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「嵐の季節(GS)」

八之一 (2005-10-15 01:45/2005-10-18 02:48)

―最初に―
当方、初めての投稿になりますので指定等に不備があると思われます。
そういった事に不快を感じられる方は回避をお願いします。
何らかの不手際がありましたらご指導、ご鞭撻頂ければ幸いです。


『嵐の季節』


「最近、先生のそばに行くととてもいい匂いがするでござる。
 なにか香水でも使っているのでござるか?」

ある晴れた春の日の午後。
珍しくぽっかりと空いてしまったスケジュールを
まったりと過ごしていた美神除霊事務所の面々。
偶々ひのめを連れて来ていた美智恵を交えての雑談の中、
何気なく放たれたシロのそんな一言から事件は始まった。

横島は高校を卒業後、美神除霊事務所に正社員として就職しており、
以前とは比較にならない額の収入を得るようになってはいたが
身だしなみに金をかけるような甲斐性を持つまでには至っていなかった。

「? 別に何も付けとらんぞ?」

連載7年間を基本的に同じGジャンGパンで過ごしたのは伊達ではない。
クライアントとの交渉など、見た目が大事な場所では
きっちりスーツを着こなしたりするのだが、
最近そういう場面は大抵美神だけでこなしてしまうため、
ラフな格好でいる事が定着してしまっていた。
正社員にセクハラされたら責任問題だから、と美神は力説しているが、
本音が外部の女性が横島に接触するのを防ぐため、というのは
衆目の一致するところである。
特定の女性以外との接触が減り、仕事は肉体労働が主体の横島である。
身だしなみに気を使うようになるほうが不自然であろう。
今もGパンに洗いざらしのYシャツである。

「ここに来る前に牛丼屋にでも寄って来たんじゃないでしょうね」

2人のやり取りに美神が新聞から顔をあげて難しい顔をする。

「やめてよねー、ここにはお客さんだって来るんだから」

対外的なイメージには細心の注意を払っているだけに
美神はそういう事にはやや過剰な反応をする。
確かにクライアントを通した応接間に大蒜の匂いがするようでは、
華麗な除霊テクニックが売りの事務所としての鼎の軽重が問われてしまうだろう。

「そんな事してませんよ。散々注意されましたからね。
 大体最近は気軽に食えるモンじゃないッスよー、牛丼は」

チクショーッ、高額納税者様にこの苦しみがわかるかーッ、と叫ぶ横島。
この世界でも並一杯280円は遠い夢となっていた。

「私は全然気付きませんでしたけど。シャンプーでも変えたんですか?」

はい、とお茶を配りながらおキヌが聞いてくる。
それを受け取った横島は

「あ、ありがと。でも洗剤を変えた覚えもないなー」

と返答する。
随分前に特売でまとめ買いしたからなー、としみじみつぶやく。
それなりの収入になっても特売から離れられないのは
母親の遺伝か、それとも貧乏時代の名残なのか。

「違うでござるよぅ、もっとこう、
 先生の身体からするにおいなんでござるよ」

上手く感じている事が伝えられないもどかしさに、
シロの身振り手振りが大きくなる。
それを聞いて、それまでひのめの相手をしていた美神の母、美智恵が
表情を曇らせた。

「シロちゃん、それってどんな感じの匂いなの?」

「うぅ、なんと言うんでござろうか…
 こう胸がもやもやするような…
 思わず走り出したくなるような…
 そう!おへその下あたりがむずむずするようなにおいなんでござる!」

ピキッと空気が固まる。
美神の額には血管が浮かび上がり、
おキヌの笑顔は貼りついたようなものに変化する。
美智恵の眉は明確に顰められ、
横島は顔中に脂汗をにじませる。
シロとひのめだけが凍りついた雰囲気に戸惑っていると
空気を読んでいるのかいないのか、
ソファーでダラダラしていたタマモが指摘する。


「それって発情してるんでしょ」


数瞬の後、固まった空気が爆発する。

「は、は、はつ、はつじょうって、あ、あの、
 せ、拙者が発情しているとでも言うのでござるか、タマモッ?!」 

「し、シロが発情してる?!
 そ、そんな、この運動依存症が?!」

「え、えぇ?!
 で、でもシロちゃんは、その、まだ、(ピー)才ですよ?!」

「まーまー、はつじょーってなーに―」

「失敗したわね…、もう少し間があると思っていたのだけど」

皆そろいもそろってパニックを起こす。
本人も含め誰もシロをそういう対象として見ていなかった事の、
良い証拠のようなものであろう。

「はッ!横島君?!」

美神が諸悪の根源(美神主観)に視線を移す。
相手がシロとはいえ、ここまでストレートに
「あなたに発情しています」などと言われてしまうと、
頑なにロリコンである事を否定し続ける横島でも、
理性を吹き飛ばしてしまうかもしれない。
煩悩魔人の魂は今だ健在であるのだから。

だが、意外な事に横島は冷静な表情で身じろぎひとつしていなかった。

「よ、横島…クン?」

その様子に美智恵も面食らってしまう。
最悪之ケースとして煩悩全開でシロに飛びかかる横島まで想定し、
ひのめの視線をどう逸らすかまで瞬時に考えていたのだが、
さすがに無反応というのは予想外だった。
それはこの場に居合わせた全員の共通した思いだったようで、皆、戸惑っている。
そうしているうちに、横島の頭から白い煙が立ち昇り始めた。

「…せんせい?」

おそるおそるシロが横島の顔をのぞきこむと、

ボムッ

軽い破裂音を響かせて横島の頭が爆発する。

「「「わあっ?!」」」

突然の事に驚く一同。
煙が晴れると横島はその場に倒れて目を回していた。
どうやらオーバーヒートの漫画的表現という奴であったらしい。
皆が浮き足立ち、おキヌが介抱しようと駆け寄った。

右往左往する事務所の面々の中、ただ一人冷静だったタマモだけが
妖孤の超感覚で昏倒した横島のうわごとを聞き取っていた。

「…ドキドキなんかしてない、してないぞ―、
 最近身体の線が柔らかくなったみたいだなんて考えてないぞ―、
 実年齢(ピー)才でも見た目が十分ならオッケーなんて考えてないんやー、
 俺は見えないところにはこだわらん、なんて言わんぞ―、
 家族愛を勘違いしとるだけなんや―、勘違いしちゃいかんぞー、
 時々見せる凛々しい顔に見とれてるのは邪な気持ちからじゃないぞ―、
 でもああやってひたむきに慕ってくれるのは
 嬉しくないと言えば嘘になる…って、
 ち、違うんやー、俺はロリコンじゃない―、そんな眼で見ないでー…」

(充分、有罪よねー…)

妖孤の可聴音域ギリギリで繰り広げられ続けるそれを
騒ぎ続ける皆に告げるべきかどうか悩んでしまうタマモであった。


メートル数万と言う超高級呪縛ロープで拘束され、
額に『私はロリコンです』と書かれた札が貼られた横島が
血まみれになって部屋の隅に転がっている。

部屋の反対側では美智恵がひのめに
2人っきりになっちゃだめよー、とか
鍵のかかる部屋は気をつけるのよー、などと教え込んでいる。
どこまでわかっているのか不明だが真剣に聞いているひのめ。
学習する幼児再び、と言った風情に美神はなにやら激しく既視感を覚えてしまう。
母親のほうも目つきがこれ以上ないくらい真剣なので、
本気のようだと判断した美神は、母親と妹の存在を意識から追い出した。

「兎に角、シロは人狼の里から預かっている大切な身体ッ!
 万が一にも悪い虫なんかがついて傷物にされたら、
 美神除霊事務所の信用にかかわるわッ!」

一同を見回して力説する美神。

「生傷なんか絶えない職場…、イエ、ナンデモアリマセン」

あまりに大袈裟な言いように、いつのまにか復活した横島が
拘束はそのままに席につき、軽口を挟もうとするが、
劇画調の書き文字で書かれたような迫力の美神のプレッシャーに
口を噤まされてしまった。
まあ、確かにそんな扱いをして良い問題ではない。

「何でも良いからシロを狼共から守る方法を考えなさいっ!!」

「シロも狼ですが…へぶうッ?!」

懲りもせずに言わなくても良い事を口にして今度は拳で黙らされる横島。
横では師匠と同じ事を言おうとしたシロが冷や汗をかいていたが、
それでも自分の意向を伝えるべく蛮勇を振るって強張る舌を振るう。

「そ、その、美神殿。
 拙者ら人狼は基本的に一夫一婦制の種族でござる」

「唐突に何よ?」

胡散臭そうな美神。
おキヌも不審そうなのは恋する乙女の直感によるものか。

「つ、つまり、その、相手を定めてしまえば、
 拙者、他には眼もくれないでござる。
 ここはひとつ、先生を拙者の連れ合いにきめてしまえば…」

「大・却・下ッ!!!」

「キャインッ」

4倍のフォントが欲しいくらいの迫力で美神が切って捨てる。

「そんな事したらあんたは寿退社、横島君は婿養子入りで人狼の里に強制移住、
 なんて事になりかねないでしょう?!
 どれだけ戦力ダウンになると思ってるの?!
 2人に投資した分を稼いで回収してもらうのはこれからなんだからね!」

ひどい言いぐさではあるが顔を真っ赤にしながら言っているあたり、
照れ隠しである事はバレバレである。
彼らを手放したくないと言っているようなものだ。
となりで同じく顔を赤くしたおキヌがウンウンとうなずいているのはご愛嬌。
シロは複雑な表情をして黙ってしまう。
提案が言下に却下されたのは少々不本意だったが、
彼女としても純粋に自分を必要としてくれている、というのは
嬉しい事だったのだ。

三者三様に顔を赤くして沈黙していると
撃沈されていたはずの横島がムクリ、と起きあがった。
そして誰かがなにかを言う間もなくいきなり美神に飛びかかる。

「みっかみすわぁぁぁんっっっ!!!」

煩悩丸出しの表情でトランクス一枚になっている。
衣服はおろか最高級呪縛ロープの拘束まで脱しているあたり
既に人間業ではない。
マジシャンになっても食べていけるだろう。

「冷徹な仮面を脱ぎ捨てた女王様、もとい雇用者が、
 その部下の必要性を認める発言…、
 これはもう、愛の告白と判断するしかー!!」

いかに早口とはいえこれだけの長さの台詞をいいきれるほどの滞空時間。
まさに人外魔境の荒業。
そして、

「黙れえェェッッッ!」

撃墜されるまでがお約束である。
車に轢かれたヒキガエルのような音を発してダウンしてしまった。

実は横島、シロの発言以降、一連の話の流れの中で
理性がすでにいっぱいいっぱいの状態であった。
さすがにこのままではヤバイ、と言う認識の元、
撃墜される事までを前提に美神にセクハラをかましたのである。
薄れゆく意識のなか、煩悩がガス抜きされていくのを感じた横島は満足していた。
これで普通に話に参加できる、と。


「健全な精神は健全な肉体に宿るッ!
 性欲を運動で昇華させるのよッ!」

事務所の外に集合した一同の前で、
美神が何時の時代の体育会系だ、と突っ込みたくなるような時代錯誤を
高らかに宣言した。
どこで用意したのか仁王立ちしている美神は、
ジャージに鉢巻、竹刀に下駄、森田○作か中村○俊かという出で立ちだ。
○間由紀恵というにはちょっと迫力がありすぎた。

一方、横島は自前の自転車に跨り、
シロはそれに繋がるロープを肩に掛けている。
いつもの散歩のスタイルである。
用意を終えた二人に、美神は竹刀をビシッと突きつけて宣告する。

「シロと横島クンはその状態を維持したまま、散歩を時間無制限!
 おキヌちゃんは幽体離脱して伴走!
 シロがその、ふ、不埒な行為に及ばぬよう監視するのよ!」

言って耳まで赤くなる美神。
発情期が過ぎるまでの間、
シロが余計な事を考えられなくなるまで走らせておけば、
なにも出来ないから問題解決、という大雑把というか力技な計画である。

「む、無制限?!いいのでござるか?!」

「む、無茶苦茶や―ッ、そんなの耐えられるか―ッ!」

眼を爛々と輝かせるシロと、泣き叫ぶ横島。
いつもは通常業務と横島の体力を考慮して、
最長で2時間までと制限されているのだ。
確かに無茶である。しかし

「やれば出来るッ!!」

意外に美神は根性論者であった。

「あ、ちなみにペダルから足が離れないよう呪いをかけておいたから」

美神がそう言った瞬間、
ペダルから伸びた爪がバシバシバシッ、と音を立てて
横島の足を固定する。

「ああ―ッ、鬼―ッ!!」

「良いでござるか、行っても良いでござるなッ?!」

シロは既に目的を忘れている。

「よぉし、行ってこーいッ!」

美神の号令でシロの野生は解き放たれた。
ものすごい勢いで人狼の少女は走り出し、
あっという間に見えなくなってしまう。

「のぅわあああぁぁぁ……」

問答無用で引きずられていく横島の悲鳴も
ドップラー効果を効かせつつすぐに聞こえなくなってしまった。

「あ、いけない、すぐ追いかけます!」

慌てて幽体離脱してついていくおキヌ。
これでよしッと満足げに見送る美神を見て、
おキヌの身体を抱きかかえたタマモがつぶやいた。


「…横島のほうから手を出したらどうするの?」


ビシッと美神が凍りつく。

そうやって走る事でシロの性欲は昇華されたとしても、
傍にいる横島のそれはそのままだ。
むしろ命が危機にさらされ続けるわけだから更に亢進する可能性もある。
元々動物の発情が、準備OKになった雌のはなつフェロモンに、
雄が反応して成立するものであることを考えると、
襲い掛かる危険があるのは横島のほうである。
そして横島が発情して襲いかかれば、今のシロがそれに抵抗するとは考えにくい。
おキヌの監視は幽体の状態であるから、物理的に止めるという事は難しい。
横島が理性的に協力しなければ機能しないのだ。

シロから横島を守ることを考えていた美神は
横島からシロを守ることをすっかり失念していたのである。

「しまったぁぁぁ―ッ!!!」

美神令子、
横島に関しては少しだけ視野狭窄な24歳であった。


結果的にいうとタマモの指摘は杞憂に終わった。
3人は3時間後には帰ってきた。
片手にシロを抱え、泣きじゃくっているおキヌを肩にしがみつかせて、
片手で自転車を操りながらであるが。
そしてその後には野生の熊の軍団でも倒しに行くのかというほどの
犬の大集団がついてきたのである。

「美神さん、美神さん、美神さぁぁぁんっ、助けてえぇッ!」

「いやあぁ、よごじばざぁぁんっ!おいでがないでえぇぇぇ…!」

「おお、そこの御仁、あ、そちらの方も。
 そんなに熱い瞳で見つめられては照れるでござるよー。
 拙者、心に決めた方がおりますゆえ、
 皆の気持ちには応えられないでござるー」

シロはちょっとトリップしていた。

シロのはなつフェロモンは横島に作用する前に
彼らが散歩している道沿いに住む犬たちを引き寄せてしまったのである。
さすがに東京近郊を離れるまでには至らなかったので、
野犬の類はほとんど居なかったが、
それでも3桁近い数の犬が、眼を血走らせて追ってくるのだ。
おキヌでなくても泣きたくなるだろう。
ランナーズハイで理性が飛んでしまったシロを小脇に抱え、
横島は自力で自転車をこいで帰ってきたのである。

あまりに異様な光景に腰が引けた美神であったが、
放置したら責任問題である。母美智恵の眼も痛い。

「人工幽霊1号!
 横島君達をガレージに誘導して!」

打開策を無理やりひねり出した美神は周囲に指示を出す。
人工幽霊1号は指示通りにシャッターを開けて呼びかける。

『美神オーナーの指示です。こちらへ!』

それを聞いた横島は最後の力を振り絞る。

一方、部屋に戻っていた美神は金庫を開けて、
なにかあった時の為にと横島から渡されていた文珠を二つ取り出す。

「横島君を確保したらシャッターを下ろして
 結界を最大面積に展開!犬たちを外に出さないで!」

更に指示をしながらガレージに向かう美神。
手に持った文珠にそれぞれ文字をこめる。

その時横島の自転車がガレージに突っ込む。
すぐにシャッターをおろすが、数匹の犬が続いて中にもぐりこんだ。
他の犬たちは建物の前の歩道にまで展開された
人工幽霊1号の結界の中に閉じ込められる。

美神がガレージの扉を開けると今まさに数匹の犬が
シロに飛びかかろうとしているところであった。

「横島クンッ、これをッ!」

横島に投げつけた文珠は『包』。
文珠が光ると3人を薄い膜のようなものが包み込んだ。

「それから…、これッ!」

もうひとつは犬たちに向けて投げつける。
こちらは『鎮』の文珠であった。
犬たちの狂騒が覚めていく。

薄い膜でフェロモンの流出を防いだ上で、
一時的にでも猛り立った犬たちを沈静化させる。
しかる後にシロを屋根裏等に隔離し、
それから結界内に閉じ込めた犬たちを鎮めようというのが美神の策だった。
急場しのぎの策としてはかなり上手くいったと言って良い。
横島達は無傷で回収され、
犬たちも事務所の周りに閉じ込める事に成功したからである。

誤算は二つ。

ひとつは『包』の文珠で包まれたシロと横島は密着した状態で
濃厚なフェロモンの中にいたため、完璧に発情してしまったことである。
横島の足に自転車のペダルが絡み付いていなければ、
自転車の長時間走行で体力が尽き果てていなければ、
横島の婿養子行きは確定していただろう。
様子を見にきた美智恵の目に飛び込んできたのは
平時からは考えられないほど妖艶に横島の顔を嘗め回すシロと、
シロの攻撃に抵抗するそぶりも見せない横島の姿だった。
ただし横島のそれが極度の疲労によるのか発情によるのかまでは
美智恵にもわからなかったが。

もうひとつは犬たちの吠え声に苦情が殺到した事である。
犬たちを沈静化させるまでの喧騒は尋常でなく、警察沙汰にまでなってしまった。
無理やり除霊中の事故として納得させたが、
全ての犬をしかるべきところに戻すまで
美神除霊事務所は休業せざるを得なかったのだ。
その間の美神の機嫌の悪さはレッドゾーンを越え続けた。
ただ、翌日にようやく(?)回復した横島を
問答無用でシバキ倒したのはさすがに不当だと思ったのか、
こっそり除霊時並の危険手当を給料に加算させたりしていたのだが。


こうして美神発案による
『運動で発散』作戦は完全な失敗に終わったのである。


「つまり、周りに与える影響ってのを考えなかったのが前回の敗因というわけね」

数日後、ようやく平静を取り戻した美神除霊事務所で
一同を集めると美神はおもむろにそう切り出した。

「今度はシロを外部と接触させないよう、隔離した状態で事を運ぶ必要があるわ」

まったく懲りていない。
それどころか闘争心に火がついてしまった美神の様子に、
皆、一様にげんなりするが、さすがに口に出す勇者はいなかった。
何とか穏便に事態の収束を、と横島が消極的な提案をする。

「あのー、どこか人里離れたところに
 おキヌちゃんかタマモに付き添ってもらって休業させるというのは…」

「駄目よ。シロが部屋でじっとしていられると思うの?」

「せんせーがいないと駄目なんでござるー、とかいって
 飛び出していくわよねー」

「そんなところに閉じ込めるなんてかわいそうですよ」

「どれだけ山奥につれていっても
 この散歩魔の行動半径に人がいないなんて考えられないわ」

「人間以外にも危ない相手はいるものねぇ」

「大体その間の損失をどうするつもりなの?
 2人を1ヶ月以上休業となるとかなりの額よ?」

「今年だけのことじゃないんです。来年だってあるんですよ?」

が、言い終わる前に集中砲火で封殺されてしまった。


そんな中、シロは横島の眼をじっと見つめて、

「拙者、先生と離れるなんて嫌でござるよ」

周りの視線も皮肉も気にせず言いきった。
そのあまりに直球な台詞に横島も固まってしまう。
二人の間に流れる少女漫画な雰囲気。

「シロ…」

「先生…」

背景は点描で、ってなモンである。

ただ、それを見ていた美神たちの放つプレッシャーで部屋の空気は凍りつき、
人工幽霊1号の結界が崩壊寸前にまで追い込まれていたが。


窓の外に血まみれの蓑虫が逆さに吊るされたあと、
会議は何事もなかったように再開された。

「俺がいったい何をした―ッ?!」

額に『私は(ピー)才児に欲情する変態です』とかかれた札を貼りつけられた
横島の魂からの叫びを聞いてくれたのは、
吊るされた横島を見て何も知らずにはしゃぎまわるひのめだけだった。


「シロちゃん、これを見てもらえるかしら?」


左右を美神とおキヌにガードされて横島を助けにいけないシロに
美智恵が一抱えもある風呂敷包みを手渡す。

「…なんでござる?」

美智恵のにこやかさに本能的な危険を感じてしまうシロ。
警戒しながら風呂敷包みを受け取り中身を確認すると
中から出てきたのはものすごい量の見合い写真だった。

「オカルトGメンの独身男性とか、独身の霊能者とか、
 各地の犬神族でお嫁さん募集をしている人に声を掛けたのよ。
 あ、もちろん条件は東京に居住、または移住可で
 共働きOKってことで募ったから」

「…」

さすがに皆、呆れた顔で脱力してしまう。

「…犬の回収騒ぎにまったく手を貸さずに何をしているかと思えば…!」

「…適齢期の人間に世話を焼く親類って感じかしら」

「…どれだけの人に声を掛けたんですか?」

思い思いに皮肉を込めて感想を口にするが、そこはグレートマザー、力の2号。
その程度では動じない。

「ホホホ、この業界、売り手市場だからね―。
 一声掛けたらもー、芋蔓式で集まっちゃって」

ホラホラこの人なんてどうかしら、などと一番上にあった写真を見せる。
そこには隠し撮りで撮影されたらしい西条輝彦が写っていた。

「ママ…」

「美智恵殿…」

2人のジト目を笑顔でいなしつつ、美智恵は西条の良い点だけを列挙していった。
その詐欺師はだしの巧みな話術によって、
どこの聖人君子かというような西条像が構築されていく。

「…はっ、駄目よシロ!これは誇大広告よ!」

つい引きこまれていた美神が、初恋の相手に対する評価とは思えない事を言う。

「そ、そうでござった、紹介されているのは西条殿でござる!」

やはり引きこまれていたシロも我に返り、
JAR○に連絡するでござるー、などと叫びだした。

「…そう、残念ねぇ(チッ)」

ビクッ

苦笑しながら写真を引っ込める美智恵だが、
にこやかさはそのままに舌打ちが聞こえたような気がして、
シロと美神は固まってしまった。


「と、兎に角拙者、生涯の伴侶たる人は自分で見つけるでござる!
 ご助力はありがたく思うでご」

「ねえ、シロ」

「ざるがって、何でござるか、タマモ。人が話しているところに」

気を取り直してきっぱり断ろうとするシロに
見合い写真の山から何枚か引っ張り出してながめていたタマモが口を挟む。

「この人ってこの前アンタが言ってた現代の剣聖って人じゃないの?」

「ええっ?!…ほ、本当でござる!」

そこにはシロが常日ごろから尊敬していると言っていた男の写真があった。
こちらは正規の見合い写真である。
動揺を隠せないシロ。
他の写真を見ていたおキヌも気に入った写真をシロに見せてくる。

「うわぁー、この人たくましくてかっこいいですねー」

「ううっ、た、確かに…」

野性的なのに下品でない、鍛え上げられた男の写真。
いかにも頼りになりそうで好感が持てる。

「この人って西の名門の御曹司じゃないの、
 格で言ったら六道以上ってところよ?!
 こっちは若手で売り出し中のGS有望株…!」

美神も何枚か引きぬいて目を通すが
金銭にもコネにもなりそうな人物ばかりである。

実際のところシロは、『美神除霊事務所で修行した』、
『高い身体能力と霊力を持つ種族である人狼』の、
『健康的で美しい少女』であり、
『人間との友好関係を構築』しているという、かなり珍しい存在である。
霊能関係の業界では、人妖を問わずかなりの注目株なのだ。
その上オカルトGメンの偉いさんの肝いりである。
乗り気になる者が多かったのも無理はない。 

更に言うなら、素性を隠しているタマモはともかく
美神やおキヌが募集しても似たような事にはなっただろう。
美神はもちろんだが、おキヌにしても、
『美神除霊事務所で修行した』、『世界有数の能力を持つ死霊術師』で、
『神族、魔族に対しても強いパイプを持つ』、
『心やさしく美しい女性』だからだ。
美貌と華麗な除霊テクニックが売りの美神除霊事務所、
そのネームバリューは尋常ではないのである。

美智恵の目論見としては、そういったシロの対外的な評価を見せる事で、
自分の娘の想い人の周りにいるのがいかに危険な女性達であるかを認識させ、
娘の危機感を煽る、というものだったのだが、
そんな親心にまるで気付かない美神は他の面々と共に騒いでいるだけだった。

タマモはその嗅覚で確実に高い能力を持つ男の写真を探り当て、

「これと…これは…磨けば結構良い線いくわね…」

おキヌはややミーハーな一面を発揮して見目良い写真を眺めてはしゃいでいる。

「うわー、こんな綺麗な人がいるんですね―。
 どう思います?美神さん」

美神は金銭とコネに目がくらんでシロに写真を押し付けている。

「この人と結婚しなさい、シロ!
 こことパイプを作れば事業規模の拡大は…!」

シロは嫌がってはいるが時々動揺するのを隠せない。

「せ、せっしゃ、しょ、しょうがいの…はんりょは、じぶんで…。
 あっ、タマモ、それは…い、いや、何でもないでござる…」

そんな美神の様子を見ていた美智恵は、
まだまだ子供って事かしら、と苦笑を隠せずにいた。


騒ぎは深夜にまで及んだ。
逆さ吊りにされた横島の事が思い出されたのはその少しあとだった。


「幽体離脱して肉体の影響を受けないようにするのはどうでしょうか?」

次の日に再び集まった一同を前におキヌが提案する。
300年幽霊でいた経験から考えついたらしい。

「普段は霊体で過ごして、お仕事とか必要なときだけ身体を使うんですよ」

「冬眠ならぬ春眠って訳ね。
 どうなのかしら、人狼にもそう言う機能ってあるの?」

美神が問い掛けるがシロもタマモも首肯する。

「そうね、私達は多少動物としての生態を残しているから…」

「ちゃんと身体のほうのふぉろーをしておくなら
 できない事はないかもしれないでござるな。ただ…」

珍しく言いよどむシロ。
その様子におキヌが慌てて訊ねる。

「な、なにかあるの?」

「その…霊体は起きているとはいえほとんど身体を動かさないのでござろう?
 元に戻ってすぐに十全な活動というわけにはいかないと思うでござるよ」

「そうね、ずっと寝ている状態でなまった身体では 
 接近戦が主体のシロにはきついと思うわ」

「あ…」

言われて気付くおキヌ。
後方支援に特化した彼女にはちょっとした盲点だったらしい。

「そ、そうですよね。ごめんなさい、変な事言って」

そう言って自分の頭をこつん、とたたくおキヌ。
いまだに直接戦闘が出来ない事に軽いコンプレックスを感じているのだろう。
顔は笑顔だが、結構落ち込んでいるのがわかる。
シロもタマモもちょっと気まずそうにしている。
重くなりかけた空気を何とかしようと横島が提案した。

「そ、そうだ、シロ。お前、幽体離脱して戦えないか?
 ホラ、幽霊だったころのおキヌちゃんってシメサバ丸とか使ってただろ?」

「そ、そういえばそうね。
 霊刀とか霊鎧とか装備させれば幽体離脱した状態でも戦えるかも」

思いつきにしては悪い案ではない、と美神もそれに同調したので
室内がやや明るい雰囲気になった。

「とりあえず、幽体離脱して確認してみましょう」

「拙者、幽体離脱なんて出来ないでござるよ?」

ギラリ、と美神の眼が光る。

「ふっふっふ。まかせなさい、シロ。
 おキヌちゃんも私も幽体離脱に関してはベテランよ。
 さ、おキヌちゃん、シロにレクチャーしてあげて」

「は、はいッ」

美神や横島の不器用なフォローにおキヌも気を取り直して教え始める。

「ええと。じゃあシロちゃん。
 身体と霊体の関係や幽体離脱のシステムの説明から始めますね」

「え、やり方を教えてくださるのでは…」

「駄目ですよシロちゃん。
 漠然と出来るのとちゃんと理解して出来るのでは効果に差が出るんです。
 それに明確な認識を持って事にあたるというのは…」

お説教から始まってしまった。

「耳が痛いわね。横島クン、タマモ」

苦笑している美神。
泥縄でやってきた青年と怠惰な狐は、冷や汗をかきながら、
あらぬ方向を見て聞こえない振りをしていた。


1時間後、ようやく講義が終わった。
智恵熱で目を回しかけていたシロの頭を、
美神は濡れタオルで冷却してやっていた。
いっぱいいっぱいになりながらも、生真面目なシロは
おキヌの講義を最後まで真剣に聞いていたのだ。
良く頑張った、と誉めてやりたい気分だった、

「それに比べてあんた達は…!」

横を見ると、講義内容についていけずに頭から煙を上げて轟沈している横島と、
机に突っ伏して眠っているタマモが眼に入る。

「起きんかッ、こんの馬鹿タレ共がーッ」

癇癪を起こした美神は震える拳骨で二人を文字通りたたき起こす。

「堪忍や―ッ、座学は苦手なんや―ッ」

「わ、私は関係ないじゃないのよ―ッ」

2人の意識の低さに更に荒れ狂う美神だったが、
まあまあ、と仲裁に入るおキヌの表情が、講義をやりきった充足感からか、
先ほどより晴れやかになっているので気を取り直した。

「しかたないわね。アンタ等2人への説教は後にするとして。
 シロ、実技に移るわよ」

実技と聞いてシロが回復する。

「了解でござる。何をすれば良いのでござるか?」

「まずは実際に1度経験してみるのが良いわね。
 横島クン!準備よろしく」

そう言うと美神は部屋を出ていった。

「先生、準備って何をするでご…ざる…か?」

振返ると横島とおキヌがなにやら複雑な表情で笑っている。
それを不審に思うシロだったが、
唐突に寄って来た横島に抱きしめられてしまった。

「?!せっせんせいッ、な、何を…
 そっそのっ拙者まだ心の準備がっ?!」

慌てるシロの耳元に横島が囁く。

「ごめんなー、シロ」

「いや、こちらとしては願ったりかなったりの展開で、
 むしろかもーんってなモンでござるが…え?」

シロが言葉の意味を理解するより早く、
横島はおキヌから手渡された呪縛ロープでシロを拘束する。
横島に抱きしめられて舞い上がってしまっていたシロは、
背後に回ったオキヌにも気付かず、
横島の早業にも対応できなかった。

「な、何の狼藉でござる?!」

椅子に座らされ、じたばたと暴れるがロープは小揺るぎもしない。

「ありがとう、おキヌちゃん。上手くいったよ。
 シロ、これからいろいろ大変だと思うが…、
 俺はお前なら乗り越えられると信じてるからなー」

誠意の欠片も感じられない励ましの言葉をかける横島。

「だ、だから何の事でござる?!」

「それはね、赤頭巾ちゃん。これを使うためよ」

シロが顔をそちらに向けると
丸い紙包みを持った狼のように獰猛な笑顔で美神が立っていた。
ゴクリと喉を鳴らすシロ。

「お、狼は拙者で」

「幽体離脱をする方法って結構少ないの」

美神は何か言おうとするシロを遮ってそういうと、
隣の台所にある電子レンジに紙包みをセットすると温めはじめる。
ゴオオォ、というレンジの音が響く。
おキヌがいそいそと窓を開けた。

「元々出来る人――おキヌちゃんとかね、
 それと、術やなにかで私のように出来る人は良いんだけど」

美神が説明を続ける中、
タマモが好奇心からか、台所に近づいた。
途端に、

「ギャンッ!!」

鼻を押さえ、もんどりうって倒れてしまう。
好奇心、狐を殺す、と言ったところか。

「出来ない人って昔は金属バットで殴って離脱させてたのよ。
 これが成功率が低い割に結構危険だったのよねー」

横島が鼻をつまみながら、狐に戻ってのびてしまったタマモを
他の部屋に運んでいく。
あまりのことに声も出ないシロ。

「最近、もっと安全で確実な方法が出来たの。それがこれ」

チ―ン、という音と共にレンジの扉が開かれる。
開放された臭いが圧倒的な存在感を持って押し寄せる。

「特製、幽体離脱バーガーよ」

解凍され、温められたチーズとあんこ、そしてシメサバの
渾然一体となった臭いのあまりの破壊力に思わずむせ返るシロ。

「ゲホッ、ゲッ、ウプッ、ウゥッ、な、何でござるか、それは?!」

「フッフッフッ、これはね、花戸小鳩ちゃんのところの福の神が作り出した
 幽体離脱のためのオカルトアイテムよ。
 一口食べると簡単に幽体離脱させてくれるわ」

いつのまにかガスマスクを着用していた美神が説明する。

「た、食べる?!その異様な臭いのする物体をでござるか?!
 む、無理でござる!そんなものを食べたら死んでしまうでござるよ!」

「まだ帰ってこなかった奴ってのはいないから大丈夫よ…多分」

目をそらして言う美神。説得力ゼロである。

「いや―ッ!今、多分って言ったでござるーッ!やめてーッ!」

「良いからさっさと食べなさい!!」

美神は頭を押さえつけて口にその物体をつっこんだ。
部屋に戻ってきた横島は窓の近くで両手を合わせている。

「○×△□×△×○□×――――ッ?!」

シロの声にならない悲鳴が部屋中に響き渡る。


ボンッ


ものすごい勢いでシロの中から霊体が飛び出した。
食べさせられた物のあまりのまずさにのた打ち回っている。

『ぐげえぇッ、がッ、ベッ、ペッペッペッ!
 ひどいでござるー!ひどいでござるー!
 なんて物を食べさせるでござるかー?!』

何とか立ち直り涙目になって詰め寄るシロだったが
なぜか美神達は固まってしまっている。

『? どうしたのでござるか?』

「し、シロちゃん…その格好…」

そう言われてシロが自分を見るとやや透き通っている。

『おおっ、本当に離脱できたんでござるな!って、アレ?』

自分の手足になにやら違和感を感じる。
慌てて窓ガラスに写る自分の姿を確かめると、

『な、何でござるかぁーっ?!』

そこには超回復で成長する前のシロの姿があった。


「つまり、身体のほうは高校生並に成長していたけど
 霊体のほうはほぼ実年齢だったってことね」

実際には身体に引っ張られて実年齢よりは多少成長しているのだが、
身体の見た目より明らかに幼い。
ショックを受けたシロの霊体は真っ白な灰になって座り込んでいる。
霊体であるために精神状態がそのまま出ているのだろう。

『うそでござるー、せっしゃはもうりっぱなおとなでござるー』

虚ろな目でつぶやいているのが痛々しい。

「うぅん、おキヌちゃんの案も駄目みたいね―。
 ここまで体格が違うんじゃ、動きに変な癖がついちゃうかもしれないし」

「あんな小さな子供を働かせていたら捕まっちゃいますよ」

「ガキだガキだと思ってたけど、本当に子供だったのね」

「俺は―ッ、俺は―ッ!あんな子供に―ッ!
 違うんだッ、ドキドキなんかしなかったんだーッ!」

こうしておキヌ立案による『幽体離脱でいこう!』作戦も失敗に終わった。


『せっしゃはおとなでござる―――ッ!』


シロの遠吠えが虚しく響き渡った。


「むぅ…、ここまで手ごわいとは…」

その後も人狼の里を尋ねて行き、
人狼の女性にセクハラまがいの質問をして顰蹙をかったり、
妙神山に相談に行って
『ここをなんだと思っているのですか!!』と管理人の竜神様に怒られたり、
去勢、と一言洩らしたのを聞いたシロが大脱走したり、
文珠を使って抑え込もうとして、横島の無意識が反映されて事態が悪化したり、
厄珍に相談して薬事法違反で捕まりそうになったり、
ドクターカオスに大金掴ませて研究させたら、出来た薬が爆発したり、等々。
様々な試行錯誤を繰り返した美神たちであったが、問題は一向に解消しない。
最終手段として断腸の思いで小笠原エミや、魔鈴めぐみに
頭を下げて協力してもらったが、
それぞれセクハラトラの暴走と、使い魔黒猫の悪戯によって
失敗に終わってしまう。
さすがにアイディアも枯渇し、お手上げになってしまった。

「まったく、どいつもこいつも役に立たないわね…!」

それはあなたもです、美神さん、という台詞を賢明にも飲み込んだ横島が、

「やっぱり、どこかに隔離するしか手が無いんじゃないッスかねー?」

そう言った時だった。

「…せんせいはそんなに拙者の想いが迷惑でござるか…?」

涙を一杯にためたシロが横島に詰め寄る。

「あ、阿呆、そう言う問題じゃ…」

慌てて言いつくろおうとした横島だったが、
シロは皆まで言わせずに叫んだ。

「そういう問題でござる!
 拙者が想うのは先生だけでござる!
 この身体が求めているのは先生だけでござる!
 子を生したいのは先生との間にだけでござる!
 拙者は…先生が好きなのでござる!
 そうして先生を求めている拙者を、拙者の身体を遠ざけようというのは…
 そういう事でござろう?」

あまりにストレートな表現にさすがの事務所の面々も固まってしまう。

「お慕いする先生にそうまで嫌われて、生きている甲斐などありませぬ!
 かくなる上はこの腹掻っ捌いて拙者の赤心を…!」

そう言って愛刀を抜く。
明らかに本気の目をしていたし、この勢いなら本気でなくても突き立てそうだ。
刀を逆さに持ち替え、自分の腹部めがけて勢い良く突き込―――

―――もうとしたところを止められる。
横島が飛びついて抱きとめたのだ。

「ハ―ッ、ハ―ッ、何考えてんじゃ―――ッ!この馬鹿ッタレ―――ッ!!」

「ぶ、武士の情けでござる―――ッ、放して下されーーーッ!」

抑え込んでいる横島を振りほどこうと、ジタバタするシロ。
人狼の彼女がフルパワーで暴れるので、さすがに横島も振りほどかれそうになる。
呆然としていた美神たちも我に帰り、
駆け寄って何とかシロの手から刀を取り上げた。
刀を手放したシロは脱力し、ガックリと肩を落として泣き始めてしまった。

ハァ、と安堵の溜息をついた横島だが、
途端に背筋に冷たい視線が刺さるのを感じた。
慌てて振りかえると、美神たちがこちらを冷ややかに見つめている。
その眼はただ一言、

『何とかしろ』

と語っていた。

あうあうっと同僚達と一番弟子を交互に見比べた後、
覚悟を決めてシロの前にしゃがみこむ。

「シロ…その…、悪かった。
 お前が本気で俺の事想ってくれてるなんて思わなかったんだ」

「…」

しゃくりあげているシロに、しどろもどろの横島。

「いやほら、お前まだ子ど、アダッ」

場にそぐわない言葉を言おうとした横島の頭にインクのビンが投げつけられた。
慌てて振りかえると美神が物凄い表情でブロックサインを送る。
曰く、

『もちっと雰囲気を読め、この唐変木!』

青い顔をしてコクコクと頷くと、再びシロに向き直る。
少ない実経験と、膨大な量の出所の怪しい情報から、
この窮地を逃れるための方法を模索する。

ポクポクポク…ブシュ―――――ッ

有効な案は浮かばずオーバーヒートしてしまった。
とにかく、わかりやすく、と考えて。

シロの肩を抱き寄せ。

こちらを向かせ。

頬にキスをした。


「…せ、先生?」

吃驚して泣き止んだシロが眼をまんまるにして横島を見る。
その様子に唇を離し、今度は優しく抱きしめた。
美神たちはあまりのことに声も出ない。

「ごめんなー、シロ。俺、お前が好いてくれてるのはわかってたけどさ、
 それは家族に対するようなものだと思ってたんだ。
 ホラ、俺、色恋にゃ縁の無い性質だし」

そう言って苦笑する。

「だからお前が俺のこと想ってくれるの、嬉しいぞ。
 迷惑なんてとんでもない事だよ」

「先生…本当に?」

「ああ、本当だ。
 でもお前、身体の方は準備できたかもしれないけど、
 心のほうはまだあの通りだろ?
 その、無理はさせたくないんだよ」

「せんせい…」

陶然としているシロ。
手応えを感じた横島はもう一押し。

「わかるか?わかってくれるよな?」

「ハイッ!よくわかったでござる!!」

その返事を聞いて横島が手を放すとシロは立ちあがる。
やれやれ、と横島も立ちあがったとき。


「拙者の実年齢が大人になったら、
 お嫁にもらっていただけると言う事でござるな!」


「「「「「何いいいいイィィィッ!!!」」」」」


「嬉しいでござる、先生!まさか先生のほうから求婚していただけるとは!
 拙者、三国一の幸せ者でござる!
 シロはこれから良き妻たるべく精進するでござるよ!」

「ま、待てッ!?」

慌てて横島が訂正しようとするが、絶望の淵から幸福の絶頂に駆け上ったシロは、
その喜びにトリップしてしまって聞いていない。

「ハッ!これは村の皆にも知らせねば!父上、母上の墓前にも報告に!
 美神殿、拙者、ちょっと里に行って来るでござる!」

「ま、待ち…!」

止める暇も有らばこそ、シロはものすごい勢いで飛び出していってしまった。


「ああ…いっちまった…」

ガックリと手を床についてうなだれる横島。
その後から、

「…横島ク〜ン?」
「…横島さ〜ん?」

ドライアイスより冷たそうな声が響いてきた。
そのあまりの殺気に座ったまま後ずさる。

「まっ、待って!落ち着いてッ!勘違い、シロの勘違いです!
 すぐに追いかけて取り消させますから!」

滝のような涙を流しながら弁解する横島だったが、

「それは駄目よ、横島クン」

「隊長?!」

額に血管を浮かべた美智恵がにこやかに笑いながら横島の退路を断つ。

「もうシロちゃんが里につく前に追いつけないでしょう?
 そうなるとこれからあなたがこれから婚約を取り消すのは、
 人狼たちから見れば一族の娘を騙して捨てると取られかねないわ。
 せっかく結べた人狼との友好が崩れてしまうかも…」

「そ、そんなっ?!」

「横島クンの言った事は…プロポーズというには弱いかもしれないけど、
 完全に否定できるってほどではない…かしら?
 人口幽霊1号の映像は多分裁判所では証拠として認められないだろうし…。
 大体裁判なんて出来ないわよね。その時点で人狼の人たちの心象最悪だし。
 第一、彼等は人間じゃないから…、ん?
 あ、そうか。令子もおキヌちゃんも、大丈夫よ。
 シロちゃんは人狼だから、人間の法律は適用されないわ。
 法的には重婚オッケーよ!」

そこに気付いてかつての弟子と同じようなことを言った美智恵の額が常態に戻る。

「なっ、そっそんな事!」

顔を真っ赤にして母親を睨み付ける美神と、

(それなら…、でもそれじゃあ美神さんを何とか…)

冷静になってブツブツ言い出したキヌ。ちょっと怖い。

はー、やれやれ、とすっかり他人事になった美智恵が
ひのめを連れて部屋を出ていってしまう。情操教育に悪いからだろう。

「じゃ、令子もよろしくね?横島クン」

「ま、待って…隊ちょ…!」

行かないで、とすがる横島だったが、無常にもドアは閉められた。
それが自分の未来の喪失を暗示しているような気がした。


ポンッ、と横島の肩に手が置かれた。


「そう言えはタマモちゃんは大丈夫なの?その…は、発情って」

濡れた雑巾が叩きつけられるような音や、肉がすりつぶされる音、
怒声に罵声、悲鳴に哀願、激しい発光、打撃音に爆発音。
そんなものが飛び交う中、考え事から帰ってきたおキヌは、
一人お茶を飲んでいたタマモに問いかける。

「私?大丈夫よ。あんな子供じゃないもの。
 ちゃんとコントロールできる術を持ってるわ」

「え、じゃあなんで教えてあげなかったの?」

「私個人にとって有効な方法だからよ」

「シロちゃんにはどうかわからないという事かしら。
 どんなものなの?」

「それは…ちょっと言えないわ。
 特におキヌちゃんみたいな初心な女の子には、ね」

そう言ってタマモが妖艶に微笑み、
それを見てあうあうッ、と顔を赤くするおキヌ。
何を想像したのやら。

そのうしろでは赤い血の花が真っ盛り。
うららかな春の日の出来事だった。


エピローグ


その夜―――
ボロ雑巾のようになった横島が自宅のアパートに辿りつく。

「俺が何をしたというんじゃ〜、チクショ〜」

ズルズルど足を引きずり、這うようにしてアパートの階段を登っていく。
自室のドアの前まで来ると、ズボンから部屋の鍵を取り出し、鍵をさし込む。

スルリ、と手応えなくまわった。

その意味するところを瞬時に悟り、額に嫌な汗が噴き出した。
逃げ出そうとするが足が動かない。
ドアの中から途轍もないプレッシャーを感じる。
ひとりでにスッとドアが開き、
何か不可視の力で部屋の中に引きずり込まれた。

「――――!」

そのまま部屋の畳に敷かれた万年床に引きずり倒された。
後でドアが閉まる。カチリ、と音を立てて鍵がしまる。

窓からさし込む月明かりが、部屋を柔らかく照らし出す。

「お帰り、横島」

窓枠のところに腰掛けて横島を見おろしていたのはタマモだった。
月明かりに浮かび上がった彼女は幻想的な美しさを湛えていた。
瞳に秘められた怒りの色すら美しく―――

「何が言いたいか、わかっているわね?」

想わず見惚れていた横島がその声に二度三度と頷く。

「そう、じゃあ、覚悟も出来ているわね?」

今度は首を横に振る。それはもうブンブンと。力の限り。
そんな横島の顔をそっと両手で挟むと。

「せっかく昨日発散したのに…」

唇を合わせる。

絡み合う舌。

淫猥な音が響く。

二人が離れると唾液が糸をひいた。


「あんまり見せつけてくれるから…、また、昂ぶちゃった」


茶色がかった瞳が妖しく潤み―――


「責任とってくれるわよね?いつものように」


それに惹きつけられる様に腕を伸ばす―――


「血の匂い…興奮するわね…」


舌が顔を這いまわり―――


「シロを娶ったって構わないの」


白い指が身体を這いまわり―――


「私を満足させてくれるなら―――」


絡み合っていく身体と身体―――


「春って…素敵ね…」


窓では春の月がわらっていた―――



後書き

初めて投稿させていただきます。
ここ数ヶ月ほど皆様の作品を楽しませて頂いておりました者で、
様々な作品に触発されまして、一つ自分も書いてみようと思い立った次第です。
そんな訳で初めて書いてみた文章ですが、如何でしたでしょうか。
何分馴れぬ事もあり、不手際の多い事と思います。
不愉快な思いをされた方がおられましたら、なにとぞ御寛恕ください。
このような拙いものにお付き合いいただいた方が
もしいらっしゃいましたら感謝させていただきます。
ありがとうございました。

それでは。


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