキヌちゃんだった。
美神さんはといえば、机に突っ伏してぐったりしている。さすがの美神さんでもこの暑さは堪えるらしい。
「暑いですねー、今日」
「ほんとになー…。まぁそれはともかく美神さん!暑さで乾いた僕の心を潤おしてくだs」
全て言い終えるまもなく、前方から飛んできた極厚の辞典が顔面に直撃し、鮮血を撒き散らしながら横島は撃沈した。
「み、美神さん………なにもいきなりそんな………。痙攣してますよ、横島さん」
ユラリ、と美神が立ち上がる。それからはビシビシと殺気が発せられていた。
ユラリ、ユラリ
ゆっくりと横島へ近づいていく。
「あいたたた………酷いなもう」
あいかわらず脅威のスピードで復活した横島は、美神が自分のすぐ近くに立っていることに気づいた。
チャンスとばかりに美神に飛びつこうとした横島はようやく、自分へと発せられている殺気を自覚する。
恐る恐る美神を見上げると―――眼が、合った。
―――――――コレハヤバヒ。
「あの、美神さん」
「………」
お願いだから何か言ってください怖いです。
「すいませんごめんなさい僕が悪うございました謝りますから許してくだs」
またも全て言い終えるまもなく、横島は振り下ろされた無慈悲な踵を受け床とキスをすることとなった。おキヌは思わず眼を背けている。
「あっ、謝ったじゃないですか!酷いですよ美神さん!」
「うるっさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁい!!!!」
「ひいぃぃぃぃ!」
美神の怒声を受け、横島は部屋の隅で縮こまってしまった。おキヌもおもわず机の陰に隠れてしまう。
これも暑さのせいか。美神はいつもの数倍は不機嫌であった。
「あんた、次やったら半殺しにした後コブラで轢いて厄珍のとこの妖しい薬の実験台にして全裸で町をお料理行進曲歌いながら行進させてしまいにゃ墓地に頭から埋めるわよ」
「み、美神さん、それはさすがに薬のあたりで死にます」
「お黙りっ!」
「ごめんなさいぃぃぃぃ!!」
恐怖のあまり震える横島は、さながら虎に睨まれたチワワのようである。
「………あの美神さん、そろそろ許してあげたらどうですか?」
ひょい、と机の陰から顔を出しておキヌが言う。
「ふん。ま、ちょっとは気が晴れたからよしとしてあげるわ」
ありがたきお言葉、と横島は土下座する。
スタスタといつもの足取りで机へ向かった美神は、一枚の書類を二人に渡した。表情はまだ不機嫌そうである。
「仕事よ。すぐに行くからパパッと読んじゃって」
「こんな日に仕事受けるなんて、珍しいですね。いつもなら全部テキトーな理由つけて断るのに」
「もうボロい仕事でもして儲けないとやってらんないのよ!」
「それじゃあ、荷物用意してきますね」
と、おキヌは部屋から出ていった。おキヌは比較的元気なようだ。
「あれ、そういえばシロとタマモは?」
「二人なら屋根裏でダウンしてるわよ」
ま、しかたないわ。とため息をつく美神。
横島は納得して資料に眼を落とす。と、
「………なんです?この黒い悪魔って」
対象となる霊の外見的特徴が書かれる欄には、ただ一言、『黒い悪魔』
とだけ書かれていた。悪霊ではなく、悪魔。一筋縄で通用する相手なのだろうか。
横島は不安げに美神を見る。
「さぁ。抽象的過ぎてなんのことだかサッパリよ。でも数は一体だけみたいだし、あんたもなかなか使えるようになってきたし。なにより報酬がいいのよね!」
書類には、確かに「成功報酬・20億円」と書かれていた。依頼主は随分と気前がいいらしい。
しかし横島は疑問に思う。
―――これだけの額をだしてくるってことは、相当ヤバい相手なんじゃあ―――
あの、と美神に声をかけようとしたとき、大きなバッグを持っておキヌが入ってきた。
「用意できましたよ」
よいしょ、とパンパンに膨らんだバッグを下ろす。
破魔札、吸引札、予備の神通棍、霊体ボーガン、その矢、
見鬼くん、精霊石、呪縛ロープ、簡易結界、霊視ゴーグル、エトセトラエトセトラ…
と、さまざまな除霊道具が詰まっている。これの中身だけでもウン十億はくだらないだろう。
先ほどまで「世の中金よ、金ー!」などと一人騒いでいた美神はそのバッグを手に取り、横島へと渡す。
戦闘でも活躍するようになったとはいえ、やはり荷物持ちは荷物持ち。特に反論もなく横島はバッグを受け取る。
「よし、それじゃ行きましょ」
「あの、素朴な疑問なんですが」
どうしたんですか?とおキヌが訊ねる。
美神は訝しげに横島を見た。
「あの、目的地はここから結構距離があるみたいですけど。そこまでは、なにで?」
「コブラに決まってるじゃない。あんたはトランクに荷物と一緒ね」
―――やっぱりッスか。
予想どうりの返答に涙する横島。
トランクのなかは普段でさえ猛烈に暑いのだ。今日のような猛暑の日にあの中に数時間押し込められるなんて、常人ならば死んでしまう。
いや、今度ばかりは横島でも死んでしまうかもしれない。
しかし、元より横島に選択の余地は無い。美神はそうそうにガレージに向かってしまった。
「横島さん………ファイトです」
苦笑いを浮かべながらおキヌは横島を励ます。
機嫌が悪い美神を止めないあたり、賢明というかなんというか。横島にとっては薄情そのものである
号泣していた横島だが、これ以上水分を失うと後々危険だと考えたのかピタリと泣くのをやめた。
そして陰鬱な表情を浮かべながらガレージまで行き、
無理やりトランクに押し込められたのだった。
「嫌や………死ぬのは嫌や………」
悲痛な声は空しくもエンジン音にかき消され、横島は一人暑さ我慢大会を開始することとなり
―――トランク内で荷物と共に揺られながら横島は未来を諦めた。
<あとがき>
楽しんでいただけたでしょうか?
長くても前・後編程度で終わらせるつもりでしたが、予想より長くなりそうです。今後も引き続き読んでいただけるとありがたいです。