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▽レス始

「捨て冥子(GS)」

こーめい (2005-07-05 01:27)

………ごーん………!
……ずーん……!
…どかーん…!

「え!?」
「な、なんです、今の?」

唐突に、真っ昼間から街中に響くには相応しくない爆音が轟く。
先ほどまで七並べに興じていた美神除霊事務所の面々は、慌てて立ち上がると辺りを見回した。
約一名、この隙にと並べたカードをばらばらにしているお狐様がいるが、気にする人はいない。
数秒の間をおいて、室内に人工幽霊壱号の焦った声が響いた。

『巨大な霊波が東からここを目指して移動中、このままではもうすぐ結界に接触、突破されます!』
「ええっ!?」

人工幽霊壱号の結界はかなり強力で、下級魔族程度の相手なら触れもしないはずである。それが破られるとなると…。

「みんな! 迎撃体勢!」
「は、はい!」
「承知!」
「ちょうどいいわ!」
「ひえぇ…」

慌てて全員立ち上がり、迫り来る脅威に備えようとした際に、もう一度人工幽霊壱号から声がかかる。

『言い忘れました! 霊波はデータベースによると…』

だが、それを最後まで言う時間はなく


ずどがっしゃぁっ!


「ふえ〜〜〜ん! 令子ちゃ〜〜〜〜〜ん!!!」
「め、冥子!?」


入り口を破壊しながら突入してきた脅威『六道 冥子』は、彼女の式神・十二神将を暴走させつつ美神を目掛け泣きついてきた。




「捨てられた!?」

惨劇の間。そんな言葉が似合う荒れ果てた事務所の中、冥子は美神に抱きついて事情を話していた。
数十分に及ぶ暴走の結果、テーブルやソファー、机や観葉植物などは言うに及ばず、壁や窓もあちこち割れまくっている。

「ひ〜ん、まだよ〜〜」
「あ、ご、ごめん。じゃあ、捨てられそうって事?」
「そうなの〜〜。このままじゃ私、用無しなんだって〜〜。捨てられる前に家出してきたんだけど〜〜。…ふえ〜〜ん」

まだしゃくりあげている冥子を尻目に、シロとタマモは部屋の隅から屋外へ逃亡した。
彼女らは冥子の暴走に巻き込まれたのははじめてである。トラウマにならねば良いが。

横島とおキヌは室内を掃除中である。破損した家具などの大きいごみを横島がどけて、破片などはおキヌが片付けている。
さっきの暴走中、おキヌはネクロマンサーの笛で式神を僅かでも抑え、被害を減らすことに成功した。
おかげで、この部屋はほぼ壊滅したものの建物は建っているし、女性陣は大きな怪我はしていない。

ただしその分、おキヌの意図ではないのだが、人外に好かれやすい横島が式神に集中攻撃されていた。
文珠を一つ自分の治療に使っていたが、それでも横島の怪我は治りきっていない。
部屋の修理にも残りの文珠を使って、それでも被害が大きいので直しきれなかった。文珠を使いきった彼は地道に掃除中である。

この屋敷そのものとも言える人工幽霊壱号は、室内の簡単な掃除や補修をすることができる。
しかし、それはあくまで「折れた柱を継いだ」「割れたガラスをはめ込んだ」状態。
文珠で霊力を補充しても、これだけ壊れるとなかなか強度まで元通りとはいかない。後でちゃんと業者に頼んだ方が良いだろう。

(下手すれば大幅建て替えで大損害か…。そうじゃなくても家具の買い替えが結構かかるわ)

美神は暗鬱たる気分で腕の中の冥子を眺めるが、彼女に当たろうものなら今度こそ屋敷が全壊する。…あとで横島をしばこう。そう心に決める。

そうこうしているうちに、部屋の中は何とか片付いた。
家具がほとんど吹っ飛んだため別の部屋から椅子とテーブルを持ってきて、女性陣はそれに座る。椅子がない横島は立ったままだ。
掃除の合間にお湯を沸かしていたのだろう。おキヌがお茶を入れてきて、それをそっと飲んでようやく落ち着く一行。

「…さあて、冥子。何があったのか判らないと、どうにも出来ないわ。話してくれない?」

いまだぐすぐす言っていた冥子に、美神は精一杯優しそうな笑顔を浮かべて質問する。

「え〜とね、今朝、うちにおば様が来たの〜〜」
「おば様?」
「美神のおば様よ〜〜」
「…ママが!?」
「それでね、二人がお話してるのを、私聞いちゃったの〜〜」




「あらあら、可愛いわね〜〜」
「だー、だー」
「目を離すとあちこち動き回るから怖いけど、やっぱこの時期が一番よね」

美智恵の連れてきたひのめをあやしながら会話する、冥子の母である六道当主。

「顔はあなた似ね〜〜」
「そうねぇ。あの人も、『僕の面影がない』って悔しがってたわ。口元なんか似てると思うんだけど」
「そうかしら〜〜? 私は、旦那さんにはあまり会ってないから判らないけど〜〜」

霊能業界では両者とも、それなりの発言力を持つ権力者といえる二人。
だがこのときは、二人はかつての師弟であり、そして共に子を持つ母であった。

「…でもね。そんなことよりも」
「え、え〜〜? どうしたの、怖い顔して〜〜」

が、急に美智恵の表情が暗くなる。
話し相手のひるみも意に介さずうつむくと、腹のそこから絞り出すような声を上げた。

「今度こそ子育てには失敗しないわ…!」
「…あぁ、そういうことね〜…」

顔を上げた美智恵の瞳には、不屈の闘志とでも表現するべき力が宿っていた。

美智恵は誓っていた。ひのめは長女・令子のようには育てない。
長女の性格でも、強気やわがままは構わない。適度な常識があれば、むしろチャームポイントだろう。
だが何故にあんな守銭奴で倫理観欠如、かつ恋愛奥手に育ってしまったのか。

思春期に当たる時期に、母親が死去したように見せかけたのが直接の原因なのだろう。
独り立ちを強要された少女が頼ったのは、男でも社会でもなく金銭だったのだ。
そしてそれはもう魂にまで染み付いてしまっていて、今更母の説教は通じない。
金稼ぎできない状態では禁断症状を起こす、と西条から話を聞いて、目眩がした美智恵であった。

「せめて、男とのやり取りの仕方を教えておくんだったわ…。西条君との別れで何か学んだかと思ってたのに」
「年上の男性が好みだったようよ〜〜。年下相手にどうしたらいいのか、判らないんじゃないかしら〜〜」

そこで初めて娘の好みを知った美智恵。父性を感じる相手を求めるというのは、父親と触れ合えなかったせいかもしれない。
結局は美神令子の性格の形成は、美智恵と公彦の二人の責任といえよう。…金関係は唐巣神父も関係あるかもしれないが。

「とにかく、この子は真っ当な性格に育てるわ。強く、華やかに、いじらしく、正義感強く。まさにスーパーヒロインがふさわしい女に!」
「それ、真っ当なのかしら〜〜」

美智恵のイメージ通りに育った場合はまた問題を起こしそうな気がするが、まあしかし、それを言える立場でもない、と六道当主は思った。

「…でもいいわね〜〜。子育てをやり直す機会があるんだから〜〜」

彼女の脳裏に浮かぶのは、やはり性格形成に問題があったとしか思えない我が娘。

「うちの娘と来たら、何でああまでヘタレな性格になっちゃったのかしら〜〜?」

のんびりした部分は血筋なのだが、自分の若い頃はあんなに要領悪くなかったわ、と首をひねる六道当主。
美智恵はそれを聞いてにやっと笑った。

「あら、じゃあ…そっちもやりなおしちゃえば?」
「おほほほ、いいわね〜〜。やり直しちゃおうかしら〜〜」

少々下ネタだが、この年になって今更恥ずかしがるようなネタでもない。
笑いあう二人。庭に降り注ぐ陽光が柔らかい、午後ののんびりとした奥様方同士の会話であった。




「というわけなの〜〜。私、弟か妹が出来たら…捨てられちゃうの〜〜」
「なんでまた、そこまで話が飛ぶのよ…。っつーかママも失礼なこと言ってくれるわね…」

冥子の長ったらしい喋りを最後まで聞かされた美神はぐったりしていた。
おキヌは座ったまま、横島は器用にも立ったままに舟をこいでいる。
前者を肩を叩いて、後者を神通棍で叩いて起こすと、美神は冥子に呆れながらも諭した。

「まさかあのおば様が、今更そんな冗談実行するわけないでしょ。その場限りのジョークよ」
「でもでも〜〜。そのあとお父様と、しばらく話し込んでたのよ〜〜」
「…えー? でもまさか…偶然でしょ?」

どうしてもあの年齢でそういう話を実行することが想像できない美神。
だがそこで横島曰く、クラスに、24歳離れた兄がいる人がいるとの話。
ついでにおキヌ曰く、ニュースで友人の母親と結婚して子供作ったとか言う話もあったとのこと。

あの六道当主は確か唐巣神父と同年代だとか。
美神家ほどではないが若々しい、というか子供っぽいので、まだ現役(?)かもしれない。
的確な反論が出せず口ごもる美神の様子に、また不安になった冥子がしくしく言い始めた。

「あ〜ん、やっぱり〜〜。今日帰ったら、お母様が弟を抱いているんだ〜〜!」
「「「いやそれはありえないから!」」」

カップ麺か何かかよ! と、突っ込みの形だけとる横島。本当に突っ込んで驚かれたら怖いので実際には当てない。

「そして私、ダンボールに入れられて、公園に捨てられてしまうんだわ〜〜」

冥子は母をどういう人間だと思っているのか知らないが、あんまりな想像である。
「危険!立ち入り禁止」と書かれた看板が立てられ、中では式神たちが暴れまくる公園を想像して、三人は顔を青くする。
…だが。

「そしてこの子達も、全部取り上げられちゃうんだ〜〜。そんなの嫌〜〜」

冥子は自分の影から子の式神・クビラを出して抱きつく。目尻に涙が浮かんでいるが、暴走はしていない。

物心つく前からずっと一緒だった式神、十二神将。
弟か妹が出来たなら、そちらに式神を受け渡さないといけないかもしれない、と怯えているのである。
ちなみに六道家は女性が家と式神を受け継ぐので、弟が出来ても式神の継承権は冥子のままだが。

(そうか、捨てられる云々よりも、こっちの方が冥子にとっては具体的に辛いんだわ…)
(美神さんが友達になる前は、遊べるのは式神だけだったそうだし、寂しいんでしょうね…)
(生まれてからずっと一緒だった仲間か。半身を切られるような思いなんだろうな…)

しんみりしてしまう一同。特に、この手の話に弱いおキヌはそっと目尻を拭いていた。
だが、続く冥子の発言には全員あっけにとられることとなった。

「そうなったら、令子ちゃん、私を拾って育てて〜〜?」
「はあ!? …いや、拾うのはともかく、育てるって何よ? 一緒に働くとか雇ってくれとかじゃないわけ?」
「だって〜〜。私式神がいないと、何もできないもの〜〜。役に立てないわ〜〜」

式神の無い冥子は、普通にお札を使うくらいしか除霊のし様が無い。霊力は高いが活用する方法が無いのだ。
それが悪いとは言わないが、他に戦闘手段のない彼女には、最低限誰か一人は付かないといけないことになる。
今の美神の事務所のメンバーは、全員それなりに単独でも働ける。冥子のカバーをすると逆に負担にすらなるのだ。
家事も荷物持ちもできそうに無いただのお荷物では、確かに雇うとは言わない。

「それは…。だから扶養してくれってこと?」
「お願い〜〜。贅沢は言わないから、私を置いて〜〜」
「うーん、美女を養うというのはなかなかそそるが、しかし俺の生活費じゃ難しいんだよな…」
「あんたが何を悩む必要があんのよっ!」
「ふべっ!」

美神の一撃により、まとめて置いておいた粗大ゴミに突っ込まれる横島。
破れたクッションに頭がはまってモガモガうめいている。

「とにかく! 冥子、あんたがまず捨てられなければいいのよ」
「それはそうなんだけど〜〜。どうやって〜〜?」

冥子にも、自分が捨てられてもおかしくないくらい失態を繰り返しているという自覚はあるのである。
しかし根っからの箱入り娘に精神の弱さ。修業もあまり意味を成さない。
地道な精神修養では、六道当主が堪忍袋を切るのとどっちが早いやら。
美神は何か良い手はないかと思索を始めた。

一方、クッションからようやく首を抜いた横島はおキヌと話し込んでいた。
話題はあの六道当主は、どうやって「やり直す」つもりなのか、である。
まさか本当に子作りをするとは思わないが、代わりに何か考えている可能性もある。

「どこからか養子をとって、子育てを「やり直す」というのは?」
「でも、横島さん。あんな式神まともに操れる人間なんか他にいないんじゃ?」
「あ、そうか…」

かつては六道と並ぶ名家であったという鬼道も、落ちぶれたせいか十二神将の半分も制御できなかった。
他に式神を使う家系が無いではないが、六道に並ぶほどの式神使いがいる見込みは薄いだろう。

「冥子さんの記憶を消して、一から精神修養を「やり直す」とか?」
「って強引過ぎるだろ…。第一、そんなに上手いこと記憶を消せるかな」
「ゼロからやり直したほうが、今からやり直すより確実かなと思ったんですけどね」

すでに出来上がった性格を変えるよりは、新しく作り直した方が楽かもしれないが…。

「まあ、「やり直し」ても次に上手くいく保証はないよなあ。あの人が指導する限り」
「…六道理事長も、精神修養はそんなに成っていませんしね」

六道当主は冥子より式神の扱いは上手いが、やっぱりちょっと脅かすとあっさり気絶するのだから。

…などという横島とおキヌの言葉を聞いて、美神には閃くものがあった。

「そうだわ、手っ取り早く冥子が後継にふさわしくなる方法、あるかもしれない」

美神がポンと手を打って立ち上がった。

「え? 理事長の方法がわかったんですか?」
「多分違うけど、時間もかからない手軽な方法よ」
「そんなんあるんすか?」
「え〜〜? どうするの〜〜?」

よく分からない、といった表情の面々を見て、美神はふふんと鼻を鳴らした。

「まあ任せておきなさい」

横島とおキヌには、美神のなにやら自身ありげな様子が不安であった。




「行きなさい!」

グアアッ!

丑の式神・バサラが雑魚霊を吸収する。広範囲に散らばる悪霊たちは、どんどんバサラの腹の中に収まっていく。
その死角を縫って素早いやつが本体を狙いに来るが、その手が冥子に届くよりも早く、

「サンチラ!」

冥子が身に這わせた巳の式神・サンチラが、電撃を持ってそれらを弾き飛ばした。
さらに逃げ出す奴には酉の式神・シンダラが亜音速で迫り切断する。
壁などを使って攻撃を遮断しようにも、寅の式神・メキラが瞬間移動で追い詰める。

「ひえぇ…すげー。とても敵いそうにねーな…」
「あれが、十二神将の本来の使い手の実力なんですね」
「そのはずよ。しっかし予想以上に上手くいったわねー」

冥子の後方で待機している三人は感嘆していた。
見る見る間に悪霊の群れは数を減らしていく。
と、群に紛れていたボス格の悪霊が、不意に飛び出して冥子に攻撃を当てた。わずかに身をよろめかせ、たたらを踏む冥子。

(やばいか?)

ここまで傍観していた三人が冥子の暴走に備えて動こうとするが、

「…そこね!」

未の式神・ハイラが、冥子の影から飛び出して針を飛ばす。核に攻撃がヒットし、ボスはその場で霧散した。
安堵と同時に感心してため息をつく美神たち。今の行動、冥子は自分をおとりに使ったと判ったのだ。
今の冥子は、冷静に状況を把握し十二神将を的確に使い、さらに少々の物事では動じなくなっている。
たれ目がちな双眸も若干釣り目になっているような…。

「終わりました」

程なく、結構な難易度とされた廃工場の除霊を一人で片付けた冥子が戻ってきた。

「あ、ご苦労様。これで少なくとも式神使いとして一人前に見えるわね」
「令子さん。それは、GSとしては一人前に見えないということですか?」
「あ、ち、違うわよ。おば様が気にするのは六道の跡取りとしての話だからそう言っただけよ」
「そうですか」

あっさりと身を翻す冥子。その背中を見ながら、美神はため息をつく。

(ここまで効果があるとは思わなかったわ…)
(なんつーか怖いっすよ、今の冥子ちゃん。もうちょっと愛想よくならないっすか?)
(式神たちも萎縮してるように感じます…)

ぼそぼそとしゃべる美神たちの向こうで、冥子が振り返る。

「どうしたんですか、皆さん。帰りましょう」

その冬の月のような冷たさを感じる表情に、美神たちは圧倒されてしまった。
反射的にこくこくと頷いてから、失敗したかなーと美神は呟く。

(効きすぎたわ…催眠術)


実は今、冥子には美神が催眠術をかけてあるのである。
内容は「冷静沈着になる」というだけのものだったのだが、あっさりかかった冥子は今のような性格になっていた。
喋り方もゆっくりではなくなり、動きもきびきびしだす。ためしにと任せてみた除霊は、さっきのとおりだった。

「でも冗談にも反応してくれないし、会話もすぐ途切れます」
「全然とぼけたこと言わないから、なんだか別人みたいです」
「ま、彼女自身の持つ冷静沈着な人物のイメージなんでしょうね。マリアかしら?」

事務所に帰還後、遅くなったので冥子は事務所の美神の部屋に泊まらせている。冥子の夜は早いのでもう睡眠中だ。
ちなみにシロタマは帰宅していたが、冥子が一緒だと知ると屋根裏部屋に閉じこもってしまい、全然出てこない。

明日、催眠術を掛け直した冥子を六道家に連れて行くことについて、三人は相談していた。
あの冥子の変貌を見せてやれば、「捨てる」だの「やり直し」だのと言わないだろう。

「でもなー。反則じゃないっすか? これって根本的な解決になってない気が…」
「反則よ。でも、逆に言えば催眠術かけるだけでここまで上手く働けるなら、向こうも何か考えるんじゃない?」
「あ、そっか。お仕事のときだけ催眠術かけるとかすればいいんですもんね」

強いショックなどで催眠術が解けない限りは、冥子はいつものような失敗はすまい。
最低限、信用に係わる仕事中の暴走がなければよいのである。

「暗示程度じゃ元の性格は変わらないけど、何か条件によってこの性格に切り替わるようにしても良いかもね」

自分の思惑が上手く当たって上機嫌の美神。あれなら暴走もまず起こさないだろうから、自分の安全も保障できる。

だが、ここで横島から思わぬ突込みが入った。

「…でも、何で六道の誰も、このくらいのこと気付かなかったんでしょうかね?」
「え? …そういえば、そうですね…何ででしょう?」

横島の言葉を聞いて美神の霊感が何かを知らせる。
六道の当主というのは代々ああいう性格であるらしい。初代当主からしてぼけぼけだったので間違いなかろう。
とすればその六道の長い歴史で、一度も催眠術に考えが至らなかったという事は考えにくい。じゃあ…?

美神は、背中の毛が逆立つような悪寒を感じていた。

「上手くいったと思ってたけど、もしかしてまずったかも。横島クン、冥子は催眠術解いてから寝たっけ!?」
「え? えっと…どうせ寝てる間に解けるっていって、そのままですが」
「どうまずいんですか?」

具体的な証拠はないのだが、霊感に従い美神は急いで冥子の催眠術を解くべきだと判断する。
慌てて寝ている冥子の部屋へ移動する美神を見て、横島とおキヌも訳分からないながらも急いで追いかける。

と。

どが!どん!がしゃーん!ばりばりっ!

冥子の寝ていたはずの寝室から、多数の破壊音が響いた。

『オーナー! 冥子様の式神が暴れています!』
「ちっ! 悪い予感だけは外れないわねっ!」
「どどど、どうなってるんですか!?」
「話は後! 冥子を戻しにいくわ! おキヌちゃんは危険だから、ここから笛で少しでも式神を鎮めて!」

言う間に向こうの部屋から午の式神・インダラと申の式神・マコラが廊下を突進してきた。
普段の暴走と違い、いくらかその目に理性があるように感じる。
動きも、壁を壊して暴れようとしていない分、いつもの暴走状態よりはまし。だがそれでも十分脅威だ。

ピリリリリリリリッ!

おキヌの奏でるネクロマンサーの笛の音色が響き渡ると、式神の動きが鈍った。
美神と横島はその式神を結界符で押さえ込んでから先に進む。

(あれ? 昼の暴走時より効いている…?)

おキヌは違和感を感じた。


一方、廊下を先へ進む美神と横島。

「式神を吸印できないんですか?」
「霊格が高くてこの程度の札じゃ駄目。強力な式神を封じるには、それ相応のものが必要なのよ!」

六道家自らが冥子の封印をしたような札は特別製の品なのだ。美神といえどもそんな特殊なものは用意していない。

「じゃあ式神を弱らせれば…あ、冥子ちゃんがダメージ受けちゃうか」
「そういうこと。だから押さえるだけにして、さっさと冥子のところに急ぐわよ!」

その間にも迫り来る戌の式神・ショウトラや亥の式神・ビカラをかわして押さえ、二人は冥子のいる部屋へ飛び込んだ。
見れば冥子は部屋のベッドでまだ眠っている。だがその表情は苦しそうで、脂汗をかなりかいているようだ。
何体もの式神が暴れているものの、冥子自身には被害はない。が、昼の暴走で建物が脆くなっているのだ。部屋が崩壊すれば彼女も危ない。

「横島クン、文珠出せる?」
「一個だけならなんとか!」

壊れた事務所を修理するのに使い切ったため、横島にはもうストックがない。

「一個…“解”だけで暗示を解けるかしら」
「強力な暗示じゃなければ多分…」

それを聞いて美神は決断した。自分の暗示はそんなに強力には掛けてない筈だ。
暗示を解いたからといってすぐに式神が治まる保証もないが、解かないことには話が進まない。
幸い式神たちの攻撃はいつもの暴走よりは大人し目だから、ひどい怪我もしないですむ可能性は高い。

「よし! 横島クン、冥子の近くまで行って文珠で暗示を解いて!」
「…えーと、俺だけで?」
「二人で行ってもしょうがないでしょ! 私はこの部屋から出ようとする奴を抑えるわ! これならあんたの負担も少しは減るでしょ!」
「は、はいっす!」

言われてしぶしぶという態で突っ込む横島。
美神としても、この部屋を出た式神がおキヌやシロタマに襲い掛かるのは避けたいし、彼女の霊能力は防御に向いていない。第一横島ほどの復活力は無いのだ。

横島が部屋の真ん中で寝ている冥子に近づこうとすると、人外に好かれるためかやはり式神が集まってくる。
横島は両手にサイキックソーサーを構え、全ていなすつもりで周りを眺めた。
飛び込んできた卯の式神・アンチラの耳攻撃に盾を当てて方向をずらす。
美神が見るところ、その盾は霊力を抑えて作ってある。硬度を抑えて逆に弾性を持たせ、避けるのに特化した性質にしたようだ。
さらに、使う霊力が少ないので他の場所の防御も低下しない効果もあるらしい。

(結構考えてるのね…と、こっちにも来たか!)

美神も神通棍を用いて身を守るが、式神自身には攻撃できないのであまり積極的に振るえない。鞭状にして巻き取っても複数相手にはお手上げである。
それでも美神の方に来た式神の分楽になったのか、なんとか横島が冥子の元に辿り着くその直前…

「!!」

横島の視界の隅で辰の式神・アジラが口を大きく開けた。あの式神の能力は火炎と石化である。口から吐くのは火炎だ。

(まずい! 俺だけ避けても、冥子ちゃんや美神さんが巻き込まれる!)

直撃を避けたとしても、今度は部屋自体が火に包まれてしまうだろう。そうなると事務所の全員がやばい。
とっさにアジラに向けて飛び込む横島。口を押さえてしまうしか回避方法はないと踏んだのだ。
だが接敵する前に相手の口の奥に赤い光が見える。このままでは直撃コース、避けてもダメ…!

「…おりゃあーっ!」

サイキックソーサーが消え、横島は右手からハンズ・オブ・グローリーを鉤爪状にして伸ばした。
その切っ先はアジラにまっすぐ向かっている。いくら式神でも、開けた口にこれの直撃では相当なダメージだ。

「ば、ばか、そんなことしたら!?」

横島がやったことを見て、美神は叫んだ。
今は何か別の理由で暴走しているが、まだ理性ある暴れ方なので、冥子に近づくことも出来ているのだ。
冥子がショックを受けてしまっては、いつもの暴走を引き起こすかもしれない。

美神の叫びも届かず、鉤爪がアジラの口を引き裂きにかかる…

「…拡がれっ!」

…直前に、横島はその鉤爪を広げた。アジラの目の前に、霊波の手の平で壁が出来る。
さらにその壁が繋がり変形して、釣鐘状にアジラを包む壁に変わっていく。

ごおっ!

一瞬の後、アジラの口から火炎がほとばしる。
だが炎は目の前の壁に沿って方向を変え、正面から側面に流れてアジラ自身に跳ね返った。
炎を操るアジラ自身にはもちろん炎は効かない。アジラの後ろの壁が少々余波で焦げただけである。

「よ、よし。上手くいった…」
「…ダメ、気を抜くなっ!」

安堵する横島。だが、その彼と美神に式神たちが一斉に襲い掛かろうとする。
その刹那、美神の背後から部屋の中に笛の音が鋭く響いた。

ピリリリリリリリ…!

「お、おキヌちゃん?」

最初の部屋で待機を命じていたおキヌが、いつの間にか部屋の入り口に来て笛を吹いていた。
笛の音に、明らかに式神たちの動きが弱くなり、冥子の苦悶の表情も少し治まる。

「…今よ!」
「あ、うっす!」

安全を確認し、冥子に向けて文珠を発動させる横島。

文珠が功を奏すと、程なく冥子の表情が穏やかになり、式神たちは冥子の影に戻っていった…。




どうやら六道家のあの性格は、式神たちにとって居心地のいいものであるようだ。

「「あの私は、一緒に居て辛かった」って、式神たちが言ってるわ〜〜」
「はぁ…。どういう理屈なのかしら?」
「環境悪化に耐えかねて暴れたんでしょうかね?」

どうも冥子の性格が変わったことは、式神にとって気分の悪い状態だったとか。
その状態が長く続いたため、ストレスになって式神が暴れだしたらしい。

「それで、私の笛がよく効いたのかもしれませんね」

あの時、おキヌは笛が予想以上に有効なことに気づいて、美神たちを援護しに来たのだ。
笛の音で癒された式神は、元々理性が飛びきっていないためもあり、簡単に大人しくなったのである。

翌日に冥子を六道家に連れて行った時に聞いてみたが、当主もその細かい理屈までは知らないという。

「ただ、過去に跡継ぎに複数の子供が生まれた場合、のんびりした性格の方が後を継いでるわね〜〜」

そうでない性格の子は式神を全部操ることは出来ないらしい。
のんびりした性格が式神の魂を慰撫するのではと推測されている。逆に言えば、それ以外の性格では十二神将に向かないということだ。

「だから、のんびりした性格の冥子は、跡継ぎにぴったりなの〜〜。あとは、しっかりしてもらいたかったのよ〜〜」

それなのにこの子は、変な誤解をして…と、六道当主は冥子をじろっと見やる。

「うう〜〜。早とちりしてごめんなさい、お母様〜〜」

六道当主は、美智恵との会話での「やり直し」というのはただの冗談だとはっきり答えた。
子作りはもとより、養子やら記憶操作やらもやるつもりはない、と。これまでの過保護さから考えれば当たり前だった。
もし何かするにしても、冥子を捨てるわけにはいかないのだから、再修業くらいしかすることは無いだろう。

「やっぱり、結局は修行のし直しということに落ち着くわけね」
「でも、冥子に掛けた令子ちゃんの催眠術、使えるかもしれないわ〜〜」
「え?」
「いつまでも冥子が頼りにならないままだと、GS資格を剥奪されるわ〜〜。それよりはいいかもね〜〜」

ある意味最後通牒とも言えるこの母の言葉に、冥子は顔色を変え難色を示した。

「ええ〜〜! 式神たちが、嫌がってるわよ〜〜」
「…だったら、そんなことしなくても済むように、人並みの度胸だけでもつけるようにしなさい〜〜!」
「は、はい〜〜! がんばる〜〜!」

式神たちのため、という理由がついたことにより、どうやら冥子もこれまでよりは積極的に修行するつもりになったらしい。


「まあ、一件落着かしら」
「建物の補修代が出てよかったですね」
「家具も、向こうのお古だけど、いいのをもらえる約束しましたし」

六道家からの帰り道、迷惑料かつ口止め料としていくばくかのお金を受け取った美神たち。
美神たちの自業自得の面もあったのでプラマイゼロといった額ではあるが、友人の進歩が少し嬉しいのか、美神はいつもよりは機嫌が良さそうであった。
と、ふと美神は横島の方を振り向いて尋ねる。

「そうそう横島クン。昨日アジラ相手に変化させた霊波刀だけどさ…」
「ああ、とっさに思いついたんすけど。相手の攻撃の方向を曲げて相手に返すナイスな技なんで、何か名前付けようかな」
「凄いですねー。でも、それがどうしたんですか、美神さん?」
「えーっと、あの釣鐘の先に棒が付いた形、どっかで見た気がすんのよね…」

長い柄と、その先に付いた壁。壁は相手側に曲面を描き、半球形になる。

「そうっすか? 俺はチューリップに似てると思うんですが、もっとカッコいい名前つけたいんすよね」
「んー? そんな綺麗な物じゃなくて、道具入れとか押入れとかで見たような…」
「釣鐘の先から柄が伸びて…ああっ! 分かりました!」
「え、なんだい、おキヌちゃん?」

リバース何たらとか技名を考えていた横島は、いい名称が浮かぶかもと期待して問い返す。
だが、おキヌの答えは予想外のものであった。

「トイレのつまりを取り除く製品です!」

その場でひっくりこけて地面にめり込む横島。
一方で美神はぽんと手を叩いて納得していた。

「ああ、それだわ! トイレスッポン!」
「違いますよ、確かゴム吸盤とかラバーカップとか言うんです」
「すると名前は、ハンズ・オブ・ラバーカップ(ゴム吸盤の手)になるのかしら?」
「ラバーカップ・オブ・グローリー(栄光のゴム吸盤)じゃないですか?」

美女と美少女がトイレ関係の話題で盛り上がるのもあれだが、そんなことは今の横島にはどうでもよい。
自らこけて掘った穴の中で横島は涙を流す。折角編み出した技が、掃除道具になってしまったのだ。

「んな名前付けれるかっ! 二度とやらんぞあんな技ーっ!」

雲ひとつない青空の下、彼の絶叫には誰も答えず、ただ塀の上の野良猫があくびを返すのみだった。


END


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