事務所からさほど離れていない公園。その開けた場所で、横島は腕を組んで仁王立ちしていた。
彼の目の前にはシロとタマモの二人がいる。
今日は仕事の予定もなく、緊急の仕事も入らなかったため、美神は『本日は解散』と宣言した。
その時に横島が皆に、見せたいものがあるからちょっと付き合ってくれと言いだした。
が、暇だとぼやいていたくせに美神はパス。おキヌは、夕食を凝ったものにするつもりだとかで不参加。
よって、参加してくれたのは目の前の二人だけだった。
しかもシロの方はともかく、タマモは暇つぶしとしか思っていない。今もあくびまじりだ。
あらかじめ予想していたより緊張感のない状況になってしまったが、横島は大げさに咳払いをして話しだした。
「今日は、他でもない。いまいち俺の価値というものが皆に伝わっていないようなので、それを示すために必殺技を考えた」
そう。今から行うのは、彼の事務所での立場を改善せんとする野望に満ちた行動なのだ。
本来は給料の出所である美神に一番アピールしたかったのだが、無理強いして見せても効果は無いだろう。
ならば代わりに、シロタマから伝聞で間接的にアピールすることにする。それが今の横島の考えだった。
「必殺技でござるか!? 先生、すごいでござる!」
シロは単純に興味を示していた。横島に向ける視線が2割り増しで熱くなる。
そう、こういう反応だよ、俺の求めていたのは、と芸人っぽい考えが横島の脳裏に浮かぶ。
「へー」
反してタマモの視線は2割引で熱を失っていた。完全に興味を失ったのかもしれない。
わざわざ人を連れ出して、何かと思えば自己満足な芸の紹介と来た。そんな声が聞こえる。
「い、いや一応見てってくれよ」
あまりの反応に横島はすこしひるんだが、視線が冷たいもののタマモが帰る様子は無い。
せっかく来た以上は笑いの種でも持ち帰らないと気がすまないという感じである。
何はともあれ、まずはこいつらを惹きつけなくてはならない。気を取り直して横島は霊波刀を出した。
少し移動すると、横島の正面には大木の幹があった。この木相手に技を披露しようというのだろう。
ちなみに木の幹なら多少、いや相当傷つけても文珠で直せる。生命力が高いからだ。
「あれ、あたしたちに試すんじゃないんだ?」
「ふっふっふ。結構すごい技だから、食らった方は何が起こったかわからないだろうしな」
「ふーん? じゃあ、名前のとおりの必ず殺す技だと思っていいの?」
「文珠で“殺”とかやるんでござるか?」
「…いや、まあ、必殺はともかく、すごい技だ。二つあるんで、まず片方」
そう言って、左手をぐっと握りこむ。
「いくぞ! てやあああーーーっ!」
瞬間。
横島の左手が輝いたかと思うと、その全身が霞むようにぶれる。
同時に大木から、ドガガガガッ! と連続した炸裂音が響き渡った。
次の瞬間には横島は元のように霊波刀を構えており、木の幹にはいくつもの刀の切り口が走っていた。
見えなかった、とまではいかないが、シロもろくに目で追えない速度で連続で斬撃を叩き込んだようだ。
タマモの方は目がついていかなかったので、本当に一瞬の出来事と感じられた。
「おおおーーっ!」
「へえ…?」
シロは素直に感嘆して見せ、タマモも思っていたよりましな見世物に興味を引かれたようだ。
「ふう。我ながらなかなかの威力だな。この技はタマモを見てて思いついたんだ」
「え? アタシ?」
横島は額の汗をぬぐいながらそう言った。とたんにシロは硬直し、タマモはぽかんとする。
「な!? せんせー! 何故に拙者ではなく女狐を参考になぞするのでござる!?」
敬愛する師匠が、自分のライバルとも言える少女を見て今の技を考えついたと言う。
それならその前に、常に師匠を慕っている自分を見て何か考えついてくれるのが筋ではないのか?
…それが筋かどうかは知らないが、シロの憤りはそういうものだった。
それに対し、横島は格好つけて返答を返す。
「ふっ。さっき技は二つあるって言っただろ? 当然、シロを見て考えた技もある」
その返答だけで矛を収めるシロ。
「何だ、そうでござるか。真打は後回し、今のは前座ということでござるな」
「というか、今のに本当にアタシが関係あるの?」
タマモにはその辺りが納得いかない。自分はあんな攻撃、あるいは似た行動なんかした覚えは無い。
当然のその質問に、横島はまた大げさにうなずく。そしておもむろに解説に入った。
「よし、解説しよう。その名も九尾狐閃(きゅうびこせん)と言って…」
その瞬間、タマモの狐火が横島の頭を焦がした。
「どあっちゃあああぁぁぁっ!? 何しやがる!?」
それまでのシリアスぶった喋り口も忘れて横島が猛抗議するが、しかしそれも敵わぬ勢いでタマモが叫ぶ。
「漫画からパクって何格好つけてるのよ! 一瞬感心したアタシが馬鹿みたいだわ!」
「何言ってるでござるか、タマモ!? 理由によっては捨て置くわけにはいかんでござるぞ!」
「…ちょっと前に流行った有名漫画の“○頭龍閃”って技の真似なのよ」
「え!? 真似? ほ、本当でござるか、先生!?」
そう言ってシロが目を向けると、横島は、すっかりアフロになってしまった頭を抱えてうめいていた。
「うあー、そういやこいつ普段暇そうにしてて、いつも本読んでたっけ…」
横島は、事務所の誰もこの手の少年漫画は読まないと思っていたのだ。
もちろん横島自身も普通の漫画雑誌などまず買わない。しかし学校に漫画持って来る奴はいるので、そいつに借りて読んでいる。
その中で格好いいと思った技を、文珠使えば再現できると思い立って堂々と盗んだのである。
だが思い出してみると、タマモは、シロと遊んだり用事が入っていたりしない時は何かしら本を読んでいた。
横島は、それらは真面目な本、漫画だとしてもせいぜい少女漫画だと思っていたのだが…。
ちなみに横島の想像する少女漫画は昨今いくらか存在するどぎつい系統ではない。本当の少女向けのものである。
「暇だからじゃないわよ! アタシがあそこにいるのは社会勉強なの! 漫画なら世俗が分かるじゃない!」
「せ、せんせい…本当に模倣なのでござるか…」
「くっ、シロ、そんな目で見ないでくれっ! 真似でも、すごい技なのは変わりないじゃないかっ!」
「でもあの名前じゃ、いつか他の誰かも気付くわよ。除霊先でパクリとか言われたら格好悪いわよ?」
その可能性に気付いて横島は硬直した。
なにせ、この技は美神へのアピールだけでなく、女性依頼人などへの格好つけにも大々的に使うつもりだったのだ。
格好つけて人前の除霊で技を披露し、名前を言ったところで「漫画が好きなんですね…クスリ」と笑われる。
真似だと知らない人なら感心するだろうが、知ってる人ならネタにしかならない。
架空であるはずの技を実行できる、ということには感心してくれるかもしれないが。
しかも、美神がそれをパクリだと気付かず普通に感心し、その後で笑われたら、美神もプライドを傷つけられることになる。
八つ当たりでしばかれるかもしれないし、真面目にやれとしばかれるかもしれない。しばかれる可能性は高い。
「くっ…盲点だった…」
「どこが…。頭使いなさいよ」
「せ、先生、気を落とさない方が…」
がっくりと肩を落とす横島を見て、タマモは一つため息をついた。
「で、もう一つってのは?」
「え?」
「シロを見て思いついたって言ってた方の技は?」
「あ…いや、あれは…」
「…そっちも真似事なのでござるな…」
どっちも本当にシロタマを見て考え付いたわけではない。
口実にされた二人も、実害はないのだがなんとなくやるせない。
「どんな技か一応予測つくけど。神速の居合いで…地駈狗閃(ちをかけるいぬのひらめき)ってとこかしら?」
「うぐっ、な、何故!? 俺はまた考えを口に出していたかっ!?」
図星である。
「な!? 拙者、犬ではござらん! 狼でござる!」
「アタシに言わないでよ。その通りのこと考えてたらしい横島に聞いたら?」
「先生っ!?」
「い、いや、“ちをかけるおおかみのひらめき”じゃあ元ネタと比べて語呂が悪いってだけで…」
「語呂が悪いも何も、拙者は狼でござる! 先生には本気で犬扱いはされていないと思っていたのに…」
シロの目尻に少し光るものが見えてしまう。
叱られる時に馬鹿犬と言われるのと、真面目に犬だと思われていたのでは、やはり受けるショックが段違いである。
「う、わ、悪い、シロ! 俺の考えが浅はかだった!」
慌ててなだめにかかる横島だったが、その横からタマモがずばりと言い放った。
「犬って狼が家畜化したものでしょ? 人になついて散歩ねだって、あんた…すっかり家畜じゃない」
シロは固まってしまった。
認めたくないが、反論できない。違う…違うでござる…と呟きが漏れる。
「…あ、いや、人狼は半分人間だから、人になつく方は構わんと思うんだけどな」
横島の方も、時々考えていたことなのであまりフォローできない。
狼はそもそも散歩はしない。というか狩をするのに走り回るからそれ以上の運動を望まない。
駆け回らなくても食事ができる都会では運動欲が出てくるのだ、と言われれば納得するしかないが、
散歩に出かけるときに人を引きずりまわす姿はやっぱり犬としか思えない。
また、人狼の里の面々がドッグフードをおいしそうに食べていたことからも、犬のイメージがぬぐえない。
狼がドッグフードをおいしいと感じるかどうかは知らないが、イメージ的にはドッグフード=犬だろう。
「ところで横島。あのスピードはどうやったの?」
シロがノーリアクションになったので飽きたのか、タマモは横島に解説を求めてきた。
「あ、ああ。文珠に“加”“速”と入れて九回攻撃したんだが」
横島は、霊波刀を出していない方の手の中に文珠を出して発動させたのだ。
ちなみに地駈狗閃は“超”“加”“速”、あるいは“神”“速”のつもりでいた。
「じゃ、元ネタがあるからって九回でやめなくても良いんじゃない?」
「えーと、そうだな…」
「しかも名前が安易よ。格好つけるためにパクるんなら元が分からないようにしなさいよ」
「…技を真似ることに気が向いていてそこまで考え付かなかった」
「そのくせ技を思いついた理由はアタシ達にこじつけて…まったく、知恵を回す場所間違ってるわ」
「ぐぅ…」
外見も、さらに言えば実年齢も幼い少女から説教されるというのはかなりきつかった。
しかし、横島が大人しく聞いていると、タマモの言葉がすこし変わってきた。
「大体こういうパクリをするなら、やり方ってものがあるのよ」
「え?」
たとえばいくつかの技を混ぜてみるとかして…と、何故かタマモによるパロディ技の講義が始まったのだ。
唖然として大人しくしていた横島だが、タマモが挙げる元ネタの種類の豊富さに驚く。
(こいつ…いつも見てるのが漫画ばっかりだとすると、もしかして漫画オタクになってる?)
「口に出てるわよ」
「うはぁっ!? 尻が焼けるぅっ!?」
「単に生まれて間が無いから知識がスムーズに入るってだけよ!」
「し、しかしその漫画知識、新しい奴から相当古い奴まで詳しいとなると…」
「うっさいわね! 他の社会常識も身につけてるんだから、趣味の部分で文句言われる筋合いは無いわ!」
「さ、左様で…」
趣味でいつも漫画読んでる時点でやっぱりオタク化しかけてるんじゃないか、と思ったが、さすがに今度は口に出さない。
憤慨しつつもその自覚がちょっとあるのか、タマモは話題を強引に変えた。
「ともかく! これだけ説明指導してやったんだから、なんかまともな技考えなさい!」
「ええっ!? ちょ、ちょっと待てよ。急に言われても」
「じゃあ宿題! 一週間後に課題の提出を求めるわ」
「…課題っておい」
「返事は?」
「そ、そこは燃やさないでくれ…! うう、分かりました…」
“そこ”がどこだかは不明だが、横島はタマモの指導を受け入れることになってしまった。
後ろでは、名前どおり白くなって固まってしまったシロがまだ呆然としていた…。
後日、横島は3回ほど再提出を求められた後に、何とかタマモを納得させる技を編み出した。
「やった! やったぞ!」
血と火傷と汗と涙が形になった技の完成に、横島は思わず男泣きをした。
横島の努力を間近で見ていたシロとタマモも、ついもらい泣きをしたそうである。
だが、どれも基本的に文珠を使用する技のため、練習で文珠を使いまくってしまった横島は、
「肝心な時に文珠が無いって何だーっ!? 普段の備えというGSとしての心構えが足りん!」
「ちょ、ま、堪忍やーっ!?」
と美神に折檻、説教され、給料をカットされてしまったのである。
大泣きする横島の涙にまたもらい泣きをしたシロタマだが、その意味は前回とは大きく異なったという。
余談だが、犬扱いが応えたシロは、問題の日の翌日から数日間、散歩や横島の顔舐めを中止した。
しかしその間、一日中うめきながらうろうろしていたため、鬱陶しがった事務所の全員一致で散歩が認められた。
「犬じゃないでござる…犬じゃないんでござるー!」
「わかったわかった。だからほら気晴らしに散歩に行こう。な?」
「くうーん!」
かわいらしい返答とは裏腹に、横島を猛スピードで引きずっていくシロ。
それを見送る面々の顔には呆れと苦笑が浮かんでいた。が、
「結局のところもう、シロは飼い主から離れられない飼い犬なのよねぇ。…もしかして一生飼ってもらうのかしら?」
タマモの言葉で、事務所に取り付く人工幽霊が室内の霊波の異常を感じたのは、もう全くの余談である。
END