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▽レス始

「雨上がりの夜空に(或いは続・雨宿り)(GS)」

おびわん (2005-08-07 04:26)


ぎりぎりまで照明を絞った店内に流れる曲。シャンソン? 確かシャルル・アズナブールだったか。
ふふん・・・今の私の心情にピッタリだ。

空になったグラスを手に、仏頂面のマスターに視線を送る。
程なくして差し出された新しいグラス。その中の琥珀を、私は一気に半分ほど飲み干した。

「・・・・・ふぅ。」

そう言えば、ママに酒の飲み方がへただと言われた事がある。
考えてみれば、私が酒を飲む時は、いつも悲しい時や憂さを晴らしたい時だった。

誰かと楽しく騒ぎながら飲むなんて、私には経験が無い。

「ま、い〜けどさ。」

くるり、と杯中の氷を回す。

それにしても気分が悪い。さっきから感じる無数の視線の為だ。
全身を舐める、人を値踏みするかのような男達の物だ。

全く。女は一人ではゆっくりと酒も飲めないのか。

背後に小さく聞こえる野卑な声。
恐らくは、私を肴に下卑た会話でもしているのだろう。

・・・まったく。
それもこれも、今だ姿を見せないアイツの所為だ。

こんな美女を独り待たせて、一体何処で何してんのよっ。

「おかーりっ!」

一気に空けたグラスを、少々乱暴にカウンターに打ち付ける。
益々仏頂面を酷くしたマスターは、それでも何も言わず、杯を受け取った。

外は雨なのだろうか。
木製のドア越しに聞こえる湿った音が、私の気を悪くする。

「早く来なさいよ・・・、バァカ・・・・・。」

口中で呟いた言葉。
私はエストラゴンではないのだ。忍耐にも程がある。

だが、

それでも、私は彼を待つ。
もう私の物ではない彼を、私は待つしかないのだ。

再び差し出される、琥珀で満ちた小さなグラス。
その中で溶ける氷に視線を向け、私は小さく自分を笑った。

この私をこんなに待たせる男はアイツくらいなものだし、
この私がここまで我慢して待つ男もアイツだけ・・・・・。

ドア越しに聞こえる雨音が、僅かに強まったようだ。
それが余計、私に孤独を感じさせる。

・・・あ、私、傘持ってないや・・・・・。


それからどれくらい杯を重ねただろうか。

私が誘惑に耐えかね、見たくは無かった時計に目を遣ろうとしたその時、
ドアの軋む歪な音と共に、漸くゴドーはやって来た。

「・・・遅かったじゃない。」

「すんません、美神さん。」

そう言ってすまなさそうに微笑んだ横島クンからは、微かに雨の匂いがした。


                 雨上がりの夜空に


「・・・久しぶり、ね。」

「そっすね・・・。」

互いに視線を合わせないまま、私達はおざなりに挨拶を交わした。
隣りに座る彼とこうして逢うのは数年ぶりである。

脳裏に浮かぶ、あの雨の日に飛び出して行った彼の後姿。

あの時泣き喚いてでも、縋り付いてでも引き止めていれば、また違った『今』が在ったのかも知れない。

別離など無く、いつまでも面白可笑しい毎日を皆で過ごし、
いつか誰かと永遠を誓う彼を皆で祝福する。そんな未来も在ったのかも。

そう言って泣き叫ぶ助手の少女達に、私は返す言葉を持たなかった。

しかし所詮は『仮定法過去』である。
何をどういう風に妄想しても、今此処にある彼との距離が『現実』なのだ。

それでも、ささやかな復讐を企てる事ぐらいは許されたい。
私は出来るだけ気取られないよう、細心の注意を持って横目で彼を観察した。

見慣れぬ為違和感はあるが、不思議と似合っている黒のスーツ。
トレードマークだったバンダナは額には無く、変わりに大層な時計が手首に光っている。

あの時代、決して見せる事の無かった大人びた顔。

・・・ああ。

唐突に私は理解した。
いや、再認識させられたと言うべきか・・・。

『彼はもう、私と居た頃の横島クンではない。』

そう。
そうなのだ。

彼はもう私の知っていた少年ではなく、既に一人の男。
拭い切れない悔恨を胸に、それでも歩き続ける事を選んだ一人の男なのだ。

色々な意味で、私達の在り方を変えたあの『大戦』後、
何時ものように接していても、不意に陰りある顔を見せるようになった横島クン。

私はもちろん、おキヌちゃんや再会したシロも気付いていただろう。
彼が心に持つ大きな傷の事を・・・。

そして自分達ではそれを癒す事が出来ないという事を。

そんな横島クンを包み込み、背を押して再び歩かせる事が出来たのが『彼』だったのは、なんとなく判る気がする。・・・納得は出来ないけど。

もちろん私だって最初は酷かったわよ。なんで男なのさ!って。

でも、でもね。そういうんじゃないって・・・判ったのよ。彼に必要だった物は何かって。

生まれて初めてだったわ。笑いながら泣いたのは。

笑い泣きしながら、さ。
自分がどれほど彼に依存してたか気付いた訳よ。

悔しかったけどそれは認めたわ。
この私が、さ。だってホントの事だもん。

まぁその晩、怒り心頭のルシオラに平謝りする夢なんかを見ちゃったけど。

・・・・・。


クっと杯を傾け、喉を焼く灼熱に身を振るわせる。

硬質な音を立て、カウンターを叩いたグラスに気を取られていた私は、
そこで漸く横島クンからの視線に気付いた。

「な・・・なによぉ。」

そのすんだ瞳の色のせいか、私は少し慌てた。
以前は決して感じる事など無かった感情。いわゆる羞恥心というヤツが沸き起こったのである。

なんとこの男、グラスにまだ一口も口を付けず、私が酒をあおるのをジッと見てやがったのだ!!

「すんません。・・・なんか、美神さんと飲んでるんだなぁって思うと嬉しくって。」

「な、バッ・・・・・ふんっ!」

本意でない方面に蕩けそうになった顔を無理矢理逸らす。

自分でも判る、アルコールの所為ではない理由で速まった鼓動を静めようと、
私は卓上のシガレットケースから煙草を一本抜き出した。

「あれ? 美神さん、煙草なんか吸いませんでしたよね?」

「・・・また吸い始めたのよ。」

吐き出した紫煙を目にし、眉をひそめた横島クン。

「昔、ママが死んだと思ってグレてた頃ね、カッコつけて吸ってたのよ。」

「でも・・・何でまたそんなモン。」

GSはその職業上、仕事の遂行には体力に負う部分が大きい。
彼も私も、その事は十分以上に承知である。

「・・・私が餓鬼だからよ・・・。」

「判らねえっすよ。」

そうね。なぜ私が喫煙なんかするのか、アンタには判らないでしょうね。

考えなさい。
答えが解ったのなら、アンタはもっといい男になるわよ。

いや、違う。・・・問題は私か。

次に私が煙草を捨てられた時、私も一歩、先に踏み出せられる様な。
そんな気がする。

「似合わねっすよ。」

「・・・うん。」

自分でもそう思う。
でも、『喫煙』というスタイルをとらずにはいられない。

横島クンが私の手から煙草を奪い取り、無言のまま灰皿に押し潰す。
昔ならしばき倒していただろうが、今は抵抗する気など微塵も湧きはしなかった。

「なんで、事務所畳んだンすか?」

「あの子達、なんか言ってた?」

偶然、声が重なった。
そのまま数秒止まった空気を振り払うように、横島クンが新ためて尋ねてきた。

「あんなに言ってたじゃないですか、こんなにボロイ商売は無いって。おキヌちゃん達心配してましたよ。」

「・・・身勝手な理由よ。おキヌちゃん達には悪いと思っているわ。」

横島クンが事務所をを飛び出し、『彼』と生活を共にするようになってから一年後、私は美神除霊事務所を閉めた。

助手を務めていた少女達に今後の進路を聞いた所、全員この町を離れたくは無いと言う。旧渋鯖邸の管理と事後処理を彼女等とママに頼み、私はマンションに引き篭もった。

・・・今思うと最悪ね。あの時の私ってば。

それからの私は社会との一切合財から手を切り、今日この日まで誰とも顔を合わせはしなかった。今日の朝、横島クンに連絡入れるまで酷いもんだったわ。

「理由、聞かせて貰えますよね?」

「まぁね・・・。その為に今日アンタ呼び出したんだし。」

アンタから了解の連絡を受けた後、私は大急ぎで準備をした。
ボサボサの髪に櫛を入れ、久しぶりにメイクをし、気合を入れて服を選んのよ?

正直、子供みたいにときめいてたわ。
最初で最後よ。そんなの。

『今日』、アンタに会えて良かった。

「私ね、明日、日本を出るの・・・。」

「!?」

久しぶりね、アンタのその表情。
やっぱりアンタにはそんな顔が一番似合ってるわ。

「そんないきなり・・・、なんで?」

「・・・『ブレーメンの音楽隊』ってお話、あるじゃない?」

「えっ?」

「私、あの話大っ嫌いなのよ。」

訳が判らないといった顔の横島クン。まぁ、当然か。

ずっと気になっていたあの絵本。

あのロバ、イヌ、ネコ、ニワトリの四匹は、本当に幸せに暮したのだろうか?
当初の目的であった筈のブレーメンの町には結局辿り着かず、何故か途中で手に入れた家で一生を過ごす。

幼い頃この話を読んだ私は、足元がグラグラとする様な不快な気持ちになった。

アンタ達はそれでいいの? それで幸せなの?
そう彼らに聞いてみたかった。

最近になってTVの教育番組でこの話と再開した時、私はあの問いが頭に浮かび、
無意識の内にブラウン管に向って語りかけていた。

・・・・・だが私には、それに答えるべき四匹の動物達の顔が自分の物に見えた。

気が付くと私は神通棍を手に、砕け散ったTVを呆然と眺めていた。

横島クンが傍に居る。それで安心し、それが永遠に続く物だと盲信していた私達。
『もしも』の未来を恐れ、横島クンの苦悩から目を背け続け、今ある安寧に浸り続けた私達。

そんな私達とあの動物達との間に、一体どれほどの差があると言うのだろうか。

「ちょっとね、世界中を見てまわろうかなって・・・。」

「・・・勝手ですね。」

「そうね・・・。」

憮然とした表情でグラスをあおる横島クン。やはり気分を害したようだ。
仕方が無い。身勝手なのは自分でも痛いほど理解しているから。

「でも・・・。」

「え?」

突然、横島クンから不機嫌さの消えた声が聞こえた。

「でも、良かったっスよ。美神さん、少しでも元気が出て。」

「・・・アンタ。」

「ずっと心配してたんです。美神さんの霊波が元気なくて。」

そう言って彼は微笑んだ。
どんな時でも、私を落ち着かせたあの微笑。

「霊波って・・・、何の事よ。」

「何故だか判るんスよ。どんだけ離れたって、美神さんの霊波は判るんス。」

ハァッ!?

そんなの在り得ないわよっ。
霊波その物なら兎も角、個別認識できるなんて。・・・一体どんな特異体質なのよっ!!

「判るに決まってんじゃないスかっ。」

「だからなんでよ。」

「だって俺達、僅かな間とは言え一人の人間になったんスよ?」

!!

ああ、そうだ。
彼の言う通りだ。

大戦末期、彼の力で可能になった、私達二人の『同期合体』。
あの瞬間、私達は確かに二人で一人、一個の存在となったのだ。

お互いに補い合う事による安心感、充足感、そしてとてつもない心地よさ。
・・・何故、あの気持ちを忘れてしまったのだろうか。

それを忘れさえしなければ、彼の心の奈落に気付かない筈は無かったのに。

「・・・そうね、その通りだわ。」

「でしょ!?」

一度結合した魂は、たとえ再び分かたれたとしても、そう簡単には互いの波長を忘れない。

彼に私を感じる事が出来たのなら、私が彼を感じる事も出来るはず。
その事実(いや空想でもいいが)が、私の心を優しく満たしてくれる。

それは、あの時の物に似た心地よさだった。

「・・・何処に居ても、なのね?」

「はい。何処に居ても。」

顔を見合わせ微笑みあう。

「どれだけ離れていても?」

「もちろん。どれだけ離れていてもっスッ!!」


「「私(俺)達はいつも一緒っ!!」」


この夜、私は生まれて初めて『楽しい酒』という物を味わえた。

ありがとう横島クン。こんなに笑えたのは久しぶりだわ。

私達があげた大きな笑い声に、マスターは更に眉間の皺を深めた。
が、知らんもんね。


バーを後にし、地下の店内より数倍明るい夜の町に出る。
深夜も過ぎた時間だというのに、道を行く人の数はまだまだ多い。

「あら? 雨止んでんじゃん。」

「あ、そうっスねぇ。」

数時間前はかなり強かっただろう雨脚が、今はもう小雨よりも弱弱しい。

「・・・アンタ、あの旅したいっての、すぐに嘘だと判ったの?」

お互い傘を持っていないため、ビルの軒先の下で肩を並べる私達。

「いくら美神さんでも、あそこまで身勝手な事は言いませんよ。
だからすぐに別の理由があるんだろうなって判りました。」

「そう・・・。」

「・・・やっぱり、行っちゃうんですか?」

「素寒貧の自分と向き合うのも悪くないでしょっ!?」

私の答えに返ってきたのは、とてもとても優しい微笑み。
・・・ああ。貴方は今、幸せなのね。

「いつか帰って来たその時は、また一緒に飲みましょう。ね?」

「はい・・・・・。美神さんっ。」

「・・・アッ!?」

おもむろに横島クンが近づいてきた。
そう思った時には、私の身は彼の温もりに包まれていた。

「よ・・・よこ・・・よよよ横・・・。」

「美神さん・・・。」

耳朶にかかる彼の声。
多分、今の私の顔はトマトよりも赤く染まっている事だろう。

「・・・・・はい。」

ダメだ。

これが、この甘ったるい砂糖菓子のような声が、この美神令子の口から出たなんて。
ママやエミが知ったら笑い死にするに決まってるわ。

でも、それでも良かった。

恥ずかしながら、今の私にはそんな事どうでも良かった。

「・・・・・美神さん。」

「なに? 横島クン・・・?」

私、私・・・。

「もし美神さんが帰って来なかったら、隠し金庫の金、全部情夫たる俺の物と言う事にいぃぃぃぃっっ!!!」

「なるかこのバカッツラァァァァァァッッッ!!!!!!」

いきなり声のトーンを変えてふざけた事をぬかした糞ガキに、
私は渾身のスクリューアッパーをぶち込んだ。

「うべらばあぁぁぁぁ〜〜〜〜〜っっ!!」

人の体では在り得ない動きでバウンドしながら吹き飛んでいく横島。
ったく、心臓の動きを無駄に速めちゃったわ。・・・ばぁか。

「・・・いやぁ〜。それでこそ美神さんっスよっ!」

何時の間にか、血の染み、埃の一欠すら付いていない横島クンが傍らで笑っていた。

「アンタ、私をどういう目で見てんのよ。」

「・・・この世で一番尊敬する女っすよ。」

ぐっ!?

この餓鬼ィ・・・。

急に真摯な目でそんな事言うなんて・・・。

は・・・反則じゃない。

「あ・・・あのねっ!? あのねっ横島クンっ!!」

「はい。」

思わぬ不意打ちを食らった所為だろうか。
二度と言うつもりの無かったナイショの言葉が、私の舌に踊ろうとした。

「あのねっ!?」

だめっ!!

「あのねっ!?」

だめだってばっ!!

目の前にある変わらない、優しい笑顔。
しかしそれに甘えては、今までと変わらないのだ。

「私っ、ホントは私っ!!」


キヅイテタ?

ホントハワタシ、アナタノコトガ、ズット・・・ズゥット・・・・・。


バシンッ!!

「み、美神さんっ!?」

「・・・っつぅ〜〜〜〜〜。」

私の意思を跳ね除け、口中から飛び出ようとした言葉を抑える為、
両頬を平手で打った私を見て横島クンは目を剥いた。

「何やってンすかっ!?」

「い〜のっ。」

頬の熱をそのままに、私は横島クンへと微笑んだ。

これでいい。
伝えたいという気持ちも、伝わればいいという気持ちも、私にはもう無い。

在るのは唯、彼への変わらぬ想いだけ。

それでいい。

「また、会いましょう。」

言葉と共に、右手を差し伸べる。

「・・・はい、絶対、絶対・・・また会いましょう。」

大きな手で、包み返してくれる横島クン。

伝わる体温。

交わる心。

よし。

私はまた、やっていける。

たとえ地球上の何処に居ても、貴方の霊波が感じられる限り。

私は『美神令子』として生きていける。

だから。

「じゃあ、またね。」

「じゃあ、また。」

そう言って踵を返す私達。

人ごみを掻き分け私は歩く。
既に雨は止み、空には輝く丸い月。

足を止め、振り返る。
人ごみの向こうに、彼の後姿が僅かに見える。

さようなら。
またいつの日か、私も胸を張って貴方の隣りを歩けるその日の為に。

シガレットケースとジッポをゴミ箱に捨てる。
振り向くと、もう豆粒の様な彼の姿。

さようなら。

もう、私は大丈夫だから。

だから。

だからもう二度と、私は振り向きはしなかった。


                 END


あとがき。

皆様、お久しぶりです(毎回これですね)。
約半年振りのおびわんです。

前回投稿後、個人的事情により今までPCが触れない状況にありました。
で、復帰第一投目がこれです。

しかしネオおびわんだと言っても、投稿間隔が短くなったり作品の質が上がったり
しないのが私クオリティ。

新世界、もう暫くかかりそうです。


誰も覚えていないでしょうが、前作へのレス返しです。


>MAGIふぁ様。

そうですか。シリアス女体化エロは矢張り難しいみたいですね。
ていうか、何か壊されるのでしょうか(恐)

>柳野雫様。

柳野様の案を元に、もしも二人がそのままくっついちまったらどうなんべ?
というのが今回の元ネタです。

美神さん主人公なのは、別れた後の後姿、背中がカッコ良さそうだったからです。

次はもっと腐女子っぽく書いてみようかなと。

>へろ様。

レス有難う御座います。

タダヨがきょぬーなのは、単に私の好みだからです。
で、鬼道は別にルシオラだと判ってはいません。判りにくくてスイマセン。

>猿サブレ様。

801・・・ですか。
書いて、みようかなぁ。男性向けで。


では次回も宜しくお願いしますね。


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