第九話
唐巣和宏、GS歴二十年の三十八歳。
神の教えを守り、己の内に育ったその本質に従いキリスト教を破門にされた男。
現在はその人格、実力から世界で七人しか居ないS級のライセンスを所持している。
ただ、彼の現状を見た人間の内何人が現役のGSだと断定するかは不明だ。
何故なら、彼の教会に毎日三人、多い時には四人の子供が通っているから。
周囲の人達は神学か何かの私塾を始めたのだろうと最初は微笑みながら見ていた。
が、一週間でその考えは消し飛んだ。
一人の少女が泣き出すと同時に起こる驚異的な破壊活動、そしてそれを止める年長らしき子供と唐巣神父の姿に、少女に憑いた悪霊を祓っている最中で、あの少年はあの年で見習いなのだと思うようになった。
実際は、横島忠夫が弟子入りして何故かその妹の悠仁が付いて来て一緒に学び、鬼道が実践的な動きを唐巣神父と何故か横島から学びに毎日通い詰め、遊んで欲しいからと冥子が遊びに来て時折ぷっつんしているだけだったりする。
「……忠夫くん、これで何度目だろう?」
「今日で通算十回目っスね」
「私は、六道家に反旗を翻しても問題は無いだろうか?」
「ダメっス」
時折、そんなやりとりが師弟の間で行われていたが、横島忠夫の時は概ね平和に時は過ぎて行く。
概ねとか言う言葉が出てくる辺り既にダメっぽいが、そんな細かい事を気にしていてはすぐに胃に穴が開くと本能で判断して無視している横島は要領が良いのだろう。
ただの諦めの境地と言っても問題は無いが。
以前より早くに尋常じゃないストレスを感じ始めている唐巣神父の頭が心配だった横島がこの時期から育毛剤その他をそっと唐巣神父からの多くは無い給料━お小遣い程度でほとんどは百合子の手に渡っているが━からプレゼントしていたのは秘密である。
横島家の人間と鬼道は知っているし、冥子経由で六道冥華も知っている。
タイミングの問題か横島とまだ出会っていないが美神美智恵も知っているし、ご近所に住んでいる唐巣神父の教会に礼拝に行っている奥様達に横島が育毛剤を買っているのを見られたりしているが、とにかく秘密。
意味もわからず、親が言っていた言葉をそのまま唐巣神父に言った四歳児が『修羅が居る』と、聞いた事もないはずの単語を口にしながら震えているのを見て以来誰もそれを口にしようとはしなくなった。
その噂から、自分の不手際を理解した横島からの謝罪に対して唐巣神父は鷹揚な笑顔で『大丈夫だよ』と、答えたと言う。
まぁ、目を見てしまった横島は数日間、恐怖に震え、夜も眠れなかったらしいが。
その時一緒に居た魔王の記憶を持つ悠仁が『おにぃさまの周りには不可解しか存在しないんでしょうか?』等と言って遠い目をしていたりもした。
それでも横島も悠仁も、ついでに恐怖に震えた四歳児も何の躊躇いも無く唐巣神父の教会に訪れると言う事こそ唐巣和宏と言う人間の人間性を示しているのだろう。
横島と悠仁はともかく、その四歳児に関しては唐巣神父にちょっと距離を置いていたりしたが些細な事だ。
とにかく、冥子は修羅場には参戦しない。
悠仁も気遣ってくれる、乙姫も恋愛感情なのかどうか未だ戸惑っているから友達の家に遊びに来る感じだし、ナミコはお兄ちゃんに遊んでもらえるのが嬉しい程度だから、そもそも修羅場が発生していない。
毎日発生する修羅場に苦しんでいた期間があるだけに、今の幸福を確かに味わっているのだから。
だから、問題は無い。
たまに唐巣神父が壊れ、鬼道が横島の修練の真似をして力尽き唐巣神父にヒーリングかけてもらいつつ横島もヒーリングの練習として治療に参加し、冥子がぷっつんする以外は精神的には安全な日々を送る事が出来ていた。
肉体的な危機は何度も迎えているし、精神的な危機もさりげなく何度か経験しているのだが、平行世界での十七歳頃からの経験と、数え切れないほどの修羅場のおかげでダメージは軽減されていた。
だから、もうしばらくはこの状態が続くだろうと安堵していた。
して、しまっていた。
今日、この日が来るまでは。
「忠夫くん、悠仁くん、紹介しておくよ、彼女は美神美智恵、私の教え子だから君達の姉弟子に当たる人だ」
唐突。
それ以外の言葉でどう表現すべきなのかわからないまま、大人二人に気づかれない様に背中に冷たい汗を流しながら悠仁へと視線を向ける横島。
そして、その視線に気づかず『ナイスタイミング』と、今にもサムズアップして美智恵を褒め称えだしそうな微笑を浮かべ見上げている悠仁。
どうやら修羅場が発生しない現状がちょっと退屈だったらしい、演者側に立っていても悠仁も演出側の人間だったと言う事だろう。
今日この場には居ないが、乙姫とナミコの二人は修羅場がデフォルトだと思っていたから『悠仁は何故元気が無いんだろう?』とか内心思っていたりするのは秘密だ。
「え、と、はじめまして」
「はじめましてです」
「はじめまして、忠夫君、悠仁ちゃん」
とりあえず、色々とある内面の葛藤は忘れて挨拶を済ませてしまう事にしたらしい。
そして、美知恵の後ろに隠れる様にして立つ五歳くらいの女の子を見て
(あ〜、あの時のちっちゃい子、れーこちゃんやったんやなぁ)
等と八歳の頃に出会った物凄く懐いてくれた女の子と令子が同一人物だと気づいていた。
と、言うか軽くそんな事を考えて現実から逃げ出したいのだろう。
キーやんとサッちゃんの仕込でなくとも、横島忠夫の修羅場劇場の幕がこの程度の現実逃避で上がらないで済む訳も無いのに。
「見つけましたわ、忠夫様!!」
「おにーちゃん発見!!」
ほら、都合良く乙姫とまだ人身に変化出来ないナミコが小型ガ○ラに乗って参上した。
「って、何でここがわかった!?」
「フフッ、竜宮の科学力を甘く見てもらっては困りますわ」
どう言う科学力なのかは予測もつかないが、見つけた以上は些細な事。
気にすべき箇所はそこではない。
とりあえず、横島の後ろで戦闘体制を一瞬で整えた二人の大人をどうするのかを気にすべきだろう、この場合は。
「あ〜、先生、落ち着いてください、二人とも俺の知り合いっスから」
「そうです、おにぃさまを巡るただの恋敵です」
「いや、悠仁この場合それ関係ないって」
「何を仰るんですか、私達の関係を説明するのにそれ以上の言葉があると言うのですか?」
「……いや、そうじゃなくて、別に言わんでも良いやんか、そんなん」
言外に修羅場を発生させかねない言葉を止めてくれと頼んでいるのだが、それを理解しているのにその言葉には答えずに元魔王らしい笑みを浮かべる悠仁。
そして、その魔王の望み通り、一人の少女……否、幼女が立ち上がる。
「ダメ!! にーにはあたしのなの!!」
美神令子、メフィストの想いに従い今参戦。
……まぁ、実際は美神の血とメフィストの想い、それに二年前の数十分の出会いの時に何となく抱いた記憶、そして美智恵の時間移動で出会った未来の横島に対する想いなんかごちゃ混ぜになったモノに後押しされただけで自分が何故そんな事を言っているかなんて欠片ほども理解していないんだが。
とりあえず、幼いだけあってそう言った後押しに抵抗する術が無いのだろう。
そもそも魂を代価にした願い、早い話が平安京で五指に入る陰陽師が魂を代価に結んだ呪を、自分の霊力さえ自由に出来ない子供にどうこう出来る訳も無いのは当然だが。
「……先生、この場合私はどうしたら良いでしょうか?」
「そうだね、暖かく見守ってあげていれば良いんじゃないかな」
唐巣和宏、色々な意味で諦めの境地を体感中。
実際はこれから先まだまだ理不尽な目にあったりするのだが、とりあえず横島の周囲に起こる面倒ごとに巻き込まれて精神を正常な状態で保ち続ける為の下準備でしかないのだが。
悠仁は血は繋がっていないし養子縁組にはしないと横島家の人達が言っていたから問題は無い。
問題は、以前修行に行った妙神山で感じた事のあるかの竜神と同種の神気━竜気━を発している女性と妖気を発している少女、そしてそこに参戦しようとしている令子なのだが、何がどうなってこんな状況になっているのか理解しろと言うのは無茶だろう。
と、言うかこの現状をあっさりと把握出来たらキーやんとサッちゃんから何か御褒美を貰えるかもしれない。
「な、なんやこの凄まじい霊力やら何やらは!?」
そして、訳もわからないままに巻き込まれそうな立ち位置にやってくる哀れな子供。
鬼道政樹、七歳。
彼はどうあっても微妙に不運な道にしか進めないのかもしれない。
令子の参戦と悠仁の言葉で高まり始めた緊張感。
それに伴い放出され始める竜気、妖気、霊力の三つ巴の中に進入してしまったのだ、本当にタイミングの悪い人間だ。
ちなみに、ナミコが妖気を放っている理由は、同年代くらいの新参者である令子に『おにいちゃんを取られる!!』と、対抗意識を燃やしているかららしい。
「ま、政樹くん、逃げるんだ!!」
「ッ、鬼道、逃げんな!!」
そして、危機から救い出そうとする師と、巻き込んで状況をどうにかしたいと願う師の言葉に固まる鬼道。
「って、忠夫くん!?」
「先生、一蓮托生って知ってるっスよね?」
横島のその笑顔は、とても、とても爽やかだったと言う。
……目は邪悪に光っていたそうだが。
とりあえず、この状態は師に当たる二人の言葉に動けずに居た鬼道が妖気と竜気に当てられて気絶するまで続いた。
「鬼道、グッジョブ」
「はい?」
鬼道が目を覚ましてまず見たのは、安堵の笑みを浮かべて本気の賞賛を送る横島の爽やかな笑顔と、突きつけられたサムズアップだった。
「えっと、あの、何があったん?」
「いやな、俺の知り合いが遊びに来て悠仁が挑発、そして何故か俺達の姉弟子にあたる先生のお弟子さんの娘さんが対抗してあんな事になったんだ」
鬼道にははっきり言って意味はわからない。
わからないが、わかってはいけない気がしたのでそのまま流す事にしたらしい。
実際は、横島の目に浮かぶ涙を見て『ああ、これは聞いちゃいけない事なんだ』と理解しただけなのだが。
「それにしても、妖気と霊力はわかったんやけど、もう一つはなんやったんやろ?」
「ん、ありゃ竜気だ」
「竜気?」
「そ、竜神とか竜の類が放つモンだからな、普通は知らんだろうな」
「りゅ、竜神!?」
あっさりと言ってのける横島に本気で驚く鬼道。
それも当然だろう。
竜神がどうこう以前に、人の身で神に出会う手段など限られているのだから。
神道や仏教、ヒンドゥー教等で行われる神降ろし等で神の意識の一端に触れると言うだけでも一大儀式になるし、神に直接出会うとなると妙神山等の特殊な場に行かない限り出会う事等出来ないのだから。
普通の霊能力者なら驚かない方がおかしい。
驚かないで済む様な立場だった横島が異常なだけなんだが、逆にここまで落ち着かれていると驚いている鬼道の方がおかしく見えてくる。
まぁ、そう見える時点で色々とおかしいのだが、それを言及する人間が居ないのだから仕方が無い。
「あの、龍神って、いったい、何で?」
「いや、まぁ、なんだ、親父に海釣りに行くぞって釣りに行ったら釣れた」
「……は?」
「いや、俺って霊波刀使うから霊力の放出・収束・維持の練習って事でこっそりと釣り糸に霊波纏わせて釣りしてたんだけどな、何故かそれに惹かれたとかで乙姫と人魚が釣れたんだよ、マジで」
「忠夫にーちゃんの霊波って……」
「言うな、言わんでくれッ!!」
そう叫び、頭を抱えながら何処かへと旅立って行く横島。
乙姫達に限らず、釣った魚全部が雌だったのだけは言わない様にしていたのは弟子みたいな立場に居る鬼道に対するちょっとした見栄だったのかもしれない。
「鬼道さん、詳しい事を言えばもう少し楽しい話もあるのですが、聞いてみたくありませんか?」
まぁ、横島で遊ぶのが大好きな方々の一人がそんな横島のちょっとした見栄などあっさりと粉砕してしまうのだが。
「忠夫にーちゃん……」
数分後、教会に戻ってきた横島が見たのは何処か憐れんだ目で見る鬼道と、その横に立ってにこやかに微笑む悠仁だった。
「言ったか、言ったんか、悠仁!!」
「ええ」
「くっ、せ……」
「せ?」
「せんせぇ〜〜〜〜、悠仁がイジメる〜〜〜〜〜!!!」
横島忠夫、精神年齢は二十五歳……だったはずが、最近めっきり若返っている模様。
肉体の実年齢よりも幼く見えるのはきっと気のせいだ。
「…………忠夫にーちゃん、本気で泣いとったで?」
「大丈夫です、おにぃさまは強いですから」
「そか」
鬼道政樹、七歳にして下手に深く関わってはいけないモノが世の中に存在する事を理解し、とりあえず葦原悠仁は危険人物と確信。
六道冥子相手にその確信を抱けない辺り既に致命的だが、指摘する人間は居ないし、居ても、否定する可能性の方が大きいのだが。
「それにしても、忠夫にーちゃんってよぉモてるんやねぇ」
「おにぃさまの魅力に気付く人は一部ですけど、気付いたら離れたくなくなってしまうんです」
「それは……ボクは男やから少し違うのかもしれへんけど、何となくやけどわかる」
「おにぃさまの魅力の前に、男も女もありませんよ」
「せやけど、ボクに衆道の趣味はないんやけど」
「友人として、師として、兄として、人間の愛情は種類がありますから、かならずしもそう言う趣味と言う事にはなりませんよ」
苦笑を浮かべながらの否定に、安堵の表情を浮かべる鬼道。
悠仁は内心
(そんな事になったら洗脳でもなんでもして引き離しますけどね)
等と思っているのは秘密だ。
「それにしても……ボクもキツイ修行をしてるつもりやったけど、忠夫にーちゃんの修行はボクのと比べ物にならんほど凄いなぁ」
「おにぃさまも、『鬼道は凄い、負けてられん』って仰っていましたよ」
「そうなんか?」
「ええ、鬼道さんの修行を見てからは、密度、質、量、全てにおいて今まで以上の修練を自分に課して居るんですよ、おにぃさまは」
「せやったら、ボクも負けてられへんな」
「……おにぃさまは唐巣先生のヒーリングを受けたり、私がヒーリングをかけたりしているからもっていますけど、鬼道さんが今以上の修練を始めたら、鍛えるどうこう以前に身体を壊してしまいますよ?」
「あかんか」
「ダメです」
「そか」
素直に諦めたと言う顔をしてみせているが、少し見てみればそれが嘘だと言う事は一目でわかる。
何故なら鬼道の嘘のつき方と言うか、誤魔化し方は横島にそっくりだから。
悠仁を始めとした横島を良く見ている人間が見れば一目でわかるのだ。
それで言えば冥子は鬼道を良く見ているから横島の嘘が結構見抜けるのだが、それは別に関係は無い。
「……もし、修練を厳しくしている事が判明したら、ここへの立ち入り禁止と冥子さんのお付を命じますよ?」
「なッ、そないな権限、悠仁はんには無いやないか!?」
「大丈夫ですよ、冥華さんは認めてくれていますから」
微笑みと共に放たれた言葉に顔を引きつらせ黙り込む鬼道。
まだ一月かそこらの付き合いだが、わかっているのだ。
悠仁が滅多に嘘を言う事は無い、と言う事を。
だから、その結果もたらされるだろう未来を想像してしまい、黙り込む。
確かに鬼道は強くなった。
戦闘方法とか戦術について学ぶ事が出来たので、漠然と鍛えるだけだった今までとは違い、大幅なレベルアップに成功した。
が、それでも冥子のぷっつんはまだキツイのだ。
ここでのぷっつんは唐巣神父や横島の助力のおかげでそれほどの怪我もせずに済んでいるが、冥子に付きっ切りになったら……数日後には黄泉路を歩んでいる事になる可能性が大きい。
「……絶対にそんな事はしませんから、許したってください」
「別に嫌がらせでそんな事を言った訳ではないのですから、鬼道さんが止めてくれるなら私からは何も言いません」
「おおきに、ホンマ、おおきに!!」
脅しが撤回されただけなのに本気で泣きながら感謝の言葉を繰り返す鬼道。
ぷっつんをされた時の状況を詳細に想像出来るからこその恐怖だろうが、それを利用して何気なく恩を売りつけていたりするのは、悠仁の、アシュタロスの娘へと遺伝したモノの一つだろう。
こちらの世界の令子が平行世界での美神令子と同じになるかどうかは誰にもわからないが、あちらの世界の、あの美神令子の大本の形を生み出した存在なのは間違いないのだから。
まぁ、美神家の教えと言うのもかなり影響を与えてはいただろうが、メフィストにもそう言った面があったのだから生来からそう言う素養があったのは確実だ。
ルシオラ達がそんな事実を知ったら間違いなく必死になって否定するだろうが。
「……せやけど、ホンマに忠夫にーちゃんは大丈夫やろか?」
「大丈夫って、何がですか?」
「ボクなんてあっさり気絶してもうたけど、あないに強力な霊力やら竜気やらを毎日のように浴び取ったら身体が持たんやろ」
「そんな心配はいりませんよ、だって、おにぃさまなんですから」
「なんや、まともな説明にもなっとらんのにそれを聞くと妙に安心してまうのはなんでやろ?」
「それこそおにぃさまだから、ですよ」
妙な納得の仕方をしたと苦笑を浮かべる鬼道と、当然と言う顔で微笑む悠仁。
これは、二人の横島との付き合いの長さによる違いだろう。
平行世界と併せて都合九年近く横島を見てきた悠仁と、向こうの感情がうっすらと残っているだけで一月程度しか会っていない鬼道。
共に横島に近しい場所に居るとは言ってもまったく違う。
まぁ、これが横島をまったく知らない人間だったら『アイツの何処にそんな感情を抱くんだ?』とでも聞き返してきていただろう。
この世界の横島も、表向きは平行世界の横島と変わりは無いから。
精神年齢が高くなったと言っても『子供の頃にしか出来ん遊びもあるんじゃ!!』とか叫んでスカートめくり何かの悪戯はするし、カオスに教えられた記憶があるから授業中はほとんど眠っている。
はっきり言って、悪ガキの見本と断言されかねない子供だ。
横島の修行内容や修行をしている時の表情を知らず、日常の横島しか知らない人間に横島相手に安心感を抱くなんて事は信じられないだろう。
横島忠夫とは、浅い付き合いでは本人も自覚していない本質を見失わせ、深い付き合いではその本質を見せ付ける。
まぁ、見抜く目がなければどれだけ深い付き合いになっても無駄だし、居なくなって始めて気がつく類の部分にその本質があったりする事の方が多かったりするのだが。
一月程度の付き合いでそれを何となくでも理解した鬼道が凄いのか、それともそれだけこの一月の密度が濃かったのか。
鬼道の性格や理解力を考えれば前者だと言えるし、幾度となく繰り返されたぷっつんや唐巣神父の育毛剤事件の事を考えれば後者だとも言える。
……両方と言うのが正解か。
「そう言えば、その竜神やらなんやらはどないしたんや?」
「奥で先生とそのお弟子さん親子達と何か話しているみたいですよ」
「唐巣神父はアレやな、忠夫にーちゃんに関係したから不幸になったんか、元から不幸なんか、どっちなんやろ?」
「両方でしょうね、きっと」
子供二人にそんな事を言われていると知ったら、唐巣神父はどうなるのだろう?
虚ろな目で何処とも無い場所を見上げて笑っている場面が容易に想像出来るのは相手が唐巣神父だからなのか、横島が原因だからなのか。
どちらにしろ、唐巣和弘が色々な意味で哀れに思えてくるのは、キーやんの与えた試練だと思って流すしかないだろう。
そもそも騒動の半分くらいにはキーやんが関わっているのだから間違いじゃないんだし、唐巣神父はただ耐えるしかないのかもしれない。
唐巣神父に救いはあるのだろうか?
「それにしても、乙姫に人魚、ね」
「いや、私も彼の戦闘能力や霊力の扱いを見ていて、普通ではないと思っていたが、交友関係まで普通じゃないとは」
美智恵と唐巣神父は並んで目の前の光景を見つつそんな言葉を漏らす。
二人の前では令子と楽しそうに笑い会っているナミコ、じゃれ付かれて困っている小型のガ○ラ━亀吉と言う名前らしい━を苦笑しながら宥めている乙姫が居る。
どうやら乙姫、ナミコの相手をしている間に母性本能に目覚めつつあるらしい。
まぁ、今現在、恋心らしき感情を抱いている相手が十歳の男の子と言う事実も影響しているのだろうが。
「あの男の子、そんなに凄いんですか?」
「ああ、本人は誰にも師事していないような事を言っていたが、剣術も霊力の扱いも独学でどうにか出来るレベルのモノじゃない」
「先生がそこまで言うほどの、ですか」
「身体が出来ていないし霊力量もまだまだだが……あの年でアレだけ出来るんだ、そう遠くない将来、私を遥かに上回る実力を持つ事は確実だと思うよ」
「そんな」
「それに、だ」
「まだ、何か?」
「さらに二人、凄い子が居るんだ」
「二人も、ですか」
「片方はさっき遅れて入ってきて気絶してしまった男の子だよ」
美智恵は信じられないと言う表情で黙り込む。
目の前で霊力に当てられて倒れる場面を見ていたのだ容易には信じられないだろう。
普通、多少修行した程度で耐えられる竜気や霊気、妖気ではなかったのだが、自分の娘が平気だったからそれがおかしい事だと言う事実を失念しているらしい。
令子にしても、本人が自覚しないままに霊力を放出したからなんともなかっただけなのだが。
……教会の外で異常に気がついていたのに、霊力で防御するのを忘れていた鬼道が間抜けだったりするのかもしれないが、まだ七歳と言う事でそこは関係ないだろう。
「彼は鬼道政樹と言ってね、鬼道と言う姓に覚えはないかい?」
「鬼道……確か、一昔前まではそこそこ力のある式神を使う家で、先代か先々代の当主が霊能家としても、実業家としても才能がなくて没落した家、でしたよね」
「その通りだよ」
「旧家に生まれた天才に、突然発生的に生まれた天才達ですか」
「天才と言う言葉で括ってしまって良いかわからないんだけどね、今私の下に居るあの子達は」
「どう言う事です?」
「確かに才はある、才はあるが……そんなモノとは関係無しに彼等は何かに怯える様に自分を鍛え続けているんだ」
「何かに怯える様に、ですか」
「ああ、政樹くんの修行内容にも驚かされたが、忠夫くんの修行は……」
修行内容を実際に見た時の事を思い出しているのか、唐巣神父の表情が苦々しいものになる。
「そんなに酷いんですか?」
「アレは修行なんてレベルじゃない、修験道の行者やヒンドゥー教徒の苦行と言っても差し支えないよ」
「苦行ですか」
「美智恵君、君は生きている人間なら無意識にでも全身に張り巡らせている霊的防御するら維持出来なくなるほどに霊力を使い切った状態の人間を見て、『ああ、修行をしていたんだ』と思えるかい?」
「まさか、あんな年の子がそんな事を?」
「そのまさか、なんだよ」
何かを悔やむ様な口調で告げる。
自分の弟子の抱えているモノを理解出来ず、手助けもしてあげられない自分が歯痒いのだろう。
「正直に言えば政樹君にはまだ私でも教える事はあるんだが、忠夫君とその妹の悠仁君に私が教えられるような事は数えるほどしかないんだ」
「悠仁って言うのはあの令子と同い年くらいの子、ですよね?」
「ああ、今年で六歳だから令子君より一歳年上で、忠夫君はまだ十歳だよ」
「そんな子供に唐巣先生が教える事がないだなんて……一体何者なんです、あの子達は?」
「私にもさっぱりわからないんだ」
「調べてみましょうか?」
「いや、それには及ばないよ」
「何故です?」
二人が限りなく怪しいと判断した美智恵がそう言うが、唐巣神父はあっさりとそう答える。
前もって、こう言う話になるだろうと予測していたのかもしれない。
「彼を私に紹介したのは六道家なんだよ?」
「冥華さんが」
「ああ、彼女から推薦状を受け取ったんだ、事前調査は徹底的に行われているはず、違うかい?」
「でしょうね」
「それに、まだ一月程度の付き合いだが、彼等の人柄は私が保証するよ、忠夫君には少しヤンチャな面もあるが、あの年頃なら普通と言えるくらいだしね」
(ただあの修行を行っている子が普通の子供と同じように見える、と言う時点で何かあるのかもしれないと邪推出来なくも無いが)
そんな事を内心で思いつつ、美智恵を安心させる為にいつもの微笑を浮かべる。
理由まで教えてもらっていないが、美智恵と令子が魔族に命を狙われていると言う事実は聞き及んでいるから、下手な事は言わないで置く事にしたのだ。
「それに、邪心を抱く者に竜神の乙姫様が好意を抱くとは君も思わないだろう?」
「言われてみれば、そうですね」
(何よりも、令子が横島君に好意を持っているのは間違いなさそうだし、上手くすれば彼も令子を守って……ダメね、子供に頼ろうとするなんて)
美智恵が自分の思考に自己嫌悪を感じている間も、唐巣神父が己が新たな弟子の在り方に苦悩している間も、そんな事にはお構い無しに少女達は楽しそうに笑っている。
重い空気と、軽い空気が混ざり合っている一種不可思議な場が形成されたそこに、遠くから
「せんせぇ〜〜〜〜、悠仁がイジメる〜〜〜〜〜!!!」
等と言う情けない泣き声が聞こえてきて一気に場の空気がだらけたと言うか軽くなったりしまった。
どうやら、こちらでも横島の場を強制的に軽くする能力は残っているらしい。
情けない手段で、と言うのが本人には力一杯不本意だろうが。
「ほら、彼はこう言う面もあるんだよ」
「でも、六歳の妹にいじめられて泣きついてくるのは極端なんじゃ」
「悠仁君に年相応の幼さがないからね、ある意味しかたがないんだ」
呆れた様な美智恵の呟きに答える唐巣神父の声も、少なからず苦笑めいたモノだった。
そんな情けない叫びでも、少女達の表情が嬉しそうに輝き出している所を見ると、そう言った面も横島の良い面だと思われているようだが。
「先生、ここは母としてあの子の想い人の精神面を鍛えるのに参加するのはありでしょうか?」
「……子供の居ない私にはわからない事だよ」
「そうですか、じゃあ、私がプランを考えるとして……崖から……いえ、霊団の中に……」
横島が唐巣神父達の居る部屋に入ると、そこには目を爛々と輝かせ危険な言葉を呟いている美智恵と、口出しも出来ずただ横島を哀れんだ目で見つめる唐巣神父の姿があり、美智恵の呟きから何となく唐巣神父の視線の意味を理解した横島が泣きながら逃げ出し、少女達が追いかけて行く。
そして、その横島の泣き言と、三十分ほど遅れて帰って来た悠仁の言葉から事情を理解した百合子と美智恵が凄絶な、子供達がその場に居れば心に傷を負う事間違い無しのバトルが行われたのは別の話。
当然だが、バトルの会場となった教会の主である唐巣神父の頭髪が一日で結構なダメージを受けたのも、後日直接その状態を見た美智恵とその話を横島から聞いた百合子から最高級の育毛剤と胃薬が送り届けられたのも別の話
……神父の育毛剤事件が悪化したモノが横島達の身に降りかかったのだから、別の話では済まないのかも知れないが。
ちなみに、横島忠夫育成計画はバトルの結果、美智恵と百合子、そして何故か『面白そうね〜』の一言で参加した冥華の三人によってひっそりと計画が練られている最中である。
さらに言えば、ついでに鬼道も一緒に鍛えようと言う事になったりもしているが、横島は百合子が助けてくれるだろうと安心しきっているし、鬼道も関係はないと安心しきっていると言う。
女性陣と唐巣神父はそれが発動されるまでの間、『知らぬが仏』と言う言葉の意味を噛み締めながら日々修行に励む横島と鬼道を生暖かい目で見ていたと言う。
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あとがき
さて、横島忠夫育成計画なんて最後に打ち立ててますが……どうしましょう?
本気になったあのマザーズ相手に横島と鬼道は立ち向かうのはムリそうですし、どうしたものか
ここで人格が変形するような事をするつもりはなかったんですけどねぇ
そこら辺は次回どうにかするとして、どこら辺で一気に時間を進めましょうか
少なくとも十五年後なんですよね、ルシオラ達が登場するのって
ダイジェストにしたらつまらないし、仔細に書いたら尋常な量じゃなくなりますし
ハーレムを作るなんて言っている以上はそこらの描写も詳しくしなきゃいけませんし
どうしましょうかね
あ、途中にあった陰陽師の魂がどうこうって言うのは私の思い付きです
メフィストは報酬として高島の魂を貰い受け、その報酬として1:惚れる、2:人間になる、3:また会おうって言う契約を交わしていますから、大人になった美神令子が強制的に封印したりしてましたけど結局惹かれてたりしましたからね
下級とは言っても悪魔との契約を幼児がどうこう出来たりはしないだろうな、と言う事で
でも、それで考えると横島の魂ってメフィスト=美神のモノって事になりますから、『私の丁稚』って言葉ある意味的を射ているんですよね
反論異論は沢山あるでしょうが、これはどうせすぐに私自身も忘れるであろう事柄なので流しちゃってください、今回の件に令子を参戦させるのに必要だと思ったから使っただけの設定なので
最後に
へのへのモへじさん、カモメさん、ぽにさん、柳野雫さん、感想ありがとうございました
ちなみに、修羅場での霊力その他の発生は昔からありましたが、夏子が無事だった理由はただ一つ、浪花女のド根性の一言に尽きます(マテ
唐巣神父の名前が正しいのかちょっと不安なまま
でわ