免許を取った。
18歳の正常な男子が免許を取ったら、することはひとつ。
自分の車を速攻で買って女の子とドライブ・・・・煩悩燃え上がるシチュエーションだぁぁ!
「・・・で、美神さんに質問〜!車って何買ったらいいと思います?」
今の俺には車を買うぐらいの金はあるが、何を選んでいいのかよくわからない。
そこで、一番詳しそうな人に聞いてみることにした。
「・・・あんたねぇ。免許取ったくらいで本当に公道運転できると思ってんの?」
「へ?」
「教習所で教えるのは基本だけ。一体何人が交通事故で死んでるか知ってる?」
「ええっと・・・」
「大体1時間に1人ってとこかしら?しかも日本じゃ事故から24時間以内に死亡した人だけカウントしてるから、実際はまだ多いはずよ」
「うわっ」
「どうせ女の子乗せて2人っきりでどうこう考えてるんでしょうけど、まだ無理!」
教習所でもさんざん脅されたけど、そう言われると考え込む。
「ま、でもあんたが運転できると事務所としても助かるんだけどね」
今は美神さんと俺が別々の現場に行く事も多い。基本的に美神さん以外は道具をあまり使わないから、電車やバスで現場に行っていたが、大掛かりな封印メンテなんかはさすがに無理。
「活動の自由度が広くなるから、是非運転できるようになってもらいたいんだけど」
「どうすればイイんですか?」
「決まってるじゃない。特訓よ♪」
「え?」
「今のあんたの技術じゃ、大事な従業員を乗せて運転させられない。なら腕を磨けばいいだけよ」
なんだかイヤーンな予感がして、じゃ俺書類整理がありますから・・・・と逃げようとしたけど、
「じゃ、早速行きましょ♪」
美神さんが俺の腕を取る。
胸がぁ!手に当たってマス!
ぷにんぷにんしていい感触が伝わってくるんですけど!
そりゃ、美神さんは上司で、以前はよく覗いてたけど今は節度をどうにか保っているけど、そりゃ俺だって若くて健康な男でしかも煩悩が霊力源って体質で・・・・・
・・・・っと気が付いたらいつの間にかワゴン車に乗せられて、寂しい河川敷に着いていた。
こんな誰も来ないような所に連れ込んで、ひょっとして・・・・
「まず、実戦からね♪」
妄想がスタートする前に、美神さんは車を猛スタートさせた。
「ドゥォォォォーガキッドシャッ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
河川敷の砂利道を物凄いスピードで飛ばす美神さん。
このワゴン車って、こんなに速かったの?
確か・・・レガシィのターボとか言ったっけ・・・・・
「車の運転って、究極的には路面との対話なの。だから元々グリップの低いダートコースはうってつけの練習場所よ」
平然と話しかけてくるが、俺はそれどころじゃない。
「死ぬぅぅぅぅぅぅぅ!」
「で、こんな路面じゃ普通にハンドル切っても曲がらないの」
美神さんがハンドルをぐいっと曲げるが、車は全く曲がる気配を見せない。
「じゃあどうするかって言うと、荷重を前に移すためにアクセルを緩めたり、ブレーキを使うのよ」
シートに張り付いていた俺の背中が離れ、前につんのめる。
シートベルトに胸を思いっきり圧迫され、苦しぃぃい!
「だけど、ブレーキだってタイヤがグリップしてなきゃ効かないから、そこは程々にね」
今度は車の鼻先がぐっと曲がりこむ。
「で、ここでアクセルを踏み込めばリアがブレークしてドリフトするのよ」
素早く美神さんは車の曲がる方向とは反対にハンドルを回す。
「ドリフトしている最中はアクセルの踏み込み具合と、カウンターステアで流れをコントロールして」
横に・・・車が横に・・・・走ってる・・・・
美神さんのレクチャーはそれから1時間続いた。
「さあ、今度は自分でやってみましょうか♪」
「あんな事出来るかーぁ!」
次の日、俺は休みを取ってオカルトGメンを訪れた。
「西条、すまんが相談に乗ってくれんか?」
「今日はどうしたんだい?誰かと深い関係になっちゃったとか?」
「違うわーっ!」
「そうかい?君の事務所ではよりどりみどりじゃないか?君みたいな煩悩の塊が良く我慢してるもんだね」
「そりゃそうだけどよ・・・自分を慕ってくれている部下をどうこうしようとは思わねぇよ」
「部下じゃなくて上司はどうなんだ?もっとも相手にしてもらえるとは思わんが」
「うるせぇ・・」
相変わらず嫌なやつだが、今日は我慢。
<相談する時はよく相手を選びなさい>
美神さんがよく言っていた。
<誰に相談するか決めた時点で、実は自分の中でも結論は出ているのよ>
俺は失敗をもう繰り返さない。
この件では2度と美神さんには相談するもんか!!
「・・・・・すまんが、車ってどれ買えばいいか教えてくれ」
「そりゃ・・・また難しいことを聞くね・・・」
「何でだ?」
「車を選ぶということは、人生を選ぶことにも等しいんだぞ」
「んな大げさな」
「愚かだな。男にとって車は自己表現のための物でもあるんだからな」
「て言うと?」
西条は車の違いによる「見られたい姿」の違いを懇々と説明した。
例えば
●パワーのある大きい車に乗っていれば、自分をより大きく強く。
●人数の乗るミニバンは、家族を大事にしているように。
●高価な車であれば、金持ちに
それぞれ見られたい姿の願望が浮かび上がるそうだ。
本当はその中でも、メーカーや車種によって細かく異なるし、一概には言えない場合も多いけどね、との事。
「イギリスでは、みんなその辺までよく考えて車を選ぶものさ」
「はー、色々あるんだな」
「で、君は車を買ったら何をしたいんだい?それが大事だぞ」
俺は少し考え込んだ。
なんとなく、自分の車があったら楽しそうな予感がしていただけだから、
特に何をしたい、というのは考えていない事に気が付いた。
「まあ、とにかく乗せてみたい車があるんだがどうだい?」
「今からか?」
「ああ、丁度今日乗ってきているんだ」
西条はジャケットを取ると、キーをくるくる回しながら俺を誘ってきた。
「いいのか?お前の事だから、『助手席には女しか乗せない」とか言いそうだけどな」
「ははは、逆だよ」
「へ?」
「そのための車もあるが・・・・今日のは女性に理解してもらえない車でね」
「なんだ?そりゃ?」
「ま、いいからおいで」
俺は駐車場まで西条の後をついていく。
西条は歩きながら、
「今から見せる車は、ひとつの究極さ・・・製作者の迷わない心が生み出し、それを理解できる一部の人間だけがその世界を楽しめる・・・・そんな車もあるんだ」
そう言って一台の深い緑色に塗装された車の前で西条は止まる。
車高は極端に低く、西条の腰くらいしかない車だ。
軽自動車か?
それにしてはお尻が大きい。
「これが僕のロータス・・・『エリーゼ111R』さ」
西条がスペックを語る。
「エンジンは192馬力の2ZZ-GE VVTL-i付き、サスペンションはフロント/リアともにダブルウイッシュボーンでアイバッハコイルスプリングとビルシュタイン製高圧ガスダンパーが装着されてる」
何を言ってるかさっぱりわからんが、おかまいなしに西条は続ける。
「凄いのはシャーシーでね。エポキシ接着によるアルミタブ型シャシーなんだが、車重はわずか880kgしかない。で、パワーは192馬力だから、パワー・トゥ・ウエイトレシオはたったの4.5ps/kg。最高速度は241km/hまで出るからちょっとしたもんさ」
まあ、能書きはともかく運転してみろよ、面白い車とはこう車を言うんだから。
と、キーを俺に放り投げる。
右手でキーを掴むと、俺は狭いコクピットに潜り込もうとして
「いてぇぇぇぇ!」
尻をしこたまシートの角にぶつけた。
「ああ、バケットシートだから気をつけてくれ。乗り込む時はお尻からだよ」
「早くそれを言え・・・・・」
「じゃ、その辺を走ってみてきたまえ。きっと気に入るから」
「けっ、いいのか?初心者だぞ俺は?ぶつけても知らんぞ」
「ふふん。そのときは文珠で修理してくれればいいさ」
「ま、そりゃそうだが」
キーを捻ってエンジンを始動させる。
思ったより軽い音が後ろから響く。
「・・・西条、これって後ろにエンジンがあるのか?」
「そうだよ。ミッドシップってやつさ」
「ってことは後ろへの荷重がいつもかかってるという事か?」
「正解!よく知ってるな」
昨日美神さんから叩き込まれたからなぁ・・・・荷重とグリップの関係について・・・・
「ま、楽しんでおいで、今日はどうせ残業だから・・・そうだな、夜10時までに返してくれればいいから」
西条に見送られて、俺はオカGの駐車場をそろそろと走らせる。
おっかなびっくり自分の愛車を走らせる横島を見ながら、西条は煙草に火をつける。
「最初の車ってやつは男にとって大事なものだからね。あの令子ちゃんに対抗するにはこれくらいは必要だろう」
まったく、ライバルに塩を送ってどうするんだろうね。僕も。
いや、ライバルと言うにはまだ彼は未熟か?
霊能面では凄い進歩をしたけど、男としてはまだこれから。
彼があの車をどう感じるのかは自由だけど、何かのきっかけにはなるだろう。
「・・・・・君の止まった感情の一部を、再び動かす事が出来ればいいんだけどね・・・・・」
世界と愛する女を選択しなければならなかった彼。
その時から彼の時は止まっている。
このところ、あの事務所は仕事面ではうまく行っているようだが、
それでも皆が心のどこかで無理をしているように思えてならない。
苦く感じ始めた煙草を屋外灰皿に投げ、西条はオフィスに戻った。
子供の頃に乗ったゴーカートを覚えているだろうか。
丁度俺はそんな気分を味わっていた。
「なんだ・・・これは・・」
教習所で乗った車と違い、全ての操作がダイレクトに伝わってくる。
今、タイヤがどの方向を向き、路面がどうなっているか全て掌でわかる。
背中でエンジンは吼え、ミッションはカチカチと入る。
自然と・・・・・
「面白れぇぇぇぇコレ!」
笑っていた。
「いや凄げぇな、こんなに面白い車ってあるんだな〜」
試しにコーナーをきゅっと早めのペースで曲がってみる。
するとタイヤは鳴きもせずに軽〜くクリア。
「コレ、きっとめちゃめちゃ速いぞ!」
しばらく乗り回していたら、汗をかいて来たのでコンビニに止める。
缶コーヒーをレジで買っていたら、エリーゼを見る視線の多さに気がついた。
中年のオッサンから、子供まで熱い眼差しでエリーゼを見ている。
そして・・・・女性の視線も結構多い。
そこの女子高生からも・・・・・・・・って、あれは?
「お〜い、おキヌちゃ〜ん!」
「あら?横島さん!」
「弓さんも、一文字さんも一緒かい?」
「おひさしぶりですわ、横島さん」
「おっす!横島さん」
おキヌちゃん達だった。
「おキヌちゃん、今帰るとこなの?あ、六道の近くだったねココは」
「ええ、横島さんこそどうしたんですか?こんなところで」
「いや、西条に車借りたんでこの辺を走ってたんだけどね」
「西条さんの車ってまさかあれですか?」
「ああ、アレだよ」
「きゃぁぁぁ可愛いい!」
おキヌちゃんはちょっと目を伏せて、
「いいなぁ・・・私も乗ってみたい・・・」
と言ってきたので、気軽に
「ああ、いいよ。どうせ夜に返せばいいんだから」
と、言ったら
「本当にいいんですか!」
と、とても嬉しそうだ。
それを聞いた弓さんはなにか険しい顔になり、一文字さんはにやにやしている。
何故?
「あ、ああ。本当は全員送ってあげたいんだけど、これ2人乗りだからゴメンネ!」
弓さんから何か「ピキッ!」と音がしたような気がするけど・・・・
「さ、行きましょ♪横島さん。じゃ弓さん、一文字さん、また明日学校でね!」
おキヌちゃんは俺の手首を取り、さっさと車に向かう。
「お、おキヌちゃん」
俺はあわてておキヌちゃんに掴まれているのとは反対側の手でキーをポケットから取り出し、助手席のドアを開ける。
「あ、シート座りにくいから気をつけて」
「きゃっ!」
おキヌちゃんはシートに座り損ねてスカートがまくれる。
うっ!おキヌちゃんの白い足がぁぁ!目に刺さるぅ!
「・・・・見ました?」
真っ赤になっておキヌちゃんはスカートを押さえる。
「いえ!何もミテマセン!」
「・・・・そうですか・・・」
西条、初めてお前の事少し理解できたような気がするぞ。
確かにこりゃ、女性には向かない車だわ。
俺は気を落ち着けて、エンジンをかけコンビニの駐車場から車を出す。
おキヌちゃんはクラスメートの2人に手を振っている。
「さて、おキヌちゃん。そのまま帰る?それともどこか寄らなくていい?」
「あ、せっかくだからこの前行った山の茶店に行きません?」
先月、俺とおキヌちゃんで行ったキャンプ場の除霊の帰りに、うまい団子を食わせる店を見つけていた。
「ああ、あそこならあまり暗くならないうちに帰れるしね」
国道を抜け、少し山道を登ると茶屋が見えてきた。
「私、よもぎ団子!」
「あれ?みたらし団子はいいのかい?」
「う〜、どうしようかな〜」
「両方食べればいいじゃないか?」
それは出来ませんよー、太っちゃうじゃないですかぁ!
と抗議するおキヌちゃんに、
「おキヌちゃんは全然太ってないよ?」
「見えない所につくんですよー、脂肪って」
「全然そうは見えないけどなー、スタイルだっていいじゃないか?」
おキヌちゃんはぷいっと向こうをむいて、茶店に走り出した。
「あちゃー、怒らせちゃったかな?」
横島は知らない。
おキヌの顔が真っ赤になっていたのを。
「もう・・・急にあんな事言うんだから・・・」
団子を食べておいしいお茶を頂き、そろそろ帰ろうか、と車に乗り込む。
来たのとは反対方向に走らせていると、来る時には気が付かなかった風景が見える。
丁度、俺達が住んでいる町が見渡せる。
その風景に夕焼けが降り立っていた。
「・・・・・きれいですね」
「ああ、ここからこんな風景が見えるとは知らなかった」
路側帯に車を止めたら
何故か涙が出てきそうになる。
おキヌちゃんが俺の手の上に、そっと自分の手を重ねる。
「おキヌちゃん・・・・」
「今日はありがとうございました。弓さんも、一文字さんも最近彼氏の話ばっかりで・・・・・・別にそれは嬉しいことなんだけど、自分はどうなんだろって思うこともあったんです・・・・」
「だから今日は嬉しかったんです。偶然でも、何でも良かったんです」
「おキヌちゃん・・・・・」
おキヌちゃんが俺を見つめる。
こ、これは・・・・
「ぴりりりりりっ!ぴりりりりりっ!」
のっぴきならない方向に行きそうになったタイミングを見計らったように俺の携帯電話が鳴る。
「も、もしもし!」
俺はあわてて電話を取る。
「あー、横島君?どうだねエリーゼの乗り心地は?」
「西条か!」
「今頃君の事だから、誰か女の子を乗せてドライブしちゃっていい雰囲気を『煩悩全開』でぶちこわそうとしてる頃かと思ってね」
「なんじゃそりゃぁぁぁ!」
見てたのか?見てるんだな?西条!
俺はあわててあたりの気配を探るが、そんな様子は無い。
「で、実際のところどうだい?君が気に入ったなら譲ってもいいんだよ、エリーゼ」
「ああ、いい車だ。是非お願いしたい」
「ま、来月と再来月の給料が出てから分割でいいよ。それと丁度僕も今日は飲み会が入ったんで、そのまま乗って帰ってくれると助かる」
「いいのか?」
「ああ、どうせ車はあと2台あるし、僕は困らないさ」
「じゃ、そういうことで。価格は後で話そう」
電話を切った俺はおキヌちゃんに
「か、帰ろうか?」
「え、ええ」
はぁ、一応社内恋愛はまずいよなぁ・・・・でもおキヌちゃん可愛かったな・・・・
ま、いいか♪
俺はエリーゼのクラッチを繋ぎ、再び坂道を下り始めた。
「なにやってんの?西条君。早く行くわよ」
「あ、今行きます」
急に一般警察のお偉いさんと酒宴を設ける事になり、出かける西条はその前にもう一軒電話をかける。
「・・・・あ、僕です。ええ、例のエリーゼ・エキシージまだ在庫ありますか?・・あ、そうですか。では至急オーダーを入れたいのですが・・・・・・」
<ロータス・エリーゼ・エキシージ>
横島に売りつけたエリーゼ111Rの更にハイパフォーマンス版。
最近出たばっかの最新型。
「・・・ええ、下取りは結構です。こちらで知人に・・・はい。それではよろしく・・・」
エリーゼみたいなマニアックな車は、急いで売りたいときはあまり高額ではさばけないこともある。
「さて・・・幾らで売りつけようか・・・横島君は高給取りだし・・・・」
この数日後、西条と横島の猛烈な価格交渉が行われることとなる。
あとがき
とみぃです。
調子に乗ってこんなもの書いちゃいました。
一応、「横島の町」で横島達がタイムスリップする前のお話になります。
さくっと4時間ほどで書いたものですから、誤字脱字、おかしい点もあるかと思いますが、ご勘弁を願います・・・・