「よし、と!思ったより早く終わったし、特別に外食にしますか!」
久しぶりに美神所霊事務所総出で行った除霊はやはりと言うか、予想していた時間よりかなり早く終わり、機嫌のいい美神が珍しくそんなことを言い出した。
「それなら拙者肉が食べたいでござる!」
「……油揚げが食べられるなら何でもいいわ」
……この二人にとって外食も普段の食事もさして変わらないらしい。
そんないつも通りの二人を見ておキヌは優しく微笑むとふと、あることに気づいた。こういう時、一番喜ぶはずの横島が黙っているのだ。
美神達もそれに気づいたらしく、妙な表情で横島を見ている。当の横島は普段めったに出すことの無いシリアスな面持ちで空を見上げていた。思えば今日の除霊でも横島は妙だった。美神達にも何が妙なのかははっきりとわからないのだが、それでも今日の横島はどうだったと問えば、間違いなく全員口を揃えて変だったと答えるだろう。
「……すみません。俺はちょっと……この後よる所があるんで……」
「「あ……」」
その言葉で、ようやく美神とおキヌの疑問は氷解し、今日という日のことを思い出した。
だが、そんなことを知らないシロとタマモはもちろんその言葉に動揺する。
「ど、どうしたんでござるか先生!?先生が美神殿のお誘いを断るなんて……さては先生になりすました偽者でござるな!妖怪め、正体をあらわすでござる!!」
「本物の横島をどこにやったの?」
普段の横島なら絶対にありえない物言いに思わずシロは霊波刀を構え、タマモはいくつかの火の玉を周りに具現化する。
「ってちょっとまてぇい!いきなり人に物騒なもん向けて何言ってんだお前ら!おかしいんか!?俺が美神さんの誘いを断ることがそんなにおかしいんか!?」
「「物凄く」」
「がはぁ!!」
纏っていたシリアスな雰囲気をかなぐり捨ててまで叫んだ魂の咆哮は無残にも声を揃えて切り捨てられた。
そのあまりと言えばあまりの返答に横島は精神に大ダメージを受け、血反吐を垂らしながらその場に倒れ込む。
「……そっか。今日はあの日からちょうど一年目だったわね……」
「…………」
美神の言葉に反応したのか、横島からさっきまでのお茶らけた雰囲気が消失し、再びシリアスな雰囲気が横島を包み込む。
……倒れてはいるが……
「……わかったわ。そのかわり、明日は大きな仕事があるんだから遅れるんじゃないわよ」
「すいません……それじゃあ、明日事務所で」
横島は立ち上がり、それだけ言うと頭を下げてその場から立ち去った。
(やっぱまだ吹っ切れてない、か)
(横島さん……)
その後姿を見て、美神とおキヌの脳裏に浮かぶのは、一人の魔族の女性の姿。
(……あれからもう一年も経つのね)
空を仰いだ美神の眼にはいつもよりも綺麗に見える夕焼けがあった。
選択の後に――――
美神たちと別れた横島は一人、ある場所に足を踏み入れていた。
「ここに来るのも、一年ぶりか……久しぶりだな」
東京タワー――――そこは横島にとって生涯絶対に忘れることが出来ない聖域であり、鬼門。
「ったく……俺たちまだこれからだったんだぜ?それなのに、人の気も知らないでこんなに早く死んじまいやがって……――――ほんと、俺の周りにいるのって、何があるにしてもいつも突然だよな」
そう言った横島の脳裏に浮かぶのは、普段良い意味でも悪い意味でも横島の生活に欠かすことが出来ない友人たち。だが、その中でもっとも自分の中で大きかった彼女はもういない。その事実はあらためて横島の心にとても大きく、とても深い穴を開ける。
「会いたいよ……ルシオラ」
だからなのだろう。普段なら絶対にもらすことのない消え入りそうな声で、横島は懺悔する罪人のようにルシオラが消えた場所に力なく膝をついた。
カツンッ
そこに、背後から足音が響いた。
突然の侵入者に横島は驚いて振り向くと、そこには見知った横島の上司がいた。
「!?……美神さん……どうして、ここに……?」
「アンタが今日行く場所がわかんないわけないでしょう……私にとっても、ルシオラは大切な仲間だったんだから」
美神は悲しげに横島が膝をつく場所を見つめると、一歩、また一歩とその場所に近づいていく。
「ここで……ルシオラが……」
そうして横島の隣に来た美神は横島と同様にその場に膝をつき、その場所に手をあて、言葉なく静かに眼を閉じる。そして、どうしても今聞かなければならないであろう言葉を口にした。
「今でも、後悔してるの?」
世界を救うために最愛の恋人を犠牲にした――――そのことを後悔してるかどうかなど、本来なら聞くまでもないことだ。だが、それでも美神は本人の口から聞かなければならなかった。
あの戦いに巻き込む発端を造った張本人として――――
「そりゃ、後悔はしてますよ。もしかしたら他に方法があったかもしれませんし……けど、」
あの戦いの後は何度も何度もそれこそ毎日のようにあの時の場面が夢で繰り返された。
その度に苦悩もした。どうして自分にはもっと力が無かったのかと。
だが、それでも横島は胸をはって言える。
「けど……俺はあの時から今まで、あの決断が、間違ってたとは思ったことないんですよ」
「え……――?」
予想外の言葉に美神は眼を丸くして、らしくない声を上げる。
「今だから言いますけどね、美神さん……あの時俺、本当はルシオラを取ろうとしたんです」
そんな珍しい反応を示してくれた美神に苦笑を漏らし、あの時と勝るとも劣らない綺麗な夕焼けを見つめながら、横島は今まで誰にも語ることがなかった本心を語り始める。
「世界よりも―――全てを犠牲にしてでも本当の意味で俺を見てくれたルシオラのことを取ろうとしたんです。でもアイツは―――」
鮮明に脳裏に浮かぶのは、決断に迷ってた自分を叱咤した愛する人の言葉。
『私一人のために仲間と世界……すべてを犠牲になんかできないでょ!?』
『約束したじゃない、アシュ様を倒すって……!それとも―――誰かほかの人にそれをやらせるつもり!?自分の手を汚したくないから―――』
「俺は……俺はアイツに『生きたい』って、たった一言、言って欲しかったんです。世界を犠牲にしても……俺とずっと一緒にいたいって……それなのに……それなのにアイツは俺に、自分に止めをさせって言うんですよ?自分はどうなってもいいから、約束を守れって。そんなこと言われたら……やるしかないじゃないですか」
夕焼けから視線を逸らし、自嘲するかのように苦笑しながら美神に振り返る。
――――夕焼けを背後に苦笑する横島……美神には、それが、泣いているように見えた。
「だから……間違ってたとは思わないんです。もし仮にルシオラを取ってたとしても、アイツに一生怨まれ続けたと思いますから」
背伸びして、再び美神の横に腰をおろす横島は見ている者が悲しくなるほどの清々しい表情で天を仰いだ。
「しっかし、ルシオラも酷いやつだよなぁ〜〜。もう二度会えないってわかってて、俺じゃなくて世界を取るんだもんな」
「な、何言ってんのよ!ルシオラの霊体を多く持ってる横島クンの子どもなら……「美神さん」
美神の過剰の反論の言葉を途中でさえぎり、横島は告げる。
「俺もこの一年間、何もしなかったわけじゃないですよ。だからわかるんです。調べれば調べるほど生まれ変わりは前世とは別人なんだって。もしも本当にルシオラが魂のレベルで転生しても、それはもう俺の知ってるルシオラじゃなくて別人です」
「…………」
美神も本当はわかっていた。前世と生まれ変わりは別人だということを。なにせ、美神自身前世の自分に会ったにもかかわらず、前世の記憶など何一つ思い出せないのだ。
わかっていたのにそう言ったのは、あの時は辛そうに悩み苦しむ横島が少しでも普通に戻ればと思った気遣いからだった。
(けど……余計なお節介だったようね)
「……強いのね、横島クンは……――――」
知らず、美神の口からずっと隠していた本心が漏れていた。
「そんなことないっスよ。ただ、強がってるだけです」
だが、それさえも横島は苦笑して否定する。
「一年前のあの日から……俺は、アイツが好きでいてくれた俺でいようと誓いました。けど、今日は……今日だけは、泣いてもいいですよね?」
「……バカね。ガマンなんかしてないで、泣きたい時は泣いときなさい」
「う、く、ううううううう……なんで……!!なんで死んじまったんだよぉ、ルシオラ……」
美神のその言葉が引き金になったのか、横島は膝を抱え込み、子どものように泣きじゃくる。
まるで、今まで溜め込んでいた分を全て吐き出すかのように……。
(本当に、男って不器用よね)
美神は思う。自分の父親にしてもこいつにしても、どうして辛い時に自分だけで悩みを抱え込もうとするのかと。
だが、こうも思う。
(今の横島クンは、後ろを振り向いてでも確実に一歩を踏み出すのが大切なんでしょうね)
「ほら!いつまでもイジイジしてないでそろそろ行くわよ」
しばらくすると美神は横島の頭を軽く叩き、ゆっくりと立ち上がる。
「へっ?行くってどこにッスか?」
その急な展開に対応しきれず横島は呆けた顔で問い返すが、美神はため息をつき、頭を抱え、もう一度横島の頭を若干強く叩いた。
「あのね〜。なんで私がここにいると思ってんのよ。ほら、早くしないとせっかくアンタの分も頼んどいたのにシロに全部食べられるわよ!」
ぞんがいにそれだけ告げると美神は横島に背を向け、照れているのか早足で出口に向かい歩き出す。
「あ、は、はい!」
美神に怒鳴られた横島は慌てて涙を拭い立ち上がり、美神を追いかける。だが、ふと、立ち止まった横島は背後の夕焼けに振り返り、心の中で、誓いを立てる。
(ルシオラ……これから先、どうなるかわからないけど、お前の分まで精一杯生きてくよ)
そうだ。自分は簡単に死ぬわけにはいかない。この命は自分一人のものではないのだから。
「こら!はやく来なさい!!」
「はい!!――――――――それじゃあ、また一年後にな」
あとがき
どうも、黒夢です。GSの単行本を読み返している時に横島の本当の気持ちはどうだったのだろうか?と思い立ち、自分なりに書いてみました。
ここまでつき合っていただいた皆様、ありがとうございました。