「あれ?」
最高級のお揚げさん料理を食べつつも、タマモは怪訝そうな表情を見せた。
「どうしたの?口に合わなかった?」
冷酒を呷り美神が聞く。タマモは首をひねったまま、
「ううん、美味しいんだけど……うーん」
何かが足りない、そんな気がしてならない。
「夏バテでしょうか?」
お作りを前にして、心配そうにおキヌ。
「いやいや、女狐もようやくお肉様の有り難さに気付いたのでござろう」
と、こちらは肉料理に尻尾を振りながらシロ。
タマモはふぅ、と溜息ひとつ。
「違うわよバカ犬」
「犬じゃないもん!」
「バカって所は否定しないのね。バーカバーカ」
「なにー!」
けんけんわんわんと騒ぎ出したイヌ科乙女たち。
美神はこめかみに井ゲタを貼り付け、怒りを滲ませつつ宣った。
「あんたたち。口にタマネギ突っ込まれたい?」
※タマネギ(Allium cepa L.)。ネギ属ユリ科の植物。イランやベルチスタン地方の原産とされる。主に鱗茎を食用とし、多様の料理に使われる。これをイヌ科の動物に多量に食べさせた場合、ハインツ小体性溶血性貧血を発症する。これは赤血球中のヘモグロビンが変性を起こしたり、結晶化して赤血球が破壊されるものである。
「う、それは遠慮したいわね」
「……同感でござる」
すっかり萎縮したイヌ科乙女に冷や汗を一滴垂らしつつ、おキヌは箸を進めた。
「でも、本当に美味しいです、ここ」
今度は茶碗蒸しを一口。
そして少しばかり非難の視線を込めて、美神を見る。
「横島さんも連れてきてあげれば良かったのに」
その名を出されても、美神は動じない。何を馬鹿なことを、といった笑みを浮かべるだけ。
「却下よ却下。アイツには勿体ないわ!」
だが、その名を出されて九尾の狐は思いついた。
もしかしたら、足りないのは彼なのではないだろうか。
ならば。
「ごめん、あたし帰る」
「タマモちゃん?」
「女狐、待つでござる!」
おキヌとシロが引き留める間もなく、タマモの姿は消え去った。
「放っときなさいよ」
美神は久保田の萬寿を一口。
「あの子の気まぐれは今に始まった事じゃないでしょ?」
確かにそうだ。タマモの気まぐれは今に始まった事じゃない。
「確かにそうでござるが。拙者、なんとなーく嫌な予感がするでござるよ……」
「うん……私もなんだか嫌な予感が………」
今にも駆けださんとするシロキヌを制し、美神は呆れた口調で言った。
「だからシロもおキヌちゃんも放っておきなさいってば。それよりほら、追加来たわよ」
「むー、仕方ないでござるなぁ……」
「……これ、お持ち帰りできますか?」
渋々ではあるがシロとおキヌは元の席に戻り、食事を再開したのだが――
数日後。
美神達は己のこの日の言動を深く呪うことになる。
さて一方、自宅のテーブルの前、横島は半泣きになっていた。
「チキショー!俺が何か悪いことしたかー!?」
彼だけ。そう、彼だけ連れて行ってもらえなかったのである。
「理不尽や……」
自分以外の誰もが高級料亭で夕食なのに対して、今自分の目の前にあるのはカップうどんとコンビニ謹製のいなり寿司。この格差は一体なんだろう?
「……………喰うか」
溜息まじりに呟き、彼はカップうどんの蓋を開けた。
と。
「一個貰うわよ」
横から現れた手が、お稲荷さんを一個連れ去った。
誰かと思えばそこにいたのはやはり、
「うわなんだよタマモ!お前美神さんたちと高級料亭じゃなかったのかよ?」
「んー、ちょっとね。抜け出してきた」
言いつつ、またひょいとお稲荷さん略奪。
「ああ、また取った!」
血涙を流しつつ、横島。しかし、本気で嫌がっているわけではない。
だからタマモもこう言える。
「ケチケチしないの」
そしてわき上がる疑問。
何故、このお稲荷さんはこんなに美味しいのだろう?
先ほどまで食べていた、高級料亭の油揚げ料理には比べるべくもないのに。
そんな疑問に首を傾げたタマモの前。
「………しょーがねーなー」
苦笑まじりに、
「ほれ」
箸が差し出された。
「ん?」
箸の先にぶら下がっているのは、カップうどんのお揚げさん。
「喰うだろ?」
ああ、とタマモは思う。
こいつはいつもこうだ。
お揚げさんくらいしか具がないのに、あっさりとくれる。
「いいの?」
答が分かっていながら、聞く。
会話が楽しいから。
「早く喰わんと俺の気が変わるぞ」
この答は嘘だ。
タマモが食べるまで、箸は差し出されたままだろう。
だから。
「頂きまーす」
差し出された箸から、直接食べる。
――これもだ。
油揚げと言っても、カップうどんのそれだ。
丁寧に揚げられた料亭のそれと比べるべくもない。
なのに、何故こんなに美味しいのだろうか。
「美味いか?」
問われて、即答する。
「お揚げさんが不味いわけないじゃない!」
油揚げだから美味しい。
それは、多分半分の答だ。
もう半分は、多分――いや、間違いなく、一緒にいるのが横島だからだ。
そう、思い至ったとき――
「そっか、良かったな」
横島が浮かべたのは、不意打ちの笑み。
その笑みはいつものバカみたいな笑いではなく、自嘲めいた笑みでもなく、情けない泣き笑いでもなく。
優しい笑みだった。
そのくせ、どこかに傷を含んだ――自分の、知らない笑み。
それは恐らく、自分が殺生石から解放される前の出来事が影響していて。
でも、それが語られることは――横島以外から語られることは、恐らく無いだろう。
「ねぇ」
「ん?」
何があったのか、と問おうとして考える。
問うてもいいのだろうか?
問えば、多分横島は答えてくれるのだろう。
困ったような、寂しがっているような、そんな笑みを浮かべつつ。
だがそれは、傷を抉ることになるのではないだろうか?
だから聞くのを躊躇する。
でも知りたいと強く思う。
だから、今はこう告げる。
「あんたの過去に何があったのかは知らないわ。
多分、とっても辛いことだったって位は分かるけどね」
溜息、そして深呼吸。
そっぽを向きつつ。
「いつかあたしに覚悟が出来て、あんたが話す気になったら、話してよ。
何があったかを、ね」
横島はその台詞に一瞬泣き笑いのような表情を浮かべた後――
「……ああ。ありがとな」
タマモの頭に手を伸ばし、優しく撫でた。
――斯くして煩悩の奥底に傷を隠した少年と、妖狐の少女は想いを重ね合うようになったのである。
初投稿です。
書いたのは初めてなのですが、どんなものでしょうか?
人物描写が難しいことこの上ないです orz