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▽レス始

「彼が選んだ道プロローグ(GS)」

リキミ・スキッド (2005-08-13 23:20)

横島に残ったのはどうしようもないほどの無力感と己に対する憎しみだけだった。
天界、魔界、人間界をも巻き込んだハルマゲドンの引き金であり中心にいた男は自らの城で死ねない命を抱えて生きていた。
数え切れないほどの数の生物を殺してきた。
願ったのは平和。手にしたかったのは平穏。
それを手にする為の犠牲は払った。
それを手にする為の努力はした。

「もう、疲れちまった。」
「横島?」

横島の傍らに立っていた女性が横島の言葉を聞き、不思議そうに横島の顔を見る。
その女性は一度は失ってしまった人。そして、二度と戻ってこなかった女性。

「ルシオラ。」

横島は何気なく顔を覗き込んでくるルシオラを腕の中に抱くと遠い過去に思いを寄せた。
平和、平穏、そんな言葉を求めていたわけではなかった。
最愛の女性が蘇ると神に告げられた、そうする為には魔族にならなければならないと悪魔に言われた。
そうすれば全てが上手くいくと、両方に言われた。
思い出せば自分はなにが上手くいくのかすらわかっていなかったし、わかろうとも思っていなかった。
ただ最愛の女性が蘇ってくれるのならば、微笑みかけてくれるのなら、ただ共にいてくれるのなら。
それだけでよかったのだ。

「今更だな。」
「ちょっと、ヨコシマ。さっきから独り言ばっかり言ってどうしたの?」

確かに最愛の女性ルシオラは蘇った。
声も、姿も、魂の質までもが一緒だ。
だが、

「ルシオラ。」
「なに? ヨコシマ。」
「俺のルシオラ。」
「ちょっ、どうしたの?」
「俺に都合のいいルシオラ。」

パピリオが死んだときルシオラは泣いた。
だがそれは心からの涙ではなく、そうあることが俺にとって都合が良いから流していたに過ぎない。
べスパが死んだときもルシオラは泣いた。
それもまた、横島がルシオラなら泣くだろうと自分勝手に思っていたからだ。
全てが同じはずなのに全てが違う。

「お前はいつも俺の心を読んで俺の心に沿ったルシオラを演じてくれた。」
「……。」

次の言葉を聞いた彼女は淡々とその事実を認めるだろう。

「もうルシオラを演じなくて良いぞ。俺の眷属。」
「はい。マスター。」

胸の支えがようやく外れた。
横島はルシオラの姿をした己の眷属を抱きしめ涙を流した。
今更だった。
ルシオラという女性を失って何百年も過ぎた今になってようやく認めることが出来たのだ。
自分は大切なものを当の昔に失ってしまったという事を。

「ふぅっ、ぐっ。」
「……泣いているところすいませんマスター。一つ、お聞きしたいことがあります。」
「なん、だ?」
「マスターはこの後、旅立たれるのですか?」
「ああ。」

そう応えると横島の眷属は横島の腕の中からするりと抜け出ると横島の前に跪いた。

「マスター。私を、マスターの姿そっくりに作り変えてください。」
「? なんでだ?」
「マスターがいなくなれば、部下たちは統率を失い瞬く間にいずれかの敵勢力に敗北するでしょう。そうならない為に、どうか私の姿を。」

眷属の言葉に横島は笑みを浮かべた。
玉座から立ち上がり、眷族の前に同じように膝をついて視線を合わせると笑いかけた。

「また、俺の心を読んだようだな。」
「いえ、私は。」
「お前はルシオラの代わりとなっていようと、眷属という本来の役割に戻っても変わらないな。」
「マスター。」
「お前に名を上げよう。ルシオラという誰かの代わりではなく、お前だけの名前を。俺の後継者として横島を名乗り、そして下の名をルイとしろ。」
「あ、ありがとうございます。マスター。」

眷属−ルイが返事するのを聞いた後に横島は立ち上がった。
この世界を捨てていこうとしている横島は、この捨てていく世界が少しでもましになるようにまだ動かねばならないからだ。

「マスター。私の姿を変えれば早く目的を達することが出来ます。」
「……お前にはもう名前をあげた。俺の代わりをすることは許さない。」
「ですがっ!」
「俺は、今のこの状況を生み出した根源だ。それを消せば確かにその世界がこうなることはなくなるだろう。しかし、既に存在してしまっているこの世界が消えることはない。ならば、少しでもより良い形でお前に与えたい。」

それが、横島の擦り切れかけている感情から搾り出した優しさだった。
ルイはただその先に何もないことをわかっていながら突き進んでいく悲しき主の後を歩くことしか出来なかった。


それから三百年の時が過ぎた。
互いに滅ぼしあい、互いに殺しあった天界と魔界が和平を結ぶという形で世界の崩壊は免れることとなった。
復興作業が進み、魔界にも戦いの名残が消え始めた頃、魔王は玉座の前に跪いていた。
その魔王の前にいる男はそんな魔王を見るも何の感情も浮かべず、魔王へと近づき始めた。
魔王ルイは、主である横島に眷属という鎖から解き放たれた後も変わらず忠誠を誓っていた。

「俺は、行く。」
「マスター。」

ルイは行かないでと叫びたかった。
世界はまた再生しようとしているのに、わざわざ過去に戻って己を殺す必要などないと言いたかった。
しかし言えなかった。
横島が過去に戻ることに意味がないことに気づいていることにルイは知っていたからだ。
知っていて尚、横島は行こうとしているのだ。
いや、もはや行くことしか考えられないのだ。
長い戦いは横島の心を疲れさせ、磨耗させた。

「ルイ。」
「はい。マスター。」
「さらばだ。」

ついにその時は来た。
横島はルイの横を通り過ぎ、この場を、この世界から去ろうと歩き出した。
少しずつ遠ざかっていく足音にルイは我慢していた何かがはじけるのに気づいた。
そして、遠ざかる横島の背中に抱きついた。

「いか、ないで。行かないでくださいマスター。」
「……。」
「行ってなんになるというのです? 行って何が変わるというのです? マスターは言ったじゃないですか! 過去に遡って過去のマスターを殺したところで何も変わらないと! それなのに、それなのに!!」
「俺は。」

横島は振り向いてルイと向き合い、そして抱きしめた。

「俺には絶対に死なせたくない人達がいた。けど、俺はこの世界でその人たちを殺してしまった。だから、たとえ自己満足でも良いから彼らが助かる道を作ってみたい。」
「ますたぁ。」
「すまない。すまないルイ。許してくれ。」

相変わらず何の感情も浮かばせない顔で、あらかじめこういう状況になった場合に言うようにインプットされていたような棒読み口調で横島は言った。
ルイはそんな横島の唇に自分のそれを重ねた。

「ルイ。」
「自己満足で、いなくなるマスターなんて大っ嫌いです。はやくいっちゃってください。」

明らかな強がりに横島は抱きしめていた手を解いてその場から離れた。
魔王の部屋の扉を開き、そして閉じられる直前に横島はぽつりと呟いた。

「ルイがいてくれて、よかった。」

私もマスターがいてよかった、と涙交じりの声が横島には聞こえた。
パタン、と扉が閉まりそして横島はその場で文珠を発動させる。
数時間後にルイが扉を開けたときには横島はそこにはいなかった。


そして、横島は過去にいた。
降りしきる雨の中で傘もささずに目的の人物が現れるのを待っている。
新たな物語の歯車が回るのはもうすぐであった。


あとがき
初めての人ははじめまして、そうでない人は久しぶりです。
彼が選んだ道という小説を書いていたリキミ・スキッドです。
このたび、連載を再会しようという事でとりあえずリハビリ作品を書いてみました。
これは彼が選んだ道のプロローグのプロローグに当たる話です。
これを読んだ後に彼が選んだ道本編を読むとあれっ? と首を捻る箇所があるかもしれませんがそこはブランクが長かったという事で見過ごしてください。


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