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▽レス始

「小説家に出来る事(GS)」

新木鈴美 (2005-02-10 20:44/2005-02-13 01:26)

 清々しい新緑の森を抜け、緩やかな坂道を小走りで駆け抜けてみた所にある別荘地。その内の一つ、花に包まれた乙女チックな雰囲気の建物。そこにはテラスが備え付けられており、一人の女性がノートパソコンを前に苦悩の表情を浮べている。


 「あいであ・・・アイデア・・・。もうあのキャラクターは使えないし・・・こいつは・・・ああ、こないだ殺しちゃったんだっけ。もっと搾り取れる要素あったかなあ・・・しまった」

 彼女はブツブツと呟きながら、パソコンの隣のメモ用紙に×印を付けた。長髪の黒髪の男だった。オカルトGメンの美男子という設定の彼であったが、物語を盛り上げる為にあっさりと消えてもらった・・・という事らしい。拳銃で撃ち殺された後、車に轢かれて身体が真っ二つ。血と肉が裂ける瞬間を愛する僅かな読者には堪らないだろう。

 「そう、世間は刺激を求めているの」彼女は語る。

 人気小説家である彼女は、数多の小説をこの別荘で送り出し、夢見る少女達の願望を叶えて来た。以前は少女小説一辺倒だった彼女も、ここの所は苦戦を強いられている。端的に言ってしまえば作風が飽きられてしまったのだ。

 とにかく本が売れない。

 「慣れ」という耐性が読者に出来た時にはもう遅い。読者の数は少しづつ少しづつ移ろい行き、減って減って減りまくっていたのだ。結果、彼女は作品の方向転換を迫られる事になる。

 「もっともっと過激さを・・・そしてテーマは流行りの”韓流”」

 とりあえず、何か間違った方向に転換していっているような気がするのは、気のせいというものだろう。

 まずヒロインの女の子は黒髪の巫女少女。このキャラクターは彼女の以前の作品の中でも人気キャラだ。という訳で名前を変えてリサイクル。とってもエコロジーな作家さんであった。

 そして主人公はGSで、勿論日本の方では無い。しかし、彼女は韓国に行った事は無かった。

 「最近は編集もケチで取材費も少ないのよっ」彼女の口癖だ。

 つまり、そこは想像で埋めるのが正しい形。「そう、それは私の妄想と文章力でカバー出来る」・・・と。それがどういう結果をもたらすのかは、今の所想像するに難い。

 「まず主人公がとある悪霊を追って・・・日本にやって来る。名前は・・・ヨコ様。生理的に受けつけないイメージなんだけどこれはリサーチの結果なの。まあプロである以上世間の声は無視出来ないって事ね」

 ワイドショー等で顔は良く見る事が出来る。日本の若手俳優にはあまり見られない『純朴さ』が彼には見えた。誠実で、紳士的で、大人な雰囲気。だが、それをそのままキャラクターにするのはあまりに安易というものだ。

 「ここが私の腕の見せ所って奴よね・・・うぅん・・・と」

 (とりあえず、性格は真逆にしてみよう)

 彼女は頭の中で韓流ブームの火付け役である彼の顔を思い浮かべた。天を仰いで、微笑みを浮かべる彼の姿である。そして、その顔で彼を動かしてみる。舞台は彼女と出会う場所、船の中にしよう。お金が無くて、韓国から日本への貨物船に乗り込み、その倉庫の中で死んだように眠っていた彼と、船幽霊を祓っていた巫女少女との出会い。

 思いのほか強い力を持っていた幽霊に、彼女が側に居た貨物船の中にまで吹き飛ばされる。(怪我をされると困るから、ちょうどそこには網が置かれていたって事にしよう。貨物船に見せかけた密漁船、とか、そういう展開もあり。)向かって来る悪霊から逃れるために、船内に忍び込む彼女。入り組んだ船内の一つの部屋を開く、と、そこは密漁した魚を置いておく冷凍室で、その中で凍死しかけているヨコ様。

 (刺激的よね)

 で、お人良しの彼女は、死にかけている彼を助けるためにヒーリングをする。でも、彼の顔は青褪めたまま。このままだと死んでしまう。どうしよう、と迷っている内に、彼の服のポケットの中からジッポのライターを見つける。そして、使い方が分らずにあれこれしている内に、都合良く落ちていた油の一斗缶に引火してしまう。燃え始める部屋。彼女は抜け出すために彼の身体を背負う。

 その入り口に立ちふさがる悪霊。にやにやといやらしい笑いを浮かべて、二人を眺める。

 彼女が彼の身体をそっと床に下ろすと同時、ネクロマンサーの笛を差し出し、悪霊と向かい合う。

 悪霊はゆっくりと近づいていく―――。笛を吹こうとすると刹那、背後から、いきなり別の悪霊が現れて、彼女の身体を拘束する―――(ここら辺で、男の読者の開拓をするのよ)

 冷房が破壊され、暖かくなった室内の中で彼は目覚める。悪霊に嬲(なぶ)られそうになっている彼女の姿に慌てて身を起こし、彼女を束縛している悪霊をどうにかして倒して、で、前の悪霊も、何とかして倒して―――。

 息絶え絶えになりながら、彼に礼を言う彼女。

 そして消え去った悪霊の方を見ていた彼は振り向きざまに言う。


 「あにょはせよ」


 「だって、韓国人だもんね」

 彼女はくすくす笑いながら、頭の中のイメージをノートパソコンに少しずつ加えていった。指は滑らかに文章を紡ぎ出していく。怪しい神が降りつつあった。


 で、彼女の乱れた着衣から見える、透き通るような白い肌を彼はまじまじと見つめる。更に彼女がそれに気付いて、急いで衣服を整えるのを見て、恥ずかしそうに彼は顔を背ける。睨む彼女の口元には笑み―――うーん、ちょっと弱いかなあ・・・、もっとエロティックでも良いかも。

 二人の中の関連性みたいなのを作っておくべきかも知れない、と彼女は続けてタイプしていく。

 (不誠実で、下品で、子供っぽく・・・。『純朴さ』は―――)

 「・・・うーん。何かここだけは消したくない一線よねぇ。やっぱり素敵な一面も多少は必要だし・・・」

 何となく頭の中に浮かんでいた彼のイメージが徐々に変わっていく。


 いつもお腹を減らしていて、巫女少女に食事を泣きついている。
 街中ではいつもナンパをしていて、誰にも相手にされないでいる。
 でも、彼女のピンチの時にはいつでも彼女を助けるために現れて・・・。


 「すぅすぅ」

 いつのまにか彼女はノートパソコンに突っ伏して眠っていた。三日連続で徹夜してれば、誰だって眠ってしまおうものである。そっと・・・暖かい風が彼女の身体を包み込んだ。その寝顔は数日前とはうって変わって、安らかな表情を見せていた・・・。


 時は流れ・・・。


 「御腹空いたよー」

 テーブルに顎を付けて、調理している彼女の背中を眺めている彼。

 彼女は「・・・はいはい」と苦笑しつつ、フライパンで青椒肉絲(ちんじゃおろーすー)を炒めている。隣のコンロには、市販のフカヒレスープが煮込んである。

 「今日の御飯、何〜?」

 彼が尋ねる。甘えるような響きがそこに見える。大皿と小皿と箸とマグカップと、調味料の入った容器が視界を遮っている。が、彼はあまりそれらに注意を向けず、楽しげに彼女を見ていた。

 「中華料理です」

 彼女が答える。

 「日本食が良いよー」

 彼は不満そうな表情で、彼女に言った。

 「我侭は駄目です」

 振り向き、彼女は告げる。

 彼女は手にしたフライパンから、大皿に色鮮やかな青椒肉絲を移し、空のフライパンに水を溜め、流しに置く。

 「おキヌちゃんのけちー」

 呟きつつも料理を小皿に取り分け、彼女の席の前と自身の席の前に置く。

 「横島さん、御飯食べたくないんですか?」

 「ずっとキムチばっかだったから、日本の味噌汁とかが飲みたいんだよ」

 微かな静寂―――。

 二人が見詰め合う。彼女の額には、ピクピクと血管が浮き上がって見えた。

 それを見て、横島は彼女の視線から逃れようと小皿を眺めている。

 「横島さん、韓国の人だからキムチばかり食べてるのは当たり前じゃないですか」

 微かな震えの混じった声。

 彼は彼女のその震えに気付かないフリをして、小皿の前に置かれていた箸を手に取り、青椒肉絲を突付く。

 「あ・・・いや、そうなんだよなぁ・・・そういえばこの前までは全然日本語喋れなかったっけ・・・」

 ぐつぐつと煮立ったフカヒレスープが、マグカップの中におタマも使わずに器用に注ぎ込まれる。彼は思わず身を引いたが、スープは一滴も零れる事も無かった。波紋もまた、すぐに止んだ。

 ほっと息を吐きつつ彼が彼女を見ると、そこには無理やりに作った笑顔を浮かべる彼女がいた。

 「まるで、日本人みたいですよ・・・と、さ、食べて下さい」

 「カット!」


 ”君達アドリブ多すぎるんだけど・・・”

 「ずっと韓国に滞在ロケだったから、日本食が恋しいんすよー!」
 「・・・だからって、横島さん日本語喋り過ぎです」

 ”後主人公の名前はぺ・ヨコジュンで・・・”

 「あっ、すいませんつい」


 ―――気が付けば映画化。『彼女』の想像は世間に勝利したのだ。

 凄く魅力的な話です。とても―――と、監督は『彼女』に告げる。

 「ただ・・・役者がね・・・」

 困り顔を向ける監督に彼女は笑って返した。

 「それは、小説家に出来る事の範囲外ですわ」

”前作でのコメント、本当にありがとうございました。非常に感謝しております。”


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