「皆様! TVの前の視聴者の皆様! あの光景がご覧になられますでしょうかっ!!」
胴体部分に浪花TVと書かれた一機のヘリコプターが旋回しつづけている。中に乗っているのはクルーとリポーター。どうやら、現在起こっている現象を取材に来たらしい。
「現在地は○○県S地区っ! 一帯が煙のような物で包まれています! 先程、先発の取材陣が突撃を敢行したようですが、今の所連絡は来ておりません! 大変危険な可能性もあります! 付近の住人の皆様は、直ちに離れるか、もし既に囲まれているようならば決して外には出ないで下さい!」
必死で声を嗄らすリポーターの眼下には、風が吹こうともヘリのローターが接近しようとも動かない、不思議な煙が漂っていた。おそらく、全国のお茶の間ではこの事態に興味津々程度の意識しか持っていないだろうが、それでもリポーターは声を嗄らす。
「もう一度言います! 絶対に近づかないで下さい! 大変危険なものである可能性も考えられます! 付近の住民の皆様は―――うおっ?!」
がくん、と、機体が揺れた。慌てて近場の手すりを掴み体を固定する。それでも、機体の揺れは中々収まろうとはしてくれなかった。
「ばっきゃろうっ! 無茶な事するんじゃねぇっ!」
「何があったっ?!」
コックピットから罵声が響く。安全ベルトのおかげで落下は免れたリポーターが問い返すが、結果として、その必要は無かったと言える。
答えが、凄まじい勢いでカメラの前を通り過ぎていったからだ。
「今の―――うおおおっ?!」
再び、収まりかけた揺れが再発する。
「今度は何だぁぁっ?!」
「下ですよっ! 下ぁぁっ!!」
コックピットから響いたのは、罵声でなく、悲鳴。嵐の中で舞い踊る木の葉のように、二転三転する視界の中で、微かに引っかかったのは―――。
「煙が、吹き飛ぶ・・・」
まるで燃え上がるように、火花を散らしながら消えていく煙と―――巨人に群がる、奇怪な、禍々しい影達だった。
時は僅かに遡る。
「ふしゅるるるるる・・・」
「また、また貴様かぇっ!!」
突き上げられた拳によって、幾輪かの花をいともあっさり散らされた死津喪比女。その前に雄雄しく立つのは、その昔この地を治めた領主の娘、女華姫。
但し、身長20M。まっちょ。しかも体中に光り輝く模様が沢山張り付いてる。
「この前の夜、あれだけ痛めつけてやったにも係わらずっ!しつこい奴は、嫌いだわえっ!」
「ふ。本体との連結を切られそうになって、慌てて逃げ出した小心者の台詞とは思えぬわ」
心底うっとおしそうに叫んだ死津喪比女に、不敵に笑い返す女華姫。
「それに、じゃ」
「・・・ちっ!」
微動だにしなかったその体を、ゆっくりと動かし構えを取る。右手は握り締め、腰の辺りに。左手は自然な動きで上がり、拳一つ分頭より上がって開かれる。対抗するかのように、死津喪比女達も散開する。
「今度は、本気で行けるわっ!!」
「ほざいたなぁぁぁっ!!」
ぶつかり合う、巨人と妖怪。その衝撃は、全てを薙ぎ払う豪風のようで。
―――辺りを覆った、靄をも全て薙ぎ払う。
凄まじい勢いで飛び交う、砕かれた木々や小石達。次の瞬間には、再び構えを取った女華姫と、更に数輪砕かれた死津喪比女の姿。
「・・・ふ、ふははははっ!」
だが、響いたのは死津喪比女の哄笑であった。確か砕かれはした死津喪比女の花達。しかし、それは結局ただの端末。幾輪散らされ様とも、今のように―――
「所詮、この程度かえっ!」
地面が盛り上がり、豪風に吹き散らされた花々よりも、更に多くの花が出現してしまえば元の木阿弥である。
「・・・くぅ」
そして、刺のある花を散らした豪風も、決して無傷ではいられない。右腕には幾筋もの傷が刻まれ、胴体や頬にも、一直線に傷がある。重傷ではない。重傷ではないが―――
「長期戦は、不利と言う事か・・・」
刻まれた傷は、魂そのものに刻まれた傷。数を追いつづければ、何時かは己の形を保つ事さえ危うくなる。
「・・・不味い、かもしれぬなぁ」
それでも、女華姫は不敵な表情を崩さなかった。
「・・・すっかり、萱の外ですね、俺ら」
「・・・あんな怪獣大決戦に入って踏み潰されたくは無いわよ」
最早、ただ呆然と眺めるくらいしかやる事の無い美神と忠夫は、不貞腐れたようにしゃがみこんで、拾った小枝で地面に書いた○×ゲームに興じていた。
「ああっ・・・! 危ないっ! 其処ですよ、姫様ー! あっ、後ろ後ろーー!」
なんだか必死の決意も、折角の台詞も全て色々とめちゃくちゃになったおキヌも、その傍で声援を送っていた。美神達に背を向けて。
前に回りこまなくても、後姿から耳が真っ赤に染まっているのは見える。・・・どうやら、結構恥ずかしいらしい。
「・・・ま、何とかなるでしょ」
「だと良いんすけどねー」
「そうも言ってられなくてな」
「「うわわっ?!」」
「道士様っ?!」
唐突に、非常に唐突に、先程消えた筈の道士が出現する。美神と忠夫の真ん中、○×ゲームの跡の上に。
「召喚っ?! こんな子供の遊びでっ?!」
「違うっ!!」
思わず突っ込んだ忠夫に叫び返しながら、居場所をささっと横にずらしてこほんと一息。
「力の源を、地脈に繋がる装置から切り替えただけだ。―――妻と同じ物にな」
「あ、結婚されたんですかー、おめでとうございます」
「あ、これはどうもご丁寧に・・・じゃなくてっ!!」
深々と頭を下げるおキヌに、照れたように、恥ずかしそうに笑顔で頭を下げ返し、お礼を返した所で我に返る。空咳を3度繰り返し、なんとか真面目な顔に戻す。
「今の姫は「おキヌちゃん、あんまり心配かけさせないでよ・・・」・・・おーい」
「美神さん・・・」
ようやく自分で此方を振り向いたおキヌを、優しく抱きとめながら美神が囁く。その優しい声に、止まった涙が零れ落ちそうになるのを感じながら、感極まったようにおキヌが呟く。
忠夫も、それを幸せそうに、涙を堪えながら見ている。
道士は、いじけて一人で五目並べを始めた。
「おキヌちゃん、もう、さっきみたいなのは無しだって」
「・・・あ、あああああのっ! 御免なさいっ!」
忠夫に真っ赤になりながら、美神の腕の中で頭を下げるおキヌ。一体何に対する「御免なさい」なのか、それはおキヌの頭に、自分の顎を乗せるようにして半眼で忠夫を睨む美神辺りが一番良く分かっているのかもしれないが。
「・・・そろそろ良いかな?」
「や」
「なんでだぁぁっ!!」
ぷい、とおキヌの頭に顎を乗せたままの美神が顔を逸らす。何とか入って行けなさげな雰囲気に、必死で割り込んだ道士が哀れではある。
「だって、協力しろとか言われそうだもの。しかも無料で」
「だああああっ!!」
どうやら、さっさとおキヌを助ける手段―――女華姫様、ご登場―――をやらなかった事で少々ご立腹のようではある。
そんな彼女を見て、思いっきり頭を抱えて蹲る道士。
「美神さん・・・」
その光景を、ちょっと困ったように見ていたおキヌが、その手を、そっと、自分を包む美神の腕に触れさせる。
「・・・ま、妹分の頼みじゃしょうがないわねー」
「美神さんとおキヌちゃんがそう言うなら、俺に異存は無いっすよ」
まだまだ不貞腐れたような表情ながらも、渋々おキヌを離して話を聞く体勢をとる美神。それを一緒になって、と言うか黙って見ていた忠夫も、その横に並ぶ。楽しげに笑いながら。おキヌも、何時ものように二人の後ろにふわり、と浮かぶ。
「それじゃ、GS美神除霊事務所が、貴方の依頼を受けてあげるわよっ!!」
覇気に満ちた笑顔で、所長が、そう宣言した。
「あー、つまりだな。今の姫は、そう、エネルギー不足と言う奴なのだ」
ちなみに、そうのたまわる道士の後ろでは、声高らかに笑いながら、「エネルギー不足」の姫様が、死津喪比女達相手に大激闘を繰り広げていたりする。
「・・・あれで?」
「あれでも、だ」
呆れた様に呟いた美神の感想も、当然と言えば当然だろう。しかし、道士は真剣な、いや、切羽詰った表情を崩さない。
「あれは、我が妻は、妻自身の願いで私が括った」
「・・・まさか、貴方」
「そう、この氷室神社そのものに、だ」
その魂を地脈に括られ、何時かは山の神となる事を目的としたおキヌ。
そして、その魂を、神の宿る社に括られた女華姫。
「―――只の人の魂を、神様にまで昇華させるつもりでいたのっ?!」
それは、どれほど無謀な事であろうか。神域にて育った訳でもなく、ましてや強力な例能を持っていたわけでもない。そんな力があれば、死津喪比女を倒す為に、そして、その際におキヌを犠牲にしなければならなかった程に、追い詰められることも無かったのだから。
「そうだ。私は、妻にどれほどの苦難が在るか知っていて、彼女を括ったのだ」
その事は、滅多に見られないほど、忠夫やおキヌたちが始めて見るほどに蒼褪めた美神の表情が、何よりも雄弁に語っていた。
「其処までしてあれを退治したかったのっ?! 其処までしなけりゃいけない程、死津喪比女が―――」
「―――そんな訳が無かろう。言った筈だ。彼女自身の願いであった、と」
疲れたように、諦めたように道士が呟く。
「説得した。何度も、何度も諦めるように言った。最期の瞬間まで、止めろと言った。だが、だがそれでも・・・!!」
悲しげな、しかし、誇らしげな道士の視線が、事態を理解し始めたおキヌの瞳に合わせられる。
「私は幸せだったと言うのだ・・・。良き夫を持ち、沢山の孫と領民に笑いかけながら、だから幸せだったと言うのだ。そして、願わくば親友にもこの幸せを知ってもらいたいと言うのだ・・・!!」
誇らしげに、それでも瞳から涙を零しながら、道士は続ける。
「その為なら、幸せを掴ませる為なら、苦難などいかほどの物かと笑うのだ・・・!」
ふ、と。全てを、背負った全てを降ろしたように、疲れた声が続けられる。
「・・・真っ白に染まった頭で、悲しそうに、それでも嬉しそうに笑う彼女の願いを、断る事など出来なかった。妻の死後、その魂を括り、神社として子孫に繋げて行った」
視線が、死津喪比女と戦う女華姫に向けられる。
「そこまでの信念を持った妻が、誇らしかった。そして、それでも止めたかった。・・・だから、最後まで悩んでしまった。賭けは、昔の私と、その影の賭けは・・・どっちが負けたのだろうか」
沈黙と共に聞いていた美神が、ようやくと言った感じで言葉を舌に乗せる。それは、確かに驚愕と困惑に踊らされていながらも、美神令子としての意を崩さない、彼女らしい言葉だった。
「―――了解。この依頼、きっちり方を付けてあげるわ。だから、言いなさい。一体、何がエネルギー不足の原因なの?」
「・・・妻のあの姿は、武神としての姿。他の神通力などを一切持たず、只、己の身で戦うだけの、神としては最低限の機能しか持たない結果なのだ。それでも、アレには足りない物がある」
疲れたような声も、重荷から開放された虚脱感も、全てをひとまず置いて、道士は美神の言葉に答える。
「・・・信仰だ」
「・・・成る程、神としては、若すぎるって事ね」
「どういうことっすか?」
どうやら二人の間では十分に通じたらしいが、全く把握も出来ていない忠夫と、その横でこくこくと頷くおキヌに説明する美神。
「若すぎるって、300年近くも括られてる訳ですよね? ならなんで」
「―――たったの、300年よ。しかも、神として、こんな僻地の神社じゃまともに信仰も得られていないでしょうね。それなのにあれほどの力の放出、魂ごと消滅しても可笑しくないわ」
―――なんとも極端な言い方であるが、神は、信仰を餌にする。人々から集めた信仰と言うなの心の力を触媒に、己の力を高めていく。
そう、恐れられてこそ、畏れられてこそ神なのだ。
確たる背景も無く、只一人の願いと、たった一つの一族の信仰。得られる力など、それこそ微々たる物である。
そうであるにもかかわらず、未だに響く爆音と閃光。
―――足りない分は、己自身を代償にするしかない。
「そんな・・・じゃあ、姫様はっ?!」
「・・・本気で、自分を代償にしてでも潰す気ね」
「だから、それが分かっていたからこその・・・いや、所詮は只の天秤か。妻の魂と、おキヌの魂との」
沈黙が、辺りを包む。誰もが心に虚しさを感じていた。理不尽さを思い知っていた。
―――だからこそ、諦めてなんてやれる筈が無い。
「美神さん、オカルトGメンと、って言うか、義兄さんと連絡取れません? どうやら、靄も消えたみたいですし」
「義兄さんはとりあえず置いておくとして・・・何でよ?」
半人狼は、何時の間にか耳を押えるバンダナを外し、その両耳をピンと立てて何かの音を探っていた。驚いたような道士の目線を至極あっさりと無視しながら、
「お、いたいた。こーいう時って、警察とか消防とかよりも早い人たちって、いるんですよねー」
悪戯好きの、子供のような笑顔を浮かべた。
「西条さん! 良かった、通じたわねっ!」
「令子ちゃんかい?! 今、人骨温泉に向かって移動中だ! 状況を―――」
「詳しく説明してる暇が無いのっ! 良いから、こっちの話を聞いてくれるかしらっ?!」
通信機の向こうからは、どうやらプロペラが回転する音と空気を切り裂く音が聞こえるようである。
だが、今はそれを気にしている場合ではない。
「――分かったっ!それで、何をすればいいんだいっ?!」
「ありがとっ! 良い? 先ずは―――」
機関銃のように話される、美神からの頼み事。それを、周りの騒音に掻き消されないように通信機を耳に押し当てた反対の手で、耳あてを押えていた西条の口から訳がわからないといった感じの声が洩れる。
「・・・え?」
「急いでっ! あんまり時間が無いのっ!」
その一言を最後に、音を立てて切られる通信。首を捻りながらも、頼み事を適える為に西条が取った行動と言えば、たった一回の転進であった。
そして、それだけでも、十分であった。
「・・・これは、力が漲って来る?!」
「おお、効果あり。偶にすげーな、俺」
「ぬおっ?!」
突然己の体に、力が満ち溢れ出した事を感じ、握り締めた拳を開いたり閉じたりする女華姫の耳元で、聞いた事の無い声が聞こえた。
慌ててそちらを見やれば、何時の間にか肩の上に誰かが立っている。
「お主は・・・おキヌの」
「同僚っす。おキヌちゃんに求婚中。んで、なんで力が漲って来たかってーと」
驚く女華姫に、悪戯が成功したような笑みを見せながら、親指を上に向けて立てる忠夫。
そちらを振り仰いだ女華姫の目に入ったのは、
「妙なトンボじゃな」
「違う違う。あれはへりこぷたーって言うらしいっすよ? 俺も乗った事無いけど」
どうやら、すっかり忠夫の中では無かった事になっているらしい。
「んで、あの中にはかめらってーのがあって、それはこの国の皆が見てるTVに繋がってるんす」
「・・・時代は進んでいくと言う事か」
全く訳が分からないなりに、とりあえず分かった事を噛み砕く。つまり―――
「成る程。今のわらわの勇姿が」
「この国のみんなの前で、かっこよく映るように説明してもらってるんす。そしたら後はほっといても問題なし!!」
ぎりり、と音さえ立てて握り篭められていく拳。先程までは、いかにも頼りなく思えたが、今なら地面ごと砕けそうだ―――。
「さーて、悪者退治と」
「洒落込もうぞっ!」
女華姫は、そう叫んで突っかけた。
「ただ、わらわもちょっと恥ずかしい・・・」
「だいじょーぶ。立派立派っ!!」
「女子に対する言葉ではないな・・・」
そんな会話も聞こえたりするが。
「見えますでしょうかっ?! あれが、東京に大地震を起こそうとした妖怪と、それを防ぐ為に降臨した武神との戦いですっ! 皆さん、この映像はCGではありませんっ! 今、人々を守る為に、この地の神様が戦っていますっ!! ・・・此れで良いですか?」
「上出来上出来。ほら、神様の後光が大きくなった」
「皆さんっ! 今、あの武神は守る為に戦っていますっ! どうか、その勝利を祈ってくださいっ!」
「うーん、やっぱりプロだねぇ」
上空のヘリの中。正確に言えばヘリではなく、どちらかと言うと輸送機に近いオカルトGメンの装備の一つである機体の扉の前で。
ニアミスをした報道ヘリ、しかもその後の死津喪比女と女華姫の激突で生まれた衝撃に撃墜されたヘリのクルーを拾い、応急措置も程ほどに特ダネの一言で懐柔し、実は結構なヤバイ位置まで連れて来た西条は目の前の包帯だらけのカメラマンとリポーターに賛辞を送りながら、下の様子を眺めていた。
「全く、こんな強引な手段で信仰と言うか祈りを集めて・・・後で困らないと良いけどね」
苦笑いしながら、ヘリの奥に引っ込んで何かごそごそしだす西条。
再び扉の傍まで来たその手には、長い袋が存在していた。
「小僧、何のつもりかえ?」
「あ、ちょっと喧嘩を売りに来ましたー」
女華姫の足元と言わず、既に肩の辺りまでその高さを伸ばした死津喪比女の花が問う。それに軽い答えを返す。見る間に死津喪比女の顔が残忍な表情を浮かべ―――
「なら、纏めて消滅させてあげるわえっ!!」
「相手は泥臭いゴボウっす! 頑張って姫様!」
「ちゃ、ちゃんと温泉に入ってから来たわーー!!!」
そんなにゴボウ呼ばわりが気に入らなかったのか。そりゃそうだ。
そんな訳の分からない怒り心頭の死津喪比女に向かって、更に続けて忠夫が叫ぶ。
「今っす! 姫様、霊力砲! 勿論目からっ!!」
「何ぃっ!!」
その言葉に伸ばしかけた腕を引っ込め、慌てて防御の体制をとる。
しかし、何時まで経っても目から霊力砲は来ない。恐る恐る目を開けた死津喪比女の瞳に写ったのは。
「ふんっ!!」
「うそつきー!!」
「騙される方がアホなんじゃー!」
振り下ろされる、女華姫の拳。動きを止めた死津喪比女達の、その集団をしっかり抉る。
「それキックだ姫様っ!」
「ちっ!そう何度も騙されると思うなっ!」
今度はしっかり広がり、薙ぎ払われた巨木のような足の被害をできるだけ小さく―――
「足っ?!」
「わーっはっはっはぁ! 今度は嘘じゃないもんねー!」
「こ、このクソガキーー!!」
悪態ついても時遅し。しっかり薙ぎ払われた足は、その範囲内の死津喪比女達の根っこを引っ掛け、無理やり持ち上げる。
「それ捕まえてっ! できるだけいっぺんにっ!!」
「応っ!!」
一声答えた女華姫は、吹っ飛ぶ死津喪比女達の体を、根っこごと大量に引っ掴む。
「そーれっ! 収穫じゃぁぁっ!!」
「そいやっ! そいやっ! そいやっさ!!」
女華姫の肩の上で応援するように扇子を広げて踊る忠夫。それ、何処から取り出した。
「この、この程度っ!」
「黙って引っこ抜かれてなさいっ!」
なんとか掴まれた腕を振り払おうとやたらめったら攻撃する死津喪比女達の目に、こちらに向かって腕の上を駆けて来る美神の姿が映し出される。
その手に輝くお札に嫌な予感を駆り立てられ、掴まれた花全部で同時に攻撃しようとして。
「其処までですっ!」
上から急降下してきたおキヌが、その手に握った呪縛ロープを巻き付けながらぐるぐると回る。
「こ、小娘ぇぇっ!!」
「・・・不気味な花束ねー」
「病気の人とかに送ったら絶対嫌がらせですよねー」
ふよふよと浮かぶおキヌに、片手でぶら下がる美神。最後に言い残していった言葉に井桁マークが何個も浮かぶが、伊達に超が幾つもつくほど高品質且つ高級な美神の装備じゃない。しかも、今回はその中でも特級の奴を使っている。何時かは千切れるだろうが、それまでの時間は与えない。
「女華姫様っ! 力を送って固定する感じて一気にやっちゃってっ!」
「心得たっ!」
「頑張って、姫様ー!」
「そいやっ! そいやっ! そいやっさ!! あ、そーれっ!」
一人だけ、と言うか一匹だけふざけているように見えるが、本人はいたって真剣である。その証拠に、額には珠のよーな汗が。無駄とは言っちゃいけない、多分勤労の汗である。
とまれかくあれ、根っこを張って必死に堪えていた死津喪比女も、流石に耐え切れなくなったようである。
ぼこん、と音を立てて、収穫される芋のように引きずり出される目玉のついた球根のような本体、大小2株。
「こ、こんな無茶苦茶な奴らにっ?!」
「わらわの領民達と、わらわの親友と、わらわの夫を苦しませた報いじゃあぁぁぁっ!!」
勢い良く、死津喪比女達の花束を投げ捨てた女華姫が、大きい方の球根に向かって拳を振り上げる。
対抗するように、球根の表面の目から、雷光のような妖力波を放つが、女華姫の拳は止まらない。
それを突き抜け掻き散らし、問答無用で、突き刺さる。拳を、腕を、肩を、顔を焼かれながらも―――それは、球根を貫通した。
「こ、このぉぉっ?!」
小さい球根は、僅かに残った根を揺らしながら、その瞳に力を溜める。しかし、それを放つ寸前に、その瞳に、凶悪な弾丸が直撃した。
その弾丸は一瞬にして燃え上がり、球根全体を炎で包む。
「がぁぁぁぁっ?!」
「いたたたた・・・美味しい所を持っていくのも、楽じゃないねぇ。しかし、さすがドクター・カオス。拾い物とは言えいい仕事してる」
その一撃を放ったのは、輸送機の内部で某ブラドー島でマリアが破棄した長銃を改修した物。引き金を引いたのは、西条。肩を脱臼しながらも、ロングショットを見事に決めた、言葉通りの美味しいとこ取りの男であった。
そして、痛みに肩を押さえる西条の前で、炎に包まれ悶え苦しむ死津喪比女の本体に、女華姫の踵落しが―――見事な角度で突き刺さり、その断末魔ごと、地面に深く、叩き付けた。
それが、その余りにも300年と言う時間に比べれば短い戦いが、過去への決着の一撃となった―――。
「お久し振りです、姫様・・・!」
「ようやく、ようやく終わったの」
夕日の沈むぼろぼろの境内で、巫女服の少女が綺麗な和服を着た姫に抱きつき、泣いている。
「全く。そう泣くでない。これでわらわも満足して成仏できると言う物なのに」
「でも、でも・・・私のせいでそこまで・・・!」
「馬鹿者」
ぺしっ、と軽い音を立てて女華姫の平手がおキヌの頭に振り下ろされる。それは、どこまでも暖かい掌だった。
「お前の『せい』ではないわ。―――お前の『為』なのだから」
「ふ、ふぇぇぇん」
「・・・子供みたいによく泣くの。何時ぞやとは、逆ではないか」
振り下ろした掌を、そのまま頭を撫でる動きに変えながら姫が呟く。その瞳は、何処までも優しく、どこまでも暖かい。
「なぁ、おキヌ。わらわは、幸せであった。だから、今度はお前の番」
「ふぇ?」
泣きはらした顔を上げたおキヌの目に、氷の塊が突然現れる。
「・・・おキヌちゃんっ?!」
「・・・成る程、氷室神社ね」
その氷の中に、眠るようにしておキヌの体があった。それは、確かに死んでいるように見えながら、同時に生あるものの息吹を感じる、不思議な、不思議な氷の棺。
「左様。あれは、おキヌの肉体を閉じ込めた氷。此れに掛けられた呪を解けば、おキヌは再び蘇る」
「・・・今まで何処におった? 後で話があるからちょっと来るのじゃ」
「・・・い、今はそれどころでは無かろう? な? な?」
「「うわ、弱」」
「入り婿は色々と大変なのだよっ!!」
呆れた様に呟いた二人の前で、突然現れた道士が姫に襟首掴まれて確保された。
「地脈の力、わらわの力、それに命あふるる若い女性と、正しき肉体の所持者である魂。此れだけあれば、十分にお前は復活できる」
「そ、それは私の台詞・・・」
「何時までもわらわを出てこさせなかった亭主は黙っておれ。さ、おキヌ・・・」
しかし、女華姫の視線の先で、おキヌは困惑したように浮かんでいる。
「どうした?」
「あ、あのっ! もうちょっとこのままで居られないでしょうか?」
慌てたように告げたおキヌの目には、迷ったような色がある。
「だって、その、突然すぎるし、それに・・・」
「記憶を失う事か? ・・・またこの馬鹿亭主が余計な事を」
「だって本当の事だろうがっ!!」
掴んだ襟首を持ち上げ、拳を振り上げる女華姫に、道士が必死で両手を振って抗議する。それを見た女華姫は、溜め息と共に道士を降ろしておキヌに向かい合う。
「―――本当に大切な事は、忘れない事」
「・・・っ」
それは、確かに彼女が言った言葉。何故それを知っているのか、そして、何故、そこまで優しい顔ができるのか。
「後ろを見てみなさい」
優しい声に促されて見てみれば、其処には此方を、何時も通りの表情で、事務所で、仕事帰りに、いつも何処かで見ていた笑顔で、こちらを見つめる二人の姿。
「生きて、おキヌちゃん。いつでも、何時までも、待ってるから。幽霊のままで居るよりも、生きている事には意味があるわ。例え今の貴方の記憶が、掌から零れる水のように消えたって、必ず残る物はあるわ。―――だから、また、生きている貴方と、会いましょう?」
「お別れじゃない。お別れなんかじゃない。絶対俺は忘れない、忘れてなんかやらないからね。迷う事なんて無い・・・俺達は、何も無くしたりなんてしないから! また会えば良いだけさ! だろ?!」
力強い笑み。その事を、心の底から信じている笑顔。別れる訳じゃない。さよならする訳でもない。いつかまた、きっと出会う。
それだけは、忘れちゃいけないことだから・・・!
「生き返ったらまた求婚するから、待っててくれよ、おキヌちゃんっ!」
「あんたは結局そこかいっ!!」
親指立てて、笑顔のままで。美神の神通棍に吹っ飛ばされる忠夫を見て。
「・・・良い、人達を得たな」
「ええ。私の、姫様と同じくらい、大切な人達です・・・!」
「・・・生きよ、おキヌ。幸せになれ。それが、わらわの願い」
す、と振り上げられる女華姫の腕。
「・・・絶対に、絶対に忘れませんっ! 例え忘れても、絶対に思い出しますっ! だから、だから―――!」
「ああ、さよならじゃない!」
「また会いましょう、おキヌちゃん」
振り下ろされた腕が告げるのは、おキヌの刻む、命の鼓動。
そして、おキヌは、その肉体は―――300年ぶりに、再び時を刻み始めた。
「―――なぁ、おキヌ。いつか、沢山子供を作って、この神社を、わらわを尋ねてくる事も、覚えて置いてくれるかや?」
「―――勿論ですよ、姫様っ!」
―――アトガキッポイナニカ―――
はいすいませんmaisenでございます^^
というわけで月に吼える、第二部第六話、此処にお送りさせていただきます。
久し振りに、翌日に書いたなー。
レス返しー。
ト小様>同じようでいて微妙に違う辺りがなんともはやw 湿っぽくとも、暗くても、きっと彼らが彼らである限り、ですなー。 はてさて今回のお話、納得していただければ幸いです。
皇 翠輝様>アリかな? 駄目かも? まあいいかw そんなノリでやってます。 果たして此れがハッピーエンドなのかどうかは、どうなのでしょうね?
法師陰陽師様>ええと、本人様です、はいw まぁ、そう簡単に神様に成れればくろうはしませんよねぇ。そんな感じでもあります。でっかい事は良い事だ(謎
黒覆面(赤)様>流石に光線は撃てませんでした。はいw 過分なお褒めの言葉、大変嬉しく思います^^
偽バルタン様>ギャグフィルターが掛かり切っていれば問題なく最強だったんです、チョウロウみたいにw それなりに、強いけれども時間制限アリ・・・うわ、此処まで書いてまんまウルト○ラマンやん、とか思いましたorz
黒川様>は、落ち着いてくださいw うおおっ?! 読まれてたw そうその通り、全くのビンゴ、大正解でございますw でもなんだか口惜しかったり嬉しかったりorz
貝柱様>ええ、確かにインパクトは最強ですなw しかも結局死津喪比女様負けちゃいましたしねー。 もうちょっと、頑張ってもらっても良かったかな? その場合、おキヌちゃんの体が人質にー、でしたがw
キリュウ様>あ、ありがとうございます^^ 今回のお話も楽しんでいただければなによりでございます。
ヴァイゼ様>道士さんも最後までシリアスではいられませんでしたなー。まぁ、しょーが無いと言えばしょうがないと言う事でw 今回の忠夫君、脇役気味―。あれ?
D,様>とは言え3歩進んで2歩下がっている訳ですがw 再登場をお楽しみに〜。
神乃飛鳥様>はじめまして^^ あー、早苗ちゃん、いつかフォローしないと駄目ですな。良いとこなしでしたし。 中身が良ければ良いんですよ、少なくとも道士はw
光と闇の仮面様>そうですねー、そのままだと悪霊とまではいかないにせよ、少なくとも死津喪比女と戦う力を得る事は出来なかったでしょうから。結局道士に頼ったと言うか、何とかしてくれるだろうと信じたと言うか。ま、普段はカカァ天下なんですがw
k82様>只眠っていた訳ではない、と言う事ですよー。あんまり深く考えちゃ駄目です(爆 ええと、ソンナコトハナイデスヨー? まぁ、おキヌ→忠夫はともかく、忠夫→おキヌのフラグにゃちょっと困りましたが。 足りないんなら足せば良いんですよ?って前も言ったような(何
なまけもの様>は、そのとうり、テスト運用中のG・・・でなくって、緊急出動したGでな・・・間違っちゃいませんなw
柳野雫様>ひと時の別れは笑顔でまた会おう、きっと、それだけで十分なんですよー。だから、涙はいらないと思いました。最後の最後まで、笑顔だけで。ですなー。
リーマン様>確かにあのインパクトは凄まじいの一言ですからw 記憶に残るでしょうな。トラウマ?(爆
イース様>あ、初めまして^^ モニターは無事ですか?w 原作のスタンスを崩さずに、でも原作を見ている人でも意表を突かれる、そんなお話が書きたいですな^^
緋皇様>はいそのとおりw 夫婦仲は良い方ではなかったかと、かってに決めちゃいましたがよかったのかな?w 一見かかぁ天下、でもおしどり夫婦、多分そんな感じですw
八尺瓊の鴉様>うわ、本当に居そうだウルト○マン・メガw というかカプセル怪獣扱いですかいw 死津喪比女様、結構あっさり風味ですた。どうでしょかw
masa様>ええと、ぶち壊し? まぁ勘弁してくださいw それだけは一番最初に頭に浮かんだ展開なもんですからしてw ソンナ貴方に女華姫ベアハッグをぷれぜんと〜(何
ジェミナス様>はっはっはw お説教になってないという突っ込みは無しの方向でーw はてさて姫様、おとなしく成仏してるのやらw
しゅーりょー。
女華姫さまの以外な反響に驚きつつ、次回はどうしましょうかねー。
ではでは、次のお話も楽しんでいただけるように頑張りますので、楽しんでいただければ――これ以上の喜びは有りません^^ノシ