「……とうとう三十四歳になってしまったでござる」
「のっけからオチ言っちゃって、どーすんのよっ!?」
ばしぃん!と音高くタマモのハリセンがシロを張り飛ばした。ちなみに物凄くイィ音である。
一方のシロは、カレンダーの前でたそがれていた所を引っ叩かれ、床に突っ伏す。だが彼女は流石に人狼だけあって、即座に立ち直った。彼女はこめかみに血管を浮かべている自身の相棒に向けてぼやき声を上げる。
「突然なにをするでござるか」
「アンタこそ何いきなりオチから始めちゃってんのよ。TPO考えなさいっていつも言ってるでしょうが。
……んで?何落ち込んでるのよ」
「ん……」
シロは深々と溜息をついた。彼女は苦笑いを浮かべると、カレンダーに向き直る。
「いや……。今年も独り身のまま誕生日を迎えてしまったなぁ……と」
「アンタ高望みが過ぎんのよ」
タマモはシロの後頭部をジト目で見やりつつ、棚から油揚げとジャーキーを勝手に取り出す。彼女は油揚げをはむはむと齧りながらシロにジャーキーを投げた。
シロは飛んで来たソレを振り返りもせずに二本の指で挟み取る。それをくんくんと嗅ぎながら、シロは疲れたように呟いた。
「まあ、初めて惚れた男があまりに特別でござったからなぁ。ある意味しょうがないでござるよ」
「……まあ、良い男かどーかは脇に置いといて、規格外品ではあったわね」
「そーでござるな。良い男かどうかは30.25パーセクの彼方に置いておくとして、規格外の御仁でござったなぁ……」
「アンタ仮にも自分の師匠に向かって容赦無いわね。でも、ああまであっさり逝っちゃうとは思わなかったわねぇ……」
タマモはそこで口篭る。シロは何も言わずにジャーキーに齧り付いた。タマモも半欠けになった油揚げを口に放り込んだ。彼女達はそのままはむはむもぐもぐと口中の物を咀嚼し続ける。しんみりとした空気が二人の間に流れた。
やがてタマモが徐に口を開く。
「あれ絶対美神さんに寿命とか運勢とかその他諸々とか吸い取られてたわよね」
「そうでござるなぁ……。まあ先生当人はアレでも幸せそうでござったが。……あの当時は、せっかく拙者大人になったでござる故、若さに物を言わせて略奪愛に走ろうとか思ってたのに」
「アンタね……。でも若さに物を言わすとか言っても、敵になる美神が全然老けなかったもんね。ってか、今ですらも三十前にしか見えないし。やっぱり血筋かしら?美智恵の例もある事だし。
……そう言やアンタも老けないわね?人狼ってのは寿命、人間とさほど変わらないんじゃなかった?」
「寿命だけじゃなく老化の速度も人間と変わらないでござるよ。けれど……」
シロはそう言って、ニカッと笑った。
「以前話した事があったでござろ?拙者、昔人狼としての超回復とかで身体年齢と実年齢がわやくちゃになったあげくにアルテミス神の憑依を受けたと。そのおかげか、老化のメカニズムが狂ったらしくて。外見年齢の老化が非常に遅いのでござるよ。ある意味でアルテミス神の御加護とも言えるでござるな。
まあもっとも体内年齢は歳相応でござるが。そっちはきちんと節制し、弛まぬ修行によりどーにかなるけど」
「なんだ。じゃあ美神も血筋だけじゃなくソレの影響あるのかもね。美神もアルテミス神の憑依受けたんでしょ?」
「……あああああぁぁぁぁ~~~!?そ、そーでござったあああっ!!なら先生が早死にしなくても拙者の略奪愛ぷろじぇくとは結局無駄だった!?」
シロは頭をかかえてゴロゴロと転げ回る。そんなシロを見ながら、タマモは苦笑を浮かべる。
タマモは床を転がるシロに蹴りを入れると、呆れたような口調で言った。
「アンタもすっかり立ち直ったわよね。横島の事、冗談にできるんだから。ま、もう何年も何年も経つんだし当然か。アンタこの調子で、さっさと妥協してそろそろ身を固めたらどーなのよ?アンタ人間、人狼、その他の人化できる妖怪を問わず引く手あまたって話らしいじゃないの。
なんだったらうちの旦那の友達なんか、どぉ?血の涙を流して恋人募集してるけど」
「う~ん……妥協できる事とできない事があるでござるよ」
「ンな事言ったって、自分に勝てる相手じゃなきゃ嫌だなんて……。アンタに勝てるような男、そうそう居るわけないじゃないの。
……最近じゃ、オカGのエースの某ヴァンパイア・ハーフにだって圧勝しちゃうんだから」
「別にそんなに高望みしてるとは思わないんでござるがなぁ……」
シロは深々と溜息をつく。彼女はタマモが何か言おうとしたのを遮り、再び言葉を紡いだ。
「もとより拙者、剣で拙者に勝てなんて一言も口にしておらんでござるよ」
「へ!?」
「元々拙者を嫁に取るために、剣を始めとする戦の技量にて負かそうとするのが間違っているのでござる。拙者に戦闘で……真剣勝負で勝とうとするなら、殺す覚悟が無ければ。拙者、死なぬ限りは負けは認めぬ故。
だからと言って、知恵の勝負でも話は同じでござるな。拙者、負けると解ってる勝負は受けないし。
大体にして、女をモノにするのに『武』にせよ『知』にせよ、『力』でどうこうしようと言うのは気にいらないんでござるよ。
まあ勝ち負けと言う表現を使った拙者も、一寸だけまずかったかなぁとは思うけど……」
タマモはじっとシロを見つめる。彼女の目は据わっていた。彼女はぶつぶつと呟く。
「……結局そんなんじゃあ誰もアンタに勝てないじゃないの?」
「勝てるでござるよ?」
「どーやってよ」
シロは満面の笑みで答えた。
「勿論『心』で勝てばいいんでござるよ」
「!」
シロの答えに、タマモは唖然とした。シロは言葉を続ける。
「方法は問わんでござる。拙者を『心』で負かせる男が居るなら、たとえどんなに弱っちくとも、どんなにおバカさんであっても、どーでもいいんでござる。……顔は一寸は気になるかもしれないけど。
タマモも『心』で負かされたから今の旦那と一緒になったんでござろう?」
「……そう……ね。ふ、ふふふ。
でも……結局アンタ高望みじゃないの。今時『心』で女を負かせる男なんて、そうそう居ないわよ?」
「そうでござるなぁ……。せめて素質だけでもある男が居れば、そこから育てるのに……。はぁ~~~
そーだ、タマモ?」
「うちの旦那はあげないわよ」
「ちぇ。タマモのケチ」
二人はどちらからともなく笑い出した。
ちょうどその時、電話のベルが鳴リ出した。シロは慌てて受話器を取る。
「はい犬塚で……ああ美神殿。ああ今ここに居るでござるよ?うん一緒でござ…へ?あ~~~、今日は一日オフのはず……。そ、そんなぁ。くぅ~~~ん、くぅ~~~ん……。う~~~。
あー、はいはい。わかったでござる。すぐ行くでござるよ」
「何?オフ取り消し?シロ」
「おぬしもでござるよ」
「何ソレ!?……って言っても無駄か。美神さんだし」
タマモは諦めたように長い溜息をついた。シロも肩を落としつつ部屋着を着替える。そして二人は自分達の仕事場、美神除霊事務所へ向けて駆け出して行った。
(あとがき)
リハビリ作です。タイトルには特に意味はありません(笑)