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「蛇に囚われた(GS)」

狛犬 (2005-06-21 16:40/2005-06-22 18:44)

 決して油断していたつもりは無かった。

 依頼料を理不尽なまでにふんだくられることが分かっているはずの美神除霊事務所にわざわざ依頼してくるだけあって、相手がそこそこ強い悪霊だったのは間違いない。でも、当たり前だけどアシュタロスなんかに比べると雑魚みたいなもんだったし、だからと言って事務所の誰も相手を侮ったりなんかしていなかった。事前の打ち合わせは綿密に行われ、それに沿って万全の配置をとった。どこを見たって、本来なら失敗するはずが無い除霊だった。

 それなのに、このざまはどうしたわけだろう。

 俺は、鳩尾の辺りから突き出した鉄の棒切れを呆然と見下ろす。さっきまで散々動いていたせいでアドレナリンが大量に出ているのか、あまり痛みは感じない。ただ、体を内側からくすぐられているような気持ち悪さを感じるだけだ。大声で助けを呼ぼうと思ったら、声の変わりに血があふれ出してきた。

 本当に、悪い偶然が重なったとしか言いようが無い。

 たまたま、悪霊の放った一撃を避けきれずに正面から受けてしまった。それ自体は霊波刀でちゃんと受け止めたものの、衝撃を殺しきれずに体ごと後ろに吹き飛ばされてしまった。
 場所も悪かった。建てかえる予定だと依頼主は話していたけど、そんな廃ビルの壁の一部は鉄骨がむき出しになっていて、しかもどうしたわけか鉄骨の一本はこちらに向かって突き出していた。吹き飛ばされた俺はそこに交通事故みたいな勢いで叩きつけられちまったってわけだ。さすがの俺もこれはちょっと予測できなかった。やっぱり、運が悪かったとしか言いようが無いのかもしれない。

 で、結果はと言うと……なんていうか、百舌の早贄?

 その後の皆は本当にすごかった。それなりにてこずっていた悪霊だったのに殆ど一撃で倒してしまって、俺のところに駆けつけてきた。おキヌちゃんが泣きながらヒーリングをかけてくれたけれど、傷は全く塞がらなかった。致命傷だってことなんだろう。驚いたことに、あの美神さんまで涙を流していた。このチチとシリが俺のものにならなかったのは残念だけど、まあこんな珍しい表情が見れただけでよしとしようか。
 当の本人である俺はと言うと、これが意外なほどに落ち着いていた。助かる見込みがあるならもっとみっとも無く喚いていたかも知れないが、この傷は致命的だってのが理解できちまったかもしれない。まあ、喋ろうにも声が出ないんだが。

「横島クン!」
「横島さん!」

 美神さんの怒ったような声も、おキヌちゃんの泣き声も、遥か彼方のことのようにかすれて聞こえる。足から力が抜けていくのに、体を貫いている鉄骨が支えになって崩れ落ちることも出来やしない。

(ゴメンな……ルシオラ)

 俺の子供として生まれてくるかもしれなかったかつての恋人に謝る。
 段々と視界が白く染まっていく。手から力が抜ける。

 そうして、横島忠夫はこの世界から消え去った。


「――我、竜神の一族小竜姫の竜気をさずけます……そなたの主を守り 主の力となりて その敵をうち破らんことを……」
 なんだか懐かしい声が聞こえる。
 水の底からゆっくりと浮かび上がっていくように、徐々に意識が輪郭を取り戻していく。
 まず把握できたのは、自分に触れる柔らかな唇の感触だった。そして、そこから流れ込んでくる竜気。
 すっと柔らかな感触が離れると、視界一杯に見覚えのある女性の顔があった。
「しょ、しょ、しょ……」

 小竜姫さま!?

 自分が置かれた状況が理解できないうちに、小竜姫さまが口を開いた。
「バンダナに神通力をさずけました。後は貴方しだいです」
 ニコリと笑ってされる説明も、ほとんど右から左に聞き流す。いや、聞いていなくたって小竜姫さまがこのとき何を言ったのかはちゃんと覚えている。でも、そのことが俺のおかれた状況を嫌でも思い知らせてくれる。
 これは、昔懐かしいGS試験直前のやりとりだ。メドーサの悪巧みを阻止するのを協力して欲しい、と美神除霊事務所に依頼を持ちかけてきた小竜姫さまが、俺もGS試験に出ないか、なんて突然言い出して、バンダナ越しとはいえキスまでしてくれたんだ。忘れるはずが無い。
 で、この状況から導き出される結論は一つしかない。

 つまり、俺は時間を遡ってしまったってことだ。

 まあそれ自体は良い(本当はよくないが)。なんたって知り合いには時間移動能力者が二人ほどいるし、俺自身何度かタイムスリップを経験したことだってある。こんなわけの分からん状況には慣れっこだ。……言ってて悲しくなるのはともかく。

 そんなことより問題は――。

「小竜姫さまああああああ!!」
 有り余る煩悩がメーターを振り切ったのか、小竜姫さまに向かってダイブする横島忠夫。それを背後から踏みつけて止める美神さん。呆れ顔のおキヌちゃん。そんなありふれたやりとり。それを傍観者の視点で眺める俺。

 そう、問題なのは……。

(なんで俺がバンダナになっとんじゃああああああ)

 横島忠夫の頭に巻かれたバンダナの中から、声にならない声で俺は叫んだ。

 つまり、問題はそういうことだった。


 よし、とりあえず落ち着いて状況を整理してみよう。悲しいかな、訳の分からない状況には慣れっこなはずだ。ひたすら落ち着け、俺。
 まず確かなのは自分がバンダナになってしまったということだ。それだけははっきりと分かる。
 試してみたが、自分の意思で動くことは出来そうに無い。ただ、スクリーンに流れる映像を見ているように漠然と周囲を認識することしか出来ない。触覚はぼんやりとしたものしか無いし、嗅覚はまるで無い。口が無いので味覚に至っては確かめようも無いし、当然喋ることも出来ない。
 バンダナに憑依したのかと思って、ここから抜け出てみようと色々やってみたものの、俺の幽体がバンダナから抜け出ることは無かった。どうも普通の憑依とはワケが違うらしい。本当にバンダナそのものになっちまったみたいだった。

 結論:何もできません。

 ――って、それで済ませるわけにもいかない。でも、こんな状態じゃ誰かに相談することも出来ないし(まず声が出ない)、反則技の名を欲しいままにしてきた文珠を作り出すことも出来ないようだ。まさに八方塞がり。
 と、ここで大切なことに気がついた。

(おい、バンダナ、いないのか? いるんだろ? 頼むからいるって言ってくれ)

 心の中で必死に呼びかけるものの、返事はない。
 過去の通りなら、この中には俺の師匠だった心眼がいるはずだ。それなのに、現在バンダナの中には俺しかいない。
 過去の俺は、美神さんによって無理やりGS試験の会場まで引きずられていく。その光景を見ながら、出るはずも無い冷や汗が流れるのを俺は確かに感じていた。

 つまり、過去の俺の師匠役を俺がやらなきゃならんってことなのか?


 全部を覚えているわけじゃないけれど、多分過去と同じようなやりとりを経て、俺はGS試験の一次審査の会場へと連れてこられていた。横島忠夫の頭に巻かれたまま。。
 一次審査の内容は霊波の測定で、一列に並んだ受験者たちに霊波を放出させ、その出力が基準を満たしているかどうかを測定するという実に単純な試験だ。
 並んだ受験者の中、右隣にはピートが、そして坊さんみたいな格好をした男を一人挟んだ左隣にはチャイナドレス姿のミカ・レイさんがいる。これは美神さんが変装した姿だ。こうして見れば、どうしてあの時気が付かなかったんだって位まんま美神さんだった。
 その大胆に切れ込んだチャイナドレスのスリットを目にしながら、全く興奮していない自分を発見したときには絶望的な気分になった。俺の霊力の源である煩悩が湧いてこないんじゃ本当に何も出来ないということもあるし、何よりこの年で不能なんてのはホントに勘弁して欲しい。どうもバンダナになってしまった時点で煩悩も消失してしまったようだ。まあ、どれだけ煩悩を膨らませたところでそれを成就させる方法が無いのだから無理もないのかもしれない。
「13番のバンダナ。精神を集中させたまえ」
 試験官の注意で我に返る。一瞬、俺のことに気がついてくれたのかと思ったが、どうやら過去の俺を呼んだだけのようだ(ややこしい話だ)。
 そして、その過去の俺からは少しの霊波も出ていない。当然だ。この頃の俺は単なる荷物持ちに過ぎなかったんだから。
「18番、32番失格。2番と11番、帰っていい!」
 霊力が規定の出力に達しなかった周囲の受験者達はどんどん落とされていく。
 まずい、このままじゃ俺まで落ちちまうじゃねえか。どうやって受かったんだっけ、この時は。
 過去のことを思い出そうとしてみるが、一次審査なんか気が付いたら受かっていたという以上の記憶が無い。どうすりゃいいんだ。

「おお!」

 と、過去の俺が左隣にいるミカ・レイさんの姿に気がついた。その大胆なスリットから覗くおみ足に、見る見る内に過去の俺の体から煩悩があふれ出す。そして、それは同時にバンダナの中にも流れ込んできた。

 これならいける!

 慌ててその煩悩をかき集めて霊力に変換する。同時に、風船を膨らませていくみたいに認識力が増大していくのを感じる。さっきまでは周囲の映像を見るのが精一杯だったのが、今では霊視染みた真似まで出来るようになっている。
「よーし、そこまで。9番、44番、28番、13番、君たちは合格だ。二次試験の会場に向かってくれたまえ」
 ようやく出された試験官からの終了の合図に、ほっと霊波の放出を止める。
「え? 一次審査受かっちゃったの、俺が?」
 過去の俺は、信じられないとばかりに隣のピートに話しかけている。その様子を苦笑交じりで眺めた。確かにこれじゃ俺が一次審査のことを良く覚えてないのも当たり前だ。単に美神さんのフトモモを見てただけじゃねえか。なんだか腹立たしいような、納得できるような、面映い気分だ。
「自分で気が付かなかったんですか? すごい霊波を出してましたよ。そのバンダナに目が開いて……」
 だが、ピートの言葉でそんなノスタルジックな気分も吹き飛んだ。
 さっきバンダナに目が開いていたってことは、正真正銘俺が心眼だってことだ。何がどうなってこうなってしまったのかはわからないが、もし歴史通りに物事を進めるなら、俺はこのまま心眼の役目をしなきゃならないってことになる。
 理不尽な目に合うのは慣れてると思ってたけど、幾らなんでもこれは無いだろう。
 あんまりといえばあんまりの事態に、俺は泣きたくなった。

 でも、体が無いので涙も流せない。


 一次審査の時の霊力を蓄えておいたので、今の俺はその辺の雑霊程度の存在感は持っている。つまり、霊波を振動させれば周りの人間と会話をすることもできる。自分の陥った現状を誰かに伝えるなら今がチャンスだった。
 でも……そうすることを俺は躊躇していた。

 ――宇宙意思の反作用。

 アシュタロスとの戦いの最中に美神さんが使った言葉だ。
 時空は変更を加えようとすると元に戻ろうとする力が働く。過去にタイムトラベルをして歴史を大きく変えるようなことをしても、思わぬところで別の事件が起きて元と良く似た流れになる。
 アシュタロスはこの反作用によって負けたようなもんだ。あの時、宇宙意思に反していたのはアシュタロスの方だった。だから風は俺達の方から奴に向かって吹いていた。
 ってことはだ、もしも俺がここで未来のことを説明しても、結局のところ何も変わらないんじゃないか? いや、それどころか時空の復元力が俺達に向かって作用するかもしれない。それだけならまだしも、復元力の揺り戻しが大きすぎてうっかりアシュタロスが勝ってしまったりしたらどうする。
 幸い二次試験の一回戦の相手はまたドクターカオスだった。心眼の出番が必要ない試合だ。俺は、バンダナの中で迷い続けていた。

 歴史通り、試合はカオスの反則負けにより横島忠夫が勝利した。


 夜になって過去の俺が完全に寝入るのを待ってから俺は行動を開始した。蓄えた霊力をバンダナから体へと流し込み、霊力を満たす。一種の憑依状態を無理やり作るためだ。こんなことをするのは当然初めてなので巧くいくかどうかわからなかったが、やってみると案外簡単に成功した。
「やっぱり俺ってときどきスゲエな」
 呟きながらせんべい布団の上に身を起こして胡坐をかく。手を開いたり握ったりしてみると、普通に体を動かすのと殆ど変わらなかった。でも、今ある霊力だけじゃ長いことは持ちそうに無い。今の状態は、あくまでもバンダナから流した霊力で作り出しているのだ。

 いや、このまま乗っ取っちゃおうかな、なんてちょっとしか思ってなかったぞ?

 とにかく、この状態で何ができるのかを確かめてみるために右手に霊力を集中させてみる。霊力の絶対値が足りないせいで少しだけてこずったが、すぐに手の平には光輝く六角形の盾が浮かび上がった。サイキックソーサーだ。
 次に、それをまた形の無い霊力に戻してから、今度は二の腕全体に霊力を纏わせるとハンズオブグローリーになる。記憶にあるものより少し短いものの、ちゃんと霊波刀にもなった。
「さて、んじゃあ次は文珠だな」
 ここまでは霊力の形をどうするか、という問題に過ぎない。解けた鉄を鋳型に流し込んで何かを作るようなものだ。でも、文珠ってのはそういう霊能とは全く別物だ。さっきの例えで言うなら、鉄から金を作るようなもんだ。
「くそっ……中々うまくいかないな」
 やり方を思い出しながら霊力をひたすら集めていくが、体の勝手が違うせいか巧く纏まってくれない。考えてみれば無理も無いのかもしれない。前はハヌマンとの命を掛けた修行の結果ようやく手に入った能力だ。
 でも、しばらく試行錯誤していると、何とか霊力が変化し始めるのを感じた。
「……と、よっしゃあ! 出来た」
 手の中に、ようやく文珠が一つ生成された。が、どうやらそれで蓄えておいた霊力を全部使い切ってしまったらしい。何かに引きずり込まれるように、意識がバンダナの中へと戻っていく。
「あ、ちょ、ちょっと待てって」
 文珠に文字をこめる暇も無い。気がついた時にはまた元のバンダナの中にいた。どさり、と過去の俺の体が布団の上に倒れる。作り手を失った文珠はコロコロと部屋の隅に転がっていった。

(くそっ)

 こんな有様じゃ何もできやしない。過去の俺のいびきを聞きながら考える。一体、なんだってこんなことになってしまったんだろうか。
 そもそもどうやって過去に戻ってきたんだ? 時間移動体質の美神さんは離れた位置に立っていたから影響もなさそうだし、悪霊が変な能力を使ったようには思えない。大体、今の状況は単純なタイムスリップですらない。となると、残るは天下の反則技の文珠のせいだってことになるんだろうけど、あの時ストックしてあった文珠は二つしかなかった。高々二文字で今の状況を作り出すような単語があるだろうか。『過去』じゃ無理だし、『憑依』じゃタイムスリップの説明がつかない。『心眼』ってのもおかしな話だ。そもそもあの時は死に際で、文珠に文字をこめているような余裕は無かった。
 どれだけ考えてみても、今の状況を作り出すような原因は思い当たらなかった。


 答えが出ないうちに、日が昇ってしまった。
 過去の俺は、ぼうっと気の抜けた表情のまま試合会場へと向かう。
「なんなの? そのたわけた表情は」
 見かねたのか、ミカ・レイこと美神さんが呆れたように話しかけてくる。
「ふっふっふ。美神……いや、ミカ・レイさん。悟りの境地っすよ。運がよけりゃ勝つし、悪けりゃ負ける。結局はそれだけのことっすね」
 力の抜けた表情のまま説明する過去の俺。コイツがこんな調子のおかげで、朝から全く霊力が補充できないんだよ。


 美神さんの試合は一瞬で終わった。相手の蛮玄人も相当な霊力の持ち主だったものの、現役最高峰にいる美神さんに勝てるはずも無い。考えてみれば憐れな奴ではある。
 試合を終えた美神さんとすれ違いざまに試合場へと入る過去の俺は未だに腑抜けた表情のまま。
「九能市氷雅、18才です。お手柔らかにお願いしますね」
 が、対戦相手が綺麗な女の子だと分かった瞬間、みるみる内に煩悩が高まり霊力が集まってくる。……俺って奴は。
 で、歴史通りにことは進み、相手の居合いを辛うじて躱したものの、失言の術を使われギブアップさえ出来ない状況に追い込まれる過去の俺。
 このままじゃ刀の錆にされてしまう。それを防ぐには俺が助けに入るしかない。でも……俺は心眼じゃないんだ。
 迷っている内に、倒れこんだところへ霊刀ヒトキリマルが迫る。仕方なく、俺は決断した。

『案ずるな、このような敵に負けるそなたではない!!』

 バンダナの口調ってこんな感じだったよな。
 内心冷や汗ものだが、過去に聞いたバンダナの口調を真似しながらさっき蓄えたばかりの霊力を使って過去の俺へと語りかける。口調まで真似する必要は無かったのかもしれないが、そのくらい気をつけていないとボロが出ちまいそうだ。
「え? だ、誰だ!?」
 過去の俺は混乱していて、とてもこちらの言うとおりに動けるような状況じゃない。だから、俺は大声で叫んだ。
『左に裸のねーちゃん!』
「何!?」
 もはや本能とまでいえるほどの反射速度で顔が横を向く。一瞬前まで頭のあった位置を、ヒトキリマルの刃が掠める。
『すぐに起きろ。次は今より早い攻撃が来るぞ』
「バンダナが喋ってるのか?」
『いかにも。小竜姫の命によりそなたを守り敵に打ち勝つ力を与えよう』
 なんだか喋っている内にこちらもノってきてしまったようで、つい調子よくでたらめなことを喋ってしまう。
「か、勝てるのか?」
 うろたえる過去の俺に、不必要なまでに自信満々に答えてやる。
『無論だ! 神剣の達人、小竜姫の竜気を受けし我を信じよ』
 いや、竜気は受けたみたいだけど、それでどうしたって言う話なんだけどな。
 でも俺の詐欺みたいな言葉に過去の俺は急にやる気を出し始めた。まあこの辺は自分自身のこと。操縦の仕方は誰よりも心得てるってもんだ。
 相手もそれなりの使い手だったものの、こっちも伊達に未来でGSとして活動していたわけじゃない。俺の指示通りに動いた過去の俺は、煩悩パワーを使って勝ち上がることに成功した。

 ――歴史通り。

 そう、歴史通りだ。と、いうことはこれから先も歴史通りに進めていかなきゃならないってことなんだろうか。
 あの時、雪ノ丞との戦いの最中に俺を庇ってバンダナは消えてしまった。つまりこのまま歴史通りにことを運ぶとすれば、俺も最後に消えなくちゃならないということになる。
 なら歴史を変えるか、となるとやはり躊躇してしまう。なにより、現在の横島忠夫の力では、俺がどれだけアドバイスをしたとしてもそれで雪之丞に勝てるようになるわけじゃない。こればっかりは幾ら未来を知っていてもどうにもならない。情報戦ならともかく、GS試験が小細工抜きで正面からぶつかり合うタイマンである以上、未来の知識はほとんど役に立たない。少なくとも俺にはこの時点での横島忠夫が確実に勝つ方法なんて思いつかない。
 俺の正体をばらしたり、早い段階で白龍GSがメドーサの部下だってことをばらしたりすれば雪之丞と戦わずに済むかもしれないが、その後の展開がどうなるのか読めなくなるので危険な気がする。メドーサがそれでどう動くのかも分からないし、時空の復元力とやらも怖い。

 結局、どうするという決断もできないまま歴史通りに進めた結果、過去の俺は陰念に勝ってベスト16入りを果たした。これもまた歴史通り。
 今なら、アシュタロスと戦った後、過去へと帰った隊長の気持ちが分かるような気がする。未来を知っているということは、それ以外の選択肢を選ぶのを極端に臆病にしてしまう。しかも、未来が最悪だったのならまだしも、それなりに巧くいった未来だったのならなおさらだ。

(……ルシオラ)

 今、俺が歴史を変えようとすればもしかしたら――それこそ限りなく低い可能性に過ぎないのかもしれないが――彼女を助けることが出来るかもしれない。でも、そのせいで失われるはずじゃなかったものが失われてしまうかもしれない。
 結局のところ、選択肢はアシュタロスと戦ったあの時と同じなのかもしれない。

 世界か、恋人か。

 そして、あのときにもう俺は答えを出してしまっているのだ。


(避けられない、か)
 諦めにも似た気持ちで、迫り来る雪之丞の霊波砲を見つめる。残った霊力を放出して、過去の俺の頭から身を躍らせて霊波砲の前へと飛び出す。霊力源である横島忠夫の体から離れたことと、霊波砲をまともに喰らったことで、急速に俺の意識は遠のいていく。
 頼みのバンダナを失った過去の俺はみっともなく混乱している。
(ホントに、俺って奴は)
 その醜態に苦笑しながらも最後の力を振り絞る。
『落ち着け! これしきのことでパニクるな』
 それでも、俺も混乱していたのか口調が少し元に戻ってしまった。心眼っぽく言うなら『混乱するな』とかだよな、ここは。
 これが最後だ、と改めて気を引き締めた。
『私の正式な名は心眼という』
 嘘も最後までつきとおせば嘘じゃなくなるだろう。なら、最後まで心眼のフリをしてやろうじゃないか。
『――自分を信じろ。そうすれば必ず勝てる!!』
 まったく柄じゃないが、力強く言い切る。そうだ、そのために俺はここでこうして消えていくんだから。
 思えば都合の良い霊能だった。ピンチの度に、まるでご都合主義のように目覚めていく新たな霊能力。
 昨夜俺は、過去の俺の体で今後覚えていくはずの霊能力を使ってみた。霊能というのは自転車の乗り方みたいなもので、一度体が覚えてしまえば多少時間が空いたところで使い方を忘れることは無い。用は本人の自覚の問題だ。

 なんてことは無い。本当にご都合主義だったわけだ。

 意識が消えていく。
 俺は、必死に霊力をかき集める。
『短い間だったが、お主の手伝いが出来て……楽しかっ……』
 それ以上言葉を続けることは出来なかった。
 本当に傑作だった。本来なら、俺はあのときにただ無意味に死んでいたはずだったんだ。なら、こんな風に自分自身を鍛える機会を持たせてくれた誰かに感謝しておくべきなのかもしれない。
 この時点から、横島忠夫は加速度的に成長していくだろう。そして、魔族の少女に出会い、恋をして、彼女を失い、その後除霊中の事故で死亡し、最後にまたここへと戻ってくるのだ。

 だが、それも既に俺には関係の無い話。

 やがて最後には何も見えなくなって、俺の意識は暗闇に包まれ、そして消えた。


 「横島……君」
 呆然と、美神令子は目の前の光景を見つめた。悪霊は、激昂した美神が既に祓った。
 横島の背中から鳩尾の辺りにかけて貫通した鉄骨の一撃は明らかに致命傷だった。もう、彼から感じる霊波も微弱なものになっている。おキヌもまた、美神の隣で呆然と佇んでいる。先程まで散々試したヒーリングは効果を発揮しなかった。既にヒーリングが通用するような状態ではないのだ。
 もがくように泳いでいた横島の手が力を失って落ちる。不思議とその顔に苦痛の色はなく、口元には笑みさえ浮かんでいるような気がした。その穏やかな表情に気をとられていたせいか、彼の手の中から文珠が転がり落ちたことに彼女達は気が付けなかった。
 一体誰の意思だったのだろうか。淡い光を放ちながら消え去る文珠に浮かぶのは『牢獄』の二文字。
 がちゃり、と牢の鍵が掛けられる。自らの尾に噛み付く蛇の神話のように、時の流れは円環を描いて獲物を閉じ込める。

 それは、逃れることを許さない――魂の牢獄。


<終>


後書き
 恐らく初めまして。
 最近GSのコミックを全巻読み直したら、急にこんなネタを思いついてしまったので投稿させてもらいました。ダークと呼ぶのもためらわれる程度の暗さですが、まさに小ネタということでご勘弁を。


△記事頭

▲記事頭

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