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▽レス始

「天邪鬼な彼女の場合(GS)」

仙台人 (2005-02-26 06:15)

 青年は今、強い決意を胸に秘め、目的地へと向かっていた。
 今日こそは、今日こそはこの願いをかなえるのだ。いやかなえなければならないのだ。
 はやる気持ちは抑えられず、自然と歩幅が大きくなり歩くスピードも早くなる。 

 やがて彼はその”部屋”の前にたどり着いた。
 いつも見なれた木製のドア。しかし…このドアが、これほどまでに大きく感じたのは初めてだった。
 くじけそうになる決意を何とか奮い立たせ、彼はドアノブに手をかけた。

ガチャ!

「美神さん! 高校を卒業してきました。給料を上げてください!!!」

『イヤよ! 絶対ダメ!!!』


 そ、即答!
 簡単には行かないとは覚悟していたが、即答されるとは…。

 青年の名は ”横島忠夫”
 本日高校の卒業式をむかえ、所属する除霊事務所の所長、美神令子に対して、正式社員としての待遇を求め交渉しに来たのである。
 正式社員としての待遇とは、簡単に言えば『まともな給料をよこせ』という事である。

 明らかに労働基準法に違反しているような薄給で勤めている彼も、高校を卒業すれば社会人である。当然親の仕送りもなくなる。生活するには何よりも金が必要なのである。 

 それを…。イヤよ! の一言で即答断言されるとは…。

「何でですか! 俺だってずいぶん役に立ってるじゃないですか!」

『ダメなものはダメ!!』

(こ、このアマ……)
 横島は自分の師匠であり雇い主でもある美神の理不尽さに、さすがに怒りを覚えてきた。今まで単なるバイトとして言えないでいたこともあるが、こうなっては事務所を辞める事も覚悟して交渉せねばならない。場合によっては文珠が必要になるかもしれない。

 横島がどうしてくれようかと歯ぎしりしていると、優しい同僚、おキヌちゃんが助け舟を出してくれた。

「み、美神さん。横島さんも社会人になるんですし…少しぐらいはお給料上げてもいいじゃないですか…」

(おキヌちゃん…ええ子やなぁー)

 一触即発の事態だけは避けられたが、美神はなおも納得いかない様子だった。
 その時。横島の元に幸運の女神が舞い降りてきた。

「令子! あなたはいつまでそんな事言ってるの!!」

 女神様の名は美神美智恵、令子の母親である。(美智恵の腕の中で眠るひのめは、幸運の天使というところか)

『う! ママ!?』

 令子は目に見えてうろたえ始めた。天上天下唯我独尊、自分が法律の彼女にとって唯一頭の上がらない相手が母親である。

「もしあなたが経営者として、横島君をこのまま不当に扱うならば…こちらにも考えがあります。オカルトGメンであなたを告発します! それでもいいの!?」

 もはやこの娘には、”忠告”などという生やさしいものは通用しないと判断した美智恵は、『法的手段』という切り札を出して脅迫してきた。
 令子も税務署のマルサならともかく、この母親から逃げ通せるとは思えない。渋々ではあるが、白旗をあげた。

『わかったわかった、わかりました! 上げれば良いんでしょう! 高校出たてだし…月給20万。これでいい!?』

 高卒の初任給としては中々の金額ではあるが、事務所の収益と横島の能力を考えればずいぶん少ない。
 だが横島はそれで満足してしまった。

「うおー! これでまともな生活ができる…。もうテレビの料理番組をおかずに、飯を食わなくても良いんだ・・・」

 普段の極貧生活が忍ばれるエピソードに、おキヌは思わず涙がこぼれそうになったが、美智恵は娘への怒りをさらに大きくしていた。
 横島ほどの優秀なGSなら、この金額では普通は事務所を出て行くのだが、本人が喜んでいるのでは文句のつけようがない。さらに言えば法的にも違反していないのだ。

「まったく…横島君、これからは労働条件に関して問題があったら、ちゃんと文句を言うのよ?」

「はーい、心得ました! 今日は隊長のおかげっす」

「良かったですね、横島さん」


 こうして彼の宿願はかなえられる事となり、和やかな雰囲気で部屋を後にした。残された一人の女性を悪者にして……。


 誰もいなくなった書斎で、美神令子は一人残っていた。
 散々皆に非難され悪者にされ、さぞかし怒っているか落ち込んでいるかしていると思いきや、彼女は笑みをうかべていた。

 彼女は使いなれた自分の机の引出しを開けると、クリアファイルに入れられた一枚の書類を取り出した。
 その書類の一番上には、『労働契約書』の文字がある。
 雇い主欄には『美神令子』
 労働者欄には『横島忠夫』
 そして給与欄には『月給にて20万円』という記述があった。

 今さっき嫌々ながら、無理やりその条件に変更させられたはずなのに…美神はなぜかすでに正式な書類を持っていた。彼女には書類を作成する時間などなかったはずだ。

『ふう…危なくいつも通りにしちゃうところだったわ…。あのタイミングでママがやってくるなんて、私も横島君も運が良かったわね』

 美神は苦笑しながら書類を見つめ、それを片手でいとおしむように撫でた。
 その視線は、書類ではなくその向こうにいる誰かを見ているようにも感じられる、あたたかい眼差しだった。

 種明かしはこうである。
 最初から横島の給料を上げるつもりだった美神だがどうしても自分からは言い出せず、おキヌの擁護と美智恵の脅迫を利用して、さも「自分はしょうがなく給料を上げたのだ」という事にしたのである。
 なんともまわりくどくてバカバカしいやり方だが、素直になれない彼女にはこれが精一杯だったのである。
 もっともいつものノリで突っ走ってしまったので、美智恵がこなければどうなっていたか分からなかったが、終わり良ければ全て良しである。
 横島も喜んでいたし、笑ってしまうほど素直じゃない自分の性格も簡単に直るものでもない。でも次からはちょっとだけ素直になれるように努力してみよう、と思う美神であった。

 微笑みを浮かべたままの表情で、彼女は開けっぱなしの机の引き出しに目線を移した。その引出しの中には、きれいな包装紙に包まれた箱が、リボンで飾られて大切に保管されてあった。

「問題はこの卒業プレゼントを、どうやって渡すかなのよね……。おキヌちゃんあたりも用意してるかしら? あの子が渡す時一緒に………」


 …………彼女が素直になれるのは、まだ先の事のようである。


 ちなみにこの半年後、横島はその能力と働きに見合った、数百万円ものボーナスを支給された。その時美神が説明したボーナスの理由は

「これは一種の危険手当よ。これまで以上に死ぬほどコキ使ってやるから覚悟しなさい!」

 だった。本気とも照れ隠しともとれるその発言に、横島は何とも言えない微妙な表情しかできなかった。どうやら横島は天邪鬼な彼女に当分頭を悩ませるようである。

 
おしまい♪


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