インデックスに戻る(フレーム有り無し

▽レス始

「対抗呪文(GS)」

zokuto (2005-07-03 22:33)


 昔はかわいい女の子だった。
 今でも全く変わっていないと僕は思う。
 外側を覆う殻は、硬く厚く、またとある方法を使わなければ外せない風になってしまったが、それでも中身は確実に昔の輝きを失わない……いや、新たに真珠を生み出しているに違いない、と信じている。

 令子ちゃん。
 先生の娘で、妹のような存在だった君が、何故今僕を悩ましているのだろう。

 外面は大きく変わっていた。
 幼い印象は消え去り、女性としての評価も、おそらくはランクの高いものであろう。
 女性を外見で判断することはあまり感心できないことではあるが、事実はそうだ。
 気高く、屈せず、美しい。
 才能もある。
 家事もできないわけではない。
 独自の価値観を持ち、それを尊重している。

 まさに現代の女性の鏡たる女性だった。

 僕はさながら、若く経験の少ない少年のように恋をした。
 数年前までは逆の立場だったのだが、それにためらうことはなかった。

 僕の理想の女性、令子ちゃん。
 なんで……。


 食いしばった歯は噛まず。
 口の中に鉄の味が広がっていく。

 黙して語らぬ家。

 かすかな水音、大きなあえぎ。
 暗い廊下に光の切れ目、ドアの隙間。
 わずかに見える光景を、僕は信じられないと言った様子で呆然と見ていた。

 僕の……不承不承ながらも認めざるを得ない『ライバル』という存在と、令子ちゃんの二人のみがその部屋に居た。
 たった二人っきりで……。

 喉がからからに乾く。
 目の奥がかっとなり、全身が震えて止まらなくなる。
 霊剣ジャスティスの柄を取る。
 だが、手に力が抜けてそれ以上動かない。

 血が喉へと通っていき、体の先端には血が回らず白ばむ。
 体中の温度が変調していた。
 上半身は熱く、下半身は冷たい。
 息を吸うたびにひゅーひゅーという音がどこからか聞こえた。

 一際大きな令子ちゃんの声が鼓膜を揺らした。

 ひどくみじめな気持ちがした。
 僕は誰にも負けたことはない、今回も僕が勝つつもりだった。
 だが、今の状況ではどうみても僕の負けという答え以外ないだろう。
 何故負けたのかもわからないほど、僕は完膚なきまで叩きのめされていたのだ。

「くそう……」

 涙が瞳から溢れていった。
 袖で乱暴にごしごしとこすり、僕はそのままそこを離れた。
 耳には二人の男と女が絡み合うときの、声やら音やらが染みついて離れない。
 目はあの情景が焼き付いている。

 いくら風の音で耳をふさごうとも、いくら涙で目を閉じようともいつまでも消えない。

「僕が……僕を……」

 長い間味わっていなかった挫折感。
 それが僕を完全に倒し、ついでに踏みつけていったのだ。

 悔しい、他の感情もあったけど、とにかく悔しかった。

「れい……こちゃん……」

 外は小雨が降っていた。
 けど僕は傘も差さずに歩いた。

 気が付いたら公園のベンチで座っていた。
 雨も大降りになり、泣き顔を洗い流してくれる。
 が、それと同時に体温をも奪っていった。

「令子ちゃん……」

 寒い、寒い。
 手が震える。
 ひょっとしたら肺炎にかかって死ぬかもしれない。

「あら? 西条さん……」

 雨音に紛れて声が聞こえた。
 顔を上げてみると、そこには魔鈴君が居た。

「どうしたんですか、こんなところで。 傘もささずに」
「部屋のシャワーが壊れたんでね。 代わりにここで浴びていたのさ」

 まさかこんなときにこんな軽口がでるとは思わなかった。
 自分でも驚いた。

「石けんがないことが悩みなんだが……まさか持っていたりしないよね?」
「持ってませんけど」
「そうか……そうだよね……普通は石けんなんて持ち歩かないよね……」

 首の力が抜け、うなだれる。
 自分が情けなかった。
 「なんでもないよ」と言うことが出来ない自分が、心底情けなかった。

「魔鈴君……君は魔法使いなのだろう。 少し教えて欲しいことがあるんだが……。 例えば……誰かから魔法を掛けられた場合には一体どうすればいいんだ?」
「その魔法は、悪意を持った魔法ですか? それとも善意の魔法? どちらかによりますけど……」
「ぜん……いや、悪意を持った魔法の方だ」

 魔鈴君は流石だ。
 何も聞かずに質問に答えてくれる。
 大の大人が、目を真っ赤にはらし、鼻水を垂らし、雨に打たれてうなだれているというのに嫌悪を顔に浮かばせもしない。
 中世の魔女のイメージとは相反した聖母の慈しむほほえみをたたえている。

「それは……まずは対抗する呪文を唱えることですかね」
「…………」
「つまりはその魔法の反対の効果を持つ魔法を使うんです。 これで打ち消すことができます」
「……それは……できないんだ……」

 馬鹿、馬鹿、と自分の心の中で叱咤する。
 だけど、僕の口はまるで他の生き物のものであるかのように動いた。

「ダメなんだよ……だって……令子ちゃんは……僕じゃなくて……」
「それでダメだとしたら……なんとか軽減する呪文を探すとか? 完全にその魔法を防ぐことができなければ、どうにかして被害を減らすんですよ」

 被害を減らす?
 もう手遅れだ。
 美神ちゃんからかけられた恋の魔法は、僕の胸をこんなにもずたずたにしていったのだから。

「それでもダメなら、帰ってふて寝でもしましょう」

 魔鈴君はあいかわらずにこにこして言った。

 何も知らない、といった態度で。
 何もかも知っている、という瞳で。

 「ふて寝でもしましょう」という投げ槍な回答を述べたのだった。

「そうか……ふて寝か……」
「そうです。 嫌なことがあったら寝ちゃいましょう。 眠っている間は誰でも幸せに浸れるものですよ。 これ、魔女の鉄則です」
「じゃあ、ふて寝でもしてこよう。 ありがとう、魔鈴君。 参考になったよ」

 僕はベンチから立ち上がった。
 雨はいよいよ本降りというところで、強く僕の体を叩きつけてくる。

「あ、傘……」
「いや、不要だよ。 僕は見ての通りここまでぐっしょり濡れている。 今更濡れようがそんなに大差ないさ。 まだ濡れていない魔鈴君を雨に晒すことは、紳士としてしたくない」

 押し出してきた傘をそっと魔鈴君へと傾ける。
 傘の縁からぼろぼろぼろと雨粒が落ち、地面に落ちた。

「でも、風邪を引きますよ?」
「結構。 これから一週間、仕事を休んでふて寝をするんだ。 風邪を引いたというのは、仕事を休むいい口実になる」

 魔鈴君と話していたら、自然と心が晴れてきた。
 さっきまでは絶望に目をとじられていたけれども、今では開かれたように世界が見える。

「西条さん。 新しい恋、見つかるといいですね」
「……なんだ、バレてたのか。 恥ずかしいな」
「私、魔女ですから。 大丈夫、西条さんにはきっと、いい人が見つかりますよ」
「そうか? 『いい女』の魔鈴君が言うならば大船に乗った気でいられるよ」
「はい。 これでも私、男の人を見る目ありますから。 西条さんの未来に祝福がありますよう、祈ってますからね」

 魔鈴君がほほえむと、さっきまで降っていた雨がやんだ。

 ……いや、雲の切れ目だ。

「きっと上手くいきますよ」
「ああ、ありがとう」

 上を見上げると、太陽。
 雲の切れ目は、僕のみをあの雨から守ってくれる。
 その切れ目の中を、振り向かずに僕は歩いた。

 「魔女ですから」その言葉が耳から離れない。
 魔女ですから……魔女ですから……。

 なるほど、本当に魔女だったのか。

 令子ちゃんがかつて僕にかけたのと同じ魔法を、僕にも掛けてしまった。
 どうして僕は、あの魔法にこうもやられ易いのだろうか。

「対抗呪文……か」

 自然と頬が歪む。
 なるほど、対抗する呪文か。
 対抗呪文は、同じ魔法。
 それをカウンターにすれば……。

「晴れ、か……」

 いつの間にか空に七色の虹がかかっていた。
 ふと、口笛を吹いている自分がいた。

「まあ、なんとかなるさ」

 

 

 

 

 

 

「……西条さんから手紙? なにかしら?」

 そういえば西条さんを最近見てなかったわね。
 魔鈴の店の前で花を持っていたりしてたのは見たけど……一体どうしたのかしら?

 西条さんからの手紙は、普通のなんの変哲のない手紙だった。

「つまらないわね」

 私はその手紙は裏表を見て、思い切って開けてみることにした。
 手紙に書かれている内容は不可解なものだった。

 「さよなら」だとか「ありがとう」だとか、何かした覚えもないのに書かれている。

「はて? 一体どういうことかしら、『横島君とお幸せに』って」

 ひょっとしたらあの馬鹿が何か知っているかもしれない。
 私はそう思って、横島君が居る応接間に足を向けた。


『あ、あんっ。 ああんっ!』

 応接間の前で足が止まった。

 あんの馬鹿……人の家で勝手にアダルトビデオを見てんのね!
 あんなヴォリュームを上げたら、外にも聞こえちゃうでしょ。
 いくら人工幽霊の防音装置が聞いているっていっても、近所の家にバレたら一体どうするつもりなのかしら。

 でも……この声、どっかで聞いたことあるような……。

 私は首を捻った。
 このあえぎ声、常日頃聞いているような声なような……。

 思い当たった先にたどりついた瞬間、私は血液が頭に登るのを感じた。

「こんの、馬鹿たれーーーーーーーッ!」

 ドアを蹴破る。
 すると中にいた二人……いや正確には三人がこちらを向く。

「み、美神さん……なんで……今日は出かけるって話じゃあ……」
「キャンセルだったのよ! ていうかあんた、覚悟は出来てるんでしょうねぇ!!!」

 部屋の中に居たのは、横島君。
 それと、横島君の文珠によって投影された全くけしからぬ映像だった。

 あ、あ、あ、あ、あろうことか、横島君と私の3Dの像が……あ、あ、あ、あんな格好で、すごいことをやっているんですもの。
 そりゃまぁ、ガンジーであっても大激怒なわけで。

「殺す、絶対に、殺す……」
「い、いや、ここは穏便に……。 エロ本を見つけた中坊がやることかと思って……」
「たち悪過ぎるのよこんの馬鹿ーーーッ! 誰かが見たら、誤解すんでしょが、このゴミクズッ! クズッ! 鼻紙にも劣るわ、この煩悩魔神ーーーーーッ!!」
「か、堪忍やーーッ!!!」

 

 ちゃんちゃん

 

 
      後書き

 対象の呪文一つを打ち消す。(挨拶)

 どもども、zokutoです、お久しゅう。
 今回は、よく他のSSではさんざんな目を見ている西条さんが主人公のお話でした。
 さんざんな目を見ているかと思いきや、実は勘違いだったのですけれども。

 自分のことを好きだった女の子が、いつの間にか他の人を好きになっていたという失恋はグッとくるものがありますよね。
 ボクの作品はまぁ、その境地に一歩たりとも近づいてはいないわけですが。
 いやはや。

 では、また。


△記事頭

▲記事頭

G|Cg|C@Amazon Yahoo yV

z[y[W yVoC[UNLIMIT1~] COiq COsI