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▽レス始

「デビルサマナー(GS)」

zokuto (2005-05-04 21:38)


 ゴーストスイーパー、それは現代のエクソシスト。 この世にはびこる魑魅魍魎をあの世に送り返し、悪魔を撃退する職業。 霊能力を駆使し、万物の精霊の力を借りて占いをし、黒魔術を駆使して人に呪いをかける。 そんな戦う民間の人達のことである。


 そして、ここ。 何故かお決まりのように悪霊がはびこっている場所である廃ビル。 いろんな理由で悪霊が集まり易い場所で、一人のGSと一人のGS助手が二人で多くの数の悪霊と戦っていた。

「エミしゃん! 大丈夫ですかッ!」

 精神感応能力者のタイガー寅吉と。

「うるさいわね、タイガー。 気が散るから黙ってて欲しいワケ」

 黒魔術の大家である小笠原エミである。


 個人のGSとしては極めて高いランクの二人、特に現黒魔術界では恐らく右に出るものはいまいエミは世界最高ランクのGSとして認められている。 が、今回の仕事は苦戦を強いられていた。
 とはいえ、この廃ビルに居る悪霊達は全て有象無象の雑魚ばかり。 数ばかり集まって一般人に危害を与えるような存在に他ならない。 では何故そんなやつらに苦戦をするのか。 それは連続した仕事による疲弊によるものが大きな原因であった。

「え、エミさん、疲れてそうですケン……」
「うっさいわね。 あんたは黙って壁をやってればいいワケ!」

 異常にわめきちらすエミ。 彼女は元々気が短いほうではあるが、普段からは考えられぬほど集中力を乱して、ヒステリックに叫んでいた。
 彼女の対悪霊用の必殺技は「霊体撃滅波」 霊力を集中するために踊り続け、最後に一気にあたりの悪霊を撃滅する。 発動までの時間と体力の消費は大きいが、一気に辺りの悪霊を一掃することのできる非常に強力な技なのだ。

「ぐっ……エミさん、まだですかいノー」

 そのモーション中、エミは全くの無防備。 ずっと前はヘンリー、ジョー、ボビーという三人組が肉の壁としてエミを守っていたのだが、彼らは再起不能になってしまい、代わりに雇ったタイガーがその役を一人でかっているのだ。 タイガーがいくらタフであれど、数の壁は越えることはできない、一人の女性を四方八方から迫り来る悪霊から守るには少し荷が重かったのだ。 大体、彼の能力は全く悪霊退治に向いていないものである。
 ここ最近の悪霊との連戦が故、タイガーは疲弊し、前には一度も無かった攻撃の漏れなどがエミをいらつかせている最たる原因だった。

「……霊体撃……」

 きえー、と奇声を上げ突進してきた悪霊がエミを背後から攻撃した。 エミを守るべきタイガーは、足がもつれてその攻撃を逃してしまったのだ。 タイガーの疲労も極度に達していた。
 そのまま仰向けに地面に倒れるエミ。 あと数秒だけ持ちこたえていれば霊体撃滅波を放てたというのに。

「ええい、霊体貫通波ッ!」

 即座に立ち上がり、攻撃してきた悪霊に向かい霊体貫通波を放つ。 悪霊は「ぎゃっ」という悲鳴を上げ、あっという間に成仏した。 直線に飛ぶ光線が後ろで徘徊していた悪霊を貫き、次々と成仏していく。 しかしいくら貫通力の高い光線であってもそれはとても細く、決して曲がろうとはしないものなのでそれ以上の数の悪霊は倒せない。
 霊体貫通波はエミの攻撃の一つ。 直線上という狭い範囲にしか届かなく、霊体撃滅波とは正反対の効力を持つものである。 エミは悪霊に対して「全か一か」の攻撃しか持っていないのだった。

「……タイガー、もう一回やるワケ。 早く支度なさい」

 見るからに疲労しているタイガーをむち打ち、自分も疲れ切った体を動かして呪文の詠唱をしつつ踊りだす。

「え、エミさん……わっしは……わっしはもう……」

 やはり、と言うべきか、さすが、と言うべきか、土壇場で役立たずのタイガー寅吉。 それが彼のジャスティス。
 タフだけが頼りだというのに、そのタフさえも使えなくなってしまった彼を一体どのように利用するか。 エミはとりあえず盾にした。

「ぐふっ……た、倒れている人にそれはないんじゃあ……エミさん」

 巨体を二本の腕で巧みに繰り、四方八方から押し寄せる悪霊を遮った。 2、3発喰らうとタイガーは物言わずに、大人しく盾になった。

「うっさいわね。 あんたがダメだっていうから撤退するしかないワケ」

 エミがそういうが、タイガーは既に気絶していた。 意識のない人間は非常に重たくなる。 意識があるうちならば無意識に相手の負担にならぬようにと力を入れるのであるが、意識がなければそれを行わない。 加えてタイガーの巨体を持ち上げるのにエミの細い腕の力では少々分が悪かった。

「くっ」

 タイガーの巨体が地面に落ちる。 へなへなと仰向けに倒れているその顔は、何故か幸せそうだった。 とりあえず顔に一発蹴りをいれ、さてどうしたものかと辺りを見回すエミ。 一般のGSの除霊道具の類は必要とせず、使おうともしない彼女が身を守る方法、それは攻撃あるのみ。 この世界には簡易結界という便利なものがあれども、それは数階下のワゴン車の中にある。 彼女が今持っているものは、笛と色気のみ。 両方とも今の状況になんの役にも立たないことは言わずもがな。

「ぴ、ピート……」

 思わずパツキン美形、吸血鬼青年の名前をつぶやいてしまう。 弱音を吐くのは全く彼女らしくないのであるが、悪霊に囲まれている状態で、足下には役に立たないアシスタントが気絶しているのだから、愚痴がこぼれるのはしょうがない。

 しばらくはモーションが不必要な霊体貫通波を連発し、悪霊を牽制していたのだがいかんせんにもスタミナも霊力も消費しすぎており、悪霊を全滅することはほぼ不可能の領域にある。 かつてベリアルという悪魔を使役していたが、それもやはり昔の話。 今はバチカンの地下で「人間をくわせろ」とカタカナでわめいているのが関の山。


「ていやーーーっ!!!」

 美女が決してこんなところで死なないというのがこの世界の知られざる掟。 死ぬときは何かしら重要なイベントを起こさなければならないのだ。 幸か不幸か彼女はまだ重要なイベントを起こしていなかった。
 というわけで助け船が突如出現。 それはまさにお代官様に和服美女がお戯れをされそうになる寸前という、非常に嫌なタイミングに登場する正義の味方のような存在だった。

「呼ばれてないけどヨコシマン参上! なんつって」

 赤いバンダナを付けた、青いGジャンGパンをいつもつけた男。 少し臭って不清潔な男。 煩悩垂れ流しで馬鹿丸出しのどうしようもない男。
 自分のライバルの助手にして、自分の手元の同じ立場であるタイガーより役に立ちそうで、尚かつ足も引っ張りそうな横島忠夫という人物だった。

「援護しまっせ、エミさん」

 手に浮かばせた霊波刀でなぎ払えば、霊体撃滅波より遙かに広い範囲の悪霊がかき消える。 足下にころころと翡翠色の玉が転がってき、それが淡い光をともせばエミの体力と気力が大きく回復した。

「うぉらうぉら! こんなんでへこたれて美神さんの助手なんてやってられっかーーー!」

 ぶんぶんと無造作に手を振りまくる横島忠夫、通称煩悩魔神。 剣術のけの字も存在しない攻撃の仕方だったが、相手は知性のかけらも存在しない悪霊なのだ。 「いんてりじぇんす? それおいしいの?」と言いかねない悪霊達は例え群れてもその中で統制なぞ全く存在せず、ただ本能の赴くところが一緒だからという理由で集まっているだけだ。 剣を出鱈目に振っても、その剣をさけて隙をついて攻撃しようなんていうものはいない。 結局のところは、ぶんぶん霊波刀を振っているだけでも退治できてしまうのだ。
 しかしやはり、多勢に無勢。 馬鹿の一つ覚えのように腕を動かしているだけでも、着実に体力と気力と霊力は消費していく。 GS界のトップである美神令子であれば、ほんの少しの霊力で大きな爆発力を産むお札で一掃、エミであれば霊体撃滅波で一掃、二人の友人である冥子であれば強力な式神により、何もしなくても一掃、もしくはぷっつんで一掃。 横島はその分広範囲に及ぶ攻撃方法が少ないと言えた。 彼の秘密兵器「文珠」を使えばカバーできるが、あれはあれで万能であるがとてもコストパフォーマンスが悪いのだ。 集約した霊力を一気に散らし様々な効果を出すのはいいのだが、個として存在している文珠を制御するすべはない。 言い方を変えるのならば、やったらやりっぱなし、と表すのが妥当なところ。

「エミさん、あの魅力的かつ蠱惑的な踊りで情熱的にレッツダンシング!」

 文法が変である。

「う……わかったワケ。 オタクに借りなんて作りたくないけど……タイガーが役立たずだからしょうがないワケ」

 しぶしぶながら、霊体撃滅波の踊りを始めるエミ。 こんなやつの力を借りるなんて、と少々不本意そうだが、文珠によって体力と気力が充実した状態では霊体撃滅波の踊りがよりスムーズに進む。

「霊体……撃滅波ーーーーーッ!!」

 エミを中心にして、霊力の大きな爆発が起こった。 本来ダメージを受けるはずのない横島も、強い風を感じて少しよろめいた。 四方八方にまんべんなく悪霊を成仏させる霊力が広がる、悪霊達は逃げるということを考える前に次々と成仏させられていく。 四面楚歌の状態から一発逆転をしたのだった。

「やっぱすごいっすね。 エミさん」

 あっけらかんとしていう男、横島忠夫。 まさに圧巻としか言いようがない手際だったのは確か。

「オタクに言われたくないワケ」

 不思議にも息一つ切れずにエミは霊体撃滅波を放った。 よほど快調のときでないとそうはいかない。

「いやいや、オレなんてエミさんに比べればちっぽけっすよ」

 横島の言葉通り、霊力の総容量であればエミの方が勝っていた。 ポテンシャルはそこそこあるものの、やはりベテランのGSがまだまだ駆け出しGSに負けるわけはない。 一対一戦でも恐らくエミの方に分があるだろう。 霊体貫通波は攻撃力が非常に高いもので、遠距離攻撃を持たぬ横島に対してのアドバンテージもある。 彼の持つ遠距離攻撃はサイキックソーサーという霊力の皿を投げつけるもののみであり、遠くの目標に当てることができるほど精度は高くない。 それに加え、サイキックソーサーを放り投げることで彼の防御力は著しく低下してしまう。
 ただ、実戦での便利度を考えればこれは別の話。 今回のような大勢の弱い悪霊を相手どる場合には、横島の霊波刀は霊体貫通波より便利なものであり、文珠はモーションの長い霊体撃滅波を勝る威力を持つ。 エミはサポートあってその真価を発揮する力の能力者なのだ。 決してエミが劣っているわけではないのだが、エミは人間相手の呪術で能力を開花させ、横島は悪霊相手の格闘で能力を成長させたことの差なのであろう。
 術の数や知識に関しては、エミの方に圧倒的軍配はあがる。

「で、何でオタクがここにいるワケ?」

 ぶすっとした様子で言う。 ここに横島がいるということはすなわち、あの忌々しい美神令子が近くいることであり、タイガーが悪いとはいえ失態を見られることはいい気がしなかったからだ。

「あ、いや、今日はバイトも休みなんでぷらっぷら歩いてたら、なんとなーく、あー、あそこに悪霊いるな、って気づいたら気になっちゃいまして……それで。 あ、美神さんには内緒にしといてくださいよ。 ただで悪霊を成仏させたって言ったら、オレ、首になりかねないっすから」

 エミはとりあえず胸をなで下ろした。 美神令子は辺りに居ない。 ならばあざけられることも、このことをネタにして脅されることもない。

「オタク……暇になったら悪霊を勝手に除霊してるワケ? ったく、そんなことしたらGSの仕事が減るじゃない、GS協会にも文句つけられるわよ?」

 道具費用が馬鹿みたいに高い除霊を好きこのんでしようとする大馬鹿はいないだろう、という考えがあるのか、GS協会は無償奉仕の悪霊退治は禁止してはいない。 が、あまりそれをしすぎると自分達が管理しているGSに仕事が来なくなる可能性もあり、あまりいい顔はしないのである。 エミと横島の知人にも、実力と実績はありあまるほどあるのに霊障に悩む貧しい人に無償奉仕しすぎているためにいまいち出世できない自称神父が居る。

「ま、まあまあ、ここは一つGS協会にも秘密ということでどうかよろしく」
「で? オタクはなにを要求したいワケ?」

 低頭している横島を尻目にエミは言った。 まさかあの、数年後には神父じゃなくて坊主じゃないの? と弟子から言われそうな無償奉仕の人はおいておいて、横島が自分を助けたという以上何かしらの見返りを要求されるだろうな、というのは妥当な考えだったのだ。

「いや、これといって要求することはないっすけど……エミさんがよければ一緒にベッドで一夜を語りあ……」
「却下」

 とりあえず、ジャブ代わりに飛ばしてきた冗談をかわすエミ。 この手合いは一度会話を交わせば、以後はもう何も学習しなくともパターンが読めるのだ。

「えー、ベッドじゃなくてエミさんが好みなのは青か……」

 めしりと音を立て、エミの拳が横島の顔面に突き刺さる。 文珠で癒された体力がその攻撃力を一層アップさせたので、実に軽快で鈍い音が響いた。

「あんまりつまらない冗談につきあわせないで欲しいワケ。 ちゃっちゃと要求を言う」
「う、ううう……割と本気だったのにナ」

 エミは溜息をついた。 なんでこんなヤツに助けられたのか、と自分でも情けなくなってくる。 これが横島ではなく、魔装術の使い手伊達雪之丞であれば金をやってすぐに追っ払えたのに、と。 望むべくはピートで、ピートにはお礼に私を。 と考えていた。

「……飯食わせてください」

 エミはほとほと情けなくなってきた。 自分を助け、その代償が食事というのは流石に低く見られすぎていると思ったからだ。

「お金あげるから、勝手に食べるワケ」
「いや、お金を貰ったら一体どうやってこの金を手にいれたんだ、って美神さんに拷問されて吐かされるっす。 もう鞭でびしびし叩かれまくって、ヒールで踏んづけられて……それでオレは吐くんです『アイドンスピークイングリッシュ』て」
「……はぁ……」

 特大の溜息をはくエミ。 仕方がない、せめて超豪華レストランの一番高いヤツを食べさせればいいか、と答えをつける。

「オタク、スーツ持ってる? ワケないか……」
「スーツっすか? いやー、持ってないっすね。 これが一張羅っす。 でも大丈夫、近くのラーメン屋でオレはかまいませんから」

 エミは唇を噛んで考える。 やっぱり、スーツを買ってやらねばダメか、と。 非常に面倒くさいことこの上ないが、相手が食事を要求してきたのだから最高級のものを食べさせねば、彼女のプライドが許さなかったのである。

「……はぁ……しょうがないワケ」

 今日は何度目の溜息だろうか、とどうでもいいことを考えたエミ。 こんなことならばいっそのこと、怪我をしたとしてもこいつが助けにこなければ良かった、と思い始める始末だった。

「こっちに来るワケ。 どーせ既製のスーツでそんなに高くないから、買ってやるワケ」
「え? あ、いやいや、オレは別にいーっす」
「うるさいワケ。 おたくは黙って付いてこればいいワケ」

 なんだかんだ言って横島は気の強い女性には逆らえぬ性分だ。 それ以上文句を言わず、首をすくめててくてくとエミの後をついて行ったのだった。

 

 

 

 

「あーはーはー、すっかり……酔っちゃったワケ……」
「ちょっとちょっと、後先考えずに飲むからっすよ。 エミさん」

 夜の街で歩いている二人。 赤い顔をしてふらふらしているエミを、横島は手慣れた様子で肩を支えて歩いている。

「うぅん……あたしをこんなに酔わせて、横島、何をたくらんでいるワケ? この、すけべ魔神! あははははは」
「企むも何も……エミさんに手を出したら酔いが冷めた時点で呪殺されるの決定じゃないっすか。 怖くて何もできませんよ」

 エミは黒いレースの露出の多いドレスを着て、その黒い肌を晒していた。 黒魔術を使う女性のさがか、それともこの種の女性が黒魔術を好んで使うのか、その体から妖艶さがあふれていた。 美神ほどとは言えずとも、豊満な胸の谷間がドレスの首もとからちらりちらりと見れる。 横島でなくとも、生唾を飲んでしまうのはしかたのないこと。
 乱れた足取りで街の中を歩く二人。 酒に強いエミではあるものの、何故か今日は飲むことばかりして酔っぱらってしまった。 表面的には見せていないものの、かすかに残る理性で、横島に支えられながらも理性を失うほど飲んでしまったのは何故なのかをじっと考えていた。

「ねぇ、横島……」
「なんすか? もう飲めませんよ?」

 自分よりも顔が赤い横島が言う。 彼だってかなりの量を飲んでいるのだ。 本当に酒に強いのか、それともせめて女性の前だけは酒で乱れる姿を見せまいとしているのか。 どちらにせよ美神が絡んでいることに、エミは気に入らなかった。

「私の下で働く気はない? オタクならこの前ヘッドハンティングしたときよりずっといい条件を用意できるけど?」

 それとなく話を持ちかけてみる。 酔いを潜ませ、なるべく低い声で。

「いやー、オレなんてエミさんの下でなんて恐れ多いっすよ」

 そんなわけはない。 そんなわけはない。 無意味に二度言ってみる。

「オタク、それは嫌味で言ってるワケ? それとも謙遜で言っているワケ? それともおたくは実は本当にただの馬鹿だったっていうオチなワケ?」
「い、いや……そーではなくてですね……えーと、まぁ……ただの馬鹿です、ごめんなさい」

 よっぱらいに逆らっていいことは何もない。 どうせ明日には正気に戻るのだから、つまらないいざこざを作らずに従順にしておけばいいのだ。 と横島は考えた。 だが、酔っぱらいの方ではそう答えられるのはあまり嬉しくないことらしい。

「じゃ、その馬鹿は明日からわたしの部下になるワケね?」

 なんなら都合良く事を進めておこう、との考えもあり、エミは更に言った。 もちろん酔っているからとは言え、それを本気で受け止める横島ではない。

「勘弁してくださいよぉ」

 夜の街のネオンに、どこにでもある二つの影。 関係者が見れば頭をかしげ考えるような取り合わせである。 街灯によって辺りはとても明るかったが、それでも夜は深まっていった。

 

 

 
「はい、着きましたよ、エミさん」

 エミの酔っぱらいながらの道案内を受け、なんとかエミの自宅についた二人。 横島は、やれやれしんどかったとつぶやいて、肩からエミを降ろした。

「ひゃひゅひょ……ご苦労。 もう帰ってもいいわよ」

 横島は後ろに振り返る。 エミも自分が酔っぱらっているからと言って自宅の前で一晩を過ごすことをしたいわけではないので、自らのふらつく足で立ち、玄関のドアを開いた。

 ぽんぽんと、肩が叩かれた。

「あん?」
「あのー、じつは……ちょっとまぁ、頼みたいことが本当はあったんですケド……」

 振り返ってみると、帰ったと思った横島がしょんぼりした顔で立っていた。 てへへと顔を掻いて、申し訳なさそうにしている。

「やっぱりね。 なんかあると思ったワケ」

 にまあと笑ったエミは酔いを忘れ、手をひょいひょいと動かして横島を自宅の中へと連れて行く。 次の瞬間、ばたんという音が夜の冷えた空気を揺らした。

 

 

 
 横島がエミの自宅に入ってちょうど一時間。 すぐ近くの電柱でもそもそと怪しい動きを見せる、怪しい影があった。

「あ……あの馬鹿。 エミんとこに入ってってなにしてんのよ!」

 この台詞が出た時点で敢えて言う必要もないと思うが、その正体は守銭奴の割にお人好しで、気が強い癖に寂しがり屋の美神令子である。 彼女の部下、すなわち横島が非番で仕事を受けることになんとなくやる気がなく、街を一人で歩いていたところを横島とエミが一緒に歩いているところを目撃し、変わった組み合わせね、と後をつけていたのだ。 あの貧乏横島に、ケチであることには自分にもひけを取らないエミがスーツを買ってやり、あろうことか高級レストランで一緒に食事、最後にはへべれけになったエミが横島を自宅に引きずり込んだのだ。

「でも……いきなり突撃して、横島くんをずっとつけていたなんて思われるのも……」

 実際つけていたのだが、それを自分で認めることができるほど彼女は素直ではないのだ。

「う〜〜〜〜〜〜」

 電柱の前を行ったり来たり行ったり来たり。 常に体当たりに物事を進めている美神だが、横島が絡んだことになるとどうも尻込みしてしまう。 しばらくの間、同じ場所を競歩の世界大会に出場することができるほどのスピードで歩き回っていた。 時折、人が通り、彼女のことを遠目で見て引いていたが、彼女は全く気づかない。 意識はほとんど別世界にあったのだ。

「ったく、しょうがないわね。 あのエミが横島君たぶらかして危険な目に遭っているって勘が働いたから、仕方なく……いい? し・か・た・な・く、助けに行ってあげるのよ。 そこんとこ誤解しないでね」

 びしっと平面からちょうどぴったし四十五度上空を指さし、言った。

「……こ、コホン。 さて、気づかれないように裏口からこっそりと……」

 流石に自分でやっていて恥ずかしくなったのか、顔を少し赤らめてエミの家へと侵入していった。 ……ピッキング道具片手に。

 

 

 エミの自宅にある秘密の部屋。
 エミの自宅にはやはり黒魔術関係の道具や本が数多く保管されていたが、更にその奥の、黒魔術の結界で守られた部屋がやっぱり存在した。 一流のGSというのは往々にして自宅に勝手に脱出口を作りたがるのか、その部屋の奥には地下道から通じる秘密の通路がある。

「フフフ……ちょーどいい具合になってるワケ……」

 その部屋に横島とエミがいた。 横島は上着をたくりあげ、手術台のような儀式用の台の上に寝て目をつぶっている。 エミはそんな横島の胸のあたりから出る、透明と黒と白の球体を少しずつ削り取っていた。

「なるほど。 妙にこいつのことが気になったのはこれが原因だったワケ。 これほど純な魂があれば、あのクソ生意気な美神をぎゃふんと言わせることが出来るワケ!」

 エミの手には、ドクロをかたどった小さなナイフと同じくドクロをかたどった小さな壺のようなものがあった。 ナイフで横島の胸から出ている黒い球体を少しずつ削り、もう片方の手で小さな壺に削りカスを入れていく。 壺の中には既に、一般人には不可視の黒い物体がなみなみためられていた。
 不思議な匂いの香たかれ、ちょっとした儀式のような雰囲気が出ている。

 それを脱出口のドアからこっそり見ている美神。 この部屋は表口が厳重に結界で守られているわりに、裏口とも言える脱出口の警備がザルのようなものだった。 美神はその警備の目をくぐりぬけるようにと進んできたのである。

「何よ……アレ。 前から性悪だと思っていたけど、まさか横島君の……って、こうしている場合じゃないわ!」

 しばしば焚かれる香のせいか少しさび付いている鉄製の頑丈な扉を蹴り開け、美神が部屋に入る。

「やいやいやい! うちの丁稚に何をしているの、この変態黒魔術師! 魂を削って殺そうだなんて、あきらかにオカルト基本法重大違反よ! あんた、どうなるかわかってるの!?」
「げっ。 れ、令子……なんでオタクがこんなところに……じゅ、住居不法侵入よ!」
「うっさいわね! この極悪犯罪人がーッ!」
「む、ムカッ! 何よ、あたしはオタクんとこの弟子に頼まれてこれを……」
「うるさいうるさいうるさーーい! 勝手に連れ回して、スーツ着せて、あまつさえ高級レストランで一緒に夜景を楽しんで、その後バーで酒を一緒に飲むなんて、許される行為だと思ってんの!!」

 はっ、と息をのむ二人。

「お、おたく、見てたの!?」
「ちっ、違うわよ馬鹿ッ! 全部……え〜っと、そうだわ、勘よ、虫の知らせよ、予感で、多分、そうじゃないかな〜って」

 二人の間に重苦しい空気が流れる。
 一方では「見られた〜」と落ち込み、もう一方では「言っちゃった〜」と頭を垂れている。 敵も自分も巻き込んで、空に舞う花のように爆ぜる。 げに見事な散り様なり、自爆道。

「と、とにかく。 私が横島くんとエミがくっついてうらやましいな〜、なんてことはいいのよ。 横島くんの魂を返しなさい!」

 人と言うモノは一旦堕ちるととことん堕ちるものらしい。 もはや失言なんて気にすることもなく、エミに飛びかかる美神。 目標はエミが片手に持っている、横島の魂が入っているらしい壺。

「あ、ちょっとこら。 やめなさい、そんなことしたら危ないワケ! てゆーか、オタクなんか勘違いしてるでしょ!」

 エミもそう易々と壺を美神にわたすはずがなく、そのままもみ合いになる。

「は・や・く、渡しなさい。 今なら、あんたがとっつかまって極刑になってもニュースくらいは見てあげるわよッ!」
「だ、だからそれは誤解だって……」

 美神の力はエミのそれを大きく上回っていた。 エミが両方の手に道具を持っていたということもあるが、本人は認めたくない横島への執念が引き出した力であった。

「ちょ、ちょっとほんとーーーっに、危ないワケ! あ、ああッ!!」

 美神の力も度を越しすぎたのか、エミの手にあった小壺の中身がこぼれ、黒いものが横島の球体に降りかかってしまった。

「……よ、よかった。 溢れた先が横島君の魂で……これで何もかも元通りに……」
「なるわけないワケッ!」
「……何よ、ワケワケうっさいわね。 あんたも、横島くんの魂に細工しようなんてことはもう考えないことね。 今回は横島くんが助かったから、黙っててあげるから。 その代わり借し一つよ」
「黙れッ! オタク一体何をしたと思ってんのよ!」

 横島の魂がするすると体の中に戻っていく。 透明と白と黒の球体はすべて、壺から溢れた黒い魂によって全て黒く染まっている。

「ああっ、魂が体の中に……」
「……あんたいい加減にしなさいよ。 うちの丁稚をたらしこんでおいて、盗っ人猛々しいわよ」
「オタクこそ黙りなさいッ! オタクはなんか私が横島を使って黒魔術でも行っていると思っているらしいけどね。 これは本人の頼みで、私がやった、れっきとした『心霊手術』だったワケ!」
「は、はい?」
「以前、ルシオラ……っつったっけ? たしかそんな悪魔の魂を取り込んだでしょ、それはまあうまい具合に魂に融合して、人間の魂になってたんだけど、横島、どうやら以前に神族の魂も取り込んでいたワケ」

 美神の頭の中に、8の字がプリントされたTシャツを着た横島の姿がよぎった。 ……高速で横島が車から落ちたときに横島を助けてくれた韋駄天だ。

「ああっ、あの韋駄天!」
「普通に神族と人間、魔族と人間の魂だけだと良かったんだけど、神族、魔族、人間の魂となると、神族と魔族の魂が反発して、二つとも乖離しちゃったワケ! その反動で霊能力にブレが出たからどうにかしてくれ、って横島が頼みにきて、しょうがないからやってやったていうのに……とんだ邪魔をしてくれたワケ!」
「だ、だって……横島と夜景が綺麗なレストランで一緒に料理食べてるのがうらやましかったんだもん……」

 自分がいかに失態したかがわかり、珍しくしょぼくれる美神。 何故か本音が出てきたのは、ご愛敬なのだろうか。 しかも全然関係ない。

「しかもッ、あんたのしてくれたことは心霊手術を邪魔したことだけじゃないワケ! 横島の魔族の魂を回収していた壺は、他の悪魔の魂とかそういうものが一緒に入っている坩堝だったワケ! 一体、どうしてくれんのよ、あれだけ集めるのに一体どれくらいかかったと思っているワケ!」

 大声をはりあげ、美神に怒鳴り散らすエミ。 ほとんど奇跡といっても過言ではないが、美神は更に落ち込んでエミの話を聞いている。 感情にまかせた行動が、ライバルとはいえ散々の苦労を無に返すことになってしまったのは流石に心が痛むものだったらしい。

「わ、悪かったわよ。 でも……」
「でももなにもないワケ!」
「けど……」
「けどもないッ!」
「えっと……」
「もう黙れ!」
「……後ろで横島君が起きあがってるんだけど……」
「へ?」

 エミが振り返ってみると、そこには横島が。 より正確に言えば『横島だったもの』が。

「フオオオオオオオオッ!」

 横島の体が黒い霧状のモノに包まれ、一切本体が見えない。 それでちょうど目のあったところには毒々しいほど赤い点が二つ。

「ひ、ひええッ。 マジで魔族になっちゃってるワケ!」

 魔族の魂がくっついて、そのまま肉体に戻ったのならば普通に魔族になってしまうだろう。 横島は元々持っていたほんのわずかな理性を消し、黒いものを体にまとわりつかせて魔族へと変化していた。

「ちょ、ちょっとどうにかしなさいよ、エミ! あんたが悪いんでしょ!」
「な、何を言ってるワケ。 どさくさにまぎれて私のせいにしないで欲しいワケ!」

 エミはぴょんと飛び退き、美神と並んで後ずさりしていく。 魔族になった横島の霊力は半端じゃなく上がり、そこいらの下級魔族よりも強い……中の下あたりのクラスの悪魔と同等の力を持っている存在になっていたのだ。
 今のところ何もしていないけれど、魔族になった横島がまず最初にすることは人を襲うことだろう。 ちょうどよくおあつらえ向きな霊力の高い人間が目の前に二人いる。

「い、いちぬ〜けたっと」
「あ、エミ、ずるいッ!」

 出口にまっすぐ向かう二人。 だが無情にも、出口にシャッターが降りた。

『事故が発生したワケ。 いろんなガスとか障気とか出るとヤバイからシャッターを下ろすワケ。 バイオハザードなワケ』

 無機質な割に人間臭いアラームが鳴り響く。 脱出口にさえも頑丈なシャッターが降り、完全な密室になってしまった。

「ちょっとどうするつもりなのよ、エミ! こんな凶悪な仕組みを作って!」
「普通の緊急警報装置なだけなワケッ! 第一、おたくが全部悪いんじゃないの!」

 口喧嘩をするエミと美神。 古来から口げんかというものは不毛なものの筆頭で、いくらしても状況を変えられないものであった。 そしてそれは今回も例外ではなく、ゆっくりと横島デビルは立ち上がり一歩一歩着実に二人との距離を詰めていく。

「……ほ、本格的にヤバイワケ。 令子、おたくの装備は?」
「も、持ってるわけないでしょう。 今日はオフなのよ、そう日常的にお札も神通棍も持っているわけないじゃない。 あんたこそ、ここはあんたんちなんだから装備は?」
「ぜ、全部シャッターの向こうなワケ……」

 黒い人型の霧に完全に包まれた横島デビルは、闇に浮かぶ赤い目をぎらぎらと輝かせて二人をにらんでいる。 憤怒や憎悪などから発せられる障気が辺りに立ちこめていく。

「どどどどど、どうすんのよ。 横島君、アレイアードくらい平気で放ってきそうな顔してるわよ」

 美神ががっちり閉じて決して開こうとしないシャッターに寄りかかって言う。
 その瞬間、横島デビルの下に垂らした手の先に、黒い霊力の塊が集まっていく。

「あ……アレイアード」

 下投げをする形で腕を振り上げる。 ものすごい勢いで黒い霊力の塊が放出された。

「ひゃ、ひゃあああーーー!! よ、余計なことは言わないでほしいワケッ!」
「ま、まさか本当に使うとは思わなかったのよ〜!」

 腐っても敏腕GS達。 美神はエミの居ない右方向へ横っ飛びし回避。 エミは同じく美神の居ない左方向にダッシュで避けた。 黒い霊力の塊がシャッターに衝突するが、シャッターはびくともせずに黒い塊を打ち消してしまった。

「さ、さすが私のかけた結界なワケ。 横島の攻撃もびくとも……」
「馬鹿ッ! シャッターが破れたらそのままそこから逃げ出せたでしょッ! 使えないわね、この根暗黒魔術師!」
「ね、根暗!? なんでそこで根暗が出てくるワケ!?」
「黒魔術なんていう陰気なものを使っているんだから根暗に決まってるじゃないのよ! 欲しいものがあったら実力行使! 裏で工作して漁夫の利を得ようなんて、根暗以外の誰がやるっていうの!」
「ぜんッぜん、関係ないじゃないの。 おたくはただがさつなだけなワケ!」

 命の危機が迫っているというのに口げんかをまだ止めようとしない二人とも。 横島デビルは一秒一秒にその力を解放していっているのか、体からあふれる障気の量がだんだんと増えていっていた。

「あ……アレイアード、アレイアード」

 アレイアードとつぶやき続ける横島デビル。 恐らくその言葉自体に意味はないのだろう。 ただオウムのように聞いた単語を繰り返しているだけなのだ。 第一、アレイアードって一体何のことなんだ?

「も、もう、しょうがないワケ! いい、美神、ここは一時休戦するワケ。 一緒に横島を止めなきゃ二人ともここで死ぬワケ!」

 最初に折れたのはエミだった。 折れたからといって負けた、というより横島にかかわっている事に対して美神より大人だったということだろう。

「ちっ、わかったわよ」

 流石にこの状況でその申し出をつっぱねるほど美神はおろかではなかった。 しぶしぶながらだが、首を縦に振った。

「いい。 あの横島は本当の横島に魔族の魂がひっついている状態なのよ。 だから横島は完全に魔族になったわけじゃないワケ。 勿論そのままほおって置いたら、今よりずっと強い魔族になるけど、裏を返せば今私たちが魔族の魂をひっぺがせば万事解決なワケ」
「で、どうやってそれをするの!?」
「……霊体撃滅波で一気に引っぺがすワケ。 ボディペインティングも、専用の衣装も、魔法陣もないからいつもより時間はかかるけど、今はそれしか手はないワケ!」
「運任せみたいな方法ね……絶望的だけど……嫌いじゃないわよ、そういう作戦は!」
「じゃ、私は精神集中するために踊るワケ。 防御はおたくに任せたワケ!」

 かくして、エミが踊り、美神がそれを守るという形で横島デビルとの長い戦いは始まった。
 圧倒的な力で横島デビルは黒い霊力の塊を投げつけていく。 美神はそれを全身の霊圧を上げ、エミに当たらぬように弾いていっているのだ。 極めて非効率な防御方法だが、神通棍もお札も持っていないのだから他に取る手段はない。

「くっ、エミ……まだなの、このグズッ!」

 美神がエミを罵倒するが、エミはトランス状態で踊っており、言葉は一切耳には届いていない。

「……つ、強……。 この横島君に理性があったら、もっと仕事をこなしてくれるかも……」

 美神と横島デビルの攻防が繰り広げられている最中、美神は霊圧を上げるのに限界を感じているが、横島デビルは逆に霊圧を増していっている。 エミが長年をかけて集めてきた魔族の魂の量は、美神の想像を超えるものだったのだ。 黒い霊力の塊も順々にその威力が大きくなっていっている。 そんな状況でも余裕を見せる発言は、実に美神らしい姿でもあった。

「アレイアード、アレイアード……アレイアード・ロン、当たりッ」
「な、何ィィィ!!」

 横島デビルの手の先に、一際大きい黒い霊力の塊が出現した。 ますます意味のわからない言葉を口走る横島デビル。

「オウムみたいに意味も無く繰り返していると思ったのに……」

 刃物が空気を切り裂くような、そんな鋭い音と共に黒い霊力の塊が美神に迫ってくる。

「くっ、霊圧……最大防御ッ!」

 人はおろか魔族すらも吹き飛ばす霊圧を出せる竜神を美神は知っていた。 しかし、彼女にそれほどまでの霊圧を出すことは出来ない。 ただ、美神はあの大きい黒い霊力の塊に背筋がむず痒く感じる嫌な予感を察知して、持てる霊力を一気に消費して限界まで霊圧を上げた。 大量にあふれる霊力のせいで、美神の栗色の長い髪が逆立ち、美神を中心として軽い風が巻き起こる。 常人ですらもおそらくは立っていられないような霊圧で、大きな黒い霊力の塊の軌道をそらそうとしていたのだが……。

「な、なんでッ! これだけ霊圧をかけているのに、進路を変えないどころかスピードも落ちずに……」

 美神の言うとおり、大きな黒い霊力の塊は軌道を全く変えず、尚かつスピードすらも落とさずにまっすぐエミへと向かって飛んでいく。

「くっ、やむを得ないッ!」

 大きな黒い霊力の塊に、体当たりするように美神はエミを守る盾になった。

「くぅッ!!」

 流石にそこまでやれば大きな黒い塊も消えざるを得なかった。 美神は自分の霊体にダメージ受けながらも、エミを攻撃から庇ったのだ。

「ご、誤解しないでよね。 別にあんたのことを庇ったんじゃなくて、あんたを庇わなきゃ横島君を助けられないから庇ったんだからねッ」

 攻撃のダメージに苦しみながらも、美神はつぶやいた。 エミはトランス状態なので、その言葉は届いてないどころか、目の前で何があったのかさえもわかっていない。 美神はエミがトランス状態であることを知っているが、自分に言い聞かせるようにつぶやいたのだ。

「もう一撃喰らったら、流石の私も……」

 横島デビルの攻撃は、美神の霊圧によって軌道を変化させることはなかったが威力は半減させられていた。 だが、それでも美神に重大なダメージを与えることができたのだ。 本人の言葉通り、もう一度あの、軌道の変化しない大きな黒い霊力の塊……アレイアード・ロンを喰らったら再起不能になってしまうだろう。

「アレイアード・ロン、当たりッ」

 そして無情にもその通りの攻撃が来た。

「くっ、こんな私事には使いたくなかったけど……精霊石よッ!」

 美神のネックレスについていた緑色の宝石が砕け散る。 瞬間、膨大な霊力が爆発を起こし、大きな黒い霊力の塊を完全に打ち消した。

「な、なんとか……」

 超希少な鉱石、精霊石を持ってようやく黒い霊力の塊を打ち消すことができたのだ。 彼女本来の装備、すなわち神通棍やお札さえあれば、そこまで多大な出費をせずともなんとかなったものの、それはかなわぬ願いというものだろう。 美神はとりあえず横島デビルを見据え、次の攻撃に備えた。

「普通の攻撃が来ますように、普通の攻撃が来ますように……もうあんな攻撃はイヤよ」

 何かないかと、ポケットを探っても何もない。 あるのは小銭ぐらい。 投げつけてやってもいいが、それだと帰る途中に缶ジュースが飲めなくなる危険性をはらんでいたので考えるだけで実行には移さなかった。
 ふと、ころころと足に触れるものがあった。 霊圧を上げて、踏ん張るときに邪魔になる可能性があったので、視線はそのままにしてゆっくりと拾った。

「……文珠?」

 それはエミが踊っているであろう後方からいくつも転がってきた。
 これで横島はエミに心霊手術をしてもらう取引をしたのだ。

「起死回生の一手ね。 『盾』」
「アレイアード・ロン、当たりッ!」

 文珠が発動した瞬間とほぼ同時に黒い塊が美神のすぐそばまで迫ってきた。 霊力の盾が黒い塊を防ぐ。 黒い塊はその場でなんとか消滅したが、盾も同時にヒビが入り消えてしまった。

「う、嘘!? 一発で文珠を一個消費しちゃうの!? そんなん聞いてないわよッ」

 その通り、誰も言ってないのだから聞いているはずもない。

「アレイアード・ロン、当たりッ!」
「た、『盾』ぇ〜〜!」

 またもや黒い塊が消滅し、同時に文珠が消費されていく。 文珠は拾っただけでも六つ、相手の攻撃はやむことはないだろうし、エミの霊体撃滅波の踊りも終わりそうにない。 しかも、自体は悪い方向へと進むばかりだ。 横島デビルは何も攻撃ばかりしてくるわけじゃない、しっかりと二本の足を持っていてゆっくりとも速くとも言えぬスピードでこちらに来ているのだ。 このままでは直接攻撃に出られてしまう。

「こ、こうなったら……えぇい……『浄』!」

 苦し紛れながら反撃に出た。 浄化する文珠を放り投げ、魔族の魂にダメージを与える寸法だ。 ちょびっとだけ横島にもダメージがいってしまうかもしれないが、まあそれはそれ、とうまく割り切れた美神だった。

 で、勿論、結果は失敗に終わる。

「セイッッ!」
「な、なにゃぁぁぁぁぁぁぁ!?」

 素っ頓狂な声と共に、浄化する文珠は五右衛門の斬鉄剣の切れ味を知った鉛玉のように半分になって地面に落ちてしまった。 銃弾と違うところは、そのまま消えてしまったところである。
 横島デビルは右手の影をのばし、まるで刀のようにして文珠を半分に切ったのである。 まるでその刀は闇の剣と呼べるような風格と、禍々しさを持っていた。

「こ、これはいよいよ変態っぽくなってきたわね……。 あと五つしか文珠はないし、絶対絶命のぴんちだわ」

 美神の額から冷や汗が吹き出る。 前にも後ろにも進めぬこの状況、後ろの踊り女は未だにその結果を出しそうにもない。

「そ、そうだわ……このままエミを置いていっちゃうっていうのも……」

 しかし残念ながら、エミが膾切りにされてもシャッターがあがらない限り現状は変わらない。

「う……うう、早く霊体撃滅波を……」

 そのとき咄嗟に美神は良策を思いついた。 手に持った文珠の一つに文字を込め、それをエミの元へ放る。 目を離したその瞬間に、横島デビルが一瞬の隙をつき、間合いを詰めてきた。

「アレイアードスペシャル!」

 相変わらず正気なのか正気ではないのか判断のつけがたい声と共に、闇の剣を振り下ろす。 それと同時に黒い霊力の塊を直接美神にたたき込むようにして放ってきた。
 もはや一つの文珠で対応することは不可能だった。

「い、いやあああああ! ステイエンシオンフン……ええい、覚えてないし漢字も多すぎよっ! 『盾』『盾』『盾』『盾』ぇーーー!」

 美神と横島デビルの間に、四層の霊力の盾が現れた。 闇の剣がまず一層目を紙の如く切り裂き、そのままの勢いで二層目を破壊する。 流石に勢いを失ったが、闇の剣は三層目の盾を打ち破った。 最後に大きな黒い霊力の塊が四層目の盾を粉々にしてしまった。

「う、うそ……四つの文珠を一気に使ったのに……」

 現実は無慈悲だった。 わずか一瞬で四つもの文珠を破壊され、手に残るものは何もない。 床にいくらか文珠が転がってはいるが、それでももう一度、あの闇の剣と大きな黒い霊力の塊を受け止めれるほどの数はないし、第一拾っている状態で闇の剣に攻撃されおしまいだろう。
 幸いにして横島デビルは間合いを一旦取る形で引き上げた。 腐っても魔族の魂を取り込んだだけに、爆発的な魔力を所持している。 横島という霊力の高い人間の魂を中核にしているので、更にその魔力はふくれあがっているのだろう。 完全体ではないことだけが、不幸中の幸いと言ってもよかった。 なんら救いにならない幸いではあるのだが。

「くっ、くぅ! エミ……早くしなさいよ。 私は差し違えても、横島君だけは助けるのよ……」

 美神は心の一番奥にあった言葉を、ようやく取り出した。 死を前にしてようやく恥ずかしがる気持ちが無くなった、ということだろう。 その目は覚悟の色を浮かばせていた。 ただ安心してはいけない。 美神は更に心の奥で『できればエミが死んで横島君と私が生き残れますように』と考えているからだ。 最後まで、美神は美神なのである。

 ぱああと光が爆ぜ、エミの踊りのスピードが一気に上がった。 というより尋常なスピードではなく、まるでビデオを早送り再生しているかのようなスピードで。
 そう、美神が先ほど仕掛けた文珠……それは『速』の文珠だったのだ。 踊りが早く進めば霊体撃滅波も早く発動する。 それを見越しての判断だった。 ただ誤算だったのは、それでもまだ横島デビルが一回攻撃をするほどの時間が残っていたことだった。

「ぐ、オオオ!!」

 横島デビルが美神に向かって突進する。 美神は一歩も退かない。

「アレイアードスペシャル!」

 美神の手には何もない。 なんのためらいもなく、その闇の剣が自分に振り下ろされるのをじっと見据えていた。

「横島君……」

 横島デビルは、なんのためらいもなく、美神に向かって闇の剣を振り下ろし、大きな黒い霊力の塊をたたきつけるように放った。
 美神はゆっくりと息を、肺の奥底にため、目をつぶった。

 

 

 
「よこしまぁぁぁぁぁぁぁ!!! ぶちころすわよぉぉぉぉぉぉ!!!」

 臍下丹田に力を込め、一声。
 美神の怒声を舐めてかかってはいけない。 下手な銃声などかき消えるほどの音量なのだ。 霊圧を一気に解放し、空気がびりびりという音が聞こえそうになるほど振動している。 あたりにあったちりが全て霧散し、宙に舞い上がる。 弱い霊ならばそれだけでも成仏してしまいそうな、まるでそんな声だった。
 耳元でこの怒声を聞いたならば、しばらくの間耳鳴りに悩まされることは確実。 山の頂上で叫んだのならば、自らの声が木霊として返ってきたときには耳をふさがなければならない。 そんな大声。
 泣く子も黙る……いや、このような呼称はふさわしくない、より着実な言葉で形容するならば、『地獄の悪鬼も逃げ出す』……これがもっともふさわしいだろう。

 そして、それに呪縛のような束縛をされているのは誰かというと。

「ひぃぃぃぃ! 勘弁してくださいぃぃぃぃ!」

 横島デビルの中に居る横島の、悲痛な叫び。
 大声で自分の名前を呼ばれるだけにも恐怖を覚えるというのに、その後にやたらリアリティあふれるお言葉が金魚のフンのようにひっついている。 例え横島でなくとも身をすくめることは間違いない。
 横島デビルは大きな黒い霊力の塊を一気に消滅させ、闇の剣を慣性の法則を無視させてまで引っ込ませ、その場で土下座をした。

「ふんッ。 横島の分際で私に手を向けるから悪いのよッ!」

 偉そうなお言葉である。
 しかし、顔を横に向け、少し照れくさそうにこう加えた。

「もう、心配させて……一時はどうなることかと思ったんだから」

 こつ、こつと靴を鳴らしてエミの方向へ振り返る。 仁王立ちをした彼女の背後は、まさに修羅。 しかし、彼女の本質を知っている人であれば、それは現代によみがえった女神に見えるのだ。
 美神の赤いスカートが音もなくはためく。

「あとは任せたわよ、エミ」

 閃光が部屋を包む。

 

「霊体……撃滅波ーーーーッ!」

 

 

 

 

 

「はぁあ……大した散財なワケ。 部屋はこんなにぐちゃぐちゃだし、令子はうまくはぐらかして横島を持って帰っちゃったし」

 一人、部屋で落ち込んでいる色黒の美女が居た。 部屋はまるで中で大運動会を開いたかのように荒れ果て、見るも無惨。

「……どうしてこんなに私ってこんなに男運悪いワケ?」

 はぁ、と溜息をつく。 瓦礫の中から取りだした椅子にちょんと座り、猫背で頬杖をついている。
 ふと、あの霊体撃滅波を放ったところから直線上にある壁を見た。 黒い塊がびっちょりとこびりついている。 横島から剥がれた魔族の魂だ。

「ふぅ……この掃除も……私がしなきゃならないワケ」

 魂を削るためにあるドクロのナイフを使って、魔族の魂を剥がす作業をするのだがこれは掃除用に作られていない。 それでその作業を終えるにはものすごく時間がかかるのだ。 エミが溜息をこぼすのも無理もないことと言えよう。

「あ、あうう……」

 ぼろりと黒い染みが、なんと声を上げながら、エミの目の前でこぼれた。

「……まだ残ってたワケッ!?」

 黒い染みはその場でうねうねと動き、一つの形を形成していく。 エミはいつでも霊体貫通波を撃てるように身構えた。 想像出来るものは、横島の魂に触れたことによって刺激を受け、悪魔の魂の残りカスが本当の悪魔になってしまったということだ。

「し、死ぬかと思たやないかッ! ……お、おおう、色黒のアネさん、撃たんといてーな!」

 しかし、その悪魔は変な格好をしていた。 和服を着たピエロのような……三等身の悪魔だったのだ。

「は、はぁぁ!? おたく一体何なワケ?」
「いややなぁ〜。 アネさんが集めた、悪魔の魂やないかい。 丹精込めて、変な悪魔から強い悪魔まで坩堝に溜めとったやないかい。 もう忘れたんか?」

 その悪魔はけらけらと笑った。 その一挙一動に馬鹿さがにじみ出ている。

「あのボーズの影法師……シャドウっちゅうんやけど、ああ、アネさんには説明は要らへんか。 霊力、霊格、その他あのボーズの力を取り出した化身みたいなもんやな。 それと同じ姿なんや」
「……横島はあれで手練れのGSよ。 なんであんたみたいな情けな〜い格好をしているワケ?」
「か〜ッ。 悲しいな、ワイ。 アネさん、あのボーズを買い被りすぎや。 あのけったいな竜のアネさんのように。 ボーズはな、ああ見えても、未だに影法師の一つすらコントロールのできひん未熟者なんやッ」

 GS界屈指のトップ達の、尾ひれでもカウントできる男が、このような情けないシャドウを持っているとは正直エミは信じられなかった。 それでも、目の前に起きている事実を受け取めることをしないわけにはいかなかったのだ。

「そんでな。 ワイもこうやって現界に来れて、いっちょウハウハしながらおもしろおかしく暮らそとも思たんやけど。 アネさんに会えたのも何かの縁、ここはワイ、アネさんについていくことにしましたわ」

 こんなヤツに付いていく、と言われても正直嬉しくない、とエミは思った。

「何、ワイ、格好はこんな、今時のナイスガイみたいやけど。 実力はすごいんやでぇ〜。 珍奇奇天烈、さいきっく・そーさーに、天下無双のはんずおぶぐろ〜り〜に、果ては、万能無敵の文珠まで使えるんや〜」

 どこから取り出したのか日の丸の扇子をばたばたとふると、そこからは文珠が一個二個。

「なな、ワイって使えるやろ? ワイのこと欲しいやろ? ワイに惚れたやろ? アネさんの脱ぎたてのパンツ一枚くれるだけで、一生ついていきま……」

 影法師の頭が地面にめり込む。 エミの靴のかかとが頭をぐりぐりと動く。

「ぐ、ぐぐぐ……んなご無体な……」

 ぐりぐり。

「わ、わかった。 脱ぎたてでもなくてえーから、パンツ……」

 ぐりぐりぐりぐり。

「いたッ、痛い痛い、勘弁してーな」

 ぐりぐり、ぐりぐりぐりぐりッ!

「わ、わかった。 もうなんにもいらんから付いていきますッ! もうアネさんの下僕でええですッ」

 ようやく地面から顔を離すことができた横島シャドウ。

「ああ、もう……出血大サービスやで、ほんま……」

 本当に頭から出血させながら言う。

「ふっ。 久しぶりに悪魔と手を組むか。 ま、人造悪魔だからオカルト法にも触れないし、万事うまくいったワケ」

 ふと、かつての知り合いの悪魔のことを思い出す。 今思い出しても、反吐が出るほどのヤツだったが、それなりに便利ではあった、やっぱり今頃、バチカンの地下で「くわせろ」とカタカナで叫んでいるのが関の山だろう。 このシャドウと自称する悪魔を使役すれば、圧倒的劣勢だった令子との戦いも巻き返すことができるかもしれない、とエミは思った。

「……こんなにわくわくするのは久しぶりなワケ。 おい、このボケシャドウ。 これから令子をとっちめるために策を立てるから、おたくも手伝いなさい」
「えー、わい、産まれてきたばっかで、あっついココアを飲みながら夜景の見えるホテルで眠りたいんやけど。 ていうか、ボケシャドウは酷いわ。 ワイは地球侵略に来たカエルの宇宙人か、っちゅんじゃ」
「ごちゃごちゃ言ってないで早くきなさい!」
「……はい……わかったから、そんな怖い目で睨まんといてーな」

 エミの目は、ここ最近見なかったほど生き生きとしていた。 良きパートナーと知り合い、再び美神をライバルとして戦えることをになったからなのかもしれない。
 いずれにしよ、エミの事務所に新しい風が入ったのは確かである。

「……デビルサマナーエミ……うーん、エレガントな響きなワケ。 これならピートもきっと……おーっほっほっほ」

 
 悪魔召還術士、エミ、新たな黒魔術史に一ページを刻むのかは……まだ未定。

 

 

 

 

 

 
「ところでアネさん、一つ忘れてることはありまへんか?」
「忘れていること? そんなことあるわけないじゃない。 私は小笠原エミなワケ。 イッツパーフェクトなワケ」
「そ、それならえーんやけど」

 シャドウはふと下を向いて、エミに聞こえないようにぽそりと言った。

「タイガー、憐れやな」

「なんか言った?」
「い、いやなんでもあらへん。 腹減ったって言ったんや。 あ、そーだ、カレーライス食いたい!」
「黙れ、ボケシャドウ!」

 

 

 

 

 

 

 
「うわーん、いつもいつも影が薄くて忘れられている、というネタでのオチ担当なんていやジャー! エミさーーーーん!!」

 廃ビルの一角で泣き叫ぶ虎男が居たとかいないとか。

 

 

 

    ちゃんちゃん♪

 

 

     終わり


   後書き


 おいっす、zokutoです。
 マッドネスヒーローもそこそこに、短編を書きました。
 『デビルサマナー』……タイトルだけですがアトラスの匂いがします。 ボクはやったことないんですが、デビルサマナー。
 タイトルだけにかかわらず、今回もまたパロディネタが多いです。 まあ、全部紹介するのもアホらしいのでしないのですがね。 各自補完していただければ、と。

 あんまり書くことないなー、ということでここらへんにお開きにしますです。

 ではまた、次回の短編か、マッドネスヒーローでお会いしましょう。


△記事頭

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