ある月夜の晩…。満月の光に照らされたその場所は、殺気に満ちあふれていた…。
数人の男達が、一人の人物を取り囲んでいる。
男達はそれぞれ武器を手にしており、輪の中心の人物の動向を探る様にして、息を殺していた。
中心にいるその人物は、白銀色の長い髪が無造作に伸ばされており、頭頂部に赤い毛が混じっているのが特徴だった。均整の取れた体は良く鍛えられている事が見て取れたが、端正な顔立ちと、豊かに突き出た胸がこの者が女性であることの証拠だった。彼女の手には武器はなく、右手からそのまま伸びる様に霊力の刀が存在していた。
「では、まいる!」
「いざ!」
「チェスト――!!」
裂ぱくの気合とともに、男達は前後左右から女性に襲い掛かった。
シャキーン!
「グハァ!」
「ヌウォー!」
「ギャアー!」
男達の攻撃がその身に届こうかという刹那。
女性は目にもとまらぬ速さで次々に男達を切り捨て、地べたにはわせた。
「安心しろ。みねうちでござる…」
霊波刀でみねうちも何もないような気もするが、手加減をしたをいう事だろう。男達は痛みに身もだえているが、大した怪我ではないようだった。
戦いに勝利した女性の名は 『犬塚 シロ』。人狼族の女性である。
彼女が美神令子の所に居候生活をはじめてから、数年の月日が流れ、彼女も少女から美しい女性へと成長していた。
ここは日本のどこかにあると言われている、人狼の隠れ里。
そして彼女に敗れた男達も人狼族の戦士達であった。
この奇妙な状況を説明せねばなるまい。
ことの始まりは、シロの一言であった。
普段は人間界の美神の所に居候しているシロだが、今は亡き父親の法事の為に、久しぶりに里帰りをしていた。
元々狭い村だったし、人狼族は仲間意識が強いので、法事には里のみんなが参加した。
一通り法要が終えると酒の席になるのはお約束だろう。その席で、多少酒に酔ったシロがこう言ったのである。
「男は強くなくてはいかんでござる! 拙者は強い男が好きでござる!!」
この言葉を里の独身男性達が聞いていた。
シロにしてみれば、別に大して意味のある事を言ったつもりはないが、ここ人狼の里では嫁不足が深刻なため、話が大きくなってしまった。しかもうわさがうわさを呼び、どう言うわけか『シロを倒せたものが嫁にもらえる』という話に変わってしまっていた。
日本の農家の嫁不足とは違い、ここでは女子の出生率が極端に低いのだ。
理由は、血が濃くなりすぎて遺伝子異常がおきているとか。里があまりに大きくて強力な結界に囲まれているために、人狼の、特に女性に影響力のある、月のエネルギーが遮断されているとか。色々諸説はあるがはっきりしていない。
とにかくシロは人狼族の数少ない貴重な女性なのだ。
しかも強い上に美人である。さらに言えば、江戸時代ぐらいから変わっていないセンスの彼らにしてみれば、長く人間界で暮らすシロは非常にあか抜けている。ミニスカートなどはかれたら鼻血ものなのだ。
つまり、シロは『人狼族のお嫁さんにしたい女性NO.1』なのである。
そういう訳で、次の日からシロは里の全独身男性からプロポーズ代りの決闘を申し込まれた。単なるデマなのだが、シロ自身酔って記憶が確かではなかったので、なし崩し的にひき受けてしまったのだ。
そして朝から戦って、戦って、戦って。日が暮れるまで戦って。先ほどようやく最後の数人を片付けたのである。
「勝負あったでござるな…それでは失礼するでござる!」
シロは多少ウンザリした様子ではあったが、息も切らさず颯爽と立ち去ろうとした。しかしその彼女の足に男達がまとわりついてくる。
「待ってくれ、シロ!」
「捨てないでくれ〜!」
「いま一度! いま一度機会を!」
朝からほとんどの男がこんな感じだったのだ、いい加減シロも頭に血が上ってくる。
彼女は男達を振り払う様にして突き放すと、激しく一喝した。
「情けない! 勝負に負けた事はともかく、その媚を売るような態度! 約束通り真剣勝負をしたというのに何たるざま! 今一度などと…武士に二言はないはずでござろう!?」
怒りのボルテージは益々高まり、さらに続ける。
「昔から『武士は食わねど高楊枝』と言う。例え嫁不足であっても、欲望を剥き出しにして取り乱したりせず、堂々としているのが武士<モノノフ>としてのあるべき姿でござる!」
いちいちもっともな説教に、男達はガックリとうなだれてしまった。サムライスピリッツを大事にする人狼族では、シロの説こそ自分達のあるべき姿なのだ。
「うう…すまないシロ!」
「俺達が間違っていた!」
「許してくれシロ!」
滝の様に涙を流す男どもを見て、シロはウンウンとうなづいて怒りを納めた。
多少自分の言葉に酔っているところもある。
「しょうがないでござるな! 拙者がしばらく里に残り、みんなを叩きなおしてしんぜよう!」
シロは段々調子に乗ってきて、そんなことまで言い始めてしまった。
男どもはさらに男泣きを強め、「ありがとう。ありがとう!」と青春ドラマのコーチと生徒の様になっていた。今にも(夕日はないので)、「あの月に向かって走れ」などと言いそうな雰囲気である。
と、その時―
プルルルル! プルルルルル!
「うむ?電話でござるか……」
美神令子除霊事務所では、メンバー全員に衛星携帯電話が支給されている。世界のどこに行っても繋がる高性能電話である。
美神にしてはかなり経費のかかる支給品ではあるが、メンバー達には”自分達を束縛する首輪のようなもの”という認識だったりするので、元は取れているのであろう。
「もしもし?」
『よう。シロ!』
「……先生! 先生でござるか!?」
電話の相手は、彼女の敬愛する横島忠夫らしかった。シロは興奮を隠せず受話器を握りなおす。
『おう。久しぶりだな。元気にしてたか?』
「くう〜ん。せんせー。拙者は寂しかったでござるよ〜」
シッポがものすごい勢いでフリフリしている。しかもイヌ、もとい狼のくせに”猫なで声”で、思いっきり媚を売っているように見える。
『大した用事じゃないんだけどさ。明日事務所で焼肉やるんだよ。なんか隊長が良い肉をもらったらしくてな。それでお前どうする? いつ帰ってくるんだ?』
「や、焼肉でござるか!? それは是非とも食べたいでござる! 明日までには帰るでござる!」
よだれが口からあふれ出て、携帯電話の故障の原因になりそうだった。『武士は食わねど…』というセリフはどうなったのだろうか?
しかもさりげなく『しばらく里に残って…』という約束を破ってたりする。武士に二言はないというのは聞き間違いだったのだろうか?
『じゃあ明日な。待ってるぞシロ!』
ップープープー
「……焼肉……先生が待ってるぞって…」
シロは電話の余韻に浸りながら、感激の涙を流していた。
彼女にとって『肉』と『横島』は最大の価値であり喜びである。
ジトー………
シロはいや-な視線を背中に感じ、振り向いた。
そこにはすっかり忘れ去られていた男達が、ジト目で自分を睨んでいた。
その目は「さっき自分で言ったのに。うそつき…うそつき…」と言っているようだった…。
はっきり言って、今までのシロの説教は説得力ゼロである。
さすがにシロもこれはまずいと思い始めていたが、帰りたいものは帰りたいのだ。
彼女にとって焼肉と横島より優先させる事など存在しない。
と言うわけで…彼女の言い訳はこれである。
「せ、拙者は武士である前に女でござる! 女には武士道よりも優先させねばならない事が、あるのでござる!!」
そして……。
「せんせーい。今そちらに行くでござるぞ〜〜!!!」
男達が見つめる中、シロはドップラー効果を起こしながら、全速力で走り去っていってしまった。
彼らの流す涙は、暑っ苦しいが美しかった。
その美しさが、余計に悲しいのであった……。
お ま け
愛しい横島と焼肉のために、一睡もせず夜道を走りに走り通して来たシロは、夜明けと共に横島のアパートを強襲した。そして大音響で彼を呼ぶのである。
「せんせー! 一緒にサンポに行くでござるよ♪」
げに恐ろしきは乙女の心。
恋は盲目。自分の睡眠も、他人の睡眠時間も気にならないほどの恋心であった。
おしまい♪