
愛子。
机妖怪と形容される彼女は、横島のおかげで、クラスにとけこんでいた。クラスメートのみならず、教師にも一般の生徒と同じように扱われている。
だが、体育ができない、名字がないなどの違いはやむをえないところだ。そんな中でも最大の違いは──彼女に帰るとことがないということだ。
○
「ん?」
横島は、深夜の教室に物音がしていることに気づいた。
それもかなり大きな音だ。
「こんな深夜に……」
もうこんな時間には教師もいない筈なだと、自分のことを棚にあげ、いぶかしむ。
が、それが自分のクラスからの音だということが判ると、見当がついた。
(愛子だな)
彼女が“住んでいる”のは教室だ。
そこで何かをしていも不思議はない。
(よし、少し、驚かしてやるか)
そんな悪戯心を抱いた横島は、忍び足で教室の前にやってくると、一気に扉を開けた。
「コラ、愛子、なにをして……」
「よ、横島くん!?」
「……えええっ!?」
確かに愛子は派手に驚いた。
しかし、それ以上に横島も驚いた。
彼女の姿は見慣れたセーラー服ではない。
一瞬、裸と見間違えるほど、身体にぴったりとするレオタード一枚の姿である。
「よ、よ、よ、よ、横島くん。何しにきたのよ!」
「い、あ、ほら、今日のプリントだよ。あれ、明日もってこないと、退学にしよるなんていうから……それよりも、なんだよ、愛子、なにしてるんだよ?」
「え、そうよ、ほら……新体操よ」
いささか落ち着きを取り戻した愛子は、横島に説明しはじめた。
「だって、運動部は青春じゃない! でも、私、この机があるでしょ。入部はできないから……」
それで一人でもできること、机つきでも、少しはなんとかなるものを探してきたのが、新体操だった、というのである。
「なるほどなー」
「でも、机の上で、真似事するくらいだけどね。誰に見てもらえるわけでもないし……」
淋しげな愛子の表示を、横島は見逃さない。
「ん、じゃあ、俺が見ててやるよ」
「え?」
「ま、いろいろ偶然が重なったんだから、いいじゃん」
「……でも、自己流だし、机の範囲だけだから、見てもつまらないかもよ」
「無問題。それとも、俺に見られんじゃイヤかなぁ」
これには愛子が大きく首を横に振る。
「そんなことない! うん、横島くん。見ててね!」
机の上に立ち上がった愛子は、どこからともなく、リボンを出し、演技をはじめた。
それは確かに、動ける範囲が限定されるし、技術的にレベルが高いものではない。
だが、彼女の一生懸命ぶりが伝わってくる。
そんな生き生きとした姿には、思わずみとれてしまう。
(愛子……あいつ、こんなに綺麗だったんだな)
光る汗。
見せ付けられるようにあげられる足。
揺れる胸。
肌に張り付く白いレオタードは、彼女の身体のラインをほとんどそのままに浮き出させている。
(あ、あかん。変な気分になる……)
そして、決定的な瞬間が訪れる。
「あ、きゃっ!」
リボンを踏んづけてしまった愛子は、バランスを崩してしりもちをつく。
それも、横島に向けて大股を広げるようにだ。
「!!」
すぐに足を合わせた愛子は、探るような上目使いで横島と視線を合わせた。
「横島くん……今の……見てた?」
「いや、ほら、その、あの、素晴らしい神秘までもうちょっと感じで──」
「やっぱり見たのね」
「いかーん、また、俺はすぐに口走ってしまったーっ! 忠ちゃんの正直ものーっ!!」
「……じゃあ、どう思ったのかも口に出してもらえる?」
「い、いや、それはちょっと、えーと、さすがに……」
が、やや前かがみになっている横島の姿勢を見れば一目瞭然だ。
一つだけ深呼吸した愛子は、意を決して口を開く。
「……私はね。横島くんに見られていて、とっても気持ちよかった」
「へ?」
愛子の顔が赤くなっているのは、運動のためだけではない。
「ほら、横島くん。私を見て……」
「あ、愛子!?」
「青春だと思わない。横島くんと二人きりの深夜の教室。そこで、横島くんのためだけに踊る私……」
愛子の口調が次第に変わってくる。
「見て……こんなになっちゃったの……」
彼女の胸の先に浮き出る二つの突起。
それが乳首であることは、いうまでもない。
(私、露出狂の気であったのかしら……)
頭のどこかで、今の自分を冷静に見詰めている自分もいる。
だが、愛する人に自分の肢体を注視されることが、こんなにも感情を昂ぶらせるものだとは知らなかった。
ここまできたら、もう止められない。
「横島くんに……愛する横島くんに見られたら、私、もう止まらなくなっちゃったの」
「あ、愛子!?」
脳が混乱中の横島は呆然としている。
だが、次の瞬間、プチっという音がして切れた──いや、いつものところに回路が繋がった。
「横島くん……いいよ……」
手を前に組むようにした愛子が、一生分の勇気をつぎ込んで、横島に囁いたからだ。
「あ、あ、あ、愛子ーーーーっ!!」
秘技・ルパンダイブを敢行。
「ああ、横島くん! そんなに乱暴にしちゃ……あんっ!」
○
この日から、愛子には帰る場所ができた。
そして、彼女の名前に名字もついた。
「横島愛子」
という名前がついたのだ。