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15禁注意

「美神令子の憂鬱(GS)」

テイル (2005-08-12 22:44/2005-08-13 18:27)

 必要ないだろうと思いつつ、十五禁。


 あまりの暑さに目が覚めた。
 目をこすりながら視線を窓へ向ける。射し込む日差しが強かった。もう昼頃なのかもしれない。
 それにしても暑い。高級なベッドで寝ていても、全身にうっすらと汗をかきながらでは気持ちよさも半減だ。
 令子はエアコンの様子を見ようと枕元に手をやった。いつもそこにリモコンを置いて寝るのが習慣となっている。おそらく設定温度が高いか、タイマーにでもしてて切れたかしたのだろう。設定し直して再び寝るつもりだった。
「あれ?」
 しかし令子の手にエアコンのリモコンは触れなかった。怪訝に思いながら周囲を見回し、やっとそこが自宅の寝室ではないことを知る。
「ここ……どこ?」
 霞がかった頭を軽く振りながら、令子は身を起こした。途端に響くような頭痛が彼女を襲う。
「ったぁ。何? 二日酔い?」
 頭を抱えた令子の身体から、シーツがずり落ちた。顕わになる二つの乳房、引き締まったウエスト、可愛く主張するお臍……。
 全裸だった。顔を引きつらせる令子。
「な、ななな」
 慌ててシーツを引き上げ、身を丸くする。
「な、なんで裸なのよ!?」
 自問するも答えは出ない。どうやら昨夜の記憶がすっぽりと抜けているようだった。ここがどこかも、自分が昨夜何をしていたのかも思い出せない。
 令子は頭を抱えた。二日酔いではない頭痛が、彼女を襲っていた。令子に全裸で寝る習慣はない。その自分が全裸で寝るときとは、一体どんな状況なのだろうか。
 今度の自問には答えが出た。知識だけとはいえ、令子も大人の女性だ。そっちの事も多少は知っている。
 おそるおそる、シーツの中を覗く。一際目立つ赤い染みが見えた。次に令子は自分の股間に手を当てた。走る激痛。最後にこれでもかと言うぐらい緊張しながら、令子は隣に目を向けた。
 そこには一人の男が寝息を立てていた。やはり全裸で、そして令子のよく知っている男だ。トレードマークのバンダナこそしていないが、見間違えるわけがない。彼女がシーツを引き寄せたせいで、腰の際どいところまでが丸見えとなっている。
 慌ててシーツを胸元までかけてやり、令子は心の底からほっと息を吐いた。最悪の事態ではないことに安心したのだ。隣に眠る男が相手なら、最悪ではない。もっとも、あくまで最悪ではないだけだ。
「問題は、私の記憶が全くない事よね……」
 困ったように令子は、隣で眠る横島を見た。深く眠っているようで、目を覚ましそうにはなかった。
 そのあまりに幸せそうな寝顔に、怒りがこみ上げてくる。とりあえずぶん殴ろうかと振り上げた拳を、しかし令子は力無く降ろした。
 横島が幸せそうに眠っているその理由。それが昨夜の自分との……であったなら、殴るのは筋違いだ。どちらかというと、優しくキスとかで起こすとか――。
「っ!!」
 ぼっと、一瞬で茹でた蛸よりも赤くなる令子。自分の思考に驚き、そして照れたのだ。
 まさか自分が、このような甘い、背中がかゆくなるようなことを考えるとは……。
「ああああ。昨日どうしたっけ。何があったわけ? どうしてわたしが横島くんと二人して、裸でベッドに寝てるのよ……?」
 何があったかは何となくわかる。しかしどうしてそうなったかがさっぱり思い出せない。
 近年まれにみる真剣さで、令子は昨日のことを思い出そうと唸った。脱税のための書類偽造時よりも真剣みをおびているのだから、その程度も知れようというものだ。
「ええと。昨日は横島くんと二人で仕事をしたのよね。それで、えーと」
 ゆっくりと、令子の中で昨夜の出来事が再現されていく――。


 その日、事務所に飛び込みの依頼が入ってきた。折しもお盆の真っ最中。仏となった霊達が家族子孫の元へ帰ってくる時期である。この時期は仏となり陽の気を放つ霊達によって、悪霊の力が削がれるときでもある。最近では古来より伝わる行事や祭事が行われなくなりつつあるとはいえ、仏となった霊達が大切な者達を守ろうとする事に変わりはない。
 一時的に守護霊が増えるようなものだ。当然、GSの仕事も激減する。そこに至っての飛び込みの依頼。しかも一億という高額に、令子が小躍りしたことは言うまでもない。
「でも美神さん。おキヌちゃんもシロも里帰りだし、タマモはシロについて行ったし……二人しかいませんよ?」
「何言ってんのよ、横島くん。私たちは最初二人だったじゃない。何の問題もないわ。ほーっほっほっほ。一億よ一億。鬱憤たまってばかりだったから、発散できるわー。さあ準備よ準備。さっさと行くわよ!」
「へーい」
 こうして二人は指示された場所に向かった。
 二人がやってきたのは、ある郊外に建つ廃ビルだ。昔はここで会社が経営されていたらしいが、バブルがはじけたのを契機に倒産。社長は社長室にて自殺。……よくある話といえばよくある話だが、なにやら悲しくなる話でもある。
 お盆とはいえ会社によっては休みなど無いところもあり、美神除霊事務所に依頼をしてきたのもそういう手合いだった。ビル解体を営む会社で、一両日中にこのビルを解体することが仕事だという。時間は一分一秒が惜しい。だから一流と名高い令子の所に依頼が来たのだ。
「それにしても、このビルを今日明日で奇麗に解体っすか。……無理じゃねーかな」
 ビルを見上げながら横島が呟いた。さすがバブル時代のビルだ。むやみやたらと無駄にでかい。
「郊外だから都心部よりは土地代も安かっただろうし。その分見栄えに反映させたんでしょ。ま、大体この手の建築物は手抜きだって相場が決まってるから、崩すのは簡単かもね」
「悲しいお話やなぁ」
 ともあれそんなことは令子に関係はない。このビルに巣くう悪霊を除霊して、報酬の一億円を貰う。考えているのはそれだけだ。
「さ、行くわよ。悪霊は生前社長だった奴らしいから、自殺した社長室にいるでしょ。エレベーターなんか使えないんだから、さっさっと行くわよ」
「普段なら面倒くさがるところなのに、やる気まんまんっすね」
「当然よ! 一億円〜、一億円〜」
 上機嫌で階段に向かう美神を、横島は苦笑して追った。
 浮かれているように見えても、令子は一流のGSだ。社長室に向かいながらも、その意識は油断無く各階にも向けられていた。悪霊は一匹とは限らない。むしろ元社長の陰の気に引き寄せられて、わんさかいてもおかしくはない。しかしその予想に反して、社長室に着くまでただの一匹も悪霊にあうことはなかった。そして、その理由はすぐに知れた。
「ねえ、横島くん」
 社長室の前に立った令子が、隣に立つ横島に視線を向けた。
「バブルって、確かもう十五年ぐらい前の話よね」
「そうでしたね。……めちゃくちゃ、育ってますね」
 二人は頬を引きつらせていた。扉の向こうから、とても一介の悪霊とは思えない霊圧が漏れている。これほどの悪霊ならば、格下の悪霊を取り込むことくらいやるだろう。
「道理で閑散としてると思ったわ。まあ一匹しかいないなら、しばき倒せば良いんだから単純な話ね。……行くわよ」
「うっす」
 二人は社長室を蹴り開けると、部屋の中に飛び込んだ。
 すぐに後悔した。
 二人を出迎えたのは、痩身の男だった。黒色と紫色の肌。爛々と燃えるような赤い瞳。なにより周囲から浮かぶような、輪郭のぼやけがない。
「ぬあっ! こいつはっ!!」
「じ、実体化してる!?」
 令子達の驚愕の叫びに、そいつは目を細めた。
『ここへ来客など、久方ぶりだな。……ふむ。どうやら私を払いに来たか。最近ずいぶんと力が上がってね、私の力に引き寄せられてくる悪霊では物足りないと思っていたんだ』
 落ち着きすら感じられるその声に、令子達は目を合わせた。
 計算外だった。実体化した悪霊は、それすなわち悪魔に他ならない。悪霊と悪魔では、素人と武道の達人ほどに力の差がある。
「割にあうかああああっ!!」
「そんなこと言ってる場合じゃないっすーーっ!」
 こうして戦いの火蓋は切って落とされた。


 乱れ飛ぶ霊波砲。
 椅子や机、崩れ落ちた壁やらが暴れ回る怪奇現象。
 きらめく霊波刀。振るわれる神通鞭。
 悪魔と化した元社長は強かった。しかし仮にも上級に属する魔族を倒した経験すらもつ令子達である。確実にその力を削ぎ、ダメージを与え、元社長を追いつめていった。
 そして――。
「これで止めよっ! 極楽に」
 令子の渾身の神通鞭が、壁の隅に追いつめた元社長に振るわれた。
「行かせてあげるわっ!!」
 申し分ない一撃だった。絶対にかわせない。少なくとも令子はそう思った。
 しかし……。
『残念』
 令子のその一撃は、元社長にあっさりとかわされた。達人が扱うと先端が音速にすら達するという鞭を、その元社長はかわしたのだ。
(しまった! 壁で鞭の軌道が制限されたからだわ。先読みされた!!)
 すぐさまそのからくりに気づくが、その時には懐に入られていた。
『君たちは強い。私はここで除霊されるだろう。だがね、君は道連れにするとしようか』
 その口が顎まで裂けた。びっしり生える鮫のような鋭い歯が、唾液に濡れている。
 元社長は、その凶悪な口をそっと令子の首筋にあてた。優しくとすら言える動作だったが、何の気休めにもならない。嬲られただけだ。コンマ一秒後には、そこから鮮血が吹くだろう。
 思わず身を固くし、歯を食いしばった。
「………?」
 予想していた激痛は来なかった。ただなま暖かい感触が、首筋に触れているだけ。
 混乱する令子の肩に手が置かれ、ぐいっと引っ張られた。次の瞬間には、横島の腕の中に令子はいた。
「この野郎。俺を差し置いて美神さんにこんな事……」
 その手には文珠が握られている。『止』と書かれた文珠が。
(範囲を設定して、敵対する存在のみ動きを止めた?)
 かろうじて美神が理解した瞬間、元社長は横島の文珠の一撃を受けていた。
『ぐあああああ』
 断末魔の叫びと共に、その存在が消えていく。
 やがて元社長は完全にその姿を消した。塵一つ残っていない。
「くそっ」
 しかし横島は元社長が滅んだのを確認した後も、そう毒づいた。そしておもむろに令子に向き直る。
「あんな……あんなやつに!」
「よ、横島くん?」
「あんな奴に首筋に接吻されるとはっ! 俺もまだしたこと無いのに!! というわけでいきます美神さんっ! これは消毒だーーー!!」
「あほかあああああっ!!」
 電光石火の右ストレートが、唇をつきだした横島の顔面に突き刺さった。


「そもそも生意気なのよ。わたしを腕に抱いたり、あげくにキスぅ? いつからそんな仲になったのよこのトンチキ」
 仕事を済ませた夜。令子は横島を連れてやってきたホテルのバーで、盛大に管を巻いていた。
「第一あんたは見習いなのよ見習い。師匠であるわたしには敬意と絶対の忠誠と一歩下がった立ち位置ってのがあるでしょ。わたしより活躍しようなんてとんでもないことなのよ!」
「はあ、そうっすか」
 目が据わっている令子にさして口答えするでもなく、横島はちびちびと酒を飲んでいる。その様子になんだか相手にされてないような気がして、令子はさらに詰め寄った。
「なによう。無視する気? 誰のおかげでこんな高級バーで飲めると思ってんのよう」
「え? でも美神さんが無理矢理連れてきたんじゃないっすか。今日は役に立ったから奢ってやるって……。俺未成年だし、もっとこう腹にたまるようなもんの方が嬉しかったんすけど」
「ぬぬぬ。何? わたしと飲むのが不満なわけ?」
「い、いえ。そんなことはないっすよ」
 ますます詰め寄ってきた令子に、慌てて横島は言った。
「ほんとに?」
「え、ええ」
「じゃあ、ほれ」
 グラスになみなみとつがれた琥珀色の液体に、横島は引きつった。
「飲め。一気にぐいっと」
「まじっすか? これ度数高いんでしょ?」
「何言ってんのよこの程度の酒で」
 言うが速いか、美神は横島のグラスをひったくるようにして手に取ると、そのまま最後の一滴まで中身をあおった。
「はあ、おいっし」
 心底美味しそうに飲む美神に、横島は苦笑した。
「うーむ。俺にはまだ酒の味はよくわからないんすよね」
「何言ってんのよ。ただ情けないだけでしょうが。いつも抜けてるわ、頼りにならないわ、女にうつつを抜かして隙を作りまくるわ……今までわたしがどれだけ苦労したことか!!」
「………」
「ほんと役に立たないんだから! いつまで経っても半人前でさ!!」
「……そうっすね」
 横島の声に含まれた悲しみの色に、令子ははっとした。ちらりと横島を見る。微笑み返してきた。確かに今悲しみを感じていたはずなのに、その微笑みにそんな様相は欠片も感じられない。
 令子はぷいっと顔を背けた。その胸に悔しさと寂しさが過ぎった。
 横島は成長している。日々少しずつ、大人の男になっている。少しずつGSとしても完成してきている。それは今までもわかっていたが、今日再確認した。……令子本人が望まない形で。
「あの、さ。横島くん……」
「はい?」
 令子は口を開き、そして閉じ、また開き……。
「金魚っすか?」
「やかましい!!」
 令子は横島をしばし見つめ、そして悟った。
 ……素面じゃ、無理だと。もっともそれを薄々わかっていたから、横島をここへ連れてきたのだが。
「とりあえず、飲むしか!!」
「はあ」
 不思議そうに眺める横島を横目に、令子はかぱかぱとグラスを空けていくのだった。


 そして二時間後――


 周囲に転がる空き瓶の数に、横島は乾いた笑みを浮かべた。その数裕に三十本を越えている。
 カウンターには顔を突っ伏す令子がいた。横島は酔い潰れたと思っているのかもしれないが、眠ってはいない。そのままの恰好で、隣の横島とバーテンダーの会話をそれとなしに聞いていた。
「ここまで強い方は初めてですよ」
「俺も話には聞いてたけど、ここまでとは知らなかった」
 バーテンダーの言葉に、横島が苦笑する。
「あなたはあまり飲まれてはいないようですね」
「自分の限界すら知らないのに、無茶できんでしょ」
「そんなこと言って……このままお持ち帰りするのではありませんか? ものすごい美人ですからねえ」
 ぐふふふふ、と下品な含み笑いに、令子は後日このバーテンダーをぶっ飛ばそうと心に決める。
「下の階に、部屋を取っておきますか?」
 ……なかなか気の利いたセリフではないか。先ほどのは前言撤回してあげることにする。
 このまま帰るわけにはいかない。今日、どうしても横島に話しておかなければならないことがある。きっと、今日を逃すと話せなくなる。だから、今日話さなければならない。
 しかし。
「え? いやいや、帰るさ」
 あっさりと断る横島。このどアホ。
「しかしどうやってお帰りになるのですか?」
「そりゃあ」
 横島が口ごもった。
 このホテルには車で来た。もちろん令子の運転でだ。そしていうまでもなく、現在の令子に車の運転なんて無理。
 それでは電車? 残念ながら終電は終わっている。
 ということは、タクシーか歩き……。
「んんん、おんぶか? おんぶで帰るのか?」
 呟くように言った横島の言葉は、隣の美神にはしっかりと聞こえた。
 そろそろ頃合いだろう。
「んー」
 突っ伏していた令子はぱっと顔を上げてみせた。たった今目が覚めた、というように。
「美神さん、目が覚めたんすか?」
 すぐさま反応した横島に、令子はとろんとした目を向けた。
「だいじょうぶっすか? いくら何でも飲み過ぎですよ? 顔真っ赤だし」
 先ほどのおんぶ効果もある……とは言えない。
「だいじょぶ。それよりも、かえる」
 令子はバッグに手を突っ込むと、無造作に札束を取り出しカウンターに置いた。
「げ」
 その行動に呻く横島。その様子を全く気にせず、美神は両手を横島に差し出した。
「おんぶ」
「え?」
「おんぶ」
「……まじっすか」
「いいからおんぶ」
「へいへい」
 横島の返事に、美神はご満悦の表情を見せた。
「ところで」
 バーテンダーが声をかける。
「結局どうされます?」
 部屋のことを言っているのだろう。令子をおぶって立ち上がった横島が、慌てて首を振る。
「い、いや、いいっすよ」
「んじゃ、よろしく〜」
 横島の言葉に、令子の言葉が重なった。驚くように令子を見る横島とバーテンダー。
 我に返ったのは、バーテンダーの方が先だった。
「左様ですか。それでは……」
 バーテンダーは壁に掛けてある受話器を取った。そして受話器を耳にあてたまま、バーテンダーが言う。
「1205号室で」
「りょーかい。ほらよこしま。いけー」
「自分で何言ってんのか、わかってんすか?」
「いいから、いけー」
「わかりましたよ」
 溜め息をつきつつ、横島は歩き出した。


 横島の背中に豊満な胸を押しつけつつ、令子は横島にしがみつくようにおんぶされていた。その感触に照れているのだろう。首筋を赤くしている横島がやたらと可愛い。
 令子をおんぶした横島は、廊下の一角で足を止めた。目の前には「1205」と刻まれたプレートが光る扉がある。
「この部屋か」
 令子を落とさないよう気をつけながら、横島はノブをまわした。
 そこはやたらと広い部屋だった。調度品も豪華で、庶民である横島はきょろきょろと部屋を見回してしまう。やがて横島は奥にある寝室を見つけると、令子をしっかりと背負い直してから進んだ。
 寝室に備え付けてあるベッドも、他の例に漏れず大きく豪華だった。
「すげえな」
 感嘆の声をあげながら、横島は令子をベッドの上に降ろす。
「んー」
 ふかふかのベッドに身体を沈ませて、令子が呻く。その拍子にただでさえ短いスカートが捲れ、そこに隠れていた黒のショーツがかすかに見えた。
 慌てて視線を背ける横島。いくら何でもそろそろ理性が持たない……というかむしろ、ここまで煩悩に耐えている横島を特筆すべきだ。
 横島が令子を襲わない理由はただ一つ。今なら、本当に襲えてしまうからだ。
「いくら何でも無防備すぎっすよ……」
 その声に心配の色を感じ、令子は目を開いた。まっすぐに横島を見る。
「お、起きてたんすか!?」
「まあ、ね」
 ほうっと溜め息をつき、令子は天井に視線を向けた。
「………」
「………」
「………」
「……いつまで、そこに突っ立ってる気?」
 ぽつりと呟かれた言葉に、横島は慌てた。
「す、すんません。すぐ出て行きますんで」
「ちがうわよ」
 令子はベッドの端をぽんぽんと叩いた。
「早く座りなさいよ」
 横島は、心底驚いたような表情を浮かべた。


 ホテルの寝室に、沈黙の帳が降りていた。ベッドに寝そべる令子も、腰掛けている横島も、一言もしゃべらない。令子はともかく横島の場合、令子が放つ異様な雰囲気に口を開けないだけだ。
「ねえ」
 やがて令子がぽつりと言った。
「横島くん……成長したわね」
「え? そ、そうっすか。まあ妙神山でも修行しましたし、多少は……」
「ちがうわよ」
 そういうことではない。単純な強さのことを言っているのではない。単純な強さならば、すでに令子を超える横島のことだ。今更言うようなことではない。もっとも本人は、令子を超えているとは知らないはずだが。
 令子が言っているのは、昼間の除霊の出来事だ。壁に追いつめた悪霊にとどめの一撃をかわされ、あわや殺されるところだった令子を助けた、あの出来事についてである。
「あの時、助けてくれたでしょう」
「昼間ですか。ええ、危なかったですね」
「わたしはあの時、GSとして横島くんに超えられたのよ」
 その言葉に驚く横島を、令子は寂しそうに見た。
 あの時、令子は勝負が決まったと油断した。かわされることなど欠片も考えていなかった。だからこそ、あの時命を落としそうになったのだ。
 しかし横島は違った。かわされることを考えていた。その時のためにフォローの準備もしていた。だから令子は助かったのだ。文珠は使用するためには、いくつかステップがある。あらかじめ用意しておかなくては、使用は不可能だ。つまりすぐさま横島が文珠で助けてくれたことこそ、その事の証明に他ならない。
「GSの心構えの点で負けたのよ。……以前鎌鼬の件であんたを叱ったのが、遠い昔のようだわ」
 その言葉を言うのに、多大な労力が要った。自らが嫌になるほどプライドの高い自分……。そんな自分を抑え、その言葉を言うのに、どうしても酒の力が必要だった。だから浴びるように飲んだのだ。
「美神さん……」
「ねえ……横島くん。さすがにもう、十分よ」
「え?」
「独立……する?」
 その言葉を言った瞬間、泣きそうになった。その事に戸惑いかけ、すぐに否定する。戸惑う理由など一つもない。その答えは、自分の中にしっかりとある。
 寂しいのだ。悲しいのだ。離れたくないのだ。自分が思っている以上、そして周囲の人間が思っている以上に、令子は横島を必要としている。
(好きなんだ……横島くんが)
 これほどあっさりと自分の気持ちを認めるとは、アルコールが良い方向に働いている証だろう。
(前世のことなんか関係ない。わたしが、美神令子が、横島くんを好きになったのね……)
 だから手放したくなかった。本当なら既に、独立しても良いレベルをとっくに超えていただろう。それなのになんだかんだと未熟な点を挙げ引き延ばしてきた。それも全て、離れたくなかったからだ。
 しかし師匠である自分を超えてしまった以上、それも終わりだ。
「独立っすか。そうっすねえ……」
 呟く横島の声が、死刑宣告に聞こえた。
 だから次の言葉に、唖然とする。
「それ、しなくちゃ駄目なんすか?」
「……え」
「元々独立に興味なんか無いですし。時給上げてもらえればそれで全然」
「だって、せっかく正規のGS免許を取得できるのよ? あんた商才もあるんだから、独立したら年十億以上稼ぐことだって夢じゃないのよ?」
「と、いわれましても……」
 困ったように横島は頭をかいた。
「結局GS試験を受けたのは、美神さんを認めさせてやるって思いからなわけだし。そうやって美神さんは俺を認めてくれたから、それで十分なんすけど?」
 言葉が詰まった。震えそうになる唇を、歯を食いしばって耐えようとする。
 無理だった。震える唇から、令子の心からの言葉が漏れた。
「……いかない?」
「え?」
「……どこにも、いかない?」
 横島が破顔した。
「当然っすよ」
 令子は横島に手を伸ばした。その目には涙が溢れていた。
「美神さんは泣き虫ですね」
 その手を取りながら、普段なら瞬殺されるだろう言葉を吐く横島。
「馬鹿」
 令子が横島の手をぐいっと引っ張った。覆い被さるように、横島が令子の上に倒れて来る。
 その身体を、令子は思いっきり抱きしめた。
「ちょ、美神さん。さすがにそんなことされると、多少は丈夫になった理性もどっかにいっちゃいますよ〜」
「……いいよ」
 困ったような言葉に、しかし令子はさらにきつく横島を抱きしめた。
「証が、欲しいから。だからいいよ。どこにも行かないって……その証を頂戴……」
 数秒だけ、間があった。令子にとっては数時間にも匹敵する数秒。
 そしてその数秒後、横島の手が令子を抱きしめ返した。
 息が詰まりそうだった。心臓の音がやけにうるさい。
「いいんですか?」
 首だけでこくこく頷く令子。
「わかりました。証を、あげますよ……」
 横島の唇が、優しく令子の耳に触れられた。身体がびくりと跳ねそうになる。そのまま耳元で囁かれた。
「どこにも行かない。一生側にいて、あなたを守るって言う誓い……その証を」
 それから何が起こったのか、舞い上がりすぎてよく覚えていない。


 これでもかと言うぐらい顔を赤くした令子は、これでもかと言うぐらい目を見開き、そしてその顔を両手で押さえていた。
(あああああああ)
 昨夜のことを無事思いだした令子は、恥ずかしすぎて死にそうになっていた。肝心要の部分は朧気だが、きっと思い出そうとすれば思い出せるだろう。だがそこを思い出すと、本当に死んでしまいたくなるから、あえて思い出さないことにする。
「んー」
「っ!!」
 横島が不意に寝返りを打った。心臓が爆発するほどに驚く令子。
(お、起きるのかしら……)
 もし起きたら、どんな顔で会えばいいのだろう。何を言えばいいのだろう。
(どうだった? 昨夜のわたしは……って、違うでしょ!! えと、そう! 昨日のは事故だったから……って、ど阿呆!! 最悪の答えよそれは!!)
 頭を抱え、声なき絶叫を繰り返す。
(と、とりあえず笑顔で……って、そんなん無理!!)
 今でも顔が紅潮して熱すぎるぐらいだ。こんな顔、横島には見せられない。
(そうだ!)
 なまじ顔を合わせようとするから答えが出ないのだ。それならば合わせなければいい。
(このまま横島くんが眠っている内に帰っちゃえば……って、わたしの馬鹿――っ!)
 そんなことできるわけがない。というか、令子本人が嫌だった。
 顔を合わせない……その方向性は正解だ。そう令子は考えた。ならば答えは一つしかない。しかしそれは、令子にとってとても勇気の要ることでもある。
「すうーはぁー」
 呼吸を整え、精神を統一。よし! 覚悟を決めて、いざ行動!!
 その時、枕元の電話がけたたましい音をたてた。
(ぎゃああああああ)
 ひったくるように受話器を取った。
『あの、そろそろチェックアウトのお時間ですが……』
「連泊するわっ!」
 吐き捨てるように言って、受話器を戻した。
 ゼハァゼハァと呼吸を荒くする令子。その目に空調のパネルが映った。どうやら壁にあったらしい。
 予想通りタイマーになっていた設定を操作する。空調が動き出したことを確認すると、令子は隣で寝息を立てる横島を見た。
 ごくり、と息を飲むと、令子はそっと横島にいざり寄った。そして横島の胸に、顔を押しつけるようにして抱きついた。
(こ、これで横島くんからわたしの顔は見えない……)
 これが令子の最後の手段だった。
 令子はシーツをたぐると、ひっかぶった。
 そして横島の体温と体臭を感じながら、顔を赤くして微笑む。
「へへ」
 そのまま包まれるような幸せを感じながら、いつの間にか令子は眠ってしまった。


 眠った令子を、そっと抱きしめる腕があった。
「本っ当に可愛いぞこんちくしょー」
 実は先ほどからずっと起きていた青年が発した、その小さな小さな言葉は、幸せそうに眠る令子の耳には届かなかった。


あとがき

 実は暑中見舞いのつもりでした。
 最初の一文をまず書こう。後は好きにせい、我が脳内のキャラクター共よ……ってな感じで書いていたら、こうなりました。
 どうなってる我が脳内。ピンク色オンリーか……?


 ともあれ若干横島らしくない横島になってしまいました。
 もっとも弱者に弱いから、酔っぱらってへろへろになった美神に対してはこれもありかな、と書き直しませんでした。


 題名と中身、あってないですかねぇ。


△記事頭

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