*結構キッツイかもしれません、あしからず。
俺はついに帰ってくることができた!
ヒャクメに、身体検査するからちょっと神界まで来てほしいのね〜、と言われ、あーそうなのか、と思ってノコノコついていってから、一日一本の線を引いていくと決めたマイ暦ノートは正の文字が365の四倍の五倍の数が書かれているが、それでも俺は帰ってきた。
身体検査と称されたヒャクメの知的好奇心を満たすのにおよそ五年、さて、帰ろうかなと思って妙神山に行ったらワルキューレにみつかり、デタントのバランスをとるためだ、とかなんとか言われ魔界に連れてかれて魔王にされ、そのための手続きアンドその他雑務で十年、これでようやく帰れるな、と思って妙神山に行ったら猿神に捕まって、その場で五年修行……。
毎日が地獄のようだったが、俺は二十年の歳月を経てこうして人間界へと生還を果たしたのだ。
二十年ぶりに肺一杯に人間界の空気を吸い込み、吐く。
五臓六腑に染み渡る、ちょっとくすんだ懐かしい味の空気だった。
「みんなどうしてるかなぁ」
俺はそれが気がかりだった。
俺の上司だった美神さん、友達のおキヌちゃん、愛弟子のシロにタマモ、クラスメイトのピートにタイガーに愛子……。
エミさん、冥子ちゃん、小鳩ちゃん、魔鈴さん、カオスにマリアに唐巣神父。
えーと……あとは……親父とお袋ぐらい、かな。
みんなどうしているだろうか?
二十年も人間界に顔を出してなかったもんだから、俺のことを忘れてしまっているだろうか。
まあ、そんなことはないだろうけど、突然姿を消して二十年前とまるっきり変わらないままに顔を出したらみんな驚くだろうな。
それにしても、二十歳だった美神さんが四十歳か……隊長の件もあるから、まだ美人なんだろうなあ。
二十年前のファッションをしているせいか、周りの人に注目されまくりながら歩いていたとき、ふと後ろから俺を追いかけてきている気配に気が付いた。
気配を消すことが素人じゃないので、その道のプロかもしれない。
誰だろう?
まだ山から下りて数時間しか経ってないのだから、尾行されるような恨みは買ってないはずだ。
ひょっとしたら俺の勘違いかもしれない、と思って慣れない道をうろうろしていた。
が、数十分しても気配が消えてない。
誰か知り合いが俺のことに気づいたのかもしれないな。
奇妙な形をしたビルの影に入り、手の中で文珠を発動させ、気配を断つ。
その場に同化するような感覚で……。
案の定、俺の気配が消えたことに気づいた尾行者が俺の前に姿を現した。
そいつは黒い法衣を着て、大きな数珠を持った坊さんだった。
どこかで見たことのあるような顔だ。
「よ、横島!? あんたの名字は横島っていうか!」
その男はどうやら俺の知り合いのようだった。
名前を知っているならば間違いあるまい。
問題は、どいつだったっけ、という話であって。
「そ、そうっすけど……。 何か?」
「な、なら……あんたの父親の名は、ひょっとして『横島 忠夫』と言うんじゃないか?」
どうやら、俺は俺の子どもかと思われているらしい。
まあ、失踪して二十年経ったっていうのなら合点がいくな。
ヒャクメから特殊な処置を施され、神界に居る間には年を取らなくなり、ワルキューレに魔界に連れて行かれて魔王だとかなんとかに無理矢理されたときから不老不死になっているのだから、外見はほとんど変わってないって言ってもいいし。
我ながら面倒なことに巻き込まれたけど、まあ、いいか。
「俺の親父の名前は『横島大樹』って言います。 横島忠夫っていうのは俺の名前で……」
ギンッとした目つきで睨まれた。
男はまさに、「とって食っちまうぞ」といわんばかりに怒りを露わにし、敵意剥き出しにしている。
やば、一体誰だったっけ、こいつ。
二十年前の知り合いにはげは居なかったような気がするんだが……。
短足で三角眼には見覚えがあるんだけど。
「……あーーーーッ! お、お前、ひょっとしたら伊達雪之丞? あのバトルマニアでマザコンの致命的な精神を持った男!」
「誰がマザコンで女房の尻に敷かれてる男だと!? ゆ、許せねぇ……俺のライバルの姿と名を騙る三流野郎め! 今この場でぶっ殺してやる!」
がしょん、と魔装術を装着し、その場でいきなり霊破砲を撃ってきた。
流石に修行を重ねてきたようで、威力も重く、数も多い。
その全てをサイキックソーサーで受け止め、はじき返した。
腕が衝撃で少ししびれているが、かすりもしなかった。
全く、俺も結構強くなっているじゃないか。
二十年前だったら、絶対逃げ出していたところだった。
「あっ! あれはなんだっ!?」
いきなり空を指さす。
空は晴れ渡った青が一面に広がっていた。
「えっ」
雪之丞が空を向く。
今だ、チャンス!
「うわはははははは、馬鹿が見た!」
一目散に逃げろ!
足をフル回転させ、ぐんぐんとスピードを上げる。
戦う力はないが、逃げ足だけは誰にも負けない自信があるのだ。
「あっ、まてこら!」
後ろから何か聞こえるが、そんなもん知らん。
数分もすれば完全に雪之丞を振り切った。
さてさて、あんなヤツに構う前に美神さんのとこに行かなきゃな。
二十年前とだいぶ変わってしまった街を、わずかな記憶を頼りに事務所へと向かう。
人はSFちっくな服を着、宙に浮いた車に乗り、噂に聞くホログラムというやつがテレビの代わりをして……。
小竜姫様が下界に来たとき、籠に乗ってきてたけどこれは馬鹿にできんなー。
考えてみれば今度は俺が、こうやって二十年前の格好をして歩いてるんだからな。
そんな風に感慨深く歩いていると、ようやく二十年前と変わらぬ建物に到着した。
「……変わってないなぁ。 人工幽霊はまだ生きているのか?」
近くによってみた。
建物の外観は二十年前とほとんど変わっていなかったが、色々と技術が盛り込まれているのかほんの少し違和感を感じた。
『久しぶりです、横島さん』
不意に無機質な声が響いた。
二十年前と寸分変わらぬ懐かしい声だった。
「よお、二十年ぶりだな。 美神さん、いる?」
『只今、オーナーは不在です』
「そっか。 じゃあ他には誰か?」
『西条氏が居ます。 どうぞ、横島さん。 あなたはこの建物に自由に入れるように美神オーナーからの命令があります』
「さんきゅ」
目の前のドアの鍵が外れる音が聞こえた。
入れ、と言っているのだろう。
だけど、なんでこんな時間帯に西条がここにいるんだろうか。
なんだか言いようのない不安感に襲われた。
「……まあ、いいか」
とにかくドアを開き、ただいまと一声上げて、懐かしい場所へと入っていった。
中には人工幽霊が言ったとおり、西条がいた。
人工幽霊が来客のことを知らせなかったのか、いきなり人が入ってきたことに驚いていたようだったが、俺の顔を見たら何も言わず、そのまま頷いた。
「久しぶりだね、横島くん」
こいつは雪之丞とは違い、俺のことがわかったらしい。
二十年前は憎らしいだけだったが、今では好感の持てる中年になっていた。
これが二十年前の俺だったら……ハンズオブグローリーで斬りかかっていたところだが、今は成長して落ち着いたところを見せてやるところだ、と霊破刀を出すのを我慢した。
「一体何をしていたんだい? 何年も君のことを探していたんだよ」
「神界で五年、魔界で十年、妙神山で五年……拉致っぽいことをされてたんだ。 なんか知らんが、神界でヒャクメに身体検査されたり、魔界で魔王にされたり、敵対勢力を撃退したり、妙神山で修行させられたり……死ぬかと思う事は一杯あったのさ」
心臓が不整脈をしはじめた。
心の奥底にくすぶっていた不安が、そのおぼろげな形を顕現していく。
手を抑えなければ、震えているのがわかってしまう。
「……ところで、美神さんは?」
ここは美神さんの家だろう。
二十年経ったくらいで美神さんが家を手放すことはありえない。
じゃあなんでここに西条がいるんだ。
二十年という時は……一体何を変えてしまったんだろう。
唇を噛み、痛みをこらえる。
西条に飛びかかって、殴り飛ばしたいという欲求を抑え、西条の目をじっと見据えた。
「……」
「何黙ってるんだよ! なんとか言えよ!」
「君も……わかっているんだろう。 二十年という歳月は、長い。 そう、あまりにも長すぎた。 いや、一年でも長かった。 たった一年でも……。 だがな、君が悪いんだぞ。 君がそんな長い期間を不在にしていたから悪いんだ」
「美神さんはどうしたって聞いてんだ! 言い訳なんか……聞きたくない……」
後ろめたさと葛藤している西条を見て、俺は人間界でどんなことが起こったのか全てを理解した。
山から下りたときから……いや、ひょっとしたら最初の三年ぐらいから、人間界ではどうなっているのか分かっていたのかもしれない。
ただ、俺は現実を直視することができなかった。
もう俺はここには居られない。
とっくに俺の居場所はここから消えてしまったんだ。
「……もう、帰るわ。 美神さんには……よろしく言っておいてくれ」
「ああ」
もう何もかもどうでもいいように思えてきた。
俺の知っている美神さんはこの世にもういない。
いるのは……西条の妻だけ。
認めたくなかった。
好きだったかどうかはわからなかいけど、あこがれていた女性が、もう既に違う男のものになっていたなんて。
あらためて二十年という歳月が心に重くのしかかってきた。
俺が思っていた以上に、長く、残酷だったのだ。
何も言わずに椅子に座ったまま、西条は俺を見送った。
何も言わずに椅子から立ち上がり、俺は西条に見送られた
運命の神とはこんなにも残酷なのか、と。
「ただいまー」
俺がドアノブに手をかけたその瞬間、俺の力以外でドアが開いた。
目の前には、二十年後の美神令子と寸分変わらぬ人物が買い物袋を抱えていた。
「……あ……」
ふがいなくも言葉がでなかった。
今までこんなに不幸なことはないと落ち込んでいたくせに、今再び深い苦しみの渦に頭から突っ込んでしまったかのような気分になった。
「……あら? あなた……」
四十歳になった美神さん。
未だに美しさはくすんでいなかった。
だけど、その美しさは昔とは違い、四方八方に散る物ではなく、たった一人の男に向けられて……。
「ウチの子の友達? ごめんなさいねー、今あの子、ちょっと除霊に行ってるのよー」
しかも、俺のことに気づいて居ないようだった。
まるで道ばたに落ちている石ころのように。
自分の子どもの友達と勘違いをして……。
ていうか子どももいんのかよ。
いや、これでいいのかもしれない。
なまじっか気づかれても辛いだけだ。
「ど、どうも、おじゃましました」
「あら? あなたおもしろい格好してるわね。 学芸祭か何かの練習かしら? ……でも、この格好、どこかで見たことがあるような……」
「あ、す、すいません。 ちょっと俺、急いでるんで……さ、さいならーーーっ」
「あ、ちょっと待って……」
脇目もふらず、一心不乱に走った。
心から後悔がこみ上げながら、二度と戻らないあの頃の美神さんに涙しながら、唇をかみしめ俺は街を走った。
終