「タイガー、ちょっと付き合ってくれ」
そんな軽い一言に込められた、いつになく深刻な想いに気付きもせず。安易に同意してしまった自分をタイガー寅吉は少しだけ後悔した。
その深刻さに気付いたのは、たった今。
「コーヒーでも飲むか?」
と差し出された、一本の缶コーヒーを目にしたからだ。
たかが缶コーヒーと言うなかれ。それ一本分のお値段で、何とスーパーの特売で、うどんが数袋も買えてしまうのだ!
「無糖じゃねぇけど、いいよな?」
「え、あ、はい。その方がカロリーが取れますケンノー」
ダイエットやカロリーの取り過ぎを心配する世間一般人とは逆に、そんな思考を当たり前のものとしている、都会のサバイバー。
タイガーに相談を持ちかけたのは、そういう意味でも同類項に含まれる友人、横島忠夫だった。
「そ、それで一体何をやってしもーたんですジャ?」
学校の屋上、部外者――特に彼らの雇い主とか――の立ち入りそうにないある意味安全地帯。その安全地帯であるはずの場所で缶コーヒーをすすりつつ、タイガーは恐る恐るそう切り出した。
最初から、何があった?ではなく、何をやった?と聞くあたり、さすがに横島の事を解っている。
それに対して横島は怒るでも、ツッコむでもなく。ただ遠い目をして空を見上げて、こう言った。
「何をやってしまったか、か……」
そして遠い目をして、ふ……と笑みを浮かべ、こんな事を言い出した。
「すまんな、タイガー。だがこんな事を相談できるのは、お前しかいないんだ」
「よ、横島さん?」
祖国でセクハラの虎の名を欲しいままにしたタイガー。彼は女にも友人にも、日本に来るまで縁は無かった。それゆえ、こういったストレートな信頼の言葉に彼は弱い。
柄にも無く、キャラが違うそんな横島の態度に怪しんだり疑ったりする事も無く。タイガーは胸を張って大声で叫んだ。
「何でも言ってツカーさい横島さん!わっしが力になりますケー!!」
「……ありがとう」
横島はそれにニヤリと笑わず、儚げな笑みを浮かべて礼を言った。てかダレだコイツ。
残念ながらここにはそんなツッコミを入れうる人材がいなかったので、そのまま話は続く。
「さっきも言ったが、相談に乗ってくれタイガー。それだけでいい。実はな、俺………………コンプリートしちまったんだ」
「はい?何をですカイノー?」
タイガーの疑問に答えず、一方的に話し続ける横島。
「美神さん母子、おキヌちゃん、エミさん、冥子ちゃん、小竜姫様、ワルキューレ、魔鈴さん、シロ、タマモ、ベスパ、暮井先生、そのドッペル、愛子を始めとするクラスメート、六女の皆……グーラーやミイさんなんかは探しに行くのが大変だったっけ……」
戦慄するタイガー。横島が口にしているのは、およそ考えうる女性陣すべてではないか。そのメンツには当たり前のように神魔や妖怪までが含まれている。
一体……一体、この男はこれだけのメンバー相手に何をしたというのだ!?
聞くのが怖い。
だが、聞かねば……延々と女性の名前を挙げる彼の口から、更なるヤバいブツが飛び出さないとも限らない。いや、既に一発目から美神母子と来ているあたり、ヤバいっちゃーヤバいのだが、そこに3人目の美神が含まれていたりしたらっ…!!
「横島サンッ!!」
「パピ……なんだ、タイガー?」
パピ?パピってまさか……と該当する名前を検索しようとする自分の頭を意図的に戒め、タイガーは叫ぶ。というか、勢いがないと聞けそーにないから、叫ばないと聞けない。
「コンプリートって……アンタ一体ナニをしたとゆーんジャ〜!!」「ジャーッ」「ジャーッ」「ジャーッ」
何も遮る物のない屋上だというのに、エコー利かせてシャウトするタイガー。
さっきまでの感動など、もはや心のどこを探しても見当たらない。彼の心は、得体の知れない恐怖でイッパイイッパイだ。
「ああ、それを言ってなかったな…」
そんなタイガーとは対照的に、何か別人のように悟った態度で語りだす横島。
「俺さ。いっつも欲望のままに、ストレートに行動に移しちゃー失敗してたろ?」
「は、はぁ、まぁそーですノー」
衝動のままにルパンダイブ。彼女のルシオラにすら、今だっ!とばかりに襲いかかる。見たいからと覗き、触りたいからとセクハラする。
セクハラの虎と呼ばれた自分の事を棚に上げて、タイガーは、コイツを野放しにしていていいのか?という疑問を覚ずにはいられなかった。
「でさ。俺、考えたんだ」
横島さんが考えた!?
なにやらそのフレーズだけで、湧き上がる嫌な予感を抑えられないタイガー。
だがその予感は違った方向で裏切られる。
「ちゃんと計画を立てて覗けば、見つかりにくいんじゃないかって」
「………………ハ?」
「相手のスケジュールを把握して、着替えや風呂にかかる時間や、気配の察知能力の有無、その範囲。複数の侵入経路から逃走経路。万一の時の身代わりや囮と言い訳。可能な場合は友軍も用意した。煩悩や霊力で察知されないための工夫とか、その他諸々……考えうる限りを……俺は、実行したよ……」
「は…、はぁ……」
何かをやり遂げ頂点を極め、その後に来る虚しさを漂わせながら、独白し続ける横島。
「内通者を見つけ出し、魔界軍の拠点やスケジュールを把握し、時には企業を動かしての除霊依頼を使ってまで――俺は、やり遂げたんだ。知りうる限り全員の、美人の覗きを達成したんだよ、タイガー…」
「それは…なんと言ったらいいもんですかノー…」
一味違ったヤバい発言に更に引きつつ、リアクションに困るタイガー。とりあえず、ツッコめばいいと思うよ。どうツッコんだらいいのか難しいけど。
そして言葉に困ったタイガーは、素直に感じた疑問を何とか口にする。
「え〜っと、その割にはちぃとも嬉しそーじゃないのは何故ですジャ?」
「俺は、全てをクールにこなした」
似合わねぇ。
タイガーは喉まで出たその本音を、何とか口内で押しとどめた。
「クール過ぎたのさ。もはや俺にとって覗きは仕事や任務みたいなもんで……情熱を持って実行する趣味じゃあ、なくなっちまったんだ……」
「……それで、相談したい事ってのは、なんだったんですカイノー?」
いい加減どうでも良くなってきたのか、用件をさっさと済ましてしまおうと、最初の問題に戻るタイガー。その口調はかなり投げやりだ。
「ああ。それでな?覗きのその先に俺は突き進んでいいもんかどうか、俺に匹敵するセクハラの達人であるお前に是非意見を…ってどこに行くんだタイガー?タイガー!?」
この後。一人の大男の良心からの密告により、一人の犯罪者がこの世から抹消されたのは、言うまでも無い。
めでたしめでたし。
なお――
とことんまでシバかれ尽くした少年が、「コレやっ!!俺が欲しかったんはコレなんやーー!!ツッコミ最高ー!!」と叫び、何やら妙な方向に覚醒したらしいが――
それは、余談である。