「ルシオラ…」
先の大戦でその身を犠牲にしてまで自分を助けてくれた女性を想い嘆く横島。
アシュタロス事件の後にすぐにいつもの彼に戻ったように周囲の人間には見えた。
しかし、そのように見えた彼だが、全く事実はそうではなかった。
夜、布団の中で目を閉じるとき… 友人との会話の中、一瞬会話の途切れるその瞬間… 紅
く華やかに燃える夕日をみるその刹那…
ときどき、横島はなんとも言い難い感情を覚えることがある。
それは悲しみであり、悔恨であり、憎しみであり… そして満足でもある。
彼女の託した世界が今尚、多少の小競り合いはあるとはいえ平穏に存在しているという事への。
それは、心根では誠実な彼に、自己への嫌悪感にも似た感情をも引き起こさせた。
彼女の死によって存続する世界、愛する女の犠牲によって消滅を免れた世界、自分が彼女を生贄にして救った世界、それに満足する自分。
結局、自分はルシオラをどう思っていたのだろうか。そんな想いの根幹の部分さえも揺さぶられてくる。そうして彼はそれを皮切りにして様々な思考に陥っていく。
『なぜ、みんな全員が生き残る事が出来なかったのだろう。何故死んだのがよりによってルシオラなのだろうか。他の人間なら良いと言うわけでは決して無いが、なぜ彼女が…
美神美智恵はルシオラの死を知りながら手をこまねいたのだろう。彼女を殺したいほど憎いとも思う。
しかし、それは自分がルシオラよりも世界を取ったように、彼女がルシオラよりも娘を選択した結果だろう。理性の上では納得も出来る。
しかし、恋人を見殺しにされた気持ちは収まらない。どうすれば良いのだろうか?』
などといった、いつもの彼と違ったシリアス100%の思考で埋まる事がときどき有る。
まぁ、その合間にルシオラの体の感触を思い出したり、ルシオラの肢体の妄想も混じっていたのでシリアス度は90%位かもしれない。
しかし、それでも彼の数ヶ月前の思考と比べるとその割合は信じられないほど高い。
なにせ、彼のかつての思考は、いかにして生きていくかが10%弱、あとの90%以上が色欲にまみれた、物によっては18禁どころか検閲に引っかかりそうな内容であったのだから…
シリアスに浸っているある日、彼はふと、中世にタイムトラベルしたときに令子が言った事を思い出した。
「そういや、あのときさー。実は横島君死んでたはずだったのよね。私がタイムトラベルしなかったら、あんた死んでたんだから感謝しなさいよー」
そもそもその力のせいで過去なんかに行って殺されかけたんだがなーという思いがバレないように、焦る横島。通常のタイムトラベルをしたのなら、ハーピー事件のときのように令子はその場に二人いなければならないはずだ。そう思い出し、話をそらす為に質問する。
「でも美神さん一人しかいなかったじゃないですか?」
「いやー、それがさぁ、私もなんでか知らないけど、意識だけ時間を遡ったのよねー。」
「へー、そんなやり方もあるんですねー」
令子もその点が不思議であったようで考え込み始めた。
そんな令子の様子を見て自分の折檻モノの思考を悟られずに済みほっとするのであった。
『そうだ、これだ!この方法なら!』
当然ながら横島はルシオラを失った当初、過去に遡る事を真っ先に考えた。
しかし、従来のやり方では過去の自分と時代を遡った自分、自分が二人も存在する事になる。
そんなことになれば過去の自分とまず間違い無くルシオラを奪い合う事になるだろう。
なんせ相手は煩悩魔人の名を欲しいままにした横島忠生。
その煩悩と僻み根性の強さは誰よりも横島自身が知っている。嫌と言うほどに…
自分とルシオラが良い感じになった瞬間に命がけで嫌がらせしてくる「自分」…
嫌すぎる。自分があいての立場になったとして考えてみる。
<いきなり未来の俺だとか名乗る奴が現れやがった。
流石に未来をあらかじめ知っている所為か、次々とアシュタロスの奴の策を見破り活躍していく。
それはまだいい。俺の代わりに頑張ってくれてるんだから。しかし、あのルシオラとか言
う女魔族といちゃつく姿は許せん!
聞けば奴の元々の恋人で、彼女を救う為に過去にやってきたらしい…
っつーことは、あのきれーなねーちゃんは俺の女になるはずやったんやー!っていうか、本来は俺の女や。
奴めーイランことしよって。こうなったら奴からあのねーちゃんを取り戻したる!
あの二人を監視してイケナイ雰囲気になったら文殊でもなんでも使って邪魔しちゃる!
いや、いっそのこと奴を消してルシオラに
『奴は帰ったよ。もう用事はすんだってさ…君をよろしく頼むって頼まれたよ』
とか言って、悲しみに沈む彼女を優しく包み込んであげるのもええかもしれん!>
それくらいのこと自分なら絶対考える。いや、むしろ必ず実行する。
それくらいは自分をわかっている横島であった。
酷く情けない自己認識であった…
それに、同じ人間が二人もいると、将来幸せに生活するときに戸籍とかの点で絶対問題が出てくるに決まっている。
流石にどこにも国籍なしの状態では出来る事に制限が付きすぎるだろうし、とてつもなく苦労する事は間違い無い。
そんなこんなで横島は意識のみを過去に飛ばすことを決意したのであった。
続きます。
(後書き)
はじめまして、炯という者です。ずっと夜華時代から他の方の作品を見ていました。そんなある日に思い付いたネタで書いてみようと思ったのがこれです。初心者ですので是非いたらぬ所をご指摘下さい。勿論、それ以外でも感想を頂けると続きを書く速度はググッと上がりますので…