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▽レス始

「忠雄の世界5(GS)(GS)」

テイル (2005-10-18 01:30)

 残暑が厳しいとはいえ暦の上では秋を迎えている。都会ではまだその色は見えないが、こうして山の上に来るとその事を実感するものだ。普段感じる日差しの強さや、なま暖かい風がここにはない。それが心地よくもあり、それでいて少し寂しくもある。
 人骨温泉周辺の山々は少しずつ赤みを帯び始め、やがて来る冬の到来を思わせていた。夏はそこここにいたであろう小さな生き物の気配が、今ではとても希薄だ。その事もまた、季節の移り変わりを示している。
「夏はやかましかったんすよねぇ、ここ」
「死津喪比女の時だろ? 蝉やらなにやらが頑張って鳴いてたなぁ」
 連れだって歩く忠夫さんが、周囲を見回しながら頷く。
 宿から少し離れた山道でのことである。もちろん美神さんとおキヌちゃんも一緒だ。依頼人である華江さんからの話によると、散歩の途中に件の霊に遭遇したそうなので、そのルートをなぞっているのだ。
 歩いて十五分。まだなにも異変はないが。
『綺麗な女の人でした。尼さん……みたいな服装をしていました』
 あの後顔を出した宿の女将が淹れてくれたお茶を啜り、華江さんは幽霊の特徴をそう述べた。
 ここで俺的に重要になるのは、もちろん“綺麗な女の人”という部分である。会うのが今から楽しみだ。生きていようと死んでいようと、又は人間であろうと無かろうと、美人は大好きである。
 男ならみんなそうだろ?
 もっとも先程のように暴走するつもりは欠片もない。美神さんの前で醜態を晒すのは本意ではないからだ。だから先程のは不可抗力である。なみの美人なら、俺だってあーはならん。いや、ほんと……たぶん。
「その幽霊さんですけど……見つけたらどうします?」
 おキヌちゃんが見鬼くんを持つ美神さんに尋ねた。
「花椿さんの依頼じゃ、調査って事になっているからな。とりあえずその霊がどんな存在なのか調べるつもりだよ。大方自縛霊か浮遊霊か……少なくとも悪霊化はしていないみたいだけどな」
「除霊は……するんですか?」
「現在害が無くても、放っておけば遠からずろくな事にはならないだろうし。除霊というか、成仏させることも視野には入れてる。でも……依頼人からは止められてんだよなぁ」
 美神さんが眉をひそめた。
『決して、祓ったりはしないでくださいませ……』
 調査に出発しようとした俺達に、華江さんはそう言って頭を下げたのである。
 華江さんのように霊の調査を依頼したり、除霊の禁止を依頼する人は実はいる。その霊が知人だったり、親兄弟だったりする時だ。
 しかし……それを訪ねた美神さんに、華江さんの答えは否だった。しかも、それではどうして祓ってはいけないのか、その理由を華江さんは教えてくれなかったのだ。美神さんが複雑そうな顔をするのもわかるってなもんである。
 花椿華江という女性がどのような意図でこの依頼をしてきたのか、それが見えない。当初美神さんの予想では、調査依頼といっても悪霊かそうでないか調べる位だと思っていた。しかし華江さんの話からすると、その霊がどこの誰でどうやって死んだのか……そこまで調べて貰いたいようなのだ。しかもその理由は教えてくれない。
 正直、気持ちのいい依頼じゃない。それに美神さんは、元々暴れる方が好きな人だからな。こういった地味系の仕事はあまり好きじゃないんだ。特に今回のように除霊禁止されているとなおさら。暴れる要素無いもんな。
 まあ、俺としては何も問題ないけどさ。依頼人が美人で、しかも対象となる霊も美人らしいんだ。楽しむ要素はいくらでもあるってもんさ。
「忠雄」
 忠夫さんが不意に俺を呼んだ。
「気づいてるか?」
「へ?」
 忠夫さんの視線は、何故か前ではなく地面に向けられていた。足元を確かめながら歩いているわけではない。それ以外の何かの理由で、忠夫さんは地面を見ている。
 怪訝に思いながら俺も忠夫さんに倣った。しかし、だからといって何があるわけでもない……はずだ。
「えーと。どうしたんすか? 地面が何か?」
 俺の言葉にちらりと視線を向け、忠夫さんは納得するように頷く。
「そうか。どうやら感知能力は俺の方が高いらしいな」
「え」
 忠夫さんの言葉に、俺は少なからずショックを受けた。霊的感知能力に関して言えば、俺のそれは美神さんよりも上である。
 慌てて俺は再び地面を見た。
 ……しかし、やはり何も感じない。なんてこったい。
「まあいいさ。そのうち感じられるようになるだろう」
 忠夫さんの言葉に、がっくりと肩を落とす俺である。
 次元を隔てた同位体って奴なのに、なんか、俺が忠夫さんに劣っているところばっかり見えている気がするぞ。
「……で、なんすか?」
 少しへこみつつ訪ねる俺。
「ああ、実はな……」
 忠夫さんが感じたことを話すべく、口を開いたその時だった。
「ストップ」
 美神さんが片手を上げて俺達を制した。
 足を止めた俺の目に、ぴこぴこと反応をみせる見鬼くんの姿が映った。……どうやら、目標が近くにいるらしい。
 鋭く周囲に視線を向ける。警戒の為だ。いきなり襲いかかってくる可能性だって、ゼロじゃない。その時はこっちからも襲い返すだけ……ごほん。とにかく、華江さんが遭遇しても無傷だったことからして、おそらく悪霊化してはいないのだろうけど、用心に越したことはないってことだ。
 数秒の時が過ぎた。依然として見鬼くんは元気にぴこぴこ動いている。しかし件の霊はその姿を現さない。
 さらに数秒後、見鬼くんの反応がぴたりと止んだ。その反応はまるで、今そこにいた存在がいきなり消えたかのようなだった。もし遠ざかっていったのならば、段々と反応が弱くなるはずだ。
 この現象の説明として、自然に考えるなら穏行が疑わしいと言えた。自身の霊波を隠し、その存在を隠蔽する術だ。しかしどんな霊でも使えるというわけではない。
 もし俺達の存在から、自分の霊波を隠したのなら……この霊はかなり上級の霊ということになる。
 美神さんが振り返った。その視線に俺は首を横に振る。情けないことに、全く何も感じない。
 俺にもさっぱりだということを確認した美神さんは、次いでおキヌちゃんを見た。その視線を合図に、おキヌちゃんは懐から取り出した笛を口にあてる。
 ネクロマンサーの笛。その名の通り、ネクロマンサーが霊を操る際に使用する笛だ。世界規模で見ても数少ないネクロマンサーが扱うだけあって、この笛もそれなりに希少価値が高かったりする。そしてその笛の能力は、音色を霊波に変えて放出すること。
 おキヌちゃんがネクロマンサーの笛を吹き鳴らした。独特の音色が霊波となって、周囲一体を波紋状に拡がっていく。
 もしこの近くに隠れているのなら、これで見つからないはずがない。
 そして。
「!?」
 おキヌちゃんがぱっと首を動かして、ある方向を見た。膝ほどに伸びた草と、大人の胴回りほどはある木々が鬱そうと伸びている山の中。山道から外れたその奥に、その霊はいつの間にか立っていた。やはり穏行を使用していたらしい。
 木陰に隠れるようにして立つ霊の姿は、確かに華江さんが言った通りのものだった。僧衣に頭巾をかぶり、手には数珠を持っている。しかも確かに美人だ。整った顔が頭巾からのぞいていた。しかし一つだけ華江さんの話になかったものがある。
 その霊は、顔の半分を隠していた。もちろん、それでその美しさが損なわれているわけじゃないけど。うん、いい女だ。
 笛の音が止んだ。
「あ、あの、私達あなたに危害を加えようとは考えていません。少し、お話できませんか?」
 ネクロマンサーの笛から口を離したおキヌちゃんが、霊に向けて叫んだ。
 霊は少しの間こちらを見た後、視線を逸らし、そして背を向けた。……去る気満々である。
「ごめんなさい」
 小さく謝り、おキヌちゃんは再び笛に口を付けた。
 逃がすわけには行かないとはいえ、霊に無理矢理意志を押しつけることをおキヌちゃんは嫌う。だから謝ったのだろう。
 ……だがまあ、背に腹は替えられない。なんだかんだでこれが一番穏便な方法なのだ。相手が霊である以上、ネクロマンサーであるおキヌに逆らえるものではないのだから。
 しかし、ここで予想外のことが起きた。
「ちょ、おキヌちゃん。止まらないぞ、あいつ」
 美神さんが驚きながらおキヌちゃんを見た。ネクロマンサーの笛の音色が響く中、霊はその動きを止めようとはしなかったのだ。
 おキヌちゃんの目にも狼狽の色が浮かぶ。どうやら手を抜いているとかではないみたいだ。
「まずい! 逃げられる! 追え、横島!!」
「らじゃー!!」
 美神さんの言葉に、俺ははじかれたように走った。
 もう待ってましたって感じだ。だってこれはチャンスだろ。手荒な真似をせずに捕まえるって事を前提に考えれば、どうやってあの霊を止めるのが最善か。
 そうそれは、抱きつきだ!! 死んでるとはいえ、若い美人のねーちゃんに公然と抱きつけるのだー! ここで燃えなきゃ俺じゃねえぜ。
 みるみる目標との距離が縮まっていく。俺の気配を感じた尼姿の霊が振り返ったが、もう遅い。既に一足の間ーーっ!
「貰ったぁぁぁ」
 俺は走った勢いのまま、その霊を押し倒した。
 驚いたように目を見開くその様子も、とってもグッド。
「おおー、やーらかいなーかーわいいなー。ただお、しやわせ〜」
 ぐりぐりと顔を押しつけてみる。
 ああ、なんかとっても気持ちがいい。この感触といい、生身の人間と変わらんよなー。GSになってよかった――って、あれ? なんだろう。この抱きつき具合……どっかで覚えがあるような?
「あれー?」
 不思議に思った俺は、顔を上げて霊の顔を覗き込んだ。布によって半分隠されたその顔は、熟したトマトのように真っ赤になっていて、唇はわなわなと震えていた。……あれ?
「ぃやああぁぁ!」
 張り手炸裂。
 そうだよな、こっちから触れられるんだから、向こうも触れられるよな……。
 そんな理解が拡がる俺の腕から、その尼さんは見事に抜け出すと、あっと言う間にその姿を消し去った。
 うん、つまりは逃がしちゃったって事だね。はっはっは。


「くそ」
 見鬼くんとおキヌちゃんのネクロマンサーの笛で周辺を捜索し、なんの手がかりも残っていないことを知った美神さんが舌打ちした。どうやらあの霊は、残留霊波すら消し去ることができるらしい。
 俺が尼さんを逃がしてから十分ほどが過ぎていた。
「一度捕まえときながら……まったく」
 呟きながら俺を睨む美神さん。
「だ、だって。なんだか抱き心地が懐かしくて……仕方なかったんやーー!!」
「何が仕方ないだ、気を抜きやがって。油断こそがもっとも恐ろしい伏兵になるって何度もいっとろーがこん馬鹿たれがっ!!」
 拳骨が落ちる。うう、痛い。美神さんの折檻は一撃一撃が重いんだよなぁ。
 ……まあぶっちゃけ、燃やされないだけましなんだけどさ。
 え? うん。燃やされた経験、二三回あるんだ、実は。
「忠夫さん……何笑ってんです?」
 美神さんが憮然とした声を出した。その対象は忠夫さん。先程から俺達を見ながら爆笑中。
「いやぁ、なんだか懐かしいっつーか……こうゆうの見てると楽しいね!」 
 どうやら俺と美神さんのやり取りが琴線に触れているらしい。
「ったく、冗談じゃないぞ。さっさと終わらせて氷室家に行く予定だっつのに」
「まあまあ。仕方ありませんよ」
 怒れる美神さんを宥める菩薩様は、柔らかな笑みを俺に向けた。
「幽霊に欲情するお馬鹿さんなんですから……横島さんは」
 そのこめかみにうっすらと血管が浮いていることに、俺は初めて気づいた。
 ……あー、おキヌちゃんも怒ってんのね。
「全くだ。そう言えば幽霊だったおキヌちゃんに抱きついたこともあったな……お前」
「変態さんですよ、本当に」
 ああああ。二人して虐めないでっ! 俺が悪かったから……って、ん?
 頭を抱えた俺は、何か引っかかるものを感じた。それはすぐに俺の中で形になる。
「ああ、そうか」
 俺は納得したように手を打ちならした。あの尼さんに抱きついた時の感触に覚えがあったが、それをどこで感じたか思い出したのだ。
「おキヌちゃんに抱きついた時かぁ」
「いきなり何を血迷ったことをいっとる!」
「横島さんの馬鹿!!」
 呟くように言った言葉に、即座に美神さん達が反応。容赦ない二人同時攻撃が俺に突き刺さった。
 くぅ……キっくぅ。
「じゃなくて! 違うぅぅぅ」
 思わず叫ぶ俺。
 しかし美神さん達の罵詈雑言は収まらない。それどころか、時たま手も跳んでくる。
 ぅわーい。酷い使いじゃない? まあ、俺ってやっぱこんな扱いなんだよね。へ、慣れてるさ!!

 ……そこ。あんまり爆笑しないように、忠夫さん。


あとがき
最近忙しすぎました。
3日家に帰れなかった……。


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