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▽レス始

「わたしのあなた(GS)」

狛犬 (2005-06-24 16:27/2005-06-25 18:37)

 どこかで犬が鳴いている。夜空は満点の星。月は無い。

 そんな夜道を、白いビニール袋をぶら下げながら横島忠夫は歩いていた。美神除霊事務所でのバイトも終わり、今日も今日とてコンビニで夕食を買い、後は自宅に帰るだけ。

「ふふふ、だが今日の俺は一味違う」

 鼻歌交じりにビニール袋を顔の前に掲げる。いつもとは違うずっしりとした重量感に、恍惚と頬を寄せる。

「なんと今日は唐揚げ弁当! 久しぶりにフンパツしたぜ」

 いつもはカップラーメンばかりの彼である。栄養状態は非常に悪いが、時給255円という薄給ではそれ以外に選択肢が無いのだ。500円以上もする弁当の類は、彼からしてみれば二時間分の労働に値することになる。

「なんせ明日は給料日だかんなー。たまには豪勢にいかんとやっとれんわい。最近はおキヌちゃんも飯を作りにきてくれなくなっちまったしなあ」

 ブツブツと独り言を呟きながら歩く姿はうっかり通報されそうなほどの怪しさだが、幸いこのあたりは人通りが少ないため、今は夜空の星以外にそんな奇態を見る者もいない。

 まだおキヌが幽霊だった頃は、よく横島のアパートまで夕飯を作りにきてくれたものだったが、彼女が生き返って以来、さすがに年頃の娘が一人暮らしの男の所へ夜中に出向くのはまずいだろうということになり、最近ではそうした機会も激減していた。事務所に居座っていれば食事は出してもらえるのだが、近頃はタマモやシロといった女性メンバーが増えたこともあって、夜遅くまで事務所にいるのもなんとなく気が引けるのだ。

 と、電柱の影から不意に何かが飛び出してきた。そのまま、素早い動きで横島に飛び掛ってくる。

「おおっ!?」

 驚きながらも反射的に飛び退いて避ける。弁当の入ったビニール袋を左手でしっかりと保護しながら、右手から霊波刀を出した。その霊波刀を振り下ろす直前で相手の正体に気が付き止める。

 横島の腰よりも少し高い程度の背丈、そろそろ冬だというのに半袖半ズボンという薄着に、パッチリと開いた特徴的な瞳、そして頭の脇からぴょこんと飛び出した獣の耳は感極まったように小刻みに震えている。

「ケイ! お前、ケイか!?」

「兄ちゃん!」

 弾けるように、喜色満面の表情でケイが横島に飛びつく。子供特有のその甲高い声は少女の声のようにも思えた。パピリオのことが横島の脳裏をよぎる。この位の年齢だと男女関係なく皆似たような声になるのかも知れないな、とそんなことを思った。

「どうしたんだよお前。美衣さんは?」

 きょろきょろとあたりを見回してみるが、それらしい姿は見当たらない。

「母ちゃんは……」

 答える言葉から見る見る内に力が失われていき、そのまま横島の腕の中でケイはぐったりとなった。

「お、おい。どうしたんだよ。しっかりしろ!」

 慌てて体を揺すると、ケイは僅かに身じろぎして、震える瞳で横島を見上げる。

「は……」

「は?」

「腹へった……」

 ぐう、と間抜けな音が響いた。


 がつがつとケイの胃袋の中へと消えていく弁当に心の中で涙しつつ、それでもそんな無邪気な姿を微笑ましく横島は眺める。

「で? 美衣さんはどうしたんだ」

 ケイの食事がひと段落付いたところで改めて横島は尋ねた。以前この化け猫の親子と出逢った山から横島の住んでいる東京までは相当な距離がある。妖怪とはいえケイはまだ子供だ。よほどのことがなければケイ一人でこんなところまでやってきたりしたりはしないだろう。

 案の定、美衣の名前を出した途端、ケイは暗い表情で俯いた。

「母ちゃんは今怪我して動けないんだ」

「な! まさかまたGSが雇われたのか?」

 以前、美神が雇われた原因となったゴルフ場建設の話は別の村に移ったはずだった。それで安心していたのだが、考えてみればその後にまた開発の話がなかったとは限らない。

 だが、慌てる横島にケイは首を横に振った。

「ううん、違うよ。ボクは見てないから分からないんだけど、別の妖怪に襲われたんだって」

「そう、か」

 安心していいものではないのだろうが、それでも人間の仕業ではないと分かって少しだけほっとする。

「それで、怪我の具合はどんな感じなんだ」

「うん、母ちゃんは大丈夫だって言ってたけど……」

 ケイの様子に、彼女の容態があまり良いものではないということを察する。

「それで母ちゃんが横島兄ちゃんにこれを渡してこいって」

 ケイは、ポケットからくしゃくしゃに折りたたまれた封筒を取り出した。

「これは?」

「母ちゃんが、兄ちゃんに手紙だって」

 渡された封筒を伸ばしてみると、確かに宛名のところに『横島さんへ』と書いてある。手紙以外にも何か入っているのか、封筒の下の方が膨らんでおり、ずっしりと重い。

 急いで封を開けようとしたところ、肩越しにじっとその手元を見つめるケイの視線に気がついた。

「お前は手紙の内容を知ってんのか?」

「ボクまだ字が読めないんだ。母ちゃんは兄ちゃんが読んだ後に教えてもらえって」

「……そうか」

 たしかに、あの山の中で親子二人暮しなら文字を習う必然性は無さそうだ。

 焦る気持ちを抑えながら、横島は手紙を取り出し読み始めた。


『横島さんへ。貴方がこの手紙を読んでいる頃、既に私はこの世にはいないでしょう』


 手紙は、そんな書き出しで始まっていた。

 横島は、驚きのあまり手紙を取り落としそうになった。だが、背中に感じるケイの視線に、ありったけの気力を振り絞って平静を装う。まだケイに知られるわけにはいかない、と思った。

 このまま急いで駆けつけたい気持ちを押さえ、手紙の続きを横島は目で追った。




 せっかくあなたに助けていただいた命をこのような形で散らしてしまうのは非常に無念な想いです。今まで人間ばかりを警戒しておりましたが、迂闊にも妖怪同士の縄張り争いに巻き込まれてしまいました。命からがら逃げ出したものの、どうやら私の命数はそこで尽きてしまったようです。

 私だけのことならば、幾多の人間を殺めてきた身、因果応報と諦めもつきますが、ケイは何の罪も無い子供なのでございます。ご存知のように、山で生きていくには、ケイはまだあまりにも幼すぎるのです。群れを作る習慣のない化け猫の身では、ケイを預ける当てもございません。

 ケイの父親は人間だったのですが、彼もまた天涯孤独の身でした。私と出逢った頃は流れの祓い屋をやっていたようでしたが、それ以外のことは私も知りません。あまり自分のことを語りたがらない謎の多い人でした。人と交わろうとしない主人の姿を疑問に思い、親しい人間はいないのか、と尋ねたこともありました。ですが、自分の知り合いはとても遠いところに居るためもう会うことは出来ないのだ、と言うばかりなのです。何でも、私に出逢う前に主人は何かの目的を持って旅をしていたそうなのですが、その途中で行き先を間違えた上に事故に遭い、そのまま帰れなくなってしまったそうなのです。そんなことを悔しげに私に説明するときの主人の表情は、なんとも言えない悲しげなものでした。そんな次第ですから、主人の知り合いという方が今何処にいるのかも分かりません。

 主人は、初めて出逢ったときから既に私のことを知っていたのではないかと、そんなことを思わせる不思議な人間でした。しかも、霊能力者であるにもかかわらず、化け猫の私にも分け隔てなく接してくれたのです。そんなところは横島さんに似ていたのかもしれません。私がケイを身ごもったときも、逆に私のほうが心配になるほどに大はしゃぎで喜んでいたのですが、ケイが生まれるほんの少し前に急に体調を崩してしまい、そのまま火が消えるように亡くなってしまいました。古傷が祟ったということなのでしょう。「とことん運命に嫌われたらしい」と病床で主人は申しておりましたが、今となってはそれがどういう意味だったのか、私には分かりません。

 以上のようなわけでして、ケイには私以外に頼る者がいないのです。

 横島さんにこのようなことをお願いするのは筋違いだと理解してはおりますが、どうかケイをしばらくの間預かってはいただけないでしょうか。長くとは申しません。ケイが一人で生きて行けるだけの力を身につけるまでで良いのです。

 既に一度助けてもらった身でありながら再びこのようなことをお願いするのは厚かましいとは存じておりますが、私たち親子には貴方以外に頼れる方がいないのです。何卒よろしくお願いいたします。

 勿論、あなたの好意だけに縋ろうとは思っておりません。ケイに渡した封筒の中に、主人の形見を同封しました。門外漢の私などに詳しいことは分かりませんが、主人の話を信じるならば非常に価値のあるオカルトアイテムなのだそうです。どうぞ、お受けとり下さい。

 最後に、ケイへ。

 私は、いえ私達は、あなたのことを心から愛していましたよ。あなたのお父さんと出逢い、あなたが生まれてから今までの日々は、私の一生の中で間違いなく一番幸せな時間でした。あなたに会えなくなるのは辛いけれど、どうか強く生きてください。

 あなたのお父さんも、あなたが生まれてくるのを本当に楽しみにしていました。ケイという名前を考えたのもお父さんなの。あなたがまだ生まれる前から「男の子でも女の子でもこの名前なら大丈夫だ」って、それはもう物凄く張り切っていてね。あなたはまだ字を書くことが出来ないからわからないだろうけれど、あなたの『ケイ』という名前は漢字で『蛍』と書くの。「ホタルには恩があるから」っていうのがお父さんの口癖で――。




 それ以上、手紙を読み進めることが出来なかった。今度こそ横島の手の中から封筒と手紙がすべり落ちる。コトンと音を立てて床に落ちた封筒の中からは、見覚えのある青い宝玉が転がり出た。

 ケイの父親の形見。

 それが文珠という名前の――確かに非常に価値のある――オカルトアイテムだと言うことを、彼は恐らく誰よりも知っていた。

「……どうしたの? 兄ちゃん」

 背後から訝しげなケイの声が聞こえる。だが、横島は振り向くことが出来なかった。ただ、自分の足元に転がる文珠を見つめる。その肩が小刻みに震える。

「ねえ、どうしたんだよ。兄ちゃん? ヨコシマ兄ちゃん」

 呼びかけるその声は、懐かしいあの人にも似て。

「ねえ、ヨコシマ――」


 わたしのあなた。


<終>


後書き
 ネタは忘れないうちに書き記せ、ということで投稿させていただきます。タイムスリップものしか書けんのか、というのはともかく、この手の一発ネタは誰かと被りそうで非常に怖いんですが……まだ誰も使ってませんよね?


△記事頭

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