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▽レス始

「ディスプレイス(GS)」

こーめい (2005-06-18 02:18)

時間が、止まった。

あるいは、凍りついた。

別の表現で言うなら、全員が彫像となった。


夕方も近い事務所の広間。

外出から帰ってきたシロ。

屋根裏から降りてきたタマモ。

買い物から戻ってきたおキヌ。

補習を終えほうほうの体で出勤してきた横島。

一人、部屋で書類仕事をしてたはずの美神。


書類仕事をしてたはず。はずだったのだが。

同じタイミングで部屋に入った一同が見たのは、ソファーに転がる美神。

それだけなら別にここまで固まらない。
美神だって人の子だし、疲れて横になりたいときもあろう。
誰かが部屋に入ってくるのにだらしない姿をしているのは好まないはずではあったが。

「み、美神さん…それ…」

おキヌの震える指先が指したのは、美神の抱えるぬいぐるみ。

そう、彼女はぬいぐるみを抱えてソファーに転がっていたのだ。
二十歳にもなる女性がその姿というのは結構恥ずかしいものである。
が、それにしてもここまでおキヌが動揺する理由はない。

そのぬいぐるみ。
およそ通常の人間と同程度という大きさを持つそれは、おキヌの手作りであった。
連日連夜、暇を見ては作成を続け、ついこの間完成して皆にお披露目をした代物。
彼女の努力の結晶である。

それに抱きついて転がっているのだから、彼女としては自分の作品を気に入ってくれたと喜んでも良かった。
だが、プルプル震えるおキヌはややうつむきがちで、どことなくやばいオーラが漏れ出している。

一方でシロとタマモは、ほぼ完全に思考停止していた。
二人にとっては、美神はあくまで強い大人の女性だった。
それがこんな醜態をさらすというだけでもちょっとショックなのだが、それどころではない。

「嘘で…ござろう…?」
「冗談…よね?」

二人とも目の前の事実から必死で目を逸らそうと頑張っている。
あの美神がこんな行動に出るとは思えなかった。
シロからすればある意味不意打ちであったし、タマモにすれば予想もつかない超常現象だった。
二人が活動を開始するのは、まだもうすこし先だと思われる。

横島は、色んな意味で固まっていた。
美神が案外可愛らしいところもあることは、おキヌ同様付き合いが長いので知っている。
気を抜く時は本当にだらけてしまい、情けない姿を見せることもあるのも知っている。

だが実は、彼はこのどでかいぬいぐるみを見るのが初めてだった。
おキヌはこれを女性だけにお披露目していて、横島には秘密だったのである。
よって、彼はまず最初にこんなぬいぐるみがあることに驚いていた。

しかしもちろん横島とて、人間大のぬいぐるみがあるだけではそんなに驚かない。
彼はこのぬいぐるみの姿と、それに美神が抱きついているという事実、及びそこから推察される事象に驚愕していたのである。

さて。では、なぜみんながこんなに驚いたのか?
その答えは、この場の美神以外の全員の驚きの答えとなりうる。

すなわち。


そのぬいぐるみは、ぼさぼさ頭にバンダナをして、GジャンにGパンを着ていたのである。



少し時間は遡る。

広間で一人書類仕事をしていた美神は、気になっていた人形をじろっとねめつけた。
今朝おキヌが持ってきたぬいぐるみ、等身大タダオ君である。

「何でこんなものを?」
「別にいいじゃないですか」
「別にいいでござるな」
「どうでもいいわ」

なし崩しに、横島がいない間これをこの部屋に置くのを認めてしまった美神だったが、さてその後が面白くない。

おキヌとシロが、ちょっと暇が出来るとこれに抱きつきに来るのである。
ぴょんと身を任せて、ぽふっと受け止めてもらって、うふふっと微笑む。
ぱっと飛び掛って、がっと抱き締めて、顔をうずめたまま尻尾を振りまくる。

衣類は横島のお古をもらったという。また、横島の頭髪を中に入れてあるそうだ。ほとんど身代わり人形である。
これだけ本人との関わりの強いぬいぐるみだ。これにぶつけた気持ちは本人にも少なからず伝わる。それを狙っているのだろう。

機嫌が悪くなった美神をからかうように、タマモまでこのぬいぐるみを敷いた上に寝転んで漫画を読んでいた。
なにやら体をこすり付けているように感じたのは、果たして気のせいか否か。

そんなわけで美神としては、このぬいぐるみが目に入るだけでイラついていた。
幸いにも今、自分以外はこの部屋にいない。これをどうしようが自分の勝手である。

だがさすがに、これを廃棄するのは気が引けた。
おキヌが心を込めて作り上げた代物であるし、彼女と仲違いしたくはない。
それに横島の身代わり人形に何かすると、呪術的に彼本人に害が及ぶかもしれない。
彼本人がいきなり裂けたり燃えたりするのは困る。さすがの彼も呪殺に対して不死身かどうかはわからない。

かといって何もしないではこのむしゃくしゃが収まらない。さてどうしてくれようかと思い悩んでいたが…。

おキヌの幸せそうな顔、シロの嬉しそうな尻尾の音、タマモの笑い声(漫画を読んだから)が頭に響く。
じーっとぬいぐるみを見つめていた美神は、誰もいないのをもう一度確認すると、そっとそれを抱き締めてみた。

途端になんだか体の力が抜ける。頬が紅潮する。体が熱くなる。
身代わり人形は本人からイメージのようなものを受け継いでいた。
特に美神は各種霊能に通じていて、テレパシーも微弱ながら使える。うっかり横島本人のイメージを受け取ってしまった。

「んんんっ…」

さっきまでの気色ばんだ表情はどこへやら。艶かしい声をあげ、そっと押し倒すようにソファーに横になる。
この時点で美神はすっかり周りのことが意識の外になってしまった。


そして数分間の時間を置いて、美神のいる部屋に全員が集結したのである。
等身大タダオ君は、なんだかあちこちしわが寄っていた。美神に散々揉みくちゃにされたものと見える。




その美神は今、硬直したまま頭の中でいくつかの受け答えをシミュレートしていた。

『あー、ちょっと眠くて、丁度いい大きさだったから』
『彼と一緒に寝たかった、ということですか?』

却下。

『ちょっとムカついたんで、サンドバッグ代わりに』
『寝技でもかけていたのでござるか? 不自然でござるな』

却下。

『おキヌちゃんの作ったぬいぐるみの手触りを知りたくて』
『彼の手触りっつーか肌触りを、全身で感じたかったわけね』

却下。

逆切れや逃走も、怒りでオーバーヒート気味の彼女らの方が有利だ。

ダメ。八方ふさがり。打つ手なし。詰み。

結論。どうにも出来ない。

「あは、はは、はははは…」

とりあえず人間、他に何も出来ないとわかると笑うしかなくなるという。
それはおそらく敵意のないことを表し、かつ精神を守るという自己防衛本能なのだろうが、今回はそれが裏目に出たようだ。

じろり

うつむいていたおキヌが面を上げる。その視線は、確実に黒い意思が篭っていた。
表情は物語る。自分ですら頬擦りまでしかしていないのに、あんたは何全身で甘えまくってくれてやがりますか?
しかも部屋に一人っきりで、もしかしたらぬいぐるみを吸ったり揉んだり好き放題やってくれちゃったのでは!?
は、と笑った状態のまま顔すらも硬直する美神。身動きが即、死に繋がる予感がする。

他方で、ざっ、という音と共に、シロが腰を落として身構える。戦闘態勢だ。
まさしくシロはこの時、美神を敵と認識していた。もちろんここで言う敵とは横島に対するライバルである。
おキヌも敵だと知っていたが、敵であることを隠していた美神は最優先攻撃目標だ。制裁が必要。
対する美神は横になった無防備な姿勢。背中に嫌な汗が流れる。

タマモの顔が徐々に変化していた。
それは驚きの顔から、呆れ、疑問、…そして、にやけ。
まるで映画館でポップコーンをつまみながら観賞するかのごとく、彼女は観察者の立場を選び、全員を眺めてにやにやした。
この場の一部始終は、彼女によってあっという間に町中に知れ渡ってしまうに違いない。

そして。

横島は震える手をそっと自分の頬に導くと、躊躇いもなく思いっきりつねった。
顔面の半分ほどがねじれるつねり方である。はっきりいって見ているほうが痛い。
だが横島はそれでもこうのたまった。

「い、痛くない!? これは夢!?」

何かやばい物質が脳から溢れていると思われる。
…よって、彼の次の行動は場のみんなの予想のとおりであった。

「いやしかし、夢でもいいから覚めないでくれぇっ! その愛、受け止めてあげましょう、美神すわあぁぁん!」

その瞬間の彼の動きは、例え超加速状態の小竜姫でも捉えられなかっただろう。
物理法則すら無視して彼の体は宙に舞い、同様に靴から靴下からGジャンからGパンからトランクスから…全てが舞う。

タマモは驚愕と共にそれを見守った。
横島の体は、おキヌの伸ばす手をかわし、シロの霊波刀をすらかいくぐり、そして…美神の突っ込みすらかわして見せた!

「「「「あっ!」」」」

女性四人の驚きの声があがる。ついに横島は、長き悲願を達成してしまうのか?


だが、ここで天の神は横島にそっぽを向いた。
あるいは、このままじゃ面白くないとダメ出しをした。
多分神様はヒャクメみたいな奴であろう。

横島は柔らかい衝撃の上に着地し、その相手を全身全霊をもって強く抱きしめて…唇を奪った。
唖然としてそれを見守る『四対』の視線。

…そして約一分の後、横島は劇画調に叫び声をあげる。


「なんじゃこりゃあああっ!?」


彼が押し倒して情熱的に唇を奪ったのは


等身大タダオ君


であった。
それに気付いたとたん、彼の全身に走る悪寒。

「なっ!?」

自分の体をごつごつした体に抱き締められる感触。
体内の全てを吸い付くさんとする、熱く固い唇の感触。
そして、ぐっと押し付けられる柔らかくも硬く熱い隆起物の感触。

今、身代わり人形は本人との接触によって、自らが受けた仕打ちを本人に伝達していた。

最後のほうから順番に。

倍増して。


「のおおおおおおおおおっ!?」

これを耐え切れれば、しばらく間をおいて次は美神の与えた刺激の番なのだが…。

「がはっ…」

「横島クン!?」
「横島さん!?」
「先生っ!?」

血涙と一緒に吐血した横島は、女性陣の見守る中、静かに息を引き取ったのだった。


「死、死んでないでしょ…」

タマモは丸一時間ほど笑い転げた挙句、息も絶え絶えにようやく突っ込みを入れたとのことである。


おわり


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