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「君の名は(GS)」

修一 (2005-10-08 21:46)

出欠表は赤ピンだらけ、成績表も人に見せられた物じゃなかったけれど、錆びたおつむを自分なりの蛍雪の功で磨きサクラを咲かせた高校最後の春の頭。大学からの合格通知を見せる度、あの横島がなぁとクラスの連中やバイト絡みの仲間達にそれは驚かれたものだった。

同じ東京という都ではあったけれど、通学に不便だからという事で、僅かな家具と大量の男のロマンを軽トラックの荷台に乗せて他の街へ引越した。荷積みを終えて3年ぶりに裸になった部屋に寝転がった時、この部屋ってこんなに狭かったっけ、とささやかな哀愁を感じたものだ。

少し無理すれば続けられなくもなかったが、新生活への流れの中で一緒に辞めてしまったアルバイト。気立ての良い同僚の娘や人懐っこい後輩は泣きながら引き止めてくれたが、職場で1番付き合いの長かった雇い主は何も言ってくれなかった。

同僚の娘が音頭を取って開いてくれた送別会でバイト仲間達に泣かれながら慣れない酒を飲みつけ、グダグダになるまで酔っ払って別れた職場。雇い主と言葉を交わす事はとうとう無かったが、気も酒も強かったあの人がずっと通していた無口な姿は、何万の小言を並べられるよりも胸に堪えたものだ。

高校時代の3年間、安い給料でくたくたになるまで酷使してくれた敬愛すべき俺の雇い主。長い髪とアクセサリが似合う、少し年上の女性。1枚の毛布だけが待つアパートへ帰る間際に見てしまった彼女のひとりっきりの涙顔が、アルコールの匂いと共にこの街最後の思い出になった。


一緒にバカをやる仲間達もできた大学最初の夏盛り、ダチ連中に誘われ生まれて初めてパチンコ屋に遊びに行った。耳が馬鹿になる程騒々しい店内でタバコの煙たさに耐えながら並び咲くチューリップへ銀玉を食わせている内に、足元に置いていた透明なプラケースがみっしりと銀色に染まり切っていた。

財布の軽くなったダチ連中からの羨みの視線を背に交換所で貰った景品は、テレビ番組の合間に男前の俳優と一緒に画面に映っている今流行りのタバコと、前々からよく見かける有名メーカー発のフルーツ味のガム。黄色い歯をしたダチに教わりながら近所の公園の木陰でタバコの煙を肺へ入れてみたけれど、吸う勢いが良すぎたのだろうか、涙と一緒にすぐ吐き出してしまった。

横島もまだまだガキだな、と笑ってくれやがったダチに残ったタバコ約1カートンを定価の半額で売りつけ、軽くなった紙袋から件のガムを取り出すと、銀色の包装紙を破って2枚いっぺんに口へ放り込んだ。甘い匂いがする風船に唇から空気を送っていると、小学生の頃にお袋と買い物に行った家の近所のスーパーマーケットが頭の中に浮かんできた。

行く度行く度ねだってやっと買ってもらったガムはもっと美味しく感じた気がするが、今の俺にあの頃のような鮮烈な感覚が一縷も沸いてこないのは、大人になって味覚が変わってしまったせいだろうか。それなら大人になるという事は、ガムを美味しく感じなくなる事だということか。

味はまだまだ残っていたが何だかこれ以上噛む気がしなくて、唾液交じりのガムを包み紙に吐き出してゴミ箱目がけ放り投げた。ダチにねだってタバコを1本貰い再び火を点けてみたが、大人達の好物の煙は喉や胸を痛めつけるだけで、やっぱりちっとも美味くなかった。


高校時代のクラスの連中の顔もだんだん思い出せなくなってきた大学2年の秋の終わり、新しく始めたバイトの空きの日にダチ連中と流行の刑事ドラマを見ながら、俺の部屋でその日も酒を飲んでいた。講義とバイトの繰り返しで暇なんて無かったし、それ以上に金は無かったけれど、どういうわけか酒を飲んでクダを巻く時間と金は有り余っていた。

悲しい事に女っ気だけは本当に無くて、何科の誰々は胸がでかいだの最近よく見るあの女優は色っぽいだの、盛り上がっている場の中身はまあ何とも実りの無い会話ばかり。

テレビの中の男前な俳優は脚本通りにただ犯人を追いかければ良かったが、現実の俺は正直何を追いかければ良いのかわからなくて、みんなと一緒にバカな話をつまみながら空っぽの酒瓶を増やしていた。

酔いも回ってテーブルが枕に見えてきた頃、横島は好きな奴とか居るのか、と笑い混じりの声で誰かに聞かれた。ふっとあの人の長い髪が頭に浮かんだが、とっさに居ないと口走って、そのまま突っ伏し目を閉じた。多分夢に見るんだろうなと思ったけれど、酒精の助けで眠りは深く、幸いな事に何の夢も見ず朝を迎えた。

蛍光灯を点けたままで迎えた朝一番の痛む頭に思い浮かんだのは、辛い事にあの人の見せた最後の涙顔。ダチ連中のいびきを聞きながらコップに残ったぬるい酒を飲み干すと、ズキズキとした頭の痛みだけは少し紛れた気がした。


高校の頃の仲間が結婚したと葉書きで知った大学3年の冬の暮れ、高校時代のバイトの同僚だった娘が1本の電話と共に突然訪ねてきた。引っ越してからこっち1度も会っていなかったが、背を隠すさらさらした長い黒髪と気立ての良さは以前のままで、よく解らないけど鼻の辺りがじわりと熱くなった。

講義の合間にいつも暇を潰している喫茶店へ誘い、コーヒーの湯気を挟んで思い出混じりの話に花を咲かせた。俺よりもひとつ歳下だった彼女は自身の卒業後あの職場へ就職したらしく、バイト扱いだった頃に比べ更に忙しい日々を送っているそうだ。

人懐っこかった後輩もまだあの職場に居るらしく、俺の名前を口にしては元気にしているかなと洩らしているのだとか。毎日を楽しそうに過ごしていたあいつの顔を思い出してみたが、あの頃の思い出は考えていたよりもずっと薄まっていて、輪郭のぼんやりとした笑い顔ぐらいしか浮かんでこなかった。

冷めきったコーヒーカップを無理やり空にして会計を済ませると、外では鈍くオレンジ色に輝く太陽がビルの合間に沈みきろうとしていた。霞んでいく明かりを背負いながら横断歩道の前で信号が変わるのを待ち、日の短い季節だし駅まで送ろうかなどと思いを巡らせていると、隣で俯いていた彼女は顔を上げると俺の目をじっと見据え、横島さんはお付き合いしている人居るんですか、とまた唐突に聞いてきた。

冷たく乾いた空気の中、瞬きひとつしない彼女の瞳から青に移った信号機へ視線を逃がすと、俺は口に溜まった唾を飲み込み、居るよ、とだけ呟いた。

そうですか、という囁きと白い吐息と甘い香を残し、彼女は唇を閉ざして俺に背を見せながら車達の花道を一直線に歩み進んだ。かすれた白と灰色のストライプを踏む彼女の足取りはゆっくりで、車道を抜けて向かい側の歩道に行き着いた頃には、頭上の信号は赤と青の点滅を暗い空にめがけて放っていた。

今すぐ駆け出せば追いつけるだろうけど、どうしてだろう足が前に進まなくて、俺はズボンのポケットに手を突っ込むと背を照らしていたオレンジ色の残光に向き返り、いつもの歩調で歩き始めた。最後の光の線が黒で塗りつぶされたのは、車の川が流れ始める音を聞いたのとほとんど同時だった。ぐるっと巡って日が昇るとまた女っ気ゼロの1日がはじまるんだなぁと考えながら、ポケットから取り出したライターで咥えたタバコに火を点け、ゆっくりと煙を吸い込んだ。

最後に見えた彼女の目元にうっすら雫が溜まっていたのは、瞳が乾いたからに違いない。


免許を取るために掛け始めた眼鏡が鼻の頭にすっかり馴染んだ大学4年の春初め、子供の頃より長らく見ていた将来という名の夢は、サラリーマンという形で決着の運びとなった。内定の報せを受けたときはどちらかと言えば、息苦しいネクタイを首に巻き狭苦しい部屋で厳ついオッサンの顔を見ながら頭に叩き込んだ作文用紙を読み上げ頭を下げる事を繰り返す、長かった就職活動に終わりが来た事の方を喜んだものだ。

この身を拾ってくれた大恩ある会社は近年1流という形容が頭に付き始めた企業で、久しく会わず疎遠になっていた両親もこの時は電話口で大層喜んでくれた。大卒という事で初任給はそれなりだし、望めば社宅も付いている。不満なんて何も無い。

ダチ連中の奢りで夜通しの酒盛りを繰り広げていると、結局横島が1番良い所入ったな、と酒瓶片手にしきりに背中を叩かれた。みんなそれぞれ悩みはあるだろうけど、道も決まり日数も少なくなった学生生活を笑い通しで過ごしていた。

不満なんて何も無い。不満なんて何も無い。不満なんて何も無い。不満なんて何も無い。


よそ見しながらでもネクタイを締められる様になった入社1年目の秋の口、俺はというと社内の女の子達の尻を追い掛け回すのに大忙しだった。潤いの少なかった学生時代と比べ、魅力溢れる女性が上司として先輩として同輩として社中に揃っている日々のなんと素晴らしい事か。

特に心惹かれたのは、直属の上司だった年上の女性。興奮極まった俺が飛び掛る度に長い髪を揺らしながら伸びのある右ストレートを左頬へと見舞ってくれる彼女は、高校の頃の雇い主だったあの人と気の強さも腕っ節の強さも髪の長さも繋がる所があった。

就職活動の記憶も霞むくらい必死に頭を下げて酒に付き合わせてもらった時、強い酒で酔わせて一気にとか目論んでいたのだが、素面でボトルを空にする彼女の肝臓のタフさを思い知るにとどまった。翌朝熱っぽい胃と頭を引きずって出社した俺の目に、5倍の量を飲んだにも関わらず平然とした顔で激を飛ばしてくる彼女の姿は心底眩しく映ったものだ。

という旨を真顔で彼女に伝えると、何でだろうか殴られた。俺何か悪いこと言ったかなぁ、不満だらけだよチキショー。


仕事もひとりで任せられるようになり、意外と出来る男だと内外問わず囁かれる様になった入社2年目の春半ば。自由な愛の伝道師を気取っていたこの俺も、ついに家庭を持つ身と相成った。お相手は俺のハートと右頬を主に美貌と拳で熱くしてくれた、例の上司の女性。彼女の気を引こうと仕事にアプローチに全力で打ち込んだ事が、期待通りに実を結んでくれたのだ。

挙式の型は、紋付袴と白無垢を着ての神前式。どうしようか色々悩みはしたけれど、高校の頃の知り合いは結局誰も呼ばなかった。招いた大学の頃のダチ連中や会社の仲間に散々飲まされ祝われたが、就職してから仕事と一緒に酒もしっかり鍛えられたおかげでどうにか正体失う事無く2次会3次会を終え、彼女と横島の姓を分ち合うようになって初めての夜を事も無く迎えることが出来た。

音と明かりの消えた部屋の中で浮気は許さないわよとぽつり囁かれた時は、彼女の言い得ない気迫に爪痕の残った背中から汗がぶわっと噴き出したものだ。求愛も求婚も俺の方からだったが、捕まえられたのもどちらかと言えば俺の方だった様で、夫婦の手綱は完全に彼女の手の中に有るのだと、腕の中の柔らかい感触と男のカンが教えてくれた。

入籍までの雑多な手配、慌ただしいハネムーン、新生活の準備と、俺の精力と日捲りカレンダーは怒涛のようにその身をやつしていったが、彼女はむしろ楽しそうに日々の出来事をきびきびとこなしていた。女性はこうも逞しいものだったかと、主に腰へ溜まった疲労を感じながら俺はまたひとつ人生の真理を知り得たのだった。

身を固めた旨を葉書に記して高校の頃の知り合い達へ宛てたのは、新居での生活にも馴染んできた梅雨明けの頃。皆が皆おめでとうの大意がこもった電話や手紙をくれたが、高校時代の思い出と共にあるかつての職場の雇い主と気立てのよい同僚の娘からは、返事はかえってこなかった。

内心にいささかの重みを飲み込んだまま日々を過ごしていたが、秋も終わりに差し掛かったある日の夕暮れ、病院と美容院から帰ってきた妻に胎内で新しい命が育ちつつあると報されて、もうそれどころでは無くなった。肩辺りまで切った髪をくるくると弄りながら、2ヶ月だって、とはにかみ笑う妻を感極まって胸に抱き寄せ、自分のこの腕の中には姿の見えない2人目の家族がいるのだと考えていると、苦しいわ、と小さな声で叱られた。

報せを聞いた翌日の朝、妻が人事部に退職を届け出た。仕事の引継ぎや身辺整理でもうしばらくは在職するのだが、社の内外にその有能ぶりを轟かせていた彼女が会社を辞めるとあって、お偉いさん方の慌てぶりといったらそれはもう凄いものだったそうだ。

社長に泣き付かれてしまった、と妻は笑い飛ばしながら語ってくれたが、同じ屋根の下で一緒に暮らしていると相手の気持ちもそれなりに汲めるようになるもので、晩酌代わりに氷の浮かんだウーロン茶を飲む彼女の顔はほんの少しだけ寂しそうに見えた。


気の早い蝉の声が所々で聞こえ始めた入社3年目の夏の入り口。陣痛の間隔がいよいよ短くなってきた愛妻を愛車に乗せ、開院を待って近所の病院へ送り届けると、俺は新しい上司のささやかな小言と同僚達の多大なひやかしを受けながら会社の机で書類の代わりに命名辞典と格闘していた。本当は妻の側にずっと居たかったのだけれど、務めについて誰よりも厳しかった彼女が許してくれるはずも無く、かといって仕事も全く手に付かず、まんじりとした気持ちで退社時間を待っていた。

お日様も気長になる季節だから、退社時間になっても辺りはまだまだ明るかった。重ねて畳んだ2枚の紙を命名辞典に挟んで鞄へしまい、5時を報せるチャイムが鳴ると同時に席を弾き飛ばして部屋から廊下へ駆け出ると、開けっぱなしになったドアの口から、明日は有給取っていいから、と上司の声が聞こえてきた。

法で定められた値を6分の1程超えた速度で愛車を駆り、妻の待つ部屋に息を切らして駆け込むと、肩透かしな事に子供はまだ生まれておらず、胎児の心拍数を計るモニタと繋がれベッドに横になった妻から、気が早いわよ、と笑われた。普段は快活そのものな妻が頻繁に迫る痛みに耐えている様はどこか儚げに見え、お袋が俺を生んだ時もこうだったのだろうかと、シーツ越しに彼女の背中を撫ぜながら少しじんわり来てしまった。

産科の先生の弁では明日の朝には子供と会えるそうで、予定日を少し過ぎてはいるが経過は順調に行っているそうだ。お母さんのお腹は居心地が良いんでしょう、と先生は冗談を交えて笑っていたが、俺は何と返して良いものか分からずただ半端に笑う事しかできなかった。

夕食時に病院が用意してくれた食事を、妻は体力をつけるためだと言いながら陣痛を押して胃に収めていた。努めて平気そうな顔をしてはいたが、頻繁にやってくる痛みはやはり辛いらしく箸を扱う事もままならなかったので、気恥ずかしくも代わりに俺が箸を持ち、左手を添えて妻の口へと運んだ。全体的にあっさりさっぱりした献立だったが、半分もいかないうちに妻はご馳走様を宣してしまい、残りは俺の空きっ腹に放り込まれた。

お産の準備が整うまで気を紛らわせるために話をしている最中、子供の名前は考えたかと妻に聞かれたので、ベッドの脇に置いていた鞄から命名辞典を取り出し、俺は挟んでいた2枚の紙を意気揚々と広げた。産まれるまでのお楽しみという事で性別がどちらなのか聞いていなかったため、幾つもの文字を書いては消し男の子と女の子の名前を両方考えてきたのだが、無い頭を捻って必死に考えた甲斐あってか、あなたにしてはまともな名前ね、と妻からお褒めの言葉をいただいた。

汗を滲ませ眠りに就けないでいる妻の額を濡れタオルで拭っているうちに、いつのまにか時計の短針は5の数字を越していた。男というのはのん気なもので、痛みに耐える女の姿を前にしてもまぶたはしっかり重くなってくる。椅子で舟を漕いでいる俺に、少し寝たらどう、と妻が気遣ってくれたが、さすがに自分でもそれは許せず、緩んだ目を引き締めるべく洗面台の待つトイレへと向かった。

冷水で目元を引き締め、自販機で缶コーヒーを買い病室へ戻る道を歩いていると、助産婦さん達に支えられながら廊下を歩いている妻の姿が目に留まった。長かったお産までの日々もいよいよ仕舞いの時を迎えるらしく、出産準備室へ移るのだと食事を運んできてくれた年配の助産婦さんが教えてくれた。

簡素な部屋にてふたりで手を繋ぎ待つ事しばし。隣の分娩室からお呼びがかかり、妻は両開きのドアの奥へ丁重に連れて行かれた。心配要らないから、と笑いながら奥へ引っ込む先生の背中に頭を下げ、俺はポケットの中で眠る安産祈願のお守りを取り出して吊り紐をぐっと握り締めた。

廊下のソファーに腰を据えたが自分でもみっともないほど落ち着かず、咥えたタバコに火を点け吸って、消えたらまた1本火を点けて、妻が戦う分娩室の前を蛍光灯と昇りはじめた朝日をあてに行ったり来たり。俺が生まれた時も、親父はこんな気持ちだったのだろうか。

ドアが閉まって数分もした頃、妻のいきむ声が壁を越えて廊下まで聞こえてきた。居ても立ってもいられないとは正にこんな気持ちの事を指すのだろう、俺は分娩室に飛び込みたい気持ちを強張る奥歯でぐっと噛み殺し、タバコの火を消すと再びソファーに腰を下ろした。

疲れてはいるのだが、コーヒーを飲んだせいだろう先程のような眠気は不思議と無かった。胸の早鐘を聞きながら壁に背をつき目を閉じていると、1時間ほど経った頃だろうか、妻の居るドアの向こうから十月十日待ち焦がれた初な産声が高らかに聞こえてきた。

この声は、きっと魔法に違いない。おぎゃあおぎゃあと泣くだけで、世界の形がにじむのだから。


「お疲れ様」

「あなた…」

点滴の管が伸びた妻の手を握り汗で乱れた前髪を払うと、閉ざしていた彼女の目が薄っすらと開いた。くたくたに憔悴し髪も肌も艶が無くなってしまっているが、無事に母となり我が子と並んでベッドに横たわる妻の姿は喉が詰まるほど美しい。

「男の子よ…あなたにそっくり」

「うん…」

妻の傍らで産衣に包まれた初対面にして最愛の我が息子は産まれて初めてというか産まれる最中の仕事に疲れたらしく、先程の大声が嘘のように静かにまどろんでいる。赤らんだ頬を手で撫でてみると、我が家にやって来たたからものは思っていたよりもじんわり温かかった。

「ねえ、抱いてあげて」

「ああ」

「抱き方はわかりますか?お父さん」

「…あ、はい大丈夫です」

保育器の用意をしている助産婦さんに見守られながら、読み耽った育児書の内容を頭の中から引っ張り出しつつ我が息子を抱きかかえる。短い間とはいえ以前に赤子と触れあった経験はあるのだが何せ昔の事なのでいまいち勝手が掴めず、おっかなびっくりな手つきで頭と尻を支え胸に抱き寄せると、人ひとりの重みが腕と胸に伝わって来た。

「初めまして息子よ、お父さんだぞぅ」

「ふふっ…名前、呼んであげて」

「ん、そうだな」

すわりの悪さを感じて抱き直した際に体をがくんと揺らしてしまったが、全く動じた気配も無く目を閉じている我が息子。親ばかだろうとは自分でも思うが、こいつは将来大物に育つに違いない。何と言っても俺と妻の子供だ、賢く真面目にはならなくとも、きっといい男になるだろう。


「よろしくな、忠夫」



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