”彼の朝は「こーんふれーく」から始まる。まったりとしてどろりとうねる牛乳をぶっかけ、まだ柔らかくならない内にぱくぱく貪るように・・・が彼の食べ方。すぷーんなど使わない。皿を垂直に立て、にちゃりと口の中に流し込む。聞いているだけで、汚れたテーブルを想像しちゃうだろう!?でも、違う。彼は一滴足りとも零す事は無い。
・・・何故なら彼には・・・「これ」があるから!ていうかこれは必要不可欠でしょうっ。
「こーんふれーく専用吸い込みくち!これがあれば忙しい朝も快適に!眠気すっきり、肉体疲労にも!」”
―――放課後、とある学校の空き教室。その部屋のテレビ画面に映し出されている男、横島忠夫の爽やかな朝の目覚めが、余す所無く見ている人達に伝えられる。それは人によっては不愉快に見える映像であるかも知れない。不自然に亜米利加ないずされた演出が、無性に腹立たしくさえもある。
「・・・という訳で、貧ちゃんがまたとんでもないものを作りやが・・・作っちゃったんですけど」
部屋の中心で円を作るように並んだ机、そして椅子に座る、三人の男女と二人の妖怪、おまけの神様。
「このPVでいけるか、と?」
そのうちの一人―――横島は小鳩に尋ねた。隣にはピート、タイガー、愛子も軒を連ねる。
「はい・・・出来れば・・・忙しい朝を過ごす、高校生の救いになればいいなって・・・」
本気でそう思っていそうな顔で小鳩は微笑んだ。いやこれも計算なのかも知れない。意外としたたかな裏の顔が一瞬浮かんでは消えた。だが周りの人達はそれに気付く事は無い。
「そういうワケや、お前ら、がんがんPRせぇよ!」
そんな彼女の姿を一瞥し、嬉しそうにがはがは笑う貧乏神。こいつは純粋に彼女の事を思っているのだろう。しかし、その笑いも襟元を掴む横島によって止められた。彼の表情には薄っすらと笑みが浮かんでおり、あるかいっくすまいるともいえる神々しさが醸し出されている。
「あ、小鳩ちゃん、ちょっと俺達席を外すから」
「あっ、はい。お待ちしてます」
頷く小鳩。無言の同意。そうこれは正しい事なのだ。ざっ・・・と、席を立つメンバー。
「・・・あ、お前ら、どこへ連れて行くんや?コラ、離さんかい、ワレ!」
がらららっ・・・と戸が開き、そしてぴしゃんっ・・・と閉まった。
どがめきずごばこべき・・・
「畜生、腐っても神様だからしにゃぁしねぇ・・・」
「霊気を込めると巨大化するしのう・・・」
「生気を吸っても美味しくは無いでしょうし」
「青春よねー・・・」
がららららら・・・。
「お待たせ」
部屋に戻ってきた彼等は、皆一様に服や顔や手が赤く染まっていた。が、小鳩はあえて尋ねようとしない。先に口を開いたのは横島からだった。
「ちょっとケチャップが零れちゃって」
「ははは、ナイスジョークじゃのう」
乾いた笑いが室内を支配する。だが彼等に心理的動揺はまるで無く、何事も無かったかのように会話に戻った。視線は部屋の中心で虚ろに重なったままで。
「で、今回の件だけど・・・」
自席に座りながら、横島は言った。
「はい・・・」
心配そうに小鳩は横島を見つめる。横島は心配しないで、と、頼もしげな微笑みを返す。顔に付いたペイントが、より一層彼の魅力を際立てていた。思わず小鳩は照れて、顔を背ける。
「まず、無理だと思う」
「まず、毎朝、コーンフレークはきつい、ということが一つ挙げられます」
ピートが立ち上がり告げる。何処か論点がずれているような気もするが、それはよーろぴあんていすとという奴だ。でも真面目に語っているだけ間抜けに見えた。
「柔らかくなってから食べるのが好き、と言う校内アンケートの結果も出ていますし」
「それに、じゃ。この高校、実は根っからの牛乳嫌いが集まっとる」
タイガーが資料に目を細め、告げる。
「何と半数が牛乳が嫌い、だそうじゃ。コーヒー牛乳なら何とか、が、八割」
「何のアンケートだよそれ・・・」
「それと・・・」
愛子が手を上げる。
「食事よりも他のことに時間が掛かるみたいね。―――青春だわ。きっと団子より花を愛でるのよ」
「それよりも、なによりも・・・」
横島は静かに告げる。
「・・・俺、コーンフレークって、さっき初めて食ったんだよね」
皆に走る衝撃。あんぐりと口を開けてパクパクと金魚のように酸素を肺に送り込む。
「・・・う、嘘でしょう!?横島さん、ねぇ、嘘でしょう!?私だって食べた事あるのに・・・!」
小鳩は叫ぶ。わずかな自慢が彼の耳には痛かった。とりあえず横島は頭を振る。
「だって・・・俺、高校入ってからは・・・コーンフレークとか牛乳なんて買う余裕・・・無かったし」
遠い目をして、笑った彼の瞳から零れた一粒の涙。
それが床に落ち、砕ける前に。
会議の幕は下りた。事件は現場で起きていたとか起きてなかったとか。
小鳩は教室を最後に出た。会議の結果は決して、良いものでは無かった、が、彼女の胸は清々しい想いで一杯だった。
彼らは自分のために頑張ってくれたのだと。そして私は横島さんより恵まれていたんだ・・・と。そっちの方が嬉しくてたまらなかった。
だから、というわけでもないが、背中に担ぐ大量の『こーんふれーく専用吸い込みくち』も軽く感じる。
―――足取りは、流石に重かったが。
教室を出て、廊下の隅に転がる、雑巾みたいな赤い物体を拾い上げ―――。
窓の外へ力いっぱい投げ飛ばした。
―――夕日は今日も、赤かった。
”この作品は二人の人物によって書かれております。”