第五話
子供の頃から運動は好きだった。
誰かと一緒に何かをする事が、誰かと一緒に居る事が好きで、一人が嫌だった。
八歳の頃、見知らぬ女の子と少しだけ遊んだが、理由はわからないが物凄く喜ばれた。
近所に不思議な雰囲気を持つお姉さんと同い年の子が居る。
美女とか、美少女とか、そう断言出来る人達だ。
多少と言うか、かなり浮世離れしていて無茶な事をしたり、言い出したりする人達ではあるけど、普通の人間だと思っていた。
が、それが気のせいだと、昨日の夜、横島忠夫は“思い出した”。
「確かに、あの二人は俺を護ってくれてたのかもしれへんけどなぁ」
俺の方が二人の為に色々と働かされてる気がするんだが、そこの所はどうなんだろう?
今の時期は別に神・魔やら妖怪やらに命を狙われてる訳でもないし、命の危険に関わる様な事はなかったから、今の時期から護衛に付く意味ってあるのか?
しかも、二人は俺の言いなりになるとか言ってたのに……。
「何で俺が二人の言いなりになっとんねん!!」
美神さんの折檻に関して実感してるからわかるが、一度刷り込まれた経験は容易に覆せんのに。
まぁ、二人の泣き顔なんて見たくないからそこんとこは納得するけど。
「銀ちゃんと夏子が居るから最初は気がつかんかったけど、俺の意見無視してホンマに六年も早く生みおったんかアイツ等は」
それにしても、十年間この世界の横島忠夫として育った分の記憶や精神もしっかりと残ってるから一人で帰るのが寂しいとか思わなくもないが、周りの追撃から逃れて一人で帰れて助かった。
誰かに話を聞かれたりしてたら最悪だ。
いや、独り言をブツブツ結構大きな声で言ってる時点でヤバイけど。
「黄色い救急車はイヤやなぁ」
そんな事を呟きながら、周囲に人家はあっても周囲から注目を集める事なんてほとんどない隠れ家を作るのならもってこいと言った感じの空き地に居た。
「とりあえず、鍛えるとか言っても現状どれだけ霊力があるのかわからんとも何も出来んからなぁ」
そう呟き、自分が霊能力に目覚めて最初に自由に使うようになったモノを掌の上に生み出す。
サイキックソーサー。
初めて得た師によって得た力。
初めて失った身近な者の死と引き換えに得た力。
「……こっちでも同じ心眼が生まれるかどうかはわからんが、今度はお前を犠牲にしたりはせんからな、絶対に」
この場には居ない誰かに語りかけるが、その手に浮かぶ霊波の盾は往時のそれとは比べ物にならないほど弱々しい。
早い話が、盾と言うよりもメンコだ。
「こりゃ栄光の手を作ろうとしても鉛筆サイズも出せんな」
言いながらサイキックソーサーを消し、コメカミに太い青筋が浮かびあがるほど集中しながら出してみるが、結果は言葉通り。
「毛糸みたいや」
維持だけならば容易だからか気が抜けているが、その手から出ているそれは霊波刀と言うよりも霊糸と言った感じだ。
成長して霊力の扱いが向上した時に使える様になった霊力の鋼糸なんかじゃなく、ただの糸。
「文珠なんぞ出したら気絶してまうな、コレは」
どう考えても戦闘なんて出来そうにないが、この身体での限界近い霊能力を行使した結果、横島は明らかに疲労困憊していた。
おそらく、寝床に入らなくても数秒で眠りにつける事だろう。
それこそ、今、この場で、立ったままで。
「……ぐ~」
このように。
その後、偶然見つけた夏子の張り手が一閃するまで横島忠夫(肉体年齢十歳、精神年齢二十五歳)は目を覚ます事はなかった。
帰宅後、夏子の口から百合子へと横島が空き地で立ったまま寝ていたと言う話が伝わり、危ない事をするなとどつかれたのは別の話。
重要なのは、彼が公園で立ったまま眠ると言う器用な真似をしている間に起きた彼の家の変化の事だ。
横島忠夫は父、母、本人の三人家族である。
親戚は居るのかもしれないが、両親は他の親族と折り合いが悪いのか一度も出会った事はない。
大樹は家庭に仕事を持ち込む事はないので仕事の関係の人が家に来る事はない。
時折、何処からか電話がかかってきて、両親揃って姿を消す事はあるが、別に裏で悪事を働いている訳ではないだろう。
……愛人でも見つかって十歳の子供に見せる訳にはいかない血みどろな光景が展開されている可能性は濃厚だったりするが。
ただ、その日はもう一人、居た。
美少女。
まだ六歳か七歳、小学校に入学したばかりくらいの年頃だろう。
華奢な、この年頃の女の子としても細過ぎると感じられるほどにか細い女の子だ。
病的な痩せ方と言うのではなく、この体型が自然に見えるところから見て、彼女にとってこれが標準体重なのだろうが。
「今日からお前の妹になる葦原悠仁ちゃんだ」
「……は?」
父が真顔で言ってのけた言葉に、欠片ほども意味がわかりませんと言う表情で固まる横島。
当然だろう。
生まれる時代がずれている事から考えても、ほとんど意味を成さなくなってしまったとは言え、未来の記憶を彼は持っているのだ。
その記憶との明らかな差異。
本来なら居ないはずの妹。
そして、何処か某所で過去の遺恨を水に流して笑い会える様になったとある魔王様の面影のある顔立ち。
何よりも、某魔王様が昔使った、あからさま過ぎるほどにあからさまな偽名とほとんど同じ名前。
混乱するなと言う方が無茶だ。
「あ~、アレだ、妹なのに葦原?」
混乱している状態で下手な事を言うのはヤバイと判断したのか、当たり障りのない、しかし何処かズレた質問しか出てこない。
「ん、俺の親友の娘さんでな、ちょっと表には出せない理由で俺が預かる事になったんだ」
(記憶にある通りの行動を取る親父だったら……多少の犯罪なら平気で手を出しそうだからな、嫌な想像が容易に出来るぞ?)
「ほら、忠夫、悠仁ちゃんにちゃんと挨拶しな、アンタの方がお兄ちゃんなんだから」
「え、あ、ああ、うん、俺は横島忠夫、今日から俺が兄貴や」
「……よろしくお願いします、おにぃさま」
「お、おう」
流石は横島忠夫の両親と言うべきか、この二人の息子だから横島忠夫が凄いのかはわからない。
わからないが、二人は今の一瞬で横島忠夫が反応した事をしっかりと認識していた。
それだけでなく、新たに娘になった少女が誰にも気づかれない様にそっと俯きながらニヤリと笑った事すらも見抜いていた。
後にこの両親の“本当”の娘になった少女は語る『あの家の人間に常識を求めるのは無駄だ』と。
……周囲の人から見たら、彼女も立派な横島の家の人間だと言われているのだが。
閑話休題。
一頻り横島が錯乱しているのを観察した後、おもむろに百合子が口を開く。
「で、二人は何処で知り合ったの?」
にこやかな笑顔ではある。
笑顔ではあるが異様な迫力を伴っているので、笑顔の恫喝、もしくは笑顔の尋問と言えばどんな笑顔なのか解る人間には良く解るだろう。
例えば、百合子の隣で自分が質問されている訳でもないのに冷や汗を流している父親とか。
「な、何言うてるんや、初対面やって、ホンマに」
滴り落ちる冷や汗、明らかに引きつった笑顔、無防備な所に振られた一言によって力一杯動揺している少女、刑事事件ではないのだから、状況証拠としては十二分だろう。
平行世界での彼は十七歳現在の時はこうやって脅迫されればあっさりと色々白状していたが、事実を口走らなくなっただけ八年の時間は少年が成長するに十分だったらしい。
だが、それでこの母親が黙る訳がない。
仮に黙ったとしたら、その代わりにプレッシャーが跳ね上がる。
「おぅぁ」
「ふゅぅ」
「ぬぐ」
このように。
ちなみに、横島少年の二度目の唸り声は知り合いの某魔王様が同じ言葉を口にしている場面を想像してしまった事による。
まぁ、その直後に今目の前に居る少女を見直して口直しと言うか妄想のしなおしをしている辺りは煩悩少年の面目躍如と言った所だろうが。
ただし、それは横島百合子の疑念に拍車をかける事になる。
「さぁ、キリキリ白状しぃ」
義理だろうと何だろうと娘に手を出す事はない。
と、言う事で一人息子は以降一時間ほど立ったまま寝てしまうほど疲労した状態でグレートマザーの猛攻に耐え続ける事となる。
その横で、妹に対してそれとなく父が質問を繰り出し心理戦を仕掛けていた事も明記しておこう。
全てが終った後、何とか二人は事実を隠し通す事には成功したのだが、食事を取る間も無く眠りについてしまったと追記しておこう。
「……アシュタロス、いや、アスタルテ、やな?」
「はい、おにぃさま」
その後、両親に聞こえない様に小さな声で会話した時、少女の『おにぃさま』と言う一言には本気の敬意が篭っていたとの事だ。
「知っとったけど、流石は横っちのご両親やな」
「ええ、彼女、本気で力尽きていますよ?」
「幾ら子供のフリをしとる言うても魔王としての記憶と経験を持つアイツをあそこまで追い詰めるとは……ホンマにしゃれにならんな、横島家の人間は」
「敵に回したら、私達でも危ないかもしれませんね、色々な意味で」
「……あの二人には、目ぇつけられたないなぁ」
「本当に」
神・魔の会合の場で交わされたこの言葉の意味を近い将来身を持って知る事になる某戦乙女と某竜の姫君に対して事情を知る神・魔から同情の言葉が贈られたと言う。
まぁ、贈られた所で彼女達はしばらくの間、まったく意味を理解出来なかったのだが。
翌日、学校への通学路を並んで歩く横島忠生と葦原悠仁の姿があった。
リビングデットの様な歩き方の要因は昨日の晩の舌戦と、今朝の無意味な警戒が原因だろう。
結局この年頃なら知り合いでも問題ないだろうと、後になって気が付いた両親が尋問を止めただけだが、妹は昨晩の舌戦で、兄は舌戦+霊能の修練で頭がまともに働いていなかったのでその事実に気が付けず無駄に警戒して力尽きたようだ。
両親もそんな兄妹の様子に気づいてはいたが、微笑ましいの一言で放置していたらしい。
「……父様と母様は何時もあの様な感じなんですか?」
「たまにやし、基本的に親父が絞られるだけなんやけどな、普段は」
力一杯自分の事を棚に上げていたりするのはやっぱり男の子だからだろう。
女の子の方も、男として過ごした期間の方が女として過ごした期間よりも長く、女として再び過ごし始めたと言ってもまだ六年、そこら辺の機微を認識する様な事態にはまだ出会った事もないからそう言った機微には疎くまったく気づいていない。
本当の事を言えばませた子供と言うのは何時の時代でも居て、彼女にアプローチをかける剛の者も居たが彼女が気付かなかったので何の関係も無い話だったりする。
「それはそれとして、何で関西弁なんですか?」
「ん、記憶戻ったって言ってもこっちでの記憶が無くなる訳でもないし、十年分の記憶の積み重ねって人間にとっちゃ結構でかいからなぁ」
「なるほど、そう言う訳でしたか」
「それにしても、そっちは何で敬語なんだよ?」
「おにぃさまと再開するまではほとんど記憶を封鎖していたんですが、私の産みの親が中々厳しい人で言葉を覚え始めた私にまずした事が体罰混じりの教育でしたから」
「あ~、や、まぁ、うちはそんなんは無いから、安心しぃ」
「気遣いは不要ですよ、体罰にしても悪い事をしたり悪い言葉遣いをしたりしたら軽く叩く程度でしたから」
「……それって体罰って言うんか?」
横島は引きつった顔で言うが、おそらく自分が今まで行われた体罰を思い出しているのだろう。
正確には、子供の頃にされたそれではなく、大人になってからの、美神にされたのも混ざっているから凄惨な場面が脳内で展開されているようだが。
「今はまだそれほど騒がれては居ませんけど、十年後には立派な体罰として児童相談所に連絡が入るじゃないですか、TVのニュースで見た事があるでしょう?」
「あ~、そう言えばそうやったなぁ」
「そう言えばおにぃさまは晩年は修行しているか、仕事をしているかでしたね」
「……あんな、そのおにぃさまって、止めてくれへんか?」
「いやです」
キレイな笑顔で即答する妹に、兄はただ頭を抱えるしかなかった。
コイツも修羅場を構成して俺の人生で楽しむ気満点だと、そう理解してしまったから。
事実は多少違うのだが、それもまた事実の一端ではあるので彼女も否定はしない。
と、言うかそれを助長する。
だが、横島は自分の発言の意味に気付いていない。
修羅場を構成すると言う事は、その輪の中に参加する事だと言う事実を。
もし、ここに大樹が居たらこう言ったかもしれない『流石俺の子』、と。
その事実に気付いていない横島に『この鈍感が』、とも言ったかもしれないが。
「おはよ~」
早朝から疲れからかだれた挨拶をしつつ横島が教室に入って行くが誰も挨拶を返す事無く、ただ無言で横島を見ている。
そして代表する様に一人、美少年が前に出てくる。
「……横っち」
「な、なんや、改まって、どないしたんや、銀ちゃん?」
「昨日からどっかおかしい思うとったんやけど、あないなちいちゃな女の子と付き合い始めたからなんやな?」
「……は?」
銀一の言葉に横島一人が固まる。
教室内の他の面々━悔しそうな顔をしている女子を除いて━は、何と言うか深刻な表情で横島を見ている。
生暖かい目と評するにぴったりな温度の視線で。
「恋愛は自由やって大人は言うてはる、せやけど、せやけどな?」
何処か芝居がかった口調で言葉を紡ぎ続ける銀一。
この頃は劇団とかに入っていたと言う事はなかったのだが、将来アイドルをやるだけの素養は持ち合わせていたようだ。
今回のように、悪ふざけをする時にそれが発揮されるのは問題だろうし、女子の一部は冗談でなく本気だと判断しているようにも見えるけど。
「あの子はちょっとちっちゃ過ぎや、あんな子に手ぇ出したら犯罪者やないか、正気になり、横っち!!」
「……銀ちゃん、アレは妹や、昨日出来た」
疲労困憊と言う風情の横島の言葉に、今度は銀一が固まる番だった。
それもそうだろう。
昨日妹が出来たとか言われてその意味を瞬時に理解出来る様な子供はそうは居ない。
世の中にはそう言うのをとっくに理解しているませた子とか、実体験で理解している子も居てもおかしくはないが。
「別に隠し子とか、再婚したとかそう言うのとちゃうからな」
「え、そうなん?」
「そうなんって、当たり前やんか、うちの親父とおかんはあれでらぶらぶやからな」
信じられないと言う表情で横島家の事を多少なりとも知っている同級生の面々が凍りつく。
あの折檻を一度でも見た事がある人間なら当然の反応だが、事実は横島の言った通りだったりするのだ。
そもそも、夫婦仲が悪かったらあの浮気性の大樹と一緒に居られる訳がない。
普通の女性ならとっくの昔に別居、離婚、多額の慰謝料を強奪して豪遊、もしくは再就職と言う流れが成立しているはずなのだから。
「とにかく、詳しい事は俺にもようわからんのやけど、とにかくあの子は昨日の夜から俺の妹なんや」
「そうやったんか」
「そうやったんや」
実際は姓が違うのだから義理の妹と言う訳でもないのだろうが、横島はそう認識している。
考えるのが面倒臭くなっただけではない。
断じて、違う。
と、本人に問い質せば答えるだろうが、実はその通りだったりする。
妹だと公言しておけば修羅場が発生する事も少なくなるだろうと淡い願いも篭っていたりしなくもないが。
「そないな事より、はよ席に座らなセンセーが来てまうで?」
「あ、ああ、うん、せやな」
横島はこれで悠仁と言う名の魔王様の件はかたがついたと判断したのか気を抜いてしまった。
だから、横島は斜め後ろの席、長い髪の少女が虎視眈々と色々と問い質すタイミングを見計らっている事に気がつけなかった。
まぁ、気付いていても問い詰められるのだから、一時でも気が休まる時間があるだけ横島にとっては幸運だったのかもしれないが。
「……横っち、死んだらあかんからな?」
小さな声で祈る様に呟いた銀一の言葉を耳にした生徒の内何人か━男子と銀一の方が好きな女の子達━が苦笑を浮かべながら少女と横島を横目に見ていた。
あえて触れないし、伝えようともしない理由は自分達も興味があるし、横島とその少女のやり取りを見たいが為だろう。
少女の本音を知っているだけ、余計に。
横島忠夫十歳(+二十五歳)
神・魔の最高指導者に対してのみではなく、周囲の人間達に修羅場と言う名のコメディを演じて見せる三界最高天然由来生粋のコメディアンにして、対人外女性専用最終兵器ジゴロ横島。
……本人にその自覚が無いのは御愛嬌と言うものである。
「さて、横島、アンタには嘘を言う権利と黙秘する権利はあらへんけどキリキリと白状する自由が与えられとる、せやからさっさと吐き」
「……いや、黙秘権は必要やろ」
「そないなもんは、無い!!」
弱々しい横島の言葉に対する答えは力強い断言である。
嘘をつくな、黙るな、キリキリ話せ。
何を話せと言うのかすら言っていないのに、これである。
反応に困るのも当然だろう。
今朝のやり取りがなければ、だが。
「せやから今朝も言うたやないか、アレは妹やって」
「登下校は女と一緒に帰るんは恥ずかしい言うて女子はほとんど連れて歩かんアンタがいきなり一緒に登校やて? そないな事をしておいて、そないな説明で納得出来ると思うとるん!?」
「昨日唐突に妹になったんやで、学校の位置を知らんのやから、俺が案内してやらなしゃあないやんか」
「で?」
「明日になったらまた男子と一緒に登下校するんやから、今日だけや、今日だけ」
「で?」
「あ~、う~、アレや、その……俺が悪かった、許したって!!」
「で?」
「ぬ、ぅ(ど、どうする? 夏子が怒っとる理由はわからん。わからんがコレは……“ボケろ”と、そう言う事なんか?)」
「で?」
静かに、たった一つの単語と横島の母に似た貼り付けた様な笑顔で淡々と追い詰めていく夏子。
そして昨日の昼から続く一連の出来事から脳疲労状態で追い詰められ、錯乱しつつある横島。
(やっぱり、こう言う時のボケはルパンダイブがええかな?)
この場にはそれを止める美神が居ないと言う事実を失念したまま、横島の暴走は秒読み寸前に入っていた。 が、ここにそれを留められる人間が現れる。
その人間の笑顔に、一部が見惚れ、一部が更なるコメディの幕開けを予感したが。
「おにぃさま、それは危険です」
「や、別に危険はな、って、何でおんねん!?」
「いえ、修羅場の気は……ではなく、まだこの学校に不慣れなので、おにぃさまに案内していただこうかと思いまして」
キレイな笑顔だ。
キレイな笑顔だが、それは横島に不吉な予感を抱かせるには十分な厄介な気配を滲ませていた。
「別に構いませんよね、おにぃさま?」
「え、あ、ああ、別にえ………」
不意に、さっきまではポーズだけでそれほどの威圧感を放っては居なかった夏子から凄まじいプレッシャーを感じ、言葉に詰まる。
凝固する横島、にこやかな笑顔のまま横島“だけ”を見続ける夏子と悠仁。
小学校では中々お目にかかれない修羅場と言うなのコメディ、本格的に開幕の瞬間である。
「あんな、今、横島は“私と”大切な話があんねん、せやから自分のクラスの子にでもお願いして案内してもらい」
「私は、おにぃさま“に”案内して欲しいんです」
「学年もちゃうんやし、同じクラスの子と仲良うなる為や、我慢してさっさと自分の教室に戻り」
「お断りします」
にこやかな笑顔のまま繰り出される相手の腹を探る為のジャブ。
さりげなく強調された二人の言葉が横島にクリーンヒットした模様だが、少女二人はノーダメージだ。
横島のダメージは嬉しいとか言う事ではなく、本能的に自分の身に危険が及ぶと判断して。
「なら銀ちゃん、行ったり」
「え、まぁ、別にええけど」
「ありがたいお話ではありますが、私はおにぃさま以外の方に案内していただくつもりはありません」
にこやかな謝絶。
銀一も巻き込まれずに済んだと、明らかに安堵の表情を浮かべている。
そんな銀一に対して横島が縋る様な目を向けるが、銀一は申し訳なさそうに目を逸らすだけ。
小学生が好んでこんな、緊張感溢れる場に混じりたいとは思う訳もないのだが、横島はそれでも恨めしそうに銀一を見るのを止めない。
結果として、銀一に憧れを抱いている女子達からも別種のプレッシャーを与えられる事になり横島の胃にかかる負担は増えているのだが、この修羅場からの脱出の方が優先順位としては上に来るのか一向に気にするつもりはないようだ。
外見は十歳でも内面は立派に成長しているから、ダメージは普段の倍以上だったりするんだが。
「ね、おにぃさまは私に学校の案内をしてくれますよね?」
「ね、横島は私と話の続きをするんよね?」
そんな横島を一切無視して二人は横島の左右の腕にしがみつき、おそらくは狙っているのか涙目で見上げ言う。
横島の精神の大部分は大人だ。
大人だからこの行いに色気とか、そっち方面の感情を抱く事はない。
ないのだが、子供におねだりされているのと同じで、悩む。
本人に自覚はないが、横島忠夫には子供に優しいと言うのがデフォルトとして存在しているから。
ついでに言えば、大部分が大人なのは事実だが、それと同時に子供の部分もある。
大人の部分が色気とか、そう言うモノを理解しているから子供向けではないこの二人の行動すらそっち方面で多大なダメージを与えていたりするので、現在横島忠夫の精神は危険な領域を行き来してたりする。
「おにぃさまぁ」
「よこしまぁ」
そんな状態が延々と五分間続き、決着は付いた。
○夏子&悠仁(泣き落とし)VS●横島忠夫(重圧過多により失神)
横島の一人負けである。
蛇足ではあるが、保健室には運び込まれたが病院には行かずに済んだ。
今日の所は。
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あとがき
修羅場の表現が難しいです
少年時代から書いていく予定なので、しばらくはオリキャラばかりです
さすがに延々この状態を続ける訳にも行きませんから、次々話くらいで誰かと出会おうかと画策していますがどうなる事か
夏子、大樹、百合子、銀一、スルト、ガブリエルの出番は二~三話程度で、話が進むに連れて出番が減っていき、最終的には少し増えたりする可能性もありますが基本的に出てきません
ヒロインの方々と、銀ちゃんは出番が多そうですけどね
大樹&百合子は少年時代が終了次第原作と同じ様な登場シーンを見せてくれる事でしょう
横島の生み出す修羅場空間に素晴らしい一撃をくれて去って行くとか、そんな感じに描いてみたいものです
地の文が迷走している様な気もしますが、第三者の視点になれていないからと認識してください
次の話にはもっと読み易くなる様に努力しますから
最後に
皇 翠輝さん、KUROKUさん、白竜レディース?さん、AZCさん、レイジさん、柳野雫さん、感想ありがとうございます
勘九郎は女性化すると美人さんになります
背の高いスレンダーな美人さんになるので横島は出会っても誰か気が付きませんが、名乗られて一瞬でも色々と考えてしまった自分にキレたりしますが、最終的には落ち着いたりすると言う場面を想像しています
女性化するって事は骨格から変わりますから、美人さんになると思うので
陰念も女性化するかもですが、アレは人間に戻りましたし、魔族になっても女性になりたいと願わないのでそのままです
勘九郎、最初は男として、あの状態で出てきますよ
ただ、香港の件では……
横島の苦悩、もっと濃密に、キツイ感じに描けるようにがんばりますので、観察してやってください
あ、更新ペースは遅くなったり間が空いたりする事はあるかもしれませんが、完結を目指します、ちゃんと
でわ