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▽レス始

「エクスチェンジド!(GS)」

こーめい (2005-05-05 01:28/2005-05-05 01:30)

よっす。俺はGS見習いの横島忠夫だ。
今日、俺は学校をサボっていつものバイトに出勤してきて、事務所の入り口の前にいるわけだが…

「…人工幽霊一号、中で何があったんだ? 敵か?」

中からは怒号やら物を倒す音やら悲鳴やらが聞こえてくるのだ。
うちに恨みを持つ奴の襲撃かなんかなのか? 心当たりは主に美神さんに山ほどあるはず。

『いえ、敵ではありませんが…何と言うべきやら。どたばた騒ぎが繰り広げられています』

学校のあるはずの時間なのでおキヌちゃん、つまりこういう場合の調停役がいないわけで。

「ふーん。じゃあいつもより派手なだけか。入るぞ?」
『…どうぞ』

歯切れの悪い返答をいぶかしく思いつつも、俺はドアを開けた。
とたんに、だだだっと足音もはげしく俺にぶつかってくる人影がある。

「せんせー、おはようござる!」
「ったく、毎朝おま…、えっ!?」

いつものシロの朝の挨拶(舐めまわし)を受け止めるべく声のほうを向いた俺に、予想外の光景が飛び込んできた。

視界に翻る赤い髪。シロの髪も一房だけ赤いが、それと違って全体が赤い。
抱きとめた時に感じる体格及び体重の違い。いつもより明らかに大きい。主に身長と胸。

そして喜色満面の…美神さんの顔!?

「先生ぇー!」
「ええ? のわっ!?」

俺は驚きのあまりその“美神さん?”に突進の勢いのまま押し倒され、

ぺろぺろぺろぺろぺろぺろ…

馬乗りにしがみつかれ呆然としたまま、顔中を舐められたのだった…。



            エクスチェンジド!


体にかかる柔らかくて気持ちよい重み。
鼻をくすぐる吐息と髪の毛。
顔全体で感じる舌使い…。

この舐めまわし、いつもならシロの行為ということで俺の煩悩は働かないようになっていた。
シロは行動にいやらしさを感じさせない健康的なやつだし、歳も若いので色気が足りない。そもそも犬(じゃない狼だと常に主張してはいるが)が顔を舐めるのにエロスを感じてどうするというのだ。
だがしかし! 今日自分を舐め回すのはどう見ても美神さん。煩悩をストップする理由がない。

頬や鼻先を舐められるときのぴちゃぴちゃいう音がエロスを感じさせる。
口の周りのきわどい部分を舌が掠めるとかすかな快感が走る。
間近から薫る女性の甘い香りが、脳髄を痺れさせる。
“美神さん?”のとても嬉しそうな表情が、何と言うか満足感を感じさせてくれる。
しがみついて離れない両腕により押し付けられるバストが、幸福感を生み出して止まない。

煩悩計は最初は零を指していたが、状況を認識するにつれて加速度的に上昇中だった。

通常なら一定値まで溜まると自動的にセクハラが発動するのだが、驚いて硬直しているせいで発動されない。つまりいつもの発動限界を超えてもまだ煩悩が高まり続ける。
この値が限界を振り切ったとき、もはや俺を止められる者はこの世に存在しない!
そう、例えそれが魔神より手ごわい某倫理機構だろうと某投稿規定だろうと!


(待て待て。どう見てもこれはおかしいだろ。突っ走るな)


俺の中の冷静な部分が突っ込みを入れた。
うむ。確かにおかしい。というかこの美神さんはまるでいつものシロじゃないか?


(馬鹿、おいしい状況には変わりないだろうが。ドサクサなんだからもっと味わっとけ)


俺の中の本能に忠実な部分が行動することを勧める。
それももっともだ。抱き返して舌を絡ませるくらいなら罰は当たらんよな。


(おい、こういう場合いつも後で痛い目を見るじゃないか。懲りてないのか?)
(でも何もしないでも痛い目見るんだぜ? 相殺しなきゃ割りに合わねえって)


議論はなかなか終わらない。結論が出るまで俺の行動も止まったままだ。
しかしながら相手の舐め回しは続いているわけで。煩悩計はどんどん上昇しているので、俺の暴走は近…

「やめんかぁーーーっ!」

ドガ!

打撃音と共に、俺の上にのしかかっていた“美神さん?”がうめき声を上げて俺に倒れこむ。後頭部に何か衝撃を受けたようだ。

その衝撃でちょっと唇同士が触れ合ったが、気にする暇もなく続けざまに俺の頭が横方向に強い打撃をうける。

「ぐおうっ!?」

この衝撃に“美神さん?”は俺の上から落っこち、俺自身はその威力のまま横に吹っ飛ぶ。
横転しながら頭を抱え、苦痛に唸りながら顔を上げると、そこにはいつになく怒った顔のシロがいた。

「…シロ?」

…いつになく、どころではない。真っ赤な顔で、まるで親の敵を見るような目で俺と“美神さん?”を見ている。
ていうか今俺はシロに蹴っ飛ばされたのか?
修行以外でシロに意図的な暴力を受けたのは初めてだ。反抗期? などと馬鹿げた考えが頭に浮かぶ。

やがて“シロ?”は右手に持った神通棍を握りなおすと振りかぶり…俺たちにそれを振り下ろした。

「この、私の体で好き勝手に行動するなって言ったでしょー!」
「キャイン! キャイン!」
「ちょ、何で俺もーーーっ!?」

何故か避けられない打撃を“美神さん?”と一緒に食らいながら、俺の頭の中では


(ああ、やっぱさっさと跳ね除けておけばこんなことには…)
(へっ、人生ハイリスクハイリターンさ。当分顔を洗わないでいようぜ)


さっきの俺の一部たちがまだ言い合いを続けていた…。




「大体状況は分かりました。でもなんでこうなったんすか?」

シロから美神さんと一緒に折檻を食らうという貴重な体験をした後、俺は怪我から復活して話を聞いていた。
折檻で疲れたのか、“シロ?”ははあはあと息を荒げている。
“美神さん?”の方は傷がまだ痛いのか、ソファーに突っ伏して目の幅の涙を流していた。

「うう…。この体は鍛え方が足りないでござる」
「馬鹿抜かさないで頂戴。あんたの体こそ道具の扱いに全然慣れてなくてやり辛いわよ」

今のは前者が“美神さん?”の言葉で、後者が“シロ?”の言葉だ。

とっくに判っただろうがぶっちゃけるとつまり、この二人は今、精神が入れ替わった状態になっているのである。
“美神さん”にはシロの精神が入っていて、“シロ”には美神さんの精神が入っている。

「とりあえず原因は判ってるのよ」

今朝、シロが部屋にいるタマモと口喧嘩しつつ階段を下りようとして、うっかり足を滑らせたらしい。
美神さんはその口喧嘩を注意しに階段を上るところだった。
で、美神さんがシロに巻き込まれて階段を雪崩式に落下したという顛末。その時に入れ替わってしまったそうだ。
運動神経のいい人狼が落下中に体勢を整えても、着地地点に人間がいてはどうしようもなかったとか。

「べたべたっすね…」
「言わないで頂戴」
「お約束という奴でござる…」

情けない事実にちょっと黄昏る俺たち。
ちなみにタマモはその後すぐに出かけてしまい、事務所にはいない。

「で、元には戻れるんですか?」
「まあね。結局魂が入れ替わってるだけだから、幽体離脱して入れ替わればいいのよ」

お約束に忠実に行くなら、同じ事をもう一回繰り返してもらいたかったところだ…などとはさすがに言えない。

「拙者は自力で幽体離脱は出来んでござるが、なにやら簡単に出来るものがあるとか聞いているでござる」

小鳩バーガーのことだろうか…。まあバットで頭を強打するよりかは健全な方法…かな?
美神さんは確か自力で幽体離脱できるし。

「じゃあすぐにも戻れるんじゃないですか? それともアレのストックがないとか?」
「アレは賞味期限の関係でストックはないけど、すぐに買えるし問題はないのよ。けど…」

“シロ”が“美神さん”をじろりと睨んだ。

「シロが、『せっかく悩殺ばでーになったんだから先生を一度悩殺したい!』って聞かなくてね」
「クウーン…」
「大人しくさせようとしても自分の体だから無茶できないし、どたばたしてる時に横島クンが来たわけ」

叱られた“美神さん”がソファーの上で丸くなる。…なんつーか、大人の女性のこういう仕草は新鮮で可愛い…。

「だって、拙者がいくら抱きついてもあっさりかわされて悔しかったのでござる。一度くらい良いではござらぬか」

む、いつものことだからと邪険にするのは良くなかったか? 

「あのね。そこでかわされずに襲われた場合、被害に遭うのは私の体じゃないの!」
「先生はいきなり襲う真似はしないと思うでござるよ。現に身じろぎ一つしなかったでござるし」

“シロ”が俺をじろっと睨む。やばい、あの目は俺が煩悩計リミット間近だったことがばれてる。

「いや、しかし、結局何もしなかったじゃないですか」
「…あんたの顔を嘗め回したっていう事実だけで十分よ!」

とっさに後ろに跳び退る。俺がついさっき居た位置に、神通棍の切っ先がめり込んだ。
かわされる事を判っていたかのように“シロ”が俺の元に迫る。さすがに肉体的能力は美神さんより上だ。

「そ、そんならシロを責めるべきでしょうが!」
「あたしの体をいたぶるわけにいかないでしょ! 何もせず受け入れてたあんたも同罪よっ! だいたい…」
「んな不条理な…あれ?」

“シロ”は色々とまくし立てて俺を責める。前襟を掴まれているので逃げることも出来ない。

しかし。

顔を赤くして睨んでくる“シロ”の中にいる美神さんは確かに怖いのだが…いつもほどはプレッシャーを感じない。
それは単にシロの顔だからというわけでもなくて…

「ああ、見下ろしてるからなんだか違和感があるんだ」
「え? …っ!?」

ぽふっと“シロ”の頭に手を置く。

普段美神さんに怒られる場合は、お互い身長が同じくらいで、でも俺のほうが腰が引けているので少し低くなる。すると、美神さんは上から圧迫するように睨みおろすので、さらに俺は縮こまってプレッシャーが増大する。

ところがシロの身長は俺が少し腰が引けててもそれより低い。だから俺の目線も上でなく下を向く。だから“シロ”から見れば俺の高さが下がらないので圧し掛かるようなプレッシャーをかけられない。逆に見下ろされた状態で説教するという慣れない事をしないといけないわけだ。
これらの理由でなんとなく威圧感を感じないのだろう。

「あ、いいでござるな」
「…え?」

そのときソファーの“美神さん”が俺のほうを見ていった言葉はよく分からなかったが、

「拙者も頭撫でて欲しいでござる」

そう言って起き上がりこちらに来る“美神さん”の言葉で気付き、慌てて視線を手に戻す。
俺の手はさっき“シロ”の頭に載せられてから、無意識のうちに撫で撫でしていた。

ってやべえ! こんな子ども扱いした仕草を美神さんにした日には…!?

“シロ”は顔をさっきより赤くして俺を睨んで…睨んで…

あれ? 睨んでない?

「…美神さん?」
「へ…?」

なんとなくぽかんとした顔で、目の焦点も合っていないような感じだ。
顔を赤くしてのその表情は、まるで熱に浮かされたように見える。
シロの体だったせいもあって、俺はあまり考えずに“シロ”と額を合わせてみた。

「…熱は…ないか」
「あ…え、ええっ!?」

急に目の焦点が合った“シロ”は、文字通り目と鼻の先の俺の顔を見て慌てて後ずさった。
よっぽど驚いたのか、息が荒くなって胸を押さえている。怒った? にしては尻尾がパタパタ暴れているのだが?

「あ、あ、あんた、今、何しようとしたのよ! これはシ、シロの体なのよ!?」
「あー、すんません。でも何をしようとしたわけでもないんでそんなに驚かんでも…」

信用ないなーと俺が苦笑している中、“シロ”はまた俺を睨んでいた。
ふと見ると“美神さん”も俺を睨んでいる。こっちはなにやら体をプルプル震わせているようだ。

「えー、と? シロ、どうした?」

俺の質問に答えずに、“美神さん”は右手から細い霊波刀を現出させる。

「そういうことを…なぜ拙者がその体にいるときにしてくれなかったでござるかっ!」
「ま、まて。そういうことって、俺は別にのわぁっ!?」

その言葉を合図に、なんと“美神さん”と“シロ”が二人掛りで俺を攻撃してきた!


…とびびった俺だったが、二人とも、どうやら今の体に慣れていないのに元のとおりの攻撃をしようとしている。

“シロ”の神通棍は、攻撃の手数がいつもより多いものの、リーチの違いからいくつかの攻撃が空を切る。神通棍の出力もどうもいつもより弱目である。おかげでさらにリーチが短い上に威力が低い。

“美神さん”は身体能力が前のままのつもりで行動しようとするから動きが滅茶苦茶だ。普段との手足の長さの違いも邪魔になっている。また、こっちも霊波刀が細くて弱弱しい。当たってもほとんど痛くない。

「ちょっとちょっと、二人とも落ち着いて! ていうかこのくらいの攻撃じゃ生殺しですって!」

結局のところ二人がかりでも、威力としては元の体のどちらか一人の攻撃にも劣るのだ。
さっき“シロ”に折檻受けたときもそうだが、俺はこの程度ではダウンしない。避けていないにも関わらずだ。
そして俺のほうが倒れないので、仕置きしてる側は疲れるまで攻撃し続けざるをえない。

さっきは一緒に仕置きされてた“美神さん”がダウンしたのでそこまでとなったが、今は被害者が俺一人だ。ダウンする振りをするにしても演技力に自信がない。多分美神さんにはばれる。その場合もっと怒るだろう。
しかしこのままだと終わりがないのでは…

「っはあっ、はあっ、ぜえ…」
「ふう、ふう、うう…」

などと考えていると、やがて二人とも疲れてしゃがみこんでしまった。

「…なんだか二人とも体力がなくなってませんか?」

普通に考えれば“美神さん”がばてるのは判るが、“シロ”の方も大きく息をついている。

「ふうっ…。あのね。人間は霊力の発揮に肉体も影響するから、体が変化したら霊力の扱い方も変わるのよ」
「ぜえっ、そ、そういうことでござるか。道理で霊波刀がうまく出せないと思ったでござる」
「どうも攻撃が弱いと思ったら、そういうことですか…でもなんでです?」

なんとなく霊力は魂から出るんだと思っていたけど?

「詳しい理論はおいといても、霊体から肉体を通して霊波が出るんだから、フィルターが替わってしまえば入力と出力の関係も変わるでしょ」
「…それはつまり、映写機と光源のような関係でござろうか?」
「おお、なるほど。つまり前のとおりの霊能を発揮するには、別の出し方で霊波を出さないと駄目、と」

ふうん。自分自身はこの肉体で霊波を出す方法しか知らない訳だからな。そりゃ出力も落ちるか。

「まあね。チャクラから道具に上手に霊力をまわせないし、効率が凄く悪いわ」
「こっちは霊力はあるはずなのに全然霊波刀が集中できんでござる。あと、体が重い…」
「重くないっ! 肉体能力を人狼と比較されちゃ勝てるはずないでしょ」
「それは判るでござるが、どうしても動きが鈍く感じるでござるよ…」

そういえばアシュタロス戦でおキヌちゃんが美神さんの体に入っていたけど…
今の話だとあのときにはネクロマンサーの笛は吹けなかったんだろうか?
いや、あれって使えるかどうかは心に関係するんだし、その点では問題なかったかな…?

「とにかく、慣れない霊力の使い方をしたせいで疲れたってこと。体力そのものはこの体は有り余ってるわ」

俺も霊能に目覚めたころは、何かするたびに消耗が大きかった。今ならそんなに集中しなくても大丈夫である。
これも霊力量が増えたってだけじゃないんだろうな。能力を使うのに、霊体も肉体も慣れてきてるわけだ。
などと考えて納得していると、“美神さん”がふと思いついたことを口にした。

「ということは、例えば拙者が先生の体に入ったら、使い慣れている霊波刀は普通に使えるのでござろうか?」
「霊力の出し方の癖のようなものが違うと思うけど、それさえクリアすれば多分。…あら、横島クン、どうしたの?」

…いま、なんつった?
『拙者が先生の体に入ったら』だって?
それはつまり俺がシロの体に入るってことで、いや、そうだ。今入れ替わった場合は…!

「先生? 何かあったでござるか?」
「…シロ、ちょっと黙って耳を澄ませてみて」

体を入れ替えるのは簡単だそうじゃないか。幽体離脱して入れ替わるだけ。
文珠ならすぐにでも実行できるだろう。そうすれば俺は美神さんの体に入って…」

ごすっ!

「うぐあっ!?」

いきなり正面からナイスパンチをもらった俺は、攻撃に備えてなかったので壁まで転がっていってしまった。
もちろんその勢いで壁にぶつかり、悲鳴を上げる間もあればこそ、素早い追撃が入る。

びしどすばきべしぼくっ!

「これ以上あたしの体を好きに使われてたまるかーっ!」
「うぐおっ!? 霊力を使わない攻撃はシロの能力のままだからきついっ!?」
「美神どのっ!? いい加減拙者の体で先生に危害を加えるのはやめて欲しいでござる!」

さすがこういう場合の適応力は美神さんは随一だ。物理攻撃とはいえシロの体を操るのに慣れてきている。今のは“美神さん”が止めてくれなかったらいつもどおりにダウンしてたな。

「うぐぐ…」
「先生、大丈夫でござるか?」

まだ鼻息の荒い“シロ”の前で、“美神さん”が俺を介抱する。なんとも違和感のある光景だ。

ぽふん

って、これは膝枕!?

「先生はこういう介抱の方が効くでござろう?」
「そ、そりゃもう…。うつぶせになっていい?」
「いいわけあるかっ! …ったく、さっさと幽体離脱バーガー買ってこい!」

突っ込みを兼ねて“シロ”は財布を俺にぶつけた。小銭が少ないのであまり痛くないが。
まあ俺としても、シロの肉体で何度も折檻加えられたら復活が辛い。しぶしぶいくとしよう。

「はーい。一つでいいんすね?」
「そうよ。アレってストックしておくと冷蔵庫の他のものに匂いが移るから」
「りょ、了解っす」
「…幽体離脱用の道具、のはずでござろう? それって一体何なんでござるか…?」

すまん、シロ。アレは人類(じゃなくて貧乏神だが)が生み出した最悪の“元”食べ物だ…。

俺はシロを助けてやれない自分を不甲斐なく思いつつも、涙を振り切って厄珍堂に急ぐのだった。


いかん、遅くなった。
厄珍のやろ、いいビデオ仕入れてんじゃねーか。そっち方面の商売だけでも食っていけるんじゃないか?

「ただいまー。バーガー買ってきましたよ、って、あれ」
「あ、おかえり」

“シロ”が所長机に座ってるから一瞬笑いそうになっちまった。いかんいかん。

「どうでもいいけど、厄珍は冷凍室使ってこれ保存してましたよ。うちでもそうすれば匂いが平気なんじゃ?」
「普通の冷蔵庫の冷凍庫は使いたくないし、それ以外に冷凍できる施設は持ってないもの」
「隠れ家の方にも?」
「…あっちまで毎回取りに行くのはやーよ」

設備はあるんだな…。

で、“シロ”はここに居るとして、あれ?

「美神さん、シロのやつは?」
「傷が痛いって部屋で寝てるわ」
「起こさないんすか」
「傷薬は塗ったから、あの程度なら痛みもすぐ引くわ。戻るのはそれからよ」

あ、痛いままで交代したら自分が痛いからか…。
さすがに美神さんは人狼のシロや煩悩魔人の俺と違って通常の回復は遅いからなあ。怒らせるといきなり復活するけど、中身がシロじゃそれもあまり期待できない。
…てことは俺が美神さんの体に入ってたら、煩悩で美神さんの体が一瞬で回復するんだろうか…? 何か怖いな。

しょうがないので俺はソファーで時間をつぶすことにした。おキヌちゃんは学校だし、タマモはまだ帰ってきていない。暇だな。

うーむ、ナイスバディで甘えてくるシロというのは大変に興奮できる状態だったのだが、残念だ。
…いや、どうせならおキヌちゃんが美神さんと入れ替われば、理想的な女性が出来たのに…。まてよ? その場合はおキヌちゃんがすごい形相で俺をしばくのか? う、それは嫌かも…いっそ俺が入るか?」

「何に?」
「そりゃあ…って、俺また口に出てました!?」

重々しくうなずいてくれた。俺のこめかみに冷や汗が流れる。

「あはは、いやー、この調子でみんな入れ替わったらややこしいな、と」
「どうせその場合あたしの体に誰を入れるかとか考えてたんでしょ」
「ぎくっ」

ため息をついて“シロ”は机を離れてソファーの向かいに座った。

「まったく、判りやすい奴よね、あんた」
「はっはっは。裏表のない人間ですから」
「下心しかないというべきかしら。ま、今後誰かの精神が入れ替わって困ったらあんたのせいってことね」
「くは、全部俺のせいですか。勘弁してくださいよ…」

見ていると“シロ”はそのままソファーで横になる。普段の美神さんは、こんな風にだらけた姿は見せたがらない。

「やっぱり、違う体ってのは疲れるもんなんですか?」

ちょっと心配になってきた。

「え? ああ、違うわ。…なんかこの体は椅子に座ってるのに慣れてなくて辛いのよ」
「…ああ、そういうことですか。まあ人狼の里は和風建築だし、胡坐か正座に慣れてるんでしょ」

まあ半分犬…じゃない、狼だし。骨格とか筋肉のつき方などそういうものが人間とは違うのもあるかも。
しかし、見た目には違和感ないけど中身が美神さんだと思うと妙な感じだな。目の前で横になられるのって。

「…くー」
「って、寝ちゃった?」

あっさり眠ってしまったよ、おい。やっぱり疲れてんじゃないのか? それとも、シロの寝つきのよさは肉体による体質なのか?

「…寝てる姿じゃ中身がどっちでも変わらんなぁ」

当たり前だが、今の“シロ”は普段とも見分けがつかない。のんきな顔で寝息を立てている。それを見ているとなんとなく、普段のシロにたまにするように寝ている頭を撫でてやりたくなった。
あれをするとシロはぴすぴす鼻を鳴らして喜ぶのだが、今の“シロ”だとどうだろう?

…さっき、頭を撫でてた時は怒らなかったよな。

飛び離れた時も尻尾振ってたし、気持ちよかったんじゃないのか?

意識があったらさっきみたいに逃げるかもしれないが、寝てるんなら構わんだろ。

そう考えて立ち上がり、“シロ”の横に座る。
その際に耳が動いた気がしたが、それ以上身動きしないし俺が座った反動で揺れて動いただけかも。

手を伸ばして“シロ”の頭に載せて、そのままそっと撫でる。

こいつの髪はなんだかふわっとしていて手触りがいいんだよな…。特にこの赤毛の辺りが。

ぱたぱたぱた…

ん?

撫で続けていると、ふと妙な音がした。
視線を横に向けると、“シロ”の尻尾がかなり激しく振られている。

「…」

撫でるのをやめると尻尾の動きも止まる。
また撫で始めるとまた動き出す。

…起きてるのか? いや、気持ちいいから無意識に動かしてるだけなのか?
そもそも人間に存在しない尻尾という器官を、意識して動かせるものなのか? って、自分に経験がないから判らん。
無意識だとすると…寝ぼけているのか。起きてれば自分でも尻尾が動いているのには気付くだろうし。

なでなでなで…

ぱたぱたぱた…

撫でると尻尾がはためく。止めると尻尾も力を抜く。そっと手を動かすと、ぴくり、ぴくりと尻尾が揺れる。
丁寧に撫でてやると尻尾の勢いがすごい。わしっと頭を掴むと、びくりとして尻尾が固まる。…面白い。

なーんか、本当に今この体に入ってるのが美神さんだとは思えんほど可愛いな…。
それともこれは単純な体の反応だったりするのか? 感情に反応してるし、そうでもないと思うが。

この人も幼児化したときとかは、こっちの行動にこんな風に素直に反応してくれて可愛いんだが、普段はきついし。
多分本音みたいなところではもっと違う性格なんだろうけど、ひねくれてるし。

この人が素直になれる相手ってのは…やっぱ母親とか神父とか西条のやつとか大人な人だけなんかなー? 
まあ、その辺のエロガキに頼るはずもないか。素直な表情見るにはせめて大人にならんとな…。


…どたどたどた…


「先生! 帰ってたでござ、る、か…」

いきなり“美神さん”が飛び込んできた。

「おう、寝てたそうだが、もう傷はいいのか?」
「…あ、傷はもうほとんど痛くないでござるが…」
「ん?」

なにやら“美神さん”は俺を見て言いよどんでいるようだが、やがて意を決したのか、俺をキッと睨んだ。

「先生! そうやって撫でるのは、拙者だけにして欲しいでござる!」
「え? こ、これ?」

撫でている手を指差す。

「そうでござる。先生の撫で撫ではたいそう気持ちようござるので、美神どのと言えども譲れないでござる!」
「…そんなに気持ちいいのか?」

深くうなずくと、“美神さん”は目の前に来て俺の手を掴んで止めた。とたんに“シロ”の尻尾が動くのを止める。

「別に特別なことなんかしてないんだが…」
「それでもでござる。…先生の撫で方は父上に似ているのでござるよ」

視界の隅で“シロ”の尻尾がびくんと跳ねた。それをいぶかしみつつ、まあそれならしょうがないかと納得する。
何て言ってもこいつ、本来ならまだひとり立ちする年齢じゃないはずだしな。俺の撫で方が親父と似ているから独占したがるというのも、理由としては判る。が…

「って言ってもな。俺に今後一切シロ以外の何も撫でるなと言うのか?」
「出来ればそうして欲しいでござるが…妥協して、1分以上撫でるのを禁止するでござる」

思わず噴き出しかけたが、こいつ本気で言ってやがるな…。いかにも苦渋の決断って顔して何を言うやら。

「あーわかったわかった。そんな大層なものでもないが、俺のゴッドハンドは制限つきにしよう」
「それでいいでござる」

俺の言葉に合わせて重々しくうなずく。顔が美神さんなので威厳はあるが…内容がな…。

「で、幽体離脱のあいてむは買ってきたのでござるか?」
「ああ、しかしその前に準備があってだな。これを使うには衣服が邪魔で…」
「こら」


ごすっ!


うおお、俺のすねがすねが…!

「む、起きていたでござるか」
「…まあついさっきね。で、体の調子はもういいのね?」

“シロ”が身を起こして“美神さん”を見上げる。
“美神さん”は笑顔で「はいでござる」と返答する。うーむ、普段はこんなさわやかな笑顔は見れんな…。
それを確認した“シロ”は、一つうなづくとすっと無表情になって俺に一言言った。

「んじゃ横島クン、お願い」
「え、あ、そっか。判りました」
「…? 何でござるか」

“美神さん”がよく分からないうちに、俺はロープを取り出して“美神さん”を縛り上げる。

「ええ? な、何するでござるか!?」
「すまんシロ。だが、これでも前よりは多分ましなんだ…!」
「なんのことでござるかぁっ!?」
「つべこべ言わず、これを…食らいなさい!」

“シロ”が俺の持ち帰った袋から幽体離脱バーガーを取り出す。
とたんに体がぐらつく“シロ”。

「美神さん!?」
「ぐう、ぬかったわ…。この体、人間より鼻が利くから…」
「え、な、何でござるかそれは…」

それでも鼻を押さえながら幽体離脱バーガーを取り出すと、“シロ”は“美神さん”にそれを食べさせようとした。
その匂いに本能で危険を感じるのか、身をひねって逃げようとする“美神さん”だが、拘束されているため果たせない。
助けを呼ぼうと口を開いた“美神さん”の口に、“シロ”が間髪いれずバーガーを突っ込む。

とたんに硬直し、全身を数回痙攣させて倒れこむ“美神さん”。

「…ええ!? 何でござるかこれは!?」

そして、その上にシロの半透明の姿が浮かんでいた。幽体離脱成功だな。…しかし前は食べても痙攣しなかったような…?

「じゃあ入れ替わるわよ。…はあっ!」

“シロ”が座禅を組んで気合を入れる。一瞬の間のあと、シロの体から半透明の美神さんが出てきた。
その美神さんに向かって、シロが怒りの形相で迫る。もちろん幽体のままで。

「何であんなクソまずいものを食わせるのでござるか!」
「あれで幽体離脱するのが一番簡単で安全なのよ」
「他の手段はなかったんでござるか!?」
「幽体離脱を教えるには時間や環境が必要だからやってられないわ。他の方法は…」

幽体の美神さんが俺を見る。

「バットで後頭部を強打するあれっすか。シロ、さすがにあれはお勧めしないぞ」

それを聞いてシロの顔が青く…はならんな。さらに透き通る。
どっちがましかというと難しいんだが、バットの方は加減を間違えると何度も繰り返すことになるからなあ…。美神さんとしても、仮にも女性であるシロにあれを適用するのは望ましくなかったんだろう。長老から預かっている身でもあるし。

「ちゃんと幽体離脱棒って名前があるのよ、あれ」
「名前そのまんまな上に何の救いにもなりませんって。で、早く戻った方がいいんでは」

そうだった、と幽体の二人は自分の元の体に入っていく。
ちなみに今の隙に美神さんの体を持ち逃げしようかとも考えたんだが、美神さんは幽体でも隙がなかった…。

で、ようやく二人は元に戻ったわけだが、美神さんの第一声が「まずっ!」だった。
バーガー口に突っ込んだままだったからなあ…。しかも縛ってたから振りほどけなくて暴れるし。シロが逃げないように念入りに縛ったのが裏目に出たようだ。解こうと近づいたら蹴っ飛ばされた。

「あーもう。とにかく色々疲れたわ。体もまだ痛いし」
「拙者は特に問題ないでござるな」
「まあシロの体は怪我したりしてないしな」

まあそんなこんなで、今日という日は過ぎていった。
振り返ればそれなりにおいしい思いもしたし、俺にとっては悪くない一日だったといえよう。

精神の入れ替わりを文珠で行うことに関してはその後も釘を刺された。絶対止めろ、と。
が、俺が言葉だけで納得するはずがなく、ほとぼりが冷めた頃にピートとでも入れ替わろうかなどと考えていた。




しかし、この話には後日談があった。


あの翌日からどうも二人の様子がおかしい。時々俺の様子を窺うようなそぶりを見せるのだ。

美神さんのほうは…よく分からない。
俺のほうをちらちら見てはいるが、何かしてこようともしないのだ。
機嫌のいい日が増えたような気もするが、何があったのかさっぱりだ。

が、シロの方は何を考えていたか早々とわかった。すなわち、休日の散歩に誘いに来た時に、

「ばーがー持ってきたでござる! 今度は先生の体に入りたいでござる!」
「まてやこら! 何するつもりだ!」

こういうことである。確かに『拙者が先生の体に入ったら』とか言ってたが、実際されたらたまったもんじゃない。
しかも顔を赤くして言われるときた。俺の体が知らないうちに弄ばれるのは勘弁して欲しい。

「えーと、ちょっと散歩や修行の気分を変えてみたいだけでござるよ」
「こないだ入れ替わったときもお前、元の体のつもりで運動してたじゃねえか! お前の運動量では俺の体がやばいわ!」
「先生は不死身だし、いいではござらぬか。代わりに先生は拙者の体に入れるのでござるよ?」

実はその姿で女湯に入る、とかも考えなくは無かったんだが、後で絶対お仕置きされるし、その間目の届かない自分の体も心配なのだ。

「やばげな発言はやめい! それに、お子様の体に入っても嬉しゅうないわ!」

止めさせようと必死だったためとっさに暴言を吐いてしまい、気がつけば目の据わったシロが目の前にいた。

…数分後、俺はぼろぼろになりながら「シロは立派なレディです」と百篇唱えることで許された。
普段のシロに意図的な暴力を受けたことはなかったと言ったが、これで初体験というわけである。


しかしながら、シロの様子のおかしさはそれだけにとどまらなかった。
事務所の応接間で俺が一人のとき、時々部屋に入るなり一目散に俺のところに来る。ここまでは普段と同じだが、無口なままこっちの膝の上などで横になろうとするのである。
で、それをほっとくとぐいぐいと今度は頭を押し付けてくる。撫でろ、と言っているようだ。

「なんだ? あれからお前以外は別に撫でてないぞ?」

俺が誰か他人や他の動物を撫でていたとか言うなら拗ねてるんだとわかるが、そんなことはしていない。…たまに狐状態のタマモを撫でてみたくなるが、タマモは寝てる時に触られるのは嫌いらしいのでやらない。

なのにまたシロは、頭撫でを強要するのだ。

「わかったよ。なんなんだか…」

てな訳で俺はシロの頭を膝枕して撫でてやる。その間シロは本当に幸せそうで尻尾もよく振られているので、俺も悪い気はしない。
それはしばらくしてシロがどっかに引っ込むまで続き、次に現れる時にはどっかから新しい骨を持ってきて咥えている。
しかもすれ違いざまじとーっとした目でこっちを睨む。それこそ拗ねているように。

憮然とする俺の後ろから美神さんが来て、くすくす笑って通り過ぎていく。

「一体なんだってんだ…」

今日も俺はそう呟く。全然訳のわからないことばかりなのである。
何か釈然としない。が、差し迫った問題があるわけでもない。
そうして本来楽観的な俺は考えるのを止め、今日も一日をセクハラや除霊で健康的に(?)過ごすのだった。


おわり。


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