ここは俺の部屋だ。
それは良い。
床の散らかり具合も、流しに積み上げられたカップラーメンの容器のおおよその数も、万年床と化した布団のしなびているのも、押し入れの中にあるエロ本の種類も、独特の臭いまでもがここが俺の部屋であることを証明している。
もしここが俺の部屋でないのならば、パラレルワールドに迷い込んだか、俺が昼寝をしている最中に正体不明のとある特殊部隊が拉致をして、俺の部屋を完全再現したセットに連れてきたか、もしくはマトリックスだろう。
もう整合性とかの話をするのが馬鹿馬鹿しい領域になるので、そんなことに脳の処理能力を省かない。
脳を動かすためのブドウ糖の消費もバカにならんのだから。
さて、ここが俺の部屋であることは間違いない。
更にしつこくここが俺の部屋であることに異を唱えるものがいるのならば、ただちに挙手し、簡潔に論拠を述べなさい……はい、いないね。
よし、次に新しく考える事柄は……。
「横島さん、ぱそこんというものが欲しいのですが、どこに行けば手に入るのでしょうか?」
パソコン? 何ソレ?
3Cであるもののクーラーと車を所持していない、せいぜいカラーテレビしか持っていない貧乏人に一体何を無心してるのこの小竜姫様。
パソコンってあれだろ、超難解な機構している装置でマインスイーパーとかソリティアができるやつだろ。
んなもんウチにあるか、というかあってたまるか。
小竜姫様は俺がそんなことを考えているのにも気づかずに、ビューチホーな笑顔を浮かべ、ニコニコとしている。
ああ、小竜姫様、美しいよ小竜姫様、まさしく俺のベルダンディー、オーマイゴッデスだ。
正直、このクソ暑い夏の夜に突然部屋にやってきて、「ぱそこんって何ですか?」と尋ねてきたときには怒鳴ってしまいそうだったが、それでもこのむさ苦しい部屋に女神様が来るっていうのは、なんともありがたいことなわけですよ、お兄さん。
そのビー玉でチワワっぽいつぶらな瞳で見られたら、よほどのことがない限り「NO」とは言えないねっ。
「えっと……パソコンって一体何に使うんでしょうか?」
とりあえず、Noとは言えないから、ぎりぎりまで話を引き延ばし、うやむやにするしかない。
美神さんと日本の政治家が出てくるテレビ番組で培ったすりかえ論法の力を今こそ活かすのだ。
なんかもっと悪いような気がするけど、まあそれはそれとして。
ワーワーヨコシマー、カッセーカッセーターダーオー……
よし元気でた。
応援ありがとう、俺の脳の中にいる小人さん達。
でも、変人に見られるのはイヤだから、お前ら速攻で消えろボケ。
「えっと、最近老師がぱそこんげえむというものに興味があるらしくて、アキハバラだかアラハバキだかに行ってぱそこんを買ってこい、と。 しかし、お恥ずかしいながら私、ぱそこんというものの形状がわからなくて、それで横島さんに頼んだんです」
小竜姫様はそう行って、一枚のリストを渡してきた。
そのリストには、なにやら宇宙言語のようなものがダーッと書かれている。
おそらくは、パソコンの部品の名称か何かなのだろう。
ローマ字と数字の羅列に俺は目眩を覚えながら、それでもなんとか読めそうなものを探す。
えーっと、いんたーねっとっていうのはどれかな?
最近流行ってるらしいからな、いんたーねっと、多分あのサルもほしがるだろう。
なんだか電話線に繋いだり、モデルだかモデムだかなんだかの部品が一緒だったというのを聞いたことがある気がする。
いやまて、ADSLだとか、光ファイバーだのファイターとか、そんなのもあったような……。
フレッツだの楽天だの……えっと、野球チーム?
ウィンドウズ……窓っていうくらいだから、あのテレビの画面みたいなものか。
そういえばマインスイーパーとかソリティアとかは一体どれなんだろうか?
キーボードという単語も聞いたことがあるな。
キーボードって何だろう?
鍵……板?
まてよ、そういえばパスワードというものがなければパソコンは動かない、っていうのをドラマで見た。
きっとキーボードっていうのは、パソコンを起動するためのパスワードのことか。
うーむ、宇宙言語というか、なんというか……中々奥が深い……。
「あ、あの……横島さん、大丈夫です、よね?」
「は? 何がですか?」
「さっきからそれを見てうなっているようですけど……」
小竜姫様が不安そうにこっちを見てくる。
少々うめきすぎたようだ、考えすぎて頭がちょっと痛くなってきた。
それにしても、小竜姫様、そんな顔をしないでくださいよ。
そんなひ弱そうな顔をされたら心が痛むじゃないですか。
たとえ中身が鬼神とはいえ。
「い、いや大丈夫っすよ。 多分、なんとかなりまス……」
俺がそう言うと、小竜姫様は一変明るい表情になって、ほっと息を吐いた。
あのサルのじじいにパシらされるなんて、小竜姫様も気の毒だな。
なんとか俺が手助けになってやれればいいんだが。
「そうですよね。 横島さんは“にいと”ですから、ぱそこんのことは詳しいですよね」
「ええ、まあ、そうス」
それにしても、どうにもならんな。
もし宇宙言語が、俺の脳が秘められし力を都合良く目覚めさせて解読できたとしても、どこに買いにいけばいいのかわからん。
アラハバキとかいう場所に行け、とサルが言っていたらしいから多分そこに行くんだろうけど、そこってどこだよ。
いっそ美神さんに頼もうか。
美神さんはブルジョワだからな、パソコンの一つや二つくらい持っている……いや、持ってなかったな、あの人は。
例え知っていたとしても、美神さんはお金にならないことは興味ないだろうし、神族に恩を売るということで動いたなら、小竜姫様が色々とピンチになるから不憫だ。
もっと別の人に頼むべきだろう。
……となると、西条……は、いけすかないという個人的な俺の感情で却下することにしても、隊長なんかがいいかもしれない。
隊長ならきっとパソコンのことを知っているだろう。
もし知らなくとも、誰かパソコンに詳しい部下を紹介してくれるかもしれない。
……その分の対価は……や、やべぇ……俺にツケが回ってくることが請け合いだ。
高度な政治的な取引とかなんとかいって、あっちこっちの除霊現場に引きずり回されそうだ。
逆らうとどうなるかわからんし、他の人にしよう。
唐巣神父とピートは最初から論外だな。
俺より貧乏生活をしている人達に何パソコンなんてものを期待するのか。
では他の人は……と。
エミさんに頼んだら、美神さんにばれたとき散々シバかれそうだし、冥子ちゃんはまあ考えるだけ無駄だ。
せめて立場が対等な人に頼まないと後々厄介なことになりそうだから、身近な人といえば……。
雪之丞……あんな無頼漢が持ってるわけねーな。
おキヌちゃんもそういうコト鈍そうだし、タマモとシロも同じく。
カオスのじーさんは、まあいいや、別に、興味ない。
そういえばザンス王国のキュロットだかキャロットだかの王女様は知っていそうだな。
日本に来たときには必ずアラハバキとかいう場所に行って、いつも電化製品を買っているっていうし、きっと家もブルジョワだろうからパソコン持っているだろう。
問題は、ザンスに居る人をどうやって頼むか、だ。 ギャフン。
思ったより頼めそうな人は少ないな。
美神さんに頼むか、隊長に頼むか、エミさんに頼むか。
どれが一番痛かったり苦しかったりしないかなあ……。
と、そこで考えていて、ふと一人の人物を思い出した。
体はでかく、それと反比例して影が薄い。
タイガーだ。
タイガー、この前、「出会い系サイトで詐欺にあったんジャー」と嘆いていた。
出会い系サイトっていうと、最近ニュースで話題なものだ。
多分パソコン関連のことではないか、と思う。
いや、きっとそうだ。
俺の第六感がそう告げている。
なら間違いはないハズだ。
しかし、何か見落としがあるぞ、と俺の本能が告げているのを無視してはいけないだろう。
俺としてはパーペキなアイディアだったが何かがおかしい。
数秒考え、その違和感の正体をつきとめた。
そうだ、タイガーも貧乏なんだ!
タイガーも俺と負けず劣らず貧乏人生を歩んでいる。
今日も明日も食うや食わずで働いている。
朝食は水、昼食は米のみ、夕飯はカップラーメン。
それはもう赤貧生活だ。
生活保護とか、難民指定とかうけてもいいくらい貧乏だ。
そのタイガーがパソコンなんぞ持っているわけがない。
持っていたとしたら、多分明日は隕石の雨がふるだろう。
いや、待てよ。
タイガーは本当に貧乏なのか?
あいつの家になんて一度もいった覚えはない。
ただ昼食を見て貧乏だ、と俺は判断しているだけじゃないだろうか。
よくよく考えてみたら、俺が一度エミさんにスカウトされたとき、かなりいい条件だったような気がする。
それはもう、今の生活と比べて一兆倍ほどすごい条件だったような。
年収百億、豪邸を社宅にし、そしてエミさんが色々と奉仕してくれるといったような……。
俺の記憶だから事実とはちょっときらびやかかもしれんが、一般人以上の待遇だったと思う。
しかもそのときは、まだ霊能力に目覚めていないときだ。
まがりなりにも能力を持っているタイガーならもっといい条件を用意してもらっているかもしれん。
信じたくはないが、これも事実なのか?
では何故、俺のことを騙しているんだ?
騙している理由、動機がわからん。
……まて、もしかしたら……アレか?
たかられたくない、こういうことか?
俺の貧乏生活を見て、汚らしいこじきめ、とか思っているのか?
お前なんぞにくれてやる銭なんて一銭もない、とか思っちゃったりしているのか?
うむ、タイガー、許すまじ……。
あれ? でも、この前タイガーに飯をおごらせたな。
臨時収入が入ったですケンとか言って、カレーパンくれたような気がする。
うむ、タイガー、疑った俺を許してくれ。
「って、俺はニートじゃねぇぇぇぇぇ!!」
「ひゃっ!」
「いいですか、小竜姫様、俺はニートじゃありません。 ええ、ニートなんかじゃありません」
突然黙りこくっていた俺がいきなり奇声をあげて動き出したことに驚いたのか、気の抜けた声を出す小竜姫様の肩をむんずと掴み、そのまま前後にぶんぶんと振った。
まるで赤べこみたいに首がぶんぶん動いているのにも気をとられず、俺は力の限り小竜姫様をゆらしまくった。
なんというか、パニックになっていた。
「あのですね、俺はですね、まだ学生という身分なんですよ。 ええ、学業と遊びが本業という学生です。 むちむちぷりぷりの学生なんです。 ですが、この状況を見てください、俺が遊んでいるように見えますか? 俺はもう、ね。 こう、汗水血涙鼻耳汁と服を着たまま放出しちゃったら人間としての尊厳が失われかねない汗と同じ成分の液体をちびっちゃいながらも働いているんですよ。 それもレンタヒーローですら比べものにならないほどの低賃金で。 蟹漁船で働くよりも危険な現場で。 労働基準法? なにそれ、おいしいの? とか抜かしかねない上司の下で。 魂が消し飛びそうなほど超肉体労働をしているわけです。 国家錬金術師が見たら、「こ、これは……労働と賃金が等価交換ではない!」とかきっと言い出しますよ。 ええ、俺でも理解不可能ですが、きっと言うに違いありませんよ」
「わ、わかりましたから、はなしてくださいぃ〜〜」
小竜姫様の悲痛な叫び声を聞いて、ようやく我をとりもどした俺は小竜姫様から手を離した。
まったくもってとんでもない誤解だ。
俺は多分、この地球上でもっともニートと呼ぶのにふさわしくない人間だ。
まあ、金があったらいつでもヒモでもニートにでもなってやる準備ができてはいるが。
「はぁはぁ、横島さん、すいません、 にいとの人ににいとと言ってはいけない、という老師の言葉を忘れ、少々横島さんの心に傷を……」
「だから、違いますって!」
再び、ループ。
小一時間ほどそのやりとりを繰り返した。
というか、一時間やってもなお小竜姫様は「にいとにいと」とのたまってくれ、まだ誤解ははれていないんだが、一時間ほど経過して、このヒートアイランド現象でクソ暑い夜に何を馬鹿なことをやっているんだ、と思ってもう放っておくことにしたんだが。
まあとにかく、なんでこんな状況になってしまったのか、といえば、俺がだらだらと小竜姫様に本当のことを言わなかったことであって。
そろそろ腹をくくって正直なところを白状しなけりゃ駄目だな、と思ったわけで。
「はあ、小竜姫様、本当のことを言いますがね。 俺はパソコンのことなんてちぃーとも知らないんですよ」
「ええ!? ろりこんでにいとなのに!?」
「いやだから、俺はニートじゃなくて……」
ちょっとまて、なんだこの小竜姫様。
さっきから俺に喧嘩を売るようなことばっかり言ってないか?
ニートにあきたらず、ロリコンがおまけでついてきた。
ひょっとしたら、さっきぶんぶん振り回した復讐のつもりなのか。
む、むう……小竜姫、恐ろしい子……!!
「もう、ロリコンでもニートでもいいです……。 パソコンのことについては俺から隊長……美神さんのお母さんに頼んでおきますから、今日のところは一旦お帰り下さい、小竜姫様」
いつもなら、俺の部屋に一緒に素敵な夜を過ごしましょう、というところだが、少々体力を消費しすぎた。
昼の仕事はハードで、夜は小竜姫様とハッスルしたわけで。
まあ、小竜姫様が来る前に右手の恋人でちょっと何発か抜いちゃったせいかもしれないが。
小竜姫様はちょっとさびしげな表情をした。
きっとサルに頼まれたことをできず一旦妙神山に帰ることがはがゆいのだろう。
というか、夜にやってこられたら俺だってどうしようもないんだが、一体なんで来たんだろうか?
「はい、この紙は返します」
宇宙言語の書かれた紙を小竜姫様に渡そうとした。
脇に置いておいた紙を掴む……と、その紙は実は二枚重ねであったことに気が付いた。
きっと墨が乾いてないのに重ねたせいだろう。
ぴったりとくっついてしまっている。
ふとちょっとした好奇心にかられて、その紙を剥がしてみた。
お、読めそうだぞ、これは!
横文字や数字は普通に書かれていたが、あきらかに漢字やひらがなで書いたものと思われる達筆の文字がいくつも点在していた。
ちと達筆すぎて解読するのに時間がかかりそうだが、なんとかなりそうだ。
一番上にはカタカナで「パソコンゲーム」と書かれている。
なるほど、これはゲームのタイトルなのか。
きっとこの中に一つマインスィーパーやソリティアがあるに違いない。
えーっと、どれだろうかな……。
これか? いや、なんかスペルが違うな。
適当にみつけたソフトは、英語のヤツだった。
きっとアメリカかどこかで作られたモノだろう。
えーっと……読めないな。
おかしいな、俺って高校生のはずなのに……まあ出来損ないなのは認めるが。
単語がみっつだけなのに読めないなんて流石に恥ずかしい。
なんとかして読もうと努力してみる。
後半の二つの単語は意味も知っていたし、読めたんだが、一番最初の単語だけ読めない。
えーと……ふ……ふ……えー、てぃーいー……えーと。
えーが「あ」でいーが「え」だから……。
ふぁ……ふぁ……ふぁて?
聞いたこともないな。
ひょっとしたらラテン語だったりドイツ語だったりするかもしれん。
まあ、どうでもいいか。
「あら? これ、二枚になってたんですか?」
小竜姫様も不思議そうな顔をしていた。
今まで気づかなかったみたいらしい。
「ええ、なんだかくっついていたみたいで……ゲームのタイトルみたいです」
小竜姫様はひょいと首を横からいれて紙を覗いてきた。
「え? えええッ!? そ、そんな!?」
そしていきなり顔を真っ赤にそめて、俺から離れるように飛び出し、顔を反対方向に向けてしまった。
む、むぅ……一体なんて書かれてるんだろうか。
一応、達筆で書かれた文字を読めるスキルは必要になるからと、美神さんから手ほどきされている。
少々時間がかかるかもしれないが、解読できるだろう。
えーっと……妹……痴漢……淫……看護士……巫女……みこ?……看護士……媚肉……学校指定水着……肉、欲……
数日後、俺と小竜姫様は妙神山を襲撃した。
きっと、神族と魔族から危険人物指定をされているだろう。
だが、後悔はしていない。
俺たちには無限の未来が開けているのだから……。
完